アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

イチロー選手「ローズ超え」日米通算4257安打 〜 日米野球の優劣について 〜 01


 米大リーグ、マイアミ・マーリンズのイチロー外野手が2016年6月15日(日本時間16日)の敵地パドレス戦で日米通算4257安打(日本プロ野球 1278本、米大リーグ 2979安打)を記録し、ピート・ローズ選手の米大リーグ歴代最多、4256安打を超えました。今さらこの題材を取り上げるのに記録達成から2週間の時間を要しました。話題となっている「日米通算」の記録に賛否両論があって、これに対する私見をまとめておりました。まずは、記録達成の映像、YouTubeのリンクを貼り付け、試合後のインタビューでのコメントを全文でご紹介いたします。

 フジテレビ とくダネ!「速報、イチロー歴代最多安打新記録達成4257本 20160615 対パドレス戦」YouTube

イチロー世界記録j達成の写真


◇ イチロー選手 日米4257安打 会見全文 と 年度別成績

 試合後に行われた会見におけるインタビューとそれに対する返答を全文でご紹介し、昨年終了時点までの年度別成績を供覧いたします。

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イチローインタビュー写真

― あめでとうございます。

「ありがとうございます。」

― 4257安打を積み重ねた率直な感想から。

「ここにゴールを設定したことがないので、実はそんなに大きなことという感じは全くしていないんですけど、それでもチームメートだったり、記録の時はいつもそうですけどファンの方だったりと、ああいう反応をしてもらえるとすっごくうれしかったですし、そこですね、それがなかったら、何にも大したことないです。」

― 場内の拍手については?

「う〜ん、僕としては日米合わせた数字ということで、どうしたってケチが付くことは分かっているし、ここに目標を設定していなかったので、あまりやらないでと思っていたんですけど(笑)、でもそれは止められないですから、無視するのも失礼ですし。1本目のファイブフィートの内野安打ではなかなかそれは出来なかったというか。まぁタイですしね。抜いたわけではなかったので。あそこでは絶対出来なかったし。でも、ダグアウトからチームメートが喜んでくれてる姿が見えたので、軽く返したということだったんですけど、さすがに2本目はしないことが僕の矜持だというところが少しありましたけど、それでもああされると、という感じですね。」

― チームメートはベンチの中で並んで立って拍手していた。その時の気持ちは?

「(メジャー)16年目なんですけど、アメリカに来て、途中チームメート、同じ仲間であってもしんどかったことはたくさんあったんですね。で、去年このチームに来て、1年一緒にやって、今年メンバーが少し変わったんですけど、チームメートとしては最高のチームメートとハッキリ言える、まぁ“子”たちですよね、もう、年齢差から言えば。本当に感謝してます、彼らには。」

― クラブハウスではこれまで節目の記録で色々とやってもらっていたが、今日はそういうのはあったのか?

「今日はこれ(会見)やるために時間がなかったので、ないですよ。本当はこんなこともしたくないんですけど(笑)、お願いされてしまったので。」

― 日本ではここ数日、社会現象というほどの注目が集まり、号外も出た。

「そうなんですか。別の号外の話も聞きましたけどね。」(場内爆笑)

― 日本のファンが自分たちの喜び、誇りになると国中が喜んでいる。こちらでプレーヤーとしてそういうことを与えられたということについては?

「それは嬉しいんですけど、難しいところですねぇ、合わせた記録というところが。だから、いつかアメリカで、ピート・ローズの記録を抜く選手が出てきてほしいし、それはジーターみたいな人格者であることが理想ですし、もっと言えば、日本だけでピート・ローズの記録を抜くことがおそらく一番難しい記録だと思うので、これを誰かにやってほしい。とてつもなく難しいことですけど、それを見てみたいですよねぇ。だから、日米合わせた記録とはいえ、生きている間に見られて、ちょっとうらやましいですね、ピート・ローズのことは。僕も見てみたいです。」

― 常々、50歳まで現役したいということもおっしゃっていますが、あと1000いくつというのをアメリカで、というのは?

「僕は子供の頃から人に笑われてきたことを常に達成してきているという自負はあるので、例えば小学生の頃に毎日野球を練習して、近所の人から『あいつプロ野球選手にでもなるのか』っていつも笑われてた。だけど、悔しい思いもしましたけど、でもプロ野球選手になった。何年かやって、日本で首位打者も獲って、アメリカに行く時も『首位打者になってみたい』。そんな時も笑われた。でも、それも2回達成したりとか、常に人に笑われてきた悔しい歴史が僕の中にはあるので、これからもそれをクリアしていきたいという思いはもちろんあります。」

― 9回1死三塁でスタントンが三ゴロ。5打席目は回ってこないかなと言う中で、我々は引きの強さと感じたが、ご自身では?

「それは言うまでもないでしょ。それは僕が持っていないはずがないですから。あそこでダブルプレーはないと信じてました。」

― 節目の前で足踏みがすごく少ない。すっと通り抜けてきた。そういうことをくぐり抜けて、通り抜けてきた経験として言えることは?

「何故そうなるかということですか? まぁ言っても3打席、足踏みしてますからね。今日で言うなら(笑)。2打席目に決めていたら別だけど。すっとはいってない印象ですよね。僕の中ではね。さっとやりたかったですよね。でも、なかなかそううまいこといかないですよ。」

― みんなうまいこといっていると思っている。

「そこの感覚のズレはありますかね。人と。やっている本人とはやっぱり違いますよ。これをさっとやっている感覚だったら、ここにいないんじゃないですか。あと、ロドニー嬉しかったですね。あいつ、なんかね、ラテン系の選手って無茶苦茶なんですけど、ああいうところあるから、なんかこう憎めないですよね。そう思った。なかなか出来ないですもんね。」

― 節目の記録に対する付き合い方というのは変わってきたか。

「200とこれは全然比較できないですからね。これはだから、今回のでいえば、ピート・ローズが喜んでくれてれば全然違うんですよ。それは全然違います。でもそうじゃないっていうふうに聞いているので。だから僕も興味がないっていうか、それを喜んでくれてたら、ハリー(張本さん)なんかは来てくれたじゃないですか、シアトルに。ハリーって、ハリーですけど。なんかかわいげがありますよね。」

― これからの先に来る数字というものへの付き合い方はどうか。

「これから先の数字ですか? 例えば3000とかってこと? でもそれに出会わないとわからないことですから。これ、終わってみてわかることですからね。」

― うまく付き合える感覚になってきたか。

「うまくかどうかはわからないですけど、今回のことで言ったら、僕は冷めてましたね。冷めてるところがあったので、なんか変な感じはありましたよね。テンションの違いがなんか。」

― 去年、タイ・カッブの記録を抜いた時は球場に表示がなかった。今回はあったが。

「僕、見てないんで。それでも。見てないです。反応だけ感じただけで。」

― 日米通算に対する捉え方が変わってきているように感じるが、米メディアからどういう反応として質問されたか。

「いやあ、その辺はわかんないです。僕。メディアの情報、一切見ないから。ただこうやって言ってたよって聞くじゃないですか、人からね。その程度しかないので、全然わかんないです。」

