アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

フランク・シナトラ「マイ・ウェイ」の 死の床から人生を振り返るスピリッツ

 堅苦しい「出来事」系の記事が続いてお目を煩わしました。今夜は、フィギュアスケート、2014年グランプリシリーズ第6戦、NHK杯を観ました。今シーズンからボーカル(歌詞)入りの曲が認可され、すごく新鮮な感覚で観られる選手がおり、総合10位で終わったイヴァン・リギーニ(イタリア)と言う選手もそうでした。彼のフリーのテーマには、20世紀を代表する歌手の1人、故フランク・シナトラ氏(Francis Albert "Frank" Sinatra、1915年12月12日 - 1998年5月14日)が歌う「マイ・ウェイ(My Way)」が盛り込まれており、今回はこの曲について勉強いたしました。

マイ・ウェイ My Way

原曲:Comme d'habitude(仏、1967年)

作曲:クロード・フランソワ(仏)、ジャック・ルヴォー(仏)
作詞:ポール・アンカ(カナダ)
歌 :フランク・シナトラ(米、1969年)


 主人公の男性が、自分の死が近付く死の床にあって、自分の人生で起こったすべての苦難に対して行ったことについて、後悔せず自信を持っていることを語る内容であります。なお、ポール・アンカが書いた詞の内容は原曲の内容とは無関係とされます。また、「マイ・ウェイ」は、カバーされた回数が史上第2位、第1位はビートルズの「イエスタデイ」とされます。

フランク・シナトラ画像

↓フランク・シナトラ「マイ・ウェイ」YouTube画像
フランク・シナトラ「マイ・ウェイ」動画

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And now, the end is near.

そして今、終わりが近づいている。

And so I face the final curtain.

僕の前に人生最後の幕が降りようとしている。

My friend, I'll say it clear, I'll state my case, of which I'm certain.

友よ、はっきりと言おう、僕は確信を持って言うことが出来る。

I've lived a life that's full.

僕は人生を精一杯生きてきた。

I've traveled each and ev'ry highway.

僕はどんな道も全ての道を避けずに歩んで来た。

And more, much more than this, I did it my way.

そして更に、それ以上に自分の道を歩んで来た。


Regrets, I've had a few, but then again, too few to mention.

後悔、それは、少しはあった、でも、それはいまさら、言う程の事ではない。

I did what I had to do, and saw it through without exemption.

僕は己のするべきことをして来た、そして、目を逸らすことなく、それを見据えた。

I planned each charted course.

僕は自分で人生の設計図を立てた。

Each careful step along the byway, and more, much more than this, I did it my way.

自分で立てた人生の設計図をもとに遠回りをしながらも慎重に歩み、更には、それ以上のことを自分なりの方法で成し遂げた。


Yes, there were times, I'm sure you knew when I bit off more than I could chew.

そう、君は確かに知っている、僕は自分では噛み切れないものに噛み付いたことはあった。

But through it all, when there was doubt, I ate it up and spit it out.

だけど、どんな時でも、疑問が残ればそれを食い尽くしてからそいつを吐き出してやった。

I faced it all and I stood tall, and did it my way.

僕はひるむことなく何にでも立ち向かい、自分の道を生きて来た。


I've loved, I've laughed and cried.

僕は愛し、笑い、そして泣いた。

I've had my fill, my share of losing.

欲しいものは手に入れたけれど、失うこともあった。

And now, as tears subside, I find it all so amusing.

そして今、涙は乾き、僕は楽しい思いで一杯になったのを感じている。

To think I did all that and may I say not in a shy way, "Oh no, oh no not me, I did it my way".

僕がして来た全てのことを考えると、「ああ、いや、そうではないんだよ、僕は、自分の信じることをして来たんだ!」と、ためらい無く言える。


For what is a man, what has he got?

男として何をすればいいのか、何を得れば良かったのか?

