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アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

大船渡高、佐々木朗希 投手の登板回避に対する、論外な廣岡氏のコラム


 数日前の週間ベースボールで、夏の高校野球予選、岩手県大会の決勝戦における大船渡高校の160 km/m右腕、佐々木朗希 投手の登板回避に関する 廣岡 達朗 氏のコラムが掲載されました。一般的に「識者」と言われている廣岡氏の文章にしてはあまりに稚拙で中身の無さ、現実を直視していないと思われ、筆を取り、もといキーボードを打ちました。

広岡コラム 記事

 まずは全文を供覧いたします。

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佐々木朗希の登板回避に私は反対である/廣岡達朗コラム
8/9(金) 11:01配信 週刊ベースボールONLINE


ダルビッシュには同意できない

 大船渡高の佐々木朗希投手が岩手大会決勝での登板を回避したことが、物議を醸した。私に言わせれば(國保陽平)監督は何も分かっていない。

 高校野球は甲子園だけではない、そういう意見もあったが、私の考えは違う。甲子園があって初めて高校の野球部というのは存在しているのではないか。越境入学にしても甲子園に出るためだ。高野連は、それを許している。ルールで禁じていないのだから、いいじゃないかと。越境入学するなら家族も一緒に引っ越せと言いたい。越境入学の是非はここでは置いておくとして、夏の甲子園に行くために球児たちは懸命に練習をやっていると、われわれは思っている。

 甲子園は夢だ。球児だけではない。選手の親兄弟、地元の夢がかかっている。その夢にあと一歩のところまでたどり着きながらチャンスを手放した。これ以上投げさせたら故障するかもしれない? 故障というのは、投げ方が悪いか、登板過多でアフターケアができていない場合に生じる。投げ方が悪かったら160キロなど投げられない。

 実際に投げさせてみて、「監督、少しおかしいのですが」と言ってマウンドを降りれば誰も文句は言わなかった。百歩譲って事を穏便に済ませようとすれば、「校長、野球部長、本人と話し合ったところ、本人は出たいと思っているのですが、状態が悪いので休ませました」と表向き発表すればよかった。そこを佐々木に「投げたい気持ちはもちろんあった。そこも監督の判断」と大人の発言をさせてしまうのは、間違っている。

 大谷翔平が「高校野球は甲子園へ行くために地方大会がある」と言っていたのは正しい。一方、「監督の英断だった」というダルビッシュ(ダルビッシュ有)には同意できない。

 メジャー・リーガーを中心に、いまの選手は、手術をすれば治ると思っている。私に言わせれば、治るのではない。人間が治すのだ。たとえば睡眠。寝ている間は痛みを感じない。それは無になってエネルギーを吸収しているからだ。こうした自然治癒力というのを人間は持っているのに、気持ちが消極的になったら、その力をもらえないのだ。

 現実に、連投して甲子園に行った投手が故障しているだろうか。故障する年齢ではない。そういうところを指導者が分かっていないため、“たられば”でマイナス思考に陥って、もしケガをしたらこの子の人生が……と考えてしまう。結果、決勝戦で投げさせないという選択をした。國保監督はもっと勉強すべきだ。

物事の本質を考えるべき

 アメリカにおける100球理論は、少年野球からメジャーまで統一したルールの下に成り立っている。指導者は、投げさせたい気持ちを抑えて体が大人になるまでは大事に扱う。45球を放って1日休ませたら回復するというのが原理原則なのだ。そこを監督もスポンサーも全部納得している。投げさせて負けが込んだら即クビだ。だから100球以上、投げさせないのだ。

 日本はそれをマネするが、意味合いがまるで違う。なぜ球数制限を設けるのかということを、情緒に流されて、きちんと説明できる人間がいない。アメリカ流の、自分たちに都合のいいところだけつまんでいる。それをアナウンサーが意味も分からずに100球まであと何球と実況する。日本は、うわべだけのモノマネではなく、物事の本質を考えなければいけない。

 いずれにしても佐々木の問題はいろんな要素を含んでいて面白い。賛否両論、自由に言ったらいいのだ。

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◇ 添削

 ここで一文一文添削させていただきます。ものすごい、ほぼ全文におよぶ山ほどの添削箇所があります。

>大船渡高の佐々木朗希投手が岩手大会決勝での登板を回避したことが、物議を醸した。私に言わせれば(國保陽平)監督は何も分かっていない。

>高校野球は甲子園だけではない、そういう意見もあったが、私の考えは違う。甲子園があって初めて高校の野球部というのは存在しているのではないか。越境入学にしても甲子園に出るためだ。高野連は、それを許している。ルールで禁じていないのだから、いいじゃないかと。越境入学するなら家族も一緒に引っ越せと言いたい。