― 大リーグ記録ではないが、世界記録にしようという話も出ている。

「どうしてもらっても構わないですよ(笑)。好きなようにして下さいよ。全然構わないです。」

― 18歳でオリックスに入った時に、25年経ってこれだけヒットを積み重ねる姿というのを想像できたか。

「いやそれ、18の時に42までプレーしてることを想像してるやつは誰もいないと思いますけどね。」

― 去年は少し苦労したシーズンだったが、去年と今年の一番の違いはなにか。

「3年間ちょっとしんどかったですね。ヤンキースにいった2年目、3年目。マイアミの1年目、去年ですね。この3年間はちょっときつかったですね。もちろんリズムが明らかに変わった時期ではあったということが大きかったと思いますけど。まあでも長い時間やってたら3年くらいはちょっと許してっていう感じですかね。そういう時期あるよねっていう感じに今はなってるかな。なにがという。まあいろいろありますよ。いろいろというのは大変便利な言葉で、便利に使ってますけど、ありますよ、要因は。ただ同じユニホームを着た人に、足を引っ張られないということは大きいですね。ほんとにいい仲間だと思います。」

― 出場試合数を見るとローズよりも速いペースでの達成となった。

「だから、もっと速くできてるもんねえ。時間かかりすぎだよ。その3年間はちょっと足踏みだね。サッと抜きたいもんね。ちょっとなんかこう苦労した感じ出るじゃないですか。出ちゃったじゃないですか。それがあって今っていう考え方もありますけど、ちょっとサッとやりたかったね。」

― 苦労しているところを見せたくなかったと。

「それは見せたくないでしょ。そんなん見せたいやつ誰がいる? 上原と野村さん以外いる? そんなん、ねっ。だって、それは自分で雑草とかっていう人は見せたい人だから。」

― 苦労したというのは……。

「苦労してるように見えるというだけですよ。苦労したとは僕は言ってないですよ。」

― キャンプの時期から今年は変わるという感覚はあったのか。

「キャンプ中はなかったですね。キャンプ終わってからの、マイアミに戻ってヤンキースと試合しましたよね。あそこがポイントだったですね。その先は、ご容赦願います。願いたいと思います、かな。」

― ボンズ打撃コーチが安打を打つたびにボールを回収しているという話を聞いた。大記録を達成したことのあるボンズだからこその気遣いを感じるか。

「そうだと思いますよ。やっぱり気持ちがよく分かるっていうか、記録と向き合った人にしかわからないことだと思うので。ボンズの場合は全部外に行っちゃうから回収できないんだけど、僕の場合は内側だからね。しようと思えばできちゃうから。ただそういう気持ちがわかるのは、記録と向き合った人にしかわからないと思いますね。」

― そういう人がベンチにいるのは心強いか。

「でもボンズはそれくらいしか仕事がないっていうのがあるんで。」

― ローズは日米の記録を合わせるのはどうかと言っているが、それに抗うという気持ちは。

「全然ないですよ。わかる?」

― 違う違うと言い続ける気持ちはわかるか。

「そういう人がいた方が面白いしねえ。だって大統領選の予備選見てたって面白いじゃないですか。共和党の方がいらっしゃるから盛り上がってるわけで、そういうところありますよ。それが人間の心理みたいなものですから、それはいいんじゃないですか。じゃないと盛り上がらないしっていうところもあるでしょ。」

― 演じていると感じるか。

「それはわからないです。会ったことないしね。」

― ボンズはイチロー選手がローズと会ってる姿を見てみたいと言っていたが。

「昨日、なんかそんなこと言ってましたよね。ボンズに聞いたら、すごいいいやつだとかって言うから。でもそれは書かないであげて欲しいんだけど。演じてる可能性あるからね。営業妨害になっちゃうから。そうだとしたらね。」

― モリターやボンズなど、リスペクトしながら話せるというのは、自分がそのレベルに来たからという幸せに感じるところはあるか。

「そのレベルにいるって、僕は別に思ってないですけどね。ただ、数字を残せば人がそうなってくれるっていうだけのことですよ。ただ、いろんな数字を残した人、偉大な数字を残した人、たくさんいますけど、その人が偉大だとは限らないですよね。偉大な人間であるとは限らない、むしろ反対な方が多いケースがある、と僕は日米で思うし、だからモリターだったり、ジーターだったり、近いところで言えば、一緒にやった選手で言えば。すごいなと思いますよね。だからちょっと狂気に満ちたところがないと、そういうことができない世界だと思うので、そんな人格者であったらできないっていうことも言えると思うんですよね。その中でも特別な人たちはいるので、だから是非そういう人たちに、そういう種類の人たちにこの記録を抜いていって欲しいと思いますよね。」

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【イチロー選手 年度別打撃成績(昨年終了時点まで)】
イチロー年度別成績


◇ ピート・ローズ氏の唱える異論

 イチロー選手が記録を塗り替えたとされる米大リーグ歴代最多安打保持者、ピート・ローズ選手は1963年から1986年までの24年間、主としてシンシナティ・レッズで活躍したスイッチの中距離ヒッターでありました。選手生活最後の2年間は選手兼監督となりましたが1989年、監督として野球賭博に関わっていたことが発覚、永久追放処分を受けました。なお、1978年、レッズの一員として日米野球に来日しましたが、脳裏に浮かぶ素晴らしいプレーヤーでありました。

ピートローズ選手打撃

 さて、イチロー選手の記録達成直前の2016年6月14日、米全国紙“USA TODAY”は、このピート・ローズ氏の「みんなオレをヒット・クイーン(キングに続く2番目の意味)にさせたがっている」とのコメントを紹介しました。ローズ氏は「イチローの記録にとやかく言うつもりはない。彼は野球殿堂入りするような選手だ。だが、日本の記録とメジャーを足すことに意味はあるのか。高校時代の安打も加えることと同じだ。」とし、「イチロー選手が日本での安打も加えると言うのなら、私は自分のマイナー・リーグでの記録も加えたい。」ともコメントしております。日本球界とメジャーの格差には、「誰でも知っているところでは、(元近鉄の)タフィー・ローズはメジャーではさっぱりだったが、日本では55本塁打を放ったが、これが真実だ。」とも発言しております。

 日本プロ野球のレベルを高校時代やマイナー・リーグと同じように語るなど、興奮してなのか(?)、表現に語弊があるとは思いますが、日米の野球のレベルの違いから、「日米通算」の記録に異論を唱える気持ちは理解します。ここで、ピート・ローズ選手の年度別打撃成績も供覧いたします。

