アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

人類の起源とその進化・分岐の過程

 木曜日の新聞記事、スペイン北部の洞窟で発見された古い人骨からDNAの解析に成功したとのことでした。ロシアのデニソワ洞窟で「第3の人類」が発見されたのはつい5年前のことですし、こうした科学の発達、考古学調査が進むにつれ、人類の進化の過程を探る手がかりが明らかとなりつつあります。今回は「人類の起源」についてこれまでに解っていることを勉強してまとめてみました。なお、以前、取り上げました、地球に飛来して人間との交配でDNAを組み込んだ異星人の存在はこれまでのところ確認されてはいないようです。まずは新聞記事のご紹介から、、、。


◇ ハイデルベルグ人 DNA解析の記事

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人類最古のDNA記事

 スペイン北部の洞窟で発見された古い人骨からDNAを取り出し、遺伝情報を解読することに成功したと、独マックスプランク研究所などのチームが5日の英科学誌ネイチャー電子版に発表する。分析の結果、約40万年前の人類とわかった。DNA分析はこれまで、猿人から原人、旧人、現代人へという進化段階のうち、旧人の段階にとどまっていたが、今回は原人の時代(200万~30万年前)までさかのぼり、最古の例になるという。洞窟からは28体分の骨が見つかった。欧州最古の人類で原人と旧人の中間にあたるハイデルベルク人とみられる。研究チームは、保存状態のよい大腿(だいたい)骨から、細胞内の小器官「ミトコンドリア」のDNAを取り出して解読した。これを、旧人である欧州のネアンデルタール人(20万~3万年前)とシベリアのデニソワ人(5万~3万年前)のDNAと比較。長い年月の間に生じた変化の量などから、洞窟の人類は約40万年前のものと断定した。この人類が、デニソワ人の祖先と70万年前に枝分かれしたこともわかった。

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 今回の記事で取り上げられたのは「欧州最古の人類で原人と旧人の中間にあたるハイデルベルク人」とされるもので、その発見は1907年、ドイツのハイデルベルク近郊のマウエル村とのことです。記事の中でも触れられ、冒頭でご紹介しましたデニソワ人の発見がつい5年前ですので、こうした古人類学は長いスパンで進歩するものであることが伺われます。これまでに解っている化石人類をまとめて参ります。

※古人類学

 形質人類学(自然人類学)から派生した学問領域で、特に霊長目内からヒト(ホモ・サピエンス)への進化の系譜の過程の解明を中心に、その過程にあったと思われるヒト科の生態を研究する学問です。広い意味では古生物学に属しますが、古生物学と考古学の隙間を埋める学問とも言えましょう。

※化石人類

 現在ではすでに化石化してその人骨が発見される過去の人類を言います。人類の進化を考察していくうえで重要な化石資料となり、資料そのものは化石人骨と称されます。主に第四紀更新世(洪積世)の地層で発見されるので更新世人類ないし洪積世人類とも呼ばれます。化石人類(化石人骨)は、人類学とくに古人類学(化石人類学)においてきわめて重要な資料であり、その形質的な研究によって、人類の進化過程が徐々に明らかにされつつあります。大きく、猿人、原人、旧人、新人に大別されます。

人類の進化 画
左から猿人、原人、旧人、新人、そして現代人


◇ アルディピテクス属(猿人)

学名:genus Ardipithecus
時期:約580〜440万年前
地域:エチオピア
発見:1992年(公表は2009年)
体型:身長 120 cm、体重 50 kg、脳容積 300〜370 ml
特徴:直立二足歩行

 エチオピアで発見され、長らく最古の人類とされてきたアウストラロピテクス属より、いっそう古い時代の化石人類です。 哺乳綱- 霊長目- ヒト科- ヒト亜科に分類され、ヒト族- ヒト亜族中の1属であり、アルディピテクス・ラミドゥスとアルディピテクス・カダッバの2種からなります。体型はチンパンジーとほとんど変わりませんが、骨格から直立二足歩行をしており、この点が、脳の発達を助け、霊長類と大きな違いとされます。

アルディピテクス
アルディピテクスの頭骨(左)と二足歩行の模式図(右)


◇ アウストラロピテクス(猿人)

