アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

自称通称「イスラム国」:その概要、理念、出来事、歴史的背景と主張など

 先日、マヤ暦によるところの「第5の太陽の終わり」前後における世界情勢の変化をテーマに各年の「出来事」を勉強しましたが、まだ今年が終わっておりませんので、改めて年明けには第二版として投稿したいと思っております。こうした勉強をしていて、将来の世界平和に対して極めて懸念されるのが通称「イスラム国 (Islamic State, IS)」の存在のように思います。今日は、これまでのところのこの団体についてまとめてみました。


◇「サラフィー・ジハード主義」

 イスラム国を語るにはまず「サラフィー・ジハード主義」への理解が必要と思います。昨年9月1日「中東/アラブ/イスラムの歴史的背景」と題してイスラム社会についてまとめましたが、この中でも触れました、イスラム教徒にはシーア派とスンニ派がございます。両者の争いは石油の利権争いに過ぎない現状となっておりますが、元々は、シーア派はムハンマドの血筋を預言者の代理人(カリフ)とする立場、スンニ派はコーランやイスラムの慣習(スンナ)を厳守する立場、とされており、イスラム教の伝承の様式に関する考え方の違いのようです。下図の如くスンニ派の方が多数派となっております。

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シーア派(緑)とスンニ派(黄緑)の分布

 さて、そのイスラム教スンニ派より13世紀から14世紀にかけて発生した考え方に、現状改革の上で初期イスラムの時代を模範とし、それに回帰すべきであるとする思想が生まれました。これがサラフィー主義であり、スンナ派の厳格派とも呼ばれます。「単なる復古主義でなく、回帰すべき原点、純化されるべき伝統がそもそも何であるかを、厳しく問うもの」とされます。コーランと預言者ムハンマドの言行(スンナ)を法源とする法律はシャリーアと呼ばれ、サラフィー主義はこのシャリーアを厳格に施行し、イスラム国家の樹立を求める立場であります。

 サラフィー主義:
 ・初期イスラムの時代を模範とし原点に回帰する考え方
 ・シャリーアを厳格に施行
 ・イスラム国家の樹立を求める立場


 以上の性格上、サラフィー主義は政治性が強いものの、基本的には非暴力的な立場でありました。これに対し、1990年代以降、シャリーア施行などを実現するために武力行使をジハード(聖戦)と位置づけて優先する流れが台頭して来て、これらは「サラフィー・ジハード主義」あるいは「サラフィー主義・ジハード派」などと、サラフィー主義とは区別して呼ばれるようになり、「アルカイダ」など日本メディアが「イスラム過激派」と表現するものの一部はこれにあたります。


◇ イスラム国の概要

 イスラム国とは、当然の如く「国」ではなく、アルカイダとは別個の、イラクやシリアで活動するサラフィー・ジハード主義組織であります。2014年6月29日、カリフ制イスラム国家の樹立を宣言し、組織名の名をそれまでの「イラクとシャームのイスラム国(Islamic State of Iraq and Syria, ISIS)」、別称「イラクとレバントのイスラム国(Islamic State in Iraq and the Levant, ISIL)」から、「イスラム国(Islamic State, IS)」を国名として採用し、シリア北部の都市であるラッカ(下図赤丸内)を首都とすると宣言しました。

シリア ラッカ図

 国家の樹立を宣言しましたが、当然のごとく、欧米諸国や日本、近隣のイラク、シリア、さらには、周辺のシーア派およびスンニ派イスラム教諸国などからも国家としては承認されていません。しかし、首都に指定したラッカでは一般市民より税金を徴収しており、防衛省・保健省・電力省などの省庁を置き、各省庁には閣僚もおり、治安組織(警察組織)も持っており、パトロールカーも巡回させ、また、支配地域の住民のために独自のパスポートを発行、2014年11月13日には、イスラム国独自の貨幣(金貨・銀貨・銅貨)を発行すると発表しております。次第に国家としての体裁を整えつつあります。

