アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

野生児に観る幼児教育のスピリッツ

 個人的な話し、最近、小学校の同窓会がありまして、約40年前、当時の 四ノ宮 晟 校長先生が朝礼で狼に育てられた少女の話しをスライドでご紹介いただいたことが話題となりました。いくつかある事例のうちどのケースだったのか(アマラとカマラでよかったのか?)、どういう主旨のお話しだったのか?、今となっては想像するしかないのですが、今回は「野生児」を取り上げてみました。ちょうど、スピリチュアルの話題として、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、解離性同一性障害(DID)、そしてストーカーと、いずれも過去におけるなんらかの誘因・素因があって発生する病的精神状態についての話しが続きましたが、幼児期に人間社会から孤立して、あるいは動物に育てられて成長した人間がどのようになるか?、と言う点は非常に興味深く思います。

◇ 野生児の概念・分類

 野生児とは、某かの原因で人間社会から隔離されて育った子供のことを言い、以下の三通りに分類されております。

1.動物化した子ども

 獣が人間の赤ん坊をさらったり、遺棄された子供を拾ったりして、そのまま動物によって育てられたものです。育てていた動物としては、狼・熊・豹・豚・羊・猿・ダチョウといった事例が報告されております。育て親の動物は地域によって特徴があり、東欧では熊、アフリカでは猿、インドでは狼の報告が多くあります。当記事では、この動物に育てられた幼児を三例以下に取り上げました。

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2.孤独な子ども

 ある程度は成長した子供が森林などで遭難したり捨てられたりして、他の人間とほとんど接触することなく生存していた場合で、絶対的野生児とも言われます。代表例はアヴェロンの野生児があります。

3.放置された子ども

 幼少の頃に適切な養育を受けることなく、長期間にわたって幽閉されていたり放置されていたケースで、擬似野生児とも言われます。野生で育ったわけではないですが、幼少期に十分な人間社会との接触が得られなかったという意味で野生児と同等に扱われます。代表例はカスパー・ハウザーです。


◇ 動物に育てられた事例に考慮すべき点

 まずはじめに、過去における野生児の報告を見聞きするにあたり、予備知識として持っておくべきなのは、動物に育てられたケースを考える際に、人間の幼児がその動物の運動能力について行けない可能性と、その人間が乳児だった場合、子供が動物の乳を消化吸収するのは科学的に否定されていることです。

 動物の身体能力について行けない人間の幼児
 動物の乳を人間の幼児は消化吸収できない


 一方の可能性として、発育障害、乳児より発症する神経疾患(レット症候群など)があって捨てられた「孤独な子ども」を動物に育てられたと創作話の場合が多いことも忘れてはなりません。

※レット症候群(Rett Syndrome)
 性染色体致死遺伝で、ほとんど女児に起こる進行性の神経疾患、知能や言語、運動能力が遅れ、小さな手足や、常に手をもむような動作、手を叩いたり、手を口に入れる動作を繰り返すのが特徴とされます。生後半年から1年半に発症しますが、それまでの周産期や出産前後は一見正常とのことです。遺伝子変異によって引き起こされる症候群であるため、根本的な治療はなく、日本では小児慢性特定疾患に指定されております。


◇ 動物に育てられた子どもの特徴

 「野生人」という概念は生物学者、カール・フォン・リンネが著書「自然の体系」において初めて科学的に扱っており、彼およびその後の学者により、野生児の特徴として以下を挙げております。

 01.四つ足であり直立二足歩行はしない
 02.育てられた動物の鳴き声のみ、人間の言葉を話さない
 03.毛で覆われている(これは妥当でないとされている)
 04.暑さや寒さなど皮膚感覚機能が低下している
 05.視覚、嗅覚、聴覚は発達している
 06.情緒が乏しく人間社会を避ける
 07.羞恥心が無く衣服を着用しようとしない
 08.相応の年齢になっても性的欲求が発現しにくい
 09.性的欲求が発現しても適切な対象と結び付けられない
 10.生肉・臓物など調理されていない食品を好む
 11.発見・救出された際は共通して痴愚的な状態である

