アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

木村 鶴彦 氏 臨死体験で観た超古代文明とその最後

 先日、「科学?/非科学? 臨死体験(死後の世界)について」と題してアダムス・ストーク症候群の患者の経験や臨死体験に関する米科学アカデミーの研究発表を紹介しました。また、「ネバダ州湖底の線画が北米最古の1万年以上前のもの」とする新聞記事に対して「科学? / 非科学? 有史以前の超古代文明はどこまで解明?」と題して、現時点で仮説となっている超古代文明について、スピリチュアル周辺記事として論述いたしました。

 臨死体験と超古代文明に触れて、、、

 なんとなく、物足りなさ、「確かこの方面で取り上げるべき人物がいたような?」、そんな感覚でネットを調べておりましたら、見つけました、と言うか、思い出しました。木村鶴彦氏、20歳代の臨死体験で超古代文明とその最後を観て来た人物がおりました。今日は、ネット各所に散見される文章を引用して、この方をご紹介いたします。

 カテゴリーはスピリチュアル
 
 環境保護や人生についてなど、多岐に渡る活動をされておりますものの、その中からこれまでの行きがかり上、「超古代文明とその滅亡」を中心に取り上げますが、あくまでも臨死体験に基づくものとして、カテゴリーはスピリチュアリズムとして扱わしていただきます。

◇ 木村鶴彦 氏のWikipediaにおける紹介(抜粋)

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木内 鶴彦

 小学5年生の時に池谷・関彗星を見て以来、彗星に興味を持つ。学生時代には天文同好会に所属。卒業後も長野県臼田町(現佐久市)にて天体観測を続ける。
 臨死体験者としても有名。航空自衛隊にて運航管理者(ディスパッチャー)として勤務していた22歳のとき、当時としては大変珍しい上腸間膜動脈性十二指腸閉塞で一度死亡を確認されるも30分後蘇生した。死後蘇生したことが医師のカルテに記録されている例としては国内で唯一である。その経過は学会で報告され、本人側の記録も木内の著書として刊行されている。

 医師のカルテに記録された死後蘇生としては国内唯一

 回復後は、航空自衛隊を退官し、彗星捜索を再開する。コンピュータによる軌道計算と写真乾板による彗星探査が普通である中で、木内は電卓と大型双眼鏡での眼視によって、当時行方不明になっていたスウィフト・タットル彗星を再発見するほか彗星を3つ発見して、全世界から一躍注目をあびた。木内の当時の彗星捜索のスタイルは、毎日、大型双眼鏡を八ヶ岳の山中にかつぎ上げ、眼視で観測することが特徴であった。

 スウィフト・タットル彗星の再発見

 2010年現在、全国で講演会・観望会を行い、天文や環境問題を説いて回っている。特に光害と、そこから派生する自然環境破壊を強く訴える。光害への取り組みのきっかけは、1994年「第一回世界将来世代京都フォーラム」において、木内は、自ら再発見したスウィフト・タットル彗星が、将来地球に衝突する可能性を主張した際に始まる。ある植物学者より、同年ヨーロッパで発表された「夜が明るすぎて植物が休息する時間が少なくなっているため、2011年頃から植物が枯れ始める」という説を教えられ、彗星の衝突よりも、光害のほうがより人類にとって緊急性が高いという認識を得たからであるという。しかし、その学者名や推測の根拠や理論などについては、参照文献としてすら一切言及されていない。

 夜が明る過ぎることによる「光害」の主張

 臨死体験で見た「過去」においては、月は1万5000年程前に、地球に多量の水をもたらした彗星であり、その核が現在の月として地球の衛星となったのを見たとしており、地球の重力もそれ以前は増えた水の質量分弱かったと述べている。また、太古の地球では水の性質が今と違っており、その太古の水の性質を再現する方法を考案したと述べ、その水を「太古の水」という名称で代理店を通じて販売している。この水はNMRで調べてみると、固有振動数が普通の水とはまるで違い、また原液を薄めて飲むと体にとても良く、末期癌などが完治した人もいると著書の中で述べているが、それを立証する実験結果や論文・研究データ、またそれに携わった研究者の実名等については一切言及されていない。

