アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

外科医が「お祓(はら)い」をする時


 変なタイトルで恐縮しますが、「外科医がお祓(はら)いをする時」、読んで字のごとくです。私は、日常の診療から、しばしば「お祓い」をしたい心境になります。
 先日、女子アナウンサーの故 黒木 奈々 さん著、「未来のことは未来の私にまかせよう」をご紹介しましたが、彼女は本文の中でステージIIIと告白しています。5年生存率は50%くらいです。ですから生命予後としては五分五分だったわけですが、まさか手術から1年で他界するとは、本人は当然として、主治医も夢にも思っていなかった、すなわち悪夢だと思います。
 熟練したドクターであればあるほど、そうした症例に出会った時、「お祓い」が脳裏をかすめるのであると今、思います。この「お祓い」について、折に触れ、風水のカテゴリーで取り上げて行きたいと思います。


◇「祓(はらえ、はらい)」とは?

 「祓(はらえ、はらい)」は、神道における宗教行為であり、天津罪、国津罪などの罪や穢れ、災厄などの不浄を心身から取り除くための神事、呪術とされます。一般に、神前での祈祷を、災厄除けの祈祷(本来の意味の「祓」)以外のものも含めて「お祓い」と言います。また、神社が頒布する災厄除けの神札も「お祓い」と呼ばれます。
 「祓」の意義は、神をお迎えして交流するための準備として、罪穢れのない清浄な空間を作りあげるとされます。そして、罪穢れについては、神事に臨む個人のものだけではなく、この世界のあらゆる罪穢れを徹底的に祓い浄め、「明(あか)き浄(きよ)き正しき直き」境地を求める、神道の根本思想に関わる姿勢とされます。


◇ 外科医が「お祓(はら)い」をする動機

 話を戻して、外科医がどんな時に「お祓い」をするか?、少なくともどんな時にそういう気分になるか?、と言いますと、それは医者としての年月によって違ってくると思います。

1.外科医として10年目くらいまで

 若い頃は、己の技術に自信がなく、術後の経過に影響を及ぼす因子のうち、自分の未熟さこそが最も大きな悪い要素に感じることはしばしばです。そういう感覚があるから、自分が執刀した症例は特別に思えるし、心配ですし、そして過剰な診療をしがちです。これは若い外科医であれば当然の発想であり、行動です。そういう年代においては、うまく行かない症例が続くと、まずは自分の未熟さに対する「お祓い」になります。ジンクスなんかも大切にする時期でもありますね。朝ごはんに特定のものを食べると良い手術ができる!、とかです。
 
2.少し熟練してくると

 ある程度、熟練してきて、逆を言えば成長が止まった時に、起こった出来事を「運、不運」で考えることがあります。これはあらゆる職種の人に共通しているかと存じますが、「最近、ついてないな〜!」って発想です。己の運気の低迷を感じてしまう発想で、患者に思わぬ合併症が起ったり、予期せぬがんの再発や転機を取った場合など、これは外科医にだってあります。
 こうした時、他の職種の人と同じように、外科医は自分の身に降りかかってくる不運を「祓う」気持ちになるのです。患者に降りかかった不幸なのに、自分の不運のように感じてしまうんですね。

3.歳をとって客観的な視点に立った時

 外科医は、ある時から、自分の技術も、その結果として起こる患者の状態も、客観的な目で見るようになります。いつも同じ技術を提供しており、その結果として起こることは、自分の運、不運ではなく、患者に備わった運気に寄るように思えてくるのです。あらゆる外科医がそうだとは言えませんが、私はそうでした。
 こうした年代になると、「外科医がお祓(はら)いをする時」は、当然のごとく、患者の経過がうまく行かない時ではありますが、それは自分の技術や運、不運ではなく、患者の運気を憂う気持ちが主な動機となるわけです。


◇ 外科医として「お祓(はら)い」をしてきて

 実は結構な回数、診療に基づいた「お祓い」をしてきました。その時、その時で「お祓い」をする動機が変わって来たことは上で申し上げた通りです。発見された時には切除不能で、緩和ケアしかしてあげられず、涙に暮れながら死を迎える患者、、、。若くしてがんに罹り、根治手術を行ったのに早く再発して、再手術では切除不能、、、。たまにお会いするこうした患者に対して、自分のことよりも、その患者の運気を念頭に「お祓い」をするのが正しいあり方と思う今日この頃です。

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