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アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

医療講演:「がん治療 現状と展望・がんの告知について」


 医療講演:「がん治療 現状と展望」、最終章まで参りました。このブログ内でもしばしば取り上げました、「がんの告知について」です。

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フランス パリ ルーヴル美術館 の予習


 夏の旅行に備えた勉強、おまとめです。もちろん、旅行で訪れた後には自分の言葉と写真を加えて更新いたしたく存じます。
 今回はフランス、パリにある国立美術館、ルーヴル美術館(Musee du Louvre)です。世界最大級の美術館、博物館であるとともに最大級の史跡でもあり、収蔵品380,000点以上、先史時代から19世紀までの様々な美術品35,000点近くが、総面積60,600平方メートルの展示場所で公開されております。世界で最も入場者数が多い美術館で、毎年800万人を超える人が訪れ、2018年には始めて1000万人を超えたとされます。フランスの世界遺産であるパリのセーヌ河岸に包括登録されております。

ルーヴル美術館 外観

ルーヴル美術館 地図


◇ ルーヴル美術館の起源とその発展

1.ルーヴル城(宮殿)の建造

 フランス、カペー朝第7代王であるフィリップ2世(Philippe II、1165年8月21日 - 1223年7月14日、在位 1180年9月18日 - 1223年7月14日)が、1190年頃、パリを防御する目的で要塞化した城壁の建設を決めました。十字軍参戦で国を離れる際に示した都市計画の一つであり、権力の象徴でありました。要塞の弱点の一つであったセーヌ川との接合部分を防御するために、城の建設を考えなければならず、そこで建造されたのがルーヴル城(宮殿)であり、その一部が現在のルーヴル美術館であります。

フランス王フィリップ2世

ルーヴル宮殿 写真

2.王宮から王室美術品コレクションの収蔵・展示場へ

 ルーヴル城(宮殿)は歴代フランス王の王宮(宮殿)として使用されてきましたが、1682年、ブルボン朝第3代国王、ルイ14世(Louis XIV、1638年9月5日 - 1715年9月1日、在位 1643年5月14日 - 1715年9月1日)が自身の王宮にヴェルサイユ宮殿を選んだため、ルーヴル宮殿の主たる役割は古代彫刻などの王室美術品コレクションの収蔵・展示場となりました。

3.美術館として開館

 1692年、ルーヴル宮殿にフランス学士院碑文・美文アカデミーと王立絵画彫刻アカデミーが収容され、1699年に最初のサロンが開催されました。アカデミーはその後100年にわたりルーヴル宮殿に設置され、1789年のフランス革命の下に開かれた憲法制定国民議会で正式に美術館との使用が決定、1793年、開館しました。

4.歴代国王の下に拡大

 開館当時は、元々、王室所有だったものと、キリスト教の教会財産から没収されたものの537点の絵画が展示されているのみでありました。フランス皇帝、ナポレオン1世(Napoleon I、1769年8月15日 – 1821年5月5日、在位 1804年 - 1814年、1815年)の時代には諸国から美術品を収奪したことにより所蔵品は増大していき、一時期、名称を「ナポレオン美術館 (Musee Napoleon)」と改名したこともありました。
 ナポレオン失脚後、軍が収奪していた美術品の多くが、元の持ち主たちに返還されましたが、王政復古で王位となったブルボン朝、ルイ18世(Louis XVIII、1755年11月17日 - 1824年9月16日、在位: 1814年4月6日 - 1815年3月20日、1815年7月8 日 - 1824年9月16日)、シャルル10世(Charles X、1757年10月9日 - 1836年11月6日、在位 1824年9月16日 - 1830年8月2日)の統治時代、さらにフランス第二帝政時代(1852年 – 1870年)で、ルーヴル美術館の所蔵品はさらに増え続け、20,000点を超える美術品が集められました。その後に成立したフランス第三共和政時代(1870年 – 1940年)にも、ルーヴル美術館の所蔵品は遺贈や寄贈などによって着実に増えていきました。

ナポレオン、ルイ18、シャルル10
左からナポレオン1世、ルイ18世、シャルル10世


◇ ルーヴル美術館 来場のご案内

 以下はルーヴル美術館公式HP(https://www.louvre.fr/jp)の画面を供覧いたします。

ルーヴル美術館公式HP

1.開館時間

ルーヴル美術館開館時間

2.入館料

ルーヴル美術館拝観料

3.アクセス

ルーヴル美術館アクセス


◇ ルーヴル美術館の構造・見取り図・展示物分類

1.入口

 ルーヴル美術館には複数の入口があり、時間帯によって混雑具合が異なる模様です。代表的な入口は以下の2つで、他にもチケットにより入れる入口があるようです。
 1)ピラミッド中央入口
 2)地下街カルーゼル・デュ・ルーヴルから続く逆さピラミッドの横

ルーヴル美術館入口 図

2.3つの翼

 ルーヴル美術館は以下の3つの翼で構成され、各々、-2階、-1階、0階、1階、2階の、地下2階から地上2階までの5階建ての構造となっております。
 1)リシュリュー(RICHELIEU)翼
 2)シュリー(SULLY)翼
 3)ドゥノン(DENON)翼

