アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

【速報】 フィギュアスケート 浅田 真央 さん 引退!


◇ 引退表明のブログ

 本日の浅田 真央 さんのブログの文章です。

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 「突然ですが、私、浅田真央は、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました。今まで、長くスケートが出来たのも、たくさんの事を乗り越えてこれたのも、多くの方からの支えや応援があったからだと思います。ソチオリンピックシーズンの世界選手権は最高の演技と結果で終える事ができました。その時に選手生活を終えていたら、今も選手として復帰することを望んでいたかもしれません。実際に選手としてやってみなければ分からない事もたくさんありました。復帰してからは、自分が望む演技や結果を出す事が出来ず、悩む事が多くなりました。そして、去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。皆様、今までたくさんの応援、本当にありがとうございました」

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◇ 引退の記者会見

浅田真央 引退会見

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浅田真央選手からのあいさつ

司会:お待たせいたしました。ただ今より浅田真央現役引退記者会見を始めさせていただきます。本日は直前の案内にもかかわらず、多くのメディアの方々にお越しいただき、本当にありがとうございます。すでに本人が自分のブログで発表されておりますが、本日は、本人の口から皆さまにあらためまして引退の報告をすると同時に、引退の決断に至った経緯や今後の活動予定等に関しても、皆さまから時間の許す限り質問をお受けしたいと思っております。では、浅田真央さんにご登壇いただきたいと思います。浅田さん、お願いします。

浅田:皆さん、こんにちは。浅田真央です。本日はお忙しい中、このような場にお集まりいただき、本当にありがとうございます。2日前にホームページで発表しましたが、またあらためてご報告いたします。私、浅田真央は、選手生活終える決断をいたしました。長い選手生活だったんですけど、たくさん山がありました。でも、そのたくさんの山を乗り越えられたのも支えてくださった方々や、たくさんのファンの方々の応援があったからだと思っています。今日は感謝の気持ちを皆さんにお伝えできればと思い、このような場を設けさせていただきました。本日はよろしくお願いいたします。

司会:ありがとうございます。ご着席ください。それでは、これより皆さま方からの質問をお受けいたします。係の者がマイクをお持ちしますので、ご質問のある方は挙手をお願いします。なお、ご質問の際、会社名とお名前をおっしゃっていただきたいと思います。このあと囲み取材、個別等の取材はありませんので、ご質問のある方はこの時間内でお願いいたします。それでは最初に分科会を代表いたしまして、フジテレビさまにご質問をお願いいたします。フジテレビさん、お願いします。


親しい人への報告はどのようにされたのか?

フジテレビ:はい。代表質問、幹事社フジテレビ西岡です。よろしくお願いします。

浅田:よろしくお願いします。

フジテレビ:まずはお疲れさまでした。

浅田:ありがとうございます。

フジテレビ:2日前、ブログで引退を発表されて、あらためて今、どんな心境でしょうか。

浅田:いや、まず本当に今日、この場に立ったときに、入ってきたときに、本当にこれだけのたくさんの方がいらしてくださっていたので、私自身ちょっとびっくりしたんですけど、今ちょっと落ち着いています。

フジテレビ:いろんな人から引退のあとに言葉を掛けられたと思います。何か印象に残った言葉というのはありましたか。

浅田:そうですね。発表してからは本当にたくさんの方が連絡をくださったんですけど、皆さん、本当にお疲れさまっていう言葉を掛けてくださったので、私自身も、ああ、なんか、選手生活終わるんだなっていう気持ちになりました。

フジテレビ:親しい人への報告というのは、どのような形でされましたか。

浅田:そうですね。少し前ですけど、家族だったり友達に報告しました。

フジテレビ:何か印象に残る言葉とかありましたか。

浅田:いやもうみんな、お疲れさまって、よく頑張ったねって言ってくれました。

フジテレビ:引退を決めたきっかけについて伺います。具体的にどのぐらいの時期から引退ということを考えたのでしょうか。

浅田:そうですね。私は復帰してからいい形でスタートできたんですけど、やはりそこから練習をするにつれて、試合に出るにつれて、やっぱり今のスケート界の時代はすごいので、私自身も付いていけるのかなっていう思いが強くなったり、あとはやっぱり気持ちであったり体の部分で、やっぱり復帰前よりも少しつらいことのほうが多くなりました。で、なんとか1シーズンは乗り切れたんですけど、2シーズン目からは、なんとかなんとか頑張ろうっていう思いだけでやってきました。でも、やっぱり最後の全日本選手権で、あ、もう、なんだろう。もういいんじゃないかなっていうふうに思いました。

フジテレビ:その全日本選手権から今まで3カ月近くありましたけれども、その間はどんな思いだったんですか。迷いも含めていかがですか。

浅田:そうですね。やはり自分が復帰してから、ずっと掲げてきた、やっぱり平昌オリンピックに出るっていう目標があったので、私自身、すごくそこで自分で言ってしまったこと、自分が目標をやり遂げなきゃいけないと思っていたので、その自分の言ってしまったこととの葛藤はずっとありました。


引退は具体的にいつ決めたのか?

