アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

事故死の 雨宮 まみ さん 「死にたくなる夜のこと」


 2013年の新語・流行語大賞にノミネートされた「こじらせ女子」と言う言葉の生みの親である作家、エッセイストの 雨宮 まみ さん(享年40歳)が亡くなったとの報道がされました。去る11月15日朝、自宅で心肺停止の状態で床に倒れているところを警察に発見され、事故のために亡くなったの発表、葬儀は親族のみで執り行われるとのことです。

雨宮まみ死去のニュース

 私はこの方とその著書を存じ上げなかったのですが、機会があれば作品に触れ、こちらでご紹介できればと思います。独特の感性があって、その飾らない作風には、どんな時も「なんとなく押し付けられる正しさ」を振り払ってくれる魅力がある、とされます。

雨宮まみさん 近影

女子をこじらせて表紙

 まだ現存する彼女のブログ「戦場のガールズ・ライフ」を見つけました。最新の記事は2017年01月01日と、未来の日付になっており、己の著書の紹介をされてますが、その直近は本年06月08日で、「死にたくなる夜のこと」と題した詩を綴っており、彼女の死生観がうかがわれます。以下に全文でご紹介いたします。

戦場のガールズライフ表紙

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2016-06-08
死にたくなる夜のこと

死にたくなる夜というのが、やってくる。

たいていはそのたびに、薬を飲んで、寝ようとして、
眠れなかったり、でもほかのことでは気を散らすことができなかったり、
朝日がのぼるまでの時間を、苦しいまま過ごすことになる。

「死んでもいいですか?」と、誰かに訊きたくなる。

否定してほしいわけじゃない。死んじゃダメだと言われたいわけじゃない。
心配なんか、かけたくない。でも、その言葉は甘えだと、よくわかっている。

死んでもなにも起こらない。
あとに残された人がいろいろ面倒だろうから、申し訳ないだけで。
それでも、この苦しさがあとどれだけ続くのかと思うと、耐えられなくなって、
ベランダからじっと地面を見つめるときがある。

冷たい手すりを握って、いつでもこの苦しみと決別しようと思えばできるのだ、と心に言い聞かせる。

死んだら、みんな、「わたしたちと一緒にいる時間は楽しくなかったの?」と思うだろう。
「笑っていたけど、あれは嘘だったの?」「苦しんでいることに気づいてあげられなかったの?」
そんなことない。全部本当で、楽しくて、愛されていることも知っていて、ただ、わたしにはわたしの、
どうしようもない傷がある、というだけのことなんだ。

時間が経てば、こんな傷、何も感じなくなるときが来る。
経験でわかっていても、人の心は、なぜこんなふうに揺れるようにできているんだろう。

「この先の景色を見たい」という気持ちが、わたしにはない。
いつも、ずっと、一度もない。
「この人と一緒の時間を過ごすには、残りの人生は短すぎる」と思ったことは、一度だけある。

誰かと出会ったり、ものすごい才能を見たり、ひどいものに触れたり、そういうことがあるたびにまた、
あの冷たい手すりを握りしめて、「もうここまででいい」と思うんだろう。

いつも、手すりから引き返した日常を生きている。普通に笑って、話して、食べて、仕事をして。
そうじゃない日常が、どこかにあるんじゃないか。
手すりを引き返すなら、もっと、思い切り、もっと、何か、強烈な何かが欲しい。
たまらなくそう思うときがある。

感情が、すこし、過多なのだろう。


明日が、強烈な一日であるように。
「これでいいんだ」と思えるような決断ができるように。
引き返した先のほうが、ずっといいんだと実感できるように。


夜が過ぎるのを待つ。

mamiamamiya 163日前

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 心からご冥福をお祈りいたします。

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