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アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

惜しまれる濱口-高城 バッテリーの解消


 オールスター明けの7月9日、横浜DeNAは、白崎浩之内野手(27)、高城俊人捕手(25)と、オリックスの伊藤光捕手(29)、赤間謙投手(27) との2対2の交換トレードが成立したと発表しました。なんてことのないシーズン中のトレードで、この4選手ともに、己の持てる最高の力を出せずにいる状態ではありました。ただ、この中にあって高城選手については他の選手とはちょっと違う印象でおりました。次の映像、見られるでしょうか?、これもなんてことのない二塁牽制タッチアウトであります。

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 6月24日、ナゴヤドーム対中日戦、6回裏中日の攻撃、1アウト1, 2塁、モヤの打席でのこと、二塁ランナーはアルモンテでありました。繰り返しますが、なんてことない二塁牽制タッチアウトでありますが、よく見ると、高城捕手からのサインプレーに濱口投手がよく反応した、年間何回もない見事なプレーでした。

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 プロ2年目の濱口投手は昨年の10勝を全て高城捕手相手で挙げました。今年はついにこのコンビでの勝ち星は得られず、この牽制アウトはこのバッテリーの、もしかしたら最後の好プレーであったかも知れません(濱口投手、この試合はこのイニングで降板、次の試合で4連続押し出し四球で2回KO)。
 その後の濱口投手、移籍の伊藤捕手とのバッテリーで今季初勝利を挙げますが、高城捕手と積み上げた10勝を忘れはしないと思います。さらなる成長の期待がかかります。一方の高城捕手、「強肩強打のすごいヤツ」、すでに横浜でレギュラーをつかみかけた経験があります。是非とも新天地で花開いてほしいものです。


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大洋〜横浜として9件目、桑原 将志 選手、サイクル安打


 先週の金曜夜は横浜スタジアム、歓喜の渦中におりました。大いなる興奮と感動を覚えたその試合で、横浜DeNAベイスターズの 桑原 将志 選手が史上67人目、72回目のサイクル安打を達成しました。私としては、1999年、ロバート・ローズ 選手が富山球場で対広島戦に達成したのをテレビ観戦して以来、19年ぶり2度目のリアルタイムで観た出来事で、しかも今回は球場での生観戦でしたので、まさに興奮と感動でありました。

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 こんな機会ですので、今回は日本プロ野球におけるこれまで達成したサイクル安打の一覧を提示します。


◇ サイクル安打 概要

 サイクル安打とは、野球、ソフトボールの試合で、1試合で1人の打者が単打、二塁打、三塁打、本塁打のそれぞれを1本以上打った場合に成立する記録で、一巡安打(いちじゅんあんだ)、サイクルヒット (cycle hits) とも呼び、英語では hit for the cycle と言います。
 1965年までは特に意識されることなく発生していたそうですが、1965年7月16日、阪急の ダリル・スペンサー 選手が達成した際、スペンサー自らが記者に「なぜ自分に質問をしてこないのか。これはサイクル安打といって、とんでもない記録なんだ」と言ったのをきっかけに遡って記録が調べられ、彼が史上24回目の記録であり、第1回目の達成が、1948年10月2日、阪神の 藤村富美男 選手が最初の達成者であることが判明し、以後、意識されるようになりました。


◇ 日本プロ野球 サイクル安打一覧

NPB サイクルヒット一覧

ピサのドゥオモ広場におけるある経験


 昨年のローマ〜ピサ〜フィレンツェの旅行中、イタリアならでは(?)と言う経験をしましたので記録します。場所はピサ(Piazza)、有名な斜塔があるドゥオモ(Duomo)広場です。その経験については後述するとして、まずは現地へのアクセスと、ドゥオモ広場およびピサの斜塔についての概要です。


◇ ピサへのアクセス

 ローマからピサまでの移動です。

1.さすがはローマのレンタカー、追加料金

 丸2日間のローマ観光をすませた3日目、来た道を逆戻りするように、3泊したローマのホテル、スターホテル メトロポール(Starhotels Metropole)をチェックアウト、テルミニ駅(Stazione di Roma Termini)からレオナルド・エクスプレス(Leonardo Express)に乗り込み30分ほどでフィウミチーノ空港(Aeroporto di Fiumicino)へと移動しました。

