アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

思わぬ不幸・災害から立ち直るスピリッツ 「いつも何度でも」


 今から22年前、平成7年(1995年)の4月のある肌寒い晴天の朝、神戸市にある長田区長田小学校の一室で、白衣を着て外来診療の椅子に腰掛けておりました。この年の1月17日に発生した阪神淡路大震災に対する、秋田市の事業として派遣された医療救護班であります。神戸にはその数年前に学会で訪れたことがあり、美味しい神戸牛をいただきましたので、変わり果てた街の惨状に驚きと落胆と悲しみを覚えたものでした。ただ、私たちが派遣された時は、震災から3ヶ月が経っており、春の日差しともに、人々の顔に少しずつ希望と意欲が感じられつつあった、そんな時間が神戸の街に流れておりました。
 その後の日本、平成23年(2011年)3月11日には東日本大震災とそれに伴う津波により多くの命が失われ街は破壊され、さらには福島第一原発事故で多数の避難者が出ました。昨年4月14日には平成28年熊本地震が発生して多くの死傷者と避難者を生みました。復興に携わるべき政治家の心無い失言が散見されはしましたが、東日本にしろ、熊本も、必ず確実に元の姿を取り戻す、世界的にも災害の多い我が国の国民は、そうしたものから、少しずつ、少しずつ立ち直る小さくても強い精神を持っているように思います。

 「いつも何度でも」

 日本人の死生観にも繋がる国民性、スピリッツの琴線に触れる楽曲であります。日本人で知らない人はほとんどいない、2001年のスタジオジブリの長編アニメ映画「千と千尋の神隠し」の主題歌でありますが、その歌詞の持つ意味を検証した報告は多くはありません。いささか想像の域を出ない部分はありますが、私なりの解釈でご紹介して参ります。

千と千尋の神隠し ジャケット


◇「いつも何度でも」

 この曲が生まれた過程について、作詞の 覚 和歌子 女史のインタビューがありました。まだ「千と千尋の神隠し」が作られる前、「煙突描きのリン」という映画の企画があって、それに合わせて書いた詩とのことでした。地震で廃墟となった町に唯一残った銭湯の煙突に、美大生が絵を描く、その女の子が屋根の上で口ずさむという設定であり、覚 和歌子 女史は東日本大震災を思い浮かべて詩を書いたとのことです。残念ながらこの企画は流れてしまいましたが、スタジオジブリの 宮崎 駿 氏から新しい映画に曲を使いたいと話があり、ああいう形で世に出ることとなって、「千と千尋の神隠し」のストーリーとは若干、異なる内容の主題歌になりました。

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 いつも何度でも

いつも何度でも ジャケット

 作詞 覚 和歌子
 作曲 木村  弓
 歌  木村  弓


 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも心踊る 夢を見たい

 悲しみは 数えきれないけれど
 その向こうで きっと あなたに会える

 繰り返す誤ちの そのたび 人は
 ただ青い空の 青さを知る

 果てしなく 道は続いて見えるけれど
 この両手は 光を抱ける

 さよならの時の 静かな胸
 ゼロになる体が 耳を澄ませる

 生きている不思議 死んでゆく不思議
 花も風も 街も みんな同じ

 ラ ラ ラン ラン ラ ラン
 ラハハハハ
 ラン ラン ラ〜 ラン ララララ
 ラン ラン ララ ラン ラ〜ララ
 ラン ララララ ラン

 ホホホ ホホホホ
 ホホホホ
 ルルルル ルルルル
 ルルルル〜 ルル
 ル〜ン ルルル〜


 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも何度でも 夢を描こう

 悲しみの数を 言い尽くすより
 同じくちびるで そっと歌おう

 閉じていく思い出の その中にいつも
 忘れたくない 囁きを聞く

 粉々に砕かれた 鏡の上にも
 新しい景色が 映される

 始りの朝の 静かな窓
 ゼロになる体 充たされてゆけ

 海の彼方には もう探さない
 輝くものは いつもここに
 私の中に 見つけられたから

 ラ ラ ラン ラン ラ ラン
 ラハハハハ
 ラン ラン ラ〜 ラン ララララ
 ラン ラン ララ ラン ラ〜ララ
 ラン ララララ ラン

 ホホホ ホホホホ
 ホホホホ
 ルルルル ルルルル
 ルルルル〜 ルル
 ル〜ン ルルル〜

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「いつも何度でも」カバー YouTube URLです↓(冒頭に “h” を入れて入力して下さい)
 ttps://search.yahoo.co.jp/video/search?rkf=2&ei=UTF-8&dd=1&p=いつも何度でも


