アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

母と娘の再出発 ~ 摂食障害 乗り越えて(4・完)「父親不在」の育児、女同士疲弊


 第4話は、ここまで取り上げてきた母と娘の関係に基づく摂食障害の総括、発症のメカニズムと、治療の方法論を解説しております。必ずしも女性だけの病気ではなく、男性でも女性の約4、5分の1くらいの頻度で発症するようですし、母娘の関係だけがこの疾患の発生機序ではありません。しかしながら、母と娘の関係にのみ焦点を絞ることで、自分たちの「母娘関係」を振り返るきかっけとなる、そんな母娘もいるかと存じます。

静岡新聞 こち女ニュース

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 過食嘔吐(おうと)をやめられない娘は母に不安やいら立ちをぶつけ、母は娘の言いなりになる。「家庭という密室で、私たちは共依存の悪循環に陥っていた」。摂食障害者の親の自助グループぬくもり(静岡市)の水谷澄子代表(64、仮名)は、約10年前までの三女(35)との関係をそう振り返る。

 母との関係や母の生き方にわだかまりを抱え、摂食障害を発症したと語る娘たちと、自責の念にさいなまれ「私が何とかしなければ」と奔走する母たち。一昔前まで、摂食障害は母子関係のゆがみが原因とされたが、現在は否定されつつある。
 住吉病院(甲府市)の大河原昌夫副院長によると、本人の性格、学校や職場のストレス、家族関係のもつれなど、さまざまな要因が重なった時、苦しさを表現する手段の一つとして発症する。その9割以上が女性。食糧が不足する地域で発症は見られないため“やせ”をたたえる社会的価値観が大きく影響しているとされる。
 それでもなお、この病気の背後に“母娘”の葛藤が浮かび上がるのはなぜか。日本摂食障害学会評議員の中村このゆ追手門学院大教授(臨床心理士)は「母娘問題の本質は、母個人だけでなく母を取り巻く社会構造にもある」と指摘する。高度経済成長期以降、家族は“女は子育て、男は仕事”という役割に縛られてきた。女性は家庭を優先するよう求められ、結婚や出産時には仕事の継続などあらゆる選択を迫られる。母の不満は、同性である娘に伝わりやすい傾向がある。娘は母から「女性はどうあるべきか」を学び、そこに共感や息苦しさといったさまざまな感情を抱く。
 娘の治癒を求めて医師のもとを訪れるのも自助グループに参加するのも、大半が母親。「医療者には母の心理的な問題が目につきやすい。カウンセリングをすると母自身に、夫や両親、義父母との葛藤が潜んでいることが多い」と中村教授。まず母親が落ち着き、娘との密着関係を解くことが回復への一歩という。その上で「父親の治療参加が回復を早める」と話す。
 病の背景を問わず当事者に共通することとして、中村教授は「複数の要因が掛け合わさって発症する代わりに、一つでも要因をゼロに近づければ症状は治まる」と説く。当事者の根底にあるのは「私なんてだめだ」と自己を否定する怒りの感情。怒りが暴力などの形で外へ向かわなければ、拒食や過食の方法で自らの体を攻撃する。怒りを解きほぐすと、大抵は“悲しみ”にたどり着くという。「本人の悲しみやつらさを受け止め、共感する誰かが必要」。家族だけでなく、医師やカウンセラー、自助グループの仲間といった第三者が支えになる場合もあれば、信頼できるパートナーとの出会いが転機になることもある。

 三女の発症から10年余り。水谷代表は「このままでは一家心中してしまう」と1人で専門病院に駆け込んだ。「お母さんも鬱(うつ)の手前」。医師に告げられ、娘ばかりを治そうとしていた“ベクトル”を初めて自分に向けたことが、親子が快方に向かう一つのきっかけとなった。水谷代表は、かつての自分のように疲弊していく母親を何人も見てきた。しかし家族が疲弊するほど回復は遠のく。

 家族一人ひとりが“生きづらさ”を語り合い、ありのままを受け入れ、それぞれが新しい生き方をつかんで“楽”になる。「回復とは、その過程だと知ってほしい」と訴える。

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母と娘の再出発 ~ 摂食障害 乗り越えて(3)厳しい家庭、“生きづらさ”連鎖


 第3話は、またも母親の厳しさが娘に影響したケースです。ただ、育児に疲れた第1話の母親とは異なり、このケースの母親は離婚したことで、子供を育てることに強い責任感を持っていたようです。

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 静岡市の保育士由香(32、仮名)が摂食障害を発症した引き金は「自信を持つために始めたダイエット」。当時中学2年。同級生から「デブ」とからかわれていた。拒食はエスカレートし数カ月後、過食嘔吐(おうと)に移った。高校1年のころ、“食べ吐き”が「心の中にある空洞を埋める作業」にすり替わっていることに気付いた。その“空洞”は何か。精神科に通ったり文献を読みあさったりするうちに「人に褒められたい、認められたい」という欲求が満たされていないことが原因と考え始めた。

 家庭の中で、父の存在感は薄かった。高校1年の時に両親は離婚。順調に人生を歩む兄には劣等感を抱いていた。母の陽子(62、仮名)はこの世で最も「自分の存在価値を認めてほしい人」だった。その母は、風邪をひいても学校を休ませない。テストで90点を取っても褒めてくれないのに、平均点以下だと怒鳴られた。由香の誕生日プレゼントは、母の好みで選ばれた。「大人の都合で我慢させられるか、よその子と比較されるか。どちらかの記憶しかない」母に対しても友人に対しても「どうすれば好かれるのか」と、相手の顔色や声音ばかり気にするようになった。「自分を押し殺した生活がたぶん、摂食障害という形で爆発した」と、由香は語る。

厳しい母親 写真

 一方、陽子は過食嘔吐をする娘の「悪魔のような姿」に途方に暮れ、その「無意味」な行動に腹を立てていた。やめさせようとすれば、由香は自傷に走った。「摂食障害は不安定な心の現れ」と受け止められるようになったのはここ数年だ。
 陽子自身も厳しい家庭で育ち「遊ぶことや楽しむことに罪悪感がつきまとう人生」を歩んできた。由香を「人前に出しても恥ずかしくない子」にしつけようとした。娘の心に積み重なる不満に気付かず、結果として自分が親から押しつけられた“生きづらさ”を、娘にも引き継がせてしまった―。そんな自責の念がぬぐえない。

 離れて気付いた親の愛

 由香は母との暮らしに行き詰まった29歳の時、ワーキングホリデーでカナダへ飛び、保育士資格を生かしてベビーシッターをした。勤務先で、がんを患いながらも我が子を一番に気遣う母親の姿を見て、ふと「母にもこんな時があったのかな」との思いがよぎった。短大を出ても安定した職に就けなかった由香に、母は経済的に援助をしてくれた。感謝の気持ちが芽生えた。
 帰国後の2014年4月、保育園に就職した。過食嘔吐は20歳の頃から辛うじて抑えられている。しかし今も胃腸が弱く、固形物を控えるなど、食事の内容や時間に気を使う。それでも摂食障害になったことで、陽子とは深い心の内を見せ合い、生き方について本気で意見を交わす仲になった。陽子は最近「もっと楽しんで生きることが私にも必要」と口にする。週1回、喫茶店で会う父は、家庭にいた頃とは別人のようによく笑い、よくしゃべる。そんな両親の変化は、由香に「緊張し続けていた心を解きほぐすような安心感」を与えた。

 過食嘔吐に代わって心の“空洞”を満たすすべは、いまだに見つからない。人から物をプレゼントされるなど、目に見える形で与えられることでしか満足できない。ただ、いらつきや悲しみといった感情は一定のところで抑えられるようになった。「まだまだうまくは生きられないけど、人生の乗り越え方が見えてきた」と感じる。

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 「風邪をひいても学校を休ませない。テストで90点を取っても褒めてくれないのに、平均点以下だと怒鳴る」、そんな親に対して、“食べ吐き”が「心の中にある空洞を埋める作業」にすり替わっていった様子が描写されております。ここでも、ヒルデ・ブルック氏が言う、学童時からの底知れぬ自尊心の欠如を抱えて、親の極めて侵入的な介入を受け続けた様子が伺われます。


母と娘の再出発 ~ 摂食障害 乗り越えて(2)家事育児…理想の姿追いかけ


 第2話は、普通の家庭のように見えますが、ある意味で完璧な母親を見て育った娘の摂食障害であります。その発病のきっかけは、ちょっとした胃腸炎に端を発したものだったようです。


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 両親は惜しみない愛情を注いでくれる。望み通りの進学校に入学した。友人にも恵まれ、私の人生は順風満帆―。そう信じて疑わなかった高校2年の夏。静岡県中部の自営業香苗(51、仮名)は摂食障害になった。

 その夏、香苗は下痢に見舞われた。数日間食べられずにいたら、体重が減った。うれしかった。「もっと食べなければもっと痩せる」。体重が戻る恐怖から、体調が回復しても、食べる量を抑え続けた。次第に何を、いつ、どれだけ食べればいいのか分からなくなった。
 身の異変に戸惑いながら、1年後には過食と拒食を繰り返すようになった。家族が寝静まって台所にあるおかずや菓子を食べ始めると、腹が膨れて苦しくなるまで止まらない。我に返ると自己嫌悪にさいなまれ、その後数日間は食事を控える。そんな生活が大学に入ってからも続いた。
 大学を卒業後、念願の教職に就き、結婚。2人目を出産後、仕事と育児の両立に限界を感じて退職した。そのとき頭をよぎったのは母の姿。祝い事など人が集う時、母は懐石料理のようなごちそうを並べた。香苗が中学生になるまで、洋服も全て手作り。保護者会や町内会の活動も手を抜かない。不平不満は口にせず、いつも誰かのために夜中まで作業をした。だから香苗も、家事や育児をおろそかにしたくなかった。