エクスプレス

 日本からあらかじめ予約をしていたレンタカー、Hertzに行き、名前を伝えて予約控えを渡したところ、車は用意しておりますと解りやすい英語が返って来ましたが、案内されてみてびっくり!、10段変速のマニュアル車でありました。マニュアル車なんて1996年以来、21年ぶり、これでピサからフィレンツェ、ぐるっと回ってローマに帰ってこれるものか?、当たって砕けろと駐車場から出発いたしました。しかし、案の定、半クラッチからギヤを上げて行く段階でエンストの繰り返し、これはダメだと路上から駐車場、Hertzに引き返しました、やっぱりオートマでお願いしたいと。
 今度は激しく待ちぼうけ、なかなか係の人が来ません。他のお客さんへの対応もあるのでしょうが、意味なく1時間も車に乗っていると果たしてローマを脱出してピサからフィレンツェまで行けるものか不安になりました。やっと現れた係の人が言うにはオートマ車はあるにはあるが追加料金が必要、日本円で3-4万円ほどかかるとのことでした。背に腹は変えられずクレジットカードを手渡しながら、そう言えば、ホテルでもレストランでも、サービス料とかなんとか、嫌に追加のお金を取られるものだ、これがイタリア旅行なんだと実感しました。

2.ローマからフィレンツェを横目にピサへ

 当初は地中海に臨むイタリア西部の海岸線を北上するルートも考えましたが、初めての国でのドライブですので最も整備されていると思われるルートを選択しました。フィウミチーノ空港を脱出してA91→EB80→A90→EB80→A90と高速を乗り継いで、ローマ市の周りを反時計周りに半周したところでE35に乗りました。約220 km北上したところでフィレンツェの街が見えて来ましたが、ここで左に90度、SS67に入り西へと向かい、ここからは約65 km、1時間はかからずピサの街に入りました。ちょっと道に迷って30分ほどロスしましたがドゥオモ広場には夕方4時頃到着いたしました。

ローマ〜ピサどライブE35ーSS67号線


◇ ドゥオモ広場

 ドゥオモ広場は、イタリア西部トスカーナ州にあるピサのはずれにあり、中世におけるピサの海運都市としての繁栄を象徴する建物群とその前に広がる緑の芝生であります。

1.概要

 大聖堂、洗礼堂、鐘楼、墓所回廊の4つの建造物で構成され、1987年、世界遺産として登録されました。緑の芝生と白い大理石の建物群が織りなす景観の美しさから、ピアッツァ・デイ・ミラーコリ(Piazza dei Miracoli)、あるいはカンポ・デイ・ミラーコリ(Campo dei Miracoli)などと「奇跡の広場」と称されております。

ドゥオモ広場
左手前から洗礼堂、大聖堂、斜塔

2.大聖堂

 大聖堂(ドゥオモ)は、奥行きが約100 m、幅約30 mで、緑の芝生が生える広場の中央にそびえており、都市国家であったピサが、1063年にパレルモ沖でサラセン艦隊を破ったことを記念して建築を始められました。上から眺めるとラテン十字の形をしており、内部は、円柱が密に並び、五廊式となっております。

大聖堂

3.洗礼堂

 大聖堂の西側に建っている、直径約35 mの円筒形の建物で、着工は1152年で完成には200年以上を要しました。全体は白い大理石で、建物の下側がロマネスク様式で大聖堂と同じような列柱とアーチで装飾されております。


◇ 斜塔

 さて、有名なピサの斜塔(Torre di Pisa)は、1173年着工で1372年に完成した大聖堂の鐘楼のことであります。

斜塔

1.形態

 高さは地上55.86 m、階段は296段あり、重量は14,453 t、地盤にかかる平均応力は50.7 tf/m2と見積もられております。有名な傾斜は、1990年に最大5.5度とされましたが、その後10年間の工事によって現在は3.99度に是正されております。

2.傾斜の原因

 工期が第1工期 1173-1178年、第2工期 1272-1278年、第3工期 1360年 -1372年と記録されており、第1と第2の間に94年、第2と第3の間が82と間隔が長く、これは第1工期後、すでに建物の傾斜が始まっており、これを修正しつつ建設が再開されたからと言われます。
 傾斜の原因は、1990年から改修工事前に行われた地質調査によると、地盤の土質が極めて不均質であったことで、南側の土質が相対的にやわらかく年月を経るうちに傾き始め、それにより回転モーメントが増大してますます地盤に対する負担が大きくなり、結果的には塔の南側が大きく沈下するという事態に陥ったとされます。