ルーブル3つの翼

3.-2階見取り図

ルーヴル見取り図-2階

4.-1階見取り図

ルーヴル見取り図-1階

5.0階見取り図

ルーヴル見取り図0階

6.1階見取り図

ルーヴル見取り図1階

7.2階見取り図

ルーヴル見取り図2階

8.ルーヴル美術館の8部門

 ルーヴル美術館は、中世から1848年までの西洋美術の作品、西洋美術に先立ち影響を与えた古代文明の作品、イスラム美術の作品を、「古代エジプト美術部門」、「古代オリエント美術部門」、「古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門」、「イスラム美術部門」、「彫刻部門」、「工芸品部門」、「絵画部門」、「素描・版画部門」の8部門に分類して展示しております。

部門配置
各部門の美術館内配置


◇ 古代エジプト美術部門(142作品)

 ナイル川流域に発展した文明の、紀元前4,000年から4世紀にわたる50,000点以上の美術品が所蔵されております。エジプト美術コレクションとしては世界最大規模であり、古代、中王国時代、新王国時代、初期キリスト教時代(コプト美術、ローマ属州時代、プトレマイオス王国時代、ビザンティン帝国時代の美術品が網羅されています。

古代エジプト美術部門 写真

 エジプト美術品は20以上の展示室で公開されており、美術品の他に、パピルスの巻物、ミイラ、工具、衣服、宝石、遊戯盤、楽器、武器なども展示されています。古代エジプトの所蔵品では「ゲベル・エル・アラクの短刀」、「書記坐像」、「タニスの大スフィンクス」などが有名です。中王国時代の美術品は「金細工と彫像」で知られ、それまでの写実的表現から理想化表現へと移行して行き、この様式の好例として、片岩製の「アメンエムハトアンクの彫像」、木製の「供物を運ぶ女性」などがあります。新王国時代、初期キリスト教時代では、「女神ネフティスの彫像」や、「女神ハトホルの石灰岩彫刻」などがこの時代の様式をよく表しております。

書記坐像 写真
書記坐像

タニスの大スフィンクス 写真
タニスの大スフィンクス

アクエンアテン王とネフェルトイティ王妃 写真
アクエンアテン王とネフェルトイティ王妃

死者の書 パピルス断片 写真
パピリス断片「死者の書」

アメンヘテプ3世の巨像の頭部 写真
アメンヘテプ3世の巨像の頭部

イシス女神に供物を捧げるクレオパトラ女王 写真
イシス女神に供物を捧げるクレオパトラ女王

ウンスーの墳墓の壁画 農作業場面 写真
ウンスーの墳墓の壁画 農作業場面

ジェドエフラー王スフィンクスの頭部 写真
ジェドエフラー王スフィンクスの頭部


◇ 古代オリエント美術部門(38作品)

 古代オリエント部門のコレクションは、先史時代からイスラム教の到来までの9千年に及ぶ歴史と、北アフリカからインダス川、中央アジアまで、黒海(アナトリア)から(インド洋までの)アラビア半島までの広大な地域に及び、ユーフラテス川西側地域(キプロス、レヴァント、アナトリア半島、アラビア半島、北アフリカ)、古代メソポタミア、ペルシアの三地域別に細分化されております。

古代オリエント部門 写真

 古代オリエント美術部門では、初期メソポタミア文明ともいわれるシュメール文明の美術品と、アッカド帝国の出土品であるラガシュ王国王子の碑文「禿げ鷹の碑」(紀元前2,450年頃)、アッカド王ナラム・シンの戦勝記念碑などが展示されております。1901年に発見された、高さ2.25メートルの閃緑岩に古代バビロニアの「ハンムラビ法典」が楔形文字で刻まれた石碑も有名です。紀元前18世紀のマリ王国王宮壁画や、紀元前25世紀の「エビフ・イルの像」も、この古代オリエント美術部門の展示室で公開されております。
 古代ペルシアの所蔵品では、「射手のフリーズ」などが有名で、ペルセポリスからの貴重な出土品も所蔵されております。
エビフ・イルの像 写真
エビフ・イルの像

アッシュルナツィルパル2世王(紀元前883-859年)と彼に従う従臣 写真
アッシュルナツィルパル2世王(紀元前883-859年)と彼に従う従臣

壁画 紀元前2千年
壁画 紀元前2千年頃

鬼神パズズの銘の入った小像 写真
鬼神パズズの銘の入った小像

ホルスの誕生
ホルスの誕生

雷雨神タルフンダ 写真
雷雨神タルフンダ


◇ 古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門(236作品)

 ルーヴル美術館でも最古の部局の一つで、新石器時代から6世紀までのギリシア、エトルリア、ローマの3つの文明の作品を収めています。そのコレクションは、ギリシア、イタリア、地中海沿岸地域全体まで、新石器時代の紀元前4千年から紀元後6世紀までと、地理的、歴史的に非常に広い範囲の芸術活動に及びます。時代区分としてはキクラデス文明からローマ帝国衰退までとなります。