母親の家事

 3人目を産んで数年後、義母が入院し、義父が同居した。1番上の長女瑠衣(24、仮名)は小学校に上がったばかり。育児に介護に手いっぱいでも、香苗は付き合いで「行事の幹事をやって」と頼まれれば断れず、夜中までパソコンに向かった。子育てに忙しくなってから自然と、摂食障害の症状は治まった。ただ、なぜ食事をコントロールできない事態が起きたのか、分からないままだった。

 憧れ、苦しみ 心にひずみ

 疑問が解けたのは40代前半。きっかけは70歳を過ぎた母の死だ。「お母さんは100年分の人生を生きた」。葬儀に集った母の親族や友人が口々にそう涙した。香苗は母に問うた。「いつも笑っていたけど、本当はつらい時もあったんじゃない?」「もっと自分のために人生を楽しむ方法があったのでは?」
 香苗は、母という女性を理想とし、母と同じ道をたどってきたことに気付く。周りの期待に応えようと動く自分に逆らえず、「いつも元気ね」と言われながら気を張って生きてきた。「心は悲鳴を上げているのに頑張りすぎたひずみが、摂食障害となって現れた」。そんな気がした。
 母の死からしばらくして、大学生だった長女瑠衣が拒食になり、過食嘔吐(おうと)に移った。几帳面だった瑠衣は、発症前から急にだらしなくなった。まるで香苗に「こんな風に適当でも生活できるんだよ」と訴え掛けるかのように。
 「母と私。私と娘。程度の違いはあれど、似ている気がする」。摂食障害が何らかのひずみを現すサインなら、瑠衣にとって必要。そう捉える半面、通院や本人の意思で治る病気ではないと知る香苗にとって、先の見えない不安な日々だ。

 香苗は摂食障害になってから、別の部屋で寝ていた両親が「川の字」に寄り添ってくれたことを思い出す。「両親がしてくれたように、娘がつらいときにはいつでも支える。安心できる家庭でありたい」。そう心に誓いながら「誰かに倣うのでなく、娘にとって心地のいい生き方を見つけ、楽になってほしい」と願う。

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 必要以上に(?)完璧に家事をこなす母親を見て、気後れをする娘が摂食障害になって、その娘が大人になって、やはり母親のような仕事ぶりをするようになったら、その娘にも摂食障害が発生したケースのようです。でも、この女性は、カウンセリングなどなしに、自分の母親から始まって、自分とその娘に及ぶ悪循環に気がついたようです。

母と娘の再出発 ~ 摂食障害 乗り越えて(1)「私を見て。気遣って」心の叫び


 ネットを観ていて、思わぬ心を動かされる記事に出会いました。「静岡新聞 SBS」の「こち女ニュース」と言う欄で、摂食障害を乗り越えた母娘のお話です。4家族、4話に渡る連載ですが、いずれのケースも母親と娘の関係が摂食障害の原因となっております。全文で供覧いたします。第1話は、子供の頃に母親から言われた言葉が発端となったお話です。

静岡新聞 こち女ニュース


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 女性が発症者の9割以上を占める摂食障害。その原因は複雑でさまざまだが、中でも母との関係や母の生き方にわだかまりを募らせた結果、摂食障害になった―と受け止める娘が後を絶たない。生きづらさを抱えた娘と母たちの「生き直し」ともいえる回復の道のりをたどり、家族の在り方を考える。

 食パン1斤にカツ丼、ラーメン、ポテトチップス、アイスクリーム1リットル、コーラ2リットル…。日々メニューは違うが、自室で食べては吐いてを繰り返し、およそ3人前を平らげる。静岡県西部の事務職聡美(51、仮名)は15年ぐらい前まで毎晩、その作業に4時間を費やしていた。
 発端は24歳で始めたダイエット。食事制限に加えて、毎日立ち仕事の後にプールで2キロ泳ぎ、休日は町内を5キロ以上走った。美しくなりたかったわけではない。周りから「きれいになったね」と褒められたかった。「あと1キロやせよう」。浮き浮きした気分で続けると、体重は8カ月で12キロ落ち、42キロに。生理は止まった。30キロを切ると動けなくなった。入院して体重を戻すうちに、拒食から過食嘔吐(おうと)に切り替わった。1、2年たったころ、摂食障害の体験談を読みながら、なぜ発症したのか自問する中で確信を持った。「母親のせいだ!」。怒りがこみ上げた。

母親の「嫌い」発言

 3歳の夏だった。レースのカーテンが揺れ、陽光が差し込むリビング。隣には1歳の妹がいた。いら立った様子の母が、聡美に向かって言い放った。「おまえなんか大嫌い」―。聡美にとって「時計が止まった」瞬間。幼心に「母に見捨てられたら生きていけない。“いい子”で生きよう」と決意した。

 「いい子」演じ続け限界

 以来、母に甘えた記憶はない。家庭では、仲の悪い両親の間を取り持つ「ピエロ」や、妹を守る役に徹した。友人の前でも嫌われたくない一心から、相手の顔色をうかがいながら発言を変える「カメレオン」だった。
 40歳を過ぎたころ、相性の合うカウンセラーに巡り会い、3歳の出来事を初めて人に打ち明けた。「それはあなたが悪かったからじゃない」と言われてようやく、深い傷が癒える思いがした。母にぶつけられなかった怒りを、2年間にわたってカウンセラーに吐き出し、「もういい」と許せた。「母には初めての子だった。ヒステリーになったのも仕方ない」。わだかまりは解けていった。
 カウンセリングを終えるまで「カメレオン」のように人に合わせる生き方が息苦しいことにさえ、気付いていなかった。「“いい子”を演じるなんてもうできないと、自分自身が叫び声を上げたのが24歳の時」。聡美はそう考えている。
 やせ細る娘を、母は心配した。聡美はうれしかった。甘えられなかった時間を取り戻すかのように、拒食や過食嘔吐を通して「私を見て。私を気遣って」と母に訴えていたのだった。聡美は「もし摂食障害にならなければ、自死を選んでいたかもしれない」という。摂食障害は、自身を守る手段だった。

 独身で、両親と一緒に暮らしている。「母が望むような人でいなければ」。長年、聡美が自らの心を縛り続けた鎖はほどけ、母の意見を過度に真に受けたり反発したりすることはなくなった。「母は母、私は私」。聡美は自分がようやく自立できたのだと思う。発症から27年。今も月に1回程度、食べ過ぎて吐くことがある。摂食障害の症状を引きずってはいるが、もう「障害」ではない。

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 摂食障害の心理学的研究に取り組み、その病態と治療に大きく貢献したのが、ドイツ生まれの米国の精神科医、ヒルデ・ブルック(1904年3月11日 - 1984年12月15日)であります。ブルック氏の報告によりますと、摂食障害の中核群である拒食症患者は、学童時からの底知れぬ自尊心の欠如を抱えており、両親の極めて侵入的な介入を受け続けたとされます。患者のほとんどは両親を喜ばせることと両親の期待に応えることを命題として生きてきた人々であり、その体験の蓄積からくる葛藤が症状となって患者を支配すると言います。
 この第1話の聡美は、「おまえなんか大嫌い」と言われた母親の言葉が発端でありました。恐らくは、育児に追われた母親が、その1回だけではない、多くの機会に彼女を追い詰める言動があったかと思います。その瞬間、瞬間がブルック氏が言う「侵入的な介入」であり、その繰り返しが「底知れぬ自尊心の欠如」を生み出して来たのでだと思います。

国際ジャーナリスト 中丸 薫 女史の「光のパワー」を検証する


 スピリチュアリズムの世界に身を置く人、裏社会に詳しい人、そしてもっと普通に、国際社会に精通している人など、恐らくは幅広い分野の人に認知されているであろう 中丸 薫 女史(以下、中丸氏)について、まずはスピリチュアルのカテゴリで取り上げることとします。「まずは」と申しましたのは、彼女の日々の活動の中で最も大きな部分を占めるのがアセンションへ向けた浄化を勧める布教でありますし、また裏社会についても多くの著書を執筆しております。そして、彼女自身が過去世を見る能力を持ち、ガイドとの交信をし、手から霊気を出すことができるとされます。今後、様々なカテゴリで中丸氏に登場いただくことになろうかと思われ、「まずは」彼女のもつスピリチュアリズムを中心にご紹介したいと思います。

中丸 薫 近影


◇ ある講演会でのエピソード

 中丸氏の略歴をご紹介する前に、女史に内在する優れた能力を示すエピソードをご紹介します。これはネットや文献に記載されたものではなく、実際に現場で見た知り合いより聞かされた話です。普通の信頼できる人物の話ですので、私は実際にあったこととして信じております。

 10年以上前のことだと思います。中丸氏の過去世とカルマの浄化に関する講演会に私の知り合いは出席しました。講演と質疑応答が終わって閉会となったところで、壇上から帰ろうとする中丸氏のところにある女性が近寄って行き、なにやら会話が始まりました。私の知り合いが2人に近寄ると、どうやら女性は自分の過去世について尋ねています。かなり思いつめた表情だったとのこと、、、。
 中丸氏は「それでは光を入れますね」と言って手のひらを女性の胸の前に翳(かざ)したところで、「うん!」と頷いて、「貴女は秦国の宮廷で歌と踊りで仕えていたのよ」と言いました。そして、「貴女の過去世における魂を呼び出してあげましょう」とも言います。女性は「お願いします」と言って目を瞑りました。またも中丸氏は手のひらをじ〜っと彼女の胸に翳します。

