アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

「中高年をどう生きるか?」 ある認知症の解説書より


 今回、アルツハイマー型認知症の勉強をして、ある認知症について書かれた一般向けの文庫本に出会いました。その最後の章に「中高年をどう生きるか?」と題して、人生における中高年〜老年期の生き方、その方法論から、その年代の意味までが論じられておりました。認知症の予防のみならず、人生観にも通ずる内容を、スピリチュアルのカテゴリで、全文の引用でご紹介いたします。出典は敢えて伏せておきます。

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中高年をどう生きるか? 〜 あとがきに代えて 〜

 「生きがい」とは

 人間は生きる喜びがなくては生きられません。朝目が覚めたとき、今日も一日何か楽しいことがある、何かしたいことがある、と心を燃やすことがたいせつです。
 健康に恵まれ、経済的にも心配がなく、周りとの人間関係がよければそれも幸福だといえましょう。しかし「生きがい」というのは明日に向かって希望を抱いて生きることであり、前向きに生きていこうという喜びだと思うのです。
 敬老の日のある新聞に、総務庁の「高齢者の健康に関する意識調査」が掲載されていました。それは六〇歳以上の三〇〇〇人の男女を対象としたアンケート調査ですが、それによると、「生きがいを感じている人」が七八・六パーセント、「生きがいを感じていない人」が一七・六パーセントというのです。
 生きがいを感じるのは、男性では仕事をトップにあげている人が多いのに対して、女性で仕事と答えた人は六番目でした。そのように、「生きがい」を感じる対象にも男女の差があるようです。
 今日では女性の就業率も高く、男女ともに仕事やつき合いで苦労する場面が多くなっています。その苦労を生かして、人生にプラスにしていくような心がけがたいせつです。適度のストレスは「生活のスパイス」だと思います。人生のさまざまな苦労も、それに打ち勝つことによって将来への生きる喜びになり、生きがいに転化できるのです。

 どんな生き方がよいのか?

 老後の生活をどうするか、それは四〇代後半から考えはじめたほうがいいでしょう。老化は四〇代から始まり、小さな字を読むのにメガネがほしくなる人もいます。「度忘れ」を自覚するのも四〇代前半です。このころから、少なくとも以下の三項目を念頭において生きることをお勧めします。その一つ一つを考えていきましょう。

 【中高年の生きる心得】
  1)自分のことは自分ですること
  2)趣味を持つこと
  3)人間関係をたいせつにすること

 自分のことは自分ですること

 よく世間では、出勤する男性に奥さんか母親がハンカチや靴下、ネクタイなどを差し出して世話をしている家庭がありますが、自分の身の回りのことは自分でするように心がけないと、あとでいちばん困るのは自分なのです。親や配偶者が病気になったり死別することになれば、物質的にも精神的にも、とたんに困ることになります。
 妻が亡くなったあと、半年から一年くらいの短い間にあとを追うようにして夫が亡くなることがあります。そのようなとき、世間では「あの夫婦は仲がよかったんだ」などとはやされることがありますが、実は夫が生活上自立しておらず、なんでも妻に頼っていた家庭だったというケースも少なくありません。妻が亡くなったあと、掃除、洗濯、炊事など何ひとつできないで途方に暮れた生活を送るうちに、ボケたり病気になって命を失うことになる場合がよくあるのです。
 逆に夫が亡くなった場合は、経済的な問題はあるかもしれませんが、妻のほうは日々の暮らしに支障はないわけですから、むしろ開放的になり、元気はつらつと社会的に活動しはじめる女性もよく見かけます。
 男性が自分で生活上のことを処理する習慣が身についていないと気づいたら、中年になってからでも遅くはありませんから、自立するように努力すべきです。

 趣味を持つこと

 趣味は若いころから持つように心がけることです。暇になったらやろうというのでは遅すぎます。やりたいことが思いついたらそれをメモしておき、休日などに一定の時間をとって、少しずつでも始めるとよいでしょう。そうすれば、定年になってもそのまま続けられます。
 ある老人学級での趣味についてのアンケートによると、盆栽や花作りなどの園芸が第一位でもっとも多く、次いで編み物、和裁、生け花などの手芸、カラオケ、詩吟、踊り、ダンス、音楽鑑賞、俳句・和歌などの順になっています。
 スポーツは自分ではやらなくても、テレビでプロ野球や相撲を見て楽しむ人はたくさんいるようです。
 趣味を持つことは、感性を豊かに保ち、生活にリズムをつけ、それを通して友だちができることなど、人生におおいにプラスになり、心身の老化を防ぐのに必要なことです。

