アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

バシャール BASHAR からのメッセージ

 イギリス発、長期にわたるチャネリングによる霊的存在との交信記録を2件紹介しました。今度はアメリカで、こちらの方が日本ではなじみが深く、1987年、ダリル・アンカ(Darryl Anka, 1951年10月12日-)が初来日してチャネリングの実際を披露、一大チャネリングブームとなりました。交信する相手は、バシャール BASHAR と呼ばれ、地球外知的生命体とのことです。


◇ バシャールの概要

 オリオン座近くの惑星エササニに住んでいて、個人ではなく複数の意識が合わさったような存在、エササニは物理的には不可視であり、エササニ星人はテレパシーで意思疎通するため言葉や名前も存在しないとされます。
 バシャールという名前は本名ではなく、チャネラーのダリルがアラブのバックグラウンドを持つことに関連して、バシャール自身が、アラビア語で指揮官、存在、メッセンジャーといった意味を持つ「バシャール」という名前を付けたのだと言います。また、ダリルはバシャールの過去世であるとも発言しています。


◇ ダリル・アンカのインタビューより

 ダリル・アンカが、バシャールとチャネリングをするきっかけを話すインタビューを見つけましたので、ここに引用いたします。最初はUFOとの遭遇があったとのことです。

ダリル・アンカYouTube

 *****

 みなさん、聞こえますか? 初めての方にちょっと説明します。

 私はこのチャネリングを24年間やっているんですが、正確には34年前にここロサンゼルスで日中にUFO 2機が接近してきたことが始まりです。
 それをきっかけに、私はUFOなどについていろいろ研究を始めました。自分が見たものが何なのかを確かめたかったからです。それからメタフィジカルな分野のこと、チャネリングなどを学んでいきました。そこで私は、他の惑星存在をチャネリングする人が主催するあるクラスに参加しました。チャネリングに興味があったからではなく、探求の一環として参加したのです。
 でも、そのクラスで、バシャールとその団体からのテレパシー的なものを受け取って、それによって、これはすることに決めていたのだというその約束の記憶を呼び覚ますことになったのです。多分 過去生において・・・。そこで私は、私が見たUFOは意図的に私の目の前に現れて、私が歩むべき道を示してくれたのだと、その時理解したのです。それは、時期が来たときにやるべきことをやるための準備だったのです

 それでもまだ私には「本当に自分はこれをやっていきたいのか?」という疑問もありました自分でもそれが地球外生命体意識だとういうことを誰にも証明することはできない・・・と思ったし、でもそんなことが問題なのではなくて、他の惑星存在とチャネリングしている人を見て、それを実際自分で体験してみてわかったことでもあるのですが、もしバシャールも同じようなメッセージをくれて、その情報が人々のためになるのならばチャネリングの目的はそこにあるのではないかと思ったのです。それで・・・どうなるかやってみようと決心したのです。
 そこで手始めに、一般家庭でチャネリングをし始めて、そのうちあちこちの都市に招待され、世界的になっていったのです。そして今24年後もこうしてここにいて、想像もしていなかったことをして人生を送っているわけです。

 大体の経緯はそんなところです
 これ以上付け加えることはないと思いますが・・・

 だからと言ってみなさんは、バシャールやその他地球外生命体意識との交流を信じる必要もありません。それは私自身の多次元意識とのつながりである可能性もあります。実際、一般的なチャネリングがやっているのはそのようなことだと思います。
 私たちは皆チャネリングの能力を持っていますしときどきはチャネリングしているのです。大体、自分が情熱を持って夢中で好きなことをやっているときはチャネリングをしている状態なのだと思います。ですから、チャネラーがある存在のキャラクターになったとき、それがチャネリング状態というものです。
だからバシャールは、情熱を持って出来る事、ワクワク感に導かれることをしなさいと強調するのです。バシャールはその時の状態があなたの人生になにをもたらすのかそれを知っているからです。
 もしあなたが、地球外生命体意識としてのパーシャルと交流することになったとしたら実際物質的にもいつか、バシャールと会うチャンスもあるだろうと言っています。ただ、今はまだその時ではないのですが・・・
 バシャールによると、このような交流は、少なくとも彼らの社会にとっては初期的なコンタクトの一つなのです。これによって、私たちは他の文明があるということを理解していくことができるようになるからです。でもまた、これを信じるのか信じないのか・・・その選択にかかわる情報でもあります。ですから基本的には、彼らが言っている通りの彼らを信じこませようとしても、それを信じるのも信じないのも私たちに委ねられているのです。

 これからチャネリングをしていきます。バシャールは、私たちの親戚関係のような文明間の絆を深めていくための情報、考え方を伝えてくれます。そして、近い将来、実際のコンタクトになっていくと思っています。でも今のところは、みなさん同士が普通やっているように楽しく交わることが基本だと思っています。

 今日はお集まり下さりありがとうございました

 *****



◇ バシャールの名言集

 ネットとは便利なもので「バシャールの名言集」などと言うものがありました。学術論文とは異なり査読されるものではありませんし、出典も不確かですので、Wikipedia以上にその信憑性は不明ですが、判断は個人に委ねるとします。あまりにも膨大にて、全文ではなく抜粋で掲載します。なお、ある特定の内容のものは赤字にしてみました。

 *****

バシャールの名言集(抜粋)

 自分がやっていることに対する疑惑や、このことはいついったらいいかとか、そういうことに対して疑惑や迷いを抱いている場合、あなたは目覚めていないのです。無意識的な存在なのです。夢の中で歩いているのです。

 地球ではこういう格言があります。「見ることは信じること」。しかし実は「信じることは見ること」であり、逆なのです。

 他の人を変えようと思っても、他の人は変えられないということです。そして自分のまわりの世界を変えるための一番簡単な方法は、自分を変えることです。人間が世界を変えるのではありません。自分自身を変えることによって、すでに存在している、自分が好む波動の世界にシフトしていくのです。意志こそが、唯一、変化をもたらすのです。

 否定的なことを信じていれば、否定的な結果を得ます。肯定的なことを信じていれば、肯定的な結果を得ます。宇宙はみなさんがどちらを信じていてもあまり気にしていません。自分でこうだと信じているもの、そういった観念が自分のまわりの世界を実際に創り上げています。なにが起きるかということを感じてください。自分が感じれば、そしてそれを信じればそれが起きます。
 どんなことでも、ポジティブな意味づけをすれば、そこからポジティブな影響を受け取ることができます。恐れを信じる人は、自分の人生も恐れに満ちたものになります。愛と光だけを信じる人は、人生の中で愛と光しか体験しません。自分が体験している真実というものすべては「自分が創り出している」ということに気がつけば、もうカルマ的な結びつきという考えを信じる必要がないわけです。あなたが本当に決心したこと、心の底から決めたことは、必ず実現します
 幸せに感じられることをしていて、自分の情熱をさらに拡大していけるような現実があれば、その人は成功しています。

 みなさんが体験する、あらゆる領域のあらゆる問題の根本は、怖れなのです。怖れと、怖れによって体験する分離感から来ています。恐れを信じる人は、自分の人生も恐れに満ちたものになります。愛と光だけを信じる人は、人生の中で愛と光しか体験しません。拒否しているものを受け入れてください。そうすれば恐れはなくなります。受け入れたとたんに、それは消滅します。

 自分が欲しいものを、苦労して、一生懸命努力して手に入れる必要はありません。それがわかれば、イライラすることも、恐れをいだくこともありません。疲れることもありません。ですから、皆さんの「自分でしたいことをするには、たくさんの努力と スタミナが必要だ」という観念を、丸めて窓から捨ててください。

 他人も自分も傷つけることなく、必要なものは全部創造できます。 自分の欲しいものは全部創ることができます。それにより、ネガティブなもの、カルマ的なものも切れてしまいます。否定的な行動をする個人というのは、他人を傷つけることなく自分を傷つけることなく、自分が欲しいもの、必要としているものをすべて自分が創り出せる、ということを知らない人達です。

 もし、自分が創り出している世界が望んでいるものでないとしたら、それは皆さんが無意識のうちに「その選択をしていた」ということです。自分で実現したい観念を実現する代わりに、自分が実現化したくない観念を無意識のうちに実現していたということです。
 創り出した世界が、自分で望んでいるものでないとしても、それ自分の責任だからといって、自分に対する非難や後悔、そして罪悪感の理由として使う必要はないことを知っていてください。「毎瞬毎瞬、自分はまったく違う人間なのだ」ということがわかり始めると、毎瞬毎瞬、自分の望むものをなんでも、より自由に創造することができるようになります。すると、自分でかたくなに信じようとしない限り、過去に起きたことによって、いまの自分を左右される必要がなくなります。

 自分の現実の中に欲しくないものは、わざわざ信じないでください。喜びより、心配の方が力をもっていると思って行動を起こさないでください。忍耐強くなければと思うと、逆に耐えられなくなります。
 いまに生きて、起きていることのすべてを楽しんでいるときは、なにかもっといいのが来てくれるのを待っているわけではありませんね。そして、そういうときには忍耐も必要ありません。

 過ちを犯すことを怖れないでください。失敗ということは本当は存在しません。チャンスがくるというのも、自分でできるかどうかの基準になります。やりたいことがたくさんあるなら、全部やっても無論いいのです。でもある瞬間についていえば、他のものより、なにかひとつやりたいことがあるはずです。ですから、毎瞬々々、自分が一番、その瞬間にやりたいこと、そして自分ができることの範囲に入っているものをやってください。

 ここで言いたいのは、皆さんがすべてを想像する必要はないということです。この人生を100%生きる、そのことだけを考えられれば充分です。いまここにいる自分を精一杯生きることが、自分の生きたいところにいく一番の近道です。これが存在の逆説的なところです。100%、いま、ここにいることを自分で望んだとき、自分の生きたいところにすべて行けます。いま自分自身がいるところに100%いるとき、その自分の中にすべてが含まれているのがわかります。それによって、人生の流れに乗ることができ、努力なく、楽しく生きていくことができます。そしてまわりの人もそれによって影響されます。

 夢もこの物質世界と同じようなものです。両方とも、あるひとつのものに対して、違う見方をしているだけです。すべてはあなたの意識の中にあります。皆さんの意識には「外」というものは、ありません。皆さんが考えられるもの、知覚できるものは、すべて皆さんの意識の中にあります。

 この物理次元からは、すべてがすでに決まっているように見えたりしますが、でもそうではありません。この物理次元で使っている、物理的な言葉の中で、皆さんは自分を制限しているだけなのです。未来は決まってはいません。無限の可能性があります。未来はすべて存在していますが、でも同時に、どれを実現するかは私たちが選択します。無限の並行した現実が存在しています。自分がなりたいものを選んでください。あなたには選択があります。
 すべての可能性がそこにあるとしても、あなたはその中から自分のなりたい現実を選ぶことができます。未来は決定されていません。あなたは自分の人生で「あなた」として何をやりたいですか?あなたがどんな人に執着をもっているかはすべて横に置いておいて、あなた自身はどういうふうにしたいのですか?