 「それでは光を入れますね」
 「貴女は秦国の宮廷で歌と踊りで仕えていたのよ」


 その時、とんでもないことが起こりました。「秦国で仕えていた」と言われた女性は、突然、踊りながら歌を歌い始めました。それも、恐らくは中国語、日本の言葉ではない、でも素晴らしい歌声と、体を何回も回転させる常人にはできないような踊りです。講演会に参加して帰りかけていたお客さんも足を止めて見入ります。たった数十秒の歌と踊りでしたが、場内は凍りついたように静まり返り、女性のパフォーマンスが注目の的となりました。

 中国語の歌を歌い、舞いを舞う普通の女性

 歌と踊りが終わったところで、女性はびっくりした表情でありました。私の知り合いが尋ねたところ、自分で歌った歌も踊りも、全く経験のない、もちろん観たことも聴いたこともないものだったとのことです。中丸氏が彼女の過去世における彼女自身を引き出したとしか思えない出来事でした。

 歌も舞いも女性には全く経験、知識のないものであった

 どうしても、ともすると「胡散臭く」感じてしまう、数々の中丸氏の主義、主張なのですが、最初にこのエピソードをご紹介したこの講演会で起こったことは種も仕掛けもない、実際に起こった霊的な出来事だと思われます。


◇ 中丸 薫 氏の略歴

 ここでは、中丸 薫 氏の略歴について、幅広い調査と、氏のオフィシャル・サイトの記載を尊重してご紹介いたします。事実と異なる内容があればご容赦下さい。

中丸 薫氏 紹介文付き


1.出生〜学生時代

 中丸氏は1937年5月23日、日本赤十字の看護師として大陸に渡り、満洲事変から日中戦争時期に抗日兵士の帰順工作を行ったという中島成子と言う女性の娘として中国で生まれました。父親は明治天皇の隠し子と噂される堀川辰吉郎であり、従って中丸氏は非公式ながら明治天皇の孫と言うことになります。中丸氏の生後45日で盧溝橋事件が起こり、中島成子は関東軍の依頼により日中間の交渉を担うことになったため、氏は松村正之北京大学教授夫妻に預けられました。6歳の時、松村夫妻の故郷である山梨県甲府市に移住、1950年には山梨英和女学院中等部に進んでおります。

2.才能を開花させた高校時代

 山梨英和女学院中等部で英語を学んだことがきっかけとなり、東京へ行くことを決意、猛勉強の末、親戚が住んでいた文京区の東京都立小石川高等学校に進学しました。中丸氏は2年生のときに生徒会長に選ばれ、卒業するまで務めたとされます。また、英語研究会のリーダーを務め、第五福竜丸事件など当時の社会情勢に強い関心を持ち、友人らとカール・マルクスの「資本論」を読む勉強会を開いたりしていました。

3.二つの大学を卒業して国際ジャーナリストへ

 バーナード大学を経て、コロンビア大学政治学部に入学し、東アジア研究所で国際政治学を専攻しました。このコロンビア大学在学中よりロックフェラー一族や、各国国王、大統領、首相、財界人やVIP、映画監督や芸術家などへのインタビュー活動を開始し、卒業後も国際政治評論家として講演、執筆、テレビで活動しました。米Newsweek誌から「インタビュアー世界No.1」、ワシントンポスト紙から「国際感覚にすぐれた世界でも稀有な女性」と評価されております。

4.各国要人との数々の会談

 その後も、自らがプロデューサー、ディレクター、インタビュアーを務める対談番組を日米両国で持ち、また、世界の紛争、戦争地帯に足を運び、当事国の国家元首たちと積極的に会談しました。その中には、リビアのカダフィ大佐やイラクのサッダーム・フセインなど、西側諸国から敵視されていた人物もいます。中丸氏は、イラン・イラク戦争の最前線でも取材を行い、そのVTRをフセイン大統領に見せて戦争をただちにやめるよう進言しました。また、カダフィ大佐に「あなたは本当にテロリストか」と問いただす姿がテレビで放映されました。

フセイン大統領と会談する中丸薫
フセイン大統領と会談する中丸氏

5.「国際問題研究所」と「太陽の会」

 1985年に「国際問題研究所」(The International Affairs Institute for World Peace)をニューヨークで、また1991年には平和を願う人々の会、「太陽の会」(Following the Sun Association)を設立しています。国際問題研究所には、各国の実業家、学者、政治家、国王、アスリート、芸術家、俳優などから、その活動に賛同する署名がなされています。これらの会の立ち上げにより、武力と緊張を礎とする「力の道」による「ワン・ワールド」ではなく、相互理解と信頼を礎とした「命の道」による「ワン・ワールド」の実現を啓蒙する活動を開始しています。中丸氏がインタビュアーとして活躍していた頃からこれまでに訪問した国は186カ国にのぼると言います。


◇ 中丸氏の説く「カルマの浄化」から、、、

 ブログの中で何回か取り上げて来ました輪廻転生のお話になりますが、中丸氏は、人間には「過去世」と言うものが必ずあって、自らもクレオパトラ7世や推古天皇の生まれ代わりであると称しております。ここでは、中丸氏の説く「カルマの浄化」について、彼女の文章を引用いたします。

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 私は、あの世に行くときにはカルマは自然と浄化されるのではないかと思っていたのだが、それは大きな間違いだということもわかった。
 カルマというものは、この世でしか外せない。人生を生きて、心を浄化して、そうすることでしかとることができないのだ。それは私自身がこれまで、何人かの魂を天上界に上げるという体験を通じてよくわかったことだ。
 たとえ何千年前の出来事・事件でも、関係者の魂にはしこりのように残っている。霊になってもそれは心に黒い曇りとなって留まりつづけ、しかもそれが、生きている人に災いを及ぼすのだ。

 (中 略)

 こんなご夫婦がいた。
 ご主人は一見、とてもおとなしそうな方なのだが、何か気に入らないことがあると、手当たり次第にものを投げたりして暴れるという。
「先生、彼はもう、 2件目の家を建てられるくらい、ものを壊しました」
 と奥さんがいうので、いったいどういうことかと霊的な部分を見てみると…どうも原因は性格だとか相性だとかの、この世だけのことではないらしい、ということがわかってきた。
 そこでさらに光を入れてみると、とんでもない事実が判明したのだ。
 もう4000年も昔のこと、彼の過去世における魂が、エジプトのファラオの側近だったときのことだ。
 「彼」はその当時もずいぶんと優秀な人物だったらしく、ファラオに直接進言することができるような立場にいたようだ。こうして活躍していたのだが、あまりにも目立ちすぎたのか、同僚たちの妬みを買い、告げ口や妨害を受けたのだという。
 そして最終的にはファラオの逆鱗に触れ、追放されてしまったというのだ。

 (中 略)

 ファラオのためによかれと思い、あれほど尽くしてきたのにこんな仕打ちを受けるとは…彼の心は、恨みの炎で燃えあがっていたことだろう。
 こうして、魂に刻まれたひとつの大きな恨みの気持ちだけが残った。
 「彼」は、次に日本に生まれてきた。
 そのときの名前は、千利休といった。
 そしてここでもまた、前世と同じような理不尽な目にあってしまったのだ。
 ときの権力者である豊臣秀吉から、まったく身に覚えのないことで切腹を命じられたのである。こうしてこのときもまた、「あの成り上がり者め!」と、秀吉に対するものすごい怒りを抱きながら死んでいったのである。

 (中 略)

 彼の心の奥、魂のひだには、過去世においてたまりにたまった恨みの念 – カルマ – の炎がぶすぶすとくすぶっていたのだ。
 彼の暴力的な行動の原因は、そこにあった。数千年前、あるいは数百年前に受けた仕打ちに対する恨み、情念が、こんな無関係ともいえるところでぶすぶすとくすぶり、小さな炎をあげつづけていたのだから、これは大変なことなのだ。
 そんな「彼」の魂に、私が光を入れたことで変化が現れた。過去に受けたふたつの大きな恨みの思いが、すーっと消えていったのである。すると。この男性は「あ、みぞおちのあたりがすごく温かくなってきました。今まではものすごく冷たい感じがしていたのに、なぜかしこりも消えています…」と驚いていた。
 そしてそれからは、そういう暴力的な行動はいっさいとらなくなったのである。

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 中丸氏は上述の略歴のごとく、国際的に認められた人物であります。それを裏打ちする能力、人物像として、卓越した語学力のみならず優れた国際感覚や人間感覚、平和を愛する信念なんかがあると思われます。そういう人物が「自らはクレオパトラ7世や推古天皇の生まれ代わり」であると自称して、また、何かの偶然で出会った男性が千利休の生まれ代わりであると断言します。輪廻転生や前世から背負って来たカルマの浄化の話は中丸氏より以前の、インド、バラモン教に端を発する仏教思想であります。それを受け継いでいるとしても、中丸氏自身は「どこまで本当で?、…」って、思い切り思わせる存在です。


◇ 中丸氏出生についての疑惑

 冒頭でご紹介したエピソードや略歴に見る人物像など、中丸氏を肯定する要素は多いのですが、ここでは否定的になるいくつかの事例をご紹介します。まずは、以下の著書のタイトルにある「明治天皇の孫が語る」とは中丸氏自身のことであります。