 人間関係をたいせつにすること

 よく、「老後の生きがいは周りの人との人間関係の中にある」とまでいわれますが、友人、隣人、家族などとのつき合いは、人間の生きがいとして必要なものです。
 老後の話し相手が妻だけ、夫だけというのではいけません。男性なら仕事が思うようにはかどらないとイライラして落ち着かなくなり、黙り込んで気がふさぎがちになります。そんなとき、友だちに打ち明けて話を聞いてもらうことで、気持ちが晴ればれとすることがあります。
 女性なら子育てが終わり、子どもが手もとから離れるころ、孤独で憂うつな気分になります。このような心境を「空の巣症候群」と呼んでいます。それに女性は更年期を迎えますので、四〇代後半から五〇代前半にかかる前に将来の生活設計を考え、新しい生きがいを模索すべきでしょう。
 五〇代になると体の動きも鈍くなり、気分もむらになって感情でものごとを考えがちになります。不平やグチも出やすい年代です。文句やグチばかりこぼしていると、若さと美しさを失いますから要注意です。
 「夫在宅ストレス症候群」といわれる症状があります。夫が退職後毎日家にいると、妻のほうがイライラしてくるのです。とくに、夫が日々の暮らしの中で自立していなかったとか、趣味がないという人の場合に多いようです。定年後に持ち上がる離婚話には、この手の原因もあるのでしょう。
 夫婦でも、それぞれが独立した生活の部分を持っていることがたいせつです。好みも趣味も友人関係も違うわけですから、お互いに干渉し合わない生活の部分を持つことです。必要なときは相互に助け合う姿勢があればいいのです。そのように考えることができれば、「夫在宅ストレス症候群」などというのは解消されるでしょう。

 人間の完熟と尊厳とは?

 老人の生き方を思うとき、よく脳裏に浮かぶのはヘミングウェイの『老人と海』です。この小説は彼の最後の作品ですが、映画にもなりました。
 キューバの漁村に住むスペンサー・トレーシー扮する漁夫サンチャゴは、深いしわのある老いた顔をしていても、目にだけは希望と自信とがあふれていました。そのサンチャゴが小舟に乗ってメキシコ湾にこぎだしたところ、それまで八四日間のシケ続きで一匹の魚も釣れなかったのに、とうとう舟より長いマカジキがかかりました。そして三日間にわたる死闘の末、サンチャゴは巨大な魚にモリを打ち込んで、ようやくしとめたのです。
 サンチャゴは魚に向かって独り言のようにつぶやきます。
 「俺は、人間ってものがどんなことをやってのけられるかを、わからせてやるんだ。人間が耐えていかねばならないものを教えてやるんだ」(福田恒存訳)
 これはまさに、人間の尊厳とは何かを誇示しているのです。彼は巨大なマカジキを舟に縛りつけて港に向かうのですが、血のにおいをかぎつけてやってきたサメの群れと、再び壮絶な戦いをすることになります。そして疲労困憊してやっと港に着いたサンチャゴは、小屋に倒れ込んで寝入ります。
 この老人に親しみを持っているのは、近くに住むひとりの少年と沖の飛び魚たちだけです。
 「歳をとってひとりでいるのはよくない。話し相手がいるというのはどんなに楽しいことか」
 サンチャゴがそうつぶやきます。
 この映画では、孤独な老人の力強い意志と、生きようとする力をまざまざと見せつけられます。ヘミングウェイは強く豪快に生き抜くことを信条として老人の生きる理想像を描いたのですが、この小説の発表を最後に、突然愛用の猟銃で自殺してしまいました。どのように強い意志を持っていても、人間は最後には、一人でいる寂しさに耐えられないのかもしれません。

 もうひとつ、老人を取り上げた映画で強く印象に残っているものがあります。それはオーストラリアの『ある老女の物語』という題の映画です。
 主人公のマーサは七八歳になる女性で、ガンに冒されて体は老いても心は若々しく自立した生活をしています。訪問看護婦のアンナは毎日彼女を訪れ、ふたりの間は温かい友情で結ばれています。マーサは部屋に思い出の品々を飾り、植木を愛し、自室で生活したいと思うため、施設や病院に入ることを拒んでいます。
 優しくてユーモラスなマーサは、隣の部屋に住む孤独な男性の独居老人ビリーを見舞い、なにかと世話を焼きます。また、恋人が自殺して絶望的になり、「命の電話」をしてきた女性と相談員のやりとりをラジオで聞いて、ラジオ局にコールして、自分が肩代わりしてその女性を説得します。
 「私は病気の老人だけど、人生が好き、若い人も大好きよ…。世の中にはあなたと同じ不幸な人がたくさんいるわ…でも世の中には常に愛があり、いつか、きっと、あなたもめぐり合えるわ…」(清水馨訳)
 マーサはガンが進行して医師から一、二か月の余命しかないことを告知され、アンナとともに自室で最期を迎えようとします。そして生の終わりに臨んで、マーサはアンナにこう語りかけます。
 「全ては美しい、人生はとても美しいわ、忘れないで、愛をいつまでも大切に」
 人間は人に何かを与えようとして生き、いかにして誇りをもって豊かに最後まで生きるかということを感動的に教えられた映画です。人に与えるものがあると、自己の存在感が確かめられ、生きがいを持つことができるのです。

 映画二題を引用して、それぞれの主人公である老男女の生きざまを紹介しました。いずれも生き方の違いはあっても、老いを感じさせない心の若さがあることは確かです。ヘルマン・ヘッセは老年と死をテーマにしたエッセイの中で、「完熟するにつれて人はますます若くなる」と書いています。
 老年期は人生のゴールデンタイムであり、余生ではなくて、完熟を目指す年代です。そこで人生の意味をゆっくりと考え、かみしめるべきなのではないでしょうか。それは創造的な生活であり、その中でこそ人間の尊厳が確立されると思うのです。

 一九九八年九月吉日

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 認知症に関する解説書ですので、認知症予防のための文章のように思われがちですが、そうではなくて、認知症とは別に、人生における老年期の位置付けを語った文章のように思います。老年期は「人生のゴールデンタイム」、「余生ではなく」、「完熟を目指す年代」、そして「人間の尊厳が確立」するときと、これは一つの哲学のように思えます。

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