アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

職場を転々と変える、あるいは ひとところに落ち着く、その「思い」は?


 「思い」についての続きです。季節柄、職場には入職して「来る人」、退職して「去る人」、様々に出入りする人がいます。ある、退職する人に話を聞いたところ、大学卒業後10年で次の職場は6個目とのこと、辞める理由を詳しくは聞きませんでした。それなりの資格があって、人材が不足しているために需要が多い職種ならではなのですが、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいます。職場を変えるあるいは落ち着く、その両者に見られる「思い」に触れてみます。


◇ 職場を変える理由

 はじめに申し上げておきますが、私は職場を転々と変えることを悪いことと申し上げるつもりはありません。様々な個人の理由がありますし、女性の場合は、結婚や出産、ご主人の移動、引越しなど、人生の転機に伴う場合は少なくなく、また、親の介護や身内の病気、あるいは自身の身体状況に伴うやむをえない場合もあります。別の勉強をしたい、今の職場にはないものを別に求めたい、とするポジティブ・シンキングもあろうかと存じます。以下に、思いつく限りの「職場を変える理由」を列挙してみました。

【職場を変える理由】
 ・結婚、出産など生活環境の変化
 ・配偶者の転勤、転職などに伴う家族の移動
 ・家族、親族の病気や、介護の必要性
 ・資格や技術など今の職場にないものを他に求めて
 ・脱サラや学校への入学など別の職種を求めて
 ・気分転換、猶予期間を求めて
 ・給与や福利厚生、仕事の内容など、より良い待遇を求めて
 ・今の職場に対する失望
 ・上司の移動や友人に誘われて
 ・人間関係、上手くいかない上司や同僚からの逃避

 思いつくままに列挙しましたので順番には意味はありませんし、もっと別にも理由があるかと思います。「職場を変える理由」の割合は、男女でも職種でも違いがあるのは言うまでもないことです。ただし、タイトルにあるように「職場を転々と変える」となるとその理由は限られており、結婚や配偶者、親族と言った家庭の理由で「職場を転々と変える」のはあんまりないと思われます。「職場を転々と変える」と言うケースに限って考えるなら、その理由として人間関係の問題、待遇の悪さ、職場への不満が多いかと存じます。

 「職場を転々と変える」理由は人間関係の問題、待遇の悪さ、職場への不満

 しかし、冒頭にも申し上げた通り、同じような職場であっても、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいて、そこにはある「思い」が関与していると考える次第です。


◇ 職場を転々と変える「思い」

 職場を転々と変える理由に良くない人間関係、待遇、職場そのものを挙げました。それぞれに細かい事情があって一緒くた(いっしょくた;まとめて一緒にすること)にすることはできませんが、それらの根底にある「思い」は類似しているように考えます。嫌なものは嫌、どうしても我慢ができなくなってしまう「思い」です。

1.悪い人間関係を引き寄せる「思い」

 上司であったり、同僚でも、尊敬できない、言動ややり方が気に入らない、人間性を疑う、あるいはセクハラ、パワハラ、嫌がらせなど、自分に対して害を及ぼす存在がいて、それから逃避したくなる気持ちは解ります。必ずしもそうした気持ちを持つ人物が悪いわけではありません。

 尊敬できない
 言動ややり方が気に入らない
 人間性を疑う
 セクハラ、パワハラ、嫌がらせ


 しかし、世の中には嫌な人はいくらでもおります。職場を転々と変える理由に人間関係がある人にはどうしても人間関係に敏感になってしまうのだろうと思います。例えば過去における人間関係の不調から嫌な記憶がトラウマのように残っていて、それが自分の心にブロックをかけている場合はあるでしょう。過去の記憶により、また新しい悪い人間関係を作ってしまう可能性はあります。どうしても嫌な人と一緒に仕事をしたくない、嫌な人から離れたい、我慢がならない、そうした「思い」は、たとえ職場を変えても、「この人は嫌な人ではないか?」と言う猜疑心に満ちた「思い」が、またも嫌な人を引き寄せてしまう可能性もあると思います。

 人間関係における過去の悪い記憶が新しい悪い人間関係を作ってしまう可能性
 人間関係に対する猜疑心に満ちた「思い」が嫌な人を引き寄せてしまう可能性


 つまり、職場を転々と変える理由に人間関係がある人には、その方面におけるある種の「思い」がその人に同じことを何度も繰りかえさせてしまうと言う考えかたです。自分の周りの人間は、どの職場に行っても大体は同じです。良い人も悪い人も、嫌な人もいます。そうした環境のせいではなく、個人の「思い」が悪い人間関係を作ってしまう可能性はあります。

2.悪い待遇や仕事内容を引き寄せる「思い」

 給与や仕事の内容などの待遇について、どこへ行ってもそんなには変わリハしないのに、常に不満に持つ「思い」でいる人はいます。今の状態に満足しないことと、ハングリー精神は必ずしも同義ではないのですが、どうしても今に満足できない、もっと別に良い待遇の場所があるのでは?、とする「思い」があって、それが職場を転々とさせている場合があります。また、常に待遇や仕事内容に不満を持つ「思い」はどこへ行っても悪い待遇や仕事内容が目についてしまい、実は「思い」によってそうしたものを引き寄せている可能性はあります。

 今に満足できない「思い」が職場を転々とさせる
 常に待遇や仕事内容に不満を持つ「思い」がそうした待遇、仕事内容を引き寄せる


 多くの職場に長所短所はあるわけで、仕事が楽だけれども給与が安いとか、ハードな職場で高収入と言うのはよくある話です。人間関係と同じで、そうした環境がある人物に作用して職場を転々と変えさせるのではなく、その個人の今に満足できない「思い」が職場を変えさせているのです。職場そのものに対する不満も同じです。


◇ ひとところに落ち着く「思い」

 奴隷や強制労働キャンプのように、明らかに不当で劣悪な労働環境なら、それが可能であれば、次から次へと働く人は変わるでしょうが、同じ職種でほぼ同様な職場環境ならば、そこにいる人材も、その職場の待遇やシステムに大きな違いはないと思われます。同じ職場であっても、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいます。そこに、職場を転々と変える「思い」と同様に、ひとところに落ち着く「思い」があると考える次第です。

1.良い人間関係を引き寄せる「思い」

 誰にでも長所短所はあるんだから、人の良い部分に目を向ける、あるいは、どんな職場にも必ず嫌な人はいるものだから、嫌な人を嫌と思わず、良い人がいたらそのことに喜びを感じ、良い人を見つける、そうした人間関係に対する「思い」の人がひとところに落ち着くのではないかと考えます。

 人の良い部分に目を向ける「思い」
 嫌な人を嫌と思わない「思い」
 良い人がいることに喜び、良い人を見つける姿勢


 人間関係と言う、ある意味では人にとって最も重要な環境ではありますが、実は個人の「思い」でそれを良いものに変えられるし、「思い」によって良い人間関係を引き寄せる可能性は多いにあると思います。

2.良い待遇や仕事内容を引き寄せる「思い」

 金銭への欲望や仕事における向上心と言うもの否定するわけではありません。誰だって好待遇で、充実感がある、やりやすい仕事を望みます。でも、それは、上で申した、「常に待遇や仕事内容に不満を持つ思い」とは違います。
 まず待遇について、自分に対する今の労働対価はこんなもの、どこへ行ってもそんなに変わるものではない、好待遇を望む気持ちを不満には持って行かずに、自らの努力で手に入れる「思い」、仕事内容において理想とするものがあるのなら、まずはどうしたらそれを改善できるのかを考え、実践する、不満を持つよりも自らが向上する「思い」、そうした「思い」があるならば、職場での苦痛はなく、ひとところに落ち着くことができます。

 好待遇を望むなら不満を持田鶴に、自らの努力で手に入れる「思い」
 良い仕事内容を自ら作り出す「思い」


 そして、こうした自らの向上を「思い」に掲げておれば、自然と良い待遇や仕事内容を引き寄せるものであり、さらにひとところに落ち着くことになるでしょう。


◇ おわりに

 職場を変えることに良い悪いはありません。個人個人に事情があってのことですし、新しい職場に移ったら人が変わったように良い仕事ができるようになり、収入も上がり、とそんな恵まれたケースもあるかと思います。しかし、人間関係や待遇、仕事内容と言った職場環境に対して不満があって、逃げ出すかたちの、言わばネガティブな発想に基づく転職であれば、それは繰り返されるかも知れません。同じような職場であっても、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいる、それは「思い」の違いに寄るところが大きいのだ!、と言う話でした。

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ある破滅的な職場でのこと;「思い」は周囲を変えられる!?


