アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

科学?/非科学? 赤道と30°の角度をなす同一線上の古代文明群

 今回は久しぶりに考古学ネタを考えました。古代の遺跡群が赤道と30°の角度をなす同一線上に並ぶとする説についてです。これを取り上げるきっかけとして、最近の彗星の話題から入ります。


◇ アイソン彗星と地球接近が予想される小惑星

 最近、地球の付近を通過しつつあるアイソン彗星が話題に登っております。今週末の日本ならば、日の出の約1時間前に北東方向の空を眺めると見られるとされます。国際宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士、若田光一さんは、このアイソン彗星の撮影に成功し、「美しい光景に驚かされた。息をのむほど素晴らしい光景を、今後も皆さんに届けたい」とコメントしております。これからも、宇宙からの観察が進むにつれ、こうした彗星の存在、地球を取り巻く外部環境への知識と理解が進むものと思われます。

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アイソン彗星

 事実、2032年に地球の近傍を通過する直径410 mの小惑星(隕石)がクリミア天文台で確認されており、地球への衝突が懸念され、2013 TV135と命名されております。こうした情報に基づいて考えますと、以前も取り上げた(6月24日)「惑星X ニビル」は、未だに未確認であり、やはり想像上の物体だったのだろうか?、と思われますが、それとは別に、過去から現在、未来において、地球に接近する彗星、小惑星は相当な数であったろうと考えられます。

地球に衝突する隕石
2013 TV135

 ある大きさ以上の彗星、小惑星の衝突は、地球の環境を瞬時に変えてしまい、多くの動植物を滅亡に導き、大洪水は有史以前の超古代文明を海に飲み込んでしまうことが可能性としてあります。


◇ 有史以前の超古代文明存在の可能性

 以前、「科学?/非科学? マヤ(暦)の紀元は?」(8月11日)と題して記事を載せた際に、マヤの天文学や暦の知識が史以前の超古代文明からの伝承であるの可能性に触れました。多くの古代文明には、極めて類似した言い伝えや知識と技術が存在し、例えば、農耕や治水、ピラミッドの建造とその建築技術、地球に対する測量、地球の歳差運動を含む高いレベルの天文学、そしてそれらの知識をもたらした伝説、神話の世界の人物がいる点です。
 マヤ文明の、チチェン・イッツァのカスティーヨには「マヤの最高神ククルカン = ケツァルコアトル」が祭られており、このケツァルコアトル(ナワトル語: Quetzalcōātl ; スペイン語: Quetzalcóatl ; 英語: Quetzalcoatl)は、アステカ神話の文化神・農耕神であります。このケツァルコアトルのような存在はエジプトにおいてはオシリス、南米アンデスにはビラコチャ伝説として残っており、いずれも背の高いあご髭をたくわえた白人として描写されているそうです。

ククルカン、オシリス、ビラコ
左からマヤ文明チチェン・イッツァの春分または秋分に見られるククルカン、エジプツのオシリス、南米アンデスのビラコチャ

 この失われた有史以前の超古代文明は、突然の天変地異による滅亡であったため、上述の農耕や建築技術の伝承のみならず、天文学を通じて後世になにがしかのメッセージを伝えようとしているとの考え方があります。

 今回、取り上げる「古代の遺跡群が同一線上に並ぶとする説」は有史以前の超古代文明が、その滅亡後の文明を計画的に配置したとする、有史以前の超古代文明の存在の根拠としての位置づけです。この手の説を強く唱えている代表者はグラハム・ハンコック氏とパトリス・プーヤール氏です。

グラハムとDVD
グラハム・ハンコック氏と「神々の指紋 失われた文明」

ピラミッド秘密
パトリス・プーヤール氏と「ピラミッド 5000年の嘘」


◇ 同一線上に並ぶ古代文明群

 さっそく指摘されている古代文明を世界地図にプロットしてみました。手作りですので見づらいかも知れませんが、2本の赤い曲線の間に密集しており、その列は地球儀で見てみますと、赤道から30°傾いた円周上に並んでいるのが解ります。

改改正同一線上の遺跡
同一線上に並ぶ古代文明群

並ぶ遺跡群
地球儀上でみた同一線上の古代文明

 図に示した古代文明群はイースター島から始まり、アンデス〜インカ帝国、エジプト文明、シュメール、インダス文明、アンコールを経て、イースター島に戻る同一線上に配置しております。個々の文明について簡単に要約して参ります。


