アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

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イチロー選手 メジャー通算3000本安打 〜 日米野球の優劣について 〜 05(完結)


 もたもたと「日米野球の優劣について」を考えたり、取材旅行に出ていたら、ついに米大リーグ、フロリダ・マーリンズのイチロー選手が、8月7日(日本時間の8日)、メジャー通算3000本安打を達成しました。調べればいくらでも見られるものではありますが、これまでの流れから、ここでのインタビューもこの場に記録したうえで、「日米野球の優劣について」を完結といたします。


◇ イチロー選手 メジャー通算3000本安打 会見全文

 【イチロー3000本安打達成!!!】ベンチで涙も。。。 /達成シーン/ロングインタビュー/ 2016.8/8 YouTube

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― 3000安打に到達しました。今の率直なお気持ちからお願いいたします。

「この2週間強ですね、随分…まあ、犬みたいに年取ったんじゃないかと思うんですけど。達成した瞬間にあんなにチームメイトたちが喜んでくれて…。ファンの人たちが喜んでくれた。僕にとって、『3000』という数字よりも、僕が何かをすることで僕以外の人たちが喜んでくれることが、今の僕にとって、何より大事なものだっていうことを再認識した瞬間でした。」

イチロー3000本安打インタビュー02

― 非常に高く上がった打球になりましたが、あれは打つときに少し狙ったというような気持ちが芽生えたのでしょうか?

「いやいや、まったく狙ってないですよ。そりゃイメージでは、ホームランだったらいいなとかね、考えますけど、まあそんな甘いもんでもないっていうこともわかっていますし。ただ、打球が上がった瞬間は超えて欲しいと思いました。結果的には三塁打で決めたというのは、ポール・モリターと僕ということだったので、結果的にはその方がよかったなという風に思いました。」

― あの三塁打は日米通算116本目になりました。福本(豊)さんを抜く一打で、日本記録ともなりました。

「そうでしたか。まあ福本さんですからね。もう、ごめんなさいしかないですけど。」

― 改めてですね、三塁ベース上にみんなが少しずつ近づいて来ました。あの時はどんなお気持ちだったんでしょうか?

「どういう形になるのかというのは、僕にはまったく想像できなかったですから。でも、おそらく一塁の上で達成する。まあ、達成するならシングルヒットだろうなという風に確率としては思っていたので、チームメイトに労力をかけなくてよかったなという風に思います。」

― 27歳のデビュー。これはメジャー史上でも、3000安打に到達した選手としては最も遅いデビューになります。その遅いデビューでここにたどり着いたということに関してはいかがでしょうか?

「そのことは、そんなに僕の中では大きなことではないんですけれども。2年ぐらい遅いですよね、感触としては。まあ随分時間がかかったという感触です。」

― 2998本になってから、なかなか前に歩を進められない状況があった中で、いつも敵地ですばらしい迎えられ方をしました。ただ、前に進めないという状況が続いた時、どんな気持ちで毎日を過ごしていたのでしょうか?

「セントルイスから球場の雰囲気、ファンの人たちが特別な空気をつくってくれて、迎えてくれたことから始まったんですけれども、随分長い時間、ホームで決めるというのが、何となく人が描いたイメージだったと思うんですけれども、なかなかそんなうまく行くわけもなく。まあ、それもわかっていたことですし。でも、これだけ長い時間、特別な時間を僕にプレゼントしてくれたと言う風に考えれば、この使われ方もよかったという風に今は思います。」

― その時はななかなかそういう風には思えないものと思いますが…

「もう、人に会いたくない時間もたくさんありました。もう、誰にも会いたくない、しゃべりたくない。僕はこれまで自分の感情をなるべく殺してプレーをしてきたつもりなんですけれども、なかなかそれもうまくいかず。そういう、苦しい時間でしたね。」

イチロー3000本安打インタビュー

― 1本1本の積み重ね自体がとても大変なことと思いますが。ただイチローさんのヒットにはすべて意味がある。野球という競技の中での局面であったり。ただ単に安打を打ってきただけではない1本1本の安打と感じているんですが、その辺のお気持ち、考えを教えていだけないでしょうか。