 知人から聞いたある破滅的な職場にヒントを得て、人間の「思い」が自身のみならず、周囲をも変え得ると言う一つの例えに思い至りました。これは、「4つの癒しの言葉」を唱えて自らのクリーニングを行う「ホ・オポノポノ」や、望むものは何でも手に入る「引き寄せの法則」にも通ずるものかも知れないと考えております。


◇ ある職場の決まり事

 知人がいる職場は、従業員が5、6人の、広告やポスターのデザインと、プリント、印刷、製造を担う会社の支店だそうです。個人や会社が特定されないよう、時間と空間には言及いたしませんし、フィクションも加えております。その支店には、上位に本社があり、注文を受けて本社に商品を発注し、完成品を顧客に提供する業務のようです。
 私の知人は正社員であり、自分たちの商品を売り込む営業活動や、顧客からの依頼を受けて訪問し、契約を結び、商品化まで関わる仕事に従事しています。就業時間は9-5時ですが、当然のごとく時間外に仕事が延長する事はあります。営業活動や顧客と折衝する「外回り」で支店に戻るのが遅くなる事も、職場におけるデスクワークが長引く事もあります。
 この時間外労働に対して、会社は一律、19時以降しか認めないそうで、これはあらゆる支店でそう決まっているようです。つまり、知人を含む職員は、17時までの就業時間でありますが、タイムカードに記録する時間に基づき、19時を過ぎてからの15分単位でいくらと言う時間外手当が支給されるようです。

 時間外労働は19時以降から承認

 多くの職場が就業時間を過ぎればすぐに時間外となるのに対して、この職場は、営業などの「時間外」が多く、個人の裁量に任される部分が多いため、時間外労働を制限することで人件費をコントロールしているようです。


◇ 支店長

 まずは、支店長について詳しく話を聞きました。50歳くらいの長身で、写真を見せてもらいましたが、すごく陰険な表情の人物でした。
 極めて特徴的なのは、日々、嘘ばかりつくそうです。誰もが解る私的な外出なのに「本社に行って来た」と嘘を言います。しっかり確認したことであっても、支店長自身のミスに、自分に非があることを認めないために、「その話は聞いていない」とよくある「言った言わない問答」は絶えません。部下に命じて支店の売り上げを少しずつ水増しして本社に報告していて、数字が合わないことを指摘されると、「部下のミスでした」と、これも嘘。そもそもプライベートで、バツイチの経験があって、子供は別にいるそうですが、それについて触れないどころか、再婚相手との子供が初めての子供であると、自ら嘘を話します。

 嘘で塗り固められた人格

 職員に対しては、「自分の下には有能な人材はいない」との発想から、愛情のかけらもなく、要求ばかり高くて、努力に対する労い(ねぎらい)や感謝の言葉は聞いたことがないとのことです。常に業績を上げること、多くの注文を取り付けることに心が行っていて、ある時、体調不良を訴えた職員に対して、「今、手がけている仕事を終えてから休むように」と指示しました。注文を受ける数、注文を受けてから発注までの期間、少しでも割り増しした値段での契約などと、いろんな営業数字を出しては個々の職員に優劣をつけています。入職希望の人が来ると、「仕事は楽だし、手厚い待遇で、社員は快く仕事をしています」と得意の嘘に、「話が違う」と早期に退職する新人が後を絶ちません。

 「自分の下には有能な人材はいない」
 職員に対する愛情も労いも感謝もなし


 なんとかして人件費を削減して本社にいい顔をしたい支店長は、ボーナスの査定は常に最低ラインとしています。昇給は何年もなく、昨年から支店におけるティッシュペーパーやお茶などの消耗品費を職員の給料から天引きするようになったとのことです。
 さらなる人件費削減を目論む支店長が目をつけたのは労働内容でした。「外回り」に対しては、訪問先のみならずどう言うルートで現地へ到達したか?、面談した相手の名前、面談時間を報告させており、職員には内緒で、無駄な時間を費やしたと判断した場合は、給料の天引きをしていました。余計な時間外手当に対して極めて敏感で、「外回り」での労働を常に怪しんでいました。ついに支店長は、時間外手当を21時以降から認める決定をしました。

 人件費の削減に躍起となる支店長
 「外回り」の労働内容に懐疑的で、内緒で給料天引き
 ついには時間外手当を21時以降と決定


 「あんな支店長の下では仕事をしたくない」、「できることなら辞めたい」との声が日々挙がっている、そんな職場の上司だとのことです。


◇ 知人がしていること

 多くの社会人がそうかも知れませんが、私の知人は職場に不満を持っています。元々の基本給が少ない上に、夕方5時から7時までは「タダ働き」、と言う時間外手当のシステムに矛盾を感じております。そして何より上述の如く、支店長は本社からの雇われで、自分の業績だけに頭が行っており、職員に対する愛情や感謝の気持ちが全くない、人望が全く欠落した人物であります。
 そんな折、先輩が外回りの終わりにお茶をして時間を潰し、職場にゆっくりと戻って、報告書をまとめたり、発注をかけたりのデスクワークで、19時以降まで就業することで時間外手当を得ているのを知ってしまいました。
 知人が言うには、「あんなにスタッフのモチベーションを下げる職場には未来はない」と言いました。一生懸命、働いても19時までの労働は労働として認めない姿勢は、雇用者側が労働者の労働に疑いをかけている現れであり、収益をあげるよりも人件費を抑える発想には付き合いきれない、とのことでした。時間外手当のシステムには、知人が言う意味合いが十二分に込められており、また支店長の人格が知人の言う通りだとしたならば、彼の言うことには賛同せざるを得ませんでした。

 雇われの支店長は人望が全く欠落した人物
 あんなにスタッフのモチベーションを下げる職場には未来はない
 雇用者側が労働者の労働に疑いをかけている
 収益をあげるよりも人件費を抑える発想に付き合いきれない


 しかし、その知人がとっている行動には感心しません。17-19時までが「タダ働き」ならば、その時間帯は仕事をせずに、買い物したり、食事をするなりして時間を潰し、19時以降に職場に戻って残業をする毎日を繰り返し、外回り業務も、昼食やお茶と言った無駄な時間を過ごして、時には夕食までも外回りの時間帯で済まして、結果として溜まりに溜まったデスクワークを夜間にこなす、そんな労働姿勢のようです。今は21時以降が時間外となったのでどうしているかは知りませんが、、、。

 わざと時間外手当をもらう労働姿勢

 会社のシステムにはちょっと問題を感じますが、この知人には性根が腐っているようにも思えました。「貧すれば鈍する」と言う言葉が、会社側にも職員側にもあるような、そんな印象を受けました。


◇ そんな職場に未来はあるのか?

 私はこれまで、社会人としては、病院にしか勤務したことがありません。出身大学の医局、関連病院時代には、極めて尊敬できる、人望が厚い上司であり、教授であり、そして院長に恵まれました。今、そうした過去の良い経験に基づいて、後輩、部下に接するよう心がけております。また、もしもそうした上司に恵まれなかったとしても、医療の現場ですので、「患者のために!」と言う発想は大いなるモチベーションに繋がり、サービス残業を厭わず、労働が賃金に反映されないことなどあまり気にはならない職場でもあります。

 一方、知人の職場は極めて醜い状態だと思います。完全に支店長と職員は、供に業績を上げて、盛り上げて行こうとする同志ではなく、給与をめぐる完全に敵対する関係です。

 「そんな職場に未来はあるのか?」

 と問えば、「危ない」と思います。支店長には職員にやる気を出させる資質がなく、職員は支店長に尊敬も感謝も服従する根拠は何もなく、モチベーションを大きく下げている状態と拝察いたします。仕事に専心できない職員が時間外手当を目当てに画策し、リーダーシップのない支店長は職員を信じることができずに賃金を下げることに熱心では、業績不振は火を見るより明らかです。
 業績不振となれば保身に走る支店長が職員のリストラで人件費削減を図り、本社の方で問題ありと判断すれば支店長の首を換えることになるでしょうし、あまりにも採算が合わないようならその支店そのものを閉鎖することも、、、。

 リストラで人件費削減
 支店長のクビ
 支店の閉鎖


 結局、誰も幸せになれない職場です。


◇ 支店長の「思い」が変われば!?

