アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

真実は? 9.11米国同時多発テロ事件 まずは公式発表から


 先日、ニューヨーク 9.11 悲劇の地「グラウンド・ゼロ」をご紹介し、最後の文章で「こうしたモニュメントを見るにつけ、実は上辺だけと感じる人、隠された真実に疑惑の目を持つ人、はっきりと怒りを覚える人が少なからずいることも忘れてはなりません。」と申しました。9.11に対する疑惑、それは日本ではあまり話題にされておりませんが、米国では3人に1人は疑っているとされます。久しぶりに「真実は?」、9.11米国同時多発テロ事件を検証いたします。

アメリカ同時多発テロ写真

 アメリカ同時多発テロ事件は、今から14年前、2001年9月11日にアメリカ合衆国内で同時多発的に発生した、航空機等を用いた4つのテロ事件の総称であります。航空機が使用された史上最大規模のテロ事件で、死者3,025人、負傷者6,291人にも及び、全世界に衝撃を与えました。その後、米国は、このテロに対する報復として、アフガニスタン紛争(2001年〜)およびイラク戦争(2003-2011年)を仕掛けております。


◇ 旅客機4機のハイジャック

 2001年9月11日朝、マサチューセッツ州ボストン、バージニア州ダレス(ワシントンD.C.近郊)、ニュージャージー州ニューアークを発った4機の旅客機が、モハメド・アタを中心とするアラブ系のグループによってほぼ同時にハイジャックされました。それぞれについて若干の詳細をまとめます。

1.アメリカン航空11便(ボーイング767-223ER)

 アメリカン航空11便は、ボストン・ローガン国際空港07:59発、ロサンゼルス空港行きで、乗員乗客92名でありました。

アメリカン航空11便 写真

 離陸から14分後、ボストン航空交通管制センターの管制官からの「アメリカン航空11便、高度を35,000フィートまで上昇してください」という指示に応答がなかったため、それ以前の段階でハイジャックがなされたものと考えられております。犯人は以下の通り発表されております。

 【アメリカン航空11便のハイジャック犯】
  モハメド・アタ(エジプト;操縦担当)
  アブドゥルアズィーズ・アル=オマリー(サウジアラビア)
  ワリード・アル=シェフリー(サウジアラビア)
  ワイル・アル=シェフリー(サウジアラビア)
  サターム・アル=スカーミー(サウジアラビア)

 操縦室へ侵入したハイジャック犯は機長と副操縦士を隠し持っていたカッターナイフで刺殺しコックピットを占拠、自らが操縦して、離陸から17分後の08:16、高度29,000フィートより規定の航路を逸脱し始めました。なお、凶器を持ち込み操縦室へ侵入した方法については現在も不明であります。
 08:23、客室乗務員の1人がアメリカン航空予約席係に「客室乗務員です。たったいま飛行機がハイジャックされました」と電話連絡、もう1人の客室乗務員もフライトサービスマネージャーに電話をしてハイジャックされたと報告し、彼女たちはハイジャック犯の座席番号も地上に伝えております。
 ハイジャック犯のリーダーであるアタより「我々は、ハイジャックした。静かにしていればお前たちは大丈夫だ。今から空港に引き返す。誰も動くな、何も問題ない。動けばお前たちの命も飛行機も危険にさらすことになる。大人しく座ってろ!」と乗客に機内放送でアナウンスを行いましたが、これはスイッチを間違えており、機内ではなく、ボストンの航空管制官へ送られました。
 08:26、機体が大きく南に航路を転じた頃、バージニア州にある連邦航空局指令センターが本部に緊急事態を告知、ボストン航空交通管制センターより、北アメリカ航空宇宙防衛司令部のニューヨーク州にある北東航空局に通報し、マサチューセッツ州にある空軍基地から2機のF-15緊急発進を要請しております。
 アメリカン航空11便は08:43、ニューヨーク、マンハッタンへと進路を変更し、ニューヨーク上空に来たところで異常な急降下を開始しました。フライトサービスマネージャーから「外に何が見える?」と言う質問に客室乗務員の1人が「タワーが見える、ビルが見えるわ」と答えております。
 08:46、11便は、約38,000 Lのジェット燃料を積んだまま、時速約750 km/hの高速で、世界貿易センター北棟(第1ビル、110階建て)の93-99階に北側から突入し、機体の全てがビル内に飲み込まれ、爆発炎上しました。突入の瞬間まで、客室乗務員たちは地上と交信しておりましたが、犯人を含む乗員乗客全員が死亡しました。

2.ユナイテッド航空175便(ボーイング767-222)