中丸氏著書 明治天皇の孫

 実は中丸氏が明治天皇の隠し子を父親とすることは、中丸氏だけが言っていることであり、それを証明するものは何もありません。少なくとも天皇家で生活したことも、記録すらもありませんので、「明治天皇の孫が語る」と言っても、それは天皇家の内部から見たものではありません、もしも仮に孫だったとしてもです。ここに中丸氏出生についての疑惑を申し上げます。

1.中丸氏の自称

 中丸氏は著書「対米外交・対中外交」(1971年)のp.186以来、明治天皇の孫を自称し始め、英文のプロフィールでは「Princess Kaoru Nakamaru(中丸薫王女)」を名乗っています。中丸氏が「文藝春秋」1974年9月号に載せた手記「明治天皇の落胤 ―側室千草任子がひそかに生んだ子こそ」によると、彼女が実父と主張する堀川辰吉郎の父親は明治天皇で、母親は女官の「千草任子(ちくさことこ)」であり、任子は大奥の争いに敗れて宮廷を追われ、京都の堀川御所で辰吉郎を産み、堀川辰吉郎が20歳の折に病没したとされます。
 中丸氏は、「父は出生してすぐに天皇家から外に出されたので、記録は残っていません。でも、私が明治天皇の孫であることは世界186ヵ国、200人以上のリーダーの方々が知っていることですから、、、。今の宮内庁は官僚が取り仕切っていて、深い事情を知る人もいなくなりました。私は今でも亡くなって天界にいる父とコミュニケーションしていますが、父も皇室のことを心配していますよ」と発言しています(週刊新潮 2004年9月2日号)。

2.千種任子の親族からの異論

 確かに「千種任子」という女官は実在したものの、任子の甥の娘である慧子と栄子は、以下のごとく異論を唱えています。

 ・正確な苗字は「千草」でなく「千種」である
 ・任子は1925年、69歳になるまで宮仕えをした
 ・任子は京都の堀川御所でなく東京都新宿区市谷砂土原町に大邸宅を建て晩年を過ごした
 ・堀川辰吉郎が20歳時に死んだとされた任子は1944年に89歳で没した
 ・任子は生活に困ったこともなく借金したこともないこと

 千種任子の親族は、中丸氏の手記に見える多数の間違いを指摘し、面識もない者にこんなことを書かれて困惑している旨を表明しております。

3.宮内庁は否定

 1976年頃、クウェート大使館から中丸氏の身元について「アラブの王族に対し、天皇の子孫であるというような自己紹介をしているが本当か」と照会を受け、宮内庁宮務課長の小川省三氏は「そのような事実はない」と否定しています。

4.皇室ジャーナリストの見解

 皇室ジャーナリストの河原敏明氏は、「堀川氏は孫文を助けたこともある右翼の壮士だった人。明治天皇の落胤との噂もあるが、一般的にいえば、大陸浪人とか右翼の壮士といわれる人の話は、割引きして聞かねばならない。中丸薫さんの出生そのものが判然としないし、また堀川氏がご落凰というのも噂にすぎない。もちろん宮内庁では相手にしていない。こうなると、中丸さんが明治天皇の孫だという確率はゼロにも等しいわけである」と述べています。


◇ フォトンベルトについての中丸氏の主張から

1.中丸氏の著書から

 フォトンベルトについて中丸氏はかなりの思い入れを持って説明されております。またも氏の著書から引用させていただきます。

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 フォトンベルト突入

 2012年に向けて重要なのは、太陽活動の活発化以外に、もうひとつ大きな物理的変化が地球を含む太陽系に起こるということだ。
 それがフォトンベルトへの突入だ。
 簡単にいうとそれは、地球を含む太陽系が、宇宙のなかの「フォトンベルト」と呼ばれる領域に突入する、ということである。
 フォトンベルトはフォトン(光子)の巨大な帯で、太陽系は1万1000年で周期で遭遇し、ベルトを通過するのには2000年かかるといわれている(フォトンベルト自体を1周するのには2万2000年かかる)。

 (中 略:フォトンベルト発見の話だが、そうした事実は公表されていない)

 フォトンというのは光子にことだが、さらに詳しく説明すると、陽子(反電子)と電子の衝突によって、光粒子に変換される高次元の電磁的エネルギーをいう。つまりこのエネルギーは「光子=フォトン」であり、光エネルギーなのだ。
 では、この光エネルギーの巨大ベルトに地球を含む太陽系が突入したとき、この地球上ではいったい何が起こるのか?
 実のところ、まだだれもわからないのである。
 当然、そのとき、フォトンのエネルギーは激しく地球上に注がれるだろうが、はたして地球がどうなるのか、今はまだ、さまざまな説が飛び交っている状態なのだ。
 ただ、心の浄化が進んでいれば、細胞レベルまで変えられる、ということまでは知られているようだ。
 また、火山活動や地震などにも影響が現れ、地球規模で気候の大変動が起こる、と主張する人もいる。
 ただ、ひとつだけはっきりしていることは、いずれにしてもそこで、劇的な変化が起こることは間違いないということだけなのだ。

 フォトンベルトからアセンションへ

 そこで現在、私が得ている情報やインスピレーションによって推測すると、フォトンベルトへの突入によって起こる劇的な変化とは、どうやら光の5次元世界への「次元上昇=アセンション」となるようだ。
 21012年12月22日は、活発化した太陽エネルギーとフォトンベルトから降りそそぐフォトンの相乗作用によって、このアセンションの動きが助長される。

 *****


 みなさんはいかがでしたでしょうか? この2012年12月22日は土曜日でしたが、私は手帳を見ても、PCのカレンダーを見ても、なにもイベントはなく、普通通りに生活しました。以前まとめた、出来事のページを見ても、この12月に大きな出来事はありませんでした。

2.著書で使用されている写真に問題

 その著書のなかで「銀河系を取り囲むフォトンベルト」と題して写真が使用されております。以下のものでありますが、これは白黒にして少しぼやかしを入れているように見えますけれども、以前、ご紹介した「フォトンベルト」として紹介されることが多い銀河NGC4650Aと同一のものであることが、星の配置から明白であります。

中丸氏の紹介するフォトンベルト
中丸氏が紹介する「銀河系を取り囲むフォトンベルト」

フォトンベルト写真
「フォトンベルト」として紹介されることが多い銀河NGC4650A

3.写真の改ざんは論文捏造と同義

 文庫本であれば少々フィクションを入れても良いのでしょう。たとえお金を払って買う人がいたとしても、そういったおとぎ話が含まれることを、ある程度は容認しているのだと思います。自然科学の論文のように厳しい査読があって、人類の進歩につながるものとは異なるのだと言えるのでしょう。しかし、著者が社会的に地位と知名度、さらには発言権が高い人物の場合、自分で自分の首を締めるような行為だと思います。以下に論文捏造で有名なSTAP細胞について、決定的な、改ざんされた写真を供覧します。

STAP細胞で改ざんされた写真

 科学論文において、数字のデータの統計処理した結果と異なり、写真には客観性に乏しく、その論文を下支えするスパイスのような役割であることがしばしばあります。しかしながら、別の論文で既存の「ES細胞」を撮影した写真を、カラー調節を加えて今度は「STAP細胞」として使ったとすれば、それは明らかに確信犯的な捏造であり、「STAP細胞」の存在を確認していない証拠となります。
 私は中丸氏が間違った写真を使っている点で、フォトンベルトに関する彼女の記述には、かなりの部分で作り話のように思いますし、話の内容が人類の存亡に関わるものなので、ある意味では「STAP細胞」よりも大きな嘘のようにも思えます。


◇ 中丸氏の膨大な著書から見えてくること

 以下、年代順に中丸氏の膨大な著書を列挙いたします。これだけの文筆活動ができるのですから、中丸氏と言う人物の才覚を感じざるを得ません。もちろん、著書を残すのみならず、多くの座談会やインタビュー、講演会活動も行っており、素晴らしいバイタリティだと思います。アセンション関連で年号が書かれた主な著書については表紙の写真を付けました。

「対米外交、対中外交」(サイマル出版会)1972年
「太陽を追って~中丸薫半生記」(文藝春秋)1975年
「世界の素顔~中丸薫のヒューマンインタビュー」(時事通信社)1980年
「人間として、指導者として(日本実業出版社)1987年
「“闇”の世界権力構造と人類の針路」(文芸社)1997年
「明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ」(文芸社)1998年
「日本が闇の権力に支配される日は近い」(文芸社)1998年
「人間の使命とは何か」(三五館)1999年
「真実のともし火を消してはならない」(サンマーク出版)2002年
「国際テロを操る闇の権力者たち」(文芸社)2003年
「アメリカに巣くう闇の世界権力はこう動く」(徳間書店)2003年
「世界はなぜ破滅へ向うのか~『国際情勢の闇』早わかり30のポイント」(文芸社)2003年
「闇の権力をくつがえす日本人の力」(徳間書店)2004年
「古代天皇家と日本正史 現人神と万世一系の超秘密」(徳間書店)2004年
「この地球を支配する闇権力のパラダイム」(徳間書店)2006年
「気高き日本人と闇の権力者たち」(文芸社)2006年
「美しい人の美しい生き方」(徳間書店)2007年
「2012年の奇蹟―愛の光でアセンション」(あ・うん)2007年

2012年の奇蹟―愛の光でアセンション

「『闇の世界権力』レポート」(徳間書店)2007年
「2012年の奇蹟〈2〉光の五次元世界にアセンション」(あ・うん)2007年
「アセンション・リーダーズ―光の翼をもつ人々」(学習研究社)2007年
「中丸薫という生き方」(徳間書店)2008年
「見えない世界の摩訶不思議―生きることの素晴らしさを伝えたい」(あ・うん)2008年
「この国を変える力―『日本の時代』がはじまる」(PHP研究所)2008年
「天と地と―光そして愛のメッセージ」(あ・うん)2008年
「中丸薫 魂の旅―2012年の奇蹟にむかって!」(あ・うん)2008年

中丸薫 魂の旅―2012年の奇蹟にむかって!