 「太古の水」の発明

 2008年7月、2003年に出願していた、太陽光を利用した炭素化炉システムの特許が日本をはじめ各国において認可された。2011年、年内完成を目指して実証試験炉を建設中である。炭素化炉は、巨大な反射鏡により太陽光を集光し、真空透明容器に入れられた廃棄物等に照射することで処理を行う。通常の物質は炭素・水素・ナフサなどに分解し、二酸化炭素や有害ガス等は発生しない。ダイオキシンや化学兵器、爆薬なども安全に処理することができ、理論上は核廃棄物も処理可能であるという。太陽光により処理するため、燃料費が不要であり、環境汚染の恐れがない、あらゆるものの処理が可能であることが最大の特徴である。また、生成される炭素・水素・ナフサは高純度であり、産業での利用が期待される。

 太陽光を利用した炭素化炉システムの考案

 2009年7月、皆既日食観測のため訪れた中国・杭州近くにて、胃からの大量出血による吐血と下血のために倒れた。その後、中国政府の援助もあり、約1カ月の入院ののち、日本への帰還を可能にした。その間、再びの臨死体験をした。 2010年になって、活動を再開している。

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木内氏著書
木内 鶴彦 氏 著書


◇ 臨死の現場において

 ここからは、著書である「宇宙(そら)の記憶―彗星捜索家の臨死体験」および「生き方は星空が教えてくれる」、あるいはいくつかのブログに掲載された木内氏の講演会の内容から要約した、氏の臨死体験の内容をご紹介します。死線期に及んだ病名は上腸間膜動脈症候群ということです。私も症例として実は経験して論文(症例報告)も書きましたが、そんな死に至るような激烈な病態との認識はありませんでした。ちょっと意外な印象です。

 上腸間膜動脈症候群で臨死

 十二指腸の閉塞による嘔吐とそれに伴う脱水、恐らくは電解質異常、酸塩基平衡の異常から生死の境を彷徨い、いよいよ死ぬ瞬間について、「心臓の鼓動が、ドックン、ドックン、ドックン、ドックンと脈打っていたのが、急に、ドッ…、トッ という感じで、ピタリと止まるのが解った」、さらに呼吸も「スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー、スー、ハーと呼吸していたのが、急に、スー、スッという感じで、息が吸えなくなり、文字通り、『息を引きとる』のが解った、その瞬間は、まったく、苦しくなかった」、そんなふうに述べています。この臨死における霊体の状況は以下に示す通りだったとのことです。

【臨死における霊体の状態】
 1.自分の死体を眺めるていた
 2.視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などの五感は維持された
 3.遺族(父親)の身体に入り込み遺族の視点から己の死を観た
 4.死後の世界は真っ暗な洞窟や光の世界、三途の川があった
 5.すでに亡くなっていた従兄弟や伯母さんに会った
 6.「あの時のあそこに行く!」と念じた瞬間にその時間と場所にテレポート


◇ 6歳の自分に声をかけて助けた

 霊体となった彼は、6歳の頃、自分と姉で川べりの岩場に行ったその時点を訪れたそうです。その時分、転がり落ちてくる岩に対して上の方から「危ない!」との声を聞き、姉を助けようと咄嗟に突き飛ばしたら、姉は岩からは避けられたものの爪を剥がす怪我を追ってしまい、悪者にされたとのことでした。その現場に行った霊体となった彼が、幼い自分ら兄弟を観ていたら上の方から岩が崩れ出し、それに対して霊体の彼が思わず「危ない!」と叫び、それに6歳の彼が反応したんだそうです。つまり、未来の自分が霊体となって過去の6歳に自分に声をかけたことが臨死体験で知ったとのことでした。全く余談ですが、これに似たようなことがハリーポッターでもあったように記憶しておりますが、、、。


◇ テレポートで訪れた先々で証拠を残した

 霊体となった彼は、時間と空間に束縛されすに自由にどこにでも行けることが分かったので、好奇心のおもむくままにいろいろな時代、場所に行ったそうです。その時代の人の肉体に、いわゆる憑依するかたちで入りこみ、いろいろなことをやったり見たり聞いたりしたそうです。その一つの行為として、人の肉体を借りて、有名な神社や遺跡に証拠として、自分にしか分からない文字などを残したそうです。臨死体験体験から戻ってきた時に、それを実際に確かめに行ったら、本当にその証拠が残っていたそうです。例えば日本のある神社の柱や巻物に、自分の名前の「鶴」の文字を残してきて、現世でその神社を訪ねて神主さんに事情を話したら、「そうでしたか! これでようやく謎が解けました。私たちは、どうしてこの時代に突然、鶴という漢字が出てきたのか、ずっと不思議に思っていたのです」と言われたそうです。


