アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

体外離脱体験 Out of the Body Experience (OBE)

 シャーマニズムの記事の中でご紹介した、シャーマンの交信における1つの形態、脱魂(だつこん、ecstasy)とは、シャーマンの霊魂が肉体から脱け出て、霊界や天界で神や霊魂と接触、交流することとされます。これはまさに「体外離脱 Out of the Body Experience (OBE)」と同義ではないかと考えます。実は普通の人でも10人に1人(4人に1人?)は経験すると言う体外離脱について、まずは私自身の経験をお話し、その概念や研究の実際、大伴 由美子 女史、ロバート・モンロー氏の経験と取り組み、さらにはその成功のコツ(?)、をご紹介いたします。


◇ 学生時代の体外離脱体験

 以前にもご紹介しました、学生時代の体外離脱体験を改めてご紹介します。あれは高校時代だったと思います。当時の私は「オカルト少年」みたいなところがあって、学研の「ムー」を愛読書にしていました。ある号に「幽体離脱」についてのマニュアルが載っていて、以下の記載がありました。

 北枕で膝を立てて横になり
 「ファーラー・オーン」と唱える


 もちろん、これを鵜呑みにした私は日々、実践しましたが、思うようには行きませんでした。運動をした後で、身体がすごく疲れたある夕方、自宅の自室の床に大の字になって横になり、こういう身体が言うことを利かず、それでいて頭がはっきりしている時は成功するのでは?、いつもの通り北枕で膝を立てて横になり、身体を休めて意識ははっきりとして、「ファーラー・オーン」と呪文(?)を唱えました。

 身体を休めて意識ははっきりとして・・・

 フワッと身体が宙に浮く感覚が起こり、床に寝ている自分を見ました。「えっ!?」っと、びっくりして目を空けると天井を見ている自分が寝ていて、また目を瞑ると宙に浮いている自分がありました。これを2度ほど繰り返して、宙に浮いている時は、目の感覚はまぶたを閉じているのに部屋の中、床に寝ている自分が見える不思議な感覚でありました。「これは例のヤツに違いない!」と確信しました。せっかくの機会だから、体外離脱のまま外に飛び出しました。部屋の壁は容易に通り過ぎて、手で泳ぐようにかいても進みませんが、心で念ずると思う方向に飛んで行きます。この間、目の感覚はあくまでもまぶたを閉じた状態です。「千葉駅上空に行こう!」と念じた瞬間に、千葉駅ビルの上へと移動、まだ昭和の時代、現在の三越のところに千葉そごうがありました、それを上空から見た光景は今でも脳裏に想い出されます。重要なことが一つ、千葉駅前のロータリーから千葉銀行方向への道路を行き交う自動車が無数に見られましたが、音は全く聴こえませんでした。

 視覚のみで聴覚は無かった

 「帰れなくなったらどうしよう!?」、と言う不安な気持ちが起こり、でも先ほどの経験から、目を開ければ、自室で天井を見ている自分に戻りました。

千葉駅上空の写真

 再度、まぶたを閉じるとまたも身体は宙に浮きます。でも、今度は自由が利きません。元々、「どこへ行こう!」と言うビジョンも無いので、どうして良いのか解らず、そのせいか、宙に浮く身体にコントロールができないでいました。そこで、「地上に降りよう!」と念じました。自宅の前の道路に降り立った私は、とりあえず歩き始めました。不思議なことに、宙を浮いている時は風や大気を感じることはありませんでしたが、地面に降り立つと冷たいアスファルトを裸足で歩くのが肌で感じられました。「どこへ行こうか?」、なんとなく歩きだして、近くの高速道路の上に架けられた橋を渡り、近所の友達の家に向かいました。

宮長橋 写真

 友達の家の扉を素通りして、家の中に入ったところで、「これは家宅侵入ではないか?」と言う罪悪感が生まれ、その瞬間、自宅の自室に横になる自分の身体に戻りました。
 「今日はここまで!」と思い、「すごい経験をしたものだ!」とドキドキしながらトイレに行きました。私が同時間にトイレに行ったことを別室にいた妹が認識しており、つまり私が夢を見たのではないことの証明となりました。

 その後も何回かこの体外離脱体験をしましたが、有意な記録や有益な情報を得ることなく、いつしかこの能力は発揮できなくなり、体外離脱そのものを忘れていました。


◇ 神智学における体系

 さて、心霊主義に基づく「幽体離脱(Out of Body)」をご説明する前に、「神智学」における「体系」について触れます。神智学とは、19世紀にヘレナ・P・ブラヴァツキー夫人を中心として設立された神智学協会に端を発する神秘主義、密教、秘教的な思想哲学体系であり、全ての宗教、思想、哲学、科学、芸術などの根底にある一つの普遍的な真理を追求することを目指しました。その神智学における人間の体系として、肉体の外側にいくつかの層があるように考えられました。肉体のすぐ外、内側からエーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体と呼ばれ、このメンタル体とコーザル体を合わせてマナス(Manas)と言い、人間の心、知性、自我を司っている不可視の身体とされています。

アストラル体とエーテル体

1.エーテル体(Etheric body、生気体、形成体、生命体)

 エーテル体とは、物理的な肉体のすぐ外側にある「気」の身体のこととされます。「生気体」とも呼ばれる。肉体的な働きと結びつき、異常のある部分では気の量が減っていたり、逆に過剰に増えていたりすることがあります。「形成体」や「生命体」とも呼ばれ、エーテル体がなければ、身体の形は崩壊するとされます。死亡することにより、体からエーテル体が分離し、肉体の崩壊が始まります。


2.アストラル体(Astral body、星辰体、情緒体、感情体)

