アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

無期懲役の名大生女子 その恐るべき殺人願望


 今年になって、あまり気持ちの良いものでなない「食人(カニバリズム cannibalism)」をテーマとした記事を書きましたが、今回は、旧帝国大学に入学した10代 少女の「殺人」であります。今後も様々な報道や論説がなされると思いますが、現段階で報道されている内容を抜粋して彼女の心理状態を客観的に記録いたします。まずは大きく報道された昨日のニュースです。

<タリウム事件> 元名大生に無期懲役判決

 2012年、仙台市で高校の同級生2人に劇物の硫酸タリウムを飲ませ、2014年には仙台市内の民家に放火、2015年、名古屋市の知人女性を殺害し、殺人と殺人未遂などの罪に問われた元名古屋大女子学生(21歳、仙台市出身、事件当時未成年)の裁判員裁判で、名古屋地裁(山田 耕司 裁判長)は3月24日午後、求刑通り無期懲役の判決を言い渡しました。

タリウム事件>元名大生に無期懲役判決 公判の写真


◇ 事件の経過

 一連の、事件の経過の時系列を列挙いたします。

2012年

05/27 仙台市内のカラオケ店で小中学校の同級生で友人の少女に硫酸タリウムを飲ませる
05/28 同級生の少年に硫酸タリウムを飲ませる(7月中旬まで)
10/00硫酸タリウムを飲まされた同級生の少年が入院

2013年

02/00硫酸タリウムを飲まされた同級生の少年 宮城県警に被害届を提出

2014年

04/00 名古屋大学理学部に入学
08/30 帰省中の仙台で火炎瓶を作製 民家の窓ガラスに置いて放火未遂
10/00 宗教団体「エホバの証人」の勧誘で森外茂子さんと知り合う
11/09 妹に「殺人未遂は何回かあるけど殺人はない」「未成年のうちに絶対やってやる」とメール
12/07 名古屋市のアパート自室で森外茂子さんを撲殺
12/13 仙台の8月と同じ民家に放火

2015年

01/27 愛知県警 森外茂子さん殺害容疑で逮捕「子供のころから殺人をしてみたかった」と供述
02/12 名古屋地検が精神鑑定を開始
05/12 精神鑑定終了 刑事責任能力ありとの判断
05/15 愛知 宮城 両県警 友人にタリウムを飲ませた殺人未遂容疑で再逮捕
06/05 放火と殺人未遂の容疑で再逮捕
06/11 器物破損と火炎瓶処罰法違反の容疑で再逮捕
06/16 名古屋地検より名古屋家裁に送致
07/03 名古屋家裁 精神鑑定開始
08/31 精神鑑定終了
09/29 名古屋家裁より名古屋地検に逆送
10/08 名古屋地検 殺人は殺人未遂などの罪で起訴

2017年

01/16 名古屋地裁で初公判
03/24 名古屋地裁 求刑通り無期懲役の判決


◇ 事件発生前の少女

 事件前後における少女の感情及び行動を、逮捕後の彼女の供述に基づいて、憶測は含まない、あくまでも客観的に報道されているもののみから文章にいたしました。

1.毒物への興味の始まり

 少女は、中学1年生と時に父親から毒キノコの話を聞き、強く興味を持ちました。種類や致死量を調べ、人に食べさせてみたいとも思いました。その後、神戸市の連続児童殺傷事件や仙台市の筋弛緩剤点滴事件、地下鉄サリン事件などに興味を持って勉強しました。

神戸市の連続児童殺傷事件 写真
神戸市 連続児童殺傷事件「酒鬼薔薇聖斗」

2.毒劇物の収集

 2011年、仙台市内の私立高校に入学、化学の成績が優秀でありましたが、毒劇物への興味が強く、2012年の夏頃までには硫酸タリウムを含む薬品7種類を購入しました。「コレクション」と言う意味と、「いつかは人へ投与したい」と言う気持ちからで、「見ているだけでうっとりする」とも供述しています。
 それらの薬物のうち3種類を高校に持って行き、同級生に「すごくまずいからなめてみて」と硫酸銅をなめさせたり、自分でも亜硝酸ナトリウムをなめてみました。

3.服薬/自傷行為

 2012年4-5月頃、鎮痛剤や酔い止めの薬を大量に服用して自らの体の反応を試して、教師に注意されましたが、同じ頃、人間の皮膚の断面を見たくて、カミソリで自ら腕に深さ1-2 mmの切り込みを入れたりもしました。

