アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

シルバーバーチ Silver Birch の霊訓

 チャネリングについての勉強で最初に出て来たシルバーバーチ Silver Birch についてごく簡単にまとめました。膨大な数の文章が残っておりますので、こちらでご紹介するのはごく浅い内容に留まります。


◇ シルバーバーチの始まり

 1920年、イギリス人青年モーリス・バーバネル(Maurice Barbanell、1902-1981年)が初めてチャネラーとなって語った霊とされているものの名称であります。1924年には彼はイギリス人ジャーナリスト、ハンネン・スワッファーと出会い、以後イギリスのロンドンにある彼の自宅で霊交会を行うようになりました。この霊交会をハンネン・スワッファー・ホームサークルと名づけ、モーリス・バーバネルに入神するシルバーバーチはこの霊交会において指導霊としての地位を築き、以後60年間に渡って近代心霊主義的教訓を説いて来たとされます。バーバネルは、1932年にスワッファーらの支援を受けて心霊主義専門新聞「サイキック・ニュース」を創刊し同紙の編集の中心となって「シルバーパーチの霊訓」を掲載し続けました。


◇ 「シルバーバーチの霊訓」

 「シルバーバーチの霊訓」は、現在、トニー・オッセン著、近藤 千雄 訳で日本語もものが多数出版されております。その中から、「日本のシルバーバーチファンの皆さんへ」と題した序文をご紹介いたします。シルバーパーチの最初の出現が説明されております。

シルバーパーチ本

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シルバーバーチの霊訓
〜 地上人類への最高の福音 〜

日本のシルバーバーチファンの皆さんへ

 私が思うに、世界の大きな宗教のほとんどが死後の生命を約束しておりますが、それを一個の宗派の信者のみのものとしてではなく人類すべてのものとして、つまり一つの“事実”として証明しているのはスピリチュアリズムだけである――そう申し上げて間違いないでしょう。その根拠はといえば、すでに他界している愛する人たちがその死後の世界から戻ってきて、いわゆる霊媒――死者の霊の姿を見たり、声を聞いたり、その存在を直感できる人――を通じて、死後もなお立派に生き続けていることを立証してくれているからです。

 さて、今世紀初めのことです。みじめな貧民層が軒を並べて生活していたロンドン東部地区に、モーリス・バーバネルという青年が住んでいて、商売のかたわら、ある社交クラブに所属していました。そのクラブには各界の著名人が集まり、誰かが講演をして、それに反論して議論の輪を広げていくのが彼の役目でした。ところが、ある日の会合でスピリチュアリズムについての講演があった時に彼はなぜか、自分はスピリチュアリズムについて何も知らないのでと言って討論を拒否し、半年の猶予をいただきたいと申し出ました。本格的にスピリチュアリズムなるものを勉強してみようと決心したのです。
 それからのちの経緯(いきさつ)は長くなりますので割愛させていただき、結論だけを申し上げれば、勉強のために何度か交霊会を訪れているうちに、いつの間にか自分自身が霊媒となっておりました。そして、彼の口を使ってシルバーバーチと名のる高級霊がしゃべるようになり、以来六十年にわたって、毎週一回、晩年は月一回の割で出現し、地上生活と死後の生活に関するあらゆる問題についての教えを説いたのでした(詳しくは『霊性進化の道しるべ』巻末のバーバネルの遺稿《シルバーバーチと私》を読まれたい)。それが六十年間も続き、その間に説かれた教えがバーバネル亡きあと今なお世界中で愛読されているという事実は、シルバーバーチを指導霊とした交霊会が、まやかしのない、真実そのものに根ざした、よほど堅固なものであったことを物語っております。
 残念ながらシルバーバーチは地上時代の姓名を名のらないままで終わりました。自分が説く教えそのもので勝負したいからだと言い、かりに地上時代はファラオ(古代エジプトの王)だったとしても、それを立証する手だてがない以上、結局は意味がないことになる、と言うのです。シルバーバーチという霊について分かっていることは、三千年前に地上で生活したことがあるということ、それが地上時代にインディアンだった別の霊を霊界側の霊媒として使用し、そのインディアンの立場で通信を送ってきたということだけです。それも本当かどうか分からないではないか、とおっしゃる方がいるかも知れません。確かにその通りですが、六十年間に交霊会に訪れた人の中で霊視力をもった人は、みんな口を揃えて、確かにインディアンの容姿が見えたと述べています。中でも霊視力をそなえた画家のマルセル・ポンサン氏が描いた肖像画は、叡智あふれるインディアンの風貌をしており、それが一応シルバーバーチであるとされています。
 シルバーバーチの教えには多くの特質がありますが、私が思うに、その中でもとくに大切なのは、人類は全体として一つの大きな家族であり、民族の別、肌の色の違いに関係なく、地上のすべての人間が霊的に結びついているということです。この事実の理解が無いところに、飢えと戦争が絶えない原因があるというのです。シルバーバーチの説く教えにそった生活が営まれるようになれば、地上世界は平和と豊かさに満ちあふれることでしょう。飢えに苦しむ者も貧しさに泣く人もいなくなることでしょう。