If not himself, then he has naught to say the things he truly feels, and not the words of one who kneels.

もし自分を偽れば、本当に感じた事を言う事も出来なければ、祈りの言葉も口にすることは出来ないだろう。

The record shows I took the blows, and did it my way!

僕の人生の足跡は、僕が戦いながら、自分の信ずるままに生きてきた証なのだ!


Yes, it was my way.

そう、それが僕の生きる道だった。

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予告:2012年12月(マヤ暦「第5の太陽の時代」の終わり)前後の出来事を検証

予告 画像 001

 ふと思うこと、まだ終わっていませんが、本年、2104年(平成26年)は、飛行機事故やら、災害、天変地異、疫病と、多くの不幸な出来事がありました。なんとなく日々を生活して、あるいは仕事に忙殺されていて、日々の小さな変化に気付くことはなく、でも、確実に何か大きな変化の中に人類、地球は巻き込まれているような、そんな感覚を持ちます。
 私たち日本人にとっては何と言っても、2011年(平成23年)の3.11、東日本大震災が大きな不幸でありました。そして今現在、原発問題は遷延しており、被災地は復興の途上にあるわけですが、世界的に見た時に、マヤ暦では2012年12月21日 4 ahau(アハウ)3 kankin(カンキン)をもって紀元前3114年8月11日を起点とした長期暦「第5の太陽の時代」の終わりとされました。結局、その日は何も起こらず、もう2年が経過しようとしています。しかし、「水瓶座の時代」に突入して、世界に変化が起こると唱えた人は多数おり、上述の如く不幸な出来事が多発して、大きな変化が起こっているように感じている人もいると存じます。

 アセンションやスピリチュアルの観点ではなく、この2012年12月の挟んで前後の世界に何が起こったか、本年は11月までと中途半端になりますが、まとめてみます。1記事が長過ぎるとの指摘をされておりますので、各年、上半期と下半期に分けて掲載いたします。

 2011年(平成23年)から始めます。なるべく世界全体、均等に目を向けますが、日本で起こったことは少し多めに取り上げ、何れも箇条書きといたします。明るい話題は青字として、犠牲者の有無に関わらず不穏な動き、災害、不幸な出来事を赤字で示します。

ヘミシンクで「引き寄せの法則」を実践; 理想や願望の実現(再掲)

 己の感情や記憶が何がしかの行動様式に影響し、また何かの出来事を引き寄せてしまう例えとして、お金にまつわる記事を載せました。多くの場合、不快な感情や記憶に基づいていることが多く、その結果、不快な出来事、不幸の繰り返しが起こりうること、そうした感情をクリーニングすることで精神の安定と身の回るの不幸を減らせしめるものと思います。
 一方で、こうした話題のついでに、もっと積極的に成功や幸せを引き寄せる方法がないものかと思う次第です。以前ご紹介したヘミシンクによる具現化、再掲と言うかたちですが、再度、記事にさせていただきます。

 「引き寄せの法則」については昨年10月30日「引き寄せの法則: 理想や願望の実現」(改題)でご紹介しておりますが、折をみてまた勉強していきたいと存じます。ここでは、「引き寄せの法則」を実践するためのヘミシンク・エクササイズの実際をもう一度、ご紹介いたします。


◇ ヘミシンクによる具現化

 さて、再三ご紹介しております、ヘミシンクCDを創作しているモンロー研究所では主としてジョー・ギャレンバーガー博士による「ヘミシンクによる理想や願望の具現化」が研究されております。ゲートウェイ・イクスペリエンスに含まれる上述の「HEMI-SYNC RECORD:Wave IV:Adventure CD1 #1 One Year Patterning」もそうですが、もっと別にも同様なCDが製作、販売されております。

具現化CD
「Hemu-Syncによる具現化」(左)と「Hemu-Syncによる成功の創出」(右)