 感謝は、無限のサポートを自分で認識したときに感じます。自分が無限の存在とつながっていることを感じ、人生に格別な努力は必要ないのだと認識したとき、感謝がでてきます。感謝とは、この創造の中に自分がちょうどうまくはまっているのだ、ということを認識して喜ぶことです。「相互依存」とは、お互いにサポートしあう、ということを否定的な方から見たやり方です。その相手がいなければ自分は生きていけない、というように、必要性を相手に要求する部分、それが否定的な部分です。不思議なことに、自分が本当の意味で自立したとき、ふたりは永遠にサポートしあうことになります。

 自分の持っている波動が、あなたの体験することを決めます。不安や疑いをもっていれば、その波動は怖れを呼びます。愛や奉仕や喜びを持っていると、変革のときにも、その人を肯定的な方に運んでくれます。性格とは、毎瞬毎瞬、あなたがその状況からなにを一番学ぼうとしているか、という「姿勢」にすぎないのです。ですから、自分の中に持っている考え、「観念」を変えると、自分という人間がまったく変わります。リラックスして、自分が体験していることを肯定的にとらえ、呼吸をしてください。

 ぜひ覚えておいてほしいのは、宇宙はあなたが対処できないものを与えることはないということです。覚えておいてください。「皆さんは常になにかを信頼している」ということを。過去には、疑いを「信頼の欠如」としてみていたかもしれません。しかし、私たちが選択する新しい定義づけでは、疑いとは「信頼を否定的な方向に持ったもの」なのです。その無限の信頼を、肯定的な方に使うかどうかは、あなたの選択です。皆さんは、その権利を持っています。

 宇宙は皆さんに対して、どんなことも否定しません。あなたが選択した一番強い波動、周波数を、宇宙は常にサポートします。意識の進化とは、実際には、いまここを100%生きるということなのです。
 あなたの持っているすべての情熱と、すべての願望を、しっかりと地に足をつけて、確信をもって、そしてあなたの愛のすべてをもって、自分の信頼のすべてをもって、肯定的な方に向けることです。自分で創りあげたその一瞬一瞬を、充分にエンジョイしてください。自分の存在を、あわてたり否定したりする必要はまったくありません。
 意識の進化の中で、こうなりたいというところに急いで行く必要はないのです。自分の現実を一番早く変えるためには、いまあることを、いま学ぶのが一番早いのです。人生というものは楽しむためにあります。自分を潤すためにあります。皆さんに思い出してほしいのは、いま皆さんが夢を見ている、ということです。目を覚まして、自分の夢を生きてください。どちらにしろ皆さんの選択です。皆さんの見たい夢を見てください。自分のイマジネーション、想像する力を、道具として使ってください。自分がこんな人間になりたいという像をイメージしてください。こうなりたいという自分をイメージして、その人だったらこうする。という行動を、自分でしてみてください。

 「こんな現実を自分に引き寄せるためには、どんな観念を持っていなければならないのだろう?」と自分に聞いてください。そしてその定義づけ、観念を見つけたとき、好きでなければ、再定義してください。「意識」は、皆さんが持っているものではないのです。皆さん自身が意識そのものなのです。
 必要なことは、皆さんが自分の感情に触れて、つまり無限のものとつながっている部分に触れて、それを否定的ではなく肯定的に感じる、ということです。無意識のうちに、ただ反応として生きるのではなく、意識的に行動を起こしてください。ここで必要な大切な二つの言葉は「願望」と「行動」です。望んで行動に移す、ということです。

 創造されたすべての存在には、基本となるものは二つしかありません。これはみんなに共通なのですが、まずそのひとつは、「いま皆さんは存在している」ということです。そして基本の二つ目は、「自分が与えたものは、自分に返ってくる」ということです。これを"カルマ"と呼んでいる人もたくさんいますが、カルマは皆さんを判断する"業"ではないのです。罰ではありません。エネルギーのバランスをとる、ということなのです。自分がこのまま生き残っていくために、なにかをしなければ自分の生き残る存在価値はない、と考えています。

 私のことを信じてください。皆さんが存在する価値がなければ、最初から存在していません。なぜなら、無限の創造者は、意味のないものは創らないからです。この世界で一番大きな怖れは「自分の存在は本当は無価値である」という無価値観です。自己否定が、この文明の中で一番大きく見えます。たくさんの個人が、より高い意識を探求していくときに、この肉体レベルはたいしたものではないのだ、と思う過ちをよく犯します。
 文明全体が進化をしていくと、皆さんもだんだん進化して、肉体がいらなくなる時がきますが、だからといって、いまこの肉体から逃げる必要はありません。ものを否定したり、捨てたりすることで、進化できるわけではないのです。それを包括する、含有する、統合することによって、進化しています。分離が少なくなることによって、より統合されてきます。

 小さい頃に持っている皆さんの先入観念は自分のものではなく、親のものです。大きくなって自分自身の人生を歩み始めようとして、責任をとり始めようとすると、いままでの先入観念の中で自分に合わないものが出てきます。自分の感情、観念、そして思考パターンを変えたとき、その瞬間から自分自身が体験する「現実」も変わります。
 本来、意識というものは、前世も含めてたくさんの人生、たくさんの人格を持っています。ある見方をすれば、人生がひとつ終わっても次があり、また次があります。また別な見方をすれば、時間というのも幻想ですから、すべての人生は「今」起きている、ともいえます。

 すべての個人は、意識が人工的に創りあげているものですが、だからといって自然ではない、ということではありません。しかし、本来のあなたは、肉体的な存在ではないのです。皆さんはいま夢を見ているだけです。なぜなら、肉体の次元は夢なのですから。皆さんが、こういうところを正したい、是正したいという場合、それは一番最初にギュッと引っ張って、非常に緊張させて、バランスをくずしてしまった部分なのです。

 自分が肯定的な方に歩いて行きたいと思ったら、まず自分に肯定的な行動をさせてあげてください。そうすると、肯定的な結果が戻ってきます。絶対に100%保証できます。例外は、ありません。どんな小さな例外も、ありません。
 「未知なものは怖い」と、誰が決めたのでしょう? それは否定的な定義づけです。定義づけを変えれば、自分がやるべきことを、やりたいときに、自分で知ることができます。自分が魅かれるエネルギーを信頼するとき「ワクワク」になります。自分が魅かれるエネルギーを疑うとき、それは「怖れ」になります。もし人に強いる必要があるとしたら、あなたは自分の中にある力を本当に信頼していない、ということになります。自分が人に教えようとしているものを、信頼していないのです。
 でも皆さんもよく知っているように、こういう(ハンディキャップなどを持って生まれてきた)人達の中には皆さんの文明の平均的な考え方をはるかに超えている人がたくさんいます。ですからそういう人に同情したり、憐れみを持つことはその人達を助けていることにはなりません。そうすると、更に否定的な部分を強調して相手に押しつけてしまいます。その代わりに、こういった見方をしたらどうでしょう。「こんなに制限のキツイ人生を自分で選択してきたなんて、あなたはなんて強い人なんでしょう」と。

 一番簡単なのは、本当の自分になってしまうことです。逆に一番むずかしいのは、自分以外の自分になろうとすることです。すべての痛み、苦しみ、病気は、自然な本来の自分になることに抵抗することから生まれてきます。自分自身が非常に疲れるのは、本来の自然な自分自身に一所懸命抵抗しているからです。この世界では、小さい頃から何々しなればならない、「ねばならない」ということをたくさん与えられてきました。
 自然に自分に流れ込んできたアイディアに耳を傾けないで、社会の要請にちょうど合うようなものを探します。社会の期待に添うものを見つけても、それは必ずしも自然なあなたと一致するとは限りません。なぜなら根本的に、あなた以外の人から与えられた答えだからです。合うはずがありません。
 しかし、だからといって人からのアドバイスを無視していいということではありません。他の人からもらったアドバイスを、自分で、自分のために選ぶことができるということです。

 自分がワクワクすることを始めるとき、二つのことが起こります。第一に、非常に素晴らしい偶然が次々と起こります。常に魔法のように、あるべき所に、あるべき時に、あるべきことが起こります。そして第二に、自分のやることが、努力なしに進むようになります。「自分自身が誰か」を示すことを自然にやっているからです。

 皆さんが、自然な、本来の自分であるとき、宇宙は非常に楽に皆さんをサポートすることができます。皆さんの「自分は誰か」という存在の表現、波動が「ワクワク」です。混乱や困難を創り出すのは「期待」です。こうあるべきだという期待の部分です。判断をすると、その判断をした人自身が、同じレベルまで波動が落ちててきてしまいます。いま現在の自分を楽しめば楽しむほど、本当になりたい自分にすぐなれます。自分でこれはあまり良くないと思っているライフスタイルがあったら、こう聞いてみてください。「誰かに教えられたからといって、自動的に、否定的なものだと信じ込んではいないだろうか?」と。もしそれがどうしても否定的なものだと思えたら、「こんな否定的なものを自分に引き寄せるためには、どんな観念を持っていなければならないのだろう?」と自分に聞いてみてください。それがあなたが学ぶべきレッスンなのです。すべての状況は、いい意味にも悪い意味にも、どちらにも捉えることができるのです。自分がその中から、どんな肯定的なものを引き出せるか、という姿勢を持てば、そこから肯定的な結果を生み出すことができます。
 もし他人が否定的な意図をもってあなたに何かをしても、自分がそこから肯定的にものしか見ないと決めていれば、肯定的な結果しか得られません。自分の波動でない体験をすることはできないのです。すべてのものを肯定的に学ぶことができます。すべてのものは本質的には中立だ、ということを理解してください。たくさんのものを否定的に感じるのは、今までこういうことが起きたらこれは悪いことだ、否定的なものなのだ、と教えられてきたからです。
 いまを生きてください。あなたが存在するのは、いま以外にありません。永遠の生命を持っていても、これからどんな人生を生き、生まれ変わっても、結局、いまを生き続けるだけです。ですから自分が生きたい「いま」を創ってください。もし違う人間になりたければ、その違う人間になったかのように行動してください。自分が新しい人間になったとしたら、古い自分が与えるような意味を与えるようなことはしないでしょう。どんなことが起きても、どんな状況でも、自分がその中に見たいものを見てください。

 これは哲学ではありません。実際に使えるのです。覚えておいてください。自分が与えるものが、受け取るものです。今やってください。なぜなら、皆さんは今以外には存在し得ないからです。ワクワクすることをいつやろうかと考えているときには、いまワクワクする人生を歩んではいけないのだといっていることになります。いま自分が考えていることよりも、もっとワクワクすることが来るのではないかと考えるのは、自分自身の人生を創造できないと考えているときです。
 あなたに起きていることは、必ず理由があります。ですから、起きてくることを、自然にあなたに起こさせてあげてください。いま起きていること全部を好きになれ、ということではありません。ただそこから学ぶものがあるということです。そしてそれを学ぶことによって、自分で自分が思っているものを創り出すことができるようになります。

 自分がワクワクすることによって、自分自身にもいいことができますし、まわりにいる人たちにも本当にいいことができます。私が力強く見えるのは、自分自身を完璧に信頼しているからです。あなたはただ「確信」というものを感じているだけです。自然の怒りというものは10秒~15秒しかもちません。
 本当はひとつの感情しかありません。それは愛です。その他の感情は「愛」の変化したものです。それ以外の肉体からでてくる表現ですね。その表現は個人個人の観念からでてきます。自分の中心が中心にあるとき、そういう感情というものの必要性が減ります。すべての状況は、すべて意味があるということを理解して、意味のある人生を送ってください。
 ワクワクするというのと、恐れというのは、全く反対のものです。片方は肯定的、片方は否定的に見たものです。何も恐れるものがないと分かった時、戦争がなくなります。そして一緒に働き始めることができます。肯定的なものの考え方、この地球はもっと良くなるんだ、他の人からも学べることがあるんだ。考え方の違いだけなんだとということが分かった時、もっとこの変化が早まります。

 悲観的に考えることによって、否定的なものに、さらにエネルギーを与えてしまって、これを遅らせます。すべての一人一人の人間が地球上の変化に寄与しています。あなた自身がすでに心に平和を持っているとして、行動を始めた時、まわりの人達もそれに感化されます。そしてそういう世界が来るのが早くなります。ですから、否定的なものに目を向ける代わりに、まわりにある肯定的な面に目を向けてください。あなたのまわりにあるものの中にすべて光を見出してください。あなたは存在するというだけで、すべてのものに値しています。

 あなたが、今生きている生活様式を選んで来たのには、それなりの理由があります。あなたは自分自身に、ある程度の制限をつけていますけれども、それは必ずしも否定的なことではなくて、人生の中で自分で自然に発見することができるようにするためです。あなたが自然に発見した方があなたが学ぶためにいい場合があるからです。すべての感情というものは、もうすでにこれが真実であるとあなたが信じている先入観念、固定観念に対する反応なのです。
 すべての感情というのは、固定観念に対する反応です。すべての感情が単なる反応です。あなた方がエキサイトメントと呼んでいるものは、あなたが選んだ道を実行するときの、バイブレーションのエネルギーのことです。ですから、あなたが一番やりたいことをやっている時に、あなたは自分の目的の部分を行っています。
 あなたどういう人になりたいのですか? あなたのなりたい人間になってください。自分のなりたくない人間を自分の目の前に見て、その人を裁くことによってあなたはただ単に、なりたくないもののイメージをあなたの中で強化しているだけです。そして自分の中の否定的なエネルギーを強めているだけです。ですから、あなたはただ、自分がどういう人間になりたいのかを決めて、その人間になればいいのです。
 自分が感じるままに動いてください。自分の体が必要なものを否定して、いわゆる精神性を高める必要もありません。自分が必要だと感じるままに動いてください。ある状況から学ぶ用意があれば、たとえ自分に対して正直でないやり方で行動していたとしても、そこから学ぼうという意志があれば、肯定的に方向に変えることができます。自分に対して正直な方向に変えることができます。そしてその概念、そのエネルギーを肯定的な方向に持っていって、罪悪感なしに悔やむことなしに先に進むことができます。罪悪感という概念は、自分に正直でないときに起こってきます。つまり自分にとって真実でない行動をする時に感じるわけです。