 私はこれまでに、シルバーバーチの教えを何冊かの本にまとめましたが、そのたびに、表現の見事さに感嘆させられております。用いる言葉はいたって素朴なのですが、その意味するところが実に深遠なのです。どうか、日本におけるシルバーバーチの霊言の愛読者の皆さんが、本書の中に新たな安らぎと確信と導きと喜びを見出されるよう、心から祈っております。

トニー・オーツセン

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◇ 「シルバーバーチの霊訓」の思想

 ここで「シルバーバーチの霊訓」からその思想となっているものを分類しましたのでご紹介します。

01.教えの目的

 チャネラーであるモーリス・バーバネルを通じて説かれたシルバーバーチの教えは、人類がまだ知らない話や、人間はスピリチュアルな存在であるという認識やその他様々な真相を伝えるためのものとされます。人はスピリチュアルな真相を知ることで充実した人生を送ることができ、貧困、飢餓を撲滅し、動物愛護の精神を受けることができます。

02.人間の存在

 人間は身体(body)と精神(mind)と霊(spirit)の三つの要素が常に一体となったものだが、物理的身体(肉体)は乗り物で、霊こそが真の姿とされます。精神や霊は守護霊の意識であり、身体を操作する守護霊しか存在しないと説いています。

03.霊の世界

 霊の世界では、各自が、己の霊性の成長度にふさわしい階層に存在するとされます。ちまり、知的・道徳的・霊的成長度に応じた階層に各霊たちは振り分けられているそうです。他の階層との違いは、そこに住まう霊の質の違いです。霊的に高い次元にいる人ほど、質的に高いということです。他人への思いやりが強いほど、慈悲心が大きいほど、自己犠牲の意識が高いほど、地上界にあっても無意識的に高い階層に生きていることになります。

04.生命の誕生の意味

 何も知らずに地上に誕生することはなく、霊自身は自覚しています。地上に生まれてくる目的は霊によって様々ですが、大抵は欠けた部分を手に入れる経験を補完するため、前世での罪を償うための二つに大別されます。地上で奮闘することで霊性に磨きが掛かり、後に霊界へ帰って来た時により高い階層に行けるようになります。
 シルバーバーチは妊娠中絶について、「中絶は殺人と同じであり、高級霊は中絶を支持するものではない。いつの日かその人たちはその中絶行為のために地上に誕生できなかった霊と対面させられることになるという事実を知れば、そうした行為はずっと少なくなるものと私は考えております。妊娠の瞬間からそこに一個の霊としての誕生があり、それはけっして死ぬことなく、こちらの世界で生長を続けるのです。」と述べて、これを否定しております。

05.睡眠と覚醒

 人間は睡眠中、一人の例外も無く、幽体が肉体から脱け出ています。「起きる(目が醒める)と言うのは守護霊が人間という動物に意識を与え動かすことを開始することを言います。「寝る(入眠)と言うのは、守護霊が人間という動物の操作の仕事を今日1日終えたことを意味します。