学名:Australopithecus
時期:約400〜200万年前
地域:中東アフリカ
発見:1924年
体型:身長 120〜140 cm、脳容積 500 ml(現生人類の35%)
特徴:当初は道具使用なく最後期で石器使用

 哺乳類霊長目(サル目)ヒト科の絶滅した属で、アフリカで生まれた初期の人類とされます。アルディピテクス属と同様に直立二足歩行していたとされます。アフリカ大陸の東部、南部のサバンナ、疎林や灌木のある草原の環境に適し、食料は植物質を中心に、小動物の狩猟、肉食獣の食べ残しのあさり(スカベンジング)をしていたようです。

アウストラロピテクス
アウストラロピテクスの頭骨(左)とイメージ(右)


◇ パラントロプス(猿人)

学名:Paranthropus
時期:約200〜120万年前
地域:東アフリカ、南アフリカ
体型:身長 130〜140 cm、顎と側頭筋が発達
特徴:堅い食物を摂取する方向に進化

 アウストラロピテクスよりも体型、脳容積ともに大きくなりましたが、形態的には、むしろアウストラロピテクスよりヒト的な特徴が減少しました。硬い植物性の食物、根などを常食としていたと考えられ、咀嚼のための高く厚い下顎と太い側頭筋、それを通すために張り出した頬骨弓および大型の臼歯など頑丈な咀嚼器を有してます。以前は、アウストラロピテクス属に含められた時期もありました。


◇ ハビリス原人

学名:Homo habilis
時期:約230〜140万年前
地域:タンザニア
発見:1964年
体型:身長 130 cm、脳容積 700 ml(現生人類の50%)
特徴:石器使用

 現在分かっている限り最も初期のヒト属であり、類人猿でも現代人でもない進化の過程とされる原人の出現です。容姿はヒト属の中では現生人類から最もかけ離れており、ヒト科の猿人、アウストラロピテクスから枝分かれしたと考えられています。


◇ ジャワ原人

学名:Homo erectus erectus
時期:約180〜50?万年前
地域:インドネシア ジャワ島
発見:1891年
体型:身長 160~180 cm、大腿骨がまっすぐ長く現代人に近い、
   脳容積 900〜1100 ml

 発見当初はピテカントロプス・エレクトス(直立猿人)と命名され、猿人の一種と考えられましたが、その後、ヒト属に変更され、原人としてホモ・エレクトス・エレクトスと呼称が変わりました。

原人
ジャワ原人の頭骨(左)と原人の生活イメージ(右)


◇ 北京原人

学名:Homo erectus pekinensis
時期:約50万年前
地域:中国 北京市
発見:1929年
特徴:火の使用、食人の週間?

 アフリカ大陸に起源を持つ原人の一種でありますが、現生人類の祖先ではなく、何らかの理由で絶滅したと考えられています。石器や炉の跡が同時に発見されていることから、石器や火を利用していたされており、また、動物の骨が近くに見つかったことから、それらを焼いて食べていたと考えられます。さらに、原人の骨自体が粉々にされていたので、北京原人の間では食人の風習もあったという説もまた有力であります。


◇ ハイデルベルグ人(原人〜旧人の移行期?)

学名:Homo heidelbergensis
時期:約60〜12.5万年前
地域:ドイツ ハイデルベルグ近郊、スペイン、アフリカ
発見:1907年
体型:身長 180 cm、脳容積 1100〜1400 ml
特徴:人間的な行動

 原人(ホモ・エレクトス)と旧人の間に位置して考えられており、スペイン、アフリカでも同様な化石人骨が発見され、アフリカのものはホモ・ローデシエンシスと呼ばれることもありますが、ハイデルベルグ人とほぼ同等と考えられております。

ホモ・ハイデルベルグ人
ハイデルベルグ人頭骨(左)と生活イメージ(右)


◇ ネアンデルタール人(旧人)

学名:Homo neanderthalensis
時期:約20万年前〜2万数千年前
地域:ヨーロッパを中心に西アジアから中央アジア
発見:1830年
体型:身長 165 cm、脳容積 1600 ml(現生人類は1450 ml)、
   遠目には現生人類とほぼ変わらない外見
特徴:現生人類と同等な知能の可能性、旧石器時代の石器作製、ムステリア文化、
   住居、埋葬、芸術、食人、火使用、