 この中で、野生児が救出時に共通して痴愚的な状態であったことから、野生児たちはもともと知的障害児あるいは自閉症児であり、だからこそ親に捨てられて野生化したのだと考える人もいます。実際、野生児として捕獲された者には先天的な白痴だった事例もあります。一方、救出されたのちにほぼ完全に知的に回復した野生児の事例も存在することから、乳幼児であっても野生で生き延びるために、周囲に動物に合わせ、手段、技量を自力で開発する能力が認められるケースがあり、全てが知的障害とは出来ないとの意見もあります。


◇ 古い逸話および報告例

 動物に育てられた子どもの話は神話・伝説の中にも見受けられ、例えばローマ神話においてロムルスとレムスは狼によって育てられたとされます。社会心理学者のルシアン・マルソンは、1344年発見のヘッセンの狼少年から1961年発見のテヘランのサル少年まで53のケースをまとめており、人類学者のロバート・ジングも35のケースについて解説を行っている他、31人について各々の野生児の特徴をまとめた総括表も作成しております。

ローマのロムルスとレムスを育てたオオカミ
ローマのロムルスとレムスと彼らを育てたオオカミ

 しかし、古い事例では信頼性ある詳細な記録が残っていず、ロバート・ジングは、ミドナプールの野生児(アマラとカマラ)が、1942年頃までに蓄積された記録のうち科学的資料として認められる唯一の例だとしています。ただし、次にご紹介しますこの、「アマラとカマラ」についてもその真実性には議論があります。


◇ アマラとカマラ

1.概要

 アマラ(Amala、1919年?〜1921年9月21日)とカマラ(Kamala、1912年?〜1929年11月14日)は、1920年、インド、現在の西ベンガル州ミドナプール付近で発見され、孤児院を運営するキリスト教伝道師ジョセフ・シングによって保護、養育とされ、シング氏の著書に、「オオカミに育てられた少女」として2人の詳細が記録されております。文明から切り離されて育てられた野生児の事例として有名な逸話となりましたが、その信憑性について多く議論がなされております。

2.シング氏の手記より

 シング氏の手記によりますと、彼は伝道旅行の途中に、ミドナプールとモーバニの境にあるゴダムリ村で、牛小屋に泊めてもらい、その際、現地のチュナレムという男に、近くのジャングルに恐ろしい化け物がいるから追い払って欲しいと依頼されます。1920年10月17日、現地に行きますと、白蟻塚でオオカミと暮らす2人の少女を発見、保護しました。彼は11月4日にミドナプールにある自分の孤児院に2人を連れて来たとされます。発見当時の2人の年齢は不明ですが、シング氏は年少の子が約1歳6ヶ月、年長の子が8歳と推定し、年長の子を「カマラ」、年少の子を「アマラ」と名づけました。
 アマラとカマラはともにオオカミのような振る舞いを示し、ひざや腰の関節はかたく、立ち上がったり歩いたりすることはできず、四つ足で移動したとされます。食事は生肉と牛乳を好み、食べるときは手を使わず地面に置かれた皿に顔を近づけてなめるようにして口に入れました。暑さや寒さにもほとんど反応しない反面、聴覚、嗅覚は鋭く、70m離れたところで捨てられた鳥の内臓を察知し、その方向に四つ足で走っていった、真夜中に遠吠えのような声をたてる以外は音声を出さず、目は暗闇でぎらぎらと光り、暗くても目が利くが、そのかわり日中は物がよく見えていないようだったそうです。

