アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

スピリチュアル(信仰)の弊害:崇教真光(すうきょうまひかり)

 宗教は時として生命や疾病に及ぼす力を示したり、輸血などの治療行為に関する規制を儲けたりします。しばしば、信仰の医療に及ぼす弊害に行き当たることはあります。先日、大学の同門による症例検討会があり北国に赴きました際、まさに信仰により治療に難渋した症例を見聞きして、激しい憤りを覚えましたのでご報告します。以下、症例報告調での記述と致します。

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 症例は40代女性、中学、高校の男女2人の子持ちで離婚歴がある3人暮らし。宗教上の理由から両親とは断絶状態で唯一の親族は妹ただ一人。4年前より左乳房に腫瘤を触知していたが放置、昨年7月より全身倦怠感と左肩痛、咳が出現して9月に外来受診した。
 触診にて左乳房C領域(外側上側)に約5cmの腫瘍が認められ、腋窩および鎖骨上リンパ節の多数腫大あり、胸腹部CTにて両肺に多数の結節性病変が認められ、一部は無気肺を呈するほど、また肝にも多数の腫瘤が散在。激痛を訴える左肩甲骨はXp上、骨折しており、骨シンチグラフィーでは頭蓋骨、肋骨、骨盤、下肢にまで及ぶ全身の骨に集積像が認められ、以上から、左乳癌からの多発性肝、肺、骨、リンパ節転移の診断が得られた。

 崇教真光の業で病気が治ると信じて病院には受信せず

 崇教真光を信仰し、真光の業で病気が治ると信じて病院を受診しなかった。医師より病名を告げられ治療方針が話されても信じることはせず、治療を拒み、何度説明しても理解を拒否し続けた。キーパーソンである実の妹の説得でやっと免疫療法は開始し得たものの、信仰に基づきモルヒネ(麻薬)投与は絶対に拒否、せめてもの痛み軽減目的に放射線治療は行うもほとんど無効であった。
 9月受診時に入院してから10月下旬に至るまで激しい苦痛に苦しみ続け、ついにはモルヒネ投与を受け入れたところ、別の苦痛が彼女を苛むこととなった。それは「スピリチュアルの痛み」と呼ばれるもので、これまで信じてきたもの、深い信仰心に対する懺悔の気持ち、信ずるものを失った絶望感であった。局所の痛みは軽減しても彼女の苦痛が癒えることはなく、11月2日、狂気のまま永眠された。

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 崇教真光(すうきょうまひかり)とは、「地球は元一つ、世界は元一つ、人類は元一つ、万教の元又一つ」との基本理念があり、利他愛、すなわち人々に与え、悩み苦しむ人々を救い真の幸福へと導くことを良しとしています。真の幸福を「健:無病化・すこやか・狂いのない、和:無争無対立・愛和の想念、富:脱貧・経済的不安の無い」としておりますが、とりわけ、病などの不幸からの脱却については独特の教えがあるようです。
 教団の教義によれば、この世の人間のあらゆる不幸現象のうち、80%が他の霊魂の憑依によるもの、信徒が行なう真光の業(まひかりのわざ)、つまり 手かざし によって霊魂を浄めることで不幸現象を少なくできるとのことです。病気や傷が治り、壊れた機械が動く、人間の性格が良くなる、酒が止められる、大事が小事で済むなど、「お浄め(おきよめ)」と呼ぶこの業は、かつてはイエス・キリストなどの一部の聖者のみが許されたが、誰でも修得できる時代が来たとされています。

 自然科学の前に立ちはだかるスピリチュアルの脅威

 エホバの証人の輸血拒否など、宗教が医療に影響することはしばしばありますが、本症例は自然科学の前に立ちはだかるスピリチュアルの脅威を感じる最たる一例であったと思います。病気の早期発見、早期治療を妨害し、麻薬による緩和ケアをも阻ませ、さらには麻薬使用が始まった時に、別の「スピリチュアルの痛み」で患者は別次元の苦痛を味わうことになった、はっきりスピリチュアルの大きな弊害と思わざるを得ない症例でした。

 この症例について、ある方から以下のようなお話を聞きました。もしかしたら世界の宗教を敵にまわす発想かも知れませんが、すっきりした感覚を得た、そんなお話です。

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 信仰とは一切のこだわりを捨て、本当の自由を得るところに目的があるとすれば、「豚肉を食べてはいけない」、「輸血をしてはいけない」、(今回は「麻薬の使用は禁止」)などという教義は本当はどうでもいいことではないか? だいたい教典などというものは教祖の教えを弟子が書いたものなので、完全ではないんです。きっと仏陀もキリストもアッラーもそんな教えは説いていないと思う。また真理に対して言葉というものは不完全なため、文字や文章にすると正しく伝わらないということもある。不完全な人間が教祖ぶって不完全な考えを弱い人たちに押し付けるのが最近の宗教だと思う。だいたい、信仰とはそれぞれ自分の内側にむかって行なう行為なので、団体で行なう事自体間違ってる。

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 いわゆる宗教と、アセンションやホ・オポノポノなどのスピリチュアルの世界は全く同じではありませんが、重なるところは多いと思います。例えばゲートウェイのヘミシンクにも、大病を治すかのごときナレーションがあります。人間として正しい判断基準を失わない姿勢は忘れてはならないと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/崇教真光
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