 ヨーロッパを中心に西アジアから中央アジアに幅広く分布して、約20万年前に出現し、2万数千年前に絶滅したヒト属の一種、旧人とされます。我々現生人類であるホモ・サピエンスの最も近い近縁種であります。後述んぼデニソワ人、インドネシアのフローレス島で発見された身長1mで脳の小さいフローレス人も旧人であり、ネアンデルタール人の兄弟種の可能性が高いです。
 かつて、ネアンデルタール人を我々ホモ・サピエンスの祖先とする説がありましたが、遺骨から得られたミトコンドリアDNAの解析結果では、ネアンデルタール人は我々の直系先祖ではなく別系統の人類であることが明らかとなりましたが、一方、現生人類ホモ・サピエンスのDNAに分岐後ネアンデルタール人の遺伝子が再混入している、すなわち交配が行われた可能性があることが指摘されております。
 各地に広く分布して多数の良好な化石が出土しておりますので、ネアンデールタール人はその生活様式が深く理解されております。彼らの文化はムステリアン文化と呼ばれ、旧石器時代に属しております。以下、ネアンデルタール人の文化を列挙いたします。

 ・ルヴァロワ式技術で石器を制作、木棒にアスファルトで接着して使用
 ・洞窟を住居とし、海藻などをベッドに用い、火を積極的に使用
 ・死者を悼む心あり、副葬品(花など)を遺体に添えて埋葬(屈葬)した
 ・動物の皮をなめして防寒用のコートを作るなどの服飾文化
 ・後期には芸術活動が行われた可能性
 ・調理痕のある化石が発見から共食いの風習があった可能性
 
 ネアンデルタール人が絶滅したのは2万数千年前とされますが、その原因はよくわかっていません。クロマニョン人(新人)との暴力的衝突により絶滅したとする説、獲物が競合したことにより段階的に絶滅へ追いやられたとする説、ホモ・サピエンスと混血し急速にホモ・サピエンスに吸収されてしまったとする説など諸説あります。

ネアンデルタール人
ネアンデルタール人の頭骨(左)とイメージ(右)


◇ デニソワ人(旧人)

学名:Denisova hominin
時期:約100?, 64?, 35?万年前〜4万年前?
地域:ロシア 西シベリアアルタイ山脈 デニソワ洞窟
発見:2008年
体型:ネアンデルタール人と同等かやや大きい

 2008年、ロシア西シベリアアルタイ山脈のデニソワ洞窟で子どもの骨の断片が発見され、放射性炭素年代測定により約41,000年前のものと推定されました。2010年、骨のミトコンドリアDNAの解析結果から、100万年ほど前に現生人類から分岐した未知の新系統の人類と報告されました。また同年、細胞核DNAの解析の結果、ネアンデルタール人と近縁なグループで、80万4千年前に現生人類であるホモ・サピエンスとの共通祖先からネアンデルタール人・デニソワ人の祖先が分岐し、64万年前にネアンデルタール人から分岐した人類であることが推定されました。その後、メラネシア人のゲノムの4-6%がデニソワ人固有のものと一致すること、現在のメラネシア人にデニソワ人の遺伝情報の一部が伝えられている可能性が高いことが判明し、また、中国南部の住人の遺伝子構造の約1%が、デニソワ人由来という研究発表も出され、ネアンデルタール人との分岐も35万年前との説も浮上しております。
 現在のところ、40万-30万年前にアフリカを出て、中東を経てヨーロッパに拡がった集団がネアンデルタール人に、中東を経てアジア内陸部に移動した集団がデニソワ人になった、それに遅れて6万 - 5万年前にアフリカを出た我々現生人類の祖先は、中東やアジア内陸部で先住者のネアンデルタール人やデニソワ人と交雑しながら全世界に拡がり、現在に至った、そのように考えられております。

デニソワ人の歯とデニソワ洞窟
デニソワ人の歯(左)とデニソワ洞窟(右)


◇ フローレス人(旧人)

学名:Homo floresiensis
時期:約84万年前〜現代?
地域:インドネシア フローレス島
発見:2003年
体型:身長 1 m、脳容積 380 ml、ただし、背内側前前頭皮質(自意識に関与)
   の脳重量比では現代人と変わらず
特徴:二足歩行は苦手だったと思われるが、火を使い、知能は高かった

