アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

がんの免疫療法 〜最近の知見から〜


 職場におけるルーチン・ワークとして行っている医療講演のスライドを何年かに1度は更新しており、今回は2年ぶりの大幅改訂といたしました。これに際して、いよいよ世の中の医療に対する関心が高まっているご時世で、立場上、「知りません、専門ではありません」では通らない「がんの免疫療法」について、極めて極めて浅いところを勉強してスライドに盛り込みました。今回はそのご紹介です。一般向け医療講演の内容にて、専門的な知識は別に譲ります、悪しからず。


◇ 従来から考えられていたがんに対する免疫の位置付け

1.以前から知られている腫瘍免疫の概念

 免疫とは細菌、ウイルスなどの生体内に侵入した異物(非自己)を排除する機構であります。がん細胞は正常な自己の細胞の遺伝子が変異して発生するものですが、宿主の免疫機構により非自己と認識され排除されます。これを腫瘍免疫と言います。腫瘍免疫には以下の自然免疫系と獲得免疫系の両方が関与しているとされます。ちなみに俗に言うリンパ球とは、ナチュラルキラー細胞と胸腺(Thymus)由来のT細胞、骨髄由来のB細胞のことです。

 適応免疫系:樹状細胞、ヘルパーT細胞、細胞障害性T細胞、B細胞
 自然免疫系:ナチュラルキラー細胞、ナチュラルキラーT細胞、マクロファージ、顆粒球


がん細胞vsNK細胞

2.常に発生しているがん細胞の発育を免疫系が阻害

 発がんの原因として、刺激性の強い食べ物、食品添加物などの食生活や、喫煙、大気汚染、工場排水、紫外線などの外部環境、発がん物質、遺伝性、ウイルス(BおよびC型肝炎ウイルス、パピローマウイルス など)や細菌感染(ヘリコバクター・ピロリ菌)などが言われておりますが、別の発想として、常にがん細胞は発生しており、免疫系が正常に働いておればこの発育を阻害するとの考え方があります。一説には1人の人体に1日の5000個ものがん細胞が発生しているとも?、実際には、人間の体内でどれくらいの頻度でがん細胞が発生しているのかは不明な点が多いですが、この考え方を裏付ける事実がいくつかあります。

免疫力vsがん細胞

3.免疫力の低下によりがん細胞の発育を阻害できなくなる

 がんの発育を免疫系が阻害していることを裏付ける事柄として、第一は、がんは免疫力が低下する高齢者に発症しやすい点です。ナチュラルキラー細胞に代表される免疫細胞の働きは20歳代がピークで50歳代には約半分となるとされます。別の事例として、人為的、あるいは後天的に免疫力を低下させた状態、免疫抑制剤投与例や放射線の被曝において、効率にがんが発生することが証明されております。

免疫力低下 がん発育

 下図は、もう20年も前のデータですが、米国のある大学における全肝移植術後の、原疾患別の生存曲線であります。“Hepatobiliary cancer”と書かれた白線は術後2年もすると生存率が1割程度まで低下しております。これは、当時、肝胆道系のがんに対して、臓器を入れ替える、すなわち肝移植を行った結果、惨憺たる有様であったことを示しております。普通に外科的切除を行うよりも生存率は不良であり、その原因として、移植臓器に対するの拒絶反応を予防する目的で免疫抑制剤を投与するため、免疫力が低下して早期にがんが再発するためであります。

肝移植の生存曲線
米国、全肝移植後の原疾患別生存曲線

 似たような病態として、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染によって起こる後天性免疫不全症候群(AIDS)で、やはり効率にがんが発生します。これも免疫力低下による発がんであります。


◇ がんにおける免疫寛容

 免疫寛容(immune tolerance)とは、特定抗原に対する特異的免疫反応の欠如あるいは抑制状態のことです。以前から、自分の体の細胞や、経口摂取した食べ物などに対して、それを非自己と認識することなく、免疫反応が起こらない現象が確認されておりました。移植された臓器が年単位の時間を経た後に免疫抑制剤を必要としなくなることがあり、これも免疫寛容とされております。ちなみに、全ての抗原に対する免疫反応の欠如あるいは抑制状態は免疫不全と呼ばれ、免疫寛容とは異なる病的状態であります。

1.抑制性(サプレッサー Suppressor)T細胞の提唱

 免疫寛容は、1971年、T細胞を移入することで引き起こされることが証明され、獲得免疫反応をもつある種のT細胞が、頃合いを見計らって免疫反応を終了させると考えられ、「抑制性(サプレッサー Suppressor)T細胞」の存在が考えられておりました。私事ですが、昭和の時代、1980年代に学生であった私は「免疫学イラストレイテッド」を片手に生化学で免疫の勉強をしましたが、講義でも教科書でもサプレッサーT細胞を学びました。