フジテレビ:全日本選手権がきっかけになったということですけれども、具体的には、時期的にはいつごろ決心したんでしょうか。

浅田:本当に全日本終わって全て結果が出たときに、ああ、もう終わったんだなっていうふうには思いました。でも日がたつにつれて、やっぱり自分が言ってしまったことっていうのは、やっぱり今まで最後までやり通してきたので、やらなきゃいけないんじゃないかなっていう思いのほうが強くて、やはりここまで延びてしまいました。

フジテレビ:平昌オリンピックへの思いもあったと思いますが、それを上回るぐらいの達成感があったということでしょうか。

浅田:そうですね。私はソチオリンピックが終わってから、最高の形で終えることができたんですけど、やはり自分の体もまだまだできますし、自分の気持ちとしてもまだまだやれるという思いがあったので復帰しました。でも、自分が実際挑戦してみて、もう気持ちも体も、自分の気力ももう全部出し切ったので、今は挑戦して何も悔いはないです。

フジテレビ:最後の大会になった全日本選手権でトリプルアクセルに挑みましたよね。その全日本選手権の最後、挑んだ気持ちも含めて振り返っていかがですか。

浅田:そうですね。最後になるのかなという気持ちは、ソチオリンピックの世界選手権ほどではなかったですけど、でも、最後トリプルアクセルを挑戦して終えれたことは、自分らしかったかなというふうには思います。

フジテレビ:それでは現役生活を振り返っていただきます。初めてスケート靴を履いた日のことって覚えてらっしゃいますか。

浅田:私は覚えてないんですけど、5歳だったので。でも、ヘルメットをかぶってスキーウエアを着て、肘当て膝当てをしてたのは写真に残っているので、覚えています。

フジテレビ:どうですか、それから二十数年間、スケートやってきて一番楽しかったことってどういうことでしたか。

浅田:やっぱり小さいころにフィギュアスケートっていくつも技があると思うんですけど、その技ができるようになったときっていうのは本当に楽しい気持ちで、じゃあ次、2回転飛びたい、次、3回転飛びたいっていう、そういう思いがすごく楽しかったですね。

フジテレビ:逆にプレッシャーも背負って、つらかったこともあると思いますけれども、つらかった部分っていうのは今、どう受け止めていますか。

浅田:いや、つらかったことはそんなになくて、やっぱりこの道を選んできたのも自分ですし、自分がやりたいって思って望んでやってきた道なので、つらいと思ったことはありません。


オリンピックを振り返って

フジテレビ:2回のオリンピックを振り返っていただきます。まずはバンクーバーオリンピックでは銀メダルを手にしました。まずはバンクーバーの思い出、今、振り返っていかがですか。

浅田:はい。バンクーバーは19歳だったんですけど、すごく10代で、若くて、本当に気が強くて、本当にその強い気持ちだけで乗り越えてきたなという感じがします。

フジテレビ:そして4年後のソチオリンピックでは素晴らしいフリーで国民に感動を与えてくれました。ソチオリンピックを振り返って、今、どんな思いでいらっしゃいますか。

浅田:ソチオリンピックは、やはりショートが残念な結果だったので、本当に気持ち的にはすごくつらい試合ではあったんですけど、フリーでああいう形で最高の演技で終えることができて、あの気持ちの状態からバンクーバーからソチのその4年間の思いを全て4分間に注ぎ込めたと思っています。

フジテレビ:二度のオリンピック経験というのは、浅田さんにとってどんな経験になりましたか。

浅田:私の今後の人生においてもすごくいい経験だったり、いい思い出だったのかなというふうに思います。

フジテレビ:そして3回の世界選手権優勝、これは日本人最多です。印象に残っている大会、ことっていうのは何かありますか。

浅田:はい、そうですね。2回世界選手権で金メダル取ったときは、全てオリンピックのあとの世界選手権だったので、なんか、オリンピックの悔しさっていうのをその世界選手権で晴らせた大会だったかなというふうには思うんですけど、私、最後の世界選手権は一応、自分の気持ちの中では最後と思って望んだ試合だったので、すごく、今までのスケート人生を全てそのプログラムにぶつけた試合だったので、やっぱり最後の世界選手権が、一番思い入れは強い試合でした。