 無条件の愛というのは、絶対の価値を理解するということであり、内面的にも外面的にもすべてのレベルにおいて自分が価値のある人間だということを認めることなのです。地獄も天国も心の状態にすぎません。悪魔はあなた方の否定的な集合意識の表現です。地獄はすべての否定的な制限された意識が創り上げるものです。あなた方は天使なのです。天国を創ってください。選択権はいつもあなた方の方にあるのです。あなた方の星の中に犯罪というのがあるのは、自分の中にある力というものを自分で信じていないからです。自分の創造性というものを信じていない、知らないからです。自分自身の中に力がないと思っているので、自分のまわりをコントロールすることによって、自分が救われると思っているのです。でも本当は自分の中をコントロールすることによって、本当の幸せがくるのです。

 バランスが取れて、統合ができた人は、ネガティブやポジティブや感情を激しく出さなくなるということは実際にあります。地球上の社会の中には、肯定的もしくは否定的感情を思い切り出すのが本当の素直さ、誠実さだと思っているところがありますが、本当はそういう感情というものは相手を判断したり、説得したりしようというところからきているのです。すべての人が平等で対等で、そしてみんな無条件で愛していれば、なにも摩擦や抵抗は起きません。自分の中の女性的な部分、そして男性的な部分、この両極をひとつに統合できれば、この世の中から病気をなくすこともできます。そして痛みも、そして、すべての戦いや争いもなくすことができます。

 宇宙はあなたに充分価値があると思っています。ただあなたが自分で受け取らないだけです。自分で自分にそれだけの価値があると思えることが、実際にそれを創り出すパスポートとなります。自分でそれが信じられたら、今度は自分でそれを信じている人間として、行動に移せばいいだけです。
 人生というのはすべてあなたが一番やるべきことをやっているとき、みんな必要な場所に、そして必要な時間にタイミングよく配置されているんですね。それを受け取ることによって今度はまわりの人にもちょうどいいものを与えることが出来ます。豊かさの定義とは「自分のやりたいことを、やる必要のあるときにやること」。一番大切なことは、今自分ができる事ですね。自分に与えられていること。それに行動を起こすことによって、現在自分にはできないところが出てきます。そしてできるようになってきます。

 ポジティブエネルギー、ネガティブエネルギーという言葉を使います。正しいとか間違っているとか、邪悪であるというような言葉ではなくて。いいとか、悪いとかいうのは主観的な価値判断だからです。例えば、ポジティブなことをしている個人が悪いことをしてると考えるかもしれません。あるいはネガティブな行動をしている人が正しいことをしていると思うかもしれません。正しいとか悪いとかいうことは、ネガティブなエネルギーを使っているか、ポジティブなエネルギーを使っているかの説明にはなりません。ネガティブな行動とは、「分離してしまう行動」です。部分部分にしてしまうような行動をいいます。ポジティブ(肯定的)な行動とは、「統合する行動」です。統合する、統一するそういうことです

 カルマとはバランスのことです。たとえば、ひとつの生の中で人を殺したとします。次の生で殺される必要はありません。例えば殺人を犯そうとする人を助けて、その人が殺人をしないように防ぐこともできます。そうすると同じバランスが作られます。

 同じ魂の延長であるということが、ソウルメイトということです。ソウルメイトというのは、自分の人生の適切な時に出会います。自分が見る必要がある時に、見る必要のあるものを反映して見せてくれる人がソウルメイトです。そういう意味では、あなたが交流をもつすべての人がソウルメイトであるということができます。つまり、あなたの人生の中で現れる人はすべて偶然ではなく現れるのです

 宇宙は無意味なことはしません。宇宙をそのまま信頼してあげて、今の生活をそのまま続けていれば、この生活に必要なものはすべて、必要なときに知ることができます。一瞬後に情報が来るときもありますが、必要な時、まさにまさにそのときに答えが来ます。情報が来る時は本当に必要なその時にやってくるのです。タイミングは完璧にできています。
 それを早くすることができないということではありません。でも、必要なものが、早く来るようにする方法は、今現在に生きることです。今生きているところに生きる、ということから始めてください。現在に生きることです。これは大切なことです。過去や未来に生きようとすると、今必要な情報を見つけようと思っても、今現在、ここにいないということになりますので、手に入りません。
 一番必要なことは何かということを思い出すためには、100パーセント信頼することです。今現在やっていることを信頼することです。今まで聞いたことがないように思うかも知れません。あるいは今まで思ったこともないような考え方を使うかも知れません。しかし、あなた方が本質的に知らないことは何も話していないのです。あなたたちの文化の中では、それぞれ意識の隔離というのをお互いの間で作ってきました。日常の意識と、その下の潜在意識と言うもの。またその下には無意識というものがありますが、この3つの意識のレベルというのも幻想なのです。ひとつの意識しかありません。
 恐れを信じる人は、自分の人生も恐れに満ちたものになります。愛と光だけを信じる人は、人生の中で愛と光しか体験しません。私は哲学の話をしているのではありません。創造の基本的なメカニズムの話をしているのです。自分が体験する物理的な現象というのは、あなたが何を信じるかによって決まります。というのは、物理的な現実というのは幻想だからです。あなたが信じていることが創り出した幻想なのです。

 *****


 この名言集を見ますと、シルバーバーチやホワイト・イーグルとは少し違うように思います。すなわち、様々に言い方を変えてある一定の思想を感じます。赤字で示した文章に顕著に現れており、それは「引き寄せの法則」だと思います。

 「引き寄せの法則」が盛り込まれたバシャールからのメッセージ?

 いろんな表現を使っていますが、上記名言集で言っていることはそれほど幅広くないように思えます。バシャールと言う地球外生命体より受けたメッセージが、ジャームズ・アレン氏の「原因と結果の法則」やマイケル・J・ロオジエ氏の「引き寄せの法則」、ロンダ・バーン氏の「ザ・シークレット」に酷似していると思うのは私だけではないと思います。


◇ バシャールによる2012年について説明

 バシャールはダリル・アンカをチャネラーとして2012年についても説明しています。もう過ぎたこの「2012年」について、多くのヒトが「○●が起こる」と予言して参りました。結局、何が起こったのか?、密かに始まっているのか?、あるいはこれから起こるのか?、知っているヒトは少ないと思いますが、どこか「言ったもの勝ち」みたいなところはあります。バシャールの2012年に対する考え方は、1.エネルギーの変化、2.パラレル・アースへの分化、3.オープン・コンタクト、とされます。

1.エネルギーの変化

 2012年にはポジティブな集合的エネルギーが、地球の歴史上、ついに初めてネガティブな集合的エネルギーを上回るとされ、多くの人間が本来の自分やポジティブな姿勢に目覚めるからとしています。全体から見れば数は少ないですが、肯定的なエネルギーは、幾何級数的に統合され、2012年の冬至にはポジティブな集合的エネルギーがあるレベルに達し、クリティカル・マスの分岐点を超えることになる、説いています。これに対して否定的なエネルギーは、分離してバラバラになる傾向があるとも言っています。その後の地球で、ポジティブな集合的エネルギーが加速されて行き、様々な社会的・政治的・経済的変化を促されるとのことです。

2.パラレル・アースへの分化

 2012年よりポジティブなエネルギーが加速する一方で、「パラレル・アースへの分化」が始まると説いています。 加速するエネルギーはあらゆること、困難や苦悩といったネガティブな面も拡大するので、人によっては逆にブレイク・ダウンとなってしまい、だからこそ、本来の自分を表現するワクワクする気持ちに従って生きることが重要となるそうです。現在地球には様々な観念、様々な波長が同時に存在しているが、2012年を境に各々の波長に基づいて「パラレル・アースへの分化」が始まり、2015年以降はこの分化が加速するとしています。2025年~2035年には、それぞれの世界が遠く離れてしまい、最終的には自分の波長以外の現実を体験することは不可能になるとのことです。

3.オープン・コンタクト

 2012年には、地球が宇宙の他の文明に対して置かれていた隔離状態が終わります。しかし、直ぐに宇宙船の大量着陸があちらこちらで起きる訳では無いとしています。宇宙文明の側からすれば「地球に手を付けてはいけない」というルールは無くなりますが、この時点以降、宇宙文明との交流の決断は、すべて私たちの手に委ねられることになる、としています。
 さらなる予言として、2015年迄に、或いは2015年から2017年迄の間に、地球外生命が存在するという事実が明らかになり、地球上に大きな衝撃を与えることになる、と言っています。すなわち、次第にUFOの目撃が増え、2015年以降は個人的なコンタクトや、小グループによるコンタクトが増加します。最終的に2025年から2033年に掛けて、公的なオープンコンタクトが起きるだろうとしています。地球と最初にオープン・コンタクトをするのは、バシャールによればヤイエル(Yahyel)という文明とのことです。
 ヤイエルの宇宙船はこれまで、1997年にアメリカで1万人以上が目撃したと言われるフェニックスの光事件で目撃されており、次に目撃される可能性が高いのは2011年、または2013年だろうとしていいます。バシャール達の文明はオープン・コンタクトをする3番目の文明になるとのことです。


◇ あとがき

 チャネリングについての調査、、、少々、疲れました。「冥王星のオコツト(ヌース理論)」もすごい内容ですが、一旦、この分野は据え置きとして、またいつか取り上げたいと思います。大事な事は、「火のないところに煙は立たない」のであり、チャネリングの現象が確かにある可能性は高いと思いますが、以前、取り上げた「クラリオン星人」(2013年10月07日投稿)も同じで、これを営利目的に創造している部分も否定出来ないことです。


http://ja.wikipedia.org/wiki/バシャール
https://www.youtube.com/watch?v=InyaACU2lWo
http://matome.naver.jp/odai/2134667230244323601?&page=1
スポンサーサイト

ホワイト・イーグル White Eagle の霊示

 世界的に有名なチャネリングの実際としてシルバーバーチをご紹介しましたが、これに極めて似た存在が同じ英国にありました。ホワイト・イーグル White Eagle であります。


◇ ホワイト・イーグルの概要

 英国の霊能者グレース・クック女史がチャネラーとなって、宇宙の真理、人間の本質をホワイト・イーグル霊から受信したとされます。1930年頃より通信は始まり、1979年、クック女史が他界するまで約50年にわたり霊示を伝えました。
 ホワイト・イーグル霊は大ホワイト霊団に所属する霊で、霊団の中では、神界にいる他の高級諸霊の啓示を人間に伝える役割を担っているとされます。また、極めて高次元の霊的存在で、ネイティブアメリカンの様相を呈していながら、その本質的なところはイエスの弟子のヨハネであるといわれています。

white-eagle.jpg

 その教えは、霊的な真実と諸相を伝え、愛と奉仕を説くものでした。その真髄は神智学にも通じ、ダスカロスと同じ高みをもつものです。人間に内在する神性を発揮して、霊的に進化する道を説いています。本文から少し引用しますと、、、。

 *****

 人間は、太陽に象徴される神の生命の光を宿した存在です。その光を肉体と思考の束縛から解き放ち、太陽人として、魂の光を輝かせることが、人類の進化の目的と証です。また、地球に光を注げば 、弱った大地やそこに生きる精霊たちをよみがえらせることさえできるます。内なる光をともに讃え合い、生かし合って、地球を光で満たすことのできる存在なのです。私たちは光の存在になれるのです。

 *****


 また、ホワイト・イーグル霊は、きたるべき新時代において、人間の霊的な進化こそが人類を破滅から救う唯一の救済であると説いております。このあたりはアセンションのことを指して言っているように思われます。


◇「光への道 ホワイト・イーグルの霊示」より

 シルバーパーチと同様に、ホワイト・イーグルの霊示を文章にした本は多数存在しますが、その中の「光への道 ホワイト・イーグルの霊示」の訳者あとがき(抜粋)が見つかりましたのでこれを引用いたします。

ホワイトイーグル本 光への道

 *****

光への道タイトル

訳者あとがき(抜粋)