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門 写真

 コレクション初期に重点が置かれた大理石彫刻の「ミロのヴィーナス」は有名です。古代ギリシア・アルカイック期の収蔵品には、宝飾品、「オーセールの婦人」(紀元前640年頃)や「サモスのヘラ」(紀元前570年 - 560年頃)のような石灰岩彫刻があります。紀元前4世紀以降の収蔵品は、「ボルゲーゼの剣闘士」に代表されるような、人体を写実的に再現した彫刻が多くなっております。
 長大なカンパーナ・ギャラリーには、1,000点を超えるギリシア陶器の一大コレクションが展示されており、セーヌ川沿いのドゥノン翼の各展示室には数多くの古代ローマ彫刻が展示されています。肖像彫刻のコレクションも有名で、アグリッパやマルクス・アンニウス・ウェルスらの大理石彫刻、「ピオンビーノのアポロン」などのブロンズ像が知られています。

カラカラ帝(在位 211-217年)写真
カラカラ帝(在位 211-217年)

アッティカ赤像式スキュフォス 写真
アッティカ赤像式スキュフォス

ミロのヴィーナス 写真
ミロのヴィーナス

オーセールの婦人 写真
オーセールの婦人

サモトラケのニケ 写真
サモトラケのニケ

ディオニュソスとアリアドネの神話を描いた石棺 写真
ディオニュソスとアリアドネの神話を描いた石棺

マルクス・アウレリウス帝(在位紀元161-180年)写真
マルクス・アウレリウス帝(在位紀元161-180年)

座った女性、通称「バルベリーニの懇願する女」 写真
座った女性、通称「バルベリーニの懇願する女」

戦う戦士 写真
戦う戦士


4.イスラム美術部門(49作品)

 2003年に創設されたルーヴル美術館では最も新しい部門で「13世紀にわたる三つの大陸」の美術品が収蔵されており、コレクションには、陶磁器、ガラス工芸品、金属工芸品、木製品、象牙工芸品、絨毯、織物、ミニアチュールなど、5,000点以上の美術品が含まれます。

イスラム美術部門 写真

 アンダルシア由来の「アル=ムギラの銘のある小箱」(968年)と呼ばれる象牙の筒状の箱や、「サン・ルイの洗礼盤」(13世紀から14世紀頃、マムルーク朝)と呼ばれる金属製のボウル、イラン由来の「サン=ジョスの屍衣」、ペルシア語で書かれたフェルドウスィーの「シャー・ナーメ」3ページ分などが有名です。

アル=マリク・アル=ナーシル、サラー・アル=ディーン・ユースフ・イブン・アル=マリク・アル=アジーズの銘のある壺
アル=マリク・アル=ナーシル、サラー・アル=ディーン・ユースフ・イブン・アル=マリク・アル=アジーズの銘のある壺

サン=ジョスの屍衣 写真
サン=ジョスの屍衣

トゥクズティムールの紋のある瓶 写真
トゥクズティムールの紋のある瓶

獅子の香炉 写真
獅子の香炉


◇ 彫刻部門(97作品)

 1824年に創設された彫刻の展示室は、当時の「現代」彫刻作品を集めていましたが、時が流れ、中世、 ルネサンス、現代の彫刻作品を集めた部門となりました。

彫刻部門 写真

 ロマネスク様式のフランス彫刻には「獅子の穴の中のダニエル」(11世紀)や「オーヴェルニュの聖母」(12世紀)などが所蔵されております。16世紀にはルネサンスの抑制表現の影響がフランス彫刻にも表れ始め、ジャン・グジョンの浮彫や、ジェルマン・ピロンの「十字架降下」や「キリスト復活」などにその影響を見ることができます。17世紀から18世紀のフランス彫刻として、エティエンヌ=モーリス・ファルコネの「水浴する女」や、フランソワ・アンギエの「オベリスク」など、新古典様式の彫刻には、アントニオ・カノーヴァの「キューピッドの口づけに目覚めたプシュケ」(1793年)があります。

獅子の穴の中のダニエル 写真
獅子の穴の中のダニエル

エヴラール・ドルレアン作 2つの小瓶をもつ天使 写真
エヴラール・ドルレアン作 2つの小瓶をもつ天使


◇ 工芸品部門(270作品)

 形や素材、時代も様々な作品が織りなす世界を紹介しています。宝飾品、金銀細工、エマイユ(七宝)、象牙細工、ブロンズ作品、堅石細工、陶磁器、ガラス細工、ステンドグラス、調度品、タピスリーなど、中世初期から19世紀前半までの作品を所蔵しています。

工芸品部門 写真

 中世の工芸品コレクションには、ルイ14世が戴冠式に使用した王冠や、シャルル5世の王笏、「斑岩の壺」など、ルネサンス期の工芸品コレクションには、ジャンボローニャが制作したブロンズ像「ネッソスとデイアネイラ」、タペストリー「マクシミリアンの狩猟のタピスリー」などがあります。ルネサンス以降の時代のコレクションで有名なものとして、ポンパドゥール夫人が所有していたセーヴル磁器のコレクションや、ナポレオン3世のアパルトマンなどが挙げられます。

ピエール・グティエール(1732-1813年)-フランソワ=ジョゼフ・ベランジェ 1対のろうそく立て
1対のろうそく立て

国王シャルル9世の兜 写真
国王シャルル9世の兜


◇ 絵画部門(238作品)