 インドネシアのフローレス島で発見された、約1万2千年前まで生息していた小型のヒト属の新種の可能性が取りざたされている生物です。身長は1mあまりで、それに比例して脳も小さいが、火や精巧な石器を使っており、知能は高かったと考えられております。身体が小さいですが、脳の発達が考えられ、原人よりも旧人の範疇に入れられており、直接の祖先ホモ・エレクトスが矮小化したもの、より原始的な祖先に起源を持つ可能性、ホモ・ハビリスから進化したという説などがあります。
 フローレス島には、3万5千年から5万5千年前頃より人類が住んでいたと考えられており、その場合、ホモ・サピエンス(現生人類)とフローレス人が同地域に共存していたことになります。また地域は違いますが、このフローレ人、デニソワ人、ネアンデルタール人、そして現生人類の4人類が同じ時代に存在していたことになります。
 フローレス人は、1万2千年前に起こったインドネシア火山の爆発で、ステゴドン等と共に滅んだと考えられておりますが、現地にエブ・ゴゴ (Ebu Gogo) という小さい毛深い洞窟人の伝説があり、16世紀にオランダ人が到着した際もその伝説を聞いており、19世紀ごろまで小人族を目撃したという話がありました。近くのスマトラ島にも、オラン・ペンデク (Orang Pendek) という同様の種族の伝説があり、現代での目撃例もあります。従って、この付近の島々にホモ・フローレシエンシスが生き残っている可能性は否定できません。

ホモ・フローレンス
フローレス人の頭骨(左)とイメージ(右)


◇ クロマニョン人(新人、現生人類)

学名:Homo sapiens sapiens, Cro-Magnon man
時期:約20万年前〜現代
地域:フランス、ヨーロッパ
発見:1868年
体型:現代人(とりわけヨーロッパ人)とほぼ同等
特徴:優れた洞窟壁画や彫刻、死者を丁重に埋葬、呪術など、進んだ文化

 新人、現生人類が登場したのが、20万年前くらいと考えられています。旧人類もこの時代にまだ生き残っていたのですが、次第に新人に取って代わられたようです。代表としてクロマニョン人と上洞人が挙げられます。
 精密な石器・骨器などの道具を製作し、優れた洞窟壁画(スペイン アルタミラやフランス ラスコー など)や彫刻を残しました。また、死者を丁重に埋葬し、呪術を行なった証拠もあるなど、進んだ文化を持っていたと考えられております。主流派の学説ではクロマニョン人はそのまま現代人へと遺伝的に繋がっているとされます。高い文化のわりには、狩猟採集生活をし、イヌ以外の家畜を持たず、農耕はまだ知らなかったとされます。


クロマニヨン人とアルタミラ洞窟壁画
クロマニヨン人頭骨(左)とスペイン アルタミラ洞窟壁画(右)


◇ 人類の起源と進化・分岐のまとめ

 以上、解る範囲内で化石人類を列挙、要約して参りました。発見の年代が古く、多くの学説が生まれては消え、研究が進んでいるものもあれば、つい最近になって発見された種もあります。昨今のDNA解析の進歩はめざましく、今後も多くの真実が明らかになることと思います。こうした、「人類はどこから来たのか?」と言う人類の起源を知ることは、現在までの文化や思想、文明の起源にも繋がるものであり、それは「人類はどこへ行くのか?」と言う未来への発想にも繋がるものであります。スピリチュアル周辺記事として本記事を記録させていただきます。以下に、人類の起源と進化・分岐の過程を模式図にして見ました。参考になれば幸いです。

真の最新 人類の進化 図
人類の起源と進化・分岐の過程


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131204-00001610-yom-sci
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20130619/354943/
http://ja.wikipedia.org/wiki/アルディ_(アルディピテクス)
http://ja.wikipedia.org/wiki/アウストラロピテクス
http://ja.wikipedia.org/wiki/パラントロプス
http://ja.wikipedia.org/wiki/ホモ・ハビリス
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャワ原人
http://ja.wikipedia.org/wiki/北京原人
http://ja.wikipedia.org/wiki/ホモ・ハイデルベルゲンシス
http://ja.wikipedia.org/wiki/ネアンデルタール人
http://ja.wikipedia.org/wiki/デニソワ人
http://ja.wikipedia.org/wiki/ホモ・フローレシエンシス
http://ja.wikipedia.org/wiki/クロマニョン人
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