 国家としてあらゆる国より非承認
 次第に国家としての体裁を整えつつ


 組織のメンバーはシリア人など現地の人々だけではなく、外国でもメンバーを募集しており、世界80ケ国から1万5000人の戦闘員が集ってきているとされます。同組織では、シリア人よりもむしろ外国人戦闘員のほうが信用されており、外国人戦闘員は、現地人の5~10倍の給料が支払われているされます。インターネット上のソーシャル・ネットワーク・システム(SNS)を用いて、全世界の若者に協力を呼び掛けているという特徴があり、しかもその広報が洗練されていて品質がプロ並みと言われております。

 世界80ケ国から1万5000人の戦闘員
 SNSを用いた全世界の若者への呼びかけ



◇ イスラム国の発祥とこれまでの記事

 2000年頃、アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィーがヨルダンなどで築いた「タウヒードとジハード集団」を前身とし、アフガン戦争後、イラクに接近し、2003年のイラク戦争後はイラク国内でさまざまなテロ活動を行ったとされます。2004年には、アルカイダと合流して名称を「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」と改めましたが、外国人義勇兵中心の彼らはイラク人民兵とはしばしば衝突したとされます。

 2006年1月、イラク人民兵の主流派との対立をきっかけに名称を「ムジャーヒディーン諮問評議会」と改め、他のスンニ派武装組織と合流し、さらに10月には解散して他組織と統合し、「イラク・イスラム国」と改称しました。以下、イラク・イスラム国〜イラクとシャームのイスラム国〜イスラム国とその周辺国の動向を箇条書きに列挙いたします。

2009年

10月25日、12月08日 イラク首都バグダードで自爆テロを実行 両日合わせて282人死亡 1169人負傷

2012年

03月20日 イラク バグダード等数十都市で爆弾テロ 52人死亡 約250人負傷

2013年

04月 アル=ヌスラ戦線と合併「イラクとシャームのイスラム国(ISIS)」、別称「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」に改称
07月21日 イラク バグダード近郊の刑務所を襲撃 武装勢力の戦闘員や幹部を多数含む500人あまりの受刑者を脱獄
08月 シリア アレッポ近郊のシリア空軍基地を制圧
09月 自由シリア軍がシリア軍から奪還 支配していたトルコ国境沿いのアッザーズを奪取制圧

2014年

01月 イラク西部アンバール県ラマーディーと同県都市 ファルージャを掌握
02月 アルカイダ「イラクとシャームのイスラーム国」とは無関係との声明
03月 イラク サマラ襲撃
06月05日 イラク軍によりサマラより撤退
06月10日 イラク モスルを陥落 3千人の囚人を脱走
06月11日 イラク モスルのトルコ領事館を制圧 領事館員ら48人を誘拐
06月15日 イラク政府軍と戦闘 タルアファルを制圧
06月17日 イラク バグダッド北東約60キロのバアクーバまで進撃
06月17日 イラク首相府 サウジアラビアの財政支援を指摘 避難
06月20日 イラク バイジの油田施設を包囲
06月25日 イラク アジール油田地帯を制圧
06月29日 アブー・バクル・アル=バグダーディーをカリフ(指導者)とする「イスラム国」として国家の樹立を宣言
08月08日 米国軍 イスラム国に対しイラク支配地域に限定した空爆開始
08月08日 米国 イスラム軍と対峙するクルド人に支援物資の供給を開始
08月12日 国連 イスラム国 少数派住民 女性や少年少女1500人を誘拐 性奴隷としていると声明
08月18日 イスラム国 日本人男性 湯川遥菜氏 拘束と報道
08月21日 イスラム国 米国人ジャーナリスト男性斬首の映像を動画投稿サイトに掲載