 投手の故障を避けるための登板回避に「越境入学」を持ち出すのは論点がズレ過ぎでしょう。しかも「越境入学するなら家族も一緒に引っ越せ」ってなんの話でしょう? 投手の故障予防の話なんですけど。ちなみに佐々木朗希投手は岩手県陸前髙田市出身で越境入学ではありません。

>越境入学の是非はここでは置いておくとして、夏の甲子園に行くために球児たちは懸命に練習をやっていると、われわれは思っている。

 「越境入学の是非は置いておくとして」って、じゃあ触れるなよ!、字数制限のあるコラムで無駄な記述をする余裕はないはず、と思いますね。「懸命に練習をやっている」って、どの分野でもそうです。同じスポーツならバレーボールでもサッカー、ラクビー、卓球でも、スポーツでなくとも、合唱部や吹奏楽、百人一首の果てまでも、懸命にやっている高校生は数多おります。それと故障予防の登板回避となんの関係があるのか?、どうしう識者なのか?、と疑問に思います。

>甲子園は夢だ。球児だけではない。選手の親兄弟、地元の夢がかかっている。その夢にあと一歩のところまでたどり着きながらチャンスを手放した。これ以上投げさせたら故障するかもしれない? 
>故障というのは、投げ方が悪いか、登板過多でアフターケアができていない場合に生じる。投げ方が悪かったら160キロなど投げられない。

 故障は投げ方が悪いから?、投げ方が悪かったら160キロなど投げられない?、つまり160キロ投げる投手は投げ方が良いから故障しないと? これまでどれだけの速球投手が登板過多で故障した?、ここで列挙するまでもありませんし、知らないわけないと思います。身近な例で大谷は手術を受けました。廣岡さんの時代で最も球速が早かったのは阪急の山口高志投手だと思いますが、いかにも故障しそうな投球フォームでやはり短命でした。我が大洋〜横浜の平松政次投手から巨人の廣岡さんは何本ヒットを打ったやら?、おそらくは全く手も足もでない安パイだったと思いますが、平松投手も登板過多で身体を蝕んだ投手でありました。

>実際に投げさせてみて、「監督、少しおかしいのですが」と言ってマウンドを降りれば誰も文句は言わなかった。百歩譲って事を穏便に済ませようとすれば、「校長、野球部長、本人と話し合ったところ、本人は出たいと思っているのですが、状態が悪いので休ませました」と表向き発表すればよかった。そこを佐々木に「投げたい気持ちはもちろんあった。そこも監督の判断」と大人の発言をさせてしまうのは、間違っている。

 「投げさせてからおかしいと言わせて降ろす?」、「大人の発言をさせた」、何の話をしているのか分かりません。少なくとも本質は全く違う話です。実際に投げさせてすぐに下ろせば良いって?、発表の仕方が悪いって?、本人の発言のさせかた?、そんなん野球少年の身体を守る考え方とはかけ離れた話です。なにを考えてそれをコラムに載せてるのか?、お話になりません。

>大谷翔平が「高校野球は甲子園へ行くために地方大会がある」と言っていたのは正しい。一方、「監督の英断だった」というダルビッシュ(ダルビッシュ有)には同意できない。

 情けない、心から情けないですね。今現在、大リーグで活躍する二人の、何十年も年下の後輩を引き合いに出して、片方に賛成、片方に反対、そういうかたちでの自分の、何の中身もない意見を正当化、賛否に参加する姿勢は、恥ずかしいにも程がある、その程度の人間だったのかと今頃知る自分も恥ずかしいです。

>メジャー・リーガーを中心に、いまの選手は、手術をすれば治ると思っている。私に言わせれば、治るのではない。人間が治すのだ。たとえば睡眠。寝ている間は痛みを感じない。それは無になってエネルギーを吸収しているからだ。こうした自然治癒力というのを人間は持っているのに、気持ちが消極的になったら、その力をもらえないのだ。

 睡眠の効果と自然治癒力って、どこまで医学をご存知なのか?、「寝る子は育つ」って児童教育は知っているようですけど、気持ちが消極的だとその(自然治癒)力がもらえないそうで、なんの話でしょう? 癌患者が寝ることで自然治癒力を得られるなら、末期癌でほぼ一日寝ている人には有利となりますが、それはありません。しかも、ここでの問題は怪我が治る話ではなく、怪我を予防するための登板回避の話であり、ここでも論点がどこかへ飛んでることにお気づきでしょうか?