 13世紀から1848年に至るまでのヨーロッパ絵画のあらゆる流派を代表する7,500点を超える作品群によって、ルーヴル美術館の百科にわたる規模を反映しています。各々のコレクションの研究とその展示配置は、著名な専門家から成る12人の学芸員に委ねられています。

絵画部門 写真

 初期のフランス絵画に、アンゲラン・カルトンの「アヴィニョンのピエタ 」(1455年頃)があります。フランス王ジャン2世の肖像で、作者未詳の「善良王ジャン」(1360年頃)は、古代以降の作品としては、おそらく最古の個人肖像画と言われます。その他フランス絵画には、リゴーの「ルイ14世」、ダヴィドの「ナポレオン1世の戴冠」、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」などがあります。アルプス以北の北方絵画には、フェルメールの「レースを編む女」や「天文学者」、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの「カラスのいる木」、レンブラントの「エマオの晩餐」、「ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴」、「屠殺された雄牛」などがあります。イタリア絵画では、特にルネサンス期のコレクションに重要な作品が多く、ルネサンス初期の画家マンテーニャとベッリーニの「キリスト磔刑」には写実主義と詳細表現の萌芽がみられ「精神世界を表現した重要な場面が描かれている」とされています。ルネサンス盛期の絵画コレクションには、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、「聖アンナと聖母子」、「洗礼者ヨハネ」、「岩窟の聖母」、ティツィアーノの「田園の合奏」、「キリストの埋葬」、「荊冠のキリスト」などが所蔵されています。バロック期の絵画コレクションにはカラヴァッジョの「女占い師」、「聖母の死」などが所蔵されています。
 美術品収集家の医者ルイ・ラ・カズ (en:Louis La Caze) が1869年に遺贈した絵画584点は、通称「ラ・カズ・コレクション」と呼ばれ、個人が寄付した絵画点数としてはルーヴル史上最大のコレクションとなっている。ラ・カズ・コレクションには、ヴァトーの「ピエロ」が含まれます。

民衆を導く自由の女神 写真
民衆を導く自由の女神

エマオの晩餐 写真
エマオの晩餐

シャルル・ル・ブラン 《アレクサンドロス大王のバビロニア入城》
シャルル・ル・ブラン作 アレクサンドロス大王のバビロニア入城

モナ・リザ 写真
モナ・リザ


◇ 素描・版画部門(173作品)

 デッサン、パステル画、細密画、版画、本、写本、書簡、リトグラフ(木、銅、石版)などの紙を素材とした美術品コレクションを所蔵しています。その制作技術や光に弱い材質などから、作品の保管方法も特別です。所蔵庫で整理され大切に保管されている作品は、閲覧室での閲覧の際と企画展の際にのみ、所蔵庫から出されます。企画展の会期は3ヶ月に限られ、会期中は、作品に向けられる照明を50ルクスに、展示室の気温は20度、湿度は約50%に抑えられます。会期後、作品は所蔵庫で3年間の眠りにつきます。

素描・版画部門 写真

せせらぎに橋が架かっている森の風景 写真
せせらぎに橋が架かっている森の風景

医療講演:「がん治療 現状と展望・民間療法 温泉 編」


 医療講演:「がん治療 現状と展望」民間療法の一つとして温泉をご紹介します。

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医療講演:「がん治療 現状と展望・民間療法 笑い/リラックス 編」


 医療講演:「がん治療 現状と展望・民間療法」の笑い/リラックス編です。

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医療講演:「がん治療 現状と展望・民間療法 食品編」


 医療講演:「がん治療 現状と展望・民間療法 食品編」です。概ね免疫力を高めるものが紹介されております。高価なサプリメントを買い求めるよりも身近の安価なもので無理なく続けられるものがお勧めんですね。

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医療講演:「がん治療 現状と展望・民間療法 緒言」


 医療講演:「がん治療 現状と展望・民間療法」について、まずはそのさわりの部分からです。(?)マークがついているのは怪しいものも少なくないからです。

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医療講演:「がん治療 現状と展望・免疫療法」


 医療講演:「がん治療 現状と展望・放射線療法」です。ちょっとしたトピックス、オブジーボの周辺知見にさらりと触れております。

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医療講演:「がん治療 現状と展望・放射線療法」


 医療講演「がん治療 現状と展望」、放射線療法の項目です。膵癌術後の局所再発に対する自験例をご紹介しております。

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《中華>広東料理>横浜>焼きそば》横浜中華街 唯一と謳われる 酔楼(すいろん)の「鳥の巣 焼きそば」


 グルメの記事、しかも麺類が続きますが、実際、15日の月曜祭日に佐野ラーメン、16日(火)夜は横浜中華街で旅行雑誌にも掲載されている酔楼の「鳥の巣 焼きそば」を試してみました。店メニュー全部については今後も興味ありますが、とりあえずこの一品についてご紹介します。

酔楼 外観

酔楼 食べログ

酔楼 地図

酔楼 内部

 メインストリートである中華街大通りから市場通りに入ってすぐの左手ですのでたいへん解りやすいです。店内はかなり綺麗な印象でゆったりとした空間でありました。夕方とは言え平日だからか客は私一人でありました。