イスラム国 公開処刑 図

08月22日 イスラム国の支配領域 英国超
08月24日 イスラム国 シリア北東部ラッカ 空軍基地を制圧 全域掌握
08月25日 シリア アサド政権 イスラム国に対して国際社会と協力する声明
08月26日 米国オバマ大統領 イスラム国に対して「正義の鉄槌を下す」
08月28日 イスラム国 シリア兵500人逮捕 160人処刑 映像公開
08月29日 英国 キャメロン首相 英国籍のイスラム国戦闘員500人以上と声明 テロ行為に関わった英国民の出入国を抑制
08月31日 独 イスラム国と対峙するクルド人勢力に武器を供与する方針
09月01日 国際連合 人権理事会 イスラム国の行為を戦争犯罪や人道に対する罪として「最も強い言葉」で非難する決議
09月10日 米国オバマ大統領 イスラム国に対する空爆の方針
09月16日 イスラム国に 韓国 中国 米国 カナダ 独 仏 ノルウェー エジプト ソマリアから戦闘員として参加との報道
09月19日 国連安全保障理事会 イスラム国の壊滅に向けた対策強化を求める議長声明を全会一致で採択
09月19日 仏 イスラム国のイラク北東部の補給所に初の空爆実施
09月22日 米国 シリア領内でのイスラム国への空爆を開始 サウジアラビア バーレーン カタール UEA ヨルダンも参加
09月30日 英国 イスラム国を標的とした空爆開始
10月06日 イスラム国に参加するためにシリアに渡航しようとした北海道大学の学生ら複数の日本人に家宅捜索や任意の事情聴取
10月13日 イスラム国 イラク政府の数少ない前哨基地 バグダッド西方軍事拠点を占拠
10月14日 パキスタン タリバン指導者 イスラム国支持を宣言
10月16日 イスラム国による世情不安から日米で大幅に株安
10月22日 カナダ オタワの国会議事堂をイスラム国の呼びかけに応じた男性が襲撃
10月23日 米国NY イスラム教に改宗した男性 イスラム国に応じて警官襲撃
10月29日 イスラム国に参加の非イラク人 非シリア人戦闘員 80カ国 1万5000人以上
11月03日 豪州 シドニー イスラム国支持者によりシーア派信者狙撃
11月07日 イスラム国 奴隷制復活を宣言
11月08日 米国軍 イスラム国幹部が乗る車列が空爆 最高指導者のアブバクル・バグダディ致命傷との報
11月15日 イスラム国 通過「イスラム国ディナール」発行
11月17日 イスラム国 6月以降 シリアで1429人処刑
11月17日 イスラム国 公開の処刑映像 仏人が米国人人質を殺害した映像?
11月24日 米国 イスラム国 シリア アサド政権への対応でオバマ大統領と対立したヘーゲル国防長官が辞任
11月24日 米軍率いる有志連合のイスラム国空爆で900人以上死亡
11月25日 シリア ラッカを空爆 95人死亡
11月26日 イスラム国 同性愛者として男性2人を殺害
11月26日 イスラム国 サウジアラビア東部州ダウアを襲撃 8人死亡
12月02日 イランがイスラム国を空爆


◇ 世界大戦から滅亡の道を歩んだオスマン帝国

 イスラム国の理念と主張を理解するうえで、避けては通れない歴史上の出来事がありました。オスマン帝国の没落と西欧諸国の対応を先にご説明します。

1.オスマン帝国の発祥と発展

 オスマン帝国は、1299年、アナトリア(小アジア)の片隅で、イスラム王朝のオスマン1世が王位について建国したとされます。14世紀には東ローマ帝国などの東ヨーロッパキリスト教諸国、15, 6世紀までにはマムルーク朝などの西アジア・北アフリカのイスラム教諸国を征服して地中海世界の過半を覆い尽くす世界帝国たるオスマン帝国へと発展しました。

オスマントルコ帝国領土 図
オスマン帝国の領土拡大

2.世界大戦から滅亡への道

 しかし17世紀末頃から徐々に衰退してその領土は蚕食され急速に縮小、18世紀にはロシアの南下政策によりクリミア半島を失うも、クリミア戦争(1853-1856年)ではイギリス、フランスとの同盟軍としてロシアに勝利しました。さらなる挽回を図って、ロシアによる汎スラヴ主義拡大の脅威に対抗するためドイツに近づき、第1次世界大戦(1914-1918年)に同盟国側で参戦しました。
 この大戦で、帝国はアラブ人に反乱を起こされ、ガリポリの戦いなどいくつかの重要な防衛線では勝利を収めるものの劣勢は覆すことができませんでした。1918年10月30日、ムドロス休戦協定により帝国は降伏し、国土の大半はイギリス、フランスなどの連合国によって占領され、イスタンブール、ボスポラス海峡、ダーダネルス海峡は国際監視下へ、アナトリア半島もエーゲ海に隣接する地域はギリシャ統治下となりました。そしてアナトリア東部においてもアルメニア人、クルド人らの独立国家構想が生まれたことにより、オスマン帝国領は事実上、アナトリアの中央部分のみとなりました。帝制が廃止されて最後の皇帝メフメト6世が廃位した1922年が滅亡年とされます。