 アストラル体とは、エーテル体の外側にあり、心や感情との結びつきがある、精神活動における感情を主に司る、身体の精妙なる部分で、情緒体、感情体、感覚体、星辰体などとも呼ばれます。
 魔術師エリファス・レヴィの「アストラル・ライト」という考え方に端を発します。アストラル・ライトは、サイキック能力(魔術、心霊現象、霊媒など)を発揮させる、宇宙に遍満するエネルギーであります。このことから、感情を司る身体はサイキック能力に関する身体でもあるので、「アストラル体」と名付けられました。アストラル体は、人間および動物にのみ備わり、精神活動における感情を司る身体であります。肉体、エーテル体、メンタル体と一体をなし、パーソナリティ(人間の低位我)を構成します。情緒的反応と共に、感覚器としての役割も担い、受容器である肉体を通して、現象世界を知覚するのはアストラル体とされます。
 アストラル体が存在する領域であるアストラル界は「グラマー(幻惑)の界」と呼ばれ、グラマー(幻惑)は人間を感情的、欲望的行動に走らせる原因となります。動物にはこのアストラル界は存在しないとされます。

3.メンタル体(Mental body、精神体、識心体、知性体)

 メンタル体とは、アストラル体の外側にあり、肉体およびエーテル体やアストラル体と一体で、パーソナリティー(低位我、人格)を構成する、意志と結びつきがある身体のことで、「精神体」とも呼ばれます。エーテル体、アストラル体の層は人により大きさの違いがあまりありませんが、メンタル体は大きい人、小さい人と様々とされます。やる気がないとメンタル体は小さくなります。この層を活性化する事で、やる気向上に繋がるとされます。メンタル体は意識的活動の場とされますが、一般的な人々の意識はアストラル体が優勢であるとの説もあります。

4.コーザル体(Causal body、魂体、原因体、元因体、因果体)

 コーザル体とは、メンタル体の外側にあり、霊的魂であるブッディ(理性、直感、理智)と結合しており、ブッディの代役しているため、魂体、原因体、元因体、因果体などと呼ばれる事もあります。また、理性(ブッディ直感、理智)と知性(メンタル体)の架け橋ともなります。


◇ 幽体離脱 Out of Body

 あくまでも言葉の意味の問題のように思いますが、「幽体離脱」は心霊主義における現象と捉えられ、科学研究対象となる体外離脱とは異なる意味で使われる言葉です。起こっている現象は同一のように思われますが、少しだけ心霊主義の立場に立ってこの現象をご説明します。
 「幽体離脱」とは、生きている人間にエーテル体を残して、肉体から、メンタル体やコーザル体に相当する霊魂(魂や意識)が、その霊体と肉体との中間に位置する幽体(アストラル体に相当)を伴って抜け出すという、心霊主義での現象であります。

 幽体離脱で、、、
  離脱:メンタル体、コーザル体、アストラル体
  残留:肉体、エーテル体


 抜け出した非物質でできた「幽体」(または「霊魂」、「霊体」)は、機能の仕方によっては、生霊(いきりょう)とも呼ばれます。体外離脱と若干異なる点として、幽体離脱は金縛りを経るとされます。また、臨死体験はどちらかと言うと幽体離脱の範疇で扱われることが多いようです。私個人は体外離脱と幽体離脱は同一の現象であり、チャネリングと同様、アセンションの一環のように受け止めており、当ブログにおいては「アセンション関連」のカテゴリーで扱わせていただきます。


◇ 体外離脱体験

1.概念

 体外離脱体験(Out of tne Body Experience, OBE)とは、自分が肉体の外に出ている、あるいは自分の物理的な肉体を外から見ている、という印象を伴う一連の体験であります。国籍、文化圏にかかわらず、このような感覚は認められ、現代の研究では、人口の10人に1人あるいは4人に1人(25%)程度は生涯に一度は経験しているとも言われています。

離脱の瞬間図

2.実際

 体外離脱体験では、自分自身の身体を上から見下ろす視点になったり、多くの場合、空中を浮遊して自由に物質を透過でき、トンネルや光といったイメージが現われることもある、とされます。また、時間と空間を超えて移動可能であり、過去にも未来にも行けて、遠方であろうとも瞬時に移動するとも言われます。

体外離脱 游泳の図

3.タイミング

 体外離脱が起こるのは、何かしら危険に遭遇した時、臨死体験をしている最中(臨死体験中に体外離脱も体験する確率は約40%とされる)、あるいは向精神性の薬物を使っている時であるとされます。しかし、人によっては、平常時、ごく普通の睡眠中、明晰夢の最中や、いわゆる「金縛り」が起きている時に経験することもあるとされます。自らの意思で体外離脱体験をコントロールする人もおり、ヨーガの行者などは修行中に体外離脱を起こすことがあります。

4.夢見との違い

 体外離脱は「夢」や「明晰夢」の体験と似ていますが、夢見はレム睡眠(Rapid eye movement, REM sleep)下、急速眼球運動が発生した状態で起こりますが、体外離脱中にはその現象はないとされます。また、体外離脱で見て来たものは夢とは比較にならないほど強いリアリティーを伴う世界が現れると報告する者も多いとされます。例えば、後述する故 ロバート・モンロー 氏は体外離脱中に遠方の住居にいる友人を訪れ、その室内を正確に描写することが出来、その友人が現実では全く言わない台詞を言った、といった経験を報告しています。


◇ 体外離脱に関する研究

1.脳波測定下の体外離脱実験

 カリフォルニア大学の超心理学者チャールズ・タートは、自由に体脱体験が起こせると言う女性を被験者に、脳波を測定しながら実験を行いました。被験者は脳波の電極を複数付けられていたため、それを外さない限りベッドから立ち上がることはできず、実験中に脳波が途切れたことはありませんでした。被験者からは全く見えない場所にランダムな5桁の数字が書かれた紙が置いたところ、女性は明け方に目を覚ました後に、紙に書かれた5桁の数字を言い当てました。

2.透視(超感覚的知覚)とは異なることを証明

 体外離脱が透視などの超感覚的知覚(extrasensory perception, ESP)とは異なるものであることを証明する実験もなされています。 アメリカ心霊研究協会のカーリス・オシスは自由に肉体から抜け出すことができるという被験者に実験を行いました。カーリスは特殊な箱を作り、その中にスライド映写機を入れ、その箱を覗き窓から覗いた時に限り虚像が見えるようにしました。被験者にはその箱とは別の部屋に待機させ、その箱の仕掛けについても知らされていない状態で、その箱の覗き窓から中をのぞいてくるように指示しました。本実験では、被験者が確かに自分の肉体から抜け出して、別の部屋に置かれた箱のところまで来て、覗き窓から中をのぞいたらしいことを裏付けるデータが得られたとのことです。