1.イースター島

 有名なモアイ像の建つ島で、ポリネシア・トライアングルの東端に当たります。周囲には殆ど島らしい島が存在しない絶海の孤島です。「ラパ・ヌイ」とはポリネシア系の先住民の言葉で「広い大地」(大きな端とも)という意味とのこと、、、。4-5世紀頃にポリネシア人がこの地にたどり着いたとされ、モアイ像は10-16世紀頃に造られ続けたとされているが、その目的や方法は全く解っていず、最後は造りかけで投げ出す形で建造が途絶えた跡があるとのことです。インダス文明のモヘンジョダロに類似した文字を使用していたとされます。

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2.アンデス文明

 紀元前10000年の頃、ベーリング海を渡ってアジアからアメリカ大陸に移動して来た古モンゴロイド(黄色人種)により造られた、ペルーを中心とする太平洋沿岸地帯およびペルーからボリビアへつながるアンデス中央高地に存在した文明です。文字を持たず、鉄は製造せずに青銅器までであり、金・銀の鋳造が発達、家畜は行われたが車輪の原理は知らなかったとされます。紀元前3000-2500年頃より各地に遺跡が造られ、紀元前1800年頃になると、土器の利用が始まり、紀元前800年頃より各地にパラカスやナスカに文化が広がり、インカ帝国へと繋がって行ったものとされます。

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3.パラカスの地上絵

 紀元前800-100年l頃、ペルー南部に発生した文明とされ、パラカス湾のなだらかな砂丘に、世界の大きな謎の1つ「三叉の大燭台」が描かれています。この地上絵の歴史はパラカスの農民たちの時代にさかのぼることができると言われています。農民たちは、漁を終えて岸に戻る方向を知るために燭台を使ったと考えられています。また、燭台がもう1つのペルーの大きな謎であるナスカの地上絵の方向をちょうど指していることから、宇宙人が描いたとする説もあります。地元の人たちの間では、旅の際の方向を知る目印とするためにナスカの天文学者がこの地上絵を描いたと言われています。

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4.ナスカの地上絵

 パラカス文化が終わる紀元前200年頃から紀元後800年くらいの間のナスカ文化と呼ばれます。ペルー南海岸地方の北から南へ走る丘陵と東方のアンデス山脈の麓との間にあるパンパ=コロラダ、パンパ=インヘニオと呼ばれる細長い盆地に、地上からは全体を見る事はできず、航空機からでしか確認できない、宇宙飛行士、クモ、ハチドリ、サル、リャマ、シャチ、魚、爬虫類、海鳥類などの巨大な地上絵が描かれています。もちろん、その目的は全く解っていません。

ナスカはちどり


5.インカ帝国

 南アメリカのペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュア族が作った国であります。前身となるクスコ王国は13世紀に成立し、1438年のパチャクテク即位による国家としての再編を経て、1533年にスペイン人のコンキスタドールに滅ぼされるまで続きました。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ、現在のチリ北部から中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部にまで広がったとされます。代表的な遺跡、都市にクスコ(首都)、オリャンタイタンボ、サクサイワマン、マチュ・ピチュがあります。

サクサイワマンとオリャンタイタンボ
サクサイワマン(左)とオリャンタイタンボ(右)


6.ドゴン族

 マリ共和国のニジェール川流域に面したバンディアガラの断崖(バンディアガラ山)に現在に至るまで居住する民族で人口25万人とされます。シリウスに関するものなど、天文学の知識に富み、多数の神話が伝えられております。

ドゴン族


7.タッシリ・ナジェール

 アルジェリア南東部、サハラ砂漠にある台地状の山脈に多数の岩絵が残されており、紀元前6000年頃とされております。中にはマルスと呼ばれ宇宙服を着た人間にそっくりの巨人を描いた壁画もあります。

タッシリ壁画


8.シワ・オアシス

 エジプトの西部砂漠(リビア砂漠)のカッターラ低地とエジプト砂海の間にあり、リビア国境から約50km、カイロから560kmに位置するオアシスで、紀元前10世紀に居住があったとされ、古代エジプトの第26王朝でネクロポリスが建設されました。

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9.古代エジプト文明

 紀元前3000年に始まった第1王朝から紀元前30年にプトレマイオス朝が滅亡しローマ帝国の支配下に入るまでの時代を指します。文明の初期より砂漠が広がっていたため、ナイル川流域分の面積だけが居住に適しており、主な活動はその中で行われておりました。ナイル川の上流は谷合でありナイル川1本だけが流れ、下流はデルタ地帯(ナイル川デルタ)が広がっていて、最初に上流地域(上エジプト)と下流地域(下エジプト)でそれぞれ違った文化が発展し、後に統一されたとされます。ビールやワインを生産し、貨幣制度があり、初期王朝までにはヒエログリフと呼ばれる文字が確立され、文学も発生しました。有名なギザの三大ピラミッドは古王国時代(第3-6王朝)の紀元前2550年からのクフ王、カフラー王、メンカウラー王により建造され、カルナック神殿は、新王国時代(紀元前1550-1069年頃)に繁栄した古代の首都テーベ(現在のルクソールとその近辺)に建てられました。

