アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

「運気の流れ」を導く「気 ≒ オーラ」 〜 輝く「オーラ」が望むものを引き寄せると言うこと 〜

 先日、「運気の流れと成功哲学」のカテゴリーの記事で、「『運気の流れ』に影響を及ぼす因子、その割合は?」(7月25日)と題して、己の運気に影響する因子を挙げて解説、それらがどれくらいの割合で関わっているのか考えました。もちろん、列挙した因子、「自分」、「人間関係」、「環境」、「風水とその類似物」、「占術」、「その他」の割合は個人によって異なりますので、一応、3通りほど円グラフを作りましたが、まだまだ他のパターンもあるかも知れません。あるいは、自分では気付いていない別の因子の関わりがあるかも知れません。
 さてこの記事の中で、「自分」の要素として、「気 = オーラ」の認識を挙げました。私個人はこの因子をたいへん重要な位置づけと考えており、ここで再度、「運気の流れ」を導く「気 = オーラ」を考えてみたいと思います。

 最初に申し上げておきます。私の解釈が正しいかどうか分かりませんが、厳密には「気 =(イコール)オーラ」ではありません。辞書で調べても全く同じものと扱うには無理があると思います。「気」は内面の状態を指し、「オーラ」はその「気」が表面に現れた表現形式、とそんなふうに捉えております。だから、気の状態がそのままオーラに現れる、

 「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」

と考える次第です。


◇「気」の概念

 「気」(き,KI,Qi)とは、中国思想や道教や中医学(漢方医学)などの用語の一つですが、同様な概念は世界中にあり、英語ではmind(マインド)、spirit(スピリッツ)、heart(ハート)など、ラテン語は spiritus(スピリトゥス)、ギリシア語 psyche(プシュケー)、pneuma(プネウマ)、ヘブライ語 ruah(ルーアハ)、そしてサンスクリット語の prana(プラーナ)が該当します。一般的には不可視であり、流動的で運動し、作用を起こすとされ、生命力や聖なるものとして捉えられます。霊的・生命的概念から、いわゆる気体である「空気」とは違う意味の、思想上の概念としての「気」であります。「気」とは、人間の深層心理、無意識あるいは意識下の心の状態と言って過言ではないと思いますが、これは無意識に作られる場合と意識的に改善あるいは悪化させることができると思います。
 宋学で、「理」が万有を支配する原理であるのに対して,万物を形成する元素を「気」と言います。「心(こころ)」という語が精神活動を行う本体的なものを指すのに対して、「気」はその「心」の状態・反応など現象的な面をいう傾向が強いとも言えます。「気は心」という言葉も、表面的な「気」のはたらきは本体としての「心」の表れであるという考え方に基づいているようです。「気」の状態を表す言葉(句)および二文字の漢字は以下の如くあります。

【気を使った言葉(句)】
気が合う ・ 気がある ・ 気がいい ・ 気が多い ・ 気が大きい ・ 気が置けない ・ 気が重い ・ 気が勝つ ・ 気が利く ・ 気が気でない ・ 気が腐る ・ 気が差す ・ 気が知れない ・ 気が進まない ・ 気が済む ・ 気がする ・ 気が急く ・ 気がそがれる ・ 気が立つ ・ 気が小さい ・ 気が散る ・ 気が尽きる ・ 気が付く ・ 気が詰まる ・ 気が遠くなる ・ 気が咎める ・ 気が無い ・ 気が長い ・ 気が抜ける ・ 気が乗る ・ 気が早い ・ 気が張る ・ 気が晴れる ・ 気が引ける ・ 気が触れる ・ 気が減る ・ 気が紛れる ・ 気が回る ・ 気が短い ・ 気が向く ・ 気が揉める ・ 気が若い ・ 気に入る ・ 気に掛かる ・ 気に掛ける ・ 気に食わない ・ 気に障る ・ 気にする ・ 気に留める ・ 気になる ・ 気に病む ・ 気の所為 ・ 気の無い ・ 気の病 ・ 気は心 ・ 気は世を蓋う ・ 気もそぞろ ・ 気を入れる ・ 気を失う ・ 気を落とす ・ 気を兼ねる ・ 気を利かせる ・ 気を砕く ・ 気を配る ・ 気を遣う ・ 気を尽くす ・ 気を付け ・ 気を付ける ・ 気を取られる ・ 気を取り直す ・ 気を抜く ・ 気を吞まれる ・ 気を吐く ・ 気を張る ・ 気を引く ・ 気を紛らす ・ 気を回す ・ 気を持たせる ・ 気を揉む ・ 気を許す ・ 気を良くする ・ 気を悪くする

