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アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

中高年は「喪失感」の繰り返し


 私事ですが、昨年11月に医者になって初めて勤めた民間病院の会長先生が他界さました。小さな医院から総合病院にまで一代で発展した素晴らしい人物で、私が米国に留学した際には資金を貸してくれました。本年4月には、私が大学院で学位を修得した際の主任教授が亡くなられたと、つい最近になって風の便りで聞きました。極めて厳しいお方でしたが、教授になられて最初の大学院生であったからか、ずいぶんと可愛がっていただきました。
 こうして、己が社会人として踏み出すその最初の頃にお世話になった人々が、もう二度とはお会いすることが叶わぬようになると、歳をとると言うことは、中高年になると言うことは、つくづく「喪失感」の繰り返しなのだなと痛感します。今日は、こうした年代固有の感覚を取り上げてみました。中高年に喪失感を引き起こす事例を列挙いたします。

喪失感 図


◇「喪失感」とは

 まずは辞典から引っ張って参りました。「自己の価値観における大切な人や物、大事にしてきたものごとが失われてしまったという、悲痛な感覚や心境、寂寥感(せきりょうかん)。『まるで心に穴が開いたようだ』などのように形容されることも多い。」


◇ 若さの喪失

 10代、20代、30代と言う年代は血気盛んであり、感受性や躍動感、夢や希望、情熱と言うものがあります。中高年になるとそうした「パワー」が減退し、精神的に落ち着いてきますが、元気だった昔を思い起こすと、「喪失感」を感じることはあります。


◇ 健康の喪失

 身体について、中高年になると身体能力の低下や、あるいは病気を患うこともあり、総じて「健康の喪失」が必ず確実に現れます。これも「喪失感」に繋がる事象です。


◇ 己の原点、頼りにする存在、自分を応援する存在の喪失

 冒頭、お世話になった恩師の死をご紹介しました。中高年になると若い時分から己を育ててくれた存在が失われて行きます。
 人生において最初に自分の世話をしてくれた存在は、多くの場合は両親であり、それは己の原点でもあります。その両親の病気や介護の必要性、死別は、その己の原点、長く頼りにしてきた存在、無条件で己を応援する存在、自分を見つめていてくれる存在の喪失であります。
 同様に、お世話になった恩師、恩人との死別も、「今自分がこうしているのはあの方のおかげ」と言った、やはり自分の原点であったり、己を構成する要素の喪失であります。


◇ 親しい存在の喪失

 中高年になって、親しい友人や仕事における同僚、配偶者との別れを経験する人もいるでしょう。新しく得る人間関係よりも失われる人間関係の方が多い時、人は「喪失感」を感じるのではないでしょうか?


◇ 頼りにされる存在、責任の喪失

 多くの中高年の人が経験することに子供の成長、独立があります。教育に心を配り、指導して、お金をかけて学校に通わせた子供が成長、独立、結婚して別の家庭を築くようになった時、自分の手を離れた安心感はあるでしょうが、長年に渡り自分を頼りにしてきた存在、子供を育てる責任感がなくなることの「喪失感」は生まれます。


 こうして中高年のタイミングに起こることを列挙してみますと、中高年は「喪失感」の繰り返しであることを実感します。それをどう受け止めるか?、失われるものよりも残されたものに目を向けるか?、あるいは新たに得られるものを追い求めるか?、そのあたりに中高年の生き方があるのかも知れません。


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