3.脳内現象説

 2002年9月19日、雑誌「ネイチャー」に、スイス ジュネーヴ大学病院およびローザンヌ大学病院の神経科医師 オルフ・ブランケによる論文が掲載されました。脳の「右角状回」と言うところを電気刺激することにより体外離脱体験が起こせた、という内容のものであり、体外離脱は脳の機能によるもの、という仮説も脚光をあびました。しかし、高度な頭部外傷を受けた臨死体験時における体外離脱など、「脳内現象説」では説明がつかないとされる現象が数多く報告されております。

4.臨死体験との比較

 精神科医のフォーラー・ジョーンズらは通常時の体外離脱と臨死体験とを比較しました。その結果、臨死体験では「騒音」や「トンネル」、「光体験」、「離れたところから自分の身体を見る」「非物質的な存在、特に死んだ友人を感知する」などの現象が多いと報告していおります。

5.ヘミシンクの開発

 後でもご紹介する故 ロバート・モンロー 氏の研究グループは「ヘミシンク」と呼ばれる音響技術を開発しました。これは左右耳から波長がわずかに異なる音を聞くと、右脳と左脳の脳波が同調することを利用した技術で、原理はバイノーラルビートという音響技術(うなりの技術)に基づいております。ヘッドフォンから聞こえてくる音と瞑想の誘導を使うことでバイロケーション型の体外離脱が達成されるとされます。

6.臨床検討

 医師であるジャン・ジャック・シャルボニエは124例の体外離脱事例のデータを収集したところ、体外離脱の92%が仰向けの状態で起き、96%が深いリラックス状態の時に起きたとの結果を得ました。また体外離脱の体験者は「自分は肉体に宿った精神である」という確信を抱き、死を絶対的な無と見なさなくなる傾向にあることを指摘しています。
 また、1980年、グレン・ガバードらによる調査では、339例の体外離脱事例のうち、半数以上が「喜びにあふれるもの」と感じ、少なくとも「心地よいもの」と感じた者が85%に及んだと報告しております。


◇ 時空を超えた体外離脱例

1.体外離脱後「何日か後に」描写したケース

 アメリカ心霊研究協会のカーリス・オーシスと心理学者のジャネット・リー・ミッチェルは、体外離脱者アレックス・タヌースに対して遠隔地の物体を体外離脱により観て来て描写する実験を行い、タヌースが「何日か後に」描写に成功する傾向を発見しました。このことは時空を超えた体外離脱であった可能性を示唆するものあります。
 なお、この実験において、別の能力者クリスティン・ホワイティングより、部屋にタヌースが訪れた事が霊視されており、ホワイティングは誰がいつ体外離脱するかを知らされていませんでしたが、実験中のタヌースの容姿や衣服を正確に描写したとされます。

2.木村 鶴彦 氏 臨死体験で観た超古代文明とその最後

 昨年8月23日「木村 鶴彦 氏 臨死体験で観た超古代文明とその最後」と題して臨死状態となった際の 木村 鶴彦 氏の体験をご紹介しました。これも時空を超えるものであり、以下に箇条書きとしました。

 ・6歳の自分に声をかけて自分を助けた
 ・テレポートで訪れた先々で証拠を残した
 ・宇宙の始まりを観て来た
 ・15,000年以上前の超古代文明が恐竜と共存するのを観た
 ・彗星であった月が洪水を起こして地球の衛星になるのを観た
 ・洪水前の太古の水を観て来た

木内氏の著書 写真


◇ 湧式呼吸法の 大伴 由美子 先生の場合

 沖縄在住で、「手からエネルギーが出る」、手をかざすだけで病気を治す能力を持ち、「体と心も整えられ、脳と臓器が活性化される体の一点」を「体心点」と呼び、これを活性化する呼吸法として「体心点呼吸」、別名「湧式呼吸法」を考案した 大伴 由美子 先生は、体外離脱を若い頃に経験しました。一昨年に発刊した著書に以下の如く記載されておりこれをご紹介します。

自分へと続く道 本

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自分へと続く道 体心点の発見

大伴 由美子


一 人間が持つ不思議な力

 体外離脱

 それは突然の出来事だった。下の息子が生まれて三、四年が経った頃のことだ。
 いつのまにか、私は我が家から多く隔てた伯母の家にいる。私は小さな子供で、何もかも昔のまま・・・。家には誰もいない。幼い私は心細く、あたりの静けさに圧倒されそうになりながら、誰かいないかと探したが、私はたったひとりだった。

 どれ位の時間が経ったか解らないが、気がつくと今の自分の中にいた。私は白昼夢でも見たのかと思ったが、それからも同じことが何回も起こった。そのうち、私は幼い頃をもっと超えて、ある次元に行くようになった。
 そこは聖書の創世記に書かれているような場所。誰もいないところ。シーンと静まり返った森の中は、あまりにも静かで物音ひとつなく、生き物さえいなかった。強いて言うなら爬虫類がいるような気がした。だが人間は誰一人いない。湿った深い緑、シダの繁る位森の中を私はゆっくり歩いている。
 私は五歳位の女の子だった。歩き続けていると、向こうに白いローブを着た人が立って私を待っていた。やわらかく両手を広げ優しさに溢れているようだった。
 が、ゆっくり近づいてみると射抜くような眼をしている。私はびっくるしてその場に立ちすくんだ。その人は言った。