フジテレビ:現役生活を振り返っていただいてどうでしょうか。最も印象に残っている演技、今、1つ選べと言われたらどれになりますか。

浅田:難しいですね、やっぱり。1つっていうのは難しくて、うーん。でもやっぱり、ソチのフリーかなというふうには思います。

フジテレビ:やっぱりあの時間に込めた思いというのは大きかったですか。

浅田:そうですね、やはり気持ちがすごい、今までの試合以上にちょっと落ち込んでたり、つらかったりした部分もあったんですけど、それでもあれだけの、挽回の演技ができたことに関してすごく、そしてそれがオリンピックだったっていうことが一番良かったのかなというふうに思いますけど。


長く指導を受けた2人のコーチについて

フジテレビ:長く指導を受けた2人のコーチについて伺いたいと思います。まずは、山田コーチにご報告もされたと思いますけど、どんな思いがありますか。

浅田:はい。満知子先生は小さいころに指導を受けてたんですけど、本当にスケートの楽しさだったり、挑戦する楽しさを教えてくれました。その一方でスケートだけではなく、いろんなことを教えてくれた先生です。

フジテレビ:そして佐藤コーチ、佐藤コーチへの思いはいかがでしょうか。

浅田:佐藤コーチは大人になってから指導を受けたんですけど、やはり自分の意思もすごく強いほうというか強いので、先生といろいろ話し合いをしたりする機会も多かったんですけど、自分の意見もしっかり聞いてくださって、それを静かに見守っていてくれていた先生でした。

フジテレビ:特に休業があってから、戻ってきてからの2シーズン間は佐藤コーチとのやり取りもいろいろあったと思います。振り返ってみてこの2年間の意味、復帰してからの意味というのはご自分の中でどう捉えていますか。

浅田:意味。そうですね。ソチオリンピックのシーズンで世界選手権を終えて、自分が選手を終えていたら、本当に今もまだできたんじゃないかなっていうふうに思っていたと思います。でも、自分が望んで復帰をしてチャレンジして出した結果なので、本当に今は何もやり残したことはないので、そういった意味で、もう一度自分でチャレンジすることができて良かったなというふうに思っています。

フジテレビ:それでは今後のことについて伺います。まずは今後、浅田さんがどんな仕事をしていくのか注目されると思うんですが、まずは自分の中でどんなプランがありますか。

浅田:はい。まず本当にもうすぐ夏にあるのがTHE ICEのアイスショーなので、そこでまた選手生活を終えて初めて皆さんの前で滑るので、いい演技を目指して頑張りたいなというふうに思っています。

フジテレビ:フィギュアスケートにどういう形で携わっていくんだろうとわれわれは考えるんですけれども、その辺りはいかがですか。

浅田:やはり私は5歳からスケートを始めて、今までスケートにお世話になりました。なので、これからどんな形であっても、フィギュアスケートに恩返しができるような活動はしていきたいなというふうに思っています。

フジテレビ:具体的なプランはこれからという感じですかね。

浅田:そうですね、はい。


実際に引退の日を迎えて、イメージ通りだったのか?

司会:ありがとうございました。それでは、これから皆さまのご質問を受けたいと思います。質問のある方は挙手願います。

日本テレビ:日本テレビのラルフ鈴木と申します。選手生活、本当にお疲れさまでした。

浅田:ありがとうございます。

日本テレビ:少しどうですか、今、緊張というか、先ほどちょっと喉を潤してましたけど。

浅田:すごいもう、熱気も結構すごいですし、たくさんしゃべるんで喉、渇いちゃいました。

日本テレビ:良ければどうぞ、一口、大丈夫ですか。

浅田:今、はい、飲みました。

日本テレビ:大丈夫ですか。アスリートならば誰もが迎えるこの引退という日なんですけれども、どうでしょう、自分が思い描いていたイメージしていた形と、今、実際この日を迎えられていかがでしょうか。

浅田:いや、本当に発表するまであまり自分の中ですごい実感というのはなかったんですけど、またこうしてあらためてここに座って、今までのことを振り返りながら話していると少しずつ、ああ、引退するんだなという気持ちは、やっぱり湧いてきますね。

日本テレビ:気持ち的には寂しいのか、少しほっとしているのか、あるいはすがすがしいのか、いかがでしょう。

浅田:本当に気持ちは、すごく晴れやかな気持ちです。

日本テレビ:これからスケート靴をあまり履かない生活、リンクから離れて少し暖かい生活が待っていますけれども、その辺りいかがでしょうか。

浅田:そうですね。私は1月から3月までは、今、4月。1月から4月まではスケート靴を持たず、滑らずにずっといました。でも7月にショーがあるので、もう滑り始めます。

日本テレビ:最後に1つだけ、今すがすがしいという気持ちがありましたけれども、何か1つ現役生活でやり残したこと、何か悔やむことっていうのはありますでしょうか。

浅田:本当に決断をするに当たって、本当にたくさん悩みました。でも、そういったやり残したことはなんだろうって思うことがなかったので、それだけ本当に自分は全てやり尽くしたんじゃないかなっていうふうに思います。

日本テレビ:ありがとうございました。

浅田:ありがとうございました。

司会:はい、ほかにございませんでしょうか。じゃあ、女性の方。


トリプルアクセルとはどんなものだったか?

