アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

沖縄 久高島ツアー 追記:斎場御嶽 他


 安座真船待合所に戻った一行は、そのまま斎場御嶽を目指しました。ちょうど下の写真で、仰向けで寝て口を開けたようにも見える、山と山の間の谷間に見えるところに斎場御嶽があるとのことでした。

せいファ御嶽のあるところ


◇ 斎場御嶽;さすが世界文化遺産ともなると大きく異なる聖地

 日曜日の午後ですので、斎場御嶽は観光客で混雑しておりました。さすが世界文化遺産ともなると、観光地としてお金がかけられ、舗装された駐車場に入場券売場があって、その奥には「せーふぁキッチン」などと、レストランもありました。

せいファ御嶽入場券販売所

斎場御嶽入場券販売

 以下、斎場御嶽内にある看板の説明文をご紹介して参り、その周辺の写真を供覧いたします。

1.御門口(うじょうぐち)

 斎場御嶽の入り口で、神社で言えば拝殿にあたるところです。琉球最高の御嶽ゆえに。ここから入場できるのは王府関係者に限られていました。右側には、御嶽内にある6つの拝所を示す香炉が置かれ一般の人々はここで御嶽の中に向かって拝みました。

御門口にある石像

斎場御嶽内の道

2.大庫理(うふぐーい)

 首里城正殿の二階は大庫理(うふぐーい)と呼ばれ、祭祀的な機能を持つ格式の高い場所です。聞得大君のお新下り儀式での「お名付け(霊威づけ)儀礼が、首里城と同じ名前を持つこの場所で執り行われたのは、その名にふさわしいことと言えましょう。前面にある磚(せん)敷きの広間では、神女たちが聞得大君を祝福し琉球王国の繁栄を祈りました。

大庫理拝所001

3.寄満(ゆいんち)

 寄満(ゆいんち)とは首里城内にある建物の名前で、国王のために食事を作る厨房を指します。当時、ここには国内外からの海幸、山幸が集まりました。それが、「豊穣の寄り満つる所」と理解されていったのでしょう。同じ名前を持つ斎場御嶽のこの場所には、第二次世界大戦前まで、その年の吉兆を占う馬の形をした石(うまぐゎーいし)が置かれていました。

ゆいんち拝所

4.斎場御嶽の艦砲穴

 1945年の沖縄戦において、「鉄の暴風」と形容されるほどの砲弾が撃ち込まれ、終戦直後は沖縄本島内至るところに艦砲穴と言われる砲弾でできた穴が残っていたが、大半の艦砲穴は埋められるなどして残っていません。そのため、沖縄戦の様子を伝える戦争遺跡として保存されております。

斎場御嶽の艦砲穴写真

5.三角岩とその奥にある三庫理

 自然岩や洞窟に囲まれたこの場所には、いくつもの拝所が集まっています。正面に見える三角形の空間の突き当たりが三庫理(さんぐーい)、右側がチョウノハナの拝所で、いずれも首里城内にある場所と同じ名変えを持っています。また、左側からは太平洋と久高島が遠望できます。

三角岩

三角岩から入る

三庫理説明

三庫理


◇ 峠の茶屋にて

 斎場御嶽の観光が済んだところで峠の茶屋に寄りました。ツアーのリーダーがどうしても食べたいものがあるとのこと、それはマンゴーのアイスでありました。私はマンゴーのジュースをいただきましたが、5日分くらいの糖分を一気に摂取した心地になる、極めて甘い飲み物でありました。

マンゴーアイス

マンゴージュース

 さとうきびを棒のまま挿入して砂糖水を抽出する機械がありました。特注品で1台20万円とのことでした。さとうきびジュースはすっきりとした味わいですがフルーツの香りがなく、ただの砂糖水と言えなくもない液体でした。

さとうきびジューサー

さとうきびジュース


◇ ホテルにチェックイン、国際通りへ行くもすぐに逆戻り

国際通り

 有名な国際通りへ土産物を買いに出ましたが、買う物は決まっていたので速やかにホテルへ逆戻り、、、。前日の朝、羽田空港にて没収されて以来、約32時間ぶりにビールにありつけました。「サッポロ黒ラベル」から「オリオン生ビール」に変わりましたが、、、。

ホテルで飲んだビール


◇「首里天楼」にて琉球御膳

沖縄宮廷料理

沖縄舞踊あり


◇ 帰路

 浴びるほど飲んだ翌朝の朝食など入るはずもなく、チケットは手元に残りました。

朝食券チケット

 空港までのモノレール(ユイレール)は、モバイルSuicaが使えずチケット販売なのに驚いて、しかもバーコードを読ませるだけで乗り降りしたのに、もう一度軽く驚きました。

那覇空港行きチケット


 二泊三日、たいへん有意義な旅でありました。ツアーの企画をいただいた「姉妹」様に深く感謝申し上げます。

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