「自然と人生―宇宙・地球・人間を結ぶもの」(あ・うん)2008年
「空洞地球2012バージョン&アセンション」(徳間書店)2008年

空洞地球2012バージョンアセンション

「日本は闇を亡ぼす光の国になる」(KKベストセラーズ)2008年
「ドル消滅の仕組み」(青志社)2009年
「開戦前夜-2012年以降、世界をリードするのは日本」(KKベストセラーズ)2009年
「UFOと地底人―ついに明かされた異星人と空洞地球の真実」(Gakken)2009年
「いよいよ2012年 さあ、こんな世の中にしよう」(徳間書店)2009年

いよいよ2012年 さあ、こんな世の中にしよう

「『闇の世界権力』最後の謀略2010-2012 オバマ大統領への緊急親書」(講談社)2009年
「世界金融危機と闇の権力者たち」(文芸社)2009年
「UFOとアセンション 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言」(学研)2010年

UFOとアセンション 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言

「大予測!神の世直し立て直し」(あ・うん)2010年
「2013年、アセンション後の地球」(青志社)2010年

2013年、アセンション後の地球

「霊地巡礼 今こそ、心揺さぶる場所へ!」(竹書房)2010年
「アジア発・世界平和は日本が興す 闇の権力の逆襲に抗して」(KKベストセラーズ)2010年
「2013年、地球最終戦争から生き残る道」(青志社)2011年

2013年、地球最終戦争から生き残る道

「2013年、『地球』大再編の仕組み」(青志社)2011年

2013年、『地球』大再編の仕組み

「五次元世界の奇蹟 愛の光でアセンション」(あ・うん)2011年
「UFOと月のミステリー 月面に存在する異星人の基地と女神からのメッセージ」(学研)2011年
「地球維新2012 アセンションへの讃歌が聞こえる」(あ・うん)2011年
「地球大維新 2012年、世界次元上昇までどう生きるか」(ベストセラーズ)2011年

地球大維新 2012年、世界次元上昇までどう生きるか

「闇の権力フリーメイソンの大分裂 2012年へのカウントダウン」(ベストセラーズ)2011年

闇の権力フリーメイソンの大分裂 2012年へのカウントダウン

「UFOとフリーメーソン 世界支配を目論む世界最大の秘密結社と異星人の知られざる関係」(学研)2012年
「かくのごとくあなたの生命・財産はいとも簡単に略奪される! = YOUR LIFE AND PROPERTY ARE EASILY PLUNDERED IN THIS WAY」(あ・うん)2012年
「神の星優良地球へ 2012年、ヴァチカン改革から甦る世界宗教」(ベストセラーズ)2012年

神の星優良地球へ 2012年、ヴァチカン改革から甦る世界宗教

「原発と闇の権力と霊性の復権」(文芸社)2012年
「2013年、カルマからの脱出 アセンション後に人類は再生する!」(ベストセラーズ)2012年
「2014年に備えなさい」(青志社)2012年

2014年に備えなさい

「M9.0東京直撃の日 日本列島激震マップ」(あ・うん)2012年
「闇の世界は終わり、光の世界が始まる」(徳間書店)2012年
「アセンションと生まれ変わりの秘密 死後の世界を知るためのスピリチュアル・メッセージ」(学研)2013年
「2015年に来る真の危機から脱出せよ!」(青志社)2013年

2015年に来る真の危機から脱出せよ!

「私が出会った『世界権力者&超VIP』50人真実の素顔」(イースト・プレス)2013年

 中丸氏がアセンションに言及したのは、少なくとも記録に残っている著書の中では 「2012年の奇蹟―愛の光でアセンション」(あ・うん)2007年が最初でありました。2007年以前に、ある種の啓示を受けて、それを人類に伝える動きを始めたものと思われます。以後、2008年にも「空洞地球2012バージョン&アセンション」(徳間書店)と空洞地球との仮説に絡めてアセンションを語っています。2009年には「開戦前夜-2012年以降、世界をリードするのは日本」(KKベストセラーズ)と題して、2012年以降の日本の役割に言及しています。2010年には2012年アセンションにおける地球の激変とUFOの関係、(実際には週末思想に言及していないとされる)ホピ族の予言について「UFOとアセンション 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言」(学研)と題して著書を残しています。
 さて、2010年頃より趣(おもむき)が変わってまいりました。そろそろネタ切れでしょうか?、アセンション後の地球の説明に移ります、2013年について、「2013年、アセンション後の地球」(青志社)。2011年には「2013年、地球最終戦争から生き残る道」(青志社)、「2013年、『地球』大再編の仕組み」(青志社)などと題して、2013年の地球最終戦争を心配をされています。ちょっと気になるのは、2011年と言えば東日本大震災がありました。アセンションに関する啓示は受けられて、アセンション後の日本のあり方までもご教示いただいておりますが、、残念ながら、その日本において死者・行方不明者が1万8470人に及んだ大災害については言及されることはありませんでした。

 東日本大震災には一度も言及せず

 2011年、駆け込みで出版された著書もありました。「地球維新2012 アセンションへの讃歌が聞こえる」(あ・うん)、「地球大維新 2012年、世界次元上昇までどう生きるか」(ベストセラーズ)、「闇の権力フリーメイソンの大分裂 2012年へのカウントダウン」(ベストセラーズ)の3冊です。大地震が起こった後でも淡々と、翌年に起こるアセンションについての著作を続けています。これは2012年初頭になってからも続きます、「神の星優良地球へ 2012年、ヴァチカン改革から甦る世界宗教」(ベストセラーズ)2012年。
 さて、いよいよ2012年になって、現実的にアセンションが起こるかどうか解らなくなって来ました。そこで、2012年以降に関する著作が始まりました。「2013年、カルマからの脱出 アセンション後に人類は再生する!」(ベストセラーズ)2012年、「2014年に備えなさい」(青志社)2012年、「M9.0東京直撃の日 日本列島激震マップ」(あ・うん)2012年などですが、2013年や2014年の出来事についてのみならず、あろうことか大地震の予測にまで言及しています。東日本大震災にはまったく触れなかった中丸氏です。

 東日本大震災には言及しなかったが首都直下型地震を予言

 「2015年に来る真の危機から脱出せよ!」(青志社)2013年、はいっ!、ついに2015年、今年の危機を予言しています。あくまでも、私の知る限り2012年も2013年も2014年も、何も起きませんでした。今年も中国のバブル崩壊などの懸念から世界同時株安や、洪水などの深刻な自然災害はありますが、はっきりとこの年に滅亡と言う状況ではありません。

 ついに2012〜2014年までなにも起きなかった
 2015年もあと3ヶ月、「真の危機」は?


 Most probably!、かなり高い確率で2016年以降に関する予言が出ます。これは中丸氏に限ったことではなく、そこかしこからですね。
 

◇ おわりに

 中丸 薫 氏には普通の人には無い才覚と、もしかしたら霊的な能力が備わっていると思います。氏の言うことすべてを否定するものではありませんし、実は核心に近い立場の人物なのかも知れません。しかし、多くのスピリチュアルや裏社会についての語り部に共通することとして、その言葉のすべてに責任が取れない、かなり間違った内容が含まれていることです。知らないものは知らないと言えばいいのに、自分としてあやふやな部分までも断言する傾向にあります。そういうところに、信じたくとも信じられない部分を感じるのは私だけではないと思います。


ニューヨーク 9.11 悲劇の地「グラウンド・ゼロ」


 今年の夏はニューヨークに行って来ました。先日の自由の女神の写真もその時に撮影したものです。今日はマンハッタンの南、ワールドセンター跡地、911 Memorial Museumに隣接するグラウンド・ゼロをご紹介します。Museumの解説は他に譲ります。

メモリアル博物館看板


◇ グラウンド・ゼロへの道のり

 ニュージャージー(New Jersey)のラマダプラザ・ニューアーク国際空港(Ramada Plaza Newark Liberty International Airport)に宿をとり、レンタカーでの移動、ホーボーケン(Hoboken)にある駅(Hoboken Terminal Light Rail Station)から地下鉄でワールド・トレード・センター(World Trade Center)駅までは10数分でありました。駅を出てすぐ東に見えるのは高くそびえ立つワン・ワールド・トレード・センター(One World Trade Center, 1WTC)であります。

1WTC写真

 その1WTCに隣接しているのが、かつてのワールド・トレード・センター跡地に作られたメモリアル・パーク、別名「グラウンド・ゼロ」であります。ちなみに、同パークよりブロードウェイをさらに南下したところのバッテリー公園(Battery Park)から自由の女神があるリバティ島へのフェリーが出ております。

ワールドトレードセンターとバッテリー公園


◇ 写真で見るワールド・トレード・センターの昔と今

 ワールド・トレード・センターは、2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ」の際に旅客機の突撃を受け、多くの被害者を出してビルそのものが崩壊しました。それから13年、2014年5月15日に911 Memorial Museumがオープンし、同年11月3日、ワン・ワールド・トレード・センターが開業しております。