「ただバットを振って、バットを振ること以外も、そうですよね。走ること、投げること。すべてがそうですけども、ただそれをして、『3000』はおそらく無理だと思いますね。瞬間的に成果を出すことは、それでもできる可能性はありますけれども、それなりに長い時間、数字を残そうと思えば、当然、脳みそを使わなくてはいけない。使いすぎて疲れたり、考えてない人にあっさりやられることもたくさんあるんですけれども。でも、それなりに自分なりに説明ができるプレーをしたいというのは、僕の根底にありますから。それを見ている人に感じていただけるなら、とても幸せですね。」

― よくイチローさんは感謝という言葉を使われます。チームメイトだったり、仲間だったり、ファンの方だったり、支えてくれている色んな方々に。今日この『3000』というヒットを打ちました。この今日の日に感謝という言葉を1番向けるとしたらどなたに?

「それはありきたりになってしまいますよね。これだけ長い時間、色んな場所から集まってくれて、それはもう今さら言うまでもない、でも、『3000』を打ってから思い出したことは、このきっかけをつくってくれた仰木監督ですね。神戸で2000年の秋に、お酒の力を使ってですね、僕は口説いたんですけれども。その仰木さんの決断がなければ、何も始まらなかったことなので、そのことは頭に浮かびました。」

― みなさんがイチローさんの準備はすごいと言います。42歳になるまで、若い頃とまったく変わらぬ野球に対するアプローチができる、その準備も怠ることがない。おそらくイチローさんほど野球の好きな選手はいないんじゃないかと。どうしてこんなにずっと野球が好きでい続けられるんでしょうか。

「そんなこと僕に聞かれても困りますけどねえ。どうでしょう、上手く行かないことが多いからじゃないですか。これがもし成功率が7割を超えなくてはいけない競技であったら、辛いと思いますね。30パーセント、まあ3割でよしとされる技術なので、打つことに関しては。これはもういくらでも、自分の、志と言ってはちょっと重いですけれども、それさえあれば、その気持ちが失われることはないような気がしますけどね。」

― 3000安打はあくまでも通過点だと思います。イチローさんは常々、「50歳まで」という言葉を発してこられました。これから何を大事にしながら見ながら、野球を続けていくのでしょうか。

「結構、しんどかったですからね。特にこの何日かは。僕の中に、まだまだこれからという気持ちがあったら、それは残念なことだと思うんですよね。この先は子どもの時のようにとは、そこまではもちろんいくことはできない。プロである以上、それは不可能なことですけども。その時の立場というのも影響しますけれども。今は『4番目の外野手』というポジションなので。もう少し感情を無にしてきたところを、なるべく、嬉しかったならそれなりの感情を、悔しかったら悔しい感情を少しだけ見せられるようになったらいいなあ、という風に思います。」

― ちょっと2つほど伺いたいんですけれども

「2つはちょっととは言わないですけれどもね(笑)。」

― あ、すいません。

「2つお願いします、がいいかな(笑)」

― 2つお願いします。あの、アメリカでは3000本安打は偉大なレジェンドの仲間入りを意味する…

「あの、レジェンドって変な感じですよね。よく最近聞きますけどね。レジェンドってね、なんか馬鹿にされてるみたいだね。」

― 過去29人しか達成していなかった記録ですけれども、それで3000本をすごくメディアは取り上げたり、節目ということで取り上げているわけですけれども、イチロー選手にとっては3000本達成というのはどういう意味を持つ1本になるんでしょうか。

「3000本目ということですか?」

― はい、3000本に到達したという。

「これは皆さんもそうですけど、これだけたくさんの経費を使っていただいて、ここまで引っ張ってしまったわけですから、本当申し訳なく思ってますよ。それはもう、ファンの人たちの中にもたくさんいたでしょうし。そのことから解放された思いの方が…、思いの方がとは言わないですけど、そのことも大変大きなことですね、僕の中で。普段そこにあった空気が、なんとなく乱れてたっていうのも感じていましたし、明日から平穏な日々が戻ることを望んでいます。」

― もう一つ。その空気を乱してしまったのも我々だと思うんですけれども、達成感というものが今回あるとすれば、一般の人間はその達成感が今後の目標に到達する上で邪魔になると思うんですけれども、イチロー選手はその3000本の達成感をどう消化して、次の目標に進んでいかれるのか教えていだけないでしょうか。