【ピート・ローズ選手 年度別打撃成績】
ピートローズ年度別成績

 イチロー選手とピート・ローズ選手の打撃成績を比較することは、あまりにも意味がありません。なぜなら、イチロー選手の選手生活が1992年からスタートして現在に至るのに対して、ピート・ローズ選手は1963年からで、ここには30年の開きがあります。その間に、日米ともに野球が変わって来ております。これは打者有利とも投手有利とも言える、両者の綱引きのような変化であります。
 例えば、投手の投球を向上させる機械はなかなかありませんが、バッティング・マシーンの発達はめざましく、球速160 km/hのマシーンは珍しくありません。同様に、ボールやバットなどの野球道具は、反発力や飛距離など、投手の投球を補うよりも打者の打撃が向上する方向に開発が進んでいます。
 投手がボールを人差し指と中指の間に挟んで投げるフォーク・ボールはピート・ローズ選手の時代にはとっくにありましたが、今や変化球の主流である、もっと浅く挟んだスプリット・フィンガー・ファースト(SFF)ボールは1970年代後半より頭角を現したシカゴ・カブスやセントルイス・カージナルスのストッパーで活躍した、ブルース・スーター投手が開発したとされます。ピート・ローズ選手がこのSFFボールを打つ局面は今よりも少なかったでしょう。ストライク・ゾーンやハーフ・スウィングなどのルールは、投手に有利な方向に変更されて来たと思いますが、ボークや二段モーションへの厳格化は投手に不利な材料です。

 よく、日米の「野球とベースボールの違い」、との言葉を耳にしますが、もっと大きな違いは、空間を超えた、世代の違い、時間の違いだと思います。ですから、イチロー選手の「日米通算」の記録に対してピート・ローズ氏が異論を唱えたとしても、少なくとも現時点の客観的評価は、イチロー選手とピート・ローズ選手の打撃成績の比較にはなりません。比較しようがない、と言うのが本当のところです。

 ここでは、もっと単純に日米の野球の格差、はっきり申し上げて優劣について検証いたします。「野球が違う」って煙に巻く必要はないと思いますし、その結果が、イチロー選手及びピート・ローズ選手の価値を貶めるものではありません。


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医療に生かされる


 あるコミュニティに参加した時に「日本の平均寿命が世界一である、それはなぜだと思いますか?」と言う質問がコメンテーターから出て、場内のある人が「胃瘻や点滴で医療によって寝たきりの人を生かしているから」と返答し、「はい!、その通りですね!」と、そうした方向に結論が向かう会合でありました。この手の題材として、昨年4月の本ブログの投稿で、「『平均寿命』に見えるもの、『健康寿命』から教えられること」と題して、ネットから平均寿命について勉強させていただきました。

 2015/04/04 「平均寿命」に見えるもの、「健康寿命」から教えられること

 この中で、日本の女性の場合、「不健康期間」は世界で唯一10年を超えて最長であるものの、「健康寿命」も世界一であることをご紹介しました。いわゆる「寝たきり」の「不健康期間」の延長のみが平均寿命の延長に繋がっているものではない、と言うものです。
 しかしながら、平均寿命延長の原因論としては不適切としても、「胃瘻や点滴で現代医療が寝たきりの人を生かしている」と言うコメントは間違ってはいません。良い悪いに言及するものではありませんが、そうした側面が医療にはあって、携わる人間の不足や医療費などの社会的側面、患者の人間の尊厳と言った部分でしばしば議論されるところです。
 ここでは、遠い昔の、療養所病院で見た患者をご紹介して、現代も続いている「医療に生かされる」と言う現状について私見を申し上げたいと存じます。なお、個人情報に配慮して、時期と場所は特定せず、若干の脚色、フィクションを加えた表現といたします。


◇ 胃瘻からの経管栄養で手足を抑制された女性患者

 大学院の頃ですのでもう20年以上前、ある「○○療養所○○病院」と言う、慢性期の療養型、障害者向けの病院に、休日の日当直のアルバイトに行きました。医局でのんびりしていると、病棟からの電話で、胃瘻から入れているエレンタール(経管栄養剤)の流入が緩慢で詰まりがちなので見て欲しいとのことでした。そんなの水道水でもフラッシュすればいいのでは?、などと思いながら階段を上がって病室へ行くと、あまり日常では見たことがない光景に出会いました。
 6人部屋で、カーテンで隔てられることなく、女性のお年寄りがベッドに仰向けになっており、腰が曲がって、顎を突き出して、うつろな目を頭側の壁に向けて無表情で寝ておりました。下に枕が当てがわれた膝は屈曲しており、両手両足は、手首足首のところで縛られてベッドに固定されております。着衣の胸の間からチューブが出ていて経管栄養のボトルに連結、栄養剤が自然落下で注入されており、そのスピードがいつもより遅いとのこと、、、。

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【経管栄養/胃瘻】

 食事摂取ができない患者に対して静脈内(点滴)ではなく、消化管に栄養剤を注入する方法を経管栄養(Tube feeding)と言います。その投与経路として、鼻から胃内に留置したチューブを経鼻胃管(Nasogastric, NG, tube)、内視鏡的に腹壁を貫通して胃内にチューブを留置する処置を胃瘻(Percutaneous endoscopic gastrostomy, PEG)と言います。

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 カテーテル・チップ(太い注射器)に微温湯をもらってチューブからフラッシュしてみると、最初は抵抗がありましたが、スッと速やかな注入が可能となり、「やっぱりカスかなんかが詰まり気味だったんですね」と申し上げました。ついでに「どういう方なんですか?」と尋ねたところ「89歳、老人性痴呆で、もうかなり長いですが、家族はずっと来ていません」との返事が返って来ました。今はあまり使われなくなった言葉「老人性痴呆」ですが、重度の(アルツハイマー型?)認知症だったのだろうと思います。「(手足の)抑制は必要なんですか?」と聞いたら、「大人しくしているようで、今まで何回か胃瘻チューブを抜かれちゃったんですよ」とのことでした。
 医者になってまだ数年、急性期の病院で1年半の研修をした後、大学病院にいる身でしたので、こうした老年医療に携わることはなく、ほとんど初めて、医療の、ある側面を観た気がしました。時々瞬きをしながら、つり上がった目で何かを見つめている、何を考えているのか?、あるいは何も考えていないのか?、ベッドに手足を縛り付けられた老婆の病室を後にしながら、何となく暗い気持ちになったのが思い出されます。


◇ ほとんど意識はないのに経口摂取している

 同じ日の夕刻、処方が切れている患者がいるのでお願いしますとの連絡を受け病棟に向かいました。階段を上がってすぐの病室で、看護師が女性の患者さんに食事を食べさせているところに遭遇しました。こちらも90前後と思われるご老人で、「自分では食べられないのですか?」と尋ねたら、「そうですね、脳梗塞で麻痺があって、それに意志の疎通は全くありません」とのことでした。麻痺があるので手足の抑制は不要のようでした。
 「よく噛んでね、少しずつ飲み込んでね」との声かけに聞こえているのかいないのか?、虚ろな目をして、本能的に、口に運ばれるお粥をただもぐもぐと咀嚼して飲み込む繰り返し、声を発することも、笑顔を見せることもありません。顔の表情からはほとんど精神活動はしていない、ただ目の前の、言葉は悪いですが「餌(エサ)」を食べる、動物のような姿がそこにありました。
 口から食べられているのだから、人間的な生活と言えば言えなくもないのかな?、と思われましたが、あまりに無表情で、ただ口に運ばれたものを飲み込んで、とても食べ物を味わう様子ではない、生命を維持するためだけの動物的行為のようで、後味の悪いものを見てしまったような気持ちにさせられました。こちらの患者さまも、ご家族は久しく来院していないとのことでした。


