アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

「自爆テロ」にみるイスラムの死生観 〜 日本の「神風 kamikaze(特別攻撃隊)」との根本的な違い 〜


 先日、イギリスのマンチェスターと言う都市のコンサート会場で自爆テロが発生、22人が死亡、59人が負傷する惨事が起こり、直後に「イスラム国」が反抗声明を出しております。何度となく繰り返される、主としてイスラム圏における自爆テロ、彼らの死生観との関わりと、さらには、時として日本の「神風(特別攻撃隊)」との根本的な違いを申し上げます。まずはイギリスの自爆テロの記事です。


◇ イギリスのコンサート会場で爆発 〜 テロで22人死亡

170522 イギリステロの記事

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 イギリス中部マンチェスターのコンサート会場で22日夜(日本時間23日朝)起きた自爆テロ事件では、8歳の女児1人を含む22人が死亡、59人が負傷するという大惨事となりました。事件後、イスラム過激派組織「イスラム国」が犯行声明を出しており、イギリスでは2005年7月に52人が死亡したロンドン同時テロ以来、最悪のテロ事件となりました。これまでの経過をまとめました。

05月23日 現場にボルト・くぎ、悲鳴上げ出口殺到

 アメリカの人気歌手アリアナ・グランデさんのコンサート会場が一転して惨事の現場となった。イギリス中部マンチェスターで22日夜(日本時間23日朝)に発生した爆発。建物は大きく揺れ、観客は悲鳴を上げながら逃げまどった。現場には救急車のサイレンが響き、英国有数の商工業都市は騒然となった。地元警察はテロ事件として捜査に乗り出した。
 公演に行った妻と娘を迎えに来た男性は英BBCに、「会場外で家族が出て来るのを待っていたら爆発音がして、壁に向かって吹き飛ばされた。起きあがったら、周囲には30人ぐらいが倒れていた。意識がない人もたくさんいた」と証言した。男性は会場内に走っていったが妻子を見つけられず、会場外でようやく再会できたという。男性は、「建物全体が震えて、すごい衝撃だった」と、緊張した声で語った。周辺にはくぎやボルトが散乱していたという。【ロンドン=角谷志保美】

05月24日 テロ警戒度最高に

 メイ英首相は23日夜、5段階あるテロ警戒レベルを最高の「危機的」に引き上げた。無差別テロの続発を懸念し、厳戒態勢が続いている。
 警察は23日、容疑者宅とみられる住宅の捜索を行った。犯行声明を出したイスラム過激派組織「イスラム国」との関連や、爆弾の入手経路などを捜査している。当局は23日の記者会見で、容疑者の名前と年齢を明らかにした一方、出身地などの詳細については公表を避けた。単独犯だったのか、共犯者がいるのかに関し、慎重に見極めていることも強調した。

05月25日 テロ、複数人関与か…容疑者にシリア渡航情報

 英警察当局は23日、実行犯の男をサルマン・アベディ容疑者(22)と特定したと発表した。アベディ容疑者はリビア系英国人。英警察当局は24日、「我々の捜査対象はネットワークだ」と述べ、単独犯ではないとの見方を示した。
 ラッド英内相も24日、英BBC放送に対し、アベディ容疑者が「一人で行動していたのではないかもしれない」と述べた。リビアから最近帰国したとの地元紙報道も事実だと認めた。英紙ザ・タイムズは、容疑者が「3週間前にリビアに行き、数日前に帰って来た」と友人が述べたと伝えた。
 コロン仏内相は仏テレビに24日、アベディ容疑者がシリアに渡航し、イスラム過激派組織「イスラム国」と関係があったとの情報を英仏の情報機関が把握していると述べた。

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◇ 火葬を認めないイスラム教徒

 イスラム教徒の死生観の一つとして、死後の処置は土葬が原則であり、火葬をしてはならないとされます。日本において、このことを広く知らしめた出来事がありました。まずはそのご紹介から、、、。

1.ある自殺したイラン人に対して

 1994年5月、山梨県東八代郡石和町である事件が起きました。身元不明の外国人男性が自分の首を刃物で切り自殺しました。町役場は日本人と同様に法の手続きに基づいてその遺体を火葬としましたが、後に23歳イラン人であることが判明しました。通告を受けたイラン大使館は、書記官ら二人を石和町に派遣して、遺骨を引き取るとともに、男性が自殺を図ったとされる場所や、遺体をだびに付した甲府市の斎場に足を運んで調査しました。事件はイラン国内でも報道されるなど波紋を広げ、イラン大使館より外務省に対して「遺体を焼いてしまったのは、あまりに性急である。身元を確認するため、前もって連絡をしてほしかった。今後はこのようなことのないよう、各自治体で徹底してもらいたい」と、遺体取り扱いについての抗議の声明が発せられました。