06.死の意味

 死に際して人間は、物的身体と霊的身体を繋ぐライフラインである「魂の緒(シルバーコード)」が伸びて行きながら完全に切断されます。その為、肉体の死とは、終わりではなく「霊的生命の誕生」であり、物的(マテリアルな)身体が活動を停止するに過ぎず、霊的(スピリチュアル)には記憶や人格はそのまま存続するとされます。これが肉体の死、或いは第一の死と呼称されるものであります。
 霊(スピリット)こそが本来の自分であり、火葬の炎さえその精神と魂を滅ぼすことはできず、死後にも霊的なあなたが存在しています。火葬は死後間もない霊の、肉体への執着を消す効果があるので、シルバーバーチはこれを推奨しています。ただし、次のように述べています。「ぜひ知っていただきたいことは、火葬までに最低三日間は置いてほしいということです。というのは未熟な霊は肉体から完全に離脱するのにそれくらい掛かることがあるからです。離脱しきっていないうちに火葬にするとエーテル体にショックを与えかねません。」。
 死後において、肉体から解放されたスピリットには新たな感覚器官が宿り、活動範囲も飛躍的に拡散します。いわゆる「故人」も相変わらずこの宇宙で生き続けており、地上圏に戻ろうと思えば自由に戻れるし、現に戻っているスピリットもいます。死は肉体という名の牢獄からスピリットを解放するだけであります。人間は死を恐れ、遺族は死を悲しみますが、霊界(自分の本来の住処)の者にとってはスピリットが肉体から解放されたとして喜び祝っているとされます。

07.輪廻の意義

 シルバーバーチは輪廻転生は存在するとします。しかし、それは限界があり、いずれは地上への再生から卒業していきます。高級霊が人々への感化のために降りてくるケースも稀にはありますが、多くの場合は、欠けた部分を手に入れる経験を補完するため、前世での罪を償うための二つの理由であります。再生する場所や形態は、目指している目的を達成するのに最も適切だと思われるところ、決定的なタイミングで国、民族、性別、体質、家族を選んで再生します。人のために役立つこと、滅私の行為、自分より恵まれていない人に手を差し伸べる行為、弱い人に力を貸してあげる行為、重荷を背負い過ぎている人の荷を少しでも肩代わりしてあげること、こうしたごく当たり前のことこそ霊的資質を発揮する行為であり、本当の意味での宗教であると言っているのです。前世の記憶は、潜在意識の奥深くまで探りを入れれば思い出すことができますが、地上の人間がその域に到達できるかは疑問であります。そんなことよりも、生きる意欲を失くしている人のところへ出かけて行って元気づけてあげ、疲れた人に眠る場を与え、飢えに苦しむ人の空腹を満たしてあげ、渇いた人の喉を潤してあげ、暗闇に閉ざされた人の心に道徳の明るい心を灯してあげることです。

08.霊界の階層

 霊界では魂の偉大さ、霊性の高さ、つまり奉仕的精神、人や動物への愛の強さが重んじられ、地位は地上時代に培った霊性の成長度によって決まります。その昔、霊覚者たちを鼓舞し洞察力と勇気、奉仕への熱誠と願望を与えた霊力は、今日でも我がものとすることが出来るのです。障害をもって生まれてくる子供には、その魂にそれなりの埋め合わせの原理が働いているものです。正常な身体を持って生まれた子供よりも優しさ・寛容心・他人への思いやり等の強い性格をしていることがあります。地上で同じ事をしたとしても、それを利己的な目的で行ったか利他的な目的で行ったかで評価が逆転します。地上での偉人が必ずしも霊界でも偉いとは限りません。

09.霊界の生活

 霊界では、上層階へ進歩するほど目の当たりにする光景は躍動的です。触れた人の精神を高揚させます。霊界の人々は思念で通じ合えるため言語上の問題は発生しません。霊界には無限の種類の楽しみがあるとされます。

10.地上

 地上界は体験を積むための学校です。その学校はまだ完全ではありませんが、あなた方もまだ完全ではありません。精神を修養し霊性を鍛錬して他人のために役立つことをする練習をしております。失敗から教訓を立ち上げ、そこから学ぶ、そのために地上に生誕しているのであり、初めから全く失敗しないほどの人格者ならば地上に降誕するはずはありません。

11.摂理

 良い行いをすれば霊性が向上し、利己的な行いをすれば霊性は悪化します。それが自然の摂理であり、誤魔化しはできません。いくら懺悔を述べても、悪行がもたらす結果からは逃れられません。神は法則であります。それさえ理解すれば、人生最大の秘密を学んだことになります。なぜなら、自然界が不変にして不可変、全智全能の法則によって、統治されていることを知れば、宇宙の創造活動の大機構の中にあって、誰一人として忘れ去られることがないと知るからであります。