  私はあなたを知っています
  これまでのこと、すべて
  これからのことも

 私は、どこまでも射抜くような眼の恐ろしさに釘付けになりながら、
「ああ、この方は私のことを何でも知っているのだ」
と心の底から、安心感に包まれた。それに、これからのことも知っていると言う。かつてこれほどの安らぎに包まれたことがあっただろうか。だが、それにしてもこの途方もない優しさと怖さ・・・。
 近くに海があった。波野音はなく、青く静まり返った海に真白い砂浜。やはり旧約聖書の世界だ。私は行きたいところへ、どこへでも行けた。気持ちひとつで自由にどこまでも行け、心は安心感で満たされ、身体の制約は何もなかった。自由であった。何ものにも縛られない自由・・・。私はどこまでも飛んだ。

 突然、狭い中に入った。苦しい・・・。それは自分の身体の中だった。身体の中に入り、手と足に広がり、そして自分に戻る。何ということだろう。私は気を失っていたのだろうか。今、自分が見てきたものは何だったのか。夢を見たのだろうか? いや違う。この身体に入る時、狭く苦しいと感じた。一体何が起きたのだろう?
 私は信じられなかった。そして怖かった。
 だがそれは、それから何回も起こり続けたのだ。ある時は車の運転中に、ある時はパーティーの最中に、また仕事中に。

 まもなく、この現象にはひとつのパターンがあることに気付いた。どこか遠くからかすかに、ツーンと金属性の音が聞こえ始めたかと思うと、それは少しずつ、少しずつ大きくなり、やがて耳もとまで近づいた瞬間、違う世界に入るのだった。

 中 略

 異次元を飛び回る

 そんなある時、体から脱けて自由に別の次元を飛んでいた時にふと思った。今自分が見ている世界は地球の創世記のようだが、現実に私が住んでいる世界は違う。そうだ、私の米国の友人は一体どうなっているのだろう。
 すると次の瞬間、私は米国の友人の家にいた。彼女は台所で調理をしている。相変わらずだ・・・。嬉しくなって声をかけた。だが、何度声をかけても彼女は全く気付く様子がない。なぜ気付かないのだろう? まるで私に気付くことなく仕事をしている・・・。
 ああ、自分には声も体もないのだ―。そう理解するのに時間がかかった。私は意識体だけだったのだ。
 それからまた、狭い自分の体の中に戻った。

 *****


 この記述の中で、大伴女史の場合は、予期せず体外離脱が始まり、そのスイッチについてはコントロール不能のようですが、離脱してからは自分が念じたところに自由に行けるようでした。残念ながら?、彼女は、不安と恐怖を感じる生活に終止符を打つため、自身の持つこの能力を放棄する祈りを捧げて、それ以後、全く体外離脱は起こらなくなったと言っております。


◇ ロバート・モンロー「体外への旅」

 “Journeys Out of the Body”の著者、ヘミシンクの特許を取得しているモンロー研究所の創設者である、故 ロバート・モンロー 氏(1915年10月30日 - 1995年3月17日)が「体外への旅」サポート用Hemi-SyncシリーズのCDの中で解説しておりますのでご紹介します。

体外への旅 CD写真

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はじめに

 昔から人間は変わらないものだと言われます。一生の間ほとんど同じままだと・・・。私たちの周囲に目を向けてもそれは確固たる事実のように思えます。人は変わらない。事実、多くの人は変化を頑に拒むのです。しかし変化は避けられません。遅いか速いかの差でしかないのです。その速度が遅ければ進化と呼ばれ、速ければ革命と呼ばれます。
 今から30年ほど前に私が経験した変化についてお話いたします。決して凡庸な変化ではありません。思いもよらないものでした。その存在さえ知らなかったのです。私の経験が偶然に起こったのか、起こるべくして起こったのかは解りませんが、私にとっては革命的でした。
 長年、あの変化の経験とともに暮らしそれを探求してきましたが、確かなことはそれが無害だと言うことです。そして人間という存在を様々な面で見て、あれほど幅広い知識や経験をもたらしてくれるものが無いということです。しかし、それは現代文明では無視されることが多いのです。それ、その経験とはなんでしょうか? すでにお解りだと思いますが、体外離脱です。

体外離脱の呼称と概念

 1958年、私が初めて体験した当時、それはアストラル・プロジェクションと呼ばれていました。このあまりにオカルト的で古くさい言葉に戸惑った友人の心理学者と私は体外離脱(OBE)と言う言葉を使い始めました。より20世紀的な表現です。以前の呼び名を歯牙にもかけなかった研究者や科学者も体外離脱であれば注目するかも知れません。それにこの名称は写実的で的確です。
 体外離脱とは貴方が自分の肉体から離れ区立して存在する意識状態です。離脱の距離は5 cmの場合も数1000 m以上に達する場合もあります。この状態ではいくつかの重要な例外を除き、通常と全く同様に考え、行動し、知覚することが可能です。少しの練習で五感に似たものを作り上げることができます。似たものと言うのは、肉体の感覚器官を使うわけではないからです。実際に何を使って知覚するのかを研究した人はいないでしょう。私の場合、始めに物が見えるようになりました。体外離脱の状態でどのようにして物が見え始めたかは解りません。繰り返すうち音が聞こえるようになり、そして物を感じるようになりました。味やにおいを知覚したことはありません。あえて理由を言うならば必要がなかったからです。

体外離脱研究の動機づけ

 なぜあえて肉体の外に出たいなどと思うのでしょう。私の場合、選択の余地はなかったのです。最初は離脱が起こらないようにだたひたすら願う他ありませんでしたが、次第に離脱に秘められた可能性に気付き、訓練を重ね離脱中の活動の制御を覚えて行きました。こんな話は突拍子も無く聴こえるかも知れませんが、実は30数年前の私も同様に感じていました。今こうしてお話しているような内容を当時の私が聞かされたとすれば、私は不信感を露にし相手に精神科へ行くことを勧めたでしょう。
 私には親しい精神科医の友人もいますが、彼らの患者と言うわけではありません。現在では、医師、心理学者、大学教授、物理学者、科学者からエンジニア、企業の重役まで120名以上の幅広い人材がコンサルタント、共同研究者として、私たちがモンロー研究所と呼ぶ研究、教育機関の活動に携わっています。その一人一人が体外離脱に対し個人的、職業的な興味を抱いています。
 私たちの研究所は、人間の意識の研究と、意識の状態を変化させる音波パターンの研究で世界的に知られています。体外離脱ももちろんそう言う意識状態の一つです。第三者機関の行った最近の調査では、人口の25%が少なくとも1回は自然な体外離脱を経験していると言う結果がでました。よくよく考えてご覧なさい。恐らく貴方もこの25%に属していることでしょう。このCDをお聞きになっている時点である程度の興味をお持ちか、具体的な答えをお求めのことと思います。