テレビ朝日:テレビ朝日の小川と申します。本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございましたとまずはお伝えしたいです。

浅田:ありがとうございます。

テレビ朝日:今日は白いブラウスに白いジャケットというお召し物ですけれども、その真白のお洋服というのに込められた思いというのはあるんですか。

浅田:はい、そうですね。黒のスーツか白、どちらにしようかいろいろ悩んだんですけど、でも自分の気持ちとしては本当に晴れやかな気持ちなので、この服を今、着ています。

テレビ朝日:すがすがしい思いというのが伝わってくるようでもありますけれども、これまでの真央さんの競技人生の中で、何度も出てきた言葉というのがノーミスだったと思うんですが、ここまで完璧、パーフェクトというのにこだわり続けたのは、どういう思いがあるんですか。

浅田:やっぱり失敗はしたくないですし、これだけ試合に向けて練習してきてるからこそ、やっぱり誰もがミスしたくないと思うと思うんですけど、自分はでも、試合にそんな強いタイプではなかったので、あえて自分で言っていたんじゃないかなというふうにも思っています。

テレビ朝日:それからもう1つ、やはり真央さんといえばトリプルアクセルだと思いますが、このトリプルアクセルというのは真央さんにとってどんなものでしたか。

浅田:私は伊藤みどりさんのようなトリプルアクセルが飛びたいと思って、ずっとその夢を追ってやっぱりやってきたので、本当に飛べたときはすごくうれしかったですし、自分の強さでもあったとは思うんですけど、その反面、やっぱり悩まされることも多かったです。

テレビ朝日:もう1つだけ。真央さんは5歳のときにスケートを始められましたけれども、今、もしタイムスリップして5歳のときの自分に会うことができたら、どんな言葉を掛けますか。

浅田:難しいな。そうですね。頑張ってって、はい。

テレビ朝日:頑張ってって。

浅田:はい。

テレビ朝日:どういう思いを込めて、それは。

浅田:やっぱり私は、これだけフィギュアスケートをやってて、やっぱりたくさんの方に応援してもらえて、本当に幸せだなというふうに思いました。なので、大変なこともあったんですけど、自分に対してエールをたぶん送ると思います。

テレビ朝日:どうもありがとうございます。

司会:はい。ほかにございませんでしょうか。じゃあそちらの。


日本や世界の子供たちへのアドバイスは?

朝日新聞:朝日新聞のゴトウです。どうもお疲れさまです。

浅田:ありがとうございます。

朝日新聞:以前、浅田選手が子供さんたちと接してる様子っていうのが、すごく印象に残ってるんですけれども、浅田選手の経験から日本、世界の子供たちに何かアドバイスというか、声を掛けられることがあるとしたら、どんなことでしょうか。

浅田:そうですね。私は本当にちっちゃいころから本当にスケートが大好きで、ただただスケートが大好きでやってきました。なので、今から始める子だったり、今、頑張ってる子には、やっぱりスケートを大好きな気持ちを忘れないでねって言いたいかなというふうに思います。

朝日新聞:何か子供さんと関わる活動をやったり。

浅田:そうですね。私は本当に子供が大好きなので以前にもスケート教室とかはやっていたんですけど、また機会があれば、ぜひやりたいなというふうに思っています。

司会:はい。ありがとうございました。じゃあ、そちらの紺のスーツの。


続けて来られた、その支えとなったものは?

NHK:NHKニュース7の高井と申します。浅田さん、お疲れさまでした。

浅田:ありがとうございます。

NHK:浅田さんに伺いたいのは、やはりトリプルアクセルのお話なんですけれども、先ほど自分の強さでもあり、悩まされる存在でもあったということなんですが、あえてトリプルアクセルに声を掛けられるとしたら、どんな言葉を掛けたいですか。

浅田:難しい(笑)。トリプルアクセルに声を掛けたい。トリプルアクセルに声を掛けるんですよね。どうしよう。

NHK:そういう存在だとして。

浅田:存在だとして。

NHK:もう、困っちゃったよっていう感じなのか、それともありがとうっていう感じなのか、どういう感じでしょう。

浅田:いや、うーん。なんでもっと簡単に跳ばせてくれないのって感じです(笑)。

NHK:もう1つ。先ほど、よくここまで続けてこられたとご自身に声を掛けたいという話がありましたが、その続けてこられた、その支えとなったものはなんだったんでしょうか。

浅田:1つはやっぱり自分の目標ですね。それだけではないですけど、たくさんの方に支えられて、そしてたくさんの方の応援があったからだと思っています。

NHK:1つは応援。

浅田:はい?