 これらは、ヘミシンクを用いて意識を拡張させ、五感を超えた世界(Focus 12)に入ったところで、理想とする自分をイメージします。Wave IV:Adventure CD1 #1では理想のイメージは「肉体、精神、感情、自我、場所、行為、達成」分類して行うことを前回のHEMI-SYNC RECORD(10月20日)で申し上げました。
 モンロー研究所では「具現化へのトレーニング」と位置づけているこのエクササイズは、ヘミシンクにより拡張した意識の状態で、自分の理想となるイメージを思考あるいは焼き付けることにより「引き寄せの法則」を起動させる発想と思われます。

 Focus 12の意識に理想をイメージ
  →「引き寄せの法則」を起動 → 理想の具現化


 ゲートウェイ・イクスペリエンスのシリーズではFocus 12に達するまでのナレーションがガイドをしてくれますが、上でご紹介した「Hemu-Syncによる具現化」のCDではFocus 10からFocus 12への誘導はなく、ただ「意識を拡げましょう」とのナレーションのみでありました。しかし、ゲートウェイを実践しているからか?、意識を拡げることはそれほど難しいものではありませんでした。ここで、瞑想状態において「意識を拡張させ、五感を超えた世界」を体感する私個人の自分なりの方法をご紹介いたします。


◇ 瞑想における「意識の拡張、五感を超えた世界」

 以前(6月10日)のヘミシンク記事「Focus 10 から Focus 12への移行」の中で、「◇ Focus 10からFocus 12への移行(私見)」と題して以下の如く記述いたしました。

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 ・軽自動車内から教室、オフィスくらいの意識の広がり
 ・制約を受けた視野が三次元のあらゆる方向に360°に拡大

 Focus 12における体験例として、肉体から離れた感覚、家の外の様子が見えた、いろいろな情景が見える、ガイドやハイヤーセルフとの交信が始まった、などが紹介されておりますが、私個人は、質問に対する答えやメッセージを受けることがしばしばあります。もちろん全くないこともありますが、Focus 10よりはその頻度が高まっているように感じます。

 +++++

 上述の感覚は今でも同様でありますが、必ずしもヘミシンクをやらずとも同じような意識にもって行けるようになりました。それは、それほど難しいことではなく、以下のようなイメージを持つことによります。最初は自家用車の車内くらい、意識を拡げて行って、オフィスから体育館まで、ついには校庭(グラウンド)くらいまで意識を拡げて、その中央に自分が立つイメージを持つようにしております(下図)。 こういう視覚に訴えるイメージを記憶しておきますと、比較的簡単にFocus 12を体感できるかと思います。

F10からF12超え


◇ 願望をはっきりさせるワークシート

 さて、「引き寄せの法則」に戻りまして、上でご紹介しましたように、この法則では否定形かどうかまでの判断はできません。否定形の表現で言葉にすると、その否定したものを引き寄せてしまいます。例えば、「貧乏はイヤだ」、「請求書ばかりが来る」、「借金が減らない」と困っている人が、「貧乏からの脱却」、「請求書が来ないように!」、「借金が減りますように!」と言う思考を持っても、「引き寄せの法則」では「貧乏」、「請求書」、「借金」と言う単語に反応して、これらを引き寄せてしまいます。
 ところが、人間の思考と言うものは寂しいもので、望むものよりも、今の不満の方が簡単に心に浮かびます。大きな夢を持つより身近な害悪に目が行きがちでしょうか? これに対して、マイケル・ロオジエ氏の「引き寄せの法則」では「対極」を確認して望むものを知る方法が紹介されております。「対極」とは身近なイヤなこと、不満に思っていることですが、その対極の一覧をワークシートとして作製し、その反対、つまり望んでいることを明らかにする方法です。
 極めて単純かつ合理的な方法にて、私はこれを基礎に実践しております。お恥ずかしながら、私のワークシートをご紹介します。まずは、「対極」として、自分の実生活の中で欠けているもの、不満に思うことを列挙しました。次いで、各項目に合わせてその反対、つまり望んでいることを列挙して、「対極」の項目は黒く塗りつぶして忘れます。