睡眠・昏睡・臨死体験における体外離脱

 体外離脱は多くの場合で睡眠時に起こるため、夢のようにぼやけた感じではないのに、夢として片付けられてしまいます。夢にしては鮮明でリアルであるにもかかわらずです。睡眠時以外では手術で麻酔をかけられた状態で起こることもあります。この場合、患者が手術台の自分を数m上から見下ろし、術後にそこで見聞きしたことを語ります。これは物理的には説明のつかないことです。こうした離脱は毎日起こっていますが、ほとんどは報告されることもありません。
 体外離脱は事故などで無意識に陥った際にも起こります。こうしたケースの多くは実際には起こらなかったこととして記憶の奥にしまい込まれてしまいます。人の信念の体型がそうさせるのです。私の場合、一年かけて自然な離脱と意識的に行う離脱を探求し、実証を重ね、ようやくその現実を受け入れられるようになりました。
 自然な体外離脱のうち最も深淵なものはいわゆる臨死体験です。これも手術で麻酔などをかけられた状態のようにほとんど毎日のように起きています。この現象を研究する様々な機関の尽力により、近年では多くの事例が報告されています。臨死状態での体外離脱では多くの場合、患者の信念や心情、そして人生までもが一変します。体験者は自分が肉体以上の存在であると言うことを知り、肉体の死を乗り越えて自身が存続することをはっきりと知るのです。人は真に肉体以上の存在であり、肉体の死を超えて存続すると言うことを知ること、信じたり願ったりするのではなく、知ると言うことが人生に与える影響の大きさから私は臨死による離脱を深淵な離脱と呼ぶのです。

人が肉体以上の存在であること

 人が肉体以上の存在であり、肉体の死を超えて存続すると言うことを無条件に全く疑う余地なく知ったと言う状況を考えてみて下さい。人類の歴史には体外離脱、つまり自分が身体の外にいることに関連した表現が数限りなくあります。例えば「心ここにあらず」や「眠りに落ちる」、「意識が遠のく」、「意識が戻る」と言う表現があります。時代時代でその時に合った解釈がありますが、火の無いところにしては煙が立ち過ぎているのです。

モンロー研究所の取り組み

 長年に渡る研究プロジェクトで、モンロー研究所は地道に研究を積み上げて来ました。薬物や麻酔など身体に害を及ぼす技術は使わず、体外離脱を繰り返し客観的な仕方で体験できるよう訓練することに成功して来ました。ひと月で修得する人もいれば数年かかる人もいます。また、自然に離脱を体験した人々に離脱の意識的な制御を指導してきました。実験やテストからも多くを学びました。現在の私たちはデルタあるいは深い眠りの中で人は皆、肉体を離脱すると言う立場を取っています。夢として憶えているのは自分の信念体型による否認や検閲があるからでしょう。

第2の身体の状態

 体外離脱の最初の段階では頭、肩、胸、腕、足など肉体の形は保たれます。血流や心拍など体内の動きをコピーしたものがあるかも知れませんが私自身は体験したことがありません。しかし、私の経験で言うと別の意識の状態に慣れるに従い人体の形状からは離れて行きます。型から外されたゼリーのようなものです。しばらくは型の形状を保持しますが温かくなるに従い輪郭が緩くなります。最後には液体や水滴、あるいはまたもっと便利な形で私の大好きな形ですが、涙のような形になります。もちろん、考えるだけで再び人間の身体の形に戻ることもできます。
 この第2の身体は非常に柔軟でどのような形にでもできます。巨大な輪ゴムのように伸ばして解き放つと勢いよく収縮します。腕や足は必要ない時はたたんだままか、溶けたままにすることが多くなるでしょう。格納されたジェット機の車輪のように。必要な時にはいつでも新しい形を一瞬で形成できます。しかしどのような形でも貴方は貴方のままです。この肉体のない第2の身体に質量はほとんどありません。完全に物質的な環境下では重力がわずかに影響するのが認められます。また、この身体は電気的な力の場、電界にも引き寄せられます。
 一方、椅子や壁などの物体は雲のように通り抜けられます。こうした物体をゆっくりと通り抜けた際にはその素材の質感が感じとれるでしょう。どこに行き何をするかについての制限はありません。少なくとも現在までのところ制限は見つかっていません。体外離脱の状態では時間と空間の束縛はありません。そうした世界には属さないのです。肉体のない状態とはもう一つの現実なのです。今の貴方はどんよりとした雲の中にいるようなものです。太陽の下に出ればずっと楽しく晴れやかになれます。今の貴方は自由の感覚があっても完全に自由ではありません。繋がれた風船のように肉体に繋がれているのです。
 肉体を離れるにはどうすればよいのでしょう? 今のところ意識的な体外離脱を一瞬で学ぶ方法はありません。崖から飛び降りるなど、再び肉体に戻ることができない方法はありますが、そんな方法をお望みではないでしょう。しかし、体外離脱をゆっくり慎重に学びコントロールする方法は存在します。私たちのやり方以外にも方法はあるでしょう。体外離脱を学ぶには時間と努力、各人の積極性が求められます。高い目標の達成には厳密で徹底した努力が必要なのです。最も困難なのは強い信念や恐怖心を改めることです。これらを乗り越えるのは簡単なことではありません。