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 シング氏は、彼女らを人間社会に融和させようと試みますが、1921年9月、2人は病気が重くなり、寄生虫の除去がなされましたが、アマラは9月21日に腎臓炎で死去したとされます。アマラの死を理解するとカマラは両目から涙を流し、アマラの亡骸のもとを離れようとせず、以後、11月半ばまで意気消沈としていたと記録されております。
 その後、カマラは直立二足歩行のための訓練を受け始め、1923年6月10日(推定11歳時)、初めて2本足で立つことに成功、少しずつではあるが言葉をしゃべるようになり、1926年(推定14歳時)までに30ほどの単語を覚え、1927年に入ると短い簡単な文を口にすることができたとされます。1928年頃からカマラの体調は悪くなり、1929年9月26日に発病、11月14日の朝4時頃、推定17歳で尿毒症により死亡したとされます。

3.アマラとカマラの真実性を疑う意見

 ヒトがオオカミに育てられるのは生態上困難であることなどから、現在は、多くの研究者により彼女たちは野性児ではなく自閉症もしくは精神障害の孤児だったと考えられております。また、シング氏の話にはかなり創作が含まれているとの推測があります。真偽は解りませんが、アマラとカマラの真実性を疑う科学的根拠のみを挙げますと、、、

 ・狼のメスは積極的に乳を与えず、人間の乳児も乳首求めないため、
  狼のメスと人間の乳児の間で授乳が成立しない
 ・ヒトと狼では母乳の成分が違うためヒトには消化できない
 ・狼は餌を求めて時速50kmで移動し人間の幼児にはついて行けない
 ・暗闇で目が光り犬歯が異常に発達との記述は生物学的にあり得ない
 
 この他、シング氏の日記に対する、矛盾を指摘する意見、状況証拠としての否定的意見がある一方、実際に目撃したとの情報もあり、本当のところは今なお不明のようです。少なくとも、乳幼児期に発見されたアマラに関しては先天的障害を持った精神遅滞(レット症候群疑い)であったであろうとの見解が強いようです。


◇ 狼に育てられたジュマ

 1957年4月、旧ソビエト連邦内、トルクメニスタンのある森の中、地質学者たちが地下を流れる水脈の調査を行っていたところ、複数の狼が洞穴から出て来るのに遭遇し、その中に4〜5歳くらい、全裸で四つん這いの人間の男の子がいました。狼に育てられた子どもの逸話は既に周知されておりましたので、学者達は軍に子どもの救出を依頼しました。軍は5匹の狼を射殺して少年を捕らえ、クラスノボドスク市にある精神病院に送還、ジュマイフ・ジュマ・ジュマイビッチと名付けられたとされます。
 少年、ジュマは言葉をしゃべれず理解も出来ず、手のひらとヒザには硬いタコが出来ており、普段から四つんばいで歩いていたのは確かでありました。彼は、衣服、風呂を嫌い、食べ物は動物のように口だけで食べ、手は使わず、便をした後には臭いをかぐ、夜になると月に向かって吠えるなど、その生態はまるでオオカミそのものだったとされます。この施設では、ジュマを人間らしく教育することはほとんど行われず、また、その逆に、ジュマに対して何かを強制することもなかったとされます。
 ジュマはここで3年ほど過ごした後、グルジカヤという町の精神病院に移されました。ここでは、ジュマが土に穴を掘ってそこで寝ても部屋に連れ戻したりせず、月に向かって吠えていてもそれを止めさせたりはしませんでしたが、一方で、人間らしい教育も少しずつ行われ、服を着ること、手を使って食べること、言葉や数字、文字などが根気よく教えられたとされます。ジュマはここで7年近くを過ごし、森で保護されてからすでに10年近くが経っていました。推定年齢で15~16歳にはなっていましたが、ようやく挨拶程度の言葉や10までの数字を覚えることが出来、3回の食事のうち1回は手で食べるようになったものの、まだナイフやフォークが使えるというようなレベルではなかったそうです。人間社会で暮らすようになって10年が経ち、ようやく3~4歳のことが出来るようになったようです。
 その後のジュマは、施設を転々と変わり、一時は愛情に接して人間に心を開きかけた時があったとされますが、移り住んだある施設では、周囲の厳しい目やいじめに会うこととなり、その結果、彼は人間に開きかけていた心を再び閉ざします。唸ったり敵意を剥き出しにしたり施設の外で穴を掘って寝るようになったり、どんどんとオオカミの生活に逆戻りしていったとされます。