◇ 中心静脈カテーテルからの高カロリー輸液で高熱を発した100歳男性

 別の日の日曜日、またも目を疑うような「人間」の姿を目の当たりにしました。中心静脈カテーテルから高カロリー輸液を行っている脳出血後、100歳男性の患者さんが、前日の土曜日午後から39℃台の発熱があるとのこと、、、。なんでも、かつては胃瘻を増設して経管栄養にしていたそうですが、しばしば食道の方に逆流してくるため、気管に入って気管支炎から肺炎を起こしかねないとのことで、点滴による管理となったようです。

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【高カロリー輸液/中心静脈カテーテル】

 高カロリー輸液(Intravenous hyperalimentation, IVH または Total parenteral nutritio, TPN)とは、経口摂取不能の患者に対して、生命を維持するために必要な栄養分を点滴で補充する方法で、投与する輸液が高濃度となるため末梢の静脈は利用できず、そのためのルートとして心臓に近い大静脈にカテーテルを留置する、それを中心静脈(Central venous、CV)カテーテルと言います。

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 まずは病棟の看護師詰め所に行って、当然のごとく電子カルテのない時代ですので、温度板と言う紙の板に色鉛筆で記載された熱型を見て、スパイク・フィーバーを確認し、中心静脈カテーテルからの感染を疑いつつ患者さんの診察に向かいました。
 北側に面した6人部屋の右側、真ん中のベッドにその患者さんはいました。カーテンを開けたところ、思わず息をのみました。全身、骨と皮のミイラのように縮んだ体が小さく丸まって、ベッドの半分にも満たない片隅に横たわっておりました。もちろん意識があるようには見えず、両腕は胸の前に「×(バツ)」の字を描いて組んでおり、左右の脚も付け根から屈曲して交差させています。咄嗟には人間とは思えない、微動だにしない物体を前にして、思わず「呼吸しているの?、いつもこうなの?」と尋ねたら、呼吸状態は問題なく、手と脚は拘縮して動かない、もちろん、脳内出血を発症して以来、急性期の病院から紹介、転院を通じて、現在に至るまで意識はないとのことでありました。もう100歳ですので、配偶者は他界しており、入院時の連絡先であった甥(おい)と言う人もどこぞの施設に入所しており、代理人と言う人が患者さんの年金から医療費を支払っているとのことでした。
 尿カテーテルの留置尿はスパイク・フィーバーを起こすほどには濁ってはいず、呼吸状態は安定して痰がらみもありません。中心静脈カテーテルが左脚の付け根、大腿静脈より挿入留置されており、同部位の場合、股間に近いので、しばしばその刺入部からの感染が起こります。丸まって拘縮した下肢の付け根、抜くのも大変そうな、どうやって挿入したのか分かりません、中心静脈カテーテルを抜去するのを主治医の先生に連絡して了解を得ました。抜いたカテーテルの先端を培養に出し、血液培養とカンジタ(真菌)のチェックを行って、末梢からの維持輸液と抗生剤の点滴をオーダーしてその日は終わりました。


◇「医療に生かされる」人々に接して

 上で申し上げてような患者さんが、そのアルバイトに行った病院の入院患者のどれくらいの割合を占めるのか?、一般の病院ではどうなのか?、詳しいことは知りませんが、その後の医者生活で、同じような患者さんを様々な病院で数え切れないほどに見かけましたし、この20年以上、ほとんど医療側の対応は変わっていないと断言できます。
 こうした、寝たきりのご老人に対する、昭和の後期から平成に至るまでの医療について、初めて観た時には驚きましたし、暗い気持ちにもなりました。これで良いのであろうか?、疑問と批判も持ちました。でも、そうではない、「仕方がない」と言う気持ちもございます。

 冒頭で申しあげたコミュニティでは、「胃瘻や点滴で現代医療が寝たきりの人を生かしている」とする現代における本邦の医療に極めて批判的な話で終始していました。高い平均寿命のカラクリを(シタリ顔で)説いて、「医療経済学」、医療費の無駄遣いを指摘、「人間の尊厳」やら「尊厳死」にまで言及しておりました。それでいて、具体的にはどうするべきなのか?、何が理想なのか?、には議論が及ばない、そもそも、現実に起こっていること、実際の医療の現場とはかけ離れたところで会話がなされていた、と言うのが実感でありました。

 上の患者さんたちのカルテの表紙には、“DNR”と大きく赤字で書いてありました。“DNR, Do not resuscitation”とは「蘇生術は行わない」を示す略語であり、死に至るような急変時において、心臓マッサージは行わず、人工呼吸器によるサポートも行わないと言う、家族からの承諾書をもらっている、との意味です。最初の、胃瘻の患者さんは、当時から7年前の、息子さんによる承諾書のサインがありましたし、3人目の脳内出血後の全身が丸まって拘縮している患者に至っては13年も前に、「蘇生術は行わない」との承諾書に、他界した奥さんの直筆の署名がありました。
 この“DNR”の承諾書に関しては、20数年前の療養所病院と現在とで大きな違いはありません。プリントされた活字の紙に家族が署名する、驚くほどこの四半世紀の間に変わりはありませんでした。寝たきりのご老人に対して(これは末期がん患者にも適応されますが)、急変時には「蘇生術は行わない」と言うのは「医療経済学」にも「人間の尊厳」にも妥当な考え方でありますが、「生命維持に必要な栄養を与えない」とする承諾書はありません。ちょっとしたトラブル、例えば胃瘻チューブが詰まりかけているとか、カテーテル・フィーバーに対する対処は行いません、とする承諾書も存在しませんし、患者家族との間でそんな話に及ぶことは皆無であります。
 ほとんど意識がないけれど不穏になって胃瘻チューブを抜いてしまう患者さんを抑制して、同じく意識は極めて希薄ながら生き永らえる本能だけの患者さんの口に食べ物を運び、さらに昏睡状態の患者さんに高カロリーの点滴を投与して、これらは「医療に生かされる」人々でありますが、「生命維持に必要な栄養を与えない」とすることは、飢餓状態から「死なせる」と言うことであり、死に至る手前のちょっとしたトラブルに対処しないことも、それは、やはり「死なせる」と言う意味であります。誰が「死なせる」のでしょうか?、家族でしょうか?、医療側でしょうか?、それこそ「人間の尊厳」であります。人の死を左右する権利が人にはあるのでしょうか? 患者さんがお元気だった頃に見せた笑顔、自分にかけてくれた言葉、身を持って伝えた生き方があって、その記憶があるから、家族の人は寝たきりとなった患者さんを「死なせる」ことはできません。

 では一方で、ほとんど意識がないと思われる患者さんの気持ちはどうでしょうか? 元気であった頃に、寝たきりになってからの「医療に生かされる」状態を希望されたでしょうか? これに対しては否定的な気持ちになります。「医療に生かされる」状態になってまで生き永らえることを心から希望する人はいないでしょう。
 私は上で申しあげた患者さんたち、手足を抑制しなければ胃瘻チューブを抜いてしまう老婆は、胃瘻チューブを抜くことで「医療に生かされる」のを終わりにしたいと思っていたのかも知れませんし、拘縮して丸く固まった100歳のご老人は中心静脈カテーテルからの感染で、いよいよ「医療に生かされる」、栄養のルートが抜去されて、「蘇生術は行わない」と署名しながらも先に他界した妻のもとへと旅立つチャンスを得たのかも知れないと思わされます。