3.「サイクス・ピコ協定」

 このオスマン帝国の敗戦から滅亡に先立ち、大戦中の1916年、イギリスはフランスやロシアとともにオスマン帝国の領土を、アラブ人やクルド人などの現地住民の意向を無視して、自分たちの勢力圏を決める秘密協定「サイクス・ピコ協定」を締結し、戦後その協定に修正を加えて国境線を引きました(サイクス・ピコ体制)。つまり、大戦における敗戦で、オスマン帝国領は分割され、元々は同一の国家であったのに、後に独立した現在に至っても、シリア、レバノン、イラク、ヨルダンといった国々に分割されたままなのであります。

【サイクス・ピコ協定で分割統治となった地域】
 シリア、レバノン:フランス
 ヨルダン、パレスチナ、イラク:イギリス
 クリミア半島:ロシア


◇ イスラム国の理念と主張

1.サイクス・ピコ体制の打破

 イスラム国の最も強い理念と主張はサイクス・ピコ体制の打破であり、オスマン帝国の滅亡に伴い分割された領土、西洋列強によって「押しつけられた国境」を消し去ろうと言うものであり、これは中東の国境線を全面的に見直すことを意味しております。

イスラム国の主張する領土 図
イスラム国が主張する領土

2.イスラム法の遵守

 イスラム国は、実効支配地域において、従来の教育制度を大きく改めることを表明しています。歴史や哲学、公民、体育、音楽、図工などの世俗的な学校教育を全面的に禁止し、イスラム法の極端な解釈に基づく過激な思想教育を児童に教えているとされます。また、本年11月7日には、イスラム国はコーランに従って、奴隷制度の復活・運用を国際社会に公表しています。

3.初期イスラム帝国への回帰

 イスラム国は、領土の上ではオスマン帝国滅亡前の状態を主張しているように見えますが、オスマン帝国の復活については言及しておらず、初期イスラム帝国に回帰して、スンニ派アラブ人のカリフのもとに、イスラム教徒の諸民族や、キリスト教、ユダヤ教などの異教徒を支配下におく体制を目指していると考えられております。


◇ イスラム国の戦力

1.装備

 当初、戦闘員の多くが利用していたものは単なるテロリスト然とした装備でありましたが、事態が長期化するにつれてイラク軍から鹵獲したアメリカ製およびヨーロッパ製の武器や、欧米からの志願兵が持ち込んだ戦闘服、タクティカルベスト、暗視ゴーグルなどの近代的な装備を利用し始めているとされます。またイラク軍の基地を制圧した際には装甲車、大砲などの地上戦力だけでなく、戦闘機、爆撃機までも入手しているとされます。
 イスラム国は、数的には決して圧倒的ではないが、優れた西側の兵器やシリア騒乱で得た戦闘経験を持ち、攻撃目標の適切な選択をすることで、不必要な犠牲を出さない効率的な戦い方を心得ており、志願兵の流入と相まって勢力を拡大しているのが現状です。

2.兵力

 イスラム国の構成員は、一般的には1万数千人と言われておりますが、アメリカ合衆国のCIAは戦闘員の数は2万人から3万1500人に上るとする見方を示しております。約半数は「イスラム国」の建国を宣言してからの加入者とされ、急速に勢力を拡大しており、新規参加者の大半はシリア人とされます。

3.外国人戦闘員

 外国人戦闘員は、アラブ諸国や欧州、中国などから、2014年11月の時点で1300人ほどとされておりますが、各国の表明する数字を足し合わせると大きな開きがあり、実情はほとんど解っていないようにも思われます。ヨーロッパ諸国では、イスラム国をはじめとするイスラム過激派に加わった自国民が、帰国した後にテロを起こす可能性を危惧しています。

 実態が不明瞭な外国人戦闘員
 イスラム国に加わった帰国後のテロ行為の可能性


 イギリスのキャメロン首相は、2014年8月29日、イギリス国籍のイスラム国の戦闘員は少なくとも500人にのぼると語り、国外でテロ行為に関わった疑いのある英国民の出入国を抑制する方針を発表ました。