  このホワイト・イーグルの霊示は、グレース・クック女史をチャネラー(霊媒)として通信されたものです。女史の口を通じて伝えられるイーグル霊の霊示は完璧に近いと考えられます。なぜかというと、2人は太古から二度にわたり、親子として次に師弟関係として再生するという深い霊縁を作ったのです。
  イーグル霊は太古に既にイニシエーション(魂が一段一段と目を覚まして進歩の階段を上ること)を通過している覚者です。クック女史は一つ前の前世で、イニシエーションを通過し、地上に再生する必要のない者になりました。しかし、死の時、イーグル霊は女史の魂をはるか上方に連れて行き、地球の様子を見せました。女史はそこに渦巻く地上の混迷と苦しみの様を見て、もう一度地上転生を決意しました。これがグレース・クック女史で、この霊格の高さがホワイト・イーグルの高い霊示を伝えやすいものとしています。
  女史を通じてイーグル霊は、1930年代の初め頃から通信を始め、1979年女史が他界するまで約50年間にわたり霊示を伝えました。その霊示の本質は、「人は神の子である」ということ。それをイーグルは「キリスト神霊の子」と表現します。キリスト神霊とは霊太陽(宇宙を維持して生かしている根源の光)のことで、その分霊を受けているのが人間だというのです。この「神の子」がスピリットで、それは心臓チャクラに鎮座すると明言しています。これが「内在の神」です。
  次に、「愛と奉仕が人間の生きる宇宙法則」だと強調します。なぜなら、内在の神性の本質は愛だからです。この点、シルバー・バーチとよく似ています。更にイーグル霊は「人は神の通路」であって、神の光を地上に伝えることによって地球そして宇宙の進化のために生きているのだと教えています。また、光を伝える一つの方法として、瞑想を大切にしています。
  本書「光への道」は、人間が内在の神性を発現して神のようになる道をイニシエーションという形で説いています。このイニシエーションは、どこか山奥にこもって特殊な修行をすることでなく、「人生がそのままイニシエーションである」と指摘していることは、私たちが肝に銘じなければならないところです。
  初級イニシエーションは、「生活の中での一つひとつの気づき」です。つまり、「人は神の子」「愛と奉仕が人間の道」という真理に一歩一歩目を開いていくことです。上級イニシエーションは、人生の大きな転機の中で、「自分を捨てて地球(宇宙)進化のために全面的に献身する」という決断から始まります。人はこの決断をするならば、一つの人生の中で幾段階ものイニシエーションの階段が上れると教えています。すなわち、一生涯で釈迦やイエス・キリストに近いところまで上れるのだと断言してくれているのです。

地球に神の計画の実現の人が近い

  皆さんは、地球に今近づいている一大発展のことを、これまでたびたび耳にしたと思います。その時、生命は調和に満ち美しく光り、男も女も本当の兄弟姉妹のように生きるでしょう。だが、皆さんはしばしば肉眼で見えるものによって心くじけます。あなた方は人類の災厄を見て、「これはキリストがもう一度磔(はりつけ)にされているのを見ている」と思ってしまいます。
  心くじけてはなりません。目を上げなさい、光り輝く巨大な霊の群を見ようとしなさい。天使らがいます。輝く人霊がいます。その光が今地球のモヤを打ち破り、徐々に浸透しつつあります。あなたがたをこのように抑圧している不幸な環境は過ぎ去ります。彼らは真剣無比に目的の遂行に当たっています。この事を心にとめなさい。その日が来ます。あなたがたが歓喜と感謝で震える時が、かの神の大計画が実現されるその日が、来ます。

神を信じる者が神の計画の実現を確信する

  皆さんとしては、人類を導いておられる偉大な英知であられる神の全知全能を認めなければ、これを否定し拒絶することになりますぞ。皆さんの人生にはこれまでいろいろな事がありすぎました。それで正直いって、皆さんの運命を導く愛にして英知にして至上の存在に否定的になっています。それだからこそ、全幅の信をその英知と愛に置きなさい。一点の疑いも持ちなさるな。
  すると皆さんはこう言う、「私たちは神の愛と英知に一点の疑念ももちません。しかし人間が信じられません、一片の知恵も無いように見えます」と。そうでしょうけれども、神の全知全能を認めるなら、あなたは神の創造の計画が完ぺきであることを認めねばなりません。また神の創造されたものの内部に、やがて完ぺきに開花する種子が存在することを認めねばなりませんぞ。

日常の行為と想念を正せば、自己が解放できる

  私たちは協同して働かねばなりません。皆さんは肉体において、私共は霊において、人類がいま渇望しているものをもたらすために。われらは人類の維持とその成長に必要なものを届けねばなりません。
  世間ではお互いが批判するのは常識になっています。他人の過ちを見るのは易しいことです。しかし、イエスは「自分の目を己が行為と想念に向けよ」と言いました。そしてやさしく忠告しました。「他人を非難する前に自分の中を見なさい。自分に厳しくありなさい。だが他者には思いやりを持ちなさい」と。
  これは容易なことではありません。だが、皆さんの一つひとつの想念と行為が、すべての生きものを助けるか、進歩を阻害するか、そのどちらかをしているのです。皆さんは大声で言うでしょうな、「そんな! 私のちっぽけな想念や行為など全体に吸収されてしまいますよ。いくらなんでも、生命にそんな影響を及ぽすなんて」と。
  太古の聖者たちはいつも弟子たちに教えていました。「すべてのことが個人の想念と行為にかかっている。一人ひとりの人間の努力にかかっていますぞ」と。またこうも教えました。「おのおのの個人の魂が進歩に、物の生命の進化に責任を負っている」と。
  過ぎし時代において、人類は深みに落ち、鉄の箱に入れられるように、物質の中に入れられました。いま徐々に解放されつつあります。皆さん、心に記されよ。多くの人々にとり、世俗の心はどうしても打破できない鉄の箱のようなものです。人間は今ゆっくりと次第次第に、だが確実に、自分を束縛から解放し始めています。人間は自らを解放せねばなりません。この解放の鍵は、神が人間の心臓に植え込まれた光であります。

キリスト再臨とは何か

  皆さんはキリスト再臨を待望しておいでだ。キリストが再び来ることが、はっきりと言われておりますからな。皆さんは、しばしば私共がこう言うのをお聞きになったでしよう。「このたびの再臨は男や女の一人ひとりの心の中に来るのである」と。
  再臨とは光の目覚めなのです。この光が人間の魂の中で明るく燃える時に、物質の浄化が起こり、肉体の浄化が起こり、地球の浄化が起こります。それは「感情と欲求の媒体(=幽体)のコントロール」であります。また恐らくはより大きな仕事である「知性体(メンタル・ボディ)の統御」であります。
  このことが起こって後、神性の誕生すなわちキリスト人(神人)の誕生をみます。月は魂を代表し、太陽は霊を代表します。人が世俗を克服する前に、知性体と霊体(スピリチュアル・ボディ)の完全な結合、結婚が起こらなければなりません。ここに地球人と天界人との相違があります。※

※(訳者注)
  この「天界人」が何を指すのか、これだけでは分からない。もし白色同胞団で言う「イニシエーションを通過した覚者」を指すなら、彼らはすでに知性体を離脱しているから分かる。またスピリチュアリズムで言う「雲界の高級人霊」を指すなら、彼らは幽体を離脱しているし、高級な理性の媒体である霊体になっているから、天界人といえる。あるいは進化した異星人なら、知性体の領域をすでに超えていようから、天界人ともいえる。
  このたびの地球の次元アップは、肉体や幽体をつけたまま、それが浄化されて人々が神人のようになると言われる。とすると、新人類は肉体・幽体、中には知性体まで統御して、霊体を生かしながら生きるようになるから、これらの結婚が起こるといえる。この下位媒体をつけたままのいわば「神人」つまり「新地球人」と、これらを既に離脱している天界人とは明らかに相違がある。
  また「太陽が霊を代表し、月が魂を代表する」とは? 霊とは神の火花、つまり神の分身である。魂とはこの霊が色々な媒体に包まれた状態を言う。つまり、太陽(日)が霊(ヒ)であるのに対し、月は魂(物的媒体をもつもの)即ち地(ツチ)である。故に日と月は天と地をそれぞれ示す。日月神示は興味あることを言っている。「このたびの大浄化は日の神と月の神の合体、それによりミロクの世が来る。日と月の神の一体化が日月大神、みろくの神である」と。これはまさに新地球人、新地球人は日と月の神の一体化した姿である。
 [日月神示](四八六)
  日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり。月の神ばかりでもならず。そこで月の神、日の神が御一体となりなされて「ミロク」様となりなされるなり。日月の神と現れなさるなり。「みろく」様が日月の大神様なり。

人生の目的はすべてのいのちと兄弟になること

  目に見えない世界に近づくにあたり、人はその心に純粋な愛をもたねばなりません。まず第一に兄弟である人間への愛、次にすべての創造物への愛です。人間は四大の精霊を愛さないといけません。なぜなら、精霊たちは人類を救うために働いておいでの大師がたを助ける大きな役割を果たしているからです。現在の状態では、人間と四大の精霊との間には戦争状態が存在します。人間が進歩していくにつれ、平和が生まれ、友愛が生じ、そしてほとんどまさに両者間の結婚が実現しましょう。結婚といっても人間的な意味でなしに、天界的な意味です。人間と精霊との間には、このような友愛と調和が実現されねばなりません。
  上記の生命の真理は、イエスの行なった奇跡の中で実演されております。イエスが水の上を歩きましたね、それから嵐を鎮めましたね、あれです。これには一つ以上の意味があるのです。しかしさしあたり、次のように申しておきましょう。イエスの水上歩行は、イエスが水の精霊を、つまり感情を完全に統御していたことを示したものです。水の精霊は感情に深く影響しますからね。
  イエスは沈みませんでした。彼の兄弟たち、つまり水の精霊がイエスを支えてくれたのです。それで、イエスは弟子を支えることが出来ました。その間、イエスは弟子が信念を持ち、主を信じるように仕向けました。この同じ事がイエスが嵐を鎮めた時にも起こりました。風の精霊たちシルフが、イエスの命令に従ってイエスを助けに来てくれました。
  四大(土・風・火・水)の精霊たちを本当に統御するためには、人は神のようにならねばなりません。すべてこれ愛、すべてこれ優しさ、そして前に述べた太陽力に満たされることです。このような人が精霊たちの尊敬をうけ、その愛をかちとるのであります。
  次のことを心にとめておきなさい。皆さんの人生の目的は、先ず第一に「自我意識の成長」です。次に「グループ意識の成長」です。つまり全生命が兄弟姉妹であるとの意識に達することです。皆さんは瞑想中に、しばしばこの同胞愛が実現したように感じて、深い喜びを味わうことがありますね。これはもちろん、本当の霊的交流があったのです。つまり、魂の方がまわりのものの願いを感じとるところまでいったのですね。
  これと同じ程度に、個々人が進歩していくにつれ、全人類がこぞってこの兄弟同胞愛の地点に、それを感知するところまでいきます。その時、戦争と紛争が消え、天使らと人間との同胞性が現実の生活として実現をみるでしょう。

人間の意識の進化の階段

  今日こんなことを言っても、誰も信じてくれないでしょう。しかしながら私共はここで繰り返します。自我意識の次の段階は、人類はみな兄弟であるこの真実の関係を知る段階に入ることです。その次に意識の拡大が起こり、神意識すなわち宇宙意識に入ります。そして更に次の段階は太陽意識、つまり太陽ロゴス意識の段階です。このことは皆さんのはるか前途で起こります。
  しかしながら、われわれの言葉を読みとり、この真理に心を深く向けなさい。なぜなら、未来生活のこのヴィジョンがあればこそ、現在の皆さんの努力がどんな苦労どんな骨折りにも値すると、そう思えるからです。心にとめておきなされ。皆さんがもしこの霊の言葉に耳を傾けて下さるなら、皆さんこそは、やがて宇宙意識と太陽意識が全人類に実現される日のために働いているパイオニアなのですぞ。世界が現在のこの混沌の状態にいつまでもとどまってはいないことを知りなさい。

自己放棄の準備をしなさい

  さて、ある種の天体的な力というものが存在し、これが人間に「どうすることもできない」という気を持たせます。この力は、一方では与え、他方では奪います。このような力があなたから奪い取ります。それを、あなたはどうすることもできないのです。
  たしかに、この力はあなたが「これは良い」とか「これは好きだ」と思っている所有物や環境を、目に見える世界で奪います。しかし、神は与えることなしに取ることをなさいません。片方で取られたら、それを別の形で、他方で与えてくださいます。これが神の慈悲、神の愛です。
  それゆえに、イニシエーション(魂が目を覚まして一段一段と進歩の階段を上ること)の玄関へ歩を進める候補者のみなさんは、準備をしておかねばなりません。自己放棄の十字架(クルス)、磔刑(たっけい=はりつけの刑)を歓迎する準備を。
  強く成長する魂、内に炎が明々と燃え始めている魂は、心を乱すことなく喜びをもって全放棄に直面いたします。なぜなら、この賢い魂は次のように知るからです。「失われるものは目的を果たしたのだ。お役に立ったのだ」と。
  それに、何か良いものが待ち受けています。それが霊的なものか物質的なものか、本人にはわかりません。私たちは静かに十字架に直面しなければなりません。「過去の灰の中から新しい生命が誕生するのだ」ということを知って。

