アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

金運が上がる日本のパワースポット

 ブログを見ていただいているある方から、金運が上がるパワースポットを教えてほしいとのご依頼を受けました。お子さんの大学の授業料でお困りとのこと、、、。もちろん、不勉強にて即答できませんでしたが、ネットを調べればいくらでも見つかりましたので、ちょっとお勉強、まとめてみました。以前、「日本のパワースポット」としてご紹介したものと重複するものは引用、更新いたします。

◇ 北海道

北海道神宮

祭  神 大国魂神、那牟遅神、少彦名神、明治天皇
所  在 北海道札幌市中央区宮ケ丘474
電  話 011-611-0261
アクセス 地下鉄東西線 円山公園駅下車、徒歩約15分

北海道神社地図

 北海道札幌市中央区宮ケ丘。明治初期、札幌市内の円山に建てられた札幌神社が、戦後改称されて北海道神宮となりました。蝦夷地開拓の守護を祈願して、日本神話の開拓の神々を東京でお祭りしたのがそもそもの始まりです。
 北海道神宮は蝦夷地開拓の夢を託した神社です。全国から新天地を目指した開拓民たちは極寒の北海道でさまざま苦労を重ねて、いまのまちづくりをやり遂げました。そのバックボーンを担ったのが北海道神宮で祀られている大国魂命や少彦名神など神代の日本で国づくりをされた神々なのです。苦しい状況や花を咲かせれらない辛い時期を過ごしている人にとって、その心の支えとなる「気」が漂う神社と言えます。
 全国から集まった開拓民はこの地で苦しい生活の中から少しずつ富を築いたとされます。北海道神社に祀られている開拓者たちの守護神、大国魂神、大那牟遅神、少彦名神、そして明治天皇の四柱(よはしら)の神様らは、安全祈願と同時に富をもたらす金運の神様でもあります。

 蝦夷地開拓の夢を託した神社
 安全祈願と富をもたらす金運


北海道神宮


◇ 埼玉県

聖(ひじり)神社

祭  神 金山彦命、国常立尊、大日孁貴尊(天照大神)、神日本磐余彦命
     (神武天皇)の4柱に元明金命(元明天皇)を合祀
所  在 埼玉県秩父市黒谷2191
電  話 0494-23-5631
アクセス 秩父鉄道和銅黒谷駅より徒歩

埼玉県秩父市聖神社

 埼玉県秩父市にある、銭神様と呼ばれる「聖神社」、この神社で祈願すると、お金に不自由しないと言われています。近くに、和銅の産地と言われる露天ほりの遺跡があります。ここで、日本初の自然銅が見つかったことがきっかけとなり、流通貨幣が作られるようになりました。社殿は江戸時代中期の建築、気品溢れる本殿と礼拝堂があります。奥には銅製のムカデが保管されてるとされ、足がたくさんあるムカデはお金に困らないと言われています。神社の右手には、“和銅開珎(わどうかいちん)”という日本初の通貨のモニュメントが飾られています。さほど大きな神社ではありませんが、金運のご利益がありそうな雰囲気を醸し出しています。ここで参拝すると、金運や開運のご利益を受けることが出来るということで、全国から金運を上げたい人達が集う神社になりました。

 お金に不自由しなくなる金運/開運の神社

秩父市「聖神社」


和銅遺跡

祭  神 なし
所  在 埼玉県秩父市黒谷1918
電  話 0494-23-5631
アクセス 聖神社より山道を車で5分

 元明天皇の時代に武蔵国秩父郡(現在の埼玉県秩父市)から自然銅(ニギアカガネ)が発見され、慶雲5年(708年)正月11日に朝廷に献上されました。これを大いに喜んだ元明天皇は、同日に元号を「和銅」に改元し、その後日本最初の流通通貨となる和同開珎を発行しました。その和銅が採掘された史跡(旧跡)であると埼玉県から指定された露天掘跡が今もなお残されており、大正11年には埼玉県指定史跡でしたが、昭和36年に埼玉県指定旧跡となりました。和銅採掘露天掘跡の近くには、和同開珎を模した巨大モニュメントが建てられております。

 聖神社から山道を車で5分ほど登ったところに、和銅遺跡の駐車場があります。駐車場に車を停めたら、登ってきた坂を下り、「露天掘り跡」と言う看板を目印に和銅遺跡を目指します。うっそうとした森の中を徒歩15分です。

 和銅が発見され本邦初の通貨「和同開珎」が発行された記念の地

和銅遺跡


◇ 東京都

小網(こあみ)神社

祭  神 稲荷大神
所  在 東京都中央区日本橋小網町16-23
電  話 03-3668-1080
アクセス 都営浅草線・地下鉄日比谷線 人形町駅徒歩4分

日本橋小網神社

 武蔵国豊島郡入江のあたりに万福庵という観世音と弁財天とを安置する庵がありました。この庵は恵心僧都の開基で、観世音と弁財天も僧都の作と伝えられています。開基は約1000年前とされます。
 文正元年(1466年)、庵の周辺で疫病が流行し多数の死者が出ていたところ、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持って庵を訪れ、数日間をこの庵で過ごしました。ある夜、庵の開基・恵心僧都が当時の庵主の夢枕にたち、網師の翁を稲荷大神と崇めれば、村の悪疫は消滅することを告げます。夜が明け、網師翁の姿は庵にはありませんでしたが、庵主は恵心僧都の託宣を村人たちに告げ、翁を小網稲荷大明神と称え、神社を創建して日夜祈願をつづけました。すると間もなく村の疫病は鎮まったとされます。
 領主、太田持資公(道灌)も、この御神徳を聞き、折に触れて、当神社を詣でました。そして土地を寄附し、小網山稲荷院万福寿寺と名づけたと伝えられています。慶長年間(1596-1615年)には、これらにちなみ周辺地域が小網町と名づけられ、当神社を氏神と崇めました。
由緒の逸話に加えて、近年では、太平洋戦争の際、この神社の御守を受け戦地に赴いた兵士が全員無事帰還したこと、社殿を含む建物全部が東京大空襲の戦災を免れたことなどから、強運厄除の神様として崇められております。受験や就活の前、宝くじ購入時など、参拝の動機や目的は人それぞれ。日本橋七福神めぐりで訪れる人も多いようです。