NHK:ほかにもありますか。

浅田:あ、今、思い付くのは、そんな感じですね。

NHK:ありがとうございます。

司会:ありがとうございます。じゃあ、そちらの黒い。お願いします。


世界選手権で五輪の枠が3から2になったことをどう受け止めているのか?

共同通信:共同通信のヨシダと申します。引退の決断まで時間がかかったかと思うんですけど、まず今年の世界選手権で五輪の枠が3から2になることが決まりましたけど、それをどう受け止めていらっしゃったかというのと、それが何か引退の決断に影響したのかどうか。そこら辺、お伺いできますでしょうか。

浅田:はい。そうですね。私はさっき自分で言ってた平昌オリンピックに出る、その目標をやめてしまう自分が許せるのかな、許せないのかなって思いながらずっと過ごしてきて。でも、最終的に最後、話し合いをして決めたのが2月だったので、世界選手権が影響したというわけではなくて、自分自身が最後、決めることですし、そんな感じで、はい。決めました。で、2枠になってしまったことに関しては、残念なことではあるとは思うんですけど、やはりその2枠を、やっぱり大勢の、たくさんの選手の子たちが争うわけなので、本当にハイレベルな試合になるんじゃないかなと思っています。

司会:はい。よろしいでしょうか。

共同通信:すいません。もう1点だけよろしいですか。すいません。

司会:はい。お願いします。

共同通信:2月に決断して、この4月に発表になったっていうのは、その2カ月間ぐらいっていうのは、どういう流れっていうか思いがあったんでしょうか。

浅田:そうですね。いろいろと自分の気持ちの準備だったりもあり、今日に至りました。

司会:はい。よろしいでしょうか。じゃあそちら、一番後ろのグレーの方。女性で。

決断を後押し、心を軽くしてくれたのは誰?

TBS:TBSの宇内と申します。本当にたくさんの感動をありがとうございました。

浅田:ありがとうございます。

TBS:引退を決意するまでに、本当に目標を掲げたのに、ここでやめていいのかなと悩んでいたとおっしゃっていましたけれども、この全日本選手権が終わってからの3カ月間、いったいどなたかが一番その決断を後押ししてくれたのか、心を軽くしてくれたのか、教えてください。

浅田:家族だったり、お友達だったり、知ってる方に相談はしました。本当に皆さん、それぞれいろんなアドバイスはくれたんですけど、最終的に決めたのは自分自身なので。その中でも旅行に行ったり、いろいろ今まで行けなかったところに行ったりして、その中でも考えながら、ずっと日々を過ごしてきて決断をしました。

TBS:最終的にはご自身の中で決断できたということなんですね。

浅田:はい。

TBS:21年間という非常に長い競技人生。本当に続けてくること自体が大変だったと思うんですけれども、何か、どなたかに掛けられた一番印象に残ってる言葉であったり、ご自身が一番大切にしてる言葉、何かありましたら教えてください。

浅田:そうですね。でも本当に、この決断をしてからは本当にたくさんの方に温かい言葉を、メッセージを贈ってくださったので、私自身、本当に晴れやかな気持ちで今、この場にいます。なので、やっぱり感謝という気持ちは、これからも忘れずに進んでいきたいなというふうに思っています。

TBS:はい。ありがとうございます。

司会:ありがとうございます。黒の女性の。


これからの日本スケート界にどう貢献していきたいか?

日本経済新聞:日経新聞のハラですけれども、浅田選手が試合に出始めた21世紀の初めのころって言ったら変ですけども、こうやって今、こんな多くの人が来て、ショーも行われてたくさんの人がフィギュアという競技に興味を持つようになってきたと思うんですけれども、こうやってスケートが日本でブームになって、世界でも強い国になったっていうことに、浅田さんとして自分はどういうふうに貢献っていうか、力になったのかなと思うかっていうことと、やっぱり自分がやった、〓こうして00:37:06〓きたことがこれからも日本のスケート界で続くために、どういうふうにしていきたいなとかいうことを教えてください。

浅田:私がちっちゃいころっていうのは、伊藤みどり選手をはじめ本当にたくさんのトップの素晴らしいスケーターがいました。私はそのスケーターの方々を見て、私もこうなりたいと思って、ずっとそれを目指してやってきました。そしてジュニアだったりシニアに上がってからは本当にスケーター、みんなそれぞれ強くて魅力のある選手ばっかりが集まって、それぞれがいい刺激をし合いながら切磋琢磨して頑張ってきました。そしてそれを応援してくださるメディアの方だったり、ファンの方だったりがいたから、やはりここまでフィギュアスケートもたくさん注目されるスポーツになったんじゃないかなというふうに思っています。なので、これからのスケーターの子たちには、みんなでそれぞれ高め合って、刺激をし合いながら頑張っていってほしいなというふうに思っています。

司会:よろしいですか。はい。


ソチのショートからフリーまでの間、立ち直るきっかけとなったのは?