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 ジュマは1998年の時点で推定年齢46歳、ある程度の言葉は話せるようになっており、人間として最低限の生活も出来るようにはなったものの、知能的にはとても年齢相応とは言えず、保護されて40年以上も経つのに依然として狼の習性は抜けていないとされます。


◇ 犬に育てられた少女オクサナ・マラヤ

 現在、ウクライナに住む、オクサナ・マラヤ(20代女性)は、1986年当時の3歳時より、アルコール中毒の両親によって、家の外へ置き去りにされました。幼い彼女は生きるため、飢えや寒さを凌ぐため、犬小屋の中へと這って行き、以来、自分を受け入れてくれる犬の群れへと紛れ込んだとされます。彼女は、それまでに覚えた人間の言葉を失い、そのかわりに犬の鳴き声、そして生肉の食べ方を学んだとのこと、、、。

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 それから5年後の1991年、近隣の住民が動物と暮らしている彼女を発見、当局へ通報しました。そのときの彼女は8歳、もはや人間の言葉は失われ、四本足で犬と共に草むらを走り回っていました。マラヤが保護されたところで撮影された映像を以下に添付します。お見苦しい点はご容赦いただければ幸いです。

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 彼女は現在、施設の牧場で牛の世話をしているとされ、通常の6歳児程度の知能レベルにあることが確認されております。彼女は数を数えることは出来ますが、足し算は出来ず、また文字を読んだり、名前を正確に書くことも出来ません。お気に入りの大きな腕時計を人に自慢こそするが、時計を読むことはできないそうです。しかしこうした学習障害の傾向こそあれ、多くの野生児に見られる自閉症的傾向はないとのことです。


◇ 野生児に観る幼児教育の重要性

 動物に育てられた子ども達、真偽のほどは別として、いくつかご紹介しました。カマラが推定8歳、ジュマが4〜5歳、マラヤは8歳で保護されました。個人差はありますが、いずれも本来の人間の知能、生活は獲得できませんでした。このことは、人間にとって、生まれてから幼児期までの6年くらいの間が人間形成として極めて重要な時期であることを示唆しております。
 心理学者の富田たかし氏によると、「人間は人間の環境に育つから人間になるのであって、脳が人間でも動物に育てられれば動物になる」とされます。野生児の彼らは、元々は人間であるから潜在能力として人間らしくなるという可能性はあったものの、幼少時の環境が知能を人間レベルに引き上げることを阻み、この時期を逃してしまうと、非可逆的な知能低下が生ずることが考えられます。

 野生児、動物に育てられた子ども、その病態はヒトで実験的に作ることはできませんし、大小の動物実験で再現することも困難であります。偶然、発見された事例より推定するしかありませんが、多くは精神病院や施設に預けられ、詳細な記録が残らず、また明確な治療がなされていないようです。これまでの経験、報告例に基づいて考えますと、いわゆる「人間らしさ」を獲得する時期は出生から6歳くらいであり、それも環境に寄るところが大きいと思われます。

 いわゆる「人間らしさ」の獲得は6歳くらいまで?

 このことは、ますます人間の文化が高度化する現代において、それとは逆行するように母親の育児ノイローゼや、幼児に対する虐待、放置などが散見されており、人格形成の段階から、人間の個体としての格差の可能性が示唆され、幼児教育の重要性が改めて考えさせされるところであります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/野生児
http://ja.wikipedia.org/wiki/アマラとカマラ
http://ameblo.jp/gototsubaki/entry-11580529157.html
http://www.youtube.com/watch?v=UkX47t2QaRs

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