アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

伊勢神宮 参拝記 その1:伊勢神宮の概要


 先日、2泊3日で伊勢神宮に参拝して来ました。人生の転機に向けて一つの記念であり、「気」をもらいたい、あるいは我々日本人の総氏神に報告と感謝の気持ちをお伝えするのが目的でありました。代表的なところにしか参りませんでしたので、もっと詳しい部分は別に譲りますが、参拝の順路に沿って写真を供覧して、少し勉強した内容をまとめてみました。

伊勢神宮 写真


◇ アクセス

 三重県には東海道新幹線が通っておりませんのでこの県に足を踏み入れるのは車中の通過も含め初めてのことでありました。いざ行ってみると東京からのアクセスはそんなに大変ではなく簡単に行けることが判明しました。

1.往路

 12:50 JR 東京駅 発 JR東海道新幹線 のぞみ111号 広島行
 14:31 JR 名古屋駅 着 徒歩
 14:50 近鉄 名古屋駅 発 近鉄名古屋線 特急 鳥羽行
 16:10 近鉄 伊勢市駅 着

2.復路

 10:54近鉄 伊勢市駅 発 近鉄山田線 特急 名古屋行
 12:17 近鉄 名古屋駅 着 徒歩
 13:22 JR 名古屋駅 発 JR東海道新幹線 のぞみ160号 東京行
 15:03 JR 東京駅 着

 往路も復路も、午前のゆっくりとした時間に出発して夕方には現地あるいは自宅に到着する余裕を持ったプランでありました。近鉄の事情は解りませんし、なぜかは調べておりませんが、行きが「近鉄名古屋線」であったのに対し帰りは「近鉄山田線」と名を変えていたのにはオヤ!?と思いました。


◇ 伊勢神宮の基礎知識

ここでは、伊勢神宮についてごくごく当たり前の基礎知識をご紹介します。なお、正式名称は地名の付かない「神宫(じんぐう)」ではありますが、ここでは「明治神宮」と区別の意味もあって俗な呼称で「伊勢神宮」で呼ばせていただきます。また登場人物の名称、漢字および呼び名は数通りの記載がありますが、最も一般的に使われていると思われるものを使用いたします。

1.概要

 今から約2000年前、第十一代 垂仁(すいにん)天皇の皇女で、御杖代(みつえしろ)として天照大御神(あまてらすおおみかみ)に奉仕した倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神を載いて大和国を発ち、伊賀・近江・美濃などの諸国を経て伊勢の国に入り五十鈴川(いすずがわ)のほとりに、垂仁天皇26年(推定 紀元前3年)、皇大神宮(こうたいじんぐう)= 内宮(ないくう)を創設したとされます。その約500年後、雄略(ゆうりゃく)天皇の22年(推定 紀元478年)、天照大御神の食事を司る神である豊受大御神(とようけおおみかみ)を祀る豊受大神宮(とようけだいじんぐう)= 外宮(げくう)が創設されました。この皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)の他、伊勢志摩地域に点在する大小様々な125の社からなる神社を総称して「(伊勢)神宮」と言います。

2.天照大御神(皇大神宮、内宮)

 日本神話に登場する神、現在の天皇の御祖先であり、全ての日本国民の神道における祖神(おやがみ)、総氏神(そううじがみ)とされます。父親は日本神話に登場する男神、伊耶那岐(いざなぎ)で、母親は伊耶那岐の妹であり妻でもある伊耶那美(いざなみ)であります。太陽、光、慈愛、真実、秩序を象徴する最も尊い神とされ、弟の須佐能乎命(すさのうのみこと)のあまりにも乱暴な行いに悲しまれて天岩戸(あまのいわと)にお隠れになった際、世の中は光を失い闇の世界となり、作物も育たず、秩序も失われたと言われています。

天照大御神 絵画

 また、天照大御神の息子である天忍穂耳尊(あめのおしほみみ)と高皇産霊尊(たかみむすび)の娘である栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)の間に生まれた息子である邇邇藝命(ににぎのみこと)が天照大御神の神勅(しんちょく)を受けて葦原の中つ国(あしはらのなかつくに;日本の国土)を治めるために高天原(たかあまはら;神が住むところ)から日向国(ひゅうがのくに)の高千穂峰(たかちほのみね;宮崎県と鹿児島県の県境の火山)へ天降(あまくだっ)たことを天孫降臨(てんそんこうりん)と言います。

3.豊受大御神(豊受大神宮、外宮)

 「日本書紀」には登場せず、「古事記」において伊耶那美の尿から生まれた稚産霊(わくむすび)の子であります。神名の「ウケ」は食物のことで、お米をはじめ衣食住の恵みを与えてくれる産業を司る女神であります。元々は丹波国(たんばのくに;京都府北部)に居ましたが、天孫降臨の後、上述の通り、雄略天皇の22年(推定 紀元478年)、外宮の度相(わたらい)に鎮座しました。御垣内(みかきうち)の御饌殿(みけでん)では毎日朝夕の二度、天照大御神に神膳(しんぜん)を奉る儀式が鎮座以来絶えることなく行われております。

豊受大御神 絵画

3.式年遷宮(しきねんせんぐう)

 伊勢神宮には、内宮にも外宮にもそれぞれ東と西に同じ広さの敷地があり、第四十一代 持統(じとう)天皇4年(690年)以来、1300年以上にわたり20年に一度、宮地(みやどころ)を改め、古例のままにご社殿やご神宝をはじめ全てを新しくして、大御神お遷りいただく行事があります。これを「式年遷宮」と呼びます。平成25年には62回目式年遷宮が古式のままに行われました。
 なお、この式年遷宮の慣習があって常に新鮮で美しい姿を保っていることから、保護を目的とする「世界遺産」の趣旨にそぐわないとの判断で、これまでのところ登録申請を行っていず、従って伊勢神宮は世界遺産に登録されておりません。

式年遷宮

4.常若(とこわか)の思想

 神道は清く明るく麗(うるわ)しい心を大切にしており、常に若々しいことを「常若」と言います。上述のごとく式年遷宮によって内宮、下宮をはじめ、14の別宮も御殿を造り替えますが、これは一説には神様の力が永遠に若々しく輝くようにと一切を新しくする「常若」の思想の現れと考えられております。


◇ 伊勢神宮参拝の作法

 ここでは、手と口を清める「お手水」と礼拝である「二拝二拍手一拝」の作法をご紹介いたします。これらは伊勢神宮のみならず全国の神社で共通の作法であります。

1.お手水の作法

1)右手で柄杓ひしゃくを持ってたっぷりと水をくみ、左手を清めます。
2)柄杓を左手に持ち替えて、右手を清めます。
3)再び柄杓を右手で持ち、左手で水を受け、口をすすぎます。
4)改めて左手を清めます。
5)残った水で柄杓の柄えを洗い清め、元に戻します。

2.二拝二拍手一拝の作法

1)神前に進み姿勢を正します。
2)背中を平らにし、腰を90度に折り、2回深いお辞儀をします。
3)胸の高さで両手を合わせ、右指先を少し下にずらします。
4)肩幅程度に両手を開き、2回拍手を打ちます。
5)ずらした指先を元に戻し、最後にもう1回深いお辞儀をします。

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