ニコニコ動画:ニコニコ動画の七尾の申します。お疲れさまでした。そしてどうもありがとうございました。

浅田:ありがとうございます。

ニコニコ動画:選手人生におきまして、たくさんの山があったと、冒頭おっしゃいました。あの伝説のソチ大会についてお伺いしたいんですけれども、ショートプログラムから二十数時間の間に、どのようなきっかけで立ち直って、世界中が感動したフリーの演技につなげることができたのか。各種報道はあるんですけれども、立ち直ることができたきっかけにつきまして、あらためてお聞かせください。

浅田:はい。ショートが終わってからは、本当に、ああ、日本に帰れないと思って、すごくつらい思いもしたんですけど。そのフリーの当日の朝もまだ気持ちが切り替わっていなくて、このままで大丈夫なのかなという形で練習、公式練習を終えました。でも、試合が近づくにつれて、メイクをして、アップをしてリンクのドアを出た瞬間に、なんか、すごい会場で、じゃあこれはもうやるしかないなっていう思いが出てきて、ようやくそのときに、やるしかないって思いました。

ニコニコ動画:競技は終わった瞬間はどうでしたか。満面の笑みだったんですけれども、どういう気持ちだったんですか。

浅田:最後のポーズ、上を向いてたんですけど、終わったって思いましたね。それと同時にやっぱり良かったって思いはすごく込み上げてきて、ちょっと涙してしまったんですけど。バンクーバーのときにも悔し涙を流していたので、ああ、泣いてちゃ駄目だなって思って、頑張って笑顔にしました。

ニコニコ動画:ありがとうございました。

浅田:はい。

司会:はい、ありがとうございます。じゃあそちらの女性の方、はい。


違う世界に進むにあたって考えていることなどについて

ワールド・フィギュアスケート:新書館の『ワールド・フィギュアスケート』のスズキです。お疲れさまでした。

浅田:ありがとうございます。

ワールド・フィギュアスケート:今日はある意味、浅田選手の競技選手としての卒業式かと思うんですけれども、と同時に新しい道に進む入社式といいますか、セレモニーかと思うんですが、あえて今の時期は新入社員の方も多い時期なんだと思うんですけれども、そういう1人として、浅田選手がこれから不安に思ってることとか、心配なこととか、何かそういう違う世界に進むということで考えていることがありましたら教えてください。

浅田:私が。私も本当に、また新たな一歩だと思っています。でも不安とかは何もなくて、ただただ前にある道を進んでいくだけだと思っているので、これからも新たな経験をして、元気に前を向いて進んでいきたいなというふうに思っています。

ワールド・フィギュアスケート:あともう1つ。プルシェンコ選手も先日、競技引退を発表しましたけれども、長く同じ競技の世界で戦ってきた仲間として、この偶然といいますか、そういう時期とか何か思うことはありますか。

浅田:プルシェンコ選手も引退されたということで、本当に私よりも長い選手生活、そして本当にたくさんの記録を残してきて、本当にたくさんの人を魅了してきた選手だと思います。なので、心からお疲れさまでしたと言いたいです。

ワールド・フィギュアスケート:ありがとうございました。

司会:はい、よろしいでしょうか。じゃあそちらの白いドレスの人、はい。


前を向く中で大事にしてきたこと、信念というのはどんなこと?

フジテレビ:フジテレビ、内田嶺衣奈です。本当にお疲れさまでした。

浅田:ありがとうございます。

フジテレビ:ありがとうございました。浅田真央さんの前を向く姿、いつも戦い続ける姿というのが本当に印象的だったんですが、前を向く中で大事にしてきたこと、信念というのはどんなことですか。

浅田:本当にちっちゃいころからこれは変わらないんですけど、1日1日もそうですけど、何かこれがしたいっていう目標を持ってずっとやってきました。なので、その目標を達成するっていう強い気持ちを持ってずっとやってきたつもりです。

フジテレビ:今、すごく忙しかった選手生活を終えて時間が少しできたとは思うんですが、一番やりたいこと、どんなことですか。

浅田:はい、私、1月2月3月と時間があったので、旅行に行ったり、おいしいものを食べたりすることができました。

フジテレビ:ありがとうございます。

司会:はい、よろしいでしょうか。じゃあそちらの、ボーダーのシャツの。


キム・ヨナ選手への思い

新聞赤旗:すいません、新聞の赤旗のカツマタといいます。お疲れさまです。

浅田:ありがとうございます。

新聞赤旗:先ほど競い合うこと、その大切さ、若手におっしゃってました。ご自身もキム・ヨナ選手とも競い合ってきました。その彼女への思いっていうのは、あらためて今の時点でいかがでしょうか。

