アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

雲 黒斎 氏 のアセンションの解釈

 「アセンションとは何か?」との命題に対して初っぱなからドロレス・キャノン氏に松尾みどり氏と重たい内容が二件続きましたが、他のスピリチュアルの人々がどのように考えているか?、ここでは「あの世に聞いた、この世の仕組み」で有名な雲黒斎氏のブログの文章を紹介します。

 セロトニン欠乏症の治療から守護霊との交信を開始

 この方は2004年、記憶障害で発症したセロトニン欠乏症に対して心療内科で処方された投薬を開始したところ、守護霊なる人物との交信が始まったそうで、執筆活動や講演などで活躍されております。詳しくは彼のブログを見ていただければと思います。以下はアセンションに関するブログの文章の抜粋です。

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雲黒斎

2007年12月22日

 巷でまことしやかに囁かれている「アセンション(次元上昇)」という言葉。僕は、この言葉の指す意味は、この「宇宙立この世学院高等学校のレベルアップ(偏差値向上)」だと思っている。聞きなれない「アセンション」や、何を指しているのか分からない「次元」という言葉よりは、よほど捉えやすいと思うのだが。

 学校(この世)のレベルアップ(偏差値向上)

 「学校」は物質として存在しない観念的な存在。では、その実像を持たない「学校」のレベルを上げるということは、どういう意味だろう。校舎を新しく、より大規模に、よりキレイに磨き上げることだろうか。いや、それでは単に建物がレベルアップしただけであって「学校」がレベルアップしたと言うことにはならない。それを証拠に、世の中のあらゆる学校を見渡しても「校舎の大きさ・新しさ」と「学力・偏差値」が比例しているわけではない。どんなに環境を整えても、どんなに立派な校舎を用意しても、そこで学ぼうという意欲そのものがなければ、そんな環境など何の役にも立ちはしない。
 では、教員のレベルを上げるということだろうか。これも違う。そもそもここの生徒達は教員の話に耳を傾けるどころか、その存在すら確認できてないのだから。(ましてや、自分達を超える、そんな存在などいるわけがない、と思い込んでいる人間の数のほうが、圧倒的に多いのだから。)教員を入れ替えたところで何も変わりはしない。教師はひたすら生徒達が自分達の話に耳を傾けてくれることを辛抱強く待つしかない。
 学校のレベルを上げる方法、それは、環境ではなく、生徒達自身の「学力・偏差値」を向上させる以外、術はない。誰かや何かに頼るのではなく、生徒達(私達)自身が変わらなければ、何も変わらない。無論、勉強そのものを始めてもいない私達の学力が、ある日突然、何か得体のしれない力によって向上するなどということもないだろう。学力を向上させるには、当然、それなりの努力が伴うからだ。

 今、我々がするべきは勉強のスタートラインに立つこと

 今、私達がしなければならないのは勉強のスタートラインに立つことだ。「学力」以前に、少なくとも「学ぼうとする力」を持たなければ、この学校を卒業したとしても就職先も進学先もありゃしない。「マーフィーの法則だ」「引き寄せの法則だ」と浮かれて、「新たな教科書・教材」を引き寄せるのは、そろそろやめにしないか。引き寄せるべきは、「教科書・教材」ではなく、その先にある「学力」だ。


2008年4月23日

 いろんな所で、「なんか難しそうに聞こえるけど、結局アセンションってなんなのさ?」って話になってると思うんですよ。「結局何が起こるのさ?」ってな感じで。この話を、未来の話じゃなくて過去の事例から考えてみたいと思います。その方が、何となくリアリティがありそうなんで。

 アセンション。日本語に訳すと、「次元上昇」。「次元が上がる」。これって素直に考えると、1次元が2次元に、2次元が3次元に、3次元が4次元に…というようなことですよね。

 1次元=座標(点・線)→2次元=平面→3次元=立体

 これを踏まえて考えるとね、過去にも「次元上昇」って何度か起こっていると思うんですよ。例えば、「え!?地球って丸かったの!?」っていうアレも、一つの「次元上昇」だと思うんです。古代の人々は地球は無限に続く「平面」であると考えていました。今から見るととてもおかしな話に見えますが、当時はそれが当たり前。逆に「地球はもしかしたら丸いんじゃない?」なんて言う方が異端児扱いされてしまいます。
 それでも時の流れとともにその考え方は修正され、皆が皆「うん。地球は丸いね。」と言う時代になりました。「地球は平面」という当たり前が、「地球は丸い」という当たり前に変わりました。こういう大きな考え方の変化を、「パラダイム-シフト(パラダイム-チェンジ)」と呼びます。

【パラダイム-シフト paradigm shift】
 ある時代・集団を支配する考え方が、非連続的・劇的に変化すること。規範の遷移。思想の枠組みの変動。社会全体の価値観の移行。

 地球への認識:平面から球体への変化

 「地球は平面」という当たり前が、「地球は丸い」という当たり前に変わった時、何が起こったのかというと、実は、それまでと何も変わっていないんですね。地球は、地球のままなんです。地球が「平面」から「球」へ変貌を遂げたわけではないですよね。「解釈・考え方」が、「平面(2次元)」から「球(3次元)」に「次元上昇」しているんです。「周り」が変わったのではなく、「自分(の考え方)」が変わったんです。