放棄とは何か 〜 その本当の意味

  苦痛、そして災厄――それはしばしば訪れます。それは明らかに魂がしてはいけないことに執着するからです。しかし、この教訓を学び終えると、つまりすっぱり棄てる気になると、そこに新しいチャンスが来ます。大きな祝福が現れます。
  みなさんはこう尋ねられる。「世間や人間関係を棄てよとおっしゃっても、どちらも人生には必要なものです。どうすればいいのですか」と。
  兄弟・姉妹、息子・娘、父と母、 この人間関係が不要なら、神は創造なさらなかったでしょう。だから人間関係は必要なのです。これがあるがゆえに、人は人間感情を通しての経験から学び、身につけます。しかし、大事なことは、人はパーソナリティ(地上生活の個我――小我)にとらわれてはいけないのです。個人的な人間関係、俗世間的な所有、立場、欲求などの奴隷になってはいけないのです。
  「世を捨てる」とは、世間から引っ込んでしまうことではなく、人はすべてを放棄しても、ちゃんと人間関係を続けていきます。しかし、その内部は自由となります。なぜなら、もはや心の奥底では何も望まないからです。ただ聖なる光に近づきたい、その聖なる光と一体になりたいという願望以外に何もなくなります。俗世間的な低級我、願望、野望、それらの放棄です。

神の国を開く鍵は心臓にある

  それでは次の段階に目を向けることにしましょう。それはキリスト(神霊)の愛で燃える心臓で象徴されます。皆さんが瞑想を続けていると、次第に光線を出している光として、心臓を意識するようになるでしょう。心臓チャクラは太陽のようなものです。それはまさに「あなた」という太陽系の太陽です。
  未来の人類は心臓でものを考えるようになるでしょう。現在では、人々は脳の心で考えております。この頭脳の心が非常に発達したので、心臓の中の光をほとんど消しています。しかし、新時代の人々は心臓の中に住む神の心からものを考えるようになるでしょう。
  すでに直覚で対応している人たちにはそれが始まっています。彼らは頭脳の心を制御できるので、それが静止状態になっているのです。もしあなたが静止状態で心臓にしゃべらせるようにすれば、自分の欲する結果が得られることがおわかりになります。ただし、それは〈感じ〉という形で、直観でやってきます。
  古代の聖同胞団で問題とされた秘密の一つは、神の王国を開く鍵の所在でした。その鍵はどこにあるのか? その回答はこうです。「その鍵は心臓にあり」。

本当の愛とは?

  愛のこの道には、なお幾多の落とし穴や惑わしがあります。感情というものは、しばしば愛で迷うものです。感情には感情の居場所があります。感情は愛ではありません。居場所を間違えた愛――それが人への奉仕の目をふさいでしまいます。すなわち、他者に愚かな与え方をして、その欲望を満たさせ、それが間接的に自己の欲を満足させるのです。
  その実例を盲愛の母親に見ます。
  彼女は子供が要求するものを何でも与えます。それが愛だと思って――。その結果はどうでしょう。子供は幸福になり、成長する機会から全く縁遠い者となります。母親が子供からすべての自己表現と発展のチャンスを奪い取るのです。
  賢い母親は何でも気前よく買い与えません。それは冷たいとか、つれない母親というのではありません。むしろ、母親の愛が大きくて、母親は子供が経験を積むのに必要なものをハッキリ見ているのです。子供が自分で物事を決めるようにしつけがなされるのです。
  子供を喜ばせよ、慰めよ。それはその通りです。しかし、強くしてあげなさい。自分で物事を決めるようにさせなさい。経験を身につけるようにしてあげなさい。甘い物の与えすぎが子供を病気にします。むやみに人の欲望を満足させ、それが愛だと思って望む物を何でも与えれば、意地悪の攻撃をしているのと同じことです。人を傷つけています。

動物と植物への愛

  愛に生きようとする人は、不用意な言葉で他者を害しないように、注意深くあらねばなりません。優しく語りなさい、思慮深く。剣の一振り、それが人を傷つけます。愛である主の弟子は、いかなる場合も人を傷つけません。されば親切さ、無害さ、これが全生活を覆っています。いかなる生命をも傷つけないようベストを尽しなさい。これが愛です。
  人生には数多くの残忍が存在します。利己主義、どん欲、カッとなる激情から生まれる無慈悲な残虐性、そして無知や無思慮から生じる残忍もあります。
  簡単なたとえを使って申しましょう。あなたに動物の友、たとえば犬がいるとします。あなたがその犬を愛するなら、猫可愛がりに可愛がったり、空騒ぎをしたり(または勝手放題をさせたり)はしません。犬が本当は何を望んでいるかを理解します。そうしてそのための世話をします。あなたの小さな友を愛するとは、その求めるところに心を配ることです。
  そのようにまた花にも、自然の王国は人間の世話を必要としています。即ち人間は花の成長に、花を切ることに、花で部屋を飾ることに、責任を負っているのです。これらの花は敏感なのです。自分の内に生命力がありまして、あなたの愛を求めています。愛の心が向けられることを望んでいます。すなわち、あなたから知って貰いたいと願っているのです。
  (神への)道にある者は、動物を、植物を愛しようとします。これらが神の部分、あなた自身でもある、生命の表現体であることを理解しているからです。彼は動物王国と植物王国に敬意を払います。人類の兄弟に敬意を払い、愛するのと同じように。

愛とは内在の光への敬意である

  皆さんはこう言うでしょう。「生命の法に違反する事をやっている連中を、どうやって尊敬できますか」と。尊敬しなさい。あなたは相手の内に住む者を知っていますね。それを尊敬しなさい、それは神の光です。外に表れようと、姿を顕わそうとしているものですね。
  子供は絵を描きます。その努力の成果は美しいとは限りません。でも彼らはベストを尽くしているのです。私たちの兄弟も絵を描きつつあるのかもしれません。世界に絵を示そうとしているのかもしれませんね。それは魅力的ではない絵ではあるけれども、表現の形式なのです。成長の形なのです。そして、それは私たちには結構とは言い難いけど、一つの奉仕の形式なのです。
  皆さんには、いわゆる悪や醜いものが奉仕の形式だなんて、とても理解できないでしよう。しかし、それはそうなのです。愛に生きる人のとる態度は、生命に貢献する〈嘉きもの〉を常に認めようと努力することです。

 *****



http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/WhiteEagle.html

シルバーバーチ Silver Birch の霊訓

 チャネリングについての勉強で最初に出て来たシルバーバーチ Silver Birch についてごく簡単にまとめました。膨大な数の文章が残っておりますので、こちらでご紹介するのはごく浅い内容に留まります。


◇ シルバーバーチの始まり

 1920年、イギリス人青年モーリス・バーバネル(Maurice Barbanell、1902-1981年)が初めてチャネラーとなって語った霊とされているものの名称であります。1924年には彼はイギリス人ジャーナリスト、ハンネン・スワッファーと出会い、以後イギリスのロンドンにある彼の自宅で霊交会を行うようになりました。この霊交会をハンネン・スワッファー・ホームサークルと名づけ、モーリス・バーバネルに入神するシルバーバーチはこの霊交会において指導霊としての地位を築き、以後60年間に渡って近代心霊主義的教訓を説いて来たとされます。バーバネルは、1932年にスワッファーらの支援を受けて心霊主義専門新聞「サイキック・ニュース」を創刊し同紙の編集の中心となって「シルバーパーチの霊訓」を掲載し続けました。


◇ 「シルバーバーチの霊訓」

 「シルバーバーチの霊訓」は、現在、トニー・オッセン著、近藤 千雄 訳で日本語もものが多数出版されております。その中から、「日本のシルバーバーチファンの皆さんへ」と題した序文をご紹介いたします。シルバーパーチの最初の出現が説明されております。

シルバーパーチ本

 *****

シルバーバーチの霊訓
〜 地上人類への最高の福音 〜

日本のシルバーバーチファンの皆さんへ

 私が思うに、世界の大きな宗教のほとんどが死後の生命を約束しておりますが、それを一個の宗派の信者のみのものとしてではなく人類すべてのものとして、つまり一つの“事実”として証明しているのはスピリチュアリズムだけである――そう申し上げて間違いないでしょう。その根拠はといえば、すでに他界している愛する人たちがその死後の世界から戻ってきて、いわゆる霊媒――死者の霊の姿を見たり、声を聞いたり、その存在を直感できる人――を通じて、死後もなお立派に生き続けていることを立証してくれているからです。

 さて、今世紀初めのことです。みじめな貧民層が軒を並べて生活していたロンドン東部地区に、モーリス・バーバネルという青年が住んでいて、商売のかたわら、ある社交クラブに所属していました。そのクラブには各界の著名人が集まり、誰かが講演をして、それに反論して議論の輪を広げていくのが彼の役目でした。ところが、ある日の会合でスピリチュアリズムについての講演があった時に彼はなぜか、自分はスピリチュアリズムについて何も知らないのでと言って討論を拒否し、半年の猶予をいただきたいと申し出ました。本格的にスピリチュアリズムなるものを勉強してみようと決心したのです。
 それからのちの経緯(いきさつ)は長くなりますので割愛させていただき、結論だけを申し上げれば、勉強のために何度か交霊会を訪れているうちに、いつの間にか自分自身が霊媒となっておりました。そして、彼の口を使ってシルバーバーチと名のる高級霊がしゃべるようになり、以来六十年にわたって、毎週一回、晩年は月一回の割で出現し、地上生活と死後の生活に関するあらゆる問題についての教えを説いたのでした(詳しくは『霊性進化の道しるべ』巻末のバーバネルの遺稿《シルバーバーチと私》を読まれたい)。それが六十年間も続き、その間に説かれた教えがバーバネル亡きあと今なお世界中で愛読されているという事実は、シルバーバーチを指導霊とした交霊会が、まやかしのない、真実そのものに根ざした、よほど堅固なものであったことを物語っております。
 残念ながらシルバーバーチは地上時代の姓名を名のらないままで終わりました。自分が説く教えそのもので勝負したいからだと言い、かりに地上時代はファラオ(古代エジプトの王)だったとしても、それを立証する手だてがない以上、結局は意味がないことになる、と言うのです。シルバーバーチという霊について分かっていることは、三千年前に地上で生活したことがあるということ、それが地上時代にインディアンだった別の霊を霊界側の霊媒として使用し、そのインディアンの立場で通信を送ってきたということだけです。それも本当かどうか分からないではないか、とおっしゃる方がいるかも知れません。確かにその通りですが、六十年間に交霊会に訪れた人の中で霊視力をもった人は、みんな口を揃えて、確かにインディアンの容姿が見えたと述べています。中でも霊視力をそなえた画家のマルセル・ポンサン氏が描いた肖像画は、叡智あふれるインディアンの風貌をしており、それが一応シルバーバーチであるとされています。
 シルバーバーチの教えには多くの特質がありますが、私が思うに、その中でもとくに大切なのは、人類は全体として一つの大きな家族であり、民族の別、肌の色の違いに関係なく、地上のすべての人間が霊的に結びついているということです。この事実の理解が無いところに、飢えと戦争が絶えない原因があるというのです。シルバーバーチの説く教えにそった生活が営まれるようになれば、地上世界は平和と豊かさに満ちあふれることでしょう。飢えに苦しむ者も貧しさに泣く人もいなくなることでしょう。

 私はこれまでに、シルバーバーチの教えを何冊かの本にまとめましたが、そのたびに、表現の見事さに感嘆させられております。用いる言葉はいたって素朴なのですが、その意味するところが実に深遠なのです。どうか、日本におけるシルバーバーチの霊言の愛読者の皆さんが、本書の中に新たな安らぎと確信と導きと喜びを見出されるよう、心から祈っております。

トニー・オーツセン

 *****



◇ 「シルバーバーチの霊訓」の思想

 ここで「シルバーバーチの霊訓」からその思想となっているものを分類しましたのでご紹介します。

01.教えの目的

 チャネラーであるモーリス・バーバネルを通じて説かれたシルバーバーチの教えは、人類がまだ知らない話や、人間はスピリチュアルな存在であるという認識やその他様々な真相を伝えるためのものとされます。人はスピリチュアルな真相を知ることで充実した人生を送ることができ、貧困、飢餓を撲滅し、動物愛護の精神を受けることができます。