浅田:はい。私たちは15歳、16歳ぐらいから一緒にジュニアの試合であったり、シニアの試合だったり、一緒に試合に出てきました。本当にお互いにいい刺激を与えながら、もらいながら、ずっとスケート界を盛り上げてきたんじゃないかなというふうには思っています。

しんぶん赤旗:ありがとうございます。


全日本に向けてどんな気持ちで臨み、滑り終わった後、何がもういいんじゃないかなと思ったのか?

司会:はい、よろしいでしょうか。じゃあそちらで、はい。スーツ着てる、黒いスーツ。

NHK:NHKの一橋と申します。浅田さん、お疲れさまでした。

浅田:ありがとうございました。

NHK:まず最後の全日本選手権、滑ったときに、もういいんじゃないかなと思ったとおっしゃっていましたけれども、あの全日本に向けてはどんな気持ちで臨んで、そして滑り終わって、何がもういいんじゃないかなと思えたんでしょうか。

浅田:試合に向かう気持ちというのは、1つ1つの試合変わらないんですけど、常にノーミス、さっきも自分で言ったんですけど、ノーミスをする、完璧な演技をする、そして自信を持って滑るっていうのを考えていました。で、演技が終わったときに、やはり完璧ではなかったですし、自分の現役生活の最高の演技ではなかったので、少したぶん悔しい気持ちもあったんじゃないかなというふうには思うんですけども、そのあとキス・アンド・クライに座って、得点が出て、順位が出たときに、あ、うん、もういいのかもしれないっていうふうに思いました。

NHK:もういいのかもしれないというのは、どういうことですか。

浅田:やはり全日本選手権を今まで12歳から出場しているんですけど、一番、残念な結果で終わってしまって、その結果も1つ大きな、この決断に至るに当たって大きな出来事だったんじゃないかなというふうには思っています。

NHK:あともう1つ。もしも一度だけ過去に戻れるとしたら、いつの自分にどんな言葉を掛けてあげたい、アドバイスができるとしたら、いつに戻ってどういうことを言ってあげたいですか。

浅田:いや、26年間ですもんね。ああ、難しい(笑)。いや、でも本当に戻ることはないと思うので、あんまり今、ぱって答えは出てこないですね。

NHK:ありがとうございます。

司会:じゃあちょっと遠いですけども、一番後ろの方ですね。女性の方で。

今、オリンピックについてどう思うか

テレビ東京:テレビ東京の鷲見と申します。21年間、本当にお疲れさまでした。

浅田:ありがとうございました。

テレビ東京:平昌までやりたいというふうにおっしゃっていたことが引退を悩ませていたという話をされていましたけれども、今、オリンピックについて、どういうふうに思われますか。

浅田:はい。もう本当に、あと1年でソチの、ソチじゃない。あと1年で平昌オリンピックということで、たぶん選手の方々は、みんなそれぞれいろんな思いを持って今、日々、生活してると思います。なので、私はエールを送りたいです。

テレビ東京:これまでオリンピックの舞台も経験されていますが、真央さんにとってオリンピックの舞台というのは、どういう場所だったでしょうか。

浅田:やはり4年に一度ですし、選手である以上は、それを目指して私もちっちゃいころからやってきたので、そこに出れた。そしてメダルを取れたということは本当に良かったなと思いますし、オリンピックは本当に素晴らしい舞台だなというふうに思います。

テレビ東京:最後に1つだけ。もし生まれ変わるとしたら、もう一度フィギュアスケーターになりたいですか。それともまた別のものになりたいですか。

浅田:今、こうして26歳までスケートをやって、全てやりきって、もう何も悔いはないので、もしもう一度人生があるなら、スケートの道は行かないと思います。

テレビ東京:例えば何になりたいなっていうのはありますか。

浅田:いや、本当にいろいろありますね、やっぱり。なんだろう。

テレビ東京:思い浮かぶものは、なんでしょう。

浅田:なんだろう。私、でも食べることが大好きなので、ケーキ屋さんとかカフェとか、そういうレストランだったり、そういうのをやっていたのかなというふうにも思ったりもします。

テレビ東京:ありがとうございます。

司会:ありがとうございます。まだまだちょっと尽きませんが、あと2つにさせていただきたいと思います。じゃあそちら。前の男性の方。

有言実行のポリシーは誰から授かった教えなのか

文化放送:文化放送の斉藤と申します。どうもお疲れさまでした。

浅田:ありがとうございました。

文化放送:真央さんは、自分が言ったことは必ずやり遂げるというポリシーがあるとおっしゃっていました。このポリシーは、どなたから授かった教えなのでしょうか。教えてください。