 簡単にどちらが正しいとか、どうあるべき!、と言えるものではありません。

 寝たきりとなって「医療に生かされる」患者さんがいることは、医療における暗い側面ではありますが、それを無くする方策があるのなら、教えて欲しいと言うのが本音であります。少なくとも、「医療経済学」やら、端から見た薄っぺらな「人間の尊厳」で考えるべきものではなく、もっと人間の死生観に立脚した議論が必要と考える次第です。


加熱梅干しの優れたアンチエイジング効果


 梅干しがダイエットに効く、整腸作用がある、糖代謝を助ける、解毒作用、等々、梅干しの健康食品としての有用性が昔から言われていて、先日、5月10日放送の日テレ「解決!ナイナイアンサー」でご紹介され、改めてその認知度が上がったところであります。多くのサイトで紹介されている梅干しの効果を、当ブログでも一度、まとめておこうと考えました。まずは梅干しの概要をご説明し、ついで梅干しに含まれる成分別にその作用をご紹介、レシピなんかにも触れてまいります。

梅干し写真


◇ 梅干しの概要

 梅干し(うめぼし)とは、ウメの果実を塩漬けした後に日干しにしたものであり、塩漬けのみで日干しを行っていないものは梅漬けと言います。

1.歴史

 梅は中国が原産であります。本来、梅干しは梅酢を作った後の副産物であり、中国では紀元前200年頃より、黒焼きにして腹痛の治癒、虫下し、解熱、腸内の消毒の効用を目的に、食用よりもむしろ漢方薬として用いられておりました。奈良時代くらいまでには日本に伝わったとされ、平安時代の村上天皇が梅干しとこんぶ茶で病を治したと伝えられております。
 戦国時代になると梅干しは保存食としてだけではなく、傷の消毒や戦場での食中毒、伝染病の予防に、陣中食として、なくてはならないものとなりました。梅干しは戦略物資の一つとなり、武将たちは梅の植林を奨励、これは現在でも梅の名所や梅干しの産地として残っています。上杉謙信は酒の肴に梅干しをよく摂っていたと言われます。
 江戸時代になると、梅干しの作り方が現在とほぼ同じであることが「本朝食鑑」(1697年)に記載されています。「熟しかけの梅を取って洗い、塩数升をまぶして二、三日漬け、梅汁ができるのを待って日にさらす。日暮れになれば元の塩汁につけ、翌朝取り出しまた日に干す。数日このようにすれば梅は乾き汁気はなくなり、皺がよって赤みを帯びるので陶磁の壷の中に保存する。生紫蘇の葉で包んだものは赤くなり珍重される。」とあります。
 近代の大戦においては、長期の保存がきき、故郷を偲ぶ味として愛され、前線の兵士は梅干しを携行糧食として好んで携行しました。日中戦争から太平洋戦争において、興亜奉公日や大詔奉戴日に食べることが推奨されました。

2.梅干しの作り方

 梅の実は6月中旬頃、赤紫蘇は6月下旬ごろ出回りますので、その時期が梅干し作りの旬となります。以下に材料と作り方を箇条書きといたします。

【材料】

 梅の実
 塩:梅の15~20%(18%以上ならカビが生えにくい)
 ホワイトリカー(または焼酎):適量
 赤紫蘇:梅の重量の15~30%
 赤紫蘇に使用する塩:赤紫蘇の10~20%

【工程1:塩漬け】

 01)黄色く完熟した梅を用意する。青梅での代用も可能だが、固めの梅干しになる。
 02)流水で梅の実を丁寧に洗う。実を傷つけないよう注意すること。
 03)たっぷりの水に梅の実を入れて、2〜8時間ほどあく抜きをする。
   ※長く漬けすぎると風味が落ちるので注意。よく黄熟した梅ならこの行程を省いてもよい。
 04)ざるにあげ、ふきんで水気を丁寧に拭く。
 05)梅の実についているへたを竹串で丁寧に取り除く。その際、梅の実を傷つけないこと。
 06)黒い斑点があるものや傷ついているものはこの時に取り除いておく。
 07)ボウルに梅の実を入れ、ホワイトリカーをふりかけてなじませる(カビ防止のため)。
 08)清潔な容器の底に塩を敷き梅の実を並べ、その上に塩をまぶし、これを交互に行う。
 09)梅と塩を全部入れ終えたら、落し蓋をして重しを乗せる。
 10)軽く封をして、ほこりなどが入らないようにしておき、暗くて涼しい場所に置く。

【工程2:紫蘇漬け】

 11)赤紫蘇から茎を取り除き、水をかえながらきれいに洗う。
 12)ざるにあげて水気を切る。
 13)赤紫蘇の葉をボウルに入れ、用意した塩の半分量を入れて混ぜ合わせる。
 14)しんなりしてきたら、両手できつく絞ってあく(黒い汁)を出す。
 15)残った塩をもう一度投入して、あくを絞り出すことを繰り返す。
 16)梅の容器の白梅酢(梅を漬け込んだ時にできる白い液体)を赤紫蘇に回しかけてほぐす。
 17)しそ漬けを絞って梅の実の上面に平らに並べ、赤梅酢(赤く染まった白梅酢)も入れる。
 18)ふたと重しをのせて、ほこりが入らないようにして、土用干しまで寝かせておく。

【工程3:土用干し】

 19)7月20日前後、晴天が続く日を選び、梅と赤紫蘇をざるにあけて3日間屋外で干す。
 20)3日目に赤梅酢を赤梅酢の入った容器ごと干しておく。
 21)土用干し後、保存容器に入れ、赤紫蘇を赤梅酢に軽く浸してから梅の上に載せて保存する。
 22)2週間ほどで食べられるが、長期間寝かせることで、まろやかな味になっていく。

※紫蘇なしの方法を白梅干しと言い、上記、【工程2:紫蘇漬け】を省いて塩漬けから土用干しを行います。

3.梅の仁

 梅干しの種の仁(中身)を俗に「天神様」と言い、この部分を好んで食べる人もいます。この俗称は菅原道真の飛梅伝説に由来します。

梅の仁

 しかし、ウメの実には元々青酸配糖体であるアミグダリンという成分が含まれており、これが胃腸などで酵素によって加水分解されると猛毒であるシアン化水素(青酸)を生成します。これは特に仁の部分に多く、多量に食べると青酸中毒に陥り、最悪の場合は死に至る可能性があります。このことから、「梅は食うとも核(さね)食うな、中に天神寝てござる」という格言も存在します。ただし、漬けることでアミグダリンはほぼ消失し、食べても人体にはほとんど影響がないとされています。


◇ クエン酸(Citric acid)

 梅干しの酸味の成分がクエン酸(Citric acid)であり、柑橘類にも含まれます。食品として様々な効能があり、日常生活のあらゆる場面で活躍してくれます。健康や美容目的として食材、ドリンクなどに使われ、洗顔、入浴剤、汚れ落としとして掃除・洗濯などにも用いられており、その汎用性の高さから注目を浴びております。

