アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

「嘘」について


 私事ですが、職場によく嘘をつく人間がいます。同僚の医者ですので、時々は診療にも支障を来します。患者が合併症に苦しんでいても「経過良好です」って嘘をつくわけです。ほとんど諦めて、あまり気にしないようにしていますが、不快に思っている人は多く、なぜそんなに簡単に、すぐに偽りと分かる嘘をつくのだろうか?、時々、不思議になります。少し、「嘘」について勉強してみました。


◇「嘘」の定義、起源、正常・異常の一般論

1.定義

 今更、定義を申し上げるほどのことではありませんが、「嘘」(以下、「」は外します)とは事実に反する事柄の表明であり、勘違いや、間違いによるものではなく、故意に表明されたものであります。「偽り」とも言います。

2.人類の最初の嘘?

 欧米では嘘の歴史を語る時、旧約聖書に登場する、人類最初の殺人者となったカインが弟アベルを殺した際に、アベルの行方を問われたカインが「知りません。私は永遠に弟の監視者なのですか?」と答えたとされ、これが「人類の最初の嘘」などと言われております。

カインとアベル絵
アベルを殺すカインの絵

3.良い・悪い、正常・異常の一般論

 一般論として、嘘をつかず、本当のことだけを話してもコミュニケーションは可能ではありますが、まったく嘘をつかない、という制約があると、人間関係はむしろ難しくなるとされます。また、大多数の人間は、ある程度の言い訳や責任転嫁などの嘘は、多少なりとも、無意識的、日常的に行っており、こうした行為は道徳的あるいは精神医学的に正常の範囲内と思われます。
 これに対して、自己正当化や悪意のある嘘が頻繁に語られるようなら、嘘をつかれた人は疑心暗鬼になり、人間関係は悪化させ、道徳的に問題な域と入って来ますし、常識の範囲を超えた習慣的な嘘に対しては、心理学・精神医学的には「虚言癖」や「作話症」に分類されることもあります。
 嘘は、その動機や方法、技術、事実との関係などによって、正負、両方の効果を及ぼし、良いも悪いも、正常・異常も変わってくるものとされます。


◇ 悪い嘘

 多くの文化に於いて、基本的に、嘘は悪いこと、とされ、嘘をつくことは信用、信頼を失いますが、その許容範囲は文化によって異なるとされております。どこの文化でも、我欲や虚栄心によってつく嘘は悪いものとされております。いくつか固有名詞になっている悪い嘘、犯罪的な嘘を列挙します。

1.法螺(ほら)話

 大げさに言い立てられた作り話のことで「法螺」とは法螺貝の意味であります。多くの場合、おとぎ話やフィクションの中で、大きく誇張された奇想天外な内容や、そうした話で人を楽しませるほら吹きが活躍する話など、人々に親しまれるものでありますが、一方で、日常生活において繰り返す法螺は、信用を失う、正しい会話とは言えないものとなります。

2.サバ読み

 多くの場合、利益を得る目的で数字を誤魔化す、とりわけ大きく見積もることを「サバを読む」と言います。

3.年齢詐称

 自分の年齢について嘘を言うことです。少なく言うことで若く思われようとする場合と、年配であるように見せかけて利益を得る場合とあります。

4.粉飾決算

 財務諸表に嘘の数字を記載することで、最近では東芝など、しばしば見かけるものとして、株価を維持する目的に、企業業績を良好に見積もった報告をする場合があります。

5.詐欺

 他人を、嘘を用いて欺き錯誤に陥れることを「詐欺」と言い、「オレオレ詐欺」のように親族になりすまして金銭をだまし取ろうとする場合や、悪徳マルチ商法や悪徳キャッチセールスなどの詐欺、交通事故の被害者を装って賠償金を求める当たり屋も詐欺であり、いずれも犯罪であります。

6.偽証

 法廷で宣誓した証人が虚偽の陳述をした場合を偽証(罪)と言います。


◇ 許される嘘、良い嘘、必要な嘘

 日常において許される嘘、むしろ良好な人間関係のために良いと考えられる嘘、そして、人を救うため、人を傷つけないためにつく、必要な嘘があります。こちらも箇条書きにしてみました。

1.お世辞

 相手の機嫌を取る、喜ばせる目的で、あるいは相手に気に入られるために、自分が本当に思っているよりも相手を良いと思っているかのように言うことであります。多くの世界でお世辞を許容する文化があ李ますが、そういうことは極力言うべきではない、とする文化もあります。また、日常生活において、お世辞によって良好な人間関係が生まれる場合もあれば、かえって「口ばっかり!」と信頼を損ねる場合もあります。