【気を用いた二文字の漢字】
安気、意気、活気、元気、根気、才気、強気、本気、陽気、色気、勘気、景気、悪気、荒気、陰気、浮気、鬼気、嫌気、損気、短気、稚気、病気、弱気、乱気
気安、気鋭、気炎、気概、気楽、危局、気軽、気骨、気根、気丈、気勢、気長、気合、気位、気韻、気宇、気運、気格、気気、気功、気魂、気質、気性、気情、気色、気心、気随、気先、気前、気組、気早、気層、気立、気妻、気転、気配、気迫、気品、気稟、気風、気分、気儘、気味、気脈、気持、気力、気悪、気鬱、気負、気落、気死、気弱、気障、気絶、気短、気抜、


◇ オーラの概念

 オーラ(aura) とは、人体から発散される霊的なエネルギーのこと、転じて、ある人物や物体が発する、一種の独得な霊的な雰囲気も指します。「息」を意味するギリシア語「アウラー (aura)」に由来し、英語としてはやや文語的な表現とされます。 漢字表記では「奥拉」となります。
 これまでの「オーラ」の概念の説明には個人差があります。テッド・アンドリューズは、「人間のオーラというのは肉体を取り巻くエネルギーフィールド」で「人間をすっぽりと包み込む立体的なもの」「健康な人の場合、オーラはからだのまわりを楕円形、あるいは卵型に包んでいる」、「平均的な人で、身体のまわり2.5~3mにわたって包んでいる」と解説しています。ジェーン・ストラザーズは、オーラというのは人を取り巻く「『気』の場」だとし、人の健康、気分、エネルギーレベルを表現したものと説明しています。ウィリアム・アトキンソンは、オーラとは実在する力であり、「念体」としています。

 肉体を取り巻くエネルギーフィールド
 人を取り巻く「気」の場
 人の健康、気分、エネルギーを表現したもの

 
 この他、「オーラ」の色や、「エーテル体」、「アストラル体」と言った神智学による分類などの説明がなされておりますが、詳しくは他に譲ります。


◇ 「気」と「オーラ」の関係

 冒頭に申し上げた通り、至って単純ですが「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」と言う構図がしっくり行くように思います。図で表すと以下の通りでしょうか。

内在する「気」と表面に現れる「オーラ」

 内在する「気」があって、それが人間の表面に現れており、「オーラ」として感じられます。当然の如く「気」が弱ければ「オーラ」も弱く、曇ります。「気」が充実(活性化)しておれば「オーラ」は強く輝きます。

気とオーラの強弱
「気」と「オーラ」の強弱(左は弱く、右は強い)


◇ 身近で「オーラ」が輝く人気者

 「オーラ」が輝く人の例えとして、真っ先に身近の何処にでもいる「人気者」を挙げます。飲み会とかである人物を囲んで輪ができる光景をよく見ます。もちろん話術がおもしろい、知識が豊富、あかるい話題など、「オーラ」とは関係ない場合は多いでしょうけれど、中には輝く「オーラ」に人々が惹き付けられるケースもあります。「この人と話しているとパワーをもらえる!」、「なんとも言えない魅力がある」、そんな人物です。特に話に魅力があるわけでもないのですが、内在する「気」の充実が「オーラ」として外に滲み出ており、それが時として人の心を動かします。逆を言えば、「気」が落ち目であり、「オーラ」が澱んだ人からはネガティブな雰囲気が感じられ、あまり人々は集まりません。


◇「オーラ」が輝く瞬間

 誰にでも内面における「気」が充実してそれが「オーラ」の輝きとして表面に出る瞬間はあると思います。元々の気質と言うよりも、あるターニングポイントであったり、大きな出来事、スタートライン、達成に伴う、「気」の盛り上がりが「オーラ」を一気に輝かす瞬間でしょう。でも、それが持続するかどうかはその人次第でありますし、大きなプラスとなる出来事があっても「オーラ」に変化が見られない人は問題があるとも言えるでしょう。

1.受験や仕事における成功

 高校でも大学でも、受験を経験する人は少なくありませんし、受験を経たほとんどの学生さんが進学します。でも、自分の成績からランクを下げての受験や、希望校には入れずいわゆる「すべり止め」に進学する場合、元々、進学することにあまり思い入れがなくなんとなく受験した場合など、人それぞれでしょう。最近は推薦入学も一般的であります。
 そんな中、非常に狭き門である難関校に努力の末、合格する学生もいます。受験勉強で努力している時から「気」が充実して、合格を引き寄せる「オーラ」に輝いていたとも言えるかと思います。そして合格!、達成感がさらに「気」を充実させて「オーラ」の輝きは頂点に達する瞬間しょう。

 受験と同様、社会人にも難題を乗り越えて成功することはしばしばあります。夢のプロジェクトを立案、企画して、多くの人から協力を得て、途中のひらめきもあるでしょう、高いモチベーションは「オーラ」を磨きます。そして成功!、同じです。達成感がさらに「気」を充実させて「オーラ」の輝きは頂点に達する瞬間です。

 成功と言う意味では、スポーツなどの勝負事での勝利、芸術作品などのクリエーティブな仕事における作品の完成、長年のの努力が報われ表彰される瞬間なども、「気」と「オーラ」は向上する瞬間だと思います。