エジプト


10.ペトラ遺跡

 ヨルダン、死海から約80km南、アカバ湾との間の渓谷にある遺跡で、紀元前1200年頃から、エドム人たちが居住しており、西にガザ、北にダマスカス、紅海にも近く、中東での人や物の行き交う要衝の地であったとされます。

ペトラ遺跡 王家の墓


11.シュメール文明

 現在のところ世界最古の文明はシュメール文明とされています。現在のイラク・クウェート南部を占めるバビロニアの南半分の地域、初期のメソポタミア文明とされ、チグリス川とユーフラテス川に囲まれた「肥沃な三日月地帯」に栄えました。10,000年以上前の中石器時代から人々が住み着いたようで、その後のどの段階から文明とするかは諸説あるようですが、一般的にはウバイド期をウバイド文化と呼び、ウルク期からをシュメール文明と呼ばれています。

シュメール石碑


12.ペルセポリス

 現在のイランのファールス州(当時の地名はパールサ地方)にあるアケメネス朝ペルシア帝国の都で、、紀元前520年より、ダレイオス1世が建設した宮殿群であります。

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13.モヘンジョダロ

 インダス文明の最大の都市遺跡で、紀元前2500年から紀元前1800年にかけ繁栄し、最大で4万人近くが居住していたと推測されます。まだ解読されていないインダス文字が使用されていました。しかし、その後の衰退は急速であり、近年の研究では大規模な洪水によると考えられておりますが、発掘された遺跡からは、溶けてくっついたレンガや、ねじ曲がったり気泡が混じってガラス化した壺の破片などの遺物が見つかっており、遺跡で発見された白骨遺体46体は突如、死がやってきたような状態であり、そのうちの9体には高温で加熱された痕がありました。以上から、古代の核戦争を主張する学者もいるとのことです。

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14.カジュラーホー

 インドのマディヤ・プラデーシュ州にある、10世紀初頭から12世紀末ごろのチャンデーラ朝時代に、85ヶ所に及ぶ寺院が建設された、芸術的価値の高い彫刻を伴うヒンドゥー教及びジャイナ教の寺院群です。

270px-Khajuraho_tempel_india.jpg


15.スコータイ王朝

 13世紀にタイ族による最初の王朝で、仏教思想が花開いたタイの仏教の黄金期と見なされています。


16.アンコール遺跡

 現在のカンボジア王国の淵源となったクメール王朝時代の遺跡群です。9世紀頃から数々の王建設が行われた、カンボジアの北西部、トンレサップ湖北岸のシェムリアップの北側に位置します。スーリヤヴァルマン2世がアンコール・ワットの建設を行い、その死後30年ほど後に王に就いたとされるジャヤーヴァルマン7世はアンコール・トムの大部分を築いたとされます。

アンコールワット


 以上、同一線上に並ぶ古代遺跡群を列挙いたしましたが、パトリス・プーヤール氏の「ピラミッド 5000年の嘘」の中から、理解しやすい動画をご用意しまいたのでご供覧下さい。細かい理論については原作を参照いただけば幸いです。

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同一線上に並ぶ古代文明群(「ピラミッド 5000年の嘘」より)


◇ 遺跡群の位置関係についての仮説

 上でご紹介した研究者たちは、古代文明が一直線上に並んでいるのみならず、配置には何がしかの法則があると主張しています。以下、過剰書きでお示ししますが、更に、グラハム・ハンコック氏は、本論で取り上げている同一線上とは若干離れて位置する、西太平洋、カロリン諸島にあるポンペイ島周辺に海底都市があるとの伝説を重視して、遺跡群の中でも重要な位置を占める扱いとしております。また、ハンコック氏は地球の歳差運動で星の位置が1°変わるのに72年かかることに着目し、この「72」とその3/4にあたる「54」と言う数字を重要視しています。

1.ナスカ—ギザ間とテオティワカン—ギザ間は等距離
  (プーヤール氏)


テオティワカン&ナスカとギザ間

2.アンコール—ナスカ間とモヘンジョダロ—イースター島間は
  等距離(プーヤール氏)


アンコールワット、ナスカ間とモヘンジョダロイースター島間

3.イースター島からギザまでの距離は黄金数(1.618)の1万倍
  (プーヤール氏)