「え?達成感って感じてしまうと前に進めないんですか?そこがそもそも僕には疑問ですけれども。達成感とか満足感というのは、僕は味わえば味わうほど、前に進めると思っているので。小さなことでも満足するっていうことは、すごく大事なことだと思うんですよね。だから僕は今日のこの瞬間、とても満足ですし。それを味わうとまた、次へのやる気、モチベーションというのが生まれてくると、僕はこれまでの経験上、信じているので、これからもそうでありたいと思っています。」

― 4年後の東京オリンピックで野球が12年ぶりに復活するということについて、野球人として率直な意見、考えを聞かせていただけたら。

「どういう形で復活するのか、ということによるんじゃないですか。オリンピックは、これは僕の意見ということですけど、昔から変わらないことですよね。アマチュアの最高の大会であるべきだ、という風に僕は思っているので。WBCという大会が、世界大会としてもう一つあるんですけれども、これはプロがベストのチームですね、プロを含んだベストのチームで戦うべきというのが僕の考え方ですね。オリンピックはアマチュアの最高の大会であってほしいなという風に思います。」

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 今回のインタビューは、6月15日(日本時間16日)の日米通算4257安打の際のものとは随分と異なる雰囲気、内容でありました。記録となる安打数は前回の4257に対して今回は3000でありますが、前回が「日米通算」の成績であること、またそれに対するピート・ローズ氏の異論を唱える発言があったこと、などから、やや不本意な気持ちを滲ます会見でしたが、今回はメジャーだけの成績ですので、心から喜んでいる、達成感、感慨と言ったものが込められた会見でありました。己の記録に誰もが賞賛して、誰もが喜んでくれることにこだわりを持つ、実は極めてナイーブな人間であるように感じられました。


◇ ワールド・ベースボール・クラシックでは優劣を語れない

 イチロー選手は上のインタビューの最後で、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がプロを含むベストのチームで戦うべき世界大会と位置付けて、オリンピックはアマチュア最高の大会であるとの意見を述べております。その考え方に異論はありませんが、では果たしてこれらの大会が「日米野球の優劣」を考える材料になり得るか?、と言うと現時点では疑問符が付きます。WBCについて言及致します。

【歴代のWBC結果】
           優勝     準優勝    3位     4位
 第1回(2006年) 日本     キューバ   韓 国    ドミニカ
 第2回(2009年) 日本     韓国     ベネズエラ  米国
 第3回(2013年) ドミニカ   プエルトリコ 日本     オランダ

 WBCの過去の結果を見ると、日本、すなわち「侍ジャパン」は世界的に強いチームであると言えます。しかしながら、この結果をから日本プロ野球が米大リーグに迫るレベルであるとは言えません。この日本チームはそのまま日本のプロ野球と同じではありませんし、同様に米国チームが米大リーグと同義でもありません。
 日本やプエルトリコ、ドミニカなどのチームには大リーグで活躍中の選手も含まれるため、WBCにおけるこれらのチームは実際の自国のプロ野球よりもレベルが高い選手の構成となります。一方、米大リーグは各国のスター・プレーヤーを構成要員としておりますので、WBCにおける米国チームは米大リーグよりもレベルが落ちることになります。
 さらに言えば、米国人であっても、米大リーグの一流プレーヤーで、シーズンの公式戦を重視してWBCに参加しない選手は多数おります。球団との契約、年俸に影響するものを重視するビジネス・ライクの考え方は、日本のWBCに対する姿勢とは大きく異なるものであります。
 WBCが「日米野球の優劣」、すなわち日本プロ野球と米大リーグのレベルの違いを示すものにはなりません。


◇ 来日と渡米の異なる移籍時期

 「日米野球の優劣」を考える材料として、以下に示します幾つかのケースを取り上げて参りました。

 1)来日してから成功を修めた外国人野手たち
 2)メジャーで活躍してから来日した外国人野手たち
 3)日本からメジャーに渡った野手たち


 当ブログで取り上げたのは、日米で活躍した選手たちばかりでありましたが、実際には、米国では芽が出ずに来日してやはり日本でも駄目であった選手や、メジャーの実績を引っさげて来日したベテランが肉体的な衰えから日本では全く活躍できなかった選手もおりました。
 広く日米間の移籍選手を眺めた時、はっきり言えることは、米国から来日する外国人選手と日本から渡米する日本人選手では、個々の選手の野球人生における時期が異なることであります。