 イギリスからは少なくとも500人

 ドイツのメルケル首相によれば、イスラム国要員は約2万人で、うち欧州出身者が約2000人を占めると語っており、ドイツからは400人を超える若者がイスラム国の戦闘員となり、このうち100人はドイツに帰国しているとされます。同国のデメジエール内相はイスラム国を支援するあらゆる活動を禁止する方針を発表しております。

 ドイツの調査では欧州出身者が約2000人

 アメリカ合衆国、国防総省は10人ほどのアメリカ人がイスラム国に参加しているらしいと発表しております。

 アメリカからは10人ほど

 非イスラム教国の中では、ロシアから最も多くの戦闘員が出ており、その数は800人という説があります。

 ロシアから800人

 アメリカやフランスの研究機関によりますと、チュニジアからは3000人、サウジアラビアからは2500人が戦闘員としてイスラム国に参加しているとのことです。また、中東と北アフリカの全域でイスラム国の細胞組織の増加を示す証拠が増えてきており、リビアにはすでに3000人の戦闘員がいるとされます。

 チュニジアから3000人、サウジアラビアからは2500人

 日本からは現在のところイスラム国へ参加している人物は確認されていないが、本年10月6日、警視庁は北海道大学の学生がイスラム国に加わろうとしたとして、私戦予備および陰謀の疑いで事情聴取をしました。学生はイスラム国司令官と太いパイプを持っている中田考氏の紹介によって、イスラム国幹部と接触しようとしたとされます。中田は幹部に学生を紹介し、ルートや通訳の手配をしたことについて公安の事情聴取と家宅捜索を受けております。


◇ インターネットを使った巧みな宣伝

 イスラム国の構成員はTwitterやYouTubeにアカウントを開設し、画像や動画を投稿するなどしてプロパガンダ活動を展開、世界の若者に参加を呼びかけているとされます。本年8月下旬、TwitterやYouTubeなどから相次いでアカウント停止処分を受けましたが、インターネット上での活動を分散型SNSのDiasporaへ移行しているとされます。残念ながら(?)、イスラム国のインターネットを使った巧みな宣伝術を見つけることはできませんでしたが、フジテレビのトークバラエティー番組で取り上げられたYouTube映像がありましたのでリンクを添付します。

フジテレビ 月曜日深夜 0:35-1:25 ワイドナショー 9月21日放送↓
https://www.youtube.com/watch?v=5qrvyx9M3mU


◇ おわりに

 イスラム国が、20世紀初頭に起こったオスマン帝国の滅亡における領土分割を1つの大きな大義として、世界に対して挑戦を仕掛けているのは明白です。現代の格差社会、病める若者が溢れる現代社会において、インターネットを使った、いわゆる「同志」を募る巧みな方法は、単なるテロ行為では片付けられない、あるいはアルカイダよりも危険な存在かと考えるところです。

 アルカイダよりも危険な存在?

 宗教はなんのためにあるのか?、そうした原点に戻った時、極論として、答えは簡単、一言で言うならば「人間が幸せになるため」だと思います。イスラム教の原点もそこにあったはずです。上でご紹介した「サラフィー主義」はあくまでも非暴力的な立場であります。ここに「ジハード = 聖戦」が加わって「サラフィー・ジハード主義」となると、これは、宗教の名を借りた強大なテロ組織です。

 「サラフィー」と「サラフィー・ジハード」の違い

 イスラム国の、奴隷や弱者に対する非人道的行為、残虐さ、それを映像で発信する冷酷さ、これらを直視した時、この集団が宗教に基づいた集団ではなく、なんの主張も説得力がなく、もちろん国家たりえないことは明らかであります。私は、戦争や殺戮を支持する者ではありませんが、世界の平和のために早期に解決、殲滅が必要と考える次第です。
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28:Re: 勉強になりました。

コメントありがとうございました。私のはたいへん浅い内容ですが、最近はさらに過激になって、本邦としても不幸な結果に、、、。困ったものですね。今後ともよろしくお願いいたします。

> イスラム国の存在について、どう考えても理解出来ずにおりましたが、少しだけ背景が理解できました。
> だからと言って、彼らの歪んだ倫理を認めませんが。

2015.02.02 10:09 FC2USER854001YLT #- URL[EDIT] 返信

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