2.「嘘も方便」

 大乗仏教では、人を救うため、人を悟りへと導くために当面の嘘をつく、という方法があります。大乗仏教国である日本では「嘘も方便」ということわざもあり、人を救うためということならばおおらかに許そうとするものであります。

3.“White lie”

 英国において相手を喜ばせるため、傷つけないための嘘を“White lie”と呼んで、「悪気のない嘘」、「良い嘘」とされます。一方、“Black lie”と言う言葉はありません。

4.冗句(joke)

 洋の東西を問わず、聞き手が聞いたとたんに明らかに本当ではないと判ること、つまり明らかな嘘を聞かせて、それが嘘だと互いに十分に知っていることを確認しあって楽しむことがあります。一緒に笑うために、ユーモアとして嘘を話すもので、日本よりは欧米で多い話し方です。


◇ 自己決定権とがんの告知

 医療の世界では、良いとも悪いともつかない嘘が、日々行われて来ましたし、現在も、未来においても、多かれ少なかれ嘘は残ると思います。
 がんの告知について、1960年代の米国ではがん告知率は12%であり、日本でも1990年代まではほとんどんぼケースで医師から患者へ嘘の病名が告知されておりました。具体的にはがんなのにがんではないと言う嘘であります。また、がんが再発していても、それを隠すこともありました。
 ところが、世界的に、一人一人の人間が、自分自身の生き方を選ぶ権利(残された時間をどのようにつかうか選ぶ権利、自分が思うように生きる権利)、すなわち自己決定権が重視されるようになり、また政治運動や訴訟の増加に伴い告知率は向上しており、本邦でのがん告知率は2009年の段階で90%を超えてきているとされております。
 では、全くすべてを話しているかと言えば、予後不良の状態を包み隠さず申しあげるのは躊躇することがしばしばです。「大丈夫でしょうか?」と聞かれて「大丈夫ですよ!」と言う言葉が嘘のこともあります。また、今でも患者の家族より、本人には言わないで欲しいと要望が出されることもあります。


◇ 嘘つきのパラドックス(矛盾)

 嘘にまつわる論理の展開、パラドックス(矛盾)を1つご紹介します。新約聖書第1章12-15節に「テトスへの手紙」と言う項があり、その中で、クレタ島出身(クレタ人)の伝説的哲学者、エピメニデスは「クレタ人はいつも嘘をつく」と言ったとされております。もしこの言葉が正しいのであれば、クレタ人であるエピメニデスもまた嘘をついているのであり、つまりこの「クレタ人はいつも嘘をつく」と言う言葉も嘘である、と言うパラドックス(矛盾)であります。

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 同様に、人間だれしも多少は嘘をつくものであり、嘘をつかない人間などいない、という判断があります。ですから、「私は嘘をついたことがない」と誰かが言ったとすれば、それは最大の嘘であると言うパラドックスが発生いたします。


◇ 嘘にまつわることわざ

 上で「嘘は方便」をご紹介しましたが、それ以外にも嘘にまつわることわざが幾つかありますのでご紹介いたします。

1.「嘘から出た誠」

 嘘だったはずのことが真実になってしまったことを現すことわざであリます。

2.「嘘つきは泥棒の始まり」

 悪いと思わないで嘘をつく人は、泥棒をするのも平気になるということです。

3.「嘘も追従(ついしょう)も世渡り」

 「嘘も方便」と同義です。世を渡るに当たって、従うことも、嘘をつくも必要であるとのことです。

4.「嘘も誠も話の手管(てくだ)」

 手管とは、人を騙して操る手際の意であり、虚実をおりまぜて話すのが、うまい話術であるということを指すことわざです。

5.「嘘をつかねば仏になれぬ」

 「嘘も方便」と同義です。仏様とて苦しむ人を救う時に嘘をつくのだ、と言うことです。


◇ 終わりに

 先日、2010年と2015年を追加して出来事の一覧を更新、掲載いたしました。お目を煩わして恐縮いたしますが、その全ては、ネットに掲載されているマスコミの記事を拾い上げたものであり、私個人が取材したものではありません。そうしたまとめを作るにあたり、「これらの出来事のいくらかは嘘なんだろうか?」としばしば思いました。
 職場の嘘つきな人間も、人間社会に蔓延る嘘も、小さなものから大きなものまで、一つの人間の文化かも知れないと思えて参ります。かの、ナチスドイツの、アドルフ・ヒトラーは「大衆は小さな嘘より、大きな嘘の犠牲になりやすい」と述べてユダヤ人大虐殺を指揮しました。

 良い嘘は奨励して、悪い嘘には強い姿勢でいる、そうした柔軟な態度が求められると思う次第です。


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