1.ブルックリン橋から見たマンハッタン:事故当時と現在

911当日ブルックリン橋

現在のブルックリン橋

2.北から南方を見たマンハッタン

マンハッタンを北から見た写真2000年頃

マンハッタンを北から見た写真 今

3.エンパイア・ステート・ビルと新旧のワールド・トレード・センター

エンパイアステートビルとツインタワー

エンパイアステートビルとフリーダムタワー

4.崩壊したワールド・トレード・センターの瓦礫とそこに作られた二つのプール

2つのタワーの残骸

サウスとノースのプール


◇ メモリアル・パークとメモリアル・プール

 同時多発テロの起きたグラウンド・ゼロに再建設されたメモリアルパークは、2,983名のテロ犠牲者の冥福を祈ると同時に犠牲者のことを忘れ無い為に作られました。ワールド・トレード・センターの跡地には、まさにツイン・タワーが建っていたその場所に、2つの大きな滝のモニュメント(ノース・プールとサウス・プール)が建設されています。このプールの縁には2,983名の犠牲者の名前が1人ずつ彫られています。名前はアルファベット順ではなく、犠牲になった場所、日時などでわけられています。

メモリアルパーク 写真

911メモリアルプール

プールの淵に彫られた犠牲者氏名


◇ 雑感

 24時間休むことなく湧き出る滝の水が、地底に届くのではと思うほどに、深い底へと流れて行く景色には、多くの犠牲者の魂を鎮めるまさに「グラウンド・ゼロ」の精神を感じます。しかしながら、こうしたモニュメントを見るにつけ、実は上辺だけと感じる人、隠された真実に疑惑の目を持つ人、はっきりと怒りを覚える人が少なからずいることも忘れてはなりません。


高橋 尚成 投手 「引退はずっと考えてきた」、「気持ちの方が動かなくなった」、「やめる時ってこういうものなのかな」


 プロ野球について、極めて私事、私は大洋から始まって横浜大洋〜横浜〜横浜DeNAと、この球団のファンであり、個別の選手のファンと言うものではありません。ですから、読売巨人で優勝経験があり、大リーグでもまあまあの成績を残しての凱旋、それなりの契約金、年俸を用意して獲得したのに、なんの役にも立たなかった(昨年10試合51回0勝6敗 防御率5.29、今年5試合8.1回0勝1敗 防御率8.64) 高橋 尚成 投手(以下、高橋)、彼が引退を表明しても、そのこと自体になんら心が動かされるものではありません。
 ましてやこの秋は、横浜で生まれ育ち、プロ野球記録となる3018試合に出場した現中日監督兼選手である 谷繁 元信 捕手(44歳)も現役引退が噂されており、またこちらも横浜で育った、2004年にはシーズン40本塁打も放った、今季はなかなか1軍に上がれないでいる 多村 仁志 外野手(38歳)も、引退が囁かれています(本人は現役続行を希望との話も聞きますが、、、)。98年の横浜優勝で活躍した現楽天の 斎藤 隆 投手(45歳)はすでに引退表明をしています。

谷繁と権藤

多村仁志 写真

斎藤隆写真

 そんな背景ではありますが、高橋の引退報道には少しアスリートのスピリチュアルを感じました。まだまだやれる選手が、どうしても引退せざるを得ない心境を垣間見た、そんな報道を取り上げます。横浜では全く仕事をしなかった選手ですので「大洋〜横浜を観る40年」ではなく、「アスリートのスピリッツ」のカテゴリです。

高橋尚成引退の記事

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 DeNAの高橋尚成投手(40)が現役引退することが13日、分かった。スポーツ報知の独占取材に応え「体は無理してもできると思う。でも、気持ちの方がついてこなくなった」とユニホームを脱ぐ決断を語った。近日中に引退会見を行う。巨人でエースとして活躍し、海を渡って大リーグで2ケタ勝利もマークした男が、通算16年のプロ生活に幕を引く。

 尚成は落ち着いた声で切り出した。引き際の決断―。その目に涙はなかった。

 「アメリカから戻ってきた去年から、引退はずっと考えてきた。ここにきて、気持ちの方が動かなくなった。体は無理をしてもできると思う。でも、気持ちの方がついてこなくなった。モチベーションが上がってこなくなった」

 大リーグから5年ぶりに日本球界に復帰した昨年から、常に引退の2文字が心にあった。DeNA1年目となった昨年は10試合に登板し、1勝もできず。今年は4月29日の広島戦(マツダ)で先発したものの、負け投手となり翌日に登録抹消。8月8日の阪神戦(横浜)で再登録された時には、中継ぎとして復帰した。

 「自分から球宴休みの時に球団に話をした。メジャーで4年間、中継ぎをやってきたし、先発にこだわりはない。チームのためになるのであれば、中継ぎをやらせてもらいたいと」

 だが、その登板の中で、気持ちの限界を感じる時を迎えた。8月14日の広島戦(マツダ)で1点ビハインドの6回、丸に3ランを浴びた。そして同16日には同カードで、4点ビハインドの8回に新井にソロを献上した。

 「2本とも、打たれた直後に悔しさを感じられなかった。その時『やめる時ってこういうものなのかな』という思いが湧いた。特に新井に打たれた時、マウンドで『これでダメだな』という感情がこみ上げてきた。納得して投げたストレートをいとも簡単に、しかも(駒大で同窓の)1つ年下に打たれたから。新井とは大学時代から仲が良かったし、そういうヤツに打たれて…なんていうんだろ…しょうがないな、と。心を決められた」

 悔いが残らないと言えばウソになる。日本球界復帰をDeNAに決めたのは、駒大の大先輩である中畑監督からの「お前が必要だ」という熱い言葉があったから。監督には12日、電話で引退を伝えた。

 「DeNAで1勝もできなかったことが、やっぱり一番悔いとして残る。中畑さんの力になりたかった」

 プロ16年、忘れられない試合は「ありすぎて分からない」。プロデビュー戦の00年4月6日の中日戦(ナゴヤD)は初先発初勝利。その年の日本シリーズ初登板、10月27日の敵地でのダイエー(現ソフトバンク)戦は2安打完封勝利。新人で初登板完封勝利は日本球界でただ一人の偉業で、巨人の日本一に貢献した。09年オフには、眠れないほど悩んでメジャー行きを決め、10年にメッツとマイナー契約。結果を残してメジャー開幕を果たした。4月7日、本拠でのマーリンズ戦に同点の延長10回に登板して、2安打1失点を喫し負け投手となった。

 「35歳で上がったメジャー初マウンドで、自分の野球人生で初めて足がガクガクしたのを覚えている。プロ選手として特に大きい体もなく、どうやって生きていこうかと思う中、体を酷使し、頭も使ってきた。それが形になったから、メジャーでもできたんだと思う」

 周囲からは「まだやれるのでは?」の声も上がる。そんな中、尚成の頭には尊敬する松井秀喜さんの姿が浮かんでいた。

 「やり切った、という思いはある。ただ、ヘロヘロな球で引退したくない。(12年で引退した)松井さんも、まだまだできると言われてた。ああいう形もあるんだな、と思ったし、かっこいいなと思った。僕も松井さんみたいに、と。そこまでかっこよくはないけど」

 近日中に会見を行い、引退を表明する。球団は、最終戦となる10月2日の本拠での巨人戦を引退試合として用意するつもりだ。40歳左腕が、自分流に「楽しんだ野球」を完結する。

 ◆高橋 尚成(たかはし・ひさのり)1975年4月2日、東京都生まれ。40歳。修徳高から駒大―東芝を経て、99年ドラフト1位で巨人入団。07年には最優秀防御率(2.75)を獲得した。09年オフにFA宣言し、10年2月にメッツとマイナー契約し、開幕メジャー。13年オフにDeNAと2年契約し、5年ぶりに日本球界へ復帰した。通算成績は260試合で79勝73敗15セーブ、防御率3.79。メジャー通算は168試合で14勝12敗10セーブ、防御率3.99。177センチ、80キロ。左投左打。既婚。年俸6000万円。

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 大リーグで通用しない外国人投手が日本に仕事場を求めて来日するのと同じように、元NPBの日本人選手であろうとも大リーグで通用しなくなった投手の活躍には限界がある、そんな典型例のように思います。でも、アスリートがそんな発想に囚われてしまうとマイナス思考になってしまうでしょう。高橋は「アメリカから戻ってきた去年から、引退はずっと考えてきた。」と述べていますが、そんな予感、折れかかった心を持って横浜に入団したのでしょう。そしてそれが活躍できなかった一つの要因だったかも知れません。
 ここで、彼の心情に良い悪いの判断は致しません。ただ、アスリートの浮き沈み、大げさに言えば、生きるも死ぬも、内面的要素が大きいのだと、改めて思います。


極めて高い次元のスピリチュアリズムを感じるヴォーカルユニット「フォルトゥナ+」(Fortuna PLUS)


 ある方からお便りをいただいて、広島在住のヴォーカルユニット「フォルトゥナ+(プラス)」について教わりました。YouTubeで曲を聴いてみますと、とても軽いメロディに言葉少なながら、心にしみ入る、魂にも届く透明感を感じました。高い次元のスピリチュアリズムを感じましたので、将来が楽しみ!、ご紹介いたします。


◇ フォルトゥナ+(Fortuna PLUS)

 「フォルトゥナ」とはラテン語で「幸運の女神」を意味し、ローマ神話に伝えられる「運命の女神」です。「フォルトゥナ+」は、昨年5月に結成された、広島市内で活躍する経営者、個性心理学スクール講師、 主婦などの一般女性7名で構成されたユニットです。メンバー全員の波動がとても高くその歌声を聴くだけで心が癒され、奇跡が起きると紹介されております。
 「フォルトゥナ+」のCDを聴いていますと、その波動が目に見えない世界で奇跡を起こし、心の中の不安、悲しみ、怒りなどのネガティブな気持ちをいつのまにか幸せで平和な気持ちに変えてくれる、また、フォルトゥナ+の曲は音の高波動だけでなく、心が平和で楽に生きることができる方法を歌の中で伝えてくれる、と説明されております。


◇ デビュー曲「フォルトゥナ 〜 癒しの光 〜」

 デビュー曲である「フォルトゥナ 〜 癒しの光 〜」のYouTubeリンクと歌詩をご紹介します。YouTubeでは英文の歌詩(直訳ではない)も載せられており、併せて供覧いたします。今後が楽しみなユニットです。

フォルトゥナ 癒しの光 ジャケット

 フォルトゥナ+「フォルトゥナ 〜癒しの光〜」 YouTube


フォルトゥナ 〜 癒しの光 〜

Fortuna+ 〜 Healing Light 〜 Spiritual song from Japan

 2014年5月19日 リリース

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 「笑う」ってなんだろう? Mu …

 I wonder what smiling means to you. Mu …

 勇気が いるから 生きるには

 You must be brave before moving forward in your life.