ロバート・モンロー 氏の最初の経験

 私個人のケースをお話すれば解りやすいでしょう。1958年、これと言った原因もなく私は肉体から離脱するようになりました。睡眠時のことではなく、夢として片付けられませんでした。起こっていることをはっきり認識できていたのです。脳腫瘍や脳卒中など何か危険なことか、心の病による幻覚と思いました。当時の私は健康上の問題もストレスもない普通に暮らす普通の人間でした。いくつかのラジオ局を所有し、ニューヨークのマジソンアベニューにオフィスを構え、レチェスター郡の自宅で妻と2人の子供たちに恵まれ、治療や薬物とも無縁で、飲酒もしませんでした。宗教的な活動への関わりもなく、哲学や東洋思想にも関心がありませんでした。つまり当時の私はあれほどの劇的な変化に対し準備ができていなかったのです。
 体外離脱についてお伝えするには、私が最初に体験した時のことをお話するのがよいでしょう。数週にわたり、私は就寝時に横になった際、奇妙な振動を感じていました。毎回ではありませんでしたが、頻繁に感じて不安を覚えました。振動を感じ始めると身体が麻痺して身動きできなくなり、起き上がるのに非常に苦労しました。やっとのことで起き上がると振動は薄れていきました。私は医者に行って相談しましたが、検査をしても原因は見つからず、リラックスを促す薬を処方されて帰宅しました。みなさんもそうだと思いますが、私は薬を規則正しくは飲みませんでした。飲むのを忘れることもあれば、ボーっとするのであえて飲まないこともありました。結局、私はこの奇妙な感覚に抗うのを止めました。これで死ぬならそれまでだと、、、。次に横になって振動を感じ始めた時、そのまま何が起こるのか待ってみました。この感覚は5分ほどで消えていきました。それ以後、振動が自然に治まるのを待つと眠れるようになり心配するのを止めました。しゃっくりのように放っておけば消えたのです。
 ある金曜日の晩、私は翌日に備え早くベッドに入りました。ニューヨーク州ワーツグローという場所でグライダーで飛行するため早朝に出発する予定でした。寒冷前線がちょうど通過した後で、北西からの強い風と晴天、それと熱による強い上昇気流が予想されていたのです。ベッドに入って落ち着くと振動が来ましたが、消えるのを待って眠ろうと思いました。横になったまま翌日の暖か快適な天候に思いを馳せました。暖かい空気に押し上げられ、滑らかに心地よく上昇する爽快感を思い描きました。横になったままグライダーに思いを巡らせていたのです。そうするうちに、肩に何かが当たるのを感じました。見れば肩が床に当たっています。始めは眠ったままベッドから落ちたのだと思いました。にわかにそれが床でないことに気付きました。寝室の床にはじゅうたんが敷いてあるのです。それに、私のすごそばから噴水のようなものが出ているではありませんか! まったくおかしな夢だと思いました。でも噴水には見覚えがあります。いえ、噴水ではありません。それは部屋のシャンデリアだったのです。なにが起きたのか知るために身体を回転させてみました。するとどうでしょう!?、私の下にベッドがあり妻が眠っているではありませんか!? 妻の横にもう1人、眠っている人物がいます。自分の夢の中で妻と一緒に眠っているのはいったい誰なんだ?、と思いました。そしてその人物の顔に目を向けた時、私はショックを受けました。それは私だったのです。妻とベッドにいるのが私なら、天井にいる私はなんなのでしょうか? 自分は死に直面しているのだと確信しました。これが死ぬと言うことなんだと思い取り乱しました。死に物狂いになって空気の中を泳ぎ、もがきながらベッドの自分に向って行き、どうにか身体の中に戻りました。起き上がり、暗がりの中、天井とシャンデリアを見ました。そしてゆっくりと気持ちを鎮めました。その晩、それ以上、振動は感じませんでしたが眠ることもできませんでした。
 翌朝、私はグライディングに行く代わりに、友人の医師の元に検査を受けに行きました。すぐに私の怯えに気付いた彼は入院を勧めてくれたのですが、身体に問題は見つからず薬をもらって帰宅しました。今度は薬をのみました。薬をのもうがのむまいが、まったく制御のきかない浮遊をさらに何度か体験した私は、助けを求めて再び医師を訪れました。とても不安で恐ろしかったのです。私は自分が精神疾患などでないと言うこと、そして医学をはじめとする科学が全てに対する答えをもっているのだと言うことをかたく信じていました。治療法は解らずとも見解はあるだろうと、脳腫瘍かなにか、幻覚を引き起こす身体的原因があるはずだと思いました。医師は私の動揺を見て取ると、血液検査からX線検査まで、あらゆる精密検査を行いました。結果はネガティブでした。医師にとっても私にとっても驚きの結果です。結局、私は薬を受け取り状態に変化がなければ連絡するように言われて帰宅しました。私にとっては非常に残念な結果でした。科学的な研究に基づいた答えや意見を聞けると思っていたのですから、、、。しかし、こうしたケースに関する信憑性の高い文献などはなかったのです。私が受けたアドバイスは5年から10年のスパンで心理療法を受診することでした。他の人にも相談しましたが、みな興味深そうに聞いてくれるに留まりました。私が信じて来た西洋文明と言うものに裏切られた感があり、強い孤独感を味わいました。

研究の始まり

 恐怖心の他にこれと言って影響のないまま体外離脱を10回ほど経験した後、私は突然、悟りました。これで死ぬことはない、これが原因で死ぬことはないと、そして、幻覚ではないのではないか?、と思いました。天井から見たシャンデリアなど、私だけに解る幻覚を否定する証拠があったからです。それ以降、私は体外離脱を恐れなくなりました。その後、恐ろしい経験がなかったわけではありません。
 しかし、以降の私にあったのは、コントロールする必要だけでした。まずは望んだ時に離脱を止め、望んだ時に離脱できるようにするのです。できるだけ客観的に、詳細なメモを取り始め、自分の体験を検討できるようにしました。また、情報収集と実験補助のために、私の家族企業の中に研究開発部門を設立しました。それがモンロー研究所の母体です。ですから、当時の私が行っていたのは、人類を高い位置に誘おうと言う試みでもなければ、学会や一般の人々に対する体外離脱と言う体験の証明でもありません。私たちの研究を科学雑誌に載せることもありませんでした。可能な限り一般的な科学的方法を取り入れましたが、1971年まで研究は人目を引くような形では行われませんでした。
 私は保守的な会社を経営し、保守的な人々とビジネスを行っていたわけですから、私のもう一つの側面を公にすることは仕事を続けていくうえではマイナスになると考えました。当時の私の立場では賢明な選択だったと思います。このように研究の原点は私個人の問題解決でした。私の身に起きたことの理解とコントロールです。当初の研究目的は個人的で利己的で理想の高い高尚なものではありませんでしたが、自費の研究ですから釈明の必要もないでしょう。
 恐れがなくなると、それに取って代わった感情は好奇心でした。同時に孤独感もなくなりました。当時の体験は1971年にダブルDから初版された私の著書 “Journeys Out of the Body” に詳しく記してあります。同書は現在も版を重ねております。