 ユナイテッド航空175便は、アメリカン航空11便と同じく、ローガン空港発、ロサンゼルス空港行きでありました。同機はボストン・ローガン国際空港を08:14出発、乗員乗客65名でありました。

ユナイテッド航空175便 写真

 175便は、航空管制からの問いかけに応答しなくなっていたアメリカン航空11便から発信されたモハメド・アタ自身の肉声を傍受しておりました。08:42、この不審な交信に関して175便と管制官が交信しましたが、それが175便の最後の交信となりました。

 【ユナイテッド航空175便のハイジャック犯】
  マルワーン・アル=シェッヒー(アラブ首長国連邦;操縦担当)
  ファイヤーズ・バニーハンマード(アラブ首長国連邦)
  ムハンド・アル=シャフリー(サウジアラビア)
  ハムザ・アル=ガームディー(サウジアラビア)
  アフマド・アル=ガームディー(サウジアラビア)

 ユナイテッド航空175便は、08:42-08:46にハイジャックされたとみられ、このときテロリストは棍棒、ナイフ、催涙神経ガススプレー、爆弾(爆発はさせなかった)を所持していたとされます。最後の交信から数分後、同機は航空管制の許可を得ずに針路を変更、08:47、アメリカン航空11便が世界貿易センター北棟に突入した直後、175便は航空機識別番号(トランスポンダ・コード)を変更しました。08:52には客室乗務員よりユナイテッド航空にハイジャックの通報がなされましたが、08:54、ユナイテッド航空からの交信には応答がありませんでした。
 09:03、175便は機体を傾けながらニューヨークの世界貿易センター南棟78-84階に高速で突入・炎上しました。機体は原形をとどめず、大半がビル内に飲み込まれました。

3.アメリカン航空77便(ボーイング757-223)

 アメリカン航空77便は、ダレス国際空港発、ロサンゼルス空港行きで、乗員乗客64名でありました。08:51から08:54の間にかけて完全にハイジャックされ、その直後に向きを北に変え、すぐに南へ転回し、しばらくして東へ進路を変えました。最初の針路離脱から3分間(08:50:51まで)は、管制官と機長による正常な通信がありましたが、その後は通信不能となっております。ペンタゴンへの激突までの間に、2人の搭乗者が地上と電話で連絡を取っていました。

アメリカン航空77便写真

 【アメリカン航空77便のハイジャック犯】
  ハーニー・ハンジュール(サウジアラビア;操縦担当)
  ハリード・アル=ミンザール(サウジアラビア)
  マージアド・ムーカド(サウジアラビア)
  ナワーフ・アル=ハーズミー(サウジアラビア)
  サリーム・アル=ハーズミー(サウジアラビア)

 09:38、ペンタゴンに突入し爆発炎上、機体は大破しました。激突の瞬間は、周辺の監視カメラなどによって撮影されており、また、目撃者も大勢いました。映像によると、ほぼ水平の状態で地面を滑走しながらペンタゴンに衝突、離着陸時の事故と違い、高速で建築物に激突、炎上したため機体の残骸はほとんど原形をとどめず、乗客乗員64名は全員犠牲となりました。


4.ユナイテッド航空93便(ボーイング757-222)

 ユナイテッド航空93便は、ニューアーク空港08:42発、サンフランシスコ国際空港行きで、乗員乗客40名でありました。09:24、93便は航空管制官から「他機、2機がニューヨークのWTCに突っ込んだので、ハイジャッカーには十分、注意してください」と警告を受け、09:26パイロットが管制官からの警告を確認しております。

 【ユナイテッド航空93便のハイジャック犯】
  ズィアド・ジャッラーフ(レバノン;操縦担当)
  アフマド・アル=ハズナーウィー(サウジアラビア)
  アフマド・アル=ナーミー(サウジアラビア)
  サイード・アル=ガームディー(サウジアラビア)

 その1分後、09:27、犯人らがコックピットに押し入り、操縦士と乱闘となった際に旅客機の高度が低下したことを管制官らは確認しています。09:28、管制官らは93便のコックピットで発せられた悲鳴を聞き、それから40秒後、再び管制官らは93便のコックピットで複数の悲鳴が発せられたのを聞いています。管制官らは93便へ応答を求めたが回答はなく、この時点で高度は700 ft (200 m) にまで低下していました。ハイジャックが発生してから、乗客10人と乗員3人は管制官や家族へ携帯電話や機内電話で連絡をしております。
 09:59、乗客がコックピットのドアを叩き壊そうとする音が聞こえ始めます。その音に混じって犯人が「ドアを押さえろ、絶対中に入れるな」と指示しているのが記録されております。10:00、機体が急降下、急上昇を繰り返し、10:01、犯人の「墜落させてやる、酸素を止めろ」との指示が記録されています。
10:03、同機は時速580 km/hの速度でペンシルベニア州ピッツバーグ郊外シャンクスヴィルに墜落しました(下現場写真)。乗客乗員40名全員が犠牲となりました。