願望シート
まずは「対極」、実生活で欠けているもの、不満に思うことを列挙

願望シート2
「対極」に合わせて願望を明確に

◇ 願望がはっきりしたらヘミシンクに従った分類

 ここではゲートウェイのヘミシンクCD「Wave IV:Adventure CD1 #1 One Year Patterning」に沿った方式をご紹介しますが、己の願望がはっきりしたところで、エクササイズで求められる理想のイメージを「肉体、精神、感情、自我、場所、行為、達成」に分類して主として単語を作製します。ま、ここまで来たら方法はなんでも良いと思います。

パターニング


◇ 願望の分類を明確にして幅広い意識に放出

 いよいよ最終段階です。意識を拡げた瞑想状態あるいはヘミシンクのFocus 12の、「意識の拡張、五感を超えた世界」において、分類した理想のイメージを意識の隅々まで解放、貼付けます。拡張したはずの意識は己の理想とするイメージでいっぱいになります。エクササイズの最後には拡張した意識を元のサイズにまで縮小させますと、己の意識は理想とするイメージで100%占められる、そんな仕組みです。こうして「引き寄せの法則」における、願望を思考して波動を発生するプロセスが成就するわけです。

意識マップ01
Focus 12「意識の拡張、五感を超えた世界」

意識マップ02
「若返り」「酒不要」「快眠」を解放

意識マップ03
「興味」「新鮮」「探究心」「寛容」を解放

意識マップ04
「充実感」「活力」を解放

意識マップ05
「活動範囲拡大」を解放

意識マップ06
「お金」「経済力」「人間関係修復」を解放


◇ 最後にもう一つ

 最近、私が実践している、「引き寄せの法則」と「ヘミシンクによる具現化」を合体させて、「引き寄せの法則」に沿った方法で己の願望を明らかにして瞑想状態での思考の解放をご紹介いたしました。まだまだ修正は必要かと思います。機会があればまたこの場でご紹介いたします。
 一つだけ、こっそりお知らせしますと、上で申し上げた願望以外に、大きな希望を持ちました。それは、、、

REDAC_PropertyPicture.jpg

 ロサンゼルスに別荘を持てないか?、と言うものです。人間は強欲ですね! と、言うことで、意識の隅々までコンドミニウムの一軒家を貼付けたりしています。

LA別荘

お金に対するある種の記憶がある種の行動様式を作り出す!?

 先の記事で、給与明細書から遅刻・早退に伴う控除がなされていたことを知り、それに対する不快な感情、つまらないことでお金を失うことを不幸に思う記憶が私の中に生じ、それがスピード違反を犯し、さらなる捕まってしまう不運を引き寄せ、そして罰金と言う不幸を繰り返してしまった私事をご紹介しました。
 引き寄せの法則が「心に思うことをなんでも引き寄せる」と説いており、欲しいものを強く念じて引き寄せるのであればそれは素晴らしいことですが、自分が知らないうちに心に生じてしまった感情や、自分が気づいていない潜在意識の記憶といったものが、良いこと悪いこと、己の行動様式を作り出している可能性はあるかも知れません。最近の経験同様、お金についての、引き続き「運気、自己啓発、具現化」カテゴリの記事です。


◇ 一代で富を築いた人物の二代目は?

 江戸時代、みかん船伝説で有名な紀伊國屋文左衛門は、若い頃に紀州みかんや塩鮭で財産を得、江戸に出てからは上野寛永寺根本中堂の造営で巨額の富を築きましたが、家督を継いだ二代目は凡庸な人物で、紀伊国屋は衰退したとされます。詳しい事情は解りませんが、ある程度の推測はできるでしょうか?

紀伊国屋の画像

1.お金に厳しい父親の記憶が二代目に影響?