クエン酸 化学記号

1.クエン酸の疲労快復効果

 クエン酸の効果で、最も代表的な「疲労回復」は以下の3つのメカニズムによるものです。

1)乳酸分解作用

 運動後やストレスなどで蓄積されていく疲労物質である「乳酸」、これを炭酸ガスに分解して尿として排出する作用がクエン酸にあります。また、乳酸は筋肉痛の原因ともなるので、筋肉痛予防としても効果的です。

2)乳酸産生抑制作用

 生物には糖質や脂質をエネルギーとして変換する「クエン酸回路」というものがあります。ここでクエン酸が不足していると、糖質や脂質が十分エネルギーに変換されず、乳酸として蓄積します。クエン酸を十分量摂取することで乳酸の産生を抑制できるのです。

3)新陳代謝の改善

 次に述べます血液サラサラから血流改善効果は体の新陳代謝を改善します。新陳代謝の促進はそのまま疲労快復に繋がります。

2.クエン酸の血流改善効果

 血液が酸性に傾いていると「血液がドロドロ」と言う状態となり、これは動脈硬化、高血圧、心筋梗塞、脳梗塞、腎障害を引き起こす原因となります。クエン酸は体内でアルカリ性として作用し、血液の酸塩基平衡、pH値を高めて弱アルカリ性の「サラサラな血液」へと変えます。「サラサラな血液」は臓器血流、微小循環を改善し、新陳代謝の促進、集中力向上、美肌効果、冷え性の改善などに繋がります。

3.クエン酸のミネラル吸収促進(キレート作用)

 クエン酸には、ミネラルの吸収を促進する「キレート作用」と呼ばれるものあります。ミネラルは人体が健康・美容を維持するのに非常に重要とされるものであり、現代人が不足しがちとされる栄養素です。このキレート作用の効果を具体的に述べると以下の2つが代表的です。

1)アンチエイジング効果
 老化の原因は細胞の「酸化」であります。クエン酸のキレート作用により、摂取した金属ミネラルが酸化される前にこれを包み込み除去してくれるので、細胞の酸化防止、ひいては老化防止に繋がるのです。また、クエン酸には細胞を酸化する「活性酸素」を除去する作用もあります。

2)発がん予防
 上記の「活性酸素」は、遺伝子を損傷して発がんの原因になるので、これの除去はがんの予防につながります。また、「乳酸の産生抑制作用」で述べた「クエン酸回路」の不全も発がんの一因となるので、クエン酸の摂取によってクエン酸回路を健全に保つこともがん予防につながります。

4.クエン酸の尿酸排泄作用(痛風予防)

 クエン酸は血液中の尿酸を排泄させ、尿酸値を下げる効果があり、痛風を予防します。


◇ ムメフラール(Mumefural)

 ムメフラール(Mumefural)は、1999年、農林水産省食品総合研究所の 菊池 佑二 上席研究官らが発見した成分で、生梅に含まれる糖質の一種、5-ヒドロキシメチルフルフラールとクエン酸が結合して生成される物質、青梅の果汁を煮詰める梅肉エキスの製造過程で生成し、生梅や梅干しには含まれていない成分とされます。ムメフラールは、そのままの梅干しには含まれていませんが、加熱することで先述の反応が起こり、梅干し中に発現、様々なアンチエイジング効果を生み出すとされます。

ムメフラール 化学式

1.ムメフラールの血流改善効果

 クエン酸が血液をアルカリ性にすることによって血液サラサラ効果を生み出しているのに対し、ムメフラールは赤血球に弾力を持たせることで、形を柔軟に変化させ、血液の流れをより速くすることができ、酸素や栄養分を身体の隅々まで早く届けるとされます。クエン酸同様、この血流改善効果が様々な有効性を伴っております。

2.疲労回復とアンチエイジング

 血流改善効果は体内の様々な臓器において新陳代謝を促し、老廃物を除去して、疲労回復や若返りを引き起こします。


◇ バニリン(Vanillin)

 「アイスクリームのバニラでダイエット」と言う言葉を聞いたことはありませんでしょうか? 糖質や乳脂肪分が多くてカロリーを過剰に摂取してしまうアイスクリームを、現時点でダイエットやアンチエイジングとして取り上げるつもりはございませんが、確かに「バニラ・ダイエット」と言う言葉は存在します。これは、バニラ・アイスクリームの香り付けとして使用されるバニラ・ビーンズ(Vanila beans)に含まれるバニリン(Vanillin)と言う物質が体脂肪組織に働きかけ、分解の方向に向かわせることが知られております(下は上段左がアイスクリーム、右がバニラの花、下段はバニリン化学記号)。

アイスクリームとバニラの花

バニリン 化学式

 このバニリンは、摂取された後、小腸で吸収されて脂肪細胞を刺激し、脂肪が燃焼して、細胞自体が小さくなることで体重が減少させると言われます。この物質が梅干しには豊富に含まれており、しかも、同じく含有されているバニリン・グルコシド(Vanillin glucoside)は熱を加えるとバニリンに変化し、梅干し中のバニリンが過熱により20%増量することが解っております。
 バニリンの作用が脂肪燃焼でありますので、内臓脂肪、皮下脂肪などによるメタボの軽減、血中コレステロールの低下、臓器の血流、微小循環の改善を伴う、血液サラサラ効果、動脈硬化の軽減など、アンチエイジング効果は抜群であります。


◇ カテキン酸(Catechin acid)

 梅には他の植物と同様に色素の成分であるフラボノイド(Flavonoid)系梅ポリフェノール(Polyphenol)としてお茶で有名なカテキン酸(Catechin acid)が含まれており、殺菌作用、活生酸素産生抑制作用があります。

カテキン 化学式


◇ 梅リグナン(Lignan)類

 カテキンとは別に、梅には梅固有の非フラボノイド系ポリフェノールが発見されております。フェニルプロパノイド(C6-C3)化合物2つが結合した植物ポリフェノールの1種です。以下に挙げる4つが知られており、総称して梅リグナン(Lignan)類と呼ばれております。それぞれについて有効性をご紹介します。

1.シリンガレシノール(Syringaresinol)

 胃十二指腸潰瘍、慢性萎縮性胃炎、胃がんの主要因であるヘリコバクターピロリ菌の特徴は、運動能力があることで、胃の中を泳いで胃粘膜に感染します。反対に運動能力がなければ感染しません。梅リグナンの一種シリンガレシノール(Syringaresinol)は、活発だったヘリコバクターピロリ菌の動きをぴたりと抑えつけ、死滅させる機能を持っています。

シリンガレシノール化学式

2.ピノレジノール(Pinoresino)

 活性酸素は癌や生活習慣病を引き起こす原因といわれていますが、梅干しに含まれる梅リグナン、ピノレジノール(Pinoresino)には酸化反応を抑制する作用があり、細胞や組織が酸化するのを防ぎます。

ピノレジノール化学式

3.エポキシリオニレシノール(Epoxylioniresinol)

 新型インフルエンザと同じH1N1型のインフルエンザウイルスを感染させたイヌ由来の培養細胞に、梅干しから抽出した成分を加える実験を繰り返し行った結果、約7時間後にウイルスの増殖が約90%抑制されました。世界ではじめて発見したその有効成分はエポキシリオニレシノール(Epoxylioniresinol)と命名されました。