4.イースター島はアンコールの144°東、ギザの144°西に位置する
  (ハンコック氏)


アンコール、イースター、ギザ

5.アンコールとギザは緯度で72°離れている(ハンコック氏)

アンコールとギザ

6.ポンペイ島はアンコールの54°東に位置する(ハンコック氏)

アコールポナペ間


◇ 肯定的な私見と否定的な私見

 プーヤール氏もハンコック氏も、ドキュメンタリー映画として観た時、正直、引き込まれるような説得力を感じました。部分的に「それはちょっと!」と疑問視するところはあっても、完全に否定はできない、現代の科学では証明されていない、まさに「科学?/非科学?」の狭間に揺れる存在、それが有史以前の超古代文明だと思います。
 冒頭に述べましたククルカン、オシリス、ビラコチャの伝説は、極めて類似した人物を、時空を越えた各地で描写しております。時代が異なる文明同士であって、交流を証明するものは何もないのに、同じようなものを崇拝し、建造物が類似しており、ほぼ同一の、天文学の知識を有している点など、起源が同じであることを考えさせられます。また、現在のところ最古の文明とされているシュメール文明では、農耕、建築、文字、天文学などの知識が突然、発生して、その後はなんら進歩なく滅亡に向ったとされております。こうした見方は古代エジプト文明にもできるものであり、起源となる超古代文明が存在したならば説明ができることだと思います。

 ククルカン、オシリス、ビラコチャ伝説は極めて類似
 時空を越えて類似した崇拝、建造物、天文学の知識
 古代文明にて農耕、建築、文字、天文学などの知識が突然に発生


 一方、今回の記事である「古代の遺跡群が同一線上に並ぶとする説」については、いくらか反論する部分があります。古代文明の立地にある種の意志が反映されたとして、そのわりには違い過ぎる文化が散見されます。最も重視すべきはアンデス文明〜ナスカ文明〜インカ帝国に文字が無かった点だと思います。ペルーに近接したイースター島にはモヘンジョダロのインダス文字に類似した文字があったとされます。古代文学を有する古代エジプトやシュメールと文字を持たないアンデス文明が意図的に同一線上に並んだとはとても思えないところです。

 文字を持たないアンデス文明に近接する
 イースター島には文字がある


 今ひとつ釈然としないのは、同一線上に並んでいない古代文明の存在です。プーヤール氏は、同一線上に並んでいないメキシコのテオティワカンを取り上げて「ナスカ—ギザ間とテオティワカン—ギザ間は等距離」としていますが、それこそ、テオティワカンのみならず、メキシコにはマヤ文明もあります。以下の図に、今回の記事で取り上げた古代文明が並ぶとされる同一線上から外れた古代文明を示してみました。メソアメリカ文明、英国やフランスの巨石文化、中国文明であります。また、ハンコック氏は別の報告で与那国沿岸の海底建造物を超古代文明の謎を解く鍵としていますが、これも同一線上からは外れています。

最新同一線外の文明
赤道から30°の同一線から外れる文明

 有史以前の古代文明については今後も議論が繰り返されると思います。そして、地球の歳差運動に絡めて水瓶座の時代に突入する現代に、遠い過去の文明がメッセージを残している可能性は否定できません。最悪は地球環境の劣化と人類滅亡であり、夢のある話しとして次元上昇(アセンション)があると思います。私にとって考古学はやはり「スピリチュアルの周辺」記事であります。

 ブログ開始100件目の記事でありました。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131127-00000031-mai-soci
http://japanese.ruvr.ru/2013_10_17/122999598/
http://ja.wikipedia.org/wiki/グラハム・ハンコック
ピラミッド5000年の嘘(パトリス・プーヤール監督)2012年 仏
http://ja.wikipedia.org/wiki/イースター島
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンデス文明
http://en.wikipedia.org/wiki/Paracas_culture
http://ja.wikipedia.org/wiki/ナスカの地上絵
http://ja.wikipedia.org/wiki/インカ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ドゴン族の神話
http://ja.wikipedia.org/wiki/タッシリ・ナジェール
http://ja.wikipedia.org/wiki/シワ・オアシス
http://ja.wikipedia.org/wiki/古代エジプト
http://ja.wikipedia.org/wiki/ペトラ
http://hemitotsy.blog.fc2.com/blog-entry-65.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/ペルセポリス
http://ja.wikipedia.org/wiki/モヘンジョダロ
http://ja.wikipedia.org/wiki/カジュラーホー
http://ja.wikipedia.org/wiki/スコータイ王朝
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンコール遺跡
http://ja.wikipedia.org/wiki/ポンペイ島


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