2.結婚式の新郎新婦

 結婚式における新郎新婦は100人を超える人々が集まった集会の主役です。親戚、友人、知人から祝福されて、家庭を築く第一歩を踏み出す時、否が応でも「気」は高まり、美しい「オーラ」を身体の周囲に纏(まと)います。式が豪勢か否か?、お金をかけたかどうか?、招待客の人数、そういうのに左右されるものではないと思います。「気」と「オーラ」の状態は、パートナーへの愛情、家庭を築くことへの気概や責任感、そうしてものがどの程度であるかによるものでしょう。


◇ 石原慎太郎 氏「日本よ」より

 東京都知事から政界に戻られた石原慎太郎 氏が産經新聞に連載した随筆をまとめた「日本よ」と言う単行本があります。その中に、氏が強く感じた「オーラ」を述べた文章があり(氏は「オーラ」と言う言葉を使っておりませんが、、、)、ここに一部をご紹介いたします。

「日本よ」

 *****

政治家の視線と面構え

 台湾の新総統の就任式に出席してさまざま感じるところがあった。何よりも強い印象を得たのは、一国を預かってきて去る人、これから預かるべく来たる人ともどもに、その顔つきが日本のそんな立場にある政治家たちと比べていかにも違うということだった。去る人も含めて、彼等が等しく厳しい「戦い」の場にあるということをその表情は明かしていた。顔つきがまったく違うのだ。
 総統府での新総統の宣誓式を終え、それによって国家の最高責任者としてのすべての責務を終えた李登輝前総統が式場から退席していく時の、あのさわやかな表情を私は忘れられない。あれはまさしく侍の顔、心ゆくまでの戦いを終えた侍の澄みきった、清明な表情だった。あの瞬間の李登輝氏の顔にたたえられていたものをある人は満足ともいい、ある人は自負ともいい、またある人は新たな決意ともいうだろう。その解釈は今回の台湾の新しい最高指導者を選ぶ選挙に関して李氏が実は何を思い何を志し、それ故に実は何を行ったのかのさまざまな憶測、解釈にも繋がるだろう。しかしなお、李前総統の外面、内面に何が輻湊(ふくそう)してあろうと、氏が志したものはすなおに、一途に、ただ「愛国」であったことは間違いない。退任を終えてその場を去り行く政治家のあれほど晴ればれした面持ちを、私はこの国において見たことがない。

季登輝写真

 中 略

 思えば私たちはこの国の過去にも、ああしたさわやかでなお鋭い視線を備え、ああして優しく懐かしいのどの顔つきの政治の指導者をもってきたはずだ。たとえば、テレビの回想番組などで時折目にする、強烈なシニシスムで多くの低劣なメディアを軽蔑無視し、宰相としての意思を強烈に通した吉田茂や、沖縄返還に一途に政治生命を懸けた佐藤栄作、安保の改訂に国運を懸けた岸信介、近くはメディアを駆使した優れたコミュニケイターとして、テレビに映しだされるサミットで国威を背負って臆面なく他に割りこんでアメリカ代表の隣で中央を占め続けた中曽根康弘といった指導者たちがいたものだった。

吉田茂写真001

佐藤栄作写真001

岸信介写真001

中曽根康弘写真001

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 石原氏が言われるところの「視線と面構え」は内面における高い志に基づく顔の現れた表現に他ならず、これは充実した「気」に裏打ちされた輝く「オーラ」と言い換えることができるかと存じます。


◇ 輝く「オーラ」が「運気の流れ」を好転する

 さて、まとめに入りまして、「『運気の流れ』に影響を及ぼす因子」としての 「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」を考えてまいりました。ここで、断言いたしますが、「運気の流れ」が良い方向に向いているから「気」が充実して、「オーラ」が輝くのではありません。不遇を囲っても、不運に見舞われても、高い意識から鋭い目線で未来を切り開いた人物を私たちは沢山、知っております。一方で、豊かな環境、幸運に恵まれても、凡庸な「気」から淀んだ「オーラ」で衰退した人物もです。

 豊かな「運気」が「気 ≒ オーラ」を高めるのではない
 
 あくまでも、己の「気」に心を配り、その「気」を高め、「気」を充実させた時に、「オーラ」は磨かれ、「オーラ」の澱みが取り除かれ、「オーラ」が輝く、そうしたときに「引き寄せ」が起こるのであります。

 「気」の充実、「オーラ」の輝きが「引き寄せ」を起こす

 ですから、「運気の流れ」を好転させる「引き寄せ」を起こすには、なによりも自分の中の「気」を意識し、自分の「オーラ」に目を配ることです。今現在の自分の「気」はどれくらい?、「オーラ」はどの程度?、そうした意識の持ち方が「自分」の要素で「運気の流れ」をコントロールする第一歩かと存じます。

 まずは自分の「気」、「オーラ」への意識から

 「引き寄せの法則」は概念としては解りますが、それをいかに実践するかが難しいところだと思います。「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」への配慮はその問題を解決する鍵のように思う次第です。

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