 ここからは支店長と職員と、全く空想の話です。まずは支店長側からですが、性根の腐った支店長が変わるかどうかは解りませんが、もしも「思い」が変わるか、あるいは別の「思い」を持つ支店長が来たとして、その「思い」とは、職員に対する感謝と労い、信頼、少しでも給料を上げて、皆が喜ぶ職場を作る「思い」です。
 まずは「ありがとう」、「ご苦労様」の言葉を、日々、心から伝えます。仕事が上手く行かないことに対して親身になって相談し、自らも責任を持つ姿勢です。職員の仕事ぶりに深い理解と、信頼を寄せ、本社の規定とは別に、時間外労働他、自分の裁量でできる限りの手当をつけて職員の給料を引き上げます。

 職員に対する感謝と労い、信頼、待遇改善の「思い」を持つ支店長

 そうするとどうなるか?、「この店長を裏切ることはできない」、「この店長を盛り立てて良い職場にしていこう!」、「良い仕事をしよう!」と言う発想が職員に芽生えます。外回りで無駄な時間を潰したり、誤魔化して時間外手当を取ろうなどとする職員はいなくなります。当然のごとく、業績は良好となり、誰もがやりがいのある職場に生まれ変わるでしょう。

 職員の意識が変わり
 業績は改善


 支店長の「思い」が変わるだけで誰もが幸せになれるのです。


◇ 職員の「思い」が変われば!?

 今度は、私の知人をはじめ、職員の側の「思い」についてです。支店長がどんな人物であろうと、「自分は真面目に良い仕事をするのだ!」と言う意識を持って、不正に近い行為から時間外手当を取ろうなどと言う恥ずかしいことはしない、なるべく時間内に仕事を終わらせて、職場の収益に貢献する意思を持つ「思い」です。

 職員の側で真面目に仕事に打ち込む「思い」を持つと

 仮に1人の職員がそういう「思い」になったとして、それは周囲に伝わる可能性は高いでしょう。職員がそうした「思い」になった時、支店長は、その職員たちの心意気に感化され、支店長の「思い」も変わります。真面目な職員に支店長が応えて、職員に対する感謝と労い、待遇の改善が生まれるかたちです。

 真面目な職員に支店長が応える姿勢

 こうして、1職員の「思い」が変わるだけでもその職場が変わり、誰もが幸せになれるのです。


◇「思い」は周囲を変えられる!

 多くの人は、自分は周囲の状況に左右されると思っています。無能な部下に囲まれて、職場に活気がない、人望のない上司、給料が少ないから生活が苦しい、業績が上がらないから本社より責められる、等々、それぞれに言い分があって、どうにもならない様々な周囲の環境が自分に大きく影響していると思っております。
 でも、上で申し上げた通り、支店長の「思い」の変化は職員を引っ張るかたちを生み出しますし、職員の側の「思い」が支店長を変えることもできます。つまり、とかく周囲に影響を受ける存在である人間の「思い」は周囲を変えられる可能性があると考える次第です。

沖縄 久高島ツアー 追記:斎場御嶽 他


 安座真船待合所に戻った一行は、そのまま斎場御嶽を目指しました。ちょうど下の写真で、仰向けで寝て口を開けたようにも見える、山と山の間の谷間に見えるところに斎場御嶽があるとのことでした。

せいファ御嶽のあるところ


◇ 斎場御嶽;さすが世界文化遺産ともなると大きく異なる聖地

 日曜日の午後ですので、斎場御嶽は観光客で混雑しておりました。さすが世界文化遺産ともなると、観光地としてお金がかけられ、舗装された駐車場に入場券売場があって、その奥には「せーふぁキッチン」などと、レストランもありました。

せいファ御嶽入場券販売所

斎場御嶽入場券販売

 以下、斎場御嶽内にある看板の説明文をご紹介して参り、その周辺の写真を供覧いたします。

1.御門口(うじょうぐち)

 斎場御嶽の入り口で、神社で言えば拝殿にあたるところです。琉球最高の御嶽ゆえに。ここから入場できるのは王府関係者に限られていました。右側には、御嶽内にある6つの拝所を示す香炉が置かれ一般の人々はここで御嶽の中に向かって拝みました。

御門口にある石像

斎場御嶽内の道

2.大庫理(うふぐーい)

 首里城正殿の二階は大庫理(うふぐーい)と呼ばれ、祭祀的な機能を持つ格式の高い場所です。聞得大君のお新下り儀式での「お名付け(霊威づけ)儀礼が、首里城と同じ名前を持つこの場所で執り行われたのは、その名にふさわしいことと言えましょう。前面にある磚(せん)敷きの広間では、神女たちが聞得大君を祝福し琉球王国の繁栄を祈りました。

大庫理拝所001

3.寄満(ゆいんち)

 寄満(ゆいんち)とは首里城内にある建物の名前で、国王のために食事を作る厨房を指します。当時、ここには国内外からの海幸、山幸が集まりました。それが、「豊穣の寄り満つる所」と理解されていったのでしょう。同じ名前を持つ斎場御嶽のこの場所には、第二次世界大戦前まで、その年の吉兆を占う馬の形をした石(うまぐゎーいし)が置かれていました。

ゆいんち拝所

4.斎場御嶽の艦砲穴

 1945年の沖縄戦において、「鉄の暴風」と形容されるほどの砲弾が撃ち込まれ、終戦直後は沖縄本島内至るところに艦砲穴と言われる砲弾でできた穴が残っていたが、大半の艦砲穴は埋められるなどして残っていません。そのため、沖縄戦の様子を伝える戦争遺跡として保存されております。

斎場御嶽の艦砲穴写真

5.三角岩とその奥にある三庫理

 自然岩や洞窟に囲まれたこの場所には、いくつもの拝所が集まっています。正面に見える三角形の空間の突き当たりが三庫理(さんぐーい)、右側がチョウノハナの拝所で、いずれも首里城内にある場所と同じ名変えを持っています。また、左側からは太平洋と久高島が遠望できます。

三角岩

三角岩から入る

三庫理説明

三庫理


◇ 峠の茶屋にて

 斎場御嶽の観光が済んだところで峠の茶屋に寄りました。ツアーのリーダーがどうしても食べたいものがあるとのこと、それはマンゴーのアイスでありました。私はマンゴーのジュースをいただきましたが、5日分くらいの糖分を一気に摂取した心地になる、極めて甘い飲み物でありました。

マンゴーアイス

マンゴージュース

 さとうきびを棒のまま挿入して砂糖水を抽出する機械がありました。特注品で1台20万円とのことでした。さとうきびジュースはすっきりとした味わいですがフルーツの香りがなく、ただの砂糖水と言えなくもない液体でした。

さとうきびジューサー

さとうきびジュース


◇ ホテルにチェックイン、国際通りへ行くもすぐに逆戻り

国際通り

 有名な国際通りへ土産物を買いに出ましたが、買う物は決まっていたので速やかにホテルへ逆戻り、、、。前日の朝、羽田空港にて没収されて以来、約32時間ぶりにビールにありつけました。「サッポロ黒ラベル」から「オリオン生ビール」に変わりましたが、、、。

