アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

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日本からメジャーに渡った野手たち 〜 日米野球の優劣について 〜 04


 「助っ人外国人」として米大リーグから来日した野手をご紹介してまいりましたが、逆に、こちらのでのプレーが鮮明に思い出される、日本からメジャーへと渡った選手の、米国での成績を見ることにより「日米野球の優劣」が分かりやすいと思います。ここでも何人かの選手を取り上げますが、各選手の細かい経歴やエピソードは他に譲るとして、成績のみに注目いたします。


◇ イチロー

 改めてイチロー(鈴木 一朗、1973年10月22日〜)選手の年度別成績を供覧いただきますが、先の投稿でも申した通り、イチロー選手は、プロ入り9年目の2000年、日本プロ野球記録である通算7度目の首位打者、7年連続通算7度目となるベストナイン、ゴールデングラブ賞をそれぞれ獲得して、10年目となる01年、28歳のシーズンにシアトル・マリナーズにポスティング・システムでの移籍となりました、まさに脂の乗り切った、人生で最も「旬」な時期の渡米となりました。

イチロー打撃写真

【イチロー 選手 年度別打撃成績(昨年終了時点まで)】
イチロー年度別成績

 メジャーに移籍したイチロー選手、すぐに .350で首位打者となり、4年目のシーズンにはシーズン262安打の新記録で2度目の首位打者( .372)に輝き、昨年までのメジャー15年間で、200安打以上が10回、そのうちリーグ最多安打は7回にも及び、30盗塁以上も10回を数えております。この成績からは、日米野球の優劣はとても語れない、彼は日本でとほぼ同等の成功を米国でも修め、メジャー移籍によて成績が落ちることはなかったと言えるでしょう。


◇ 松井 秀喜

 イチロー選手ほどではありませんが、メジャー移籍で立派な成績を修めた野手として松井 秀喜(1974年6月12日〜)の成績も供覧いたします。松井選手もイチロー選手同様、野球人生最高の時期に渡米したことがデータから解ります。02年、28歳の彼は読売ジャイアンツにて50本塁打107打点の二冠王に輝き、自己最高打率 .334を最後に日本球界を去りました。

松井秀喜 打撃 写真

【松井 秀喜 選手 年度別打撃成績】
松井秀喜 打撃成績

 ニューヨーク・ヤンキースでの1年目、179安打、16本塁打、106打点 .287よりスタートし、2年目には本塁打30本超え(31本)、3年目に規定打席3割到達( .305)と、順調に成績を伸ばして主力選手であり続けました。極めて残念だったのは、メジャー移籍4年目の06年5月11日の本拠地ヤンキー・スタジアムで行われたレッドソックス戦の、浅めのレフト・フライを滑り込んでキャッチしようとした際にグラブが芝生にひっかかり左手首、橈骨を骨折してしまいました。また、翌年以降も内股の肉離れ、左右の膝の故障に苦しめられ、成績も以後、下降線をたどることとなりました。
 松井選手のイチロー選手との大きな違いは故障に泣かされた点であり、これはたいへん残念なことでありましたが、メジャー移籍からの3年間は日米野球の優劣を感じさせない活躍でありました。


◇ 青木 宣親

 青木 宣親(1982年1月5日〜)選手、今なお現役プレーヤーではありますが、今年は極度の不振に陥っており、ここには米国大リーグのレベルの高さを感じさせます。
 早稲田大学より03年のドラフト4巡目でヤクルト・スワローズに入団して2年目には頭角を現し、202安打、.344で首位打者に輝きました。日本プロ野球在籍の8年間で、規定打席到達の3割が6回で、そのうち3割4分以上が4回と、イチロー選手の再来のように思われておりました。

青木 宣親 打撃 写真

【青木 宣親 選手 年度別打撃成績(昨年終了時点まで)】
青木 宣親 打撃成績

 ミルウォーキー・ブルワーズでのメジャー移籍は、12年、30歳となる年であり、最初の3年間、そこそこ活躍するものの、なかなか3割には届かない年が続きました。3割4-5分の打率が2割8分台ですので、明らかに米大リーグでは日本にいた時と同等な活躍はできない青木選手がおりました。昨年、メジャー3球団目のサンフランシスコ・ジャイアンツで出場機会が減り、今年はシアトル・マリナーズに在籍しておりますが、打率 .247と不調にあえぎ、6月24日、AAAに降格となりました。
 まだ現役でありますので、今後の巻き返しに期待いたしますが、現在34歳の彼が、まだ老け込む歳ではなく、日本プロ野球にいたならば、今の状況は考えづらく、もっともっと素晴らしい成績を残せたように思います。この選手の成績を見ると、米大リーグの方が厳しい環境であったと考えられます。


◇ 川崎 宗則

 青木選手よりもさらに米大リーグの壁に当たっている選手がいます。川﨑 宗則(1981年6月3日〜)選手は、高卒2年目よりダイエー/ソフトバンクの11年間で1145試合に出場、1343安打、267盗塁を記録し、最多安打、盗塁王のタイトルを経験しており、3割の常連でありました。

川崎宗則 打撃 写真

【川崎 宗則 選手 年度別打撃成績(昨年終了時点まで)】
川崎宗則 打撃成績

 31歳の年に憧れのイチロー選手がいるシアトル・マリナーズにメジャー移籍しましたが、これまでのところレギュラーの座を掴むことはなく、昨年は23試合の出場で6安打、今年は3A暮らしが長くなっております。この選手が、今までのところメジャーで成功していない理由は解りませんが、やはり日本におれば、もっともっと素晴らしい活躍をして、一流プレーヤーの1人となっていたと考えます。メジャーの壁を思わせる1人です。この選手も巻き返しに期待です。


◇「日本からメジャーに渡った野手たち」を見て

 上で挙げた選手以外にもたくさんの野手がメジャー移籍をしており、いくらか活躍した選手もいますが、そのほとんどが野球人生において最高の状態で渡米しており、しかし、残念ながら多くの場合が日本プロ野球時代よりも成績を落としております。日本プロ野球時代と同等かそれ以上に及ぶ、イチロー選手の大記録や故障までの松井選手のような活躍は稀であります。これまでのところ、米大リーグの野球は、日本に比べて、少なくとも、選手層が厚く、ともすると容易にレギュラーから外れてしまう、そんな印象を持ちます。


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