 その勇気を 奮い立たすのが 「笑顔」 Ah …

 You always need to smile to gather courage in your life,
 That’s what you need.  Ah …

 そんなに意気込まないで 「笑顔」が 

 No need to push yourself too hard to get through hard times.

 あなたを 苦しむ世界から 解放してくれる いつも いつも

 You’ll be free from all suffering you have in your life.
 Smiling will solve your problems and bring you all happinesss.
 You always smile,

 「笑顔」だね

 just smile.


 「許す」ってなんだろう? Mu …

 I wonder what forgiveness means to you. Mu …

 勇気が いるから 生きるには

 You must be brave before moving forward in your life.

 その勇気を 奮い立たすのが 「許し」 Ah …

 You always need to forgive to find some courage in your life,
 that’s what you need. Ah …

 そんなに意気込まないで 「許し」が 

 No need to push yourself too hard to get through hard times.

 あなたを 苦しむ世界から 解放してくれる いつも いつも

 You’ll be free from all suffering you have in your life.
 Forgiveness will solve problems and bring you all happinesss.
 That’s fine like this,

 これでいい

 always.


 「感謝」ってなんだろう?

 I wonder what thanks means to you. Mu …

 勇気が いるから 生きるには

 You must be brave before moving forward in your life.

 その勇気を 奮い立たすのが 「感謝」 Ah …

 You always need to thank to gather courage in your life,
 that’s what you need. Ah …

 Ah … そんなに意気込まないで 「感謝」が 

 No need to push yourself too hard to get through hard times.

 あなたを 苦しむ世界から 解放してくれる いつも いつも

 You’ll be free from all suffering you have in your life.
 Gratitude will solve problems and bring you happinesss.
 Always deeply,

 ありがとう Oh … Mu … Woo …

 thank you Oh … Mu … Woo …

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最大のアンチエイジング、禁煙と受動喫煙の排除


 アンチエイジングを実践する目的にいくつかの食事法や食品を取り挙げて参りました。でも、これこそがアンチエイジングの最たるもの!、と思えることにまだ触れていませんでした。「禁煙」と「受動喫煙の排除」、言葉にすれば簡単ですが、最近の禁煙ブームにより、だいぶ禁煙による効果が統計学的に明らかになってきました。大切に思うヒトに禁煙してもらいたい!、今回のアンチエイジングのテーマは「禁煙」です。


◇ タバコの煙に含まれる有害物質

 タバコそのものと煙に含まれる有毒物質をまとめました、まずは、タバコの煙の種類をご説明します。

1.タバコの煙の種類;主流煙/副流煙、気相/粒子相

 タバコの煙の種類についてご説明いたします。まず、タバコの煙には主流煙と副流煙があります。主流煙とは喫煙者が煙草自体を通して直接吸い込む煙で基本的に酸性であります。一方、副流煙は煙草の点火部から立ち上る煙で、有害成分の量は主流煙より多く、アルカリ性で目や鼻の粘膜を刺激します。自分の意に反して煙草の煙を吸わされる受動喫煙は有毒物質がより多い副流煙に暴露されることになるため、非常に問題とされています。

主流煙と副流煙の図

 喫  煙 = 主流煙
 受動喫煙 = 副流煙(主流煙より有毒物質が多い)


 タバコの煙には気相と粒子相があります。気相はフィルターを通過してしまう気体成分で一酸化炭素、窒素酸化物などです。粒子相はフィルターで捕捉できる程度の大きさの粒子成分で、ニコチン、タール、ヒ素などです。

2.タバコの煙に含まれる有害物質

 タバコの煙には現在分かっているだけで、4000種類以上の化学物質が含まれていることが判明しています。そのうち有害であることが分かっているものだけでも200種類をこえています。以下に、主な有害物質の含有量は主流煙と副流煙ごとに表にいたしました。

タバコ1本から発する煙に含まれる有害物質
タバコに含まれる有毒物質一覧

3.ニコチン

 たばこの煙の粒子相に含まれているニコチンは精神作用をもつ物質で、また「毒物及び劇物取締法」に明記されている毒物でもあります。ニコチンの作用は脳(中枢神経系)のほかに、胃の収縮カを低下させ、吐き気や嘔吐を起こしたりします。また心・血管系には急性作用があり、血圧上昇、末梢血管の収縮、心収縮力の増加などがみられます。
 ニコチンは有害物が入らないように設けられた血液脳関門を容易に通り抜けることができ、脳内の報酬系(脳に快楽をもたらす部位)に作用することがわかっています。このことがタバコへの依存性につながるものと考えられています。
 ニコチンの毒性は青酸に匹敵するといわれており、中毒量は1-4 mg、致死量は30-60 mgです。1本のたばこには10-20 mgのニコチンが含有されており、個人差もありますが、喫煙一本あたり3-4 mgが吸収されます。急性ニコチン中毒のほとんどが、乳幼児のたばこの誤食により起こっています。乳幼児の場合、致死量は10-20 mgですから、1本のたばこを誤って食べてしまうと死亡する可能性があります。

 ちなみに、禁煙のためのグッズとして有名な「ニコレット(ガム)」にはニコチンが含有されており、これ噛むことによりニコチンを摂取してタバコの代用とするものです。これですとニコチン以外の有害物質の摂取を避けることはできますが、ニコチンによる依存性を軽減することなく、またニコチンの心・血管系などへの副作用は残ることとなります。

4.タール

 喫煙時に生ずる夕一ルは有機物を熱分解した際に生まれるものですが、その中にはベンツピレンなど数多くの発がん物質が含まれています。すでにわかっている発がん物質の多くはDNAを直接障害するものです。夕一ルはとくに呼吸器系の疾患やがんと関係が深いと考えられています。

5.一酸化炭素

 たぱこの煙の気相に含まれている一酸化炭素は、血液中のヘモグロビンと結合するとカルポキシヘモグロビンになります。へモグロビンは身体のすみずみに酸素を運ぷ仕事をしていますが、一酸化炭素とヘモグロビンの結合は酸素の240倍と強力なため、一酸化炭素が体内に入るとヘモグロビンの酸素運搬能力を低下させ、全身的な酸素欠乏を引き起こします。1本のたぱこの喫煙でカルポキシヘモグロビンはl-2 %増加するといわれています。その分、酸素欠乏を招いているわけです。たぱこの煙の一酸化炭素により、虚血性心疾患、末梢動脈疾患、慢性呼吸器疾患、さらに妊娠時の胎兄への影響などが心配されます。


◇ タバコの煙の身体へ及ぼす影響

01.寿命

 身体への様々な悪影響を総合して、寿命への影響を見ますと、喫煙は10年近く寿命を短縮することが判明しております。もう少し具体的に、、、

 35歳の人が70歳まで生き確率は・・・
  タバコを吸わない人 81%
  タバコを吸う人   58%


喫煙の生存曲線に及ぼす影響
喫煙が生存曲線に与える影響

タバコの害図01
非喫煙者を1.0とした喫煙者(男性・女性)死亡率

02.慢性閉塞性換気障害(COPD)と喘息

 慢性閉塞性換気障害(Chronic Obstructive Pulmonary Disease, COPD)は、タバコが引き起こす代表的な疾患と言えます。気管支が閉塞を来すことにより、咳や痰が気になり、階段を上るだでて息切れします。肺気腫から自然気胸を起こすこともあります。似たような病態として喘息がありますが、こちら喫煙により発作を誘発します。慢性閉塞性換気障害と肺気腫、喘息、いずれの病態も喫煙を続ける限り病態は悪化の一途を辿ります。

03.動脈硬化

 動脈硬化とは動脈の壁が厚くなり、血液が通りにくくなったり、全く通れなくなったりする状態です。心筋梗塞や脳卒中など、命に関わる病気の原因となります。タバコを吸っていると、悪玉(LDL)コレステロールが血管にたまりやすくなるだけでなく、動脈硬化を防いでいる善玉(HDL)コレステロールが減少します。そのため、動脈硬化が発生・悪化しやすくなるのです。

04.高血圧

 タバコの煙には動脈を収縮させ、また心拍を増加させる効果があるため、血圧は上昇します。それに加えて上述のごとく動脈硬化の起こしますので、短期、長期の両方の作用から喫煙は高血圧を引き起こします。

05.心筋梗塞、脳卒中、閉塞性動脈硬化症、動脈瘤(破裂)