浅田:やはり母かなというふうに思います。あとはこういう性格なので、すごく、頑固っていうんですかね。普段はそんなことないんですけど、自分が決めたことに関しては、一応、頑固なつもりです。

文化放送:その自分の言ったことを必ずやり遂げるというポリシーを貫いた最初の体験。いつだったか覚えてらっしゃいますか。

浅田:しっかり覚えてるのは小さいころに、毎年、野辺山合宿という新人発掘合宿が長野県であるんですけど、そこで絶対トリプルアクセルを跳ぶって決めて、合宿に行って、初めて〓下りた 00:52:14〓のが一番、記憶にあります。

文化放送:そこが現在の浅田真央という素晴らしいアスリートの原点と考えてよろしいのでしょうか。

浅田:そう、え、自分で言うのもちょっとあれですけど、そのときに目標を達成すると、こんなにうれしいんだなって、また頑張りたいなって思えたときでした。

文化放送:分かりました。ありがとうございました。

浅田:はい。ありがとうございました。


結婚の予定は?

司会:じゃあ最後にしたいと思います。最後に本人を送り出せるような質問をしてもらえる方、いらっしゃいますか。じゃあ、そこの真ん中で手を挙げられてる方。

サカイ:フリーランスのサカイユウトと申します。よろしくお願いします。

浅田:よろしくお願いします。

サカイ:浅田真央さんにお聞きしたいんですけど、ご結婚のご予定はありますか。

浅田:いや(笑)。ご結婚のご予定ですか。

サカイ:はい。

浅田:ないです。

サカイ:分かりました。ありがとうございます。

浅田:(笑)

司会:よろしいですか。はい。じゃあ最後にもう1つにしてください(笑)。送り出してもらえると、はい、どうぞ。

浅田:でも、お相手がいれば、その方と一緒に帰れたんですけどね。


台湾人との結婚や台湾に旅行に行く予定はあるのか?

中央通訊社:台湾の中央通訊社の記者です。お相手がいれば、例えば愛ちゃん。

浅田:あー、愛ちゃん。

中央通訊社:愛ちゃんみたいに台湾の人と結婚なさったりとか、そういうこと可能でしょうか。あと、ずっと寒いリンクにいらっしゃったので、暖かいところ、例えば台湾でのんびりしたりとかそういうことはあるんでしょうか、はい。

浅田:そうですね、私、愛ちゃんとお友達なので、もし台湾の方でいい方がいればご紹介してもらいたいなというふうに思います。で、私、本当に1つ行ってみたい国が台湾なので、うん、愛ちゃんに案内してもらいます。

司会:ありがとうございます。最後は台湾の話になっちゃいました。

浅田:(笑)。

司会:じゃあもう1ついきましょうか。はい。

複数:(笑)。

司会:誰か締めてください。いきます、自信のある方。質問に自信のある方。はい。じゃあ、はい、手前の女性の方。手前の、はい。


今後、プロスケーターとしてどのようなスケートを見せていきたいか?

フィギュアスケートLife:扶桑社のフィギュアスケートLifeのハセガワです。お疲れさまでした。

浅田:ありがとうございました。

フィギュアスケートLife:今後、THE ICEを含めて、プロスケーターとしても活躍されていくご予定だと思いますが、プロスケーターとしてどういうスケートを今後、見せていきたいと思いますか。

浅田:一番近くにあるのはTHE ICEなので、まだプログラムも作ってないんですけど、エキシビジョンナンバーを作ります。そのエキシビジョンナンバーで、今までのスケート人生全てをそのプログラムに注ぎ込めるように、そういうプログラムを作っていきたいと思います。

司会:よろしいですか、ありがとうございます。では、以上で本日の会見を終了させていただきたいと思います。最後に、浅田真央のほうから皆さまにもう一度ごあいさつをさせていただきます。


浅田選手から最後のあいさつ

浅田:皆さん、今日は本当にどうもありがとうございました。発表してからは本当にこの2日間、温かいお言葉をいただいて、私も本当に晴れやかな気持ちで引退を迎えることができました。

 スケート人生で経験したことを忘れずに、これから新たな目標を見つけて、笑顔で、前に進んでいきたいと思っています。はい。皆さん応援どうもありがとうございました。

司会:皆さん、どうもありがとうございました。

浅田真央 後ろを向いて涙をこらえ
後ろを向いて涙をこらえ、、、

浅田真央 前を向いて笑顔
真央らしく、前を向いたら笑顔!

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 日本を代表するアスリートの大きなターニングポイントです。感動をありがとう、お疲れ様でした。

浅田真央 五輪シーズン


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