02.人間の存在

 人間は身体(body)と精神(mind)と霊(spirit)の三つの要素が常に一体となったものだが、物理的身体(肉体)は乗り物で、霊こそが真の姿とされます。精神や霊は守護霊の意識であり、身体を操作する守護霊しか存在しないと説いています。

03.霊の世界

 霊の世界では、各自が、己の霊性の成長度にふさわしい階層に存在するとされます。ちまり、知的・道徳的・霊的成長度に応じた階層に各霊たちは振り分けられているそうです。他の階層との違いは、そこに住まう霊の質の違いです。霊的に高い次元にいる人ほど、質的に高いということです。他人への思いやりが強いほど、慈悲心が大きいほど、自己犠牲の意識が高いほど、地上界にあっても無意識的に高い階層に生きていることになります。

04.生命の誕生の意味

 何も知らずに地上に誕生することはなく、霊自身は自覚しています。地上に生まれてくる目的は霊によって様々ですが、大抵は欠けた部分を手に入れる経験を補完するため、前世での罪を償うための二つに大別されます。地上で奮闘することで霊性に磨きが掛かり、後に霊界へ帰って来た時により高い階層に行けるようになります。
 シルバーバーチは妊娠中絶について、「中絶は殺人と同じであり、高級霊は中絶を支持するものではない。いつの日かその人たちはその中絶行為のために地上に誕生できなかった霊と対面させられることになるという事実を知れば、そうした行為はずっと少なくなるものと私は考えております。妊娠の瞬間からそこに一個の霊としての誕生があり、それはけっして死ぬことなく、こちらの世界で生長を続けるのです。」と述べて、これを否定しております。

05.睡眠と覚醒

 人間は睡眠中、一人の例外も無く、幽体が肉体から脱け出ています。「起きる(目が醒める)と言うのは守護霊が人間という動物に意識を与え動かすことを開始することを言います。「寝る(入眠)と言うのは、守護霊が人間という動物の操作の仕事を今日1日終えたことを意味します。

06.死の意味

 死に際して人間は、物的身体と霊的身体を繋ぐライフラインである「魂の緒(シルバーコード)」が伸びて行きながら完全に切断されます。その為、肉体の死とは、終わりではなく「霊的生命の誕生」であり、物的(マテリアルな)身体が活動を停止するに過ぎず、霊的(スピリチュアル)には記憶や人格はそのまま存続するとされます。これが肉体の死、或いは第一の死と呼称されるものであります。
 霊(スピリット)こそが本来の自分であり、火葬の炎さえその精神と魂を滅ぼすことはできず、死後にも霊的なあなたが存在しています。火葬は死後間もない霊の、肉体への執着を消す効果があるので、シルバーバーチはこれを推奨しています。ただし、次のように述べています。「ぜひ知っていただきたいことは、火葬までに最低三日間は置いてほしいということです。というのは未熟な霊は肉体から完全に離脱するのにそれくらい掛かることがあるからです。離脱しきっていないうちに火葬にするとエーテル体にショックを与えかねません。」。
 死後において、肉体から解放されたスピリットには新たな感覚器官が宿り、活動範囲も飛躍的に拡散します。いわゆる「故人」も相変わらずこの宇宙で生き続けており、地上圏に戻ろうと思えば自由に戻れるし、現に戻っているスピリットもいます。死は肉体という名の牢獄からスピリットを解放するだけであります。人間は死を恐れ、遺族は死を悲しみますが、霊界(自分の本来の住処)の者にとってはスピリットが肉体から解放されたとして喜び祝っているとされます。

07.輪廻の意義

 シルバーバーチは輪廻転生は存在するとします。しかし、それは限界があり、いずれは地上への再生から卒業していきます。高級霊が人々への感化のために降りてくるケースも稀にはありますが、多くの場合は、欠けた部分を手に入れる経験を補完するため、前世での罪を償うための二つの理由であります。再生する場所や形態は、目指している目的を達成するのに最も適切だと思われるところ、決定的なタイミングで国、民族、性別、体質、家族を選んで再生します。人のために役立つこと、滅私の行為、自分より恵まれていない人に手を差し伸べる行為、弱い人に力を貸してあげる行為、重荷を背負い過ぎている人の荷を少しでも肩代わりしてあげること、こうしたごく当たり前のことこそ霊的資質を発揮する行為であり、本当の意味での宗教であると言っているのです。前世の記憶は、潜在意識の奥深くまで探りを入れれば思い出すことができますが、地上の人間がその域に到達できるかは疑問であります。そんなことよりも、生きる意欲を失くしている人のところへ出かけて行って元気づけてあげ、疲れた人に眠る場を与え、飢えに苦しむ人の空腹を満たしてあげ、渇いた人の喉を潤してあげ、暗闇に閉ざされた人の心に道徳の明るい心を灯してあげることです。

08.霊界の階層

 霊界では魂の偉大さ、霊性の高さ、つまり奉仕的精神、人や動物への愛の強さが重んじられ、地位は地上時代に培った霊性の成長度によって決まります。その昔、霊覚者たちを鼓舞し洞察力と勇気、奉仕への熱誠と願望を与えた霊力は、今日でも我がものとすることが出来るのです。障害をもって生まれてくる子供には、その魂にそれなりの埋め合わせの原理が働いているものです。正常な身体を持って生まれた子供よりも優しさ・寛容心・他人への思いやり等の強い性格をしていることがあります。地上で同じ事をしたとしても、それを利己的な目的で行ったか利他的な目的で行ったかで評価が逆転します。地上での偉人が必ずしも霊界でも偉いとは限りません。

09.霊界の生活

 霊界では、上層階へ進歩するほど目の当たりにする光景は躍動的です。触れた人の精神を高揚させます。霊界の人々は思念で通じ合えるため言語上の問題は発生しません。霊界には無限の種類の楽しみがあるとされます。

10.地上

 地上界は体験を積むための学校です。その学校はまだ完全ではありませんが、あなた方もまだ完全ではありません。精神を修養し霊性を鍛錬して他人のために役立つことをする練習をしております。失敗から教訓を立ち上げ、そこから学ぶ、そのために地上に生誕しているのであり、初めから全く失敗しないほどの人格者ならば地上に降誕するはずはありません。

11.摂理

 良い行いをすれば霊性が向上し、利己的な行いをすれば霊性は悪化します。それが自然の摂理であり、誤魔化しはできません。いくら懺悔を述べても、悪行がもたらす結果からは逃れられません。神は法則であります。それさえ理解すれば、人生最大の秘密を学んだことになります。なぜなら、自然界が不変にして不可変、全智全能の法則によって、統治されていることを知れば、宇宙の創造活動の大機構の中にあって、誰一人として忘れ去られることがないと知るからであります。

12.シルバーバーチの存在

 シルバーバーチは霊媒であるバーバネルの所属するハンネンスワッハー・ホームサークルの守護霊であります。神界と物質界の中間階層に存在し、3000年位前の古霊(元人間)とされます。現世に直接影響できない為に、地上で生活していたアメリカ・インディアンの霊を仲介してバーバネルよりスピリチュアルなメッセージを人間界に伝える使命を帯びて地上に戻ってきたスピリットであります。ちなみにそのようなスピリットにホワイト・イーグルが存在しておりますが、シルバーバーチはホワイト・イーグルのことを「同志」と呼んでいます。

13.使命

 シルバーバーチの言葉から、、、

 *****

 「他のことは信じなくてもこれだけはぜひ信じてください、たった一つの魂を光明へ導いてあげたら、あるいは飢えに苦しむ人に食を与え、のどの渇きに苦しむ人に飲み水を与えたら、地上の全財産にも勝る大切なことをしたことになるのです。地上を少しでも住み良い場所、明るい場所-空腹を抱えた人が飢えを満たし、のどを渇かした人が飲み水にありつき、貧しい人たちがその疲れた身体を横たえる家を得て神の恩恵に浴せるようにしてあげれば、それこそ“最高の教え”を実践していることになるのです。私が常々申し上げているのは、殺害の観念がつきまとう食糧品はなるべくなら摂取しないほうがよいということです。他の生命を略奪しておいて、その結果として自分に及ぶ苦しみから逃れられるものではありません。略奪行為は略奪者自身にとって危険なことなのです。共存共栄こそが摂理なのです。殺すということは絶対にいけないことです。ただし、その動機を考慮しなければならない場合があることは認めます。霊的向上を望む者は、いかなる犠牲を払っても大自然の摂理と調和して生きる覚悟ができていなければなりません。人間の責任は人間同士を超えて草原の動物や空の小鳥にまでおよんでいます。抵抗するすべをしらない、か弱い存在に苦痛を与えることは、ぜひとも阻止しなくてはなりません。装飾品にするために動物を殺すことは、神は許しません。人類が自分たち以外の創造物への責任を自覚する段階に至れば、当然、殺生はできなくなります。神は、子等が動物への略奪と残忍な行為によって健康になるようには計画しておられません。人間の健康を動物の犠牲のもとに獲得することは神の計画の中にはありません。すべての病気にはそれなりの治療法が用意されております。その神の用意された自然な方法を無視して動物実験を続ける限り、人間の真の健康と福祉は促進されません。動物はそんな目的のために地上に生をうけているのではありません。人間の方が動物より大切な存在である、よってその動物を実験台として人間の健康と幸福の増進をはかる権利がある、という弁解をするのですが、これは間違っております。みなさんは動物への残虐行為を減らし、もっと良い方法、哀れみに満ちた手段を教えるための努力をすべきです。全生命の同一性を理解しておられる皆さんは、下等な存在と見なされている動物が本来の権利を存分に発揮できるようにしてあげるための闘争に嫌気がさすようなことがあってはなりません。虐待、残忍、苦痛、無益な流血への挑戦を続けてください。その価値ある闘争におけるあなたの役割を存分に果たしてください。最後はかならず善意が愚行に打ち勝ちます。愛と慈しみと寛容の精神が地上にみなぎった時、動物の残忍性も消えて、それこそライオンと羊が仲良く寄りそうようになります。あらゆる残虐行為、とりわけ無意味な殺生は絶対に止めなくてはいけません。小鳥や動物に対して平気で残酷なことをする者は、人間に対しても平気で残酷なことをするものです。動物への残忍な行為を見て心を痛め涙を流す人は、いつかはきっと勝つのだという信念のもとに、勇気をもって動物愛護のための仕事を続けてください。イエス個人としては動物を始めとする全ての生命に愛情をもっていても、使命達成のために、その教えをできるだけ制限したのです。イエスは例の黄金律を説きました。すなわち“汝の欲するところを人に施せ”ということですが、この真意を理解した人なら、他のいかなる生命にもむごい仕打ちは出来ないはずです。私達の説く真理は、最後は地上のすべての人間、それも地上に生きているうちに実生活に応用することによって実地に学ばせるために、地上のすみずみに至るまで広められるべき使命を担っているのです。今度は代わってあなた方が、その知識を自分にできる範囲内で広めなければならないのです。

 *****

チャネリング Channeling(= 交信)

 これまで、私自身、ヘミシンクのエクササイズの中で、旧友である故人と再会したり、その後も少しずつガイド?、ハイヤーセルフ?、と言って良いのか?、先行してやってくる動物たちの次に現れる知的生命体からの言葉を受け取る経験をして参りました。また、エクササイズの中では、視覚として誰か人物が現れることなしに、突然、「直感」として心に出現するものに出会うこともしばしばです。これも、ある意味、未知の存在からのメッセージと言えるかも知れません。今日は、ガイド?、ハイヤーセルフ?との「交信」=「チャネリング Channeling」についてまとめてみました。

交信へのプロセス
ヘミシンクでの交信(チャネリング?)のプロセス:まず犬が駆けて来て、そこにカラスがいて、猫、オオカミの順で現れ、豹の後に知的生命体との交信あるいは直感が出現することが多いです


◇ チャネリングの概念と歴史

 常識的な通信手段では情報をやりとりできないような相手、例えば、高次の霊的存在、神、死者(霊界人)、宇宙人、未来人など、とコミュニケーションをすることとされます。チャネリングを行う人は「チャネラー Channeler」と呼びます。本来は、「向ける」、「集中させる」、「水路を開く」と言う意味の“Channel”の動名詞形で、1980年代の米国においてニューエイジ思想が発達するのに伴い一般化した用語、概念であります。

 霊、神、死者、宇宙人、未来人などとのコミュニケーション
 ニューエイジ思想が発達するのに伴い一般化


 英国において、1920年ころモーリス・バーバネルによるチャネリングが「シルバーパーチの霊訓」として始まり、1930年ころよりホワイト・イーグルがグレース・クックをチャネラーとした霊示を伝えたとされます。日本では、アメリカ人のダリル・アンカ(1951年10月12日-)がバシャールと呼ぶ地球外知的生命体とチャネリングをするとして、1987年に初来日、日本の精神世界・ニューエイジを信奉する人々の間に大ブームを起きました。最近では、半田 広宣 氏により提唱されている冥王星のオコツトのヌース理論と言うのもあります。

 シルバーバーチ Silver Birch:モーリス・バーバネル
 ホワイト・イーグル White Eagle:グレース・クック
 バシャール BASHAR:ダリル・アンカ
 冥王星のオコツト:半田 広宣(ヌース理論)


 なお、チャネリングは民俗学者や人類学者ならば「シャーマニズム Shamanism」という用語で分類する分野におおむね相当し、「チャネラー」は従来の表現で言えば「霊媒(medium)」に相当します。

 チャネリングは従来のシャーマニズム?