ユナイテッド航空93便墜落地点


◇ 世界貿易センター(World Trade Center, WTC)の大惨事

1.アメリカン航空11便の北棟への突入、爆発炎上

 2001年9月11日、08:46、世界貿易センタービル・ツインタワーの北棟、93-99階の北側に、アメリカン航空11便が突入、爆発炎上しました。この時点では多くのメディアがテロ行為ではなく単なる航空機事故として報じました。当時のアメリカ合衆国大統領、ジョージ・W・ブッシュ氏も「第一報を受けた時点では航空事故だと考えた」と発言しております。

 「9.11テロ アメリカン航空11便が世界貿易センター北棟に突入した瞬間」YouTube

2.ユナイテッド航空175便の南棟への突入、爆発炎上

 1機目に続いて09:03、南棟78-84階付近にユナイテッド航空175便が突入、爆発炎上しました。2機目の激突は1機目の激突後に現場のテレビ中継を行っていた際に発生したため、前代未聞の衝撃的な映像を世界中の多くの人がリアルタイムで見る事になりました。なお、この時点では事故ではなく故意に起こされた事件であることが認識されております。

WTC2機目の突入

 「9.11テロ ユナイテッド航空175便が世界貿易センター南棟に突入した瞬間」YouTube

3.ツインタワーの倒壊とパンケーキクラッシュ説

 世界貿易センターのツインタワーは、建設当時の主力ジェット旅客機のボーイング707が突入しても崩壊しないよう設計されていたはずでした。しかし、実際に高速で突入した同サイズのボーイング767によってビル上部は激しく損傷、漏れ出したジェット燃料は縦シャフトを通して下層階にまで達し、爆発的火災が発生しました。火災の熱による鉄骨の破断でタワーは強度を失い、09:59、南棟が突入を受けた上部から砕けるように崩壊、北棟も10:28に南棟と同様、砕けるように崩壊しました。

911世界貿易センタービル倒壊写真

「倒壊する世界貿易センタービル 北棟」YouTube

 このツインタワー倒壊の原因論としてパンケーキクラッシュ説が言われていります。パンケーキクラッシュとは、建築物の柱がフロアを支えきれずに、上の階から下の階に向かってフロア自体が崩れ落ちるように倒壊する現象です。床が高熱により下方に湾曲しても起こり、倒壊したフロアが積み重なっている様子が、パンケーキを積み重ねた様子に似ていることからこう呼ばれます。世界貿易センタービル、ツインタワーの倒壊では、航空機の突入で発生した火災により、支持鉄骨が溶融・破断したことで、上層階部分のパンケーキクラッシュが生じ、これがツインタワー全体に波及した可能性が挙げられています。

4.世界貿易センター7号棟の倒壊

 旅客機の突入を受けた世界貿易センター、南北棟の倒壊から8時間遅れて、17:20、世界貿易センター7号棟(通称 ソロモン・ブラザーズ・ビル、47階建て)も倒壊しました。火災の熱で鉄骨の強度が落ちていたのに加えて、ツインタワーの崩壊による破片の直撃や大地震を上回る猛烈な縦揺れの影響で崩壊したとされています。

5.世界貿易センターにおける人的被害

 ツインタワーの人的被害は、特に北棟で大きく、死者は約1,700人(救護活動中の消防士を含む)でありました。特に突撃を受けた92階以上に被害が多く、この階以上の在館者全員が死亡したと言われています。それは航空機に突入されたフロアの階段が大きく破壊され炎上し、避難経路が遮断されたためです。
 一方、2機目の旅客機の突入を受けた南棟も同様に激しく炎上しましたが、こちらは旅客機が外側に少し反れて激突し、反対側の階段が損壊や延焼を免れたため、突入フロア以上でも延焼の少なかった部分にいた十数名は無事避難することができました。旅客機突入以前の避難者も含めると約7割の人が生還しているとされます。
 北棟と南棟の崩落による影響で、敷地内の他の4つのビルも崩落、炎上し、8時間後に敷地北隣の高層ビル、世界貿易センター7号棟も崩落し、以上、ニューヨークでの被害者は2,749人に及びました。


