アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

読売テレビ 清水 健 アナ、番組放送とインタビューで「妻の死から1年で『心折れそう』」


 思わぬ、心に染み入る記事に胸をグッと掴まれたような感覚になりました。乳がんで妻を亡くして1年が経過した読売テレビの 清水 健 アナウンサーの記事です。本日のYahoo!ニュースですので、ご覧になった方は多いと思います。ただ1つの不幸なニュースと捉えられなくもないですが、この場に記録することで、彼の心情を汲み、彼への惜しみない心の声援を送り、そして今後の彼を暖かく見守りたい、そんな感覚で取り上げます。

清水アナのニュース

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読売テレビ・清水健アナ 妻の死から1年で「心折れそう」

 毎週月曜~金曜夕方4時47分から約2時間にわたっての生放送番組『かんさい情報ネットten.』(読売テレビ系)は、メーンキャスターの清水健アナウンサー(39才)の「こんにちは」という挨拶で始まる。

 2月1日の彼は、いつものように、いや、いつも以上に動じず、冷静に、自分の言葉でニュースを伝えていたように見えた。

清水健アナ

 「実は今日はぼくにとって、特別な日なんです。ちょうど1年前、個人的なわがままだとわかった上、奈緒の看病に専念したいと、『ten.』のキャスターを休もうと決めたのが今日でした」

 彼の妻・奈緒さん(享年29)は、この清水アナの決断からわずか11日後の2015年2月11日、乳がんのため息を引き取った。

 清水アナは2月1日の生放送終了後、女性セブンのインタビューにこう続けた。

 「奈緒は、仕事をしているぼくが好きだと言ってくれていました。周りに気を使ってばかりで、一言も“しんどい”と言わない奈緒は、自分のせいでぼくの仕事に支障が出るのが嫌だったんだと思います。だからぼくも奈緒の乳がんがわかってからも、奈緒の想いに応えようと、正直、精神的にはいっぱいいっぱいでしたが、何とか踏ん張ってカメラの前に立ち続けました。でも、その時だけは、奈緒と息子と一緒に家族での時間を1秒でも長く過ごしたかった。もちろん、再び、キャスターの席に戻るつもりはない覚悟でした」(清水アナ)

 奈緒さんの一周忌を前に、闘病生活を振り返った手記『112日間のママ』(小学館・2月13日と14日に京都・大阪でサイン会実施)には、清水アナが奈緒さんに、「仕事を休む」と伝えた時のことが綴られている。

112日間のママ 表紙

《「ごめんね…。こんな疫病神で」
 一瞬、何を言っているのかわからなかった。ヤクビョウガミ。奈緒の言葉を反芻する。
「何言ってるねん、ふざけんな!」》

 清水アナが奈緒さんを怒ったのは、後にも先にも、それが最初で最後だったという。

 大阪出身の清水アナは、中央大学を卒業後、2001年に読売テレビに入社。情報バラエティー番組などを担当していたが、2009年3月に放送がスタートした『ten.』を担当することになり、2011年9月からはメーンキャスターに抜擢され、関西では知らぬ人がいない人気アナとなった。

 この番組のスタイリストをしていたのが奈緒さんだった。清水アナと奈緒さんは、2013年5月にゴールイン。翌2014年3月に妊娠がわかる。しかし2014年4月30日、奈緒さんの左胸の下の脇に近い部分に乳がんが見つかった。

 妊娠を継続するか、今回は治療だけに専念し、出産をあきらめるのか──夫妻は幸せの絶頂から一転、「命の選択」を迫られた。

 交際中も結婚してからも、いつも笑顔で、3歩下がって夫を支えてきた奈緒さんは、「あれが欲しい」とか「これを買って」とかを一切口にしなかった。その奈緒さんが、初めてはっきりと清水アナに目で語りかけていたという。「私は産みたい」と。

 2014年10月、無事に長男(1才3か月)が誕生。その直後、奈緒さんの体は一気に病魔に蝕まれたのだった。

 「奈緒が亡くなってからのこの1年間は、アナウンサー生活15年の中でいちばん働いた1年だったかもしれません。あえて土日も取材を入れたりしましたし。奈緒が頑張った意味を残すためにも、ぼくが踏ん張らなくちゃいけないって、かっこつけてきたんです。でも一周忌を迎えるにあたって、ちょっと心が折れそうというか…ギリギリの状態というのが正直なところです…」

 清水アナはそう言うと、左手薬指の結婚指輪に右手を重ねた。

※女性セブン2016年2月25日号

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 「奈緒が亡くなってからのこの1年間は、アナウンサー生活15年の中でいちばん働いた1年だったかもしれません。」

 わかります。喪失感と悲しみと、ネガティブなものを振り払い続けた1年だったのだろうと思います。

 「でも一周忌を迎えるにあたって、ちょっと心が折れそうというか…ギリギリの状態というのが正直なところです…」

 死に物狂いの1年間を過ごしたからならでは、なんだろうと思います。頑張ってほしいと思いますし、どこかで、人間は強いものだと思いたい気持ちはあります。謹んで、清水 健 アナウンサーの、亡き奥様のご冥福をお祈り申し上げます。


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