4.殺人への目覚め

 2012年3月、2005年10月31日に発生した静岡県伊豆の国市の女子高校生の、タリウムによる母親殺人未遂事件を知り、当時の自分と同年齢の、伊豆の国市の元少女に共感を覚えました。5月20日、硫酸タリウムを購入、「これで人を殺せるかも知れない」と強い魅力を感じ、買ったことを妹に教え、翌日から瓶を肌身離さず持ち歩き、このことは同級生にも知られておりました。

5.焼死体への興味

 2012年、高校2年生の時、法医学者 上野 正彦 氏の著書「毒殺」を読み、やけどの痕が生前と死後で違うことを知り、焼死体を観察してみたい、他のことが考えられないくらい、願望で頭がいっぱいになる時がありました。

上野 正彦 氏の著書「毒殺」

6.斧やナイフの購入と殺人願望

 斧は高校1年の時、ナイフは高校2年の夏頃に購入し、人を殺したいという気持ちをずっと持っており、時には身近な人や家族を殺したいと思い、妹にナイフを突き付けたこともありました。


◇ タリウムによる殺人未遂

 実際に犯行が行われたのは高校2年生時、2012年5月からであります。複数の同級生に対してタリウムを服用させた際についての本人の供述です。

1.小中学校の同級生で友人の少女に

 2012年5月27日、小中学校の同級生で仲良しの友人に、「転校するので会えるのはきょうが最後」と嘘をついて、仙台市内のカラオケ店で会いました。トイレで飲み物にタリウムを入れ、それを友人に飲ませました。目的は中毒症状の観察あり、殺害目的の「毒殺」とは別で、死ぬかも知れないとは思いませんでした。
 少女の症状をメールで聞き、脱毛や手足のしびれがあると分かり、興奮しました。「見舞いに来て」とメールがあり、観察しに行き、犯行がばれておらず安心しました。

2.高校の同級生少年に

 同級生友人の少女にタリウムを飲ませてテンションが上がり、すぐに別の人に飲ませたくなりました。同じクラスの隣の席の少年なら、観察しやすいと考え、5月28日朝までに次の候補と決めました。
 前日、薬さじ代わりに買った耳かきでタリウムを何回もすくい、うっとりしました。少年のペットボトルに硫酸タリウムを耳かき3杯分、約0.8 gを入れました。タリウムは、0.2 gでの死亡例があるので、1 gで成人全員が死ぬ量らしいですが、当時はその半分量が致死量と認識していました。少年が飲んでくれた時には強い満足感が得られました。
 タリウムを服用した少年は、体調不良から欠席となりましたが、少年が会員制交流サイトに中毒症状を書き込んでいると知り、偽名で登録、脱毛や視力低下などの中毒症状が出ていることを確認し記録しました。
 7月17日から少年は再登校し、その際には説明しにくい恐怖を感じ、2日後、2度目の投与(0.4 g)を行いました。初回分はほぼ排出されただろうし、人間はタリウムに耐性ができるのではと思い、再投与による反応を知りたいと思いました。10月、少年は入院となりました。少年の人生が狂ったものと認識して、妹に対して「他人の人生を狂わすのは面白い」と、本人曰く「冗談で」メールを送りました。


◇ 焼死体を見るため、仙台での2度の放火

 少女は、大学入学後の2014年8月30日と、名古屋で殺人を犯した5日後の12月13日、2度に渡って仙台市内の同一の民家に放火をしました。理由は、先述のごとく焼死体に強い興味を持っており、「焼死体を見たい」執着からで、大学入学後の最初の帰省の際、8月、上述の上野 氏「毒殺」を読み返して2年前以上に気持ちが燃え上がったと言います。
 ただ放火による殺人を犯すのみならず、実際にその焼死体を見るためには、葬儀に参列できる相手が良いと考え、妹の同級生宅を狙いました。実は、少女は逮捕されるまで知りませんでしたが、その民家は妹の友達とは同姓の、60代女性3人が住む木造2階の別の家でありました。
 8月の一度目の放火は、ペットボトルに灯油を入れて自作した火炎瓶を使用しましたが、失敗に終わりました。12月、引火性が極めて高いジエチルエーテルをインターネットで調達、実験動画で予習をして、玄関先の郵便受けより液体を注いで、炎のマッチを落として実行しました。「ドンッ」と言う爆発音とともにたたきが燃え上がりましたが、これも住人の消化作業で失敗に終わりました。


◇ 名古屋における77歳知人女性の殺害

 少女は2014年12月7日、知人女性、森 外茂子 さん(当時77歳)を撲殺しました。こちらについても、その動機や心理状態、行為の詳細を供述しております。

1.殺害対象のための人間関係

 森さんを殺したかったのではありません。もちろん、森さんに恨み、憎しみ、あるいは社会への復讐心などもありません。「人が死ぬ過程を見たかった」、生物学的なヒトであれば誰でもよく、大学入学後、「この人は殺せるか」という基準で人間関係を作りました。当初は、大学の同級生や同じサークルの男女2人を候補にしました。自宅に呼びやすい、という理由からです。