◇ アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)への旅客機突入

 2001年9月11日、09:38、アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に、はジャックされたアメリカン航空77便(ボーイング757)が突入、爆発炎上しました。ビルの一部は炎上し、10:10には4階が崩壊、10:15には1階までが全て崩壊しました。77便の乗客・乗員64名は全員が死亡、国防総省職員189人が死亡しました。

911ペンタゴン写真

 アメリカン航空77便の突入は高速かつ水平であったため、ほぼ原型を留めぬほどの破壊であり、爆発炎上により機体の判別が困難なほどとされます。ビルの倒壊は5層になっているビル全体の1番と2番で抑えられました。この部分は長官執務室の反対側であり、ビルの補強工事中で普段よりも職員が少ないことが被害を抑えたとされます。
 なお、この直前に起きた世界貿易センタービルへの事件の影響で情報は錯綜し、ここでの最初の報道は単にペンタゴンが爆発炎上したというだけでありましたが、後に付近を通行中のドライバーや歩行者によってアメリカン航空機が北側から旋回して激突したとの目撃が証言され報じられました。さらに激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録され、これはすぐにFBIによって回収、調査されております。


◇ アメリカ合衆国の対応

 第43代アメリカ合衆国大統領、ジョージ・ブッシュ氏の政権下にあったアメリカ合衆国は、9.11同時多発テロに対して以下の対応を行いました。

1.非常事態宣言

 ブッシュ大統領は速やかに非常事態を宣言しました。冷戦時代に設定された政府存続計画が初めて実行されました。世界貿易センタービルやペンタゴンへの攻撃がなされた後しばらくの間は、さらなるテロに備えて、州兵、予備役が動員されました。空港などには厳戒態勢が敷かれ、全ての国境が封鎖されました。また、連邦航空局の命令によりアメリカ国内の民間航空路の封鎖、アメリカ領空内への民間機の入域、通過が禁止され、領空内を飛行中の民間機は全て最寄の空港に強制的に着陸させられました。
 これらの措置は数日間続いた上、この措置が行われた地域はアメリカ本土のみならず、アメリカが航空管制を担当しているサイパンやパラオなどの太平洋諸国の一部地域や、北大西洋の一部地域など広範囲に及びました。これにより多くの外国人がアメリカ国内に足止めされた上に、多くの航空機が地上待機させられた世界各国の航空会社の運行が大混乱に陥りました。

2.犯人捜査

 この事件において、ハイジャック犯の、恐らくは機器操作ミスにより、乗客に向けての放送が管制塔に傍受されることとなり、コックピット内の会話が管制室に入り、アラビア語を話していることから、おそらくはアラブ人が犯人であることが早期に推測できました。
 また、客室乗務員は機内電話を使用して航空会社へハイジャックを報告し、犯人の特徴、人数と座席番号を伝えました。このため、航空会社は犯人の氏名、住所、電話番号からクレジットカードの使用履歴までを把握することが可能となりました。また、数名の乗客も手持ちの携帯電話や機内電話で家族や友人にハイジャックの事実を伝え、これらの電話の会話は殆どが機体の破壊の時まで続きました。この内いくつかの会話は録音されており、事件捜査に使用されました。

3.米国による犯人引渡し要求からアフガニスタン侵攻

 アメリカ合衆国政府はこれらの捜査の結果から、このテロ攻撃がサウジアラビア人のオサマ・ビンラディンをリーダーとするテロ組織「アルカーイダ」によって計画、実行されたと断定しました。これに対して、アルカーイダは否定しなかったが、肯定もしませんでしたが、米国政府は、彼らが潜伏するアフガニスタンのターリバーン政権に引き渡しを要求しました。
 しかし、ターリバーン側は、「証拠があれば引き渡す。しかし、今の段階ではアルカーイダのやったこととは断定できない」と主張し、引き渡しを拒否しました。これに対してアメリカ合衆国軍はアフガニスタンのターリバーン政権に対して攻撃を開始しました。なお、湾岸協力会議を構成するアラブ諸国もテロ攻撃を批判し、アフガニスタン侵攻を支持する声明を出しました。

4.その後、イラク戦争

 アフガニスタン侵攻に続いて、ブッシュ政権は、2002年、国際テロ組織とならず者国家と断じた「悪の枢軸:イラク、イラン、北朝鮮」との戦いを国家戦略とし、「アメリカの防衛のためには、予防的な措置と時には先制攻撃が必要」として推進する方針を決めました。これをもとに、2003年、アメリカ合衆国はイラクに対して大量破壊兵器を隠し持っているという疑惑を理由に、イラク戦争に踏み切りました。
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