ホテルで飲んだビール


◇「首里天楼」にて琉球御膳

沖縄宮廷料理

沖縄舞踊あり


◇ 帰路

 浴びるほど飲んだ翌朝の朝食など入るはずもなく、チケットは手元に残りました。

朝食券チケット

 空港までのモノレール(ユイレール)は、モバイルSuicaが使えずチケット販売なのに驚いて、しかもバーコードを読ませるだけで乗り降りしたのに、もう一度軽く驚きました。

那覇空港行きチケット


 二泊三日、たいへん有意義な旅でありました。ツアーの企画をいただいた「姉妹」様に深く感謝申し上げます。

神の島、世界の中心、人類発祥の地?と、その歴史を伝承するある女性、沖縄 久高島ツアー記 – その4


 いよいよ沖縄 久高島の滞在時間が終わりに近づいてまいりました。


◇ 昼食はもずくの天ぷら定食

 特別なコメントはございません。

2日目昼食 もずく天ぷら定食


◇「7つの海」への祈り

久高港の高台から

 昼食後、久高港を見下ろす高台に井戸がありました。その脇に立って真栄田さんのお話が始まりました。

井戸
井戸

久高港
久高港

 この港では、毎年、7匹(種類?)の魚が用意されて天下安寧の祈願がなされたとの事です。言い伝えではこの「7」と言う数字は「7つの海」を意味しており、つまり「7つの海」の安泰を祈願したものであったとの事です。当時と今とで「7つの海」の範囲や意味に違いはあると思いますが、、、。

【現代の「7つの海」】
 ・北大西洋
 ・南大西洋
 ・北太平洋
 ・南太平洋
 ・インド洋
 ・北極海(北氷洋)
 ・南極海(南氷洋)

 沖縄および久高島は北太平洋上の島であり、交流があったとしてもせいぜい南太平洋やインド洋くらいまでだと考えられます。なぜ世界に「7つの海」があると知りえたのでしょう?、と真栄田さんは真顔で仰います。それは世界を知っている人物が久高に知識を授け、穀物をもたらし、人類の文明を発祥させたからです。もしかしたらその人物は宇宙人であったかも知れませんと、真栄田さんはさらなる真顔で仰いました。

ツーショット


◇ お別れ

 久高港より高速艇に乗り込んで島を後にする一行を、真栄田さんは港から腕を振ってお見送りして下さいました。不思議な現象と不思議な話に終始した久高島でしたが、「怪しい」とか「胡散臭い」と言った感覚は全くなく、すべてが自然に受け入れられる、そんな感覚を得ました。

港でさよなら

高速艇で島を後にする


◇ 真栄田さんの教えのまとめ

 時系列の日記形式で書いて参りましたので、話があちこちに飛んでしまいましたが、ここでは真栄田さんの、人類創世や神、ご先祖さまについての教えを簡単にまとめておこうと思います。

1.人類創世の地、世界の中心としての久高島

 真栄田さんは、アマミキヨとシネリキヨのご降臨を霊視にてはっきり見たと言われておりました。その昔、何千年もの前に、海の彼方にあるニライカナイより降り立ったのは女性であるアマミキヨと男性のシネリキヨであったとのことです。この男女二人が人類の最初の人間であり、この出来事が世界中に伝えられ、聖書に記されたアダムとイブであったり、日本神話では天照大神(あまてらすおおみかみ)と大国主命(おおくにぬしのみこと)となった、とのことです。

2.五穀の種子が与えられ農耕が発祥

 ニライカナイから五穀の種子が流れ着き、アマミキヨにより農耕が始められ、これが周囲に伝搬して行ったとのことです。

3.久高島より全世界の平和を祈願

 人類創世の地、神々の発祥の地である久高島の人々、神々は、この久高から全世界(五大陸七海)に向けて祈りを捧げているとのことでありました。

4.我々は先祖より守られる存在

 既に死んだご先祖さまは、たとえそれが1000年、2000年の時を隔てていようとも、常に生きている者の生活に影響を与えており、子孫のことを守っているのである、とのことでした。過去の人間に守られて今がある我々は、ご先祖さまへの供養を怠ってはならず、また、未来に向けて子孫を守る中継点の存在であることを自覚すべきである、とされました。


◇ 他の古代文明との共通点(!?)

 真栄田さん教えの中で、重要な位置を占めるのが、人類の創世に加えて、文化や文明が発祥し、周囲へ伝搬したとの考え方だと思います。これには心当たりがあって、古代エジプト、南米アンデス、そしてメキシコのマヤ文明には、それぞれ以下に示す、農耕や建築、天文学の知識をもたらす人物がいたとのことです。

 古代エジプト:オシリス(Osiris)
 南米アンデス:ビラコチャ(Viracocha)
 マヤ:ククルカン(Kukulcan)= ケツァルコアトル(Quetzalcoatl)

 
オシリス(左)、ビラコチャ(右)
オシリス(左)とビラコチャ

Quetzalcoatl.jpg
ケツァルコアトル

 これらの文明で言い伝えられている人物は、共通して、「背の高いあご髭をたくわえた白人の伝承者」とされ、真栄田さんの言われるところの、女性であるアマミキヨとは少し違う風貌だとは思いますが、特定の人物が、文化や文明が発祥し、周囲へ伝搬した、と言う考え方には共通点を見出します。古代文明発祥に迫るヒントが隠されているかも知れません。


神の島、世界の中心、人類発祥の地?と、その歴史を伝承するある女性、沖縄 久高島ツアー記 – その3


 久高島ツアー、2日目は05:30起床、海岸で来光観受の予定となっておりましたが、あいにくの雨でありました。真栄田さんは涼しい表情で宿泊交流館の玄関にお越しいただき、「雨ですけど、雲さんと風さんにお願いしてみましょうね!」と、何やら自信ありげです。


◇ 祈りで雲/風を動かす!?

 本日も真栄田さん運転の助手席、と言う特等席に乗り込んで、早速、「神の力で雨をやますことできませんかね?」などと聞いてみますと、真栄田さん、、、

 「神の力と言うよりも、自然にお願いするのです。
  太陽にお願いするのではなくて、
  日の光を遮る雲さんとそれを動かす風さんにですね」

 「農作物を作る人には雨は必要です。
  ですから、ずっと晴れれば良いと言うものではありません。
  皆さんが島に滞在するこの2時間のお願いをしてみましょう」

 車が海岸に着きましたが、風が強く、雨は横なぐりで、傘を地面に水平、風上に向けるあり様です。海は大時化(おおしけ)と言う状態ですが、ただ、風が強いと言うことは天気が変わりやすいとも考えられました。さあ、いよいよ雨合羽を被った真栄田さんの祈りが始まりました。

荒れる海

 「雲さ〜ん、風さ〜ん、2時間だけお天気、お願いよ〜!」

03060朝の真栄田さん01

 「雲さ〜ん、風さ〜ん」

03060朝の真栄田さん02

 「雲さ〜ん、風さ〜ん、2時間だけお天気、お願いよ〜!」

03060朝の真栄田さん03

 「雲さ〜ん、風さ〜ん」

03060朝の真栄田さん04

 「雲さ〜ん、風さ〜ん、、、雲さ〜ん、風さ〜ん」

03060朝の真栄田さん05

 この日が晴れであればこうした祈りをすることはなかったのですので、まさに雨のおかげと言えますが、真栄田さんが大自然に働きかける、今回のツアーのクライマックスのような感覚で見ておりました。すると、どんよりとした東の雲に動きが見られ、、、

日が差し込む01

少しずつですが雲が薄くなり、明るさが増してきて、、、

日が差し込む02

ついには雲の間からかすかな光が射して参りました。そして驚くことに、あれほど強く降っていた雨が完全に止みました。

日が差し込む03


◇ 第6チャクラへの太陽光の取り込み

 東の空からの朝日が我々を照らし始めて、一行が呆然と立ち尽くしているところへ、相変わらず涼しい表情の真栄田さんが、何事もなかったように語りかけてきました。

 「皆さん、太陽の光を第6のチャクラに受けて、
  エネルギーをもらいましょう!」

 そう言って、自らの手のひらで三角を作って額の前にかざし、太陽光を額の眉間(みけん)の部分に受ける仕草をしました。その後、一人一人に「こうするんですよ!」と言う感じで、同じ仕草をさせます。私を含む一同は東の空に向かって陽の光を眉間に受けました。