◇「いつも何度でも」歌詞の解釈

 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも心踊る 夢を見たい


 災害があって、現実を見れば落ち込む気持ち、でも、胸の奥には未来に向けて心踊るような夢を見たい、そうした自分でありたい。

 悲しみは 数えきれないけれど
 その向こうで きっと あなたに会える


 悲しみは数えきれないけれど、それを乗り越えたその先の向こうに、自分が夢に思う誰か、自分(?)にきっと会えるだろう。

 繰り返す誤ちの そのたび人は
 ただ青い空の 青さを知る


 発展し過ぎた文明の誤ちに降りかかる災害が起こるたび、人間は青い空の青さ、すなわち自然そのものの大きさに気付かされる。


 果てしなく 道は続いて見えるけれど
 この両手は 光を抱ける


 心身共に立ち直る、復活、復興への道は果てしなく続くけれど、その両手にはしっかりと希望の光を抱いている。

 さよならの時の 静かな胸
 ゼロになる体が 耳を澄ませる


 不幸が起こり、知人との別離を迎えて、しかし、かえって心は落ち着いて、耳を済まして初心に返る自分がいる。

 生きている不思議 死んでゆく不思議
 花も風も 街も みんな同じ


 自分が生きていることの不思議、知人が死んでしまった、いわゆる運命の不思議は、それは、花すなわち自然も、風それは時間、そして街においても同じこと。


 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも何度でも 夢を描こう


 災害があって、現実を見れば落ち込む気持ち、でも胸の奥に、いつも何度でも、未来に向けて夢を描く。

 悲しみの数を 言い尽くすより
 同じくちびるで そっと歌おう


 悲しい出来事を言葉にするよりも、未来への夢を細やかに語りたい。

 閉じていく思い出の その中にいつも
 忘れたくない 囁きを聞く


 悲しい出来事を拒絶するように薄れゆく記憶の中に、でも、忘れたくない言葉があって。

 粉々に砕かれた 鏡の上にも
 新しい景色が 映される


 粉々に砕かれて、激しく壊れた街の上に、復興した未来の新しい街並みが浮かんで来る。

 始りの朝の 静かな窓
 ゼロになる体 充たされてゆけ


 災害があって、そこから立ち直る始まりにおいて、一からやり直す心身が強い気持ちで充たされて欲しい。

 海の彼方には もう探さない
 輝くものは いつもここに
 私の中に 見つけられたから


 苦境から立ち直る、その強い情熱、未来への希望、高い志しを、はるか彼方に探したりはしない。大切なもの、それは自分の中に見つけることができから。


◇ ナターシャ・グジーさんが歌う「いつでも何度でも」

 この曲は、ウクライナ出身でチェルノブイリ原発事故に遭ったナターシャ・グジー Nataliya Gudziy さんの歌でも有名であります。彼女はこの歌詞を深く理解して、自分の経験として熱い思いで歌っております。

「いつも何度でも」Nataliya Gudziy YouTube URLです↓(冒頭に “h” を入れて入力して下さい)
 ttps://www.youtube.com/watch?v=6JiOQ1UBkzU

ナターシャグジー いつも何度でも

 彼女の経験と「いつも何度でも」に対する気持ちをご紹介します。

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「いつでも何度でも」を歌うナターシャ・グジーさんのインタビュー

 いまから、22年前にチェルノブイリ原発が爆発しました。当時わたしは6歳でしたが、お父さんが原発で働いていたので、家族全員で原発からわずか3.5キロのところに住んでいました。事故が起きたのは、夜中だったので、ほとんどの人たちは、そんなに大きな事故が起きたとは知りませんでした。

 そのため次の日は、普通に生活していました。子どもたちが学校に行き、お母さんたちが小さな子どもを連れて一日中外で遊んでいました。そして、一日中、目に見えない放射能を浴びていました。

 事故のことを知らされたのは、その次の日でした。たいした事が起きていません。でも、念のために避難してください。三日間だけ避難してください。三日後に必ず帰ってきますので、荷物は持たずに避難してください。そういわれて、わたしたちはみんな、荷物を持たずに、町を出てしまいました。でも、三日たっても、一ヶ月たっても、そして二十年たっても、その町にもどることはありませんでした。

 子どものころ、毎日遊んでいた美しい森も、たくさんの思い出がつまった家も、放射能のせいで、壊されて、土の中に埋められました。いまそこには、なんにも残っていません。かつて、命が輝いていた町は、死の町になってしまいました。あの恐ろしい事故で、わたしたちが失ったのはふるさとだけではありません。とってもたくさんの人が亡くなっています。わたしの友達も、なんにんも亡くなっています。
 
 そして当時、わたしと同じように子どもだった人たちが、もう大人になり、結婚したり、子どもを産んだりしています。そして新しく生まれてくる赤ちゃんたちの健康にも、異常があります。人間は、忘れることによって、同じ過ちを繰り返してしまいます。悲劇を忘れないでください。同じ過ちを繰り返さないでください。そう願ってわたしは歌を歌っています。

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◇ あとがき

 震災や洪水、台風、火山の噴火、そして限りなく人災に近い原発事故に見舞われた人が、絶望の淵から立ち上がって、なんとかして元の生活を取り戻そうと頑張っています。そうした情景を思い浮かべてこの「いつも何度でも」の歌を口ずさむと、人間の平和への強い意志を感じ、人間の愛情の深ささえも感じます。さらには、「人間とはかくも強い存在なんだ!」と言う感情を持ちます。
 曲の題名、「いつも何度でも」に目を向けます。曲中におけるこの題名のフレーズは一箇所だけであり、「いつも何度でも 夢を描こう」であります。これは人間社会に、繰り返される自然災害や人災など、大きな不幸に見舞われる歴史があって、絶望の淵に追いやられても、でも、いつの時代においても、何度でも、そこから立ち直ろうとしてきたことを言っているのだと思います。
 不幸から「いつも何度でも」立ち直る精神、日本人だけではありません、チェルノブイリ原発事故を経験したウクライナ人、ナターシャ・グジーさん、に留まるものでもありません。世界中に伝えたい強い感情だと思います。


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