◇ 鳥の巣 焼きそば 980円

 店内の壁に張り紙がありまして、「中華街唯一」を謳って(うたって)おります。

酔楼 はりがみ

 メニューでは“海鮮フカヒレあんかけ鉄板おこげヤキソバ”と説明されております。まず、「鉄板おこげヤキソバ」の部分が運ばれてきます。熱した鉄板に、カリッと焼かれ鳥の巣状(ドーナッツ状)に作られた焼きそばが置かれ、その中に4片のおこげが入っておりました。

酔楼 前

 直後に海鮮や野菜などの具が入ったあんが運ばれ、店員がそれを一気に“鉄板おこげヤキソバ”の上にかけました。ジューっという派手な音とともに蒸気が立ち込めます。思わぬ興奮を促すパフォーマンスでありました。



酔楼 できあがり01

酔楼 できあがり02

酔楼 麺

 具は海老、いか、ホタテ、豚バラ薄切り肉、うずら玉子、銀杏、ねぎ、しめじ、マッシュルーム、白菜、ブロッコリー、ニンジン、セロリなど、たいへん豊富で冷凍の香りはしませんでした。味付けは濃すぎず薄すぎずです。鳥の巣状の焼きそばとおこげをあんに浸して食べます。焼きそばは揚げたかた焼きそばではなく、カリッと焼かれたもので、あんと合わせるとしなっとなって香ばしくて美味しかったです。おこげもカリッとした部分とフニャッとした部分の食感のコントラストを楽しめました。あんをかける際に具をこぼしてしまったためフカヒレ入りスープがサービスで着きました。

サービス スープ


◇ 評価

 たいへん美味しくいただけましたし、パフォーマンスは楽しかったです。また気が向いたら行ってもいいし、誰かに見せてあげたい料理です。ただ、食後しばらくたってからの感想、心に残る感覚を申しますと、要するに海鮮あんかけの焼きそばでありおこげであることには違いはなく、あんをかけるパフォーマンスがなければ他の店でもいただける味と思いました。またエビは豊富でしたが、イカと豚肉は少なく、キクラゲが入っていないのが残念でした。以上から星3つ半でお願いします。

星3.5

《中華>ラーメン>佐野>店舗》佐野ラーメンの代表的存在「青竹手打ち 大和」


 祭日の昼間、足利でテニスの大会があって応援に行った帰りに寄りました、佐野ラーメンの代表的存在である「青竹手打ち 大和」のご紹介です。「青竹手打ち」とは、小麦粉を練り打ち台の上にのせ太い青竹にのり、前後に移動しながら伸ばしていく製麺技法のことで、佐野ラーメンでは、こうして作られた自家製麺がよく用いられております。

大和外観01

大和看板

大和旗


◇ 食べログ情報

 以下に食べログの情報を供覧いたします。東北自動車道、佐野藤岡インターを出て、50号線を西に向かい、佐野アウトレットをやり過ごして9号で右折、270号と交差するところで左折すれば着きます。駐車場が第三まであり苦もなく駐車できました。店の入り口には記名する紙が置いてあって、来た人から順に名前を記載する形式でした。私が到達した段階で入店を待っている人は53人でありました。食べログの評価は3.71ですから行列はうなづけますね。

食べログ 大和

大和店舗情報

大和地図


◇ メニュー

大和メニュー


◇ ラーメン 630円

ラーメン


◇ 味卵ラーメン 750円

煮卵ラーメン


◇ チャーシューメン 830円

チャーシューメン


◇ 辛ねぎラーメン 750円

ネギラーメン


◇ 総合評価

大和 麺

 塩加減はしょっぱ過ぎず薄過ぎず、あまり魚臭くない薄い醤油味で、油が浮いてますが、そんなに油っぽくない、たいへん上品な味わいでありました。辛ねぎラーメンはさらに油っぽさをねぎが打ち消していて、香ばしさが加わっております。麺は太めの手打ちで、硬過ぎず、柔らかすぎず、もちもちとしっかりした食感でこれまた最高の味わいです。ほんの少し難を言えば、チャーシューが当たり前過ぎ、どこにでもある味でありました。これほどのラーメンですから特別なチャーシューを期待しました。高評価、星4.5でお願いいたします。

星4.5


◇ 店長の自己紹介

 最後に店長の自己紹介が張り紙されてましたのでこちらも供覧いたします。

大和説明01

大和説明書き02

医療講演:「がん治療 現状と展望・化学療法」

 医療講演「がん治療 現状と展望」、化学療法のページです。

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大腸ガン症例002

大腸ガン症例003

大腸ガン症例004

化学療法 膵癌001

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医療講演:「がん治療 現状と展望・外科的治療 肝胆膵がん 編」


 医療講演:「がん治療 現状と展望」肝胆道膵臓がん の外科治療を供覧します。

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ジャニー喜多川 氏(87歳)死去、この人物が創り出した数々の「you」たち


 9日、ジャニー喜多川 氏 がくも膜下出血で他界されました。享年87歳でありました。ジャニーズ事務所を創設し多数の男性アイドルを世に排出して、時代を彩った人物でありました。ここに氏が「you」と呼んで世に出したアイドルの面々をご紹介いたします。できるだけ多くの名前を載せましたが漏れがあることをご容赦ください。