6第チャクラへの太陽光の0取り込み1

6第チャクラに太陽光を受ける

 「チャクラ(chakra)」と言う言葉が真栄田さんの口から出たのには実に驚きました。真栄田さんの教えは、日本の神話の沖縄バージョンのように感じておりましたので、インドのヒンドゥー教の教えに基づく身体論を取り入れていようとは!?、と言ったところです。以前、スピリチュアル一般として取り上げましたので、ここで「第6チャクラ」についておさらいをしておきます。

2014/04/21「チャクラ chakra、ヘミシンクにもパワーストーンにも応用されるその概念」

【第6チャクラ(chakra)】

 チャクラとは、サンスクリット語で「車輪、円」を意味し、インド起源の神秘的身体論における、物質的な身体と非物質的な身体に共通する複数の中枢とされます。ヒンドゥー教のヨーガにおいて、人体の頭部、胸部、腹部で、輪または回転する車輪のように光って感じられる6〜7箇所(一般的には7箇所)の部位をさします。
 さて、真栄田さんが太陽光を取り込むように仰った第6チャクラは、眉間、額と頭の後ろに位置し、先端部は頭の中心にあり、アージュナー/ブラウ チャクラと呼びます。インド人はこの部位にビンディをつけます。2枚の花弁の白い蓮華の形に描かれ、「アージュニャー」は「教令、教勅」を意味し、「意」(マナス)と関係があります。

第6チャクラ図

 第6チャクラは、判断を超えた気づきの意識に目覚め、二元性を超えた本質への扉を開くクリアな視点を司っています。人間が観ている世界は、あるかないか、正しいか間違っているか、良いか悪いかなど、今まで得た情報によって判断される二元性の世界です。第3の目に位置する第6チャクラは、判断をし続けながら表面的に世界を捉えているわたしたちに全く新しい視点をもたらしてくれます。それは判断を超えた視点、全てを統合した視点、そして本質からの視点で、 わたしたちを肉眼で捉えている世界よりもっと深みに気づかせ、新しい次元へと導いてくれるのです。

6第チャクラで目覚める図

 第6チャクラが開いてくると、判断を超えた気づきの意識が目覚めてきます。それにより、思考により偏っていた男性的な見方をしている右目を司る左脳と 女性的な見方をしている左目を司る右脳がバランスし、その機能が発揮されるようになります。気づきの意識の目覚めは、今までの価値観を壊し、全く新しい視点、新しい世界をもたらします。新しい時代を迎えています。このチャクラが開くことにより、本当に自分の望む人生への扉は開かれようとしています。

 第6チャクラの機能:
  二元性を超えた視点/知性と直感の統合、バランス/クリアな視点、洞察
  /思考を超えた気づき/本質への目覚め/霊性の目覚め


 太陽光を第6チャクラに受けると言う真栄田さんのご指導は、あんまりご説明が聞こえなかったのですが、「目覚め」とか「気付き」を促す行為であることは明白でありました。


◇ 朝食はバイキング形式

 充分な御来光を第6チャクラに受けた一行は宿泊交流館に戻り朝食となりました。特にコメントはございません。

久高バイキング朝食


◇ 伊敷浜では古代沖縄の男女についてのご説明

 宿泊交流館を引き払った我々は久高島ほぼ中央の東海岸、伊敷浜へと向かいました。ここは、アマミキヨご降臨の後、ニライカナイより五穀の種子が入った壺が流れ着いた場所とされます。もうすっかり雨は上がっております。真栄田さんはたいへんご機嫌なのが伝わって参りました。

伊敷浜入り口

伊敷浜の真栄田さん

 ここでは、まずちょっとした拝所に立ち寄って、島で生まれた男の子が祀られたところとご紹介されました。なぜ男の子なのか?と言うと、生物学的に男(オス)の方が弱いからとのことでありました。

伊敷浜の拝所

 久高島の男性は、島の女性と結婚して子供を作っても、本土(本州)の方に旅立って行き、そこでも複数の女性と関係を持つとのことでした。これはいわゆる「一夫多妻制」とは意味が違って、島では家族をしっかり守るけれども、本土に渡った際には「アマミキヨ」のDNAを広める意味があったと、そのような説明でありました(?)。

伊敷浜01

伊敷浜02

伊敷浜03

 それにしても、こちらの海岸は、一般的な沖縄のイメージとは異なる、清楚な雰囲気が漂うものでありました。またも真栄田さんは海に呼びかけて、今度は小魚を招待しておりました。

伊敷浜で魚を呼ぶ真栄田さん

伊敷浜の真栄田さん「ほらきたわよ」

伊敷浜の小魚


◇ 恐るべきクボー御嶽の呪い

 久高島最大の聖地、クボー御嶽に参りました。この御嶽の役割にかんする真栄田さんのご説明は、多くのネットに紹介されたものとあまり変わりはありませんでした。

クボー御嶽で説明する真栄田さん

クボー御嶽地図01

クボー御嶽地図02

 ただ、「何人(なんびと)たりとも、出入りを禁じます」とした但し書に反する行為を行った場合について真栄田さんからの厳しいご発言がありました。

クボー御嶽注意書き

 中に足を踏み入れた多数の人が精神病院に今なお収監されているとのことです。ある早稲田大学の学生たち、我先にとクボー御嶽に内部に入って出てきた女子大生は、出てきた瞬間から神の怒りに触れ、突然、精神に異常を来たして、衣服を全て脱ぎ、自らの排泄物を口にしたとのことでした。スマホの画面で拡大、内部を覗き見て撮影する己の手が震える感覚でありました。

クボー御嶽外観

クボー御嶽内部

神の島、世界の中心、人類発祥の地?と、その歴史を伝承するある女性、沖縄 久高島ツアー記 – その2


 久高島ツアー記の続きです。まだ2泊3日の初日、夕方であります。

◇ ある拝所にて

 ガベール岬を後にした一行は、真栄田さんの先導である拝所へと案内されました。

 ある拝所にて

1.記帳の文字を見て個人の問題を指摘

 6畳くらいの狭い部屋に入り、全員が記帳をしたところで、真栄田さんはその文字を見て、一人一人に話しかけて来ました。「◯◯さんと読むんですね?」と言って、顔をジッと見つめた後、目を閉じて霊視を行うようにして、私には「腸の具合が悪くて気にされているようですね?」と言われました。そう言われればそうかも知れませんが、最近、アンチエイジングの記事を書きながら、食物繊維や焼き海苔を食べる習慣を取り入れている、そうした腸への意識を読まれたのかも知れません。同じように、「肥満体質を治さないと成人病に罹りますよ!」と言われた男性は少し前に脳梗塞を患ったとのことでしたし、何かと自信なさ気で、オドオドした態度の男性には「1日1回、どこかで大きな声をあげるようにしたら良いですよ」とアドバイスされてました。

2.先祖に守られていることへの自覚について

 一人一人へのアドバイスに続いて、真栄田さんから、ご先祖様についての考え方のお話がありました。これは、先日、久高島について予習した際にご紹介した「祖霊信仰」、すなわち既に死んだ祖先が生きている者の生活に影響を与え得ると言う信仰に基づくものでありました。
 それは、「『ご先祖様』と言うと、何代前くらいまで思い浮かびますか?」との問いかけから始まりました。「せいぜい、おじいさん、おばあさんの親の代くらいまででしょう?」と続きます。確かに自分のご先祖様がどこにルーツがあるのかを正確に言える人は極めて少ないでしょう。真栄田さんの口から「1000年、2000年前のご先祖様」と言う言葉が発せられ、これは身近にはない、もっともっと壮大な意味が込められていることが伝わって参りました。

 「1000年、2000年前のご先祖様」と言う発想

 確かに、親から子供へ、そして孫へと言う命の連続性が絶たれない限り、血の繋がった「1000年、2000年前のご先祖様」は必ず確実に存在したはずであります。真栄田さんが言うには、すべてのご先祖様が個々の人間を守っているのであり、そうした過去の人間に守られて今があり、そして未来に向けて今度は自分の子孫を守って行く、そうした先祖と子孫を繋ぐ「中継点」に人はいるとのことでした。