小網(こあみ)神社

 下の写真のように、境内の「銭洗いの井」で金銭を清め、財布などに入れておくと財運を授かることから「東京銭洗い弁天」とも呼ばれています。

銭洗いの井


穴八幡宮

祭  神 応神天皇・仲哀天皇・神功皇后
所  在 東京都新宿区西早稲田2-1-11
電  話 
アクセス 東京メトロ東西線早稲田駅から徒歩3分

穴八幡宮地図

 1062年(康平5年)源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、八幡神を祀ったとされます。1636年(寛永13年)ここに的場が造られ、この八幡宮は守護神とされました。1641年(寛永18年)宮守の庵を造るため、社僧良晶が南側の山裾を切り開いていると横穴が見つかり、中から金銅の御神像が現れ、掘った人は「芽出度い」と大喜びし、以来、「穴八幡宮」と称するようになりました。3代将軍、徳川家光は、この話を聞いて穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護とし、歴代将軍がたびたび参拝し、江戸の庶民からも信仰を集めたとされます。
 江戸時代元禄年間より歴史がある「一陽来復」の御守が有名です。お守りを受け取れる期間は毎年、冬至(12月22日頃)の日から翌年の節分の日(2月3日頃)までであり、冬至の日は特別に午前5時から受け取る事ができます。この期間限定のお守りが金運アップ、商売繁盛のご利益があると、噂になっています。この御守を飾るようになってから、お金の巡りがよくなったという方が多数いるとされます。御守を家の中、特に人が集まる部屋に貼ると、金運がみるみる上昇するというのです。また某有名モデルもこの御守のおかげで売れるようになったとのことです。

 冬至から節分まで期間限定「一陽来復」御守で金運アップ!

穴八幡宮

一陽来復」御守写真


◇ 山梨県

新屋山神社

祭  神 大山祇大神、天照大御神、木花開耶姫命
所  在 山梨県富士吉田市新屋神社河原1230 
電  話 0555-24-0932
アクセス 本宮:富士急行 浅間神社前駅から徒歩約10分、
        新屋公民館入口駅から徒歩約5分
     奥宮:国道138号線 富士浅間神社東交差点を南に約10分
        国道701号線 中の茶屋手前滝沢林道を約15分

新屋山神社 地図

 新屋神社の創建は、後奈良天皇ご在位の天文3年(1534年)10月17日と記録されています。もともと富士山は古くから日本人の信仰の対象とされ、修験道を始め、一般の富士講など霊験灼(あらた)かな、願い事成就を目的とする登山が盛んに行われてきました。明治23年(西暦1890年)に本殿の造営を行い、昭和に入るといよいよ信仰の熱は強まり、本殿の再建が行われ、末社、浅間社、大神社を合祀するに至りました。昭和48年に拝殿を造営し、今日に至ります。
 新屋神社が「金運神社」として注目されるようになったのは、「お金に困りたくなかったら富士山のこの神社に行くと良い」と船井総合研究所の船井幸雄氏が言った事からはじまります。投資や経営に詳しいコンサルティング会社の創業者がお勧めするからこそ説得力があり、金運を授かる神社として経営者が訪れるようになったのがはじまりです。今では「日本一の金運神社」などと扱われております。

日本一の金運神社と紹介

新屋神社 写真


◇ 静岡県

土肥金山/山(さん)神社

祭  神 なし
所  在 静岡県伊豆市土肥2726 
電  話 0558-98-0800
アクセス 東名高速沼津IC〜伊豆中央道〜136号線 土肥温泉

土肥温泉地図

 最盛期には新潟県の佐渡金山に次いで、金の産出量が全国第2位を誇っておりました土肥金山、現在は廃坑跡地を利用した金のテーマパークで、江戸時代の採掘の様子が見られる坑道内めぐりをメインに、ギネスブックが認定した250 kgの世界一の巨大金塊の実物展示がある黄金館、砂金採り体験ができる砂金館などがあります。
 黄金色に輝く鳥居は、金山守護の神が祀られた山(さん)神社の鳥居です。全部純金箔で覆われています。山神社は、金の採掘が行われた坑道内にあって、江戸時代、坑内を出入りする時は、必ず山神社に黄金の幸を祈っていました。

土肥金山 黄金の鳥居 写真

 山神社と同じ坑道内にある「黄金の泉」は、金鉱の岩盤の隙間から湧出している泉です。昔から「手や指、お金を浸したりすると金運を掴む」と伝えられていて、金運アップしたい方には、絶対外せない場所とされます。

黄金の泉 写真

 黄金館にはギネスブックに認定されている世界一の巨大金塊があります。純度99.99%、総重量は250 kg、約11億円の金塊に直接触れて、金のパワーを受け取ることができます。

ギネス認定の金の延べ棒 写真

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