◇ チャネリングの別の考え方

 近年では、特別な能力者でなくともチャネリングが可能であると提唱しているチャネラーも存在します。本ブログの出発点の一つともなったヘミシンクを発明した、モンロー研究所の考え方として、6月7日の瞑想/ヘミシンク関連記事で申した通り、「直感」はどこから来るのか?、「直感の源」とは、「向こうの世界との交信」に他ならない、すなわち、ガイドやハイヤーセルフからのチャネリングと言う位置づけで扱われております。「直感」は人間、誰にでもあります、と言う事は、全ての人間に、「直感」と言うかたちで、「向こうの世界との交信=チャネリング」は起こっていると言うことになりますでしょうか?

 特別な能力者でなくともチャネリングが可能?
 直感の源は向こうの世界とのチャネリング?


 一方、ウィキペディアでチャネリングを検索しますと、「これを行う人物としてエドガー・ケイシーが知られる」との文章がありますが、昨年の5月23日に取り上げた「アカシックレコード(アカシャ年代記)」の読み取り手 = アカシックレコードリーダーは、個人の記録は個体を取り巻くオーラの第7層 ケセリック体に存在し、地球の記録は地上130-300 kmの電離層に存在する、過去と未来のデータベースを見ているのであって、霊、神、死者、宇宙人、未来人などとのコミュニケーションとは異なる範疇で考えたく存じます。

 アカシックレコードリーダーはチャネラーと異なる範疇

 チャネリング概念の歴史の沿って、「シルバーバーチの霊訓」、「ホワイト・イーグルの霊示」、「バシャールのメッセージ」、「冥王星のオコツト(ヌース理論)」、そして従来からある考え方として「シャーマニズム」などについて、暇をみて勉強しようかと思っております。

ユネスコ記憶遺産 Memory of the World(MOW)

 中韓両国にはよくある話、6月12日の記事から、中国政府は戦時中のいわゆる「従軍慰安婦」と1937年に当時の日本軍が市民などを殺害したとされる「南京事件」の資料を、ユネスコ(=国連教育科学文化機関)の「世界記憶遺産」に申請、「従軍慰安婦」については韓国も関連資料を記憶遺産に登録することを目指している、とのことです。

中国記憶遺産申請の記事

 活字にする気にもならない、相変わらずこの二国は我が国に対する対日歴史糾弾外交を継続するおつもりのようです。これに対して、菅 義偉 官房長官は「(ユネスコの記憶遺産を、)中国が政治的に利用して、日中間の過去の一時期における負の遺産をいたずらに強調することは極めて遺憾だ」と述べ、中国側に抗議し、申請を取り下げるよう求めております。

 日中、日韓関係については別の機会に譲り、ユネスコ記憶遺産 Memory of the World(MOW)、あまり聞き慣れない言葉であり、ちょっとまとめてみました。


◇ ユネスコ記憶遺産の概念

 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が主催する事業の一つ、危機に瀕した書物や文書などの歴史的記録遺産を最新のデジタル技術を駆使して保全し、研究者や一般人に広く公開することを目的とした事業でああります。人類が長い間記憶して後世に伝える価値があるとされる書物などの記録物(動産)を、ユネスコ事務局長の任命する委員によって構成された国際諮問委員会を通じて1997年から2年ごとに登録事業を行っています。
 事業の主要目的は、世界的な重要性を持つ記録遺産の最も適切な保存手段を講じることによって重要な記録遺産の保存を奨励し、デジタル化を通じて全世界の多様な人々の接近を容易にし、平等な利用を奨励して全世界に広く普及することによって世界的観点で重要な記録遺産を持つすべての国家の認識を高めることとされます。


◇ 選定基準

 世界歴史に重大な影響をもつ事件・時代・場所・人物・主題・形態・社会的価値を持った記録遺産を対象とします。記録遺産の申し込みは原則的に政府および非政府機関を含むすべての個人または団体ができます。まず、申請者はユネスコ本部内の一般情報事業局に申込書を提出して1次検討を受け、審議は1国で2件までであり、3件以上の申し込みがあれば、ユネスコから国内委員会へ2件に絞り込むよう照会が行われます。最終決定は2年ごとに開かれる国際査問委員会定期総会で下されます。認定を受ければユネスコから給付金が支給されるとのことです。

【一次的基準】
 1. 影響力
 2. 時間
 3. 場所
 4. 人物
 5. 対象主題
 6. 形態及びスタイル
 7. 社会的価値
 8. ほか

【二次的基準】
 1. 元の状態での保存
 2. 希少性
 3. その他

 以下、これまでにユネスコ記憶遺産として認定されたものを、地域別、国別に列挙いたします。全てを網羅してはいないかも知れません。


◇ 北アメリカ

01.アメリカ合衆国

・映画「オズの魔法使い」(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー制作、
 ヴィクター・フレミング監督、1939年)= 2007年

オズの魔法使い 映画

02.カナダ

・アニメ「隣人」(ノーマン・マクラレン監督、1952年)= 2009年


◇ ヨーロッパ

01.イギリス

・ソンムの戦い:第一次世界大戦における最大の会戦 = 2005年

・1940年6月18日の演説“Appeal of June 18”= 2005年

・ヘレフォード図:1300年頃、中世の思想を反映した世界地図 = 2007年

ヘレフォード図

・英国カリブ領の奴隷達の登録簿 1817-1834 = 2009年

・マグナ・カルタ(大憲章):イングランド王国ジョン王制定= 2009年

02.ドイツ

・Early cylinder recordings of the world's musical traditions
 (1893-1952) in the Berlin Phonogramm-Archiv = 1999年

・グーテンベルク聖書:15世紀ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術
 を用いて印刷した世界初の印刷聖書 = 2001年

グーテンベルク聖書

・The literary estate of Goethe = 2001年

・ベートーヴェンの交響曲第9番 自筆譜 = 2001年

ベートーヴェンの交響曲第9番 自筆譜

・映画「メトロポリス」(フリッツ・ラング監督、1926年)= 2001年

・ゲーテとシラーの記録文書におけるゲーテの文学財産

・ライヒェナウ(コンスタンス湖)の修道院にあるオスマン時代に
 作成された装飾原稿 = 2003年

・グリム童話:グリム兄弟(ヤーコプ、ヴィルヘルム)編集のメルヘン集
 = 2005年

グリム童話

・コルヴィナ文庫:ルネサンス期に設立された図書館 = 2005年

・ヴァルトゼーミュラー地図:1507年の世界地図 = 2005年

ヴァルトゼーミュラー地図

・ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツの原稿のコレクション
 の中のゴッドフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ宛て、または
 ライプニッツからの手紙 = 2007年

・ニーベルンゲンの歌:英雄ジークフリートの悲劇的な死と、その妻
 クリームヒルトの復讐劇を描いた国民的英雄叙事詩 = 2009年

・共産党宣言草稿 = 2013年

・資本論初版第1部 = 2013年


03.フランス

・1789-91の最初の人権宣言 = 2003年

・コルヴィナ文庫:ルネサンス期に設立された図書館 = 2005年

コルヴィナ文庫

・1940年6月18日演説(Appeal of June 18)= 2005年

・リュミエールの映画 = 2005年

・十進法システムの紹介、1790-1837 = 2005年

・バイユーのタペストリー:1066年のノルマン・コンクエスト
 (ノルマンディー公兼イングランド王ウィリアム1世による
 イングランド征服)の物語の刺繍画 = 2007年

バイユーのタペストリー

・Pierre de Virey時代のクレルヴォー修道院(シトー会の修道院)
 の図書(1472年)=2009年


04.イタリア

・マラテスティアーナ図書館:イタリア、エミリア・ロマーニャ州
 チェゼーナの公立図書館 = 2005年

・コルヴィナ文庫:ルネサンス期に設立された図書館 = 2005年


05.ノルウェー

・ベルゼンの癩病記録文書 = 2001年

・イプセンの人形の家筆写本 = 2001年

06.デンマーク

・リンネ全集 = 1997年

・アンデルセン(1805-1875年)の原稿筆写本と手紙 = 1997年

アンデルセン

・キルケゴール(1813-1855年、哲学者)の手稿 = 1997年

キルケゴール

・Archives of the Danish overseas trading companies = 1999年

07.オランダ

・アンネの日記 = 2009年

アンネの日

08.スペイン

・トルデシリャス条約:1494年スペイン-ポルトガル間の条約 = 2007年

・Capitulations of Santa Fe = 2007年

・慶長遣欧使節関係資料:慶長18年(1613年)に仙台藩主伊達政宗が
 フランシスコ会宣教師ルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使として、
 スペイン国王フェリペ3世、およびローマ教皇パウルス5世のもとに
 派遣した使節 = 2013年

09.ハンガリー

・タブラ・フンガリアエ:16世紀ハンガリー王国地図 = 2007年

10.トルコ

・Kandilli観測所と地震研究所のオスマン時代原稿 = 2001年

・ボアズキョイのヒッタイト時代の楔形文字タブレット = 2001年

ヒッタイト時代

・スレイマン寺院写本図書館におけるイブン・スィーナー業績 = 2003年

11.アルメニア

・Mashtots Matenadaranの古代写本コレクション = 1997年

Matenadaran.jpg

12.アゼルバイジャン

・医学と薬学における中世写本 = 2005年


◇ アジア

01.大韓民国

・朝鮮王朝実録:李氏朝鮮の初代太祖の時から純宗に至るまで27代
 519年間の歴史を編年体で編纂した1967巻948冊の実録 = 1997年

・訓民正音解例本:文字体系ハングルの古称 = 1997年

・白雲和尚抄録仏祖直指心体要節 = 2001年

・承政院日記 = 2001年

・朝鮮王室儀軌 = 2007年

朝鮮王室儀軌

・高麗大蔵経板・諸経板:大韓民国の伽耶山海印寺に保存されている
 仏教聖典が書かれた木版から刷られた経典またはその版木= 2007年

・東医宝鑑:李氏朝鮮時代の医書 = 2009年

東医宝鑑

・1980年5月18日に大韓民国光州で起きた反軍事政権の民主主義運動
 に関する人権記録遺産 = 2011年

・日省録 = 2011年

02.中華人民共和国

・伝統音楽の録音保存資料 = 1997年

・清内閣秘本書類 = 1999年

・古代ナシ族トンパ文字による記録:中国のチベット東部や雲南省北部
 に住む少数民族の一つナシ族に伝わる象形文字の一種 = 2003年

トンパ文字

・清の科挙合格者掲示 = 2005年

・清王朝の様式雷 = 2007年

・本草綱目:明朝 李時珍(1518-1593年)の薬学著書 = 2011年

・黄帝内経:現存する中国最古の医学書 = 2011年

03.日本

・山本作兵衛による筑豊炭鉱の記録画 = 2011年

山本作兵衛

炭坑画

・慶長遣欧使節関係資料:慶長18年(1613年)に仙台藩主伊達政宗が
 フランシスコ会宣教師ルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使として、
 スペイン国王フェリペ3世、およびローマ教皇パウルス5世のもとに
 派遣した使節 = 2013年

支倉常長像

・御堂関白記:平安時代 摂政太政大臣・藤原道長の日記= 2013年

04.フィリピン

・ピープル・パワー革命時のラジオ放送など3点 = 2003年

05.カンボジア

・ツゥールスレン虐殺収容所博物館 = 2009年

06.タイ

・チュラロンコーンのシャム王国における改革(1868-1910)の
 ドキュメントアーカイブ

・ラーマ・カムヘン王の石碑

ラーマ・カムヘン王

07.ベトナム

・阮朝の木版書

08.スリランカ

・オランダ東インド会社の記録

09.マレーシア

・スジャラ・ムラユ(ムラユ王統記または通称マレー年代記とも
 言う)など4点

10.インドネシア

・オランダ東インド会社の記録

11.パキスタン

・ジンナーペーパーズ

12.タジキスタン

・ウバイド・ザーカーニの"Kulliyat"