エポキシリオニレシノール化学式

4.リオニレシノール(Lyoniresinol)

 リオニレシノール(Lyoniresinol)と言う梅リグナンも知られており、上述ピノレジノールと同様、酸化反応を抑制する作用から細胞や組織が酸化するのを防ぎます。

リオニレシノール化学式


◇ 加熱梅干しのレシピ

 ご紹介してまいりました通り、梅干しには熱を加えることで発生するムメフラールや、含有量が増加するバニリンがありますので、加熱した梅干しがアンチエイジング効果が高いと考えられます。また、加熱して梅干し内に出現、あるいは増加した物質は冷えてもその含有に変わりはないとされます。そのため、まとめて加熱して冷蔵庫保存で食べても良いとされます。ここでは、単純なレシピをいくつか紹介いたします。

1.単純加熱法

 単純に梅干しを温める方法です。

1)皿に乗せて電子レンジ 500W、30〜50秒
2)アルミホイル包みでオーブン・トースター10〜20分
3)フライパンや焼き網で転がしながら焼く

焼き梅干し写真

2.焼き梅干しとなめこのとろっとあんかけ揚げ出し豆腐

 揚げ出し豆腐、タレ付きになめこと焼き梅干しを和えたものです。なめこを加えることであんかけ風にとろみが加わります。

揚げ出し豆腐と焼き梅干し

3.焼き梅干し入り豚生姜焼き

 梅干しの爽やかさと生姜の風味がベストマッチとされます。普通に生姜焼きを作って、焼き梅干しをほぐして加えるだけです。

梅干し入り生姜焼き

4.梅干し入り紫蘇焼酎(鍛高譚)お湯割り

 梅干しにはやはり紫蘇の香りがぴったりとマッチします。紫蘇で作った焼酎に鍛高譚(たんたかたん)と言うのがあり、これをお湯で割って梅干しを入れてみます。お湯で温ったまりますので、電子レンジ等での加熱は不要と思われます。

タンタカタンで梅焼酎お湯割


米大統領広島訪問 オバマ氏の演説


 先日、5月27日、伊勢志摩サミット出席後の米国、バラク・フセイン・オバマ2世 大統領は、安倍 晋三 内閣総理大臣とともに、現職の大統領として初めて広島平和記念公園を訪問し、広島平和記念資料館を視察後、慰霊碑に献花を行い、黙祷、広島市の 松井 一実 市長や長崎市の 田上 富久 市長、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の 坪井 直(すなお)さん(91)らを前に演説を行いました。その内容は、「人類が悪を犯すことを根絶することはできないかもしれない。しかし、大量の核兵器を持つ、アメリカなどの国々は恐怖から脱却し、核兵器のない世界を追求しなければならない」として、「核兵器のなき世界」に向けた所感を述べた上で、「広島に原爆が投下された、あの運命の日以来、わたしたちは、希望を持てるような選択を行ってきた。そして、アメリカと日本は、同盟関係を築いただけでなく友情を育んできた」として日米同盟が世界平和に果たしてきた役割の重要さを強調しました。

 我々の知る由もない影の政治的な意味や、日米、あるいは安倍首相とオバマ大統領の利益/不利益があろうとは思います。政治家の演説なんて、支持率を優先した上辺だけのもの、政治的な意味合いが強く、そもそも本人の言葉ではなくライターがいてのものであることは周知の事実であります。
 しかしながら、例えば、黒人の自由、平等、解放を訴えた、故マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の“I Have A Dream!”の演説や、ノーベル平和賞のマララ・ユスフザイさんの「すべての子どもに教育を受ける権利の実現を」と訴えた演説と、オバマ大統領の演説と、どちらが善でどちらが悪と線引きできるものではありません。言葉として発したものが活字となって残る場合、その文章の著者と発言者の思惑とは別に、それを読んで受け止める側にその価値の評価が委ねられます。加えて言えば、仮に政治的意味、利益誘導の意図があっての演説であろうとも、演者の真意はそこにだけあるものではない、心から自らの演説に共感している部分もあると思います。
 そうした考えに踏まえて、今回のオバマ氏の演説を記録することと致しました。特に日米両国政府を肯定するわけでも否定するわけでもなく、客観的な立場に立って、同演説で述べられていることに素直に共感いたします。演説の動画と、内容の英文と和訳と全文で供覧いたします。

広島で演説するオバマ

 毎日新聞「だから 私たちは 広島に来る」:オバマ氏広島演説・ノーカット版動画

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 Seventy-one years ago on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of ligh t and a wall of fire destroyed a city, and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

 71年前、晴天の朝、空から死が降ってきて世界が変わりました。閃光と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自分自身を破壊する手段を手に入れたことを示しました。

 Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not-so-distant past. We come to mourn the dead, including over a hundred thousand Japanese men, women and children, thousands of Koreans, a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us, they ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

 私たちはなぜここ広島に来るのでしょうか。それほど遠くない過去に恐ろしい力が解き放たれたことを考えるために来ます。また、10万人を超える日本の男性、女性、子ども、多数の朝鮮半島出身者、12人の米国人捕虜の死者を悼むために来ます。その魂がもっと心の内を見て私たちは何者なのか、私たちはどのようになれるのか、振り返るよう語りかけてきます。

 It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint, and spears from wood, used these tools not just for hunting, but against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain, or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered -- a countless toll, their names forgotten by time.

 広島を際立たせているのは戦争という事実ではありません。人間が作った道具は暴力的な紛争が古くから行われてきたことを教えてくれます。私たちの先祖は石から刃物を、木から槍(やり)を作ってきました。これらの道具はただ単に狩りをするためでなく、人間に対しても使われてきました。どの大陸においても文明の歴史は戦争に満ちています。食料不足や黄金への渇望、民族主義的、宗教的な熱狂から戦争が起こり、帝国が台頭し、衰退してきました。そして、人々は支配され、解放されてきました。その時々で数えきれない犠牲者が出て罪のない人々が苦しみ、犠牲者の名前は時とともに忘れ去られました。

 The world war that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities, and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth. And yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes - an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints. In the span of a few years, some 60 million people would die: men, women, children, no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

 広島と長崎で残虐的な終わりを迎えた世界大戦は、最も豊かで強い国々の間で戦われました。その文明は世界にすばらしい都市や美術を生み出してきました。そして、思想家は正義や調和、真実という進んだ考えを見いだしてきました。しかし、最も単純な部族同士の紛争の原因のように、支配、征服を欲する本能という同じ根本から戦争は起きてきました。つまり、古いパターンが制約が働くことなく、新しい能力により増幅されてきました。ほんの数年間で6000万人が亡くなりました。男性、女性、子ども、私たちと全く変わらない人たちです。銃で撃たれ、殴られ、行進させられ、爆撃され、拘束され、飢餓に苦しみ、毒ガスにより、亡くなりました。

 There are many sites around the world that chronicle this war, memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps that echo of unspeakable depravity. Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies we are most starkly reminded of humanity's core contradiction - how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will -- those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

 世界にはこの戦争を記録している施設がたくさんあります。記念碑は勇ましさや英雄的な物語を伝え、墓地や収容所の跡は言い表せないほどの恐ろしい行為がなされたことを示しています。しかし、この空に上がったキノコ雲の姿は、最も明確に人類が抱える矛盾を想起させます。思想、想像、言語、道具作りなど、人類が自然界から離れ、自然を従わせることができると示す能力は、同時に、比類のない破壊力も生み出したのです。

 How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily we learn to justify violence in the name of some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness. And yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith is a license to kill.