 一代で財を成すほどの人物ですから、(現代の通貨で)1円の単位から厳しかったかも知れません。そういう父親の姿勢を見て育った二代目がケチとか貯蓄と言ったものに抵抗があったかも知れません。そうした記憶がお金を持つことができない行動様式を作り上げた可能性はあるかと思います。

2.お金を動かせない二代目となった可能性

 一代目紀伊國屋文左衛門は、江戸幕府の側用人柳沢吉保や勘定奉行の荻原重秀、老中の阿部正武らに賄賂を贈り接近したとされます。そういう巧みなお金の使い方を見て育った二代目が、そうしたクリーンではない行為に反発を持った可能性はあるかと思います。つまり、お金を上手に動かしてさらなる富を得ることができなかったかも知れないと言うことです。


◇ 財産に関する日米の感じ方の違い

 巨額の富を築くことについて、日本人と米国人では若干異なるように感じています。しっかり断定するものではありません。なんとなく、感じ方の違い程度の話です。

1.アメリカン・ドリーム

 米国には「アメリカン・ドリーム」と言う言葉があります。必ずしもお金持ちになることを意味するものではありませんが、他国からの移民であったり、ネイティブであっても恵まれない生活から努力して地位と名声を得た成功者に対してしばしば使われる言葉かと思います。私たちがよく名前を聞く人達にプロ・スポーツの選手達がいます。昨年のオフ、楽天の 田中 将大 投手はヤンキースへ年俸22億円で入団しましたが、彼はメジャーリーグでは12、13番目くらいのようです。ザック・グレインキーと言うロサンゼルス・ドジャースの31歳の投手がメジャーリーグにおける現在の年俸第1位で26億円だそうです。

グレインキー写真

 こうした選手達にも「アメリカン・ドリーム」と言う言葉は当てはまろうかと存じますが、そんな高額年俸の選手をゴロゴロと抱える球団のトップの人はもっともっとお金持ちでしょう。「世界の長者番付」のページを見つけましたので貼り付けます。

世界一のお金持ち 記事タイトル

世界一のお金持ち 記事の写真

 上位3位まで、カルロス・スリム・ヘル氏は6兆7890億円、ビル・ゲイツ氏、この方は知っています、6兆2310億円、アマンシオ・オルテガと言う方はZARAの創業者とのことで、5兆3010億円の資産をそれぞれ保有とのことです。こう言った人々は、召使を何人も雇って豪邸に住み、運転手つきの大きな車に乗って、海外の別荘でバカンスを楽しみ、小型ジェット機を所有して、などと、おおよそ自身がいくら財産を持っているのか知らないほどのお金持ちかも知れません。
 上で挙げた3人のうち米国人はビル・ゲイツ氏だけですが、彼もまさに「アメリカン・ドリーム」でしょう。本当のところは知りませんので、憶測でモノを言うのをお許しいただきたいのですが、彼のことを悪く言う米国人は少ないように思います。

 「アメリカン・ドリーム」から何を言いたいかと言うと、努力と才能で巨額の富を得ることを米国人は賞賛に値する感覚があるように思う次第です。

2.越後屋と 孫 正義 氏に対する日本人の感覚

 「越後屋」やら「越前屋」やら、大岡越前や水戸黄門、銭形平次、暴れん坊将軍でも、日本の時代劇に出てくるお金持ちは大概が悪い人です。陰で悪事を働き、金にモノを言わせて、社会を動かしたり、などなど、日本のお茶の間ではテレビから巨額の富を築く人間は「悪」であるとのイメージが定着しています。

大岡越前画像

 ソフトバンクの創業者である 孫 正義 氏は在日韓国人の二世ですが、日本に生まれ育った日本人であります。彼も米国なら「アメリカン・ドリーム」と言われてもおかしくない人物です。彼については、今でこそイメージは改善していると思いますけれど、以前は、企業の買収、これは今も盛んにやってますが、株の買い占めなどで会社を大きくしたダーティーな印象があって、良く言わない日本人は少なからずいると思います。