ジャニー喜多川 死去のニュース


◇ 1962年 初代ジャニーズ

 真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦(4名)

1962年 初代ジャニーズ


◇ 1967年 フォーリーブス

 北公次、江木俊夫、おりも政夫、青山孝(4名)

1967年 フォーリーブス

 
◇ 1970年 ジューク・ボックス

 円谷弘之、小谷典由、吉本暁弘、近藤昌、行田和彦(5名)

1970年 ジューク・ボックス


◇ 1971年 郷ひろみ

1971年 郷 ひろみ


◇ 1974年 JOHNNY'Sジュニア・スペシャル

 板野俊雄、林正明、畠山昌久(3名)

1974年 JOHNNYS ジュニア・スペシャル


◇ 1974年 井上純一

1974年 井上 純一


◇ 1974年 豊川誕

1974年 豊川誕


◇ 1975年 リトル・ギャング

 松原秀樹、曽我泰久(2名)

1975年 リトルギャング


◇ 1976年 川﨑麻世

1976年 川﨑 麻世


◇ 1978年 ジャPAニーズ

 細野謙治、吉野明男、乃生佳之、板野俊雄(4名)

1978年 ジャPAニーズ


◇ 1979年 たのきんトリオ

 田原俊彦、近藤真彦、野村義男(3名)

1979年 たのきんトリオ


◇ 1980年 ひかる一平

1980年 ひかる 一平


◇ 1982年 シブがき隊

 薬丸裕英、布川敏和、本木雅弘(3名)

1981年 シブがき隊


◇ 1982年 イーグルス

 中村繁之、大沢樹生、宇治正高、石川博文(4名)

1982年 イーグルス


◇ 1983年 THE GOOD-BYE

 野村義男、曽我泰久、加賀八郎、衛藤浩一(4名)

1983年 THE GOOD-BYE


◇ 1985年 少年隊

 錦織一清、植草克秀、東山紀之(3名)

1985年 少年隊


◇ 1985年 男闘呼組

 小竹正人、小関純匡、江口信夫、平山牧伸、田中厚(5名)

1985年 男闘呼組


◇ 1987年 光GENJI

 内海光司、大沢樹生、諸星和己、佐藤寛之、山本淳一、赤坂晃、佐藤敦啓(7名)

1987年 光GENJI


◇ 1988年 CHA-CHA

 勝俣州和、中村亘利、松原桃太郎、西尾拓美、木野正人(5名)

1988年 CHA-CHA


◇ 1988年 SMAP

 中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾、森且行(6名)

1988年 SMAP


◇ 1990年 忍者

 柳沢超、正木慎也、遠藤直人、高木延秀、志賀泰伸、古川栄司(6名)

1990年 忍者


◇ 1990年 TOKIO

 城島茂、国分太一、松岡昌宏、長瀬智也、小島啓、山口達也(6名)

1990年 TOKIO


◇ 1993年 KinKi Kids

 堂本光一、堂本剛(2名)

1993年 KinKi Kids


◇ 1995年 V6

 坂本昌行、長野博、井ノ原快彦、森田剛、三宅健、岡田准一(6名)

1995年 V6


◇ 1999年 嵐

相葉雅紀、松本潤、二宮和也、大野智、櫻井翔(5名)

1999年 嵐


◇ 2001年 KAT-TUN

 亀梨和也、上田竜也、中丸雄一、赤西仁、田中聖、田口淳之介(6名)

2001年 KAT-TUN


◇ 2002年 タッキー&翼

 滝沢秀明、今井翼(2名)

2002年 タッキー翼


◇ 2002年 関ジャニ∞

 横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、錦戸亮、大倉忠義、渋谷すばる、内博貴(8名)

2002年 関ジャニ∞


◇ 2003年 NEWS

 小山慶一郎、加藤シゲアキ、増田貴久、手越祐也、森内貴寛、内博貴、草野博紀、錦戸亮、山下智久(9名)

2003年 NEWS


◇ 2005年 Kis-My-Ft2

 北山宏光、千賀健永、宮田俊哉、横尾渉、藤ヶ谷太輔、玉森裕太、二階堂高嗣(7名)

2005年 Kis-My-Ft2


◇ 2007年 Hey! Say! JUMP

 山田涼介、知念侑李、中島裕翔、岡本圭人、有岡大貴、髙木雄也、伊野尾慧、八乙女光、薮宏太(9名)

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◇ 2008年 A.B.C-Z

 橋本良亮、戸塚祥太、河合郁人、五関晃一、塚田僚一(5名)

2008年 ABCZ


◇ 2009年 中山優馬 w/B.I.Shadow

 中山優馬、中島健人、菊池風磨、松村北斗、髙地優吾(5名)

2009年 中山優馬 w:B I Shadow

◇ 2010年 NYC

 中山優馬、山田涼介、知念侑李(3名)

2010年 nyc


◇ 2011年 Sexy Zone

 中島健人、菊池風磨、佐藤勝利、松島聡、マリウス葉(5名)

2011年 Sexy Zone


◇ 2011年 ふぉ〜ゆ〜

 福田悠太、松崎祐介、辰巳雄大、越岡裕貴(4名)