ロバート・モンロー「体外への旅」本

体外離脱研究報告における立場

 ここで体外離脱などの出来事や関連する研究の報告方法についての私たちの立場をお話しておくべきでしょう。私たちが目指すのはありのままに報告することです。迷信や宗教的心情、型通りの倫理観、道徳観など、実体を歪めかねない要素を排除することでした。白紙状態から研究を始めたのです。それにより古い概念に対し現代でも納得のいく新しい見解を見いだせるだろうと考えました。なによりも個々の出来事や情報に対し価値判断を行わないことです。これは功を奏してきました、既成概念を取り払うのは容易ではありませんが、、、。

初期の出来事から

 初期の出来事で重要だと思われるのは肉体を離れた証拠となる私の旅とその旅の不思議な点です。数マイル離れた場所に暮らす心理学者の友人ポスター・ブラッド・ショーが私たちのコンサルタントになると、私が体外離脱の状態で彼の下を訪れると言う取り決めをしました。ある週末のこと、電話で彼が風邪でベッドにいることを知りました。彼の家の所在地も解っていたのでそれは絶好の機会でした。午後に、やっと肉体から離脱できると、ワンルームのオフィスの上へと飛び出し、ブラッドの家に向って木々の上を飛んで行くことができました。家に着くと壁を抜けて寝室に入りました。するとどうでしょう?、寝室にもバスルームにも彼はいません。壁を抜け再び外に出て部屋があっていることを確かめました。裏に回ると勝手口から奥さんとブラッドが出て来ます。2人はガレージに向います。奥さんの注意を引こうとしますが、気付いてもらえず今度はブラッドを呼んでみました。彼の前の空中を旋回し続けたところ、彼が「上手く行ったようだね」と返事をしてくれたのです。満足と興奮でいっぱいの私は肉体に戻り見聞きしたばかりのこととその時刻を書留めました。
 その晩ブラッドに確かめると彼は実際その時刻にはベッドから出て気分転換に奥さんと郵便局に向うところだったと言います。裏庭の芝の上を歩いていたのは私に言った時刻と符合していました。私が見た2人の服装も正確でした。しかしブラッドは私に話し掛けた記憶はないと言います。
 不思議な点と言えば、ブラッドの家に向う途中、疲れた私が木々に向って下降を始めると何者かに助けられたと言うことです。両肘の下に手が副えられブラッドの家に向って引き上げられるのを感じました。到着するとその手はどこかに消えました。誰が助けてくれたのでしょうか? それは今でも解りません。
 研究を始めたばかりの頃には、もう1つ事件がありました。体外離脱をするためにあみ出した技法に徐々になじんできた時に興味深い出来事が起きたのです。おもしろい出来事です。ある午後、オフィスの簡易ベッドに横になり離脱のプロセスを始めました。肉体から離脱した途端、背後から誰かに掴まれるのを感じました。背中に誰かの身体がピッタリと張り付いていて、私の肩の部分に頭が当っています。唇と頭が私の耳のすぐ後ろにあり大きな深い息づかいがあります。凄く大きな音です。すぐに私は何かが自分の身体を乗っ取ろうとしているのだと思いました。そこで素早く自分の肉体の中に戻り、起き上がって回りを見ましたが、なんら異変はありません。普段通りで魔物のいる様子など微塵もありません。
 2度目に同じ方法で離脱を試みた時も肉体から離れた途端、その何者かが現れ、背中に密着して耳の側で息をしています。すぐに身体に戻ってその日はそれで切り上げました。翌朝3度、同じ方法で離脱を試みてもそれが消えずにいたのでとうとう頭にきました。いったい何者なんだ?、私の人生の邪魔をしようとして、、、。再び離脱するとまたもやそれは背中に張り付き、唸りながら肩に頭を押し付けて来ます。振り払おうとして伸ばした手に相手の顔面と顎、そして頬が触れました。頬髭がありました。どうやら男です。私は男性と寄り添う趣味もありませんので、身体の中に戻ると厄介払いできないものかと思案しました。
 ベッドの上で興奮のあまり息を切らせ、何気なく自分の顎を手で触れてみました。そこで謎が氷解しました。私は自分の息づかいを聞き、自分の髭に触れていたのです。座っていると笑いがこみ上げました。自分の身体が怖いなんてまるでパラノイアだと、、、。離脱する瞬間に呼吸のリズムを変えると、背後の人物も呼吸を変えました。そして浴室できれいに髭を剃った後、ふたたび横になり肉体から離脱すると背後の人物の顎からも髭がなくなっています。そして肉体から遠く離れればその存在はなくなりました。恐ろしい魔物の正体はこんなものだったのです。

プログラム策定の開始

 私たちは波乱に満ちた初期の手探り状況の中で、やがて体外離脱を意識的にコントロールするためのプログラム策定に入りました。離脱の要因が解らないのであればまずは手元にある研究対象、つまり私を調べることから始め、そこから発展させていくべきだと考えました。親しい倫理学者と好奇心の強い物理学者、そして中立的な立場の電子技師とともにレチェスター郡の自宅の裏に小さな研究施設を作りました。12万平方mの土地にあり近隣の住民に知られることもありませんでした。仕事でラジオ番組や音楽のプロデュースをしていた私はまず音をベースにして研究を始めました。