12.シルバーバーチの存在

 シルバーバーチは霊媒であるバーバネルの所属するハンネンスワッハー・ホームサークルの守護霊であります。神界と物質界の中間階層に存在し、3000年位前の古霊(元人間)とされます。現世に直接影響できない為に、地上で生活していたアメリカ・インディアンの霊を仲介してバーバネルよりスピリチュアルなメッセージを人間界に伝える使命を帯びて地上に戻ってきたスピリットであります。ちなみにそのようなスピリットにホワイト・イーグルが存在しておりますが、シルバーバーチはホワイト・イーグルのことを「同志」と呼んでいます。

13.使命

 シルバーバーチの言葉から、、、

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 「他のことは信じなくてもこれだけはぜひ信じてください、たった一つの魂を光明へ導いてあげたら、あるいは飢えに苦しむ人に食を与え、のどの渇きに苦しむ人に飲み水を与えたら、地上の全財産にも勝る大切なことをしたことになるのです。地上を少しでも住み良い場所、明るい場所-空腹を抱えた人が飢えを満たし、のどを渇かした人が飲み水にありつき、貧しい人たちがその疲れた身体を横たえる家を得て神の恩恵に浴せるようにしてあげれば、それこそ“最高の教え”を実践していることになるのです。私が常々申し上げているのは、殺害の観念がつきまとう食糧品はなるべくなら摂取しないほうがよいということです。他の生命を略奪しておいて、その結果として自分に及ぶ苦しみから逃れられるものではありません。略奪行為は略奪者自身にとって危険なことなのです。共存共栄こそが摂理なのです。殺すということは絶対にいけないことです。ただし、その動機を考慮しなければならない場合があることは認めます。霊的向上を望む者は、いかなる犠牲を払っても大自然の摂理と調和して生きる覚悟ができていなければなりません。人間の責任は人間同士を超えて草原の動物や空の小鳥にまでおよんでいます。抵抗するすべをしらない、か弱い存在に苦痛を与えることは、ぜひとも阻止しなくてはなりません。装飾品にするために動物を殺すことは、神は許しません。人類が自分たち以外の創造物への責任を自覚する段階に至れば、当然、殺生はできなくなります。神は、子等が動物への略奪と残忍な行為によって健康になるようには計画しておられません。人間の健康を動物の犠牲のもとに獲得することは神の計画の中にはありません。すべての病気にはそれなりの治療法が用意されております。その神の用意された自然な方法を無視して動物実験を続ける限り、人間の真の健康と福祉は促進されません。動物はそんな目的のために地上に生をうけているのではありません。人間の方が動物より大切な存在である、よってその動物を実験台として人間の健康と幸福の増進をはかる権利がある、という弁解をするのですが、これは間違っております。みなさんは動物への残虐行為を減らし、もっと良い方法、哀れみに満ちた手段を教えるための努力をすべきです。全生命の同一性を理解しておられる皆さんは、下等な存在と見なされている動物が本来の権利を存分に発揮できるようにしてあげるための闘争に嫌気がさすようなことがあってはなりません。虐待、残忍、苦痛、無益な流血への挑戦を続けてください。その価値ある闘争におけるあなたの役割を存分に果たしてください。最後はかならず善意が愚行に打ち勝ちます。愛と慈しみと寛容の精神が地上にみなぎった時、動物の残忍性も消えて、それこそライオンと羊が仲良く寄りそうようになります。あらゆる残虐行為、とりわけ無意味な殺生は絶対に止めなくてはいけません。小鳥や動物に対して平気で残酷なことをする者は、人間に対しても平気で残酷なことをするものです。動物への残忍な行為を見て心を痛め涙を流す人は、いつかはきっと勝つのだという信念のもとに、勇気をもって動物愛護のための仕事を続けてください。イエス個人としては動物を始めとする全ての生命に愛情をもっていても、使命達成のために、その教えをできるだけ制限したのです。イエスは例の黄金律を説きました。すなわち“汝の欲するところを人に施せ”ということですが、この真意を理解した人なら、他のいかなる生命にもむごい仕打ちは出来ないはずです。私達の説く真理は、最後は地上のすべての人間、それも地上に生きているうちに実生活に応用することによって実地に学ばせるために、地上のすみずみに至るまで広められるべき使命を担っているのです。今度は代わってあなた方が、その知識を自分にできる範囲内で広めなければならないのです。

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