 物質的な進歩や社会の革新が、どのくらいこうした真実を隠してしまっているでしょうか。私たちはどれだけ簡単に、暴力を崇高な理由によって正当化してしまっているでしょうか。すべての偉大な宗教は、愛や平和、公正さにいたる道を説いていますが、どの宗教も信仰の名のもとに人を殺す信者を抱えることを避けられません。

 Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different.

 国は犠牲や協力によって人々が団結するという物語を語り、台頭して偉大な成果を生みました。その同じ物語は、自分とは違う他者を虐げたり、非人間的に扱ったりすることに使われてきました。

 Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.

 私たちは科学によって海を越えてコミュニケーションできますし、雲の上を飛ぶこともできます。病気の治療や宇宙の解明もできます。しかし、そうした発見が、効率的に人を殺す機械になり得るのです。

 The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well.

 近年の戦争は私たちにこうした真実を伝えています。広島も同じ真実を伝えています。技術のみの発展だけでなく、同様に人間社会が進歩しなければ、我々を破滅させる可能性があります。原子を分裂させた科学の革命は私たちに道徳的な進歩も要求しています。

 That is why we come to this place.

 これが、私たちが広島を訪れる理由です。

 We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow. Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.

 この広島の中心に立つと、爆弾が投下された瞬間を想像させられます。混乱した子供たちが抱いた恐怖感を感じ、声にならない叫びを聞きます。むごたらしい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起こるかもしれない戦争による、罪のない犠牲者に思いをはせます。言葉だけでは、このような苦しみを表すことはできません。しかし、私たちは正面からこの歴史に向き合い、このような苦しみを再び繰り返さないためにできることを問う責任を共有してきました。

 Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of Aug. 6, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.

 いつの日か、証言をする被爆者の声を聞くことができなくなります。しかし、1945年8月6日朝の記憶は決して消してはいけません。その記憶があるからこそ、我々は現状に満足せず、道義的な想像力の向上が促され、変われるのです。

 And since that fateful day, we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war.

 あの運命の日以来、私たちは希望をもたらす選択を行ってきました。米国と日本は同盟を築いただけでなく、友情をはぐくんできました。それは戦争よりもはるかに人々にとって有益でした。

 The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war, and aspired to restrict, and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

 欧州の国々は貿易と民主主義の結びつきによって戦場に代わって連合を作りました。抑圧された人々や国家は自由を勝ち取ってきました。国際社会は戦争を避け、そして核兵器を規制、削減し、最終的には廃絶することを求めた機構や条約を設けてきました。

 Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done.

 しかし、私たちが世界で目にする、すべての国家間の侵略行為やテロ行為、腐敗、残虐行為、そして抑圧は、私たちの仕事がまだ終わっていないことを示しています。

 We may not be able to eliminate man's capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.

 私たちは悪を行う人類の能力をなくすことはできないかもしれません。だから、私たちが築いた国家や同盟は、私たち自身を守る手段を持たなければなりません。しかし、我が国のように核兵器を持っている国は恐怖の論理から脱し、核兵器のない世界を目指す勇気を持たなくてはいけません。私が生きているうちに、この目標を達成することはできないかもしれませんが、たゆまない努力で破滅の可能性を少なくすることはできます。

 We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.

 私たちはこれらの核兵器をなくす道のりを描くことができます。私たちは新たな(核兵器の)拡散を止め、狂信者から核物質を守ることができます。これだけでは十分ではありません。なぜならば、原始的なライフルや「たる爆弾」ですら、非常に大きな規模での暴力をもたらせるからです。

 We must change our mindset about war itself - to prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they've begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation, and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy, but by what we build. And perhaps above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race - for this, too, is what makes our species unique. We're not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

 私たちは戦争自体に対する考え方を変えなければいけません。外交を通じて紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をする。相互依存が深まっていることを、暴力的な競争ではなく、平和的な協力の名分にする。国家を、破壊する能力ではなく、何を築けるかで定義する。そして何よりまして、私たちは人類の一員としてお互いのつながりを再び想起しなければなりません。このつながりこそが我々を人類たるものにしているからです。私たちは過去の失敗を繰り返すよう遺伝子で決められているわけではありません。私たちは学ぶことができます。選ぶことができます。子どもたちに違う方法を伝えることができます。共通する人間性を説明し、戦争が起こりにくく、残虐性が簡単には受け入れられないようにする物語です。

 We see these stories in the hibakusha: the woman who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized that what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.

 被爆者の方たちの話から、それらが分かります。原爆を落とした爆撃機を操縦したパイロットを許した女性がいました。それは彼女が、自分が本当に嫌悪しているのは戦争そのものだと気付いたからです。広島で殺された米国人の家族を捜し出した男性がいました。なぜなら彼は、その米国人たちの喪失感は彼自身のものと同じだと確信していたからです。

 My own nation's story began with simple words: "All men are created equal and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty, and the pursuit of happiness." Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.

 私の国の物語は(独立宣言の)簡単な言葉で始まります。「すべての人類は平等に創造され、創造主によって奪うことのできない権利を与えられている。それは生命、自由、幸福追求の権利である」。しかしその理想を実現することは、米国内や米国民の間であっても、決して簡単ではありません。しかし、その物語にあくまでも忠実であろうとすることに価値があります。それは努力しなくてはならない理想であり、大陸と海をまたぐ理想です。

 The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: That is the story that we all must tell.

 全ての人のかけがえのない価値です。全ての人命は貴重であるということです。私たちは一つの家族の一部であるという根源的で不可欠な考え方です。それが私たちが伝えていかなくてはならない物語です。

 That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here, 71 years ago. Those who died, they are like us.


 だからこそ私たちは広島に来るのです。それによって、私たちは、愛する人たちに思いをはせます。朝一番の子供たちの笑顔。食卓での配偶者との優しい触れ合い。親の心地よい抱擁。そうしたことを思い、そうしたかけがえのない瞬間が71年前のここにもあったのだと考えることができます。亡くなった方々は私たちと全く変わらない人たちでした。

 Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

 普通の方々はこうしたことを理解できると思います。彼らの誰もがこれ以上、戦争を望んでいません。むしろ科学の驚異を、命を奪うのではなく、もっと人生を豊かにすることに役立ててほしいと考えています。

 When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

 国家が選択をするとき、国家の指導者がこのシンプルな英知をかえりみて選択すれば、広島から教訓を得られたと言えるでしょう。

 The world was forever changed here. But today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child.

 世界はここで永遠に変わってしまいました。しかし、広島の子供たちは平和に日々を送っていくでしょう。なんと価値のあることでしょうか。それこそが守り、そして全ての子供たちに広げていく価値があることなのです。

 That is the future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.

 これこそが、私たちが選択できる未来です。広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの始まりであるべきです。

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