孫正義氏 画像

 テレビに出てくる巨額の富を持つ人物や、実際の日本のお金持ちに対して、日本人はその地位を得るまでの努力や才能を賞賛するよりも、「汚いことをやっている」と言う「悪」の認識を持ち易い気がします。

3.「武士は喰わねど高楊枝」など

 日本のことわざです。名誉を重んじる武士は、貧しくて食事がとれない時でも満腹を装って爪楊枝を使う、と言うことです。見栄を張っているとも捉えられますが、日本人は貧乏であることを気にしない、そんなことは大した問題ではない、ともとれます。別の言葉で、「お金なんかなくても!」とか、「お金では買えないもの」、「ささやかな生活を!」なんて、よくドラマや実在の人物の言葉として耳にします。

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 米国人が巨額の富を得ることを素直に賞賛して「アメリカン・ドリーム」と呼んだりもするのに対して、日本人はお金に執着しないようでいて、実は、日本人こそお金に対する悪しき感情あるいは記憶が潜在意識にあって、だから日本人はお金持ちを「悪」に思ってしまうのかも知れないと言うことです。


◇ おわりに

 己の最近の経験から、「お金」についての感情、記憶について考えてみました。実際に財産を食い潰した二代目の行動様式に関する推論と、日米のお金持ちに対する感情の違いについて私見を述べました。

 私個人は?、と言うと株式投資が大好きですので「お金は天下の回りもの!」、「お金に仕事をしてもらいましょう!」、と言うのが一番ピッタリな感覚です。失礼しました。

不幸な記憶が不運を引き寄せ、不幸を繰り返す 最近の自らの体験から

 つい先月のことですが、思わぬ不運に見舞われ、しかしそれは紛れもなく自分の心の問題であることに気づきました。以前、「『運気の流れ』その下降を食い止める『不幸の消去』」(本年6月2日)と題して、「不幸」な感情(不幸感)が実際の「不幸」を引き寄せると言う観念から、「運気の流れ」の下降線を食い止める「不幸の消去」を提案しました。その例えとして、自分が不幸に思った出来事を何度も反芻(はんすう)して「不幸(感)」を甦らせることの弊害と、起こった出来事を自分にとっての「幸福(=幸運)」に解釈する感情が「運気の流れ」を向上することを申し上げました。

 不幸な感情(不幸感)が実際の不幸を引き寄せる
 不幸感を何度も反芻して甦らせることの弊害
 起こった出来事を幸福(幸運)と解釈して運気の流れを向上


 自分では分かっているつもりでも、なかなかコントロールは難しいものです。まずは、先月の出来事から、、、。


◇ 給与明細がスピード違反を引き寄せた!?

 先月、ふとしたことで、これまでほとんど見たことがなかった給与明細書を真面目に見ました。どうせ、税金ばかり引かれて不快な思いをするだけ!と、机の引き出しにバサバサと突っ込んでおいたものです。
 基本給、調整給、時間外手当、日勤手当などなどと支給額があって、控除額の欄には案の定、所得税、住民税、雇用保険、健康保険、厚生年金保険料など、ずいぶん引かれているものです。その一覧の支給額の中に「遅刻・早退」と言う欄があるのを見つけました。先々月のその欄に「2423」と書かれていて、明細書の右下にも「遅刻・早退時間」と言う欄があって「0.25」と書かれてあります。