2.イスラム教徒の葬式

 後述の死生観で詳しく申し上げますが、イスラム教では死は一時の別れであり、魂は一度は肉体から離れますが、最後の審判で再び生前の肉体と結び付いて復活するとされます。火葬による肉体の消滅は、来るべき終末の神の審判と救済の否定となります。さらに言えば、コーランにおいて地獄とは火が燃えるイメージで描写されており、イスラム教徒が火で焼かれることは、地獄的な懲罰を与えられることに他なりません。
 以上から、イスラム教徒と葬式では火葬は認められず、土葬が原則であります。イスラム教徒に死期が近づくとイマーム(導師)が呼ばれ、コーランを唱えながら聖水を含ませます。死後は体を清めた後、薬液をかけて防腐処理、白布に包まれモスクへ運ばれます。棺に収められた後、コーランの書かれた布で覆われ、告別式の後、墓地では規定に従い右脇腹を下に、顔は正しくメッカに向け墓の中に収められて土葬されます。イスラム教徒の葬式は、死後も肉体を残すことで復活に備えているのです。


◇ イスラム教徒の死生観

 イスラム教徒が、その死に際して火葬はせず、死後も肉体を残す土葬を原則とすることを申し上げました。ではなぜイスラムのテロリストは「自爆テロ」と言うかたちで、自らの肉体を破壊する極端な自死を遂げるのでしょうか? 爆破により肉体を火葬するのみならず骨すらも残りません。ここでは自爆テロの根拠にも通ずるイスラム教徒の死生観をご紹介いたします。

1.イスラム教徒にとっての現世と死後

 イスラム教徒にとって現世は仮の姿であり、来世で楽園に行くためのただの時間であります。そして、死は来世にいくための門にすぎません。その死において魂は肉体より離れ、肉体は墓の中において各々、復活を待ちます。復活は終末の日、魂が肉体に戻って生前と同じ姿でアッラーの下に集められ、現世での善行と悪行が記された「記録の書」に基づいて、極楽と地獄のどちらに行くのか最後の審判がなされます。イスラム教徒にとっての死後は、キリスト教と同じ「最後の審判」があり、来世があると言う点では仏教とも共通した概念であります。

2.非イスラム教徒の場合

 イスラム教において、非イスラム教徒も死後にイスラム教徒とほぼ同じ過程を辿ります。すなわち、終末の日に復活し、アッラーによる最後の審判を経て、極楽か地獄へと行きます。ただ、非イスラム教徒は、墓の中で罰を受けながら復活を待つとされます。

3.ジハード(jihad, 聖戦)での殉教者

 ここにイスラム 自爆テロの鍵が隠されております。ジハードとはイスラムにおける義務の一つで、「努力」、「奮闘」の意味であります。ですから、「ジハード = 聖戦」ではありませんが、「殉教」の発想においては自国を守る「聖なる戦い」としてジハードとの呼び名は、狭義の語意があります。イスラム教の死生観において、この「ジハード(聖戦)」で命を捧げた殉教者には最後の審判を経ずに楽園行きが約束されております。つまり、自国を守る「ジハード(聖戦)」の名の下に己の肉体を破壊するかたちの殉教を遂げた者は、たとえ肉体が滅んでいても最後の審判を受けることはありません。

 イスラム教徒がその死後に、火葬を含め、肉体を傷付けることがタブーであることはその死生観から伺えますが、イスラムのテロリストによる自爆テロの根拠に、その行為が「ジハード(聖戦)」での殉職となるのであれば頷けます。イスラム教徒にとって、終末の日に復活する最後の審判までの時間も、審判により地獄に行くことも、人生において大きな試練として捉えられているのかも知れません。しかるに、その過程から逃れられるジハードでの殉職者の道を歩む発想がテロリストに自爆テロの後押しをさせていると、そう考えられます。


◇ 日本の「神風 kamikaze(特別攻撃隊)」の根本的な違い

 2001年、「9. 11 アメリカ同時多発テロ事件」におけるワールド・トレード・センタービルへの旅客機突入などの一連のテロ行為が "Kamikaze Attack" として報道されました。これは第二次大戦における日本国連合艦隊の「神風特別攻撃隊」から惹起された言葉であります。英語では下に示す通り「命知らずの」、「決死の」、「無謀な」と言う形容詞で使われ、フランス語では “le kamikaze” (「カミカズ〜」と発音)と言う単語で、「自爆攻撃、自爆テロ」という意味で使われております。