【米国から日本/日本から米国 の時期】
日米移籍の時期

 表に示した通り、米国から来日する選手は「まだ実績のない若手の時期」か「実績はあるが衰えが見えるベテラン」が多く、日本から渡米する選手でそういう時期の選手は稀でありました。一方、日本から渡米する多くの選手が「最も脂がのった旬な時期」であるのに対し、そうした時期に米国から来日する外国人選手は皆無であります。日本で活躍して渡米した日本人選手の中に米国ではレギュラーをつかめない選手がいるのに対して、米国でまさに旬の選手が来日することはなく、そうした選手が日本でどれほどすごい成績を収めるかは分かりません。このことが「日米野球の優劣」を考えるのを難しくさせていると思います。


◇ インタビューの中にヒントがある「日米野球の優劣」

 実は「日米野球の優劣」を考えるヒントが日米通算4257安打の際のイチロー選手のインタビューの中にあります。

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― 日本のファンが自分たちの喜び、誇りになると国中が喜んでいる。こちらでプレーヤーとしてそういうことを与えられたということについては?

「それは嬉しいんですけど、難しいところですねぇ、合わせた記録というところが。だから、いつかアメリカで、ピート・ローズの記録を抜く選手が出てきてほしいし、それはジーターみたいな人格者であることが理想ですし、もっと言えば、日本だけでピート・ローズの記録を抜くことがおそらく一番難しい記録だと思うので、これを誰かにやってほしい。とてつもなく難しいことですけど、それを見てみたいですよねぇ。だから、日米合わせた記録とはいえ、生きている間に見られて、ちょっとうらやましいですね、ピート・ローズのことは。僕も見てみたいです。」

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 イチロー選手はさりげなく言っております。

「日本だけでピート・ローズの記録を抜くことがおそらく一番難しい記録」

 それが何故なのかを考えた時に、おのずと答えが出てきます。それは、前の項で着目した「来日と渡米の異なる移籍時期」にも関連して来ますが、ローズの記録を抜くほどの旬の選手は、イチロー選手と同様、米大リーグを目指してしまいます。逆に米大リーグの最高のプレーヤーが日本でプレーすることはありません。このことが「日米野球の優劣」に対する答えであると思います。


◇ おわりに

 イチロー選手の大記録に対するピート・ローズ氏の異論に触れて、「日米野球の優劣」を考えました。両選手ともに野手でありましたので、投手については触れず、野手のみを取り上げましたので片手落ちの感は否めません。少しだけ申しますと、野手と似た様な傾向があって、米国では1勝もできなかったのに(2敗0セーブ)、横浜〜巨人の6年間で177セーブを記録したマーク・クルーン投手の様に、米国では全く通用しなかった投手が日本で大成することはよくあります。逆に、野茂 英雄 投手、佐々木主浩 投手など日本のエース・ピッチャーは米国でも成績を残しました。今年の前田 健太 投手も、全く期待を裏切ることなく活躍しております。

 さて、「日米野球の優劣」を、日米間で移籍した個々の選手の成績で判断するには限界があります。なぜならば、あくまでも個人の野球人生であり、目の前の生活にいかにして真剣に取り組むか、与えられたポジションでどう最高のプレーをするか、と言う個人の取り組み方によるところが大きいからであります。もちろん運・不運もありますし、指導者、指揮官に恵まれるか否かもあります。
 ゆっくりと1ヶ月近くを費やして「日米野球の優劣」を考えてきたのに、イチロー選手のインタビューの一言、「日本だけでピート・ローズの記録を抜くことがおそらく一番難しい記録」との発言をもって結論とするのは、あまりにも安易で、浅薄な発想かも知れませんが、米大リーグには日本プロ野球を超える、憧れ、ドリームと言うものがあって、それはお金(契約金、年俸)だけでは説明がつかないものであると思います。

 イチロー選手が、ピート・ローズ選手の記録を超えた超えない、と言ったことや、日米野球のどちらが上であるかと言った議論の前に、日本から米国に渡って、(もし米大リーグの方が優勢であるならば)より高いレベルにおいて最高のパフォーマンスを発揮した人物がいたこと、そのことがこの議論ほ始まりであって、そこにもっと大きな意義があると思います。日本人に夢と誇りを与えてくれたイチローと言う1アスリートに深く感謝する次第です。

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