 すべてのご先祖様が個々の人間を守っている
 過去の人間に守られて今があり
 未来に向けて今度は自分の子孫を守って行く
 人は誰でも先祖と子孫を繋ぐ中継点にある


 お彼岸では我々が先祖の元に出向いて供養し、お盆では先祖が我々の元に来てくれる、と一般的には言われておりますが、真栄田さんによると、2、3代前くらいの近いご先祖様はお墓にいるけれど、もっと前のご先祖様はもう自然界に溶け込まれた神であり、積極的にお呼びしなければならず、それが供養であり、ご先祖様(神様)に差し上げるお供えが必要である、とのことでした。
 
 さらに言えば、海の彼方にあるニライカナイよりガベール岬に降り立った、女性のアマミキヨと男性のシネリキヨが最初の人類であり、その二人こそが我々の2000年前のご先祖様かも知れないと、、、。


◇ 海ぶどう(クビレズタ)

 夕食は、島に2つしかない食事処の1つ「とくじん」で「海ぶどう丼定食」をいただきました。海の香りがほんのりとして、プチプチとした歯ごたえ、食感がなかなか美味でありました。ここでは、お土産で買って帰りました「海ぶどう(クビレズタ)」について勉強しました。

食事処とくじん
食事処「とくじん」

海ぶどう丼定食
海ぶどう丼定食

海ぶどう丼
海ぶどう丼

海ぶどう土産
お土産 海ぶどう(1箱600円、3箱で1000円)

海ぶどう中身
お土産 海ぶどうの中身

調理の仕方図
お召し上がり方
 1)食べる分だけ取り出して水気を切ります。 
   ※食べきれない分は袋に水気を残しておいて下さい。
 2)水に浸して味見をしながらお好みの塩加減に整えて下さい。
 3)サッとすすぐと歯ごたえが戻ります。
 4)お好みで酢醤油、ポン酢、ドレッシング等でお召し上がり下さい。
   ※調味料を直接かけると食感が失われしぼみます。
   ※つけてお召し上がり下さい。

海ぶどう土産内容
お土産 海ぶどう 但し書き

1.海ぶどう(クビレズタ)の概要

 海ぶどう(クビレズタ、学名:Caulerpa lentillifera)は、イワズタ科イワズタ属に属する海藻で、沖縄県や鹿児島県では、「海ぶどう」や「グリーンキャビア」と呼ばれ、食用にしています。日本では南西諸島に、海外では東南アジアやオセアニア等の浅海域に分布し、主に、潮間帯の下部から漸深帯の砂地に生育しています。長さ2-5m程度まで成長し、匍匐茎(ランナー)を伸ばし、匍匐茎の途中から直立する茎が生えます。この直立する茎が食用になる部位で、球状の小枝(葉のような形状)が密生しており、「海ぶどう」の由来にもなっています。また、和名のクビレズタ(くびれた蔦)は、直立する茎と小枝の間がくびれていることから名がついたとされます。

海ぶどう写真

2.食用として

 沖縄県では、昔から食べられており、生で醤油や三杯酢等をタレのように浸けながら食べますし、刺身の付け合わせにもされます。ご飯の上にのせて三杯酢をかけた「海ぶどう丼」や、味付けせずに沖縄そばの上に乗せて「海ぶどうそば」として食べることもあります。調味液に長く浸すと、プチプチとした食感をもたらす粒状の部分がしぼんでしまうので、食べる直前にタレをつけて食べるのが推奨されます。また低温に弱く、冷蔵庫で保存すると萎んでしまいます。

3.海ぶどうレシピ

 いくつかネットで拾った海ぶどうレシピをご紹介します。

海ぶどうサラダ
海ぶどうサラダ

海ぶどうとアボガドわさび醤油
海ぶどうとアボガドの海苔巻き(わさび醤油で食べます)

山芋と海ぶどうあえ
山芋の海ぶどうあえ

4.にぎり寿司を使った海ぶどう料理の試作

 磯の香りが強い海ぶどうですので、寿司メシや魚介類に合うのは当然のことですが、パックのにぎり寿司を買ってきて、以前も紹介した焼き海苔で巻く手法で海ぶどうをいただきました。素晴らしい味わいでした!

海ぶどう タコ
タコ:寿司メシ少々とわさびを加えています

海ぶどう エビ
エビ

海ぶどう エンガワ
エンガワ

海ぶどう マグロ
マグロ

海ぶどう だけ
寿司ネタなしで海ぶどうだけでも十分に美味しゅうございました


◇ 久高島宿泊交流館にて夜の勉強会

 夕食後、宿泊施設である久高島宿泊交流館に戻ったところで、真栄田さんによる夜の勉強会が開催されました。

1.禁酒・禁煙について

 やはり、久高島の夜は、酒と喫煙は禁止でありました。これはこの島自体がそうだと言うのではなく、実際、交流館内には「オリオンビール 冷えてます」と張り紙がしてありました。単純に真栄田さんが酒、タバコが嫌いだからのようにも思えますが、真栄田さんに言わすと「島が汚れるからダメ」だそうです。タバコはともかく、酒については、ちょっと納得がいかない気もしますが、ま、神々がおわす久高島ではありますが、バッカス(Bacchus:ローマ神話のワイン神)はいらっしゃらないご様子でした。

2.真栄田さんが島に戻った転機

 真栄田さん自身の話をうかがいました。ここでは、別に記載されている文章と併せてのご紹介となります。すでに中村文昭氏の文庫本にもなっている内容です。
 真栄田さんは、久高島で神に仕えるのに反発して15歳の時に島を出て、普通に結婚してお子さんにも恵まれました。どんな商売をやっても繁盛して、一時期は4店舗ほど同時にやりくりしていたとのことです。昔から不思議なことが当たり前で生きてきて、特別な努力とか勉強とかせずとも、直感だけで上手く行ったのではとされます。

 島を出て普通の家庭で商売繁盛

 ところが、約20年前頃になると、島に帰って来るようにと、盛んにシグナルを受けるようになったとのことです。そのシグナルは、屋根から落ちるような不測の事態や、体調不良と言うかたちで真栄田さんに降りかかり、ご自身が言われるには、「全く鎮痛剤が効かない体質」にて、ずいぶんと痛い思いをされたとのことです。

 「島に帰れ!」とのシグナルに苦しめられ

 50代くらいの頃でしょうか?、体調不良は、主として胃潰瘍と子宮筋腫だったようですが、病院に行っても一向に良くならず、最後の方は死神に憑りつかれたかのような形相をしていたそうです。そんなある日、とにかく栄養をとろうとある食堂に這うように出て行ったとき、先にいた一人の女性客が真栄田さんを見て言ったそうです。

 「あなた、大変なもの背負ってるわね。それ、あなたの病気じゃないから。
  逃げちゃダメ、決めなさい!」

 すべてを見透かされたような口調で、真栄田さん自身もその意味するところは解っていました。「島に帰れ!」、と言うこと、もう逃げられない、心の中で「はい!」と言って、食堂を出て家の玄関に着いた瞬間、まるで出産するかのようにボトッと子宮筋腫が落ちて、そこで出血もピタリと止まり病気を克服したそうです。それが今から19年前のこと、、、。

 こうして、久高島ツアー、長〜い1日目が、禁酒のままで終わりました。

神の島、世界の中心、人類発祥の地?と、その歴史を伝承するある女性、沖縄 久高島ツアー記 – その1


 さて私事、このブログを始めて今月の21日で丸3年となります。総記事数はちょうど300件との事で、3、4日に1件ずつ年に約100件ずつを積み上げて参った計算になります。実は「出来事」の記事など、更新して新しく掲載し、古いものは削除した記事がありますので、「300件目」と言う区切れに大きな意味はないのが本当のところです。あくまでも通過点ではありますが、せっかくの記念の「300件目」でありますので、それに相応しい内容で(?)、スピリチュアル・ツアー体験記を、写真を多数掲載してご紹介したいと存じます。先日、2月29日に予習を掲載した沖縄、久高島でありますが、時系列で説明して参りたいと存じます。