 上述の如く、喫煙は動脈硬化と高血圧を引き起こします。これらは、動脈の硬化、閉塞により心筋梗塞や脳梗塞、閉塞性動脈硬化症を引き起こします。英国人男性を対象とした調査では、タバコを吸う高血圧の方は吸わない高血圧の方に比べて脳卒中のリスクが3.8倍に高まったと報告されています。

閉塞性動脈硬化症の足
閉塞性動脈硬化症の足

 また、硬化した動脈に対して高血圧は血管壁の損傷(=動脈瘤)から破綻、すなわち動脈瘤破裂、脳出血を引き起こします。当然の如く、いずれも生命の危機を招く病態です。

腹部大動脈瘤破裂
腹部大動脈瘤破裂症例のCT

06.ストレス

 禁煙をためらう理由として多くの方が、「禁煙するとストレスがたまる」ことを挙げます。しかし、タバコを吸う方は、ニコチン切れにイライラしたり、吸える場所を探したり、火の始末が気になったりと、余計なストレス源を抱えていることになります。禁煙はタバコの誘惑からの自由であり、実際に禁煙を始めることによりストレスは増えず、むしろ軽減することが国内外で報告されています。

喫煙/禁煙とストレス
禁煙・喫煙の継続に見たストレスの変化

07.うつ病

 タバコを吸う方は、うつ病のリスクが高まることが明らかにあっております。海外の調査で、タバコを吸う方のうつ病のリスクは、吸わない方の2.9倍に高まることが報告されています。また、東京近郊の労働者約2,800人を対象とした調査でも、タバコを吸う方では吸わない方の1.65倍、うつ症状が生じやすいという結果が得られました。

タバコとうつ病
タバコとうつ病

08.糖尿病

 タバコを吸っていると糖尿病になりやすいことが分かっています。日本人を対象とした調査では、1日20本の喫煙を25年間続けた場合、糖尿病になるリスクは吸わない方の1.6倍に高まると報告されています。

09.メタボリック・シンドローム

 メタボリック・シンドロームは内臓脂肪型肥満に加え、高血糖、高血圧、脂質異常のうちいずれか2つがある状態です。メタボリック・シンドロームになると動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳卒中といった命に関わる病気が起きやすくなります。タバコを吸う方のメタボリック・シンドロームのリスクは、吸わない方の1.37-3.4倍に高まるという報告があります。

喫煙・メタボリックシンドローム
メタボリック・シンドロームのリスク(非喫煙者のリスクを1とした場合)

10.胃十二指腸潰瘍

 喫煙は胃酸の分泌を促し、食欲を低下させますので、空の胃十二指腸に攻撃因子(胃酸)が増える結果、胃十二指腸潰瘍を誘発します。

11.妊娠・出産への影響

 喫煙による悪影響として、赤ちゃんの低体重、胎盤の異常や流産、早産などがあり、妊娠中の禁煙は必須と言えます。さらに、タバコを吸っていると不妊のリスクも高まります。

12.皮膚症状

 ビタミンCは皮膚のシミの原因であるメラニンを抑えてくれます。しかし、タバコを吸うことでビタミンCが減少し、メラニンが増えていくのです。また、タバコに含まれている「ニコチン」が新陳代謝を衰えさせて、メラニンを外に出す事ができず、そのまま付着してシミを作ってしまいます。
 また、タバコを吸うとニコチンの影響によって血管が収縮するため、血液の循環が悪くなります。血液中の流れが悪くなると、食事から取った栄養が肌へ行き渡りにくくなります。いくら美肌のために栄養たっぷりの食事を取っても、肌に行き渡らないのでは意味がありません。栄養が行き渡らなくなれば、新陳代謝が乱れやすくなります。その結果、肌がくすんだりしみができやすくなったりするのです。

13.がん

 最後になりましたが、「がん」こそが、発ガン物質を多量に含む「タバコ」によって引き起こされる最も恐ろしい疾病と言えるでしょう。喫煙は、さまざまながんの原因の中で、予防可能な最大の原因です。日本の研究では、がんの死亡のうち、男性で40%、女性で5%は喫煙が原因だと考えられています。特に肺がんは喫煙との関連が強く、肺がんの死亡のうち、男性で70%、女性で20%は喫煙が原因だと考えられています。肺のみならず、タバコの煙やその溶解物が及ぶ臓器として、口腔内、咽頭、喉頭、食道、胃にもタバコの発がん性が発揮されますが、驚くべきは、タバコの煙や溶解物が及ばない、吸収されて暴露、代謝、排泄に関わる、膵臓、肝臓、子宮、膀胱もタバコによるがんの発生率の増加が見られます。

肺がん Xp
肺がんのXp写真

 日本テレビのドラマ「太陽にほえろ」でブレークした故 松田 優作 氏はヘビー・スモーカーでありました。彼は40歳の若さで膀胱がんで他界ました。喫煙との関連は言うまでもないところです。

松田優作 喫煙 写真


◇ 禁煙のための最強兵器!「チャンピックス」

1.「チャンピックス」概要

 さて、禁煙のための最強兵器をご存知でしょうか?、それは、バレニクリン (Varenicline) と言って、世界初のニコチン受容体パーシャル・アゴニスト(部分活性剤)であります。従前の禁煙補助剤であるニコチンガム、ブプロピオン、ニコチン・アンタゴニスト(拮抗剤)などとは異なる薬理作用を有します。米国では「チャンティックス」と言う名称で、2006年5月に販売を承認、同年8月に発売を開始しました。日本での商品名は「チャンピックス」で、2008年1月に製造販売承認を取得、同4月に保険適用、ファイザー製薬が販売しております。

チャンピックス写真

2.薬理作用と使用経験

 α4β2ニコチン受容体の部分作動薬作用があり、つまりニコチンを摂取したのと同じ状況を作り出します。上でも申し上げましたが、実際にニコチンそのものを摂取してタバコを吸いたくなくさせる「ニコレット」とは異なり、ニコチン類似物質と言えるでしょう。使用経験として、最初の1錠目から軽い吐き気を自覚しますし、その1錠目よりタバコを吸った後の感覚を得ます。さらに、ニコチン受容体には拮抗的にも働くため、もしタバコを吸ってもドーパミンの放出が抑制されるため、喫煙による満足感が得られなくなりますし、かえって吐き気が増す感覚を得ます。

チャンピックスの作用機序

チャンピックス(バレニクリン)の作用機序

 若干の吐き気を我慢しさえすれば、朝夕の薬を飲むと、すでに喫煙をした後の感覚になり、しかもそこでタバコを吸っても満足感は得られず、吐き気が増す、そんな生活を繰り返した3ヶ月で、徐々にタバコの本数が減少し、ついに全く必要なくなりました。薬の方は、禁煙後も服用を続けて、こちらも1日1錠に減らしたり減量していって、それでも喫煙の欲求がないことを確認して、禁煙から約1ヶ月で内服を停止し得ました。
 禁煙後約3年になりますが、全くタバコには興味がなく、吸いたいと思わず、かえって他人のタバコの煙に嫌な感覚になりました。


◇ 短期の時系列で見る身体に起こる禁煙の効果

 禁煙の短期の効果を時系列で示します。

1.禁煙開始後20分

 血圧・脈拍・体温が正常になります。20-30分後は喫煙によって収縮していた血管が元に戻り、ようやく手足の血行がよくなってくる頃です。ところが、体はニコチンを求め始め、人によってはもうイライラするなどの症状がでてくる場合もあります。

2.禁煙8時間

 呼吸器系の改善がみられ、血液中の一酸化酸素濃度が正常化し始め、酸素濃度は正常に上がります。しかし、喫煙したいという思いから、禁煙の効果を感じるのは難しい時期かと思います。

3.禁煙から24時間

 心臓発作の危険性が減少し、肺胞の浄化が始まるとされます。血液中の一酸化炭素濃度は完全に正常化します。しかし、禁煙24時間ぐらいが最も持続できない時間帯でもあります。

4.禁煙2日以内

 末梢神経が正常化して、味覚、嗅覚が改善、ご飯やお酒がおいしくなり始めます。

5.禁煙より2〜3日目

 ニコチンが体内から検出されなくなります。

6.禁煙から3日

 気管支が緩み、呼吸が楽になり、肺活量も増加します。ランニングなどの軽い運動をしてみれば、禁煙の効果、健康体をはっきり実感できます。

7.禁煙から2〜3週

 循環器機能が良くなり、歩くのが楽になる。肺の機能は30%も良くなります。体全体の血液の流れが改善し、お肌にハリとツヤが戻ってきます。

8.禁煙から1〜9ヶ月

 咳、痰、疲労感、倦怠感、息切れが減ります。肺胞細胞が修復、浄化され、細菌感染の頻度が減弱するとされます。


◇ 禁煙の長期的効果

 現代は、喫煙に対する風当たりが厳しい時代となっており、禁煙に成功する人が増加しております。その結果、以前には得られなかった、禁煙の長期的効果が統計で示されるようになって来ました。こうした傾向は、今後も多岐にわたって報告されるものと思われます。

1.禁煙から5年以内

 肺がんでの死亡リスクが半分に減ります。

2.禁煙から10年

 肺がんその他の死亡リスクが非喫煙者と同程度になります。喉頭がんに関しては喫煙者の60%にまで低下します。心筋梗塞および脳卒中の発生頻度も非喫煙者と同等にまで低下します。

3.禁煙から20年

 口腔がんのリスクが非喫煙者とほぼ同等になります。

4.禁煙開始年齢により取り戻す寿命

禁煙で取り戻せる寿命 図