>現実に、連投して甲子園に行った投手が故障しているだろうか。故障する年齢ではない。そういうところを指導者が分かっていないため、“たられば”でマイナス思考に陥って、もしケガをしたらこの子の人生が……と考えてしまう。結果、決勝戦で投げさせないという選択をした。國保監督はもっと勉強すべきだ。

 連投で故障した投手、いっぱいいますよ。プロ入りしたものの甲子園での力強い投球がプロではできずに終わった投手、故障してしまってプロ入りを断念した投手、なにを見てきたのか?、と思います。「故障する年齢ではない」って、まだ身体が出来ていない年齢だから故障しやすい、って発想はないでしょうか? 「國保監督はもっと勉強」と仰いますけれど、その監督の勉強ぶりは知りませんが、少なくとも廣岡達郎って方は全く勉強していないし、論理に説得力はない、文章の作り方にも問題あり、もっと勉強が必要です。

>アメリカにおける100球理論は、少年野球からメジャーまで統一したルールの下に成り立っている。指導者は、投げさせたい気持ちを抑えて体が大人になるまでは大事に扱う。45球を放って1日休ませたら回復するというのが原理原則なのだ。そこを監督もスポンサーも全部納得している。投げさせて負けが込んだら即クビだ。だから100球以上、投げさせないのだ。

 したり顔で何を言っているのか分かりません。人種的、遺伝的に身体が大きくて強い肉体のアメリカ人が少年野球時代から「100球理論」を取り入れているのであれば、それは見習うべきことだと思います。最近は身体能力が伸びている日本人でありますが、どう考えてもアメリカ人よりは劣りますから、「体が大人になるまでは大事に扱う」ことは素晴らしい発想です。

>日本はそれをマネするが、意味合いがまるで違う。なぜ球数制限を設けるのかということを、情緒に流されて、きちんと説明できる人間がいない。アメリカ流の、自分たちに都合のいいところだけつまんでいる。それをアナウンサーが意味も分からずに100球まであと何球と実況する。日本は、うわべだけのモノマネではなく、物事の本質を考えなければいけない。

 何を言いたいのか、ここまで来ても分かりませんが、あえて言えば、日本プロ野球と米国大リーグの先発投手起用には少し違いがあります。大リーグは中4日の先発が基本であり、そのためには100球が原則です。それに対して日本は中6日、つまり1週間に1回の先発が基本となっております。ですから、日本の方が現状、先発投手に対して米大リーグよりも擁護的な流れとなっております。

>いずれにしても佐々木の問題はいろんな要素を含んでいて面白い。賛否両論、自由に言ったらいいのだ。

 問題は重大ですが、そんなに多くの要素はありません。少なくとも、ここで無意味な説論をする言い訳のように「賛否両論、自由に言え!」、と言ってますが、お金をとってまで掲載する内容のコラムではありませんでした。

 張本 勲 氏の「喝!」が話題になってますおり、「スポーツ選手に故障は付き物!」って怒鳴る張本氏の方がそれはそうだ!、と思いますが、全く筋が通らない理論武装でのトンチンカンなコラムに廣岡氏にはただの「老害」を感じます。


◇ 故障から守られつつある投手

 ここで廣岡氏の時代と現在の打者の違いを供覧します。あまりにも極端でちょっとびっくりしますが、王貞治氏と現横浜ベイスターズ4番打者(最近は2番)の筒香嘉智選手の打撃スタイルです。

王貞治打撃

筒香 打撃

 一目瞭然、王選手は手袋をしていません。左打者で自打球が当たる右足首や投手寄りの右肘にプロテクターは無し、帽子に耳あてはありません。それに対して筒香選手の重装部、これが昭和と平成から令和に至る打者のスタイルの違いです。全ては故障予防の方策です。王選手が裸一貫、日本刀1本で敵に相対する忍者かヤクザであるのに対し、現代の打者は鎧を身にまとった中世の武士やら騎士のようです。

 これに対して投手はどうでしょう? 選手の身体を守る術はあるのでしょうか? 投球の後のアイシングやマッサージは以前よりも向上した技術です。でも、投球に際して肩や肘を守るサポーターなんてないでしょう。飛ぶボールやバットって話はあっても、肩や肘に負担が少ないボールって聞いたことがありません。
 結局のところ、「権藤、権藤、雨、雨、権藤」って時代の弊害を経験して、投手の選手寿命を守る、ほとんど唯一の方策は登板過多の抑制、投球数の制限しかなく、「球数100球」や「中6日」が現在、実践されているのです。

 大船渡高校、佐々木朗希投手の故障予防のための岩手県大会決勝における登板回避、これはもうすでにプロの世界でやられている、現在の時流に沿った采配であります。

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