◇ ANA 995便 東京/羽田 発 沖縄/那覇 行;没収された缶ビール

 最寄り駅6:33発のJRで羽田に向かい、沖縄/那覇 空港行きは、全日空ANA 995便、9:10 東京/羽田 発、12:00 沖縄/那覇 着の便でありました。

 国の内外を問わず、幾多、無数の学会に出席して来た私にとって、それが仕事の出張であろうとも、必ず確実に行って来た、空港あるいは機内にて、缶ビールを「シュポっ!」て開けるのは至幸の瞬間であります。それが平日で、通常の勤務時間帯であればあるほど、その爽快感はこの上ないものであります。

 この日のフライトにおいては、羽田空港の「空弁(そらべん)」で柿の葉寿司の良いのが手に入りましたので、中途半端に搭乗口周辺で飲むのではなく、機内にてtake offから数分後のベルト着用サインが消えた瞬間が「シュポっ!」てタイミングだと思っておりました。
 ところが、あろうことか、ビニール袋に入った缶ビールを目ざとく覗き見て、騒ぎ出した女がおりました。久高島に向かう旅の途上で誰かが酒を飲むと天候が荒れて、島に渡れなくなるとのこと、、、。女はツアーのリーダーに報告(チクり)して、さらに騒ぎを大きくしました。「極めて、人としてどうか?」と言う行為でありましたが、なんと!、ツアーのリーダーからも、「他の人も島に渡れなくなってしまいます。貴方だけの問題ではないのです。」とのことで、缶ビールは没収となりました。

  「この、くそアマっ(怒)!」

 騒ぎを起こして、勝ち誇った表情の女に対して、捨セリフを吐いた私が、旅行の期間中、彼女とは一言も口を聞かなかったのは言うまでもないことです。

機内より富士山
富士山上空を飛ぶ機内では「お茶」で(涙)お寿司を食べました

 それにしても、久高島に渡るのに何人たりとて飲酒は許されないとは!?、驚きでした。過去において、酒を飲んだ人間がいたために天候が崩れて船が出なかったケースがあったとのことですが、それは、たまたま天候不良で島に行けなかったので、怒りの矛先を酒を飲んだ人間に向けただけのように思われました。そもそも、自然科学に身を奉ずる「私メ」にとっては、「御ビール様」を飲んだくらいで天候が崩れるなんて科学的な根拠は全く見出せないことでありましたが、こうして、沖縄 久高島への異様なツアーは始まりました。

没収されたビール
沖縄からの帰路に常温で返され帰宅した缶ビールたち


◇ 那覇空港にて;沖縄そばとソーキそば

 12:00定刻に那覇空港着、現地はどんよりと曇った雨天でありましたが、さすがに東京よりはずいぶんと暖かでありました。

那覇空港写真

 空港のレストランで沖縄そばを食べました。実は今回が初めての沖縄でしたが、ソーキそばは知り合いからのお土産で食べた経験はありました。しかしながら、沖縄そばとソーキそばの違いを知らないままでありました。

沖縄そば写真
空港で食べた「沖縄そば」には豚バラ肉をトッピング(撮影)

ソーキそば写真
「ソーキそば」にはソーキ(豚のあばら骨の部分)をトッピング(ネットより)

テビチそば写真
「テビチそば」にはテビチ(豚足)をトッピング(ネットより)

 写真で見ての通り、「沖縄そば」、「ソーキそば」、「テビチそば」の違いはトッピングされているものによる違いであり、ダシや味付け、麺は共通でありました。味は、日本そば、うどんよりもラーメンに近いと思いますが、分類の仕方は「醤油」、「塩」、「味噌」のラーメンと異なり、「天ぷら」、「キツネ」、「たぬき」などの日本そば、うどんと同じ発想でありました。


◇ 久高島への唯一の玄関口、安座真船待合所

 那覇空港より専用車で移動したところは、沖縄本島南部の南城市の東の端、安座真船待合所と言うところでありました。

南城市地図
南城市地図

安座真港地図
安座真船待合所地図

1.久高島の案内

 安座真船待合所に、立て看板があって、久高島の案内が記載されておりました。以下の通りです。

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 久高島は、知念半島の東方約5.5kmの太平洋上に位置する島です。面積は1.39km2、周囲は7.75km、最高標高が7.1m程の細長くて平坦な島です。琉球王国時代には、男性はその航海技術を活かし、海外貿易の船頭として活躍しました。
 東海岸には島の開びゃく神話の舞台であるイシキ浜があり、北のカベールとともに貴重な海浜植物群落がよく残っています。久高島は、琉球の祖神であるアマミキヨのや、五穀発祥伝説があり、伝統的な祭祀(さいし)を今に受け継いでいることから「神の島」と呼ばれています。

安座真港にある久高島の案内

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2.久高島土産物;久高島イラブー

 安座真船待合所には久高島独自の土産物売り場がありまして、うちわや扇子、タオル、Tシャツ他、装飾品はいささかつまらないものばかりでありましたが、魚介類の瓶詰めには目を引きました。

様々な魚介類の瓶詰め
イカの塩辛、すくがらす、すみイカ、たこの塩辛、ワタガラス

 その中でも取り分け、沖縄、久高島を感じさせられたのが「久高島イラブー」であります。さすがに買いはしませんでしたが、久高島イラブーの捕獲から作り方、イラブー汁のレシピが記載されていましたのでご紹介いたします。

久高島イラブー

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【久高島イラブー】

 ぬちぐすい(「命の薬」の意)、琉球王国の最高級食材として国王に献上するために作られ続けてきた久高島イラブー。島では今でも神聖な生き物とされ、素手で大切につかまえます。そして、決められた人によって、一週間ほどかけて自然の材料のみを使い神聖な小屋でくん製にされます。
 家族や大切な人の元気の為に、季節の変わり目や疲れたときに。命を頂く感謝を胸に、コトコト煮込んだ美味しいスープを召し上がれ。

【イラブー汁の作り方】

 材料:5人前イラブー250g、ソーキ(骨付き豚肉)かテビチ(豚足)、鶏肉 400g、
    昆布適量、塩、醤油

1)沸かしたお湯でイラブーが柔らかくなるまでもどす(約30分ほど)
2)1)からイラブーを取り出し、小麦粉をお湯でペースト状に溶かし、タワシや歯ブラシでススを綺麗に落とす。次にイラブーについた小麦粉を水でかるく洗い流し、酢を入れたお湯につけたふきんでさらにススを拭き取ります(とにかくススを落とす)。
3)沸騰した鍋にイラブーを入れ5分ほど煮立たせる。一度このお湯は捨てます。(残ったススを落とすため)
4)新しいお湯で、イラブーを1時間ほど煮ます。(中火で)
5)イラブーを取り出し適当な大きさに切り4)のお湯に戻します。
6)中火でくつくつ煮ます。今度は中から酸化した油が出てくるので、アクを取りながら弱火で4〜5H煮ます。(ここで圧力鍋があればイラブーを骨まで柔らかくしてもいいです)
7)別の鍋で肉をゆで柔らかくなったら水洗いしてアクを落とします。肉を6)に加えさらに2時間煮込みます。
8)結んだ昆布を加え、さらに1時間。人数分に見合うスープの量になるように水を加えて下さい。
9)塩としょう油などでお好みに味をつけて完成。

(NPO法人久高島振興会 078-835-8919)

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イラブー汁
夕食でご馳走になったイラブー汁

 イラブー汁に入っているイラブーそのものについて、この後に出て参ります、真栄田さんは「鰊(ニシン)に似た食感よ」、と仰ってました。確かに歯ごたえは鰊の甘露煮に近いかも知れません。ただ、鰊と言う魚はすごく脂が多く、また臭みが強いものであります。イラブー汁のイラブーはそれほどの臭みも癖もありませんでしが、おそらくはこのイラブーも蛇でありますから、アンモニア臭など、癖の強い食べ物なんだろうと思われ、鰊同様に前処置が必要な食べ物なんだろうと思いました。それにしても、東北、北海道の食べ物である鰊を、なぜに真栄田さんは知っていたのか不思議でもあります。