2011年 ふぉ〜ゆ〜


◇ 2014年 ジャニーズWEST

 重岡大毅、桐山照史、中間淳太、神山智洋、藤井流星、濵田崇裕、小瀧望(7名)

2014年 ジャニーズWEST


◇ 2015年 King & Prince

 平野紫耀、永瀬廉、髙橋海人、岸優太、神宮寺勇太、岩橋玄樹(6名)

2015年 King Prince


 上にご紹介しただけで、57年の間に38組(1.5年に1組)、延べ165人(1年に2.9人)のアイドルを創造されたことがわかります。紛れもなく、昭和〜平成、そしてこれからの令和の時代に大きく影響した人物でありました。ご冥福をお祈りいたします。

医療講演:「がん治療 現状と展望・外科的治療 胃がん・大腸がん 編」

 医療講演:「がん治療 現状と展望、ここでは外科的治療のうち胃がんと大腸がんについて供覧します。

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外科治療 胃がん

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現代の「ひきこもり」の現状、法医学教室 解剖医の目から


 本日づけ現代ビジネスの記事です。法医学教室の解剖医から見た現代の「ひきこもり」の現状を語っております。正確かつ冷静に現状を描写した文章を記録に残します。

ひきこもりと法医学教室

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解剖医が「ミイラになった遺体」から考えた、この国の厳しすぎる現実
7/8(月) 9:00配信

ミイラになった遺体

 この日、運ばれてきたのは40代の男性。解剖台に載せられた遺体を見ると、手足は乾燥してミイラ化している。死後2週間ほど経過しているように見える。法医解剖の現場では、死後2週間経過した遺体を解剖することは、珍しいことではない。最近は、私たちのところに運ばれてくる遺体の約半数は一人暮らしの人になった。
 一人暮らしをしていて何かの原因で急に亡くなれば、遺体が発見されるまでに時間がかかることになる。遺体が見つかった時には、体が腐敗していたり、ミイラ化していたり、中には白骨になっていたりすることもある。解剖台のミイラ化した遺体をながめながら、この男性も一人暮らしをしていたのではないかと思った。
 だが、遺体が見つかった時の状況を警察の人から聞くと、意外なことがわかった。男性は一人暮らしをしていたわけではなかった。両親と同居していた。
 親と同居していたのに、なぜ、体がミイラ化するまで遺体が見つからなかったのだろうか。20代の頃から、男性はほとんど自分の部屋にひきこもる生活をしていたらしい。大学を卒業して就職したのだが、職場の人間関係の不具合で退職した。その後、いろいろと仕事はしたようなのだが、結局のところ、部屋にひきこもるようになってしまった。ここ数年の間は、ほとんど両親と顔をあわすこともなかった。男性の部屋から物音がしないことを不審に思った親が部屋に入ってみると、ベッドからずり落ちるような格好で男性は亡くなっていた。
 体がミイラ化するほど時間が経っているので、解剖しても死因を明らかにすることは難しいだろう。そう思いながら、解剖を始めた。だが、死因はすぐにわかった。男性の死因は、肺炎だった。左右の気管支をメスで切り開くと、黄白色の膿汁がたまっていた。肺の中からも同じような膿汁が出てきた。
 男性は40代とまだ若い。病院で治療を受けていれば、肺炎で亡くなることはなかったかもしれない。だが、この男性は、病院で治療を受けることもなく、また、だれにも看取られることもなく、部屋でひっそりと亡くなってしまった。

ひきこもりをめぐる状況

 先日、元官僚の父親が、仕事をせずに同居していた息子を殺害するという事件があった。父親は、息子から暴力を受けていたともいわれている。亡くなった息子は44歳。父親は76歳。
 この事件が起こる前には、川崎で小学生の児童ら20人が路上で次々に刺され、小学生の女児一人と外務省の職員一人の計2名が亡くなるという事件があった。犯行後に自殺した犯人の男性は、51歳。最近10年以上、犯人はひきこもりの生活をしていたという。
 息子を殺害した元官僚の父親は、川崎の事件を知って、自分の息子も同じような事件を引き起こすのではないかと不安だったといっているようだ。

 内閣府の調査によると、自宅で半年以上閉じこもっている15~39歳の「ひきこもり」の人は約54万人。40~64歳の「ひきこもり」の人は約61万人にのぼる。最近では、ひきこもりの人の高齢化が進んでいる。80代の親が無職の50代の子の面倒をみる、いわゆる「8050問題」が話題となっている。法医学教室に運ばれてくるひきこもりの人には、こうした事件に関係して亡くなった人もいるが、その数はとても少ない。解剖台の男性のように、自宅でひっそりと亡くなった人が多い。
 今のところ、ひきこもりの人を解剖する時には、ひきこもりの人だけを解剖している。しかし、そのうち、状況は変わってくるだろう。ひきこもっている子が親よりも先に亡くなれば、ひきこもりの子だけを解剖することになる。だが、時間が経つと、ひきこもりの子を抱える親が先に亡くなるようなことがおこってくる。親が亡くなった時、ひきこもっている子は親の死を周りの人に伝えることができるのだろうか。もしそれができなければ、ひきこもっている子は生きていくことはできない。そうなれば、ひきこもりの子とその親の遺体が同時に見つかることになる。私たちのところへは親子二人が同時に運ばれてくることになるだろう。