 「この人は殺せるか」という基準での人間関係

 そんな折、10月初旬、宗教団体「エホバの証人」の勧誘で、森さんが名古屋の自宅を訪れて来ました。初めて会ったときの印象は「優しそうなおばあさん」でありました。話の内容に全く興味はありませんでしたが、追い返さずに付き合ったら何度も来るようになり、最も早く家に上げられると言う理由で殺害のお相手を森さんに決めました。

2.撲殺の実際

 森さんの殺害を決めたのは犯行の1週間前、一番抵抗されにくいと思う撲殺にしました。犯行当日、森さんに誘われた宗教の集会後に解説を頼み、自宅に迎え入れました。森さんは本当にうれしそうでしたが、途中で殺害をやめようと思ったり、迷ったりはしませんでした。
 聖書の解説中、背後に回って、かばんから斧を取り出し、刃の反対側の部分を森さんの頭に力いっぱい振り下ろしました。木魚をたたくような感触でした。森さんが「私を殺すの?」と聞いたので「はい」と答え、「どうして?」との問いには「人を殺してみたかった」と答えました。

 木魚をたたくような感触

 6回ほど殴って、森さんは倒れ意識を失い、5分ほど観察しましたが、まだ息があったので「人間は意外に死なないんだ」と思いました。「首を絞めたらどうなるか」を知りたくて森さんのマフラーで力いっぱい首を絞めました。これも5回ほど反復しました。次に、ナイフの刺さり具合を試したくなり、血を掃除しやすい浴室に森さんを運びました。自分のバタフライナイフで首とふくらはぎを刺し、実験記録として携帯電話で4、5枚の写真を撮りました。森さんの携帯電話のGPS機能が作動すると居場所が特定され犯行がバレると思い、携帯の電源を切りました。また、人体の断面図を見たくなり、ホームセンターでのこぎりを買って戻りましたが、浴室に森さんの化粧品の臭いが充満していたので切断を断念しました。

3.殺害後

 殺害後、ツイッターに「ついにやった」と書き込みました。人を殺した事への達成感があったのかも知れません。「少年法は偉い。少年法マンセー(万歳)」という他人の投稿をも再投稿しましたが、深い意味はありませんでした。また、妹に「人を殺したんだよ」と電話をしました。夜になって、森さんの宗教仲間が訪ねて来ましたが、「午後3時ごろ帰りました」と平静を装いましたが、内心ホッとしました。捕まるのは嫌だとも思いました。
 また、仙台でも人を殺そうと思い、翌12月7日、パソコン、斧、ナイフ、薬品類を持って帰省し、血の付いたズボンを妹に「洗って」とお願いしました。上述の放火事件後、近々逮捕されることを覚悟し、「最後の晩餐」と位置付け、妹と酒盛りし、ほぼ1人でウイスキーボトル1本(720 ml)を空けました。


◇ 逮捕後の心境

 2015年1月27日の逮捕後、同年5-8月に精神鑑定があり、医師から処方された薬を飲んだところ、「人を殺さない自分になりたい」と思うようになりました。人を殺したいと思う頻度や、人を殺す夢を見る回数は減ったと言います。ただ、今も自分の中で整理できていない、被害者の考えを知り、反省しないといけないと思うのですが、反省がどういうことなのかいまいち分からず、考え続けています。また、押収されたタリウムや塩化バリウムなどは返してほしいが、また人に投与してしまう不安もある、と供述しております。


◇ あとがき

 今回の殺人を犯した少女について、名古屋地裁、山田 裁判長は判決理由で、高齢女性殺害など一連の事件でおおむね合理的な行動を取っており、自らの意思で犯行に踏み切っていたと指摘し「完全責任能力があった」と認定しました。一方で、無罪を主張する弁護側は、非常に重篤な精神障害が影響し、犯行時は善悪を判断する能力がなかったとしております。精神障害を有する犯罪者に罰を与えるか否かの議論は別に譲りますが、裁判長と弁護側の、少女に対するどちらの評価も正しいと思います。現役で名古屋大学に入学する才媛に、ご両親も高校の教師もさぞ誇りに思ったことでしょうが、精神の障害は明白であり、妹や知人には明らかなサインを出していたのですから、事前に対処できたと思われ、そこは強く悔やまれます。

 被害に遭われた 森 外茂子 さんに心からご冥福をお祈りいたします。

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