◇ 久高港到着、久高島宿泊交流館へ

1.高速艇「ニューくだか」で久高島へ

 久高島へは高速艇「ニューくだか」で渡ります。15:30発の高速艇は、「私メ」が「御ビール様」を飲むのを我慢したおかげで(??)、無事、定刻通りの出発となりました。あっと言う間の出来事で、10分もすると船は減速し、テトラポットに守られた久高港に近付いて参り、15:45、定刻の到着となりました。

高速艇にゅーくだか
高速艇「ニューくだか」

久高島に接近
久高島テトラポット

くだか港
久高港

久高島略図 のコピー
久高島簡易MAP

2.久高島民俗資料室

 久高港から車で数分、この日の宿泊場所である久高島宿泊交流館内には久高島民俗資料室がありました。久高島の祭祀の様子を収めた写真が、それほど広くはない部屋の壁に掛けられており、いかにも島の伝統的文化を肌で感じるものでありました。

久高島民俗資料室

 一つだけやや詳しくご紹介しますと、久高島における大漁祈願祭を「ヒーサチマティー」と言い、旧暦の1月か2月の吉日(ミンニー)を選んで実施されます。祝女(ノロ)とウメーギ(ノロの補佐役?)はヤグル川で身を清めた後、クボー御嶽に行き神衣装に着替えて、カベール岬に向かいます。岬ではハブイの束を振り上げて岩に叩きつける仕草を繰り返しながら神歌(ティルル)を歌うとされます。

大漁祈願祭
ヒーサチマティーの儀式


◇ ガベール岬へ

1.島の歴史を伝承するある女性

 先ほどの港にもいらしていましたが、改めて私どもに島を案内してくれる女性が久高島宿泊交流館にいらっしゃいました。その名を、

 真栄田 苗 さん

 と言います(以下「真栄田さん」)。

真栄田さん登場

 この方が、どういう方なのか?、生い立ちや詳しい略歴を存じ上げませんので、詳しい島での立場には触れませんけれど、仰ることに耳を傾けますと、久高島には、ある1地域の神話や言い伝えに留まらない、もっと壮大な、人類の起源にも迫る神秘が隠されているようにも思えて参ります。幾つか記憶に残っている範囲内でご紹介して参ります。なお真栄田さんについては、以下の本の中でも紹介されております。

お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ!  本
中村 文昭 氏著「お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ! 2(出逢い編)」

2.久高島ガベールの植物群落

 もう80近くにもなろうかと言う女性の真栄田さんが運転する車に乗り込んで、我々はガベール岬へと向かいました。砂利道ながら、道路の形態をした道を北上して行くと、そこには多数の木々が生い茂っておりました。そのあたりのご紹介を加えます。

ガベール岬への道

ガベール岬への道2

 久高島の北東端に位置する地域一帯をガベールと呼び、ここにはアダンやオキナワシャリンバイなどが優占する風衛植物群落が発達しています。亜高木層、低木層、草木層の三つの階層が認められ、学術上極めて貴重で、自然を記念するものとして、沖縄県の天然記念物に指定されております。

ピロウ(ヤシ科)
ピロウ(やし科、方言名:フバ)
常緑高木で高さは10m程度です。幹はほぼ直立し、色は灰褐色を呈しています。花序は春に横出し、果実が熟すると下垂します。葉は扇や笠、ひしゃくなどに利用されます。

くるつぐ(ヤシ科)
クロツグ(やし科、方言名:マニ)
常緑の低木で高さは4m前後です。幹は直立し、黒色の粗い繊維で密に覆われています。長さ2-3mの葉が多数束生します。果実は径2cmほどで橙赤色に熟します。

アダン たこのき科
アダン(たこのき科、方言名:アダン)
高さは3-5mくらいです。幹は太い枝をまばらに分枝し、多数の太い支柱根を垂れます。葉は線状披針形で硬い革質、緑には鋭い棘があり、果実は球状楕円形です。防風、防砂、食用、薬用に利用されます。

トウツルモドキ
トウツルモドキ(とうつるもどき科、方言名:ハブイ)
大型の常緑ツル性低木です。茎は緑色で、長さは10数mにもなります。葉の先端は巻きひげとなり他の物に巻きついていきます。

アカテツ
アカテツ(あかてつ科、方言名:チーギ)
常緑の高木です。幹は上方で多数分枝し、高さは10m内外になります。葉は互生して小枝の先端付近に密集し、初夏の頃に白い小花を数個つけます。

もんぱの木
モンバノキ(むらさき科、方言名:マシューキ)
海岸の砂地や岩上によく見られる亜高木で、高さは2-5mくらいが普通です。枝や葉には長毛が密生し、夏には白い小さな花が密集して咲きます。水中眼鏡枠の材料や薬用に利用されます。

ヤエヤマアオキ
ヤエヤマアオキ(あかね科、方言名:ブッカカー)
海岸近くの林に生える低木です。幹は直立し高さは1-3m程度です。葉は楕円形で革質、表面につやがあります。集合花は熟すると卵円形になります。樹皮や根は染料になります。

3.真栄田さんの自然との一体感、調和

 ガベール岬への道中、不思議なことに、盛んにツバメのような鳥が低く飛んで来ては車の前を横切ります。その都度、真栄田さんは「ありがとうね〜」を口にして、いかにも自然との一体感、調和が感じられます。岬に着いて、車から降りますと、今度は蝶が我々の目の前でダンスを踊ります。実に不思議な光景ですが、真栄田さんは「ありがとうね〜」と平静でありました。

海ガメを呼ぶ真栄田さん

海ガメを呼ぶ真栄田さん2

 真栄田さんは、岬から海に向かって「カメさん、カメさん、出てきておくれ!」と声をかけました。すると、全部で8-10匹くらいでしょうか?、小さな海ガメが水面にひょこひょこと顔を出します。岸壁から覗き込む形で、被写体が小さくて、なかなか写真には収められませんでしたが、確かにあれは海ガメでありました。

海ガメがそこかしこで首を出す水面

 そういう時間帯にそういう場所に来たので海ガメと遭遇したと思えば思えなくもないのですが、真栄田さんが、大自然の鳥や蝶、カメたちに語りかけているのは確かでありました。「神は常に自然を通じて我々にメッセージを発しているんです」と真栄田さんは仰いました。また、すべての人間に遠い昔の先祖がいて、長い時間を経て、先祖たちは自然の中に存在するとも言われました。

 神は常に自然を通じて我々にメッセージを発している
 我々の先祖たちは自然の中に存在する


 真栄田さんの自然との一体感や調和、会話と言うものは、結局のところ、自然の中に存在する先祖であり、神であるものとの交信を意味するものと思われました。

4.アマミキヨとシネリキヨが降り立った「世界の中心」

 ガベールの岬は、ネットでも文献でも、遠い昔、琉球の創世神、海神(アマミキヨ)が天から降り立った地とされますが、これについて真栄田さんからのご説明がありました。真栄田さんは、アマミキヨとシネリキヨのご降臨を霊視にてはっきり見たと言われておりました。
 その昔、何千年もの前に、海の彼方にあるニライカナイより降り立ったのは女性であるアマミキヨと男性のシネリキヨであったとのことです。この男女二人が人類の最初の人間であり、別の言い方をされているのが、聖書に記されたアダムとイブであったり、日本の本土で神話として伝わる天照大神(あまてらすおおみかみ)と大国主命(おおくにぬしのみこと)である、とのことです。
 真栄田さんは、人類創世の地である久高島を「世界の中心」とも呼んでおり、神々の発祥の地であるこの久高から全世界(五大陸七海)に向けて祈りを捧げているとのことでありました。

5.ガベール岬 PHOTOS

ガベール岬
ガベール岬

ガベール岬の沖
ガベール岬の沖
海水の流れが異なる境界線があって海の色が異なって見えます

大漁祈願祭「ヒーサチマティー」あと
本年の大漁祈願祭「ヒーサチマティー」の跡