3.傾斜の克服

 1935年、地下水が地盤をやわらかくしてしまうのを防ぐため薬液を注入して地下水の浸入を止めようとする応急処置がとられましたがうまくいかず、1960年代には、現地の地下水汲み上げによって地下水位が下がり、またも傾斜進行という危機を迎えました。1964年2月27日ついに、イタリア政府はピサの斜塔を崩壊から回避するための支援を求めました。
 1990年1月7日、安全上の問題で公開を休止し、傾斜角を是正するために改修工事が始まりました。改修工法には世界各国の建設会社から様々な提案がされましたが、最終的に北側の地盤を掘削するという工法が行われました。上述のごとく最大5.5度の傾斜が3.99度まで改善され、2001年6月16日、公開は再開されました。2008年5月28日、監視担当のエンジニアで地質学者でもあるミケレ・ジャミオルコウスキ教授により、少なくともあと300年は倒れる危険がないとの見解が示されております。


◇ ドゥオモ広場でのある経験

 なんてことはありません。スリと思われる人が近づいて来たのと、やはりこれも隙だらけの日本人からお金を巻き上げようとするかのような行動を見ました。

1.スリとおぼしき2人の女性

 建物に入ることはなく、ただドゥオモ広場をぶらぶらと歩いて写真を撮ったりしたところで、屋台の土産物売り場でピサの斜塔をデザインしたビールのジョッキを購入しました。

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 この支払いを終えて右のポケットに財布を戻した際にやや浅く入ってしまいましたが、特に気にせずそのままでおりました。元々、夏なので薄いズボンを着用しており、私のCoachの財布はカードが満載で太っておりますので、そこに財布があることは一目瞭然でありました。
 芝生の外、道路において体を大聖堂に向けて正体していたところ、ふと、右背後に人の気配と私の腰のあたりに向けた視線を感じました。なんとなく監視されているような、何かのタイミングを計っているような、そんな予感です。振り返るでもない、ただ空を見上げるように視線を移して、なんとなく眺めを変えるような仕草で右背後に目を移したところ、現地の服装をした中年女性が2人でそこにおりました。
 もしかしたらと思い、目を合わせることなく、体を90度斜塔の方に回転させて、2人の女性が右前に位置するようにしたところ、これらの女性は少しずつ動いて私の右背後に移動し、しかも近づいて参りました。その距離1 m以内、「これは狙われている」と直感して、同行の者に「右背後にスリがいる」と話して大きく動いて芝生の中へと移動し、財布をしっかりとポケットに収めました。
 あれは紛れもなく日本人観光客を狙ったスリだったと思います。複数人で仕掛けて別の方に逃げる手口を聞いたことがあります。私の背後にいたのは2人でしたが、別の仲間が少し離れたところにいて、取得した品をパスしたりもするようです。なかなかためになる経験でありました。

2.キスを迫る少女

 ドゥオモ広場から駐車場への帰りのことです。何人かの黒人男性が床に布を敷いてPRADAのバッグ、おそらくはコピー商品を安く売っている所がありました。そんな街角に、現地で生活する普段着の母と娘が私に近づいて参りました。娘の方、中学生くらいの女の子が不意に私に手を差し伸べ握手をしようとしています。これまたアブノーマルな雰囲気を感じたので “No thank you.” と振り払ったところ、驚くべきことが起こりました。
 女の子は “Please kiss me!” と言って唇を突き出して来ました。お母さんは横にいて笑みを浮かべているようでした。“No!, No!” と制止して足早に立ち去ろうとしましたが女の子がさらに “Kiss me!” と言って着いて来ようとしましたので走って逃げました。
 あれはなんだったのか?、今でも分かりません。見た感じは精神病の患者とは違う、普通の顔立ちでしたし、明らかに母親のように見えた女性は娘の行動を顔色一つ変えずに見守っておりました。もし女の子とキスをすれば、母親から代償のお金を要求されたのかも知れません。あるいはキスをした瞬間にスリ行為を行う手はずなのかも、、、?。不思議な出来事でありました。


◇ 余興

 最後に1つ、誰もがやっているピサの斜塔の楽しみ方を供覧いたします。これは日本人の姉妹ですね。

余興