◇ 宇宙の始まりを観て来た

 宇宙や太陽系の始まりも観てきたそうです。宇宙というものは「ひずみ」から始まったそうです。当初、「膨大な意識」というものに「ひずみ」が生じ、そこから宇宙が始まったそうで、所謂、「ビッグバン」はその後だったそうです。最初の元素が水素で、それからヘリウムやリチウム、いろいろな元素ができ、太陽系ができたり、地球ができたりしたそうです。球での生命体は「藻」のようなものから始まったそうです。これはミトコンドリアの祖先のようなもので、その後にミトコンドリアがたくさんの地球上の生命体に入りこみいろいろな役割を果たしたとのことです。


◇ 15,000年以上前の超古代文明は恐竜と共存

 15,000年以上前の地球には超古代文明があり、主として地下都市を建設して住んでいたそうです。地上ではUFOのような浮遊する乗り物に乗って移動し、レーザーのようなもので岩を切って建物を建造していたそうです。また天文学の知識が発達しており、同時代の人に憑依して年代の特定も行ったとのことです。地下都市を建設したのは「地上に都市を建設すると植物を破壊するからやめよう」との判断だっただそうです。

 地下都市を建造した超古代人
 地上を浮遊するUFOのような乗り物
 レーザーで岩を切る技術
 天文学に関する高い知識


 また、驚くことに、その時代には地上に恐竜がいて、超古代と恐竜は共存していたとのことです。


◇ 彗星であった月が洪水を起こして地球の衛星に!

 すでに超古代文明があった15,000年以上前の時代、地球には月は無かったそうです。月は巨大彗星として太陽系に侵入、地球に接近して衛星になったそうで、この歳に巨大彗星が持っていた氷が溶けて地球に雨として降り注ぎ、これで地球上は大洪水に見舞われ、海岸線が2000 mほど上昇、陸地は水没、多くの古代人が亡くなり、恐竜は絶滅したそうです。これが「ノアの大洪水」として聖書に残されたものだったとのこと、、、。地球の歳差運動との計算で洪水の歳の北極星の位置から、それは15,000年前の出来事とであり、現世帰還後、月のクレーターの数からその推測した年数に間違いないとの確信を得たとのことです。

 月の来襲が引き起こした「ノアの大洪水」
 歳差運動に基づき15,000年前と推定

 
 洪水以前の地球は重力が今より弱く、また人々は現在よりも2000 mばかり低い場所で生活していたため、寿命が数百年もあったのだそうです。現在の地球は洪水以前の人々と比べると2000 mも高い場所で生活しているおり、地球の重力も強くなったため寿命が短くなったとのことです。

 洪水前の人類は寿命が数百年

 また、現在、我々が金星人や火星人と呼んでいる太陽系内の宇宙人は、ノアの大洪水の時に地球からUFOで避難した人たちがおり、もともとは地球人だった宇宙人もたくさんいるとのことです。


◇ 洪水前の太古の水を考案、作製

 洪水前の地球の重力、気圧から、(月が来襲する前の)太古の時代の水を推定して、これを太陽エネルギーを用いて再現することに成功、癌その他の難病に対する有効性を示し、市販化されています。

太古の水製品
「太古の水」で作られた製品(楽天市場より)

 以上、端折った内容でありますが、臨死体験と超古代文明と言う、当ブログで扱った内容を同時に併せ持つ人物の紹介でした。もちろん、完全に鵜呑みにして信ずるわけではありませんし、本人の錯覚や幻想もあり得る話しです。しかしながら、霊体としての彼の経験も、彼が描写するところの超古代文明の在り方も、説得力を感じる部分はあります。何かはあったのでは?、と思う次第です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/木内鶴彦
http://ameblo.jp/tomaatlas21/entry-11250243674.html
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/38a3d21a4a2f78bdaa18df22382dd1e8
http://new-culture.net


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