2009年4月15日

 「2012年12月23日、時間が無くなる」なんてことがまことしやかに囁かれていたりしますが、あれ、嘘ですよ。さらには、その言葉をさらに歪曲して解釈した結果、「2012年で地球が破滅する」とか言い出す始末。ノストラダムスの大予言じゃないけれど、一体何度騙されりゃ気が済むんですかね。もう止めましょうよ、そういうの。関暁夫の都市伝説じゃあるまいし。
 「世界が終わる」ってそういう意味じゃないんです。「アセンション(次元上昇)」って、そういう事じゃないんですよ。2012年12月23日、時間が無くなる?そうじゃないんです。2012年に時間が無くなるんじゃなくて、元から時間なんて存在していないんです。そのことに気付く、そのことこそが、「アセンション」なんです。「世界が終わる」ってのは、「地球が滅亡する」のではなくて、「自我が紡ぐ幻想の世界に終止符を打つ」ってことなんです。

 元から時間が存在しないことに気付く
 自我が紡ぐ幻想の世界に終止符を打つ

 「時間」という概念は、3次元的なものの見方、思考によって生まれる「錯覚」です。アタマを柔らかくして、3次元的思考を超えると、「時間」という錯覚のカラクリが理解できます。3次元的思考の呪縛から離れ、それを超えていくから「次元上昇」と呼ばれているんです。ですから、それは環境に現れる変化ではなく、アナタの内面に起こる変化です。自分の内面に変化が起こったことによって、世界の見え方、また、世界との関わり方が変わります。その変化は、アナタの人生を根底から覆してしまうほどのパワーを秘めたものです。その時アナタが体験するのは、それまで自分が生きてきた世界(世界観)の終わりです。それまで持っていた常識や価値観、あらゆる欠乏感がガラガラと音をたてて崩れ去る瞬間です。

 折角ですから、いまここでイッちゃいましょう。一緒に時間の概念を超えちゃいましょう。いいですか。アナタはこれまで、「今」という瞬間以外に存在できたことなんて、一度もないんです。だって、「過去」も「未来」も無いんですから。無いから、そこに存在できないんです。

 未来は「未だ来ていません」。だから「未来」です
 来ていないんだから、ありません

 過去は「過ぎ去っています」 だから「過去」です
 過ぎ去ってしまったんだから、ありません

 私たちが存在出来ているのは、いつだって「今」だけなんです。本当は無い「過去」や「未来」を「ある」と錯覚しているだけなんです。言い方を変えれば、「生活する上でなにかと便利だから、過去と未来という概念を創り、“ある”ということにしておこうよ」という暗黙の了解を、すっかり忘れている状態です。「うん。それはなんとなくわかった。でも、だとすると、今わたしの目の前にある、昨日撮影した写真は?お財布の中にある、さっき買ったジュースのレシートは?ほら、やっぱり“過去”はあるじゃない。」アナタはそう思っているかもしれません。でも、それが「3次元的なものの見方」に縛られている状態、「思考」に縛られているのだと知ってください。アナタが今、目の前にしているのは「過去」ではありません。それは「過去」ではなく、「記録」や「記憶」なんです。記録も、記憶も、それが存在できているのは、やっぱり「今」なんです。
 アナタのスケジュール帳に書かれているアレコレは「未来」ではありません。「予定」や「展望」「シミュレーション」です。「明日」が「未来」のまま自分のもとへやってくることはありません。「明日」だって、来てみりゃ必ず「今」なんです。
 だからね、何かに後悔している人は、「過去に縛られている」のではなく、本当は「自分の記憶に縛られている」んです。だからね、何かを必死に追いかけている人は、「未来に縛られている」のではなく、本当は「自分の予定に縛られている」んです。
 そうやって自分の思考で自分を苦しめている事を「カルマ」って言うんです。え?「いつかカルマの清算が出来るようになればいいな」って?だから!「いつか」なんて「未来」は、ないんだってばさ!

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 口語調なのに詰めて記載したためお見苦しい点はご容赦ください。2007年のものでは、地球を学校に見立てて「人類の学力アップ」と言う表現でアセンションは人間の進化と捉えています。2008年には地球が丸いことに対する認識を例えに、アセンションを物の見え方の変化、これを次元が上昇するかかたちでの進化とされました。2009年の文章は、雲氏がしばしば言われる「今ここ」みたいな考え方をアセンションに当てはめたものでしょう。ここでも、物の見方が変わること、いわゆる「目醒め」とか「覚醒」がアセンションの本態と言う考え方のようです。

 アセンションは「目醒め、覚醒」

 雲氏はそのメカニズムや元々の原理については触れていないようですが、とりわけ選民意識があるわけではなく、また地球に対する終末期思想に基づくものでもない、「人間の精神世界に向けた進化」と言った発想でいるようです。

 ちなみに、同氏がブログを始めて「雲 黒斎」の名前を使うようになったのが2004年、その名前の由来は1995年の「クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望」と言ったところでしょうか。この映画は米国留学前に子供を連れて劇場に行ったのでよく憶えています。

http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/36c604a666a046cb54b881b36f893978
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/9a5cb5c9a92f38b68369c38aa202ea47
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/fca995d830b8f2ba7dd86028abae039d
http://ja.wikipedia.org/wiki/クレヨンしんちゃん_雲黒斎の野望
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