辞書 kamikaze

 欧米では「自爆テロ」、すなわち自己犠牲による無差別殺人を日本人とイスラムの特有の死生観として捉えられている向きがあり、これは本邦においてさえも、本当の「特攻」の実情を知らずに現代の若い世代が、大戦における我が国の単なる「自爆テロ」として後世に伝えていっている、そんな風潮はあります。ここではイスラムの死生観に触れたついでとして、日本の「神風 kamikaze(特別攻撃隊)」との根本的な違いを考えます。

1.殺戮の対象の違い

 イスラム テロリストが大量殺人を行う対象は、たとえ「ジハード(聖戦)」を唱えたとしても、所詮は罪もない一般市民であります。その中には武器を持たない女性も子供も含まれ、これはまぎれもない無差別殺人であります。欧米でイスラムテロを“Kamikaze Attack”と呼んでいる、そこには大きな勘違いがあります。「神風」により被害を受けたのは罪もない一般市民と言いたいかも知れませんが、それは違います。連合艦隊、神風特別攻撃隊が向かった相手は、女性や子供もいない、米戦艦であったり空母、武器を持った「敵」であります。その「敵」はこちら攻撃しなければ逆に攻撃してきて、日本国民を殺す、それこそ戦争の真の姿であります。神風特別攻撃隊が向かった相手は、攻撃しなければ攻撃してきて自分の家族を含む同胞を殺す「敵」であり、ここにイスラム テロリストの自爆テロとの根本的違いがあります。

 こうとも言えます。イスラムの自爆テロが「ジハード(聖戦)」と呼んで戦い仕掛ける相手は罪のない一般市民であるわけですから、敵があってやっているのではなく、アッラーによる最後の審判を受けずに極楽行きの切符をもらう、言わば自分の為の行為であります。これに対して、神風特別攻撃隊は自国を攻撃する敵に体当たりしたのですから、これは自国を守り、家族を幸せを祈る自己犠牲的な行為であります。目的とするところが全然違います。イスラムの自爆テロが自死に際して思い描くのは自分が極楽に行く姿であり、神風特別攻撃隊は体当たりに際して、紛れもなく、故郷に残した肉親、家族、恋人を思い描くでしょう。目的意識、行動における志しが大きく違うと言うことです。

2.日本人にはジハードでの殉職の発想はない

 日本人の死生観に、ジハード(聖戦)での殉職者は楽園に行く、との発想、教えはありません。日本人の死生観に、仏教の「輪廻」の発想はあり、あらゆる生きとし生けるものが、生と死を繰り返し、前世の行い(業)によって六道(人間道、畜生道、地獄道、天道、修羅道、飢餓道)のどれかに送られる、これを「自業自得」とされます。しかし、死に方によって極楽へ行けるとの考え方はありません。これも、「ジハード(聖戦)での殉職」念頭に自爆テロを行うイスラム テロリストと同義に語れない内面であります。

3.日本人の死生観に観る肉体の扱い

 イスラム教においてジハード(聖戦)での殉職者であれば肉体を破壊しても無条件に楽園に行けるのと異なり、日本人の死生観には「死出の旅立ち」の発想があります。詳しくは別で議論しますし、以前の触れたことはあります。日本人にとって、生と死と死後は連続しており、死は死後の世界への旅立ちの出発点、門であるされます。その旅立ちに向けて遺体を清め、衣装を着せ、死化粧をして、生前の面影をよみがえらせることに大きな意義、使命感を持っているとされます。こうした発想に立った時、神風特別攻撃隊での死者には、イスラム テロの殉職者とは異なる民族の概念に基づく憤りがあったものと考えます。ここもイスラム テロ「自爆テロ」と日本の「神風 kamikaze(特別攻撃隊)」の根本的な違いがあります。


◇ あとがき

 「イスラム国」の犯行声明があったイギリス自爆テロを取り上げ、これをイスラム教徒の死生観に基づいた出来事であり、日本の「神風 kamikaze(特別攻撃隊)」とは異なるものであるとの主張に続けました。時事問題、歴史学とも「スピリチュアルの周辺」とも考えられますが、ここは死生観を中心に考えて「スピリチュアル」のカテゴリーといたしました。「イスラム教徒」と言う言葉を多用しましたが、当然のごとく、イスラム教の人々誰もが自爆テロをする訳ではありません。そのごく一部のテロリストにイスラム教を利用した洗脳がある可能性を申し上げた次第です。
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