 支給額 遅刻・早退 2423
 遅刻・早退時間   0.25


 今のところは勤めて5年以上経ちますが、恥ずかしながら初めて知りました、遅刻・早退がカウントされ、給与から引かれていたことを、、、。社会人としておかしいと思われるかも知れませんが、弁解までに申しますと、大学病院からスタートした私の社会人生活で、大学医局の関連病院や留学した米国の病院、関東圏に出てきてから以前務めた病院も、タイムカードで出勤と帰宅を記録するシステムはありませんでした。ですから、記録される遅刻も早退もありませんでした(出張や病欠は連絡しますので欠勤はカウントされたと思いますが)。今の職場になって初めてタイムカードを使うシステムを知り、それに従ってやってきました。
 記録されたものを素直に考えれば、先月は0.25時間(15分)の遅刻または早退があって、2,423円を給与から控除したのでしょう。でも、遅刻はなかったですし、15分もの早退も記憶にありません。なんと!、聞けば1分の早退でも15分としてカウントしているとか!(怒)。そう言えば、「仕事、終わったので今日は先に失礼するね」と言って終業時間の5分ばかり早くタイムカードを記録したことがあったように思い出されます。たったそれだけで、0.25時間の早退、2,423円の、言うなれば、「罰金」です(怒、怒)。普段から術後の患者がおれば遅くまで病院に残り、日曜祭日でも病棟を見に行き、サービス残業は山ほどやっているのに、ちょっと早く帰ったらこの有様です。しかも、支給額の欄にこっそり「 -(マイナス)」を付けることなく小さく記載、巧妙な手口です!!呆れと同時に怒りがこみ上げて、もう二度と遅刻・早退はすまい!と思いました。

 そんなことがあった週末の日曜、当番の日直にあてられており、9時からの外来に間に合うよう車を走らせていたところ、「遅刻・早退」から「罰金」のことが頭をよぎりました。「絶対に9時までには病院に着いて、9時までにタイムカードを記録しなければ!」、そんな感情が車のアクセルを踏み込ませます。
 突然、目の前に左折するようにとの旗を振る人々が現れ、減速して左折しますと、そこにはパトカーが数台、停車したところに警察官が近寄って「スピード違反ですよ」とのこと、、、。私にとっては人生初のスピード違反です(駐車違反はありましたが)。それにしても、、、

 29 km/h オーバー/罰金18,000円/減点3

 、、、とのこと、目が飛び出て、唖然、呆然と言ったところでした。そんなことがあってもその日は遅刻にはなりませんでしたが、力が抜けた、気が抜けた、その先に、一つの悟りを持ちました。


◇ 引き寄せの法則とホ・オポノポノを実感

 私は、職場における「遅刻・早退」による「罰金」2,423円を知り、それを悔やみ、恨みして、その不幸な感覚が心の中に残っていて、さらなる不運を引き寄せ、18,000円ものさらに高額な「罰金」と言う不幸を繰り返してしまったのです。そして、思い返せば、「ちょっと早めに」と5分早く帰ったのは「自分」です。それを早退として控除されたのも「自分」、その「罰金」を不快に思ったのも「自分」、その感情が元で、車のスピードを上げたのも「自分」、スピード違反で御用!となってさらに多額な罰金を請求されたのも「自分」であります。

 不幸な記憶が不運を引き寄せ不幸を繰り返す
 全ての出来事が「自分」に起因して「自分」に起こる


 確かに「引き寄せの法則」ではなんでも願うものが手に入ることを説いてますが、同時に、心に思う嫌な感情が不幸を引き寄せることにも言及されております。また、ホ・オポノポノでは自分の潜在意識の中の不快な記憶をクリーニング(消去)することで問題を解決することを教えています。やはり冒頭でも申し上げたことに加えて、、、

 不幸な感情(不幸感)が実際の不幸を引き寄せる
 不幸感を何度も反芻して甦らせることの弊害
 起こった出来事を幸福(幸運)と解釈して運気の流れを向上

  そして

 不幸な記憶のクリーニングの重要性


 身を持って実感いたしました。今は、「たった5分の早退をカウントされ、控除を受けたことにより、安全運転を改めて心がけ、人身事故を防いでもらったのだ」と、仙人のような心境です。

 極めてお恥ずかしい、私事で失礼いたしました。