モンロー研究所写真

ヘミシンクの開発

 この木々に囲まれたレチェスターの研究室で、私たちは人間の脳波パターンと精神感情の動きに作用する音の試用を始めたのです。これにより例えば睡眠や覚醒を促せることが明らかになりました。注目したのは睡眠です。体外離脱となんらかの関わりがあるように思えたからです。どの周波数がどう言う意識状態を生み出すのか解りました。全く効果のない周波数も解りました。このパターンを周波数追従応答FFRと名付けました。現在私たちが研究所で行っている研究、教育は当時に始められたことを元に、さらに洗練させ今なお発展中です。
 私たちの研究の副次的な成果で確立されたのは若干の例を挙げると、薬なしでの安定した睡眠、覚醒の継続、集中力の向上、精神面、肉体面での学習速度の向上、様々な意識の状態の修得、緊張の緩和、痛みの抑制などの方法です。私たちのプロセスはヘミシンク、つまり脳半球の同期と呼ばれます。これはこの方法で誘発される脳波パターンをそのまま言い表したものなのです。

体外離脱の効果

 30数年間の経験から私が自信をもって言えることがいくつかあります。まず体外離脱では死なないと言うこと、それ自体、肉体の健康には無害です。ワンステップずつ着実に行えば、精神面でも感情面でもまったく問題はありません。知り合いの医師のほとんどは私が体外離脱のおかげで高い身体機能を維持していると認めています。またこうした経験により、物質と肉体の世界の生活に対する興味が失われることもありません。洞窟で生きる必要もないのです。むしろ、異なる視点を養うことにより、今この現実における貴方の行いや思考を高めることができます。
 体外離脱によってお金持ちにはなれないかも知れません。しかし、豊かさと言う意味では話は別です。それに関してはもうお解りのことでしょう。少なくとも今の私は自分自身を知り理解しています。それだけでなく、激動の20世紀における人の暮らしに幅広く関わることができました。それでは12でお会いしましょう。ありがとうございました。

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◇ 体外離脱のコツ

 最後に体外離脱体験者のページから、体外離脱のコツを拾って来ました。私個人はヘミシンクでトライを繰り返しておりますが、いろんな方法を取り入れて今後も研鑽を積んで参る所存です。

1.リラックスと明快な覚醒

 精神的に、心配事や不安感、あるいは身体的には疲労感、掻痒感(かゆみ)、尿意、寝苦しさ、外部環境としてはまぶしさ、騒音など、こうした妨害となるものを取り除いた、リラックスできる状況で、カフェインを摂るなどして眠気を取り除いた、明快で覚醒した心理状態で行うことが良いとされます。

2.タイミングと目的意識の重要性

 瞑想状態から体外離脱を試みることが多いと思いますが、私の個人的考えとして、「瞑想 = 爽快感」と捉えがちであり、疲れている時、眠い時に「瞑想」したくなる感覚になります。しかし、上記1.に述べた通り、カフェインを摂るなどして「明快で覚醒した」状態で行うほうが成功率は高いです。つまり、「癒し」や「爽快感」を求める瞑想の一環として体外離脱を試みるのではなく、明確に体外離脱を目的として、それが可能な身体状況のタイミングで行うべきと考えます。

3.事前の肉体運動と筋弛緩

 筋トレやウォーキングなど肉体運動で身体に疲労を与えておくのが効果的であるとされます。私も過去の経験では、眠くはないものの身体のみが疲労していた時に成功しました。また、事前において身体中の筋肉に力をこめて、その力を抜いた筋弛緩状態を作り出すことで離脱しやすい肉体の状態にすることが勧められておりました。

4.離脱直前の振動を察知

 体外離脱の直前になると、体がガガガッと激しく揺れる場合が多いようです。この振動を逃さず察知して、「体から抜けよう」と意識を集中、「体から抜け出す」イメージを作れば離脱に成功するとされます。この振動なのですが、体外離脱(幽体離脱)にはとても大切な現象とされます。様々な幽体離脱解説本や、ネットの意見を見ましても、この振動が強く、そして長時間続いたときには離脱が成功しやすいとされています。振動が起こった時に、これに対する意識の強さや恐怖心からかえって振動を止めてしまうことがあるようです。振動は金縛りへと進行しますので、是非とも止めることなく、冷静にさらにリラックスすると成功率が上がると言われます。

5.ローリング法

 体外離脱の直前の状態(例えば振動、金縛り)において、体を思いっきりひねることで体から抜け出そうという方法です。頭を動かさないように意識して、体の中心の軸をずらさないようにしながら、肩から体を回転させるそうです。「ゴロン」と言う感じで身体から抜け出せると言われます。当ブログでも時々ご紹介しています、モンロー研究所で作製されたヘミシンクCD「ゲートウェイ・エクスペリエンス(Gateway Experience)」によるエクササイズでも寝返りをうつ感覚を指示されます。


6.ヘミシンク

 上でご紹介しました故 ロバート・モンロー 氏の研究室で開発され、今なお新しいものが作られているヘミシンクCDを利用する方法です。詳しくは「瞑想/ヘミシンク関連」のカテゴリでご紹介して参ります。


◇ 結語

 心霊主義に基づく「幽体離脱」から、一部、「臨死体験」も含む「体外離脱」について調査した結果を供覧いたしました。これらを同一のものとして考えて良いのか、別々の出来事なのかは解りません。例えば、「臨死体験」について申せば、死線期に入った肉体においては、循環動態は不良で、多臓器不全に陥りつつあるため、脳が正常に機能しているとは言えません。これに対して、ヘミシンクで「体外離脱」を誘発する方法は脳科学に基づく発想であると考えられます。「臨死体験」と「体外離脱」では、身体状況も、導入の仕方(きっかけ)ともに、かけ離れたものと思います。こうした事象を見るにあたり、心霊主義に基づく「幽体離脱」の方面から考えた方が説明がつく場合もあろうかと存じます。また、機会があれば勉強したいと思います。



http://ja.wikipedia.org/wiki/幽体離脱
http://ja.wikipedia.org/wiki/体外離脱
http://ja.wikipedia.org/wiki/マナス_(神智学)

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