免疫学イラストレイテッド

 しかしながら、この抑制性T細胞は単なる概念に過ぎず、実態がつかめない、それどころか分子生物学的にありえないものであることが判明し、議論は宙に浮いた状態が続きました。

2.制御性(レギュラトリー regulatory)T細胞の発見

 1980年代になって、T細胞を移入すると免疫寛容が起こること、逆にある種のT細胞のグループ(サブセット)を取り除くと自己免疫疾患の病態が出現することから、やはり、何がしか免疫を制御する機構(細胞)が存在するはずであると研究は続けられ、1995年、ついに京都大学の 坂口 志文 博士らによって、インターロイキン-2受容体α鎖であるCD25分子を発現するT細胞が自己免疫疾患を抑制する機能を有することが明らかにされ、「制御性(レギュラトリー regulatory)T細胞」命名されました。

制御性T細胞のマウスの実験

3.制御性(レギュラトリー regulatory)T細胞によるがんの免疫寛容

 がん組織に対して、上述のCD25分子を特異的に染色したところ、制御性T細胞ががん細胞に浸潤、結合していることが判明しました。

がんにおける制御性T細胞

 さらなる研究の末、現在では、がん細胞が産生するPD-L1と言う物質が制御性T細胞のPD-1受容体と結合することで、免疫寛容を誘発し、免疫系によるがん細胞への攻撃が抑制されていることが解りました。

制御性T細胞によるがんの免疫寛容


◇ がん免疫寛容に対する免疫療法の実際

 ここまで申し上げましたがんの免疫寛容を阻害、あるいはこの機構を利用した新しいがん免疫療法がすでに始まっており、また今後の臨床応用を目指した研究がなされております。

1.オプジーボ(ニボルマブ)によるPD-1抑制効果

 オプジーボ(ニボルマブ Nivolumab)は、京都大学医学部 本庶 佑 博士の研究チームが開発に貢献した、ヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体で、2014年9月、小野薬品工業より発売許可され、切除不能な悪性黒色腫(メラノーマ)に認可され、2015年12月には切除不能な進行、再発非小細胞肺癌、腎細胞癌に適応拡大となった分子標的治療薬の一つであります。

オプジーボ製剤

 作用機序は、オプジーボが制御性T細胞のPD-1受容体に結合することで、がん細胞のPD-L1と制御性T細胞の結合を阻止し、免疫寛容を抑制、免疫細胞によるがん細胞攻撃を促すと言うものであります。

オプジーボの機序

 海外で行われた扁平上皮がんを対象とした臨床試験では(下図)、標準治療のタキソテールと比較して死亡リスクが41%低減し、全生存期間(Overall survival, OS)が延長しました。1年生存率はオプジーボ群が42%、タキソテール群が24%、OSの中央値はオプジーボ群が9.5ヶ月、タキソテール群が6.0ヶ月、奏効率はオプジーボ群20%、タキソテール群で9%でありました(Presented By David Spigel at 2015 ASCO Annual Meeting)。

オプジーボの肺扁平上皮がんに対する成績

2.近赤外線による「光免疫療法」

 こちらはまだ実験段階でありますが、動物実験でかなりの効果が証明されております。制御性T細胞と結合するタンパクに、700ナノメーターの近赤外線を照射すると光エネルギーを吸収して化学反応を起こして熱を発する体内色素「IR700」を結合させた物質を担がん動物に投与して、近赤外線を照射したところ、原発巣、転移巣ともにがん組織が消滅したとのことです。このメカニズムとして2つ、まずはオプジーボと同様、制御性T細胞によるがん免疫寛容を阻害することで免疫系によるがんへの攻撃を促すもので、具体的には近赤外線の光エネルギーで制御性T細胞を破壊するとされます。今1つは、すでに制御性T細胞と結合しているがん細胞ごと近赤外線の光エネルギーで破壊する、というのが同治療法の機序となっております。

近赤外線の効果02

近赤外線による破壊01


◇ あとがき

 自然科学は10年もすると大きく変動します。とりわけ、人間の生命に関する分野は、大きなお金が動くと同時に、日進月歩の研究開発が進められております。私は主として外来にて化学療法(抗がん剤治療)の患者を多数抱えて、効果があったなかったと一喜一憂しております。共にがんと闘う患者、言うなれば、同士たちに強く思うこと、心から伝えたいことは、今の治療(化学療法)は万全ではないけれど、免疫療法はじめ、来るべく未来のより有効な治療に向けて時間稼ぎをして行こう!、と言うことであります。
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