老老介護の現場で起こっている現実

 ひきこもり問題の今後を考える時、老老介護の現状が参考になると思われる。今では、法医解剖の現場には、老老介護世帯の人が運ばれてくることが多くなった。しかも、老老介護の当事者である二人、つまり、介護する人と介護される人の二人が同時に運ばれてくることが珍しくなくなった。
 認知症の妻を介護していた夫が、自宅の浴槽で死亡しているところを見つかった。夫婦はともに80代。この夫婦を見つけたのは、定期的に訪問している看護師だった。浴槽の中で亡くなっている夫を看護師が見つけた時、亡くなっている夫のそばで、妻は裸のままだったという。この夫婦の状況から考えると、妻の入浴を補助していた夫が何かの拍子に浴槽に頭から逆さまに落ち込んでしまったらしい。解剖すると、夫の死因は溺死だった。妻は同じ場所にいたのだが、そのことを家の外のだれにも連絡することができなかった。ただその場にたたずんでいるだけだった。妻は夫の死を理解することができなかったらしい。
 だが、この夫婦の場合は、まだ幸運だったと言うべきかもしれない。妻が見つかったのは、夫の死からそれほど時間が経っていないうちだった。夫の遺体が見つかったとき、幸いにも妻は生きていた。だが、発見が遅れていれば、妻はおそらく同じ浴槽で亡くなっていただろう。私たちのところへは、夫婦が二人とも運ばれてきていたにちがいない。

ひきこもりの人を抱える世帯の今後

 一般的なことをいうと、介護している人が何かの原因で急に亡くなると、介護されている人が、そのことを周りの人に連絡できないことがある。何かの原因で亡くなった後、ミイラ化したり、白骨化したりするまで時間が経ってしまった介護人が運ばれてくることもある。そうした介護人のそばで、介護されていた人が生活しているところを見つかることもある。
 ひきこもりの人を抱える世帯について、今のところ、法医解剖の現場に運ばれてくるひきこもりの人の年齢はまだ若い。同居している親が、まだ生きているからだ。だが、ひきこもりの子の面倒を見ている親も高齢化する。親が亡くなった時、そのことをひきこもっている子が周りの人に連絡することができなければ、子は生きていくことはできないだろう。
 老老介護世帯の解剖の経験からいうと、亡くなっている親の遺体と同居するひきこもりの人が見つかるようなことがまずおこるだろう。すでにミイラ化していたり、白骨化が進んでいたりする遺体のそばで、何事もなく生活しているようなひきこもりの子が見つかることになる。その後、子がひきこもり生活を続けていれば、やがて、子も亡くなる。その場合、二人とも死亡しているところを見つかって、二人とも解剖されることになる。

法医解剖から見える今後の死の光景

 最近、ひきこもり生活をしていた40代の男性を解剖した。男性は親と暮らしていたわけではない。男性は勤めていた銀行を辞めてから、一人で家にひきこもるようになった。男性が亡くなったのは、ひきこもりの生活を始めてからわずか3年後だった。遺体の体を見るとやせていて、垢で皮膚が茶色になっている。遺体は腐敗していて、解剖しても死因はわからなかった。男性は、名前を聞けばだれでも知っているような大銀行に勤めていた。そこを辞めてからわずか3年で、一人ひっそり亡くなるようなことが現実に起こっている。ちょっとしたことが原因で、だれでもひきこもり生活をはじめることになる。

 決して人ごとではない。

 この国では、いま高齢化や単独世帯数の増加、少子化、老老介護、ひきこもりといった問題が話題になっている。解剖台に運ばれてくる人たちは、当たり前の話だが、全員、死亡している。法医解剖の現場では、今日この国が抱える社会問題が遺体というもっとも深刻な形で現実化している。法医解剖の現場で起こっていることをまずは多くの人に知ってもらうことが必要だろう。解剖する時に、いつもそう感じている。
 老老介護の世帯で、亡くなっている二人が見つかるということは、法医解剖の現場では、今やありふれた光景になってしまった。老老介護の現場で起こっていることが、今後ひきこもりの世帯でおこることが予想される。ひきこもりの人を抱える家庭では、今後、亡くなってからだいぶん時間が経った親の遺体とそれと比べればあまり時間が経っていない子の遺体が同時に見つかることになる。
 ひきこもりの問題をこのまま放置すれば、今後、そういった死のありさまが、この国の死の光景として、ありふれたものになっていくことになるだろう。

西尾 元

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医療講演:「がん治療 現状と展望・がんの原因論」

 医療講演「がん治療 現状と展望」原因論について、食生活、発がん物質、遺伝性、感染症、免疫低下、そしてストレスの方面からご紹介しております。

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医療講演:「がん治療 現状と展望・がんの疫学」

 医療講演「がん治療 現状と展望」のスライド、続きです。緒言で現代のがん患者の多さをご紹介したところで具体的な疫学の数字を供覧いたします。

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医療講演:「がん治療 現状と展望・緒言」


 己のルーチンワークとしている一般向け医療講演の2019年版ができましたので少しずつこの場を借りてご紹介して参ります。スライドのみの供覧で、お目を煩わせますし、質問は受け付けできませんが、悪しからず。

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