・ハーフェズ・シーラーズィーの"Gazalliyt"(19世紀)

13.ウズベキスタン

・アル・ビールーニーの東方研究の調査報告書コレクション

14.カザフスタン

・ホージャ・アフマド・ヤサウィーの原稿:テュルク語の詩人

ホージャ・アフマド・ヤサウィー

15.イラン

・バヤサンゴールのシャーナーメ:ティムール朝王族叙事詩 = 2007年

バヤサンゴールのシャーナーメ

・ラシードゥッディーンのラシード区ワクフ文書補遺写本作成指示書
 = 2007年

ラシードゥッディーン

・サファヴィー朝時代のアースターネ・クドゥス・ラザウィー
 における行政文書 = 2009年

・ビールーニー(973-1048年)の占星術教程の書 = 2011年

ビールーニー

・ニザーミー(ペルシアの詩人)の「五宝」(パンジュ・ガンジュ)
 = 2011年

ニザーミー

16.インド

・オランダ東インド会社の記録

・リグヴェーダ

・ポンディシェリーのサイヴァ写本

・アジア研究学院のタミール医学写本


◇ アラブ

01.レバノン

・フェニキア人のアルファベット (フェニキア文字)= 2005年

・Nahr al-Kalb川の記念石柱 = 2005年

Nahr al-Kalb川の記念石柱

02.サウジアラビア

・初期イスラム時代の碑文 = 2003年

03.エジプト

・スエズ運河の記憶 = 1997年

・スルタンと王子達の業績録 = 2005年

・14から19世紀のペルシア語の彩色・装飾写本 = 2007年


◇ オセアニア

01.オーストラリア

・ジェームズ・クック(1728-1779年、英国の海軍士官、海洋探検家、
 海図製作者。通称キャプテン・クック)の日記 = 2001年

ジェームズ・クック

・マボ判決の原本 = 2001年

・オーストラリアの囚人記録 = 2007年

・「ケリー・ギャング物語」(1906)= 2007年


02.ニュージーランド

・1893年の女性参政権の請願書 = 1997年

・ワイタンギ条約:1840年、ニュージーランド北島ワイタンギで、
 武力衝突が絶えなかった先住民族マオリ族とイギリス王権との間
 で締結された条約 = 1997年


◇ 国際機関

01.国際連合

・国際連盟の文書(1916~46)= 2009年

・パレスチナ難民のUNRWAの写真・フィルム = 2009年

02.赤十字国際委員会

・国際線時捕虜情報局の文書(1914~23)= 2007年


◇ 私見

 ダラダラと列挙してお目を煩わしたかと存じますが、こうして見て参りますとだいたいの傾向はつかめます。戦争を記憶したいとする動きはありました。ソンムの戦い(イギリス)は第一次世界大戦の一部ですし、「アンネの日記」(オランダ)はなんと言っても第二次世界大戦中のナチスドイツによるユダヤ人大虐殺の記録とも言えるものです。しかし、多くは平和的解決を見た文章であったり、国の国家的文化的遺産であります。そして、忘れてはならないことは、正確かつ歴史的事実であることです。
 「慰安婦」は確かに存在したが、それが「従軍」であったこと、「問題」とされることは後からの捏造であると言われています。「南京大虐殺」は、また別の機会に触れたいと存じますが、5万かそこいらしか住民がいなかった南京に日本軍が攻め込んで、35万人もの中国人が虐殺されたとするものです。戦時中の無惨な出来事を否定はしませんが、ここには中国の誇大表現、歴史の書き換えがあります。
 人類が忘れてはならない記憶を「ユネスコ記憶遺産」とするならば、軍人同士の戦いではない、無差別殺人であった「東京大空襲」や「広島、長崎の原子爆弾」も認定されてしかるべきですが、それを日本政府はしません。それは、同盟国、アメリカに対する政治的配慮と言えるでしょう。一方で、捏造された歴史、書き換えられた事実の認定を申請することも政治的な利用と言えます。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ユネスコ記憶遺産の一覧

伊勢神宮 特集

 ちょっとしたきっかけがあって、1つの記念に、伊勢神宮を勉強することとしました。まだ、行ったことはありませんので、今後のための下勉強です。もちろんパワースポットとして興味深い場所であります。

伊勢神宮01

伊勢神宮02


◇ 伊勢神宮概要

 伊勢神宮(いせじんぐう)は、三重県伊勢市にある神社であり、正式名称は地名の付かない「神宮」(じんぐう)とされますが、他の神宮と区別するため「伊勢の神宮」と呼ぶようになり、親しみを込めて「お伊勢さん」、「大神宮さん」とも呼ばれております。本ブログでは「伊勢神宮」で統一させていただきます。
 伊勢神宮に祀られる主祭神は、太陽を神格化した天照大御神(あまてらすおおみかみ、天照坐皇大御神)で、女性の太陽神であり、皇室の始祖でもあります。伊勢神宮は他の神社とは異なり、内宮(ないくう)= 別名、皇大神宮(こうたいじんぐう)と、外宮(げくう)= 別名、豊受大神宮(とようけたいじんぐう)という二つのお宮に分かれております。各々、内宮は約2000年前の垂仁天皇二十六年、外宮は約1500年前の雄略天皇二十二年に建立されました。内宮には主祭神である天照大御神、外宮には、衣食住の守り神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られます。

 内宮(皇大神宮) 約2000年前の垂仁天皇二十六年建立
  天照大御神:女性の太陽神、皇室の始祖
 外宮(豊受大神宮)約1500年前の雄略天皇二十二年建立
  豊受大御神:衣食住の守り神


内宮と外宮
内宮(左)と外宮(右)

 伊勢神宮外宮の社伝によりますと、雄略天皇の夢枕に天照大御神が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の比沼真奈井(ひぬまのまない)にいる御饌の神、等由気大神(とようけのおおかみ)を近くに呼び寄せなさい」と言われたので、丹波国から伊勢国の度会に遷宮させたとされています即ち、外宮の豊受大御神は、元々は丹波国の神とされています。

天照大御神
天照大御神

 内宮と外宮は離れているため、観光で内宮のみ参拝する人が多いですが、まず外宮を参拝してから内宮に参拝するのが正しいとされています。広義には、別宮(べつぐう)、摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)、所管社(しょかんしゃ)を含めた、合計125の社宮を「神宮」と総称し、この場合は、所在地は三重県内の4市2郡に分布します。伊勢神宮は皇室の氏神である天照坐皇大御神を祀るため、皇室・朝廷の権威との結びつきが強い神社であります。
 伊勢神宮は建立された当時は、現在のような隆盛はなく、昔は天照大御神より素盞嗚尊(すさのおのみこと)の方が、神社が各地に建造されており、参拝が多かったようですが、江戸時代に藩制度が敷かれて移動の自由がなくなった代わりに伊勢参りだけは自由に行くことができるようにして、そこから伊勢神宮に人気が出てきたとされます。


◇ 式年遷宮

 式年遷宮(しきねんせんぐう)とは、伊勢神宮において、20年毎に、神体を従前とは異なる本殿に移して、建物を全て新造し、御装束(おしょうぞく)や神宝(しんぽう)を新調する行事であります。記録によると、飛鳥時代の天武天皇がこれを定め、持統天皇4年(690年)に第1回が行われました。その後、戦国時代の120年以上に及ぶ中断や幾度かの延期はあったものの、平成17年から昨年、平成25年(2013年)まで8年間続いた、第62回式年遷宮まで、1323年間行われて来ました。

式年遷宮記念神宮美術館
式年遷宮記念神宮美術館


◇ 伊勢神宮の所管区分

 上述の如く、伊勢神宮は、内宮、外宮、これらを正宮(しょうぐう)と呼びますが、それ以外に、別宮(べつぐう)、摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)、所管社(しょかんしゃ)を含めた合計125の社宮からなっております。外宮と内宮を参拝するだけではなく、別宮も参拝することが推奨されております。

伊勢神宮別宮

 正 宮:内宮、外宮の本殿のことです
 別 宮:正宮の「わけみや」、所属の宮社の中でも重んじられます
 摂 社:「延喜神名式」(927年)いわゆる延喜式に所載された社です
 末 社:神名帳にはないが、「儀式帳」(804年)に載せられた社です
 所管社:正宮及び別宮が所管する社です


◇ 参拝順序

 参拝順序として推奨されているのは、神々にたてまつる食物をつかさどる豊受大御神に参拝したのち、太陽神である天照大御神に参拝するという順番になるので、まず外宮に参拝した後に、内宮に参拝するということになります。宮域にある別宮も参拝する場合は、別宮に参拝した後に正宮に参拝します。また、宮域には別宮以外にも摂社末社があるので、そちらも含めて参拝するとなお良いとされます。以下、代表的な参拝順序として、「外宮から内宮」と「伊雑宮から斎宮」を各宮を供覧しつつご紹介します。


◇ 外宮から内宮へ

01.月夜見宮(つきよみのみや)

位置:豊受大神宮神域外の別宮
祭神:月夜見尊(つきよみのみこと)
   月夜見尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)
鎮座:三重県伊勢市宮後1-1006(近鉄/JR伊勢市駅から500m)
   近鉄/JR伊勢市駅前から南にて10分、外宮から北に徒歩で10分

 月夜見尊皇大神宮別宮の月讀宮にまつられている月讀尊と同じです。太陽神である天照坐皇大御神が、見えるもの、昼を司るのに対して、見えないもの・夜を司るとされます。陰陽で言えば天照坐皇大御神が陽であるのにたして、月夜見尊は陰であり、陰陽の両方があって初めてこの世界が成り立つという構造を持っています。

月夜の宮

02.豊受大神宮(外宮)、風宮(かぜのみや)

位置:豊受大神宮神域内の別宮
祭神:級長津彦命(しなつひこのみこと)
   級長戸辺命(しなとべのみこと)
鎮座:三重県伊勢市豊川町(近鉄/JR伊勢市駅から500m)

 風雨の災害なく稲を中心とする農作物が順調に成育するようにと祈りが捧げられる社でありました。弘安4年(1281)の元冦に際して蒙古の敵軍を全滅に至らしめた神風の功により、別宮に昇格したと言われます。級長津彦命、級長戸辺命は祓戸(はらえど)の神様とされ、神社を参拝するときに、祓う(浄化する)ことで、心身共に清々(すがすが)しい状態で参拝するために、まず最初に参拝する社とも言われます。

豊受大神宮

03.豊受大神宮(外宮)、多賀宮(たがのみや)

位置:豊受大神宮神域内の別宮
祭神:豊受大御神荒御魂(とようけおおみかみのあらみたま)
鎮座:三重県伊勢市豊川町(近鉄/JR伊勢市駅から500m)

 外宮第一の別宮です。豊受大御神の荒御魂がまつられています。和御魂をまつる本宮とは対になっているお宮です。神や人間の霊魂は「一霊四魂」、つまり、一つの霊と四つの魂から成るとされ、一霊は「直霊(ナオビ)」で、四魂(しこん)は「荒魂(あらみたま)」、「和魂(にぎみたま)」、「奇魂(くしみみたま)」、「幸魂(さきみたま)」とされます。御魂のおだやかな姿を「和魂」とするのに対して、顕著なご神威をあらわされる御魂の働きを「荒魂」とされています。

多賀宮

04.豊受大神宮(外宮)、土宮(つちのみや)

位置:豊受大神宮神域内の別宮
祭神:大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)
鎮座:三重県伊勢市豊川町(近鉄/JR伊勢市駅から500m)

 伊勢市の西を流れる宮川は、かつては市街地に流れ込んでおり、宮川治水は神宮にとっても非常に重要でありました。そのために土地の守護としての大土乃御祖神を祭っております。

土宮

05.豊受大神宮(外宮)、正宮(しょうぐう)

位置:豊受大神宮の正宮
祭神:豊受大御神(とようけのおおみかみ)
鎮座:三重県伊勢市豊川町(近鉄/JR伊勢市駅から500m)

 豊受大御神は御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、神々にたてまつる食物、つまり御饌をつかさどっており、ここから衣食住、農耕、そして産業の神としてまつられています。

豊受大神宮の正宮

06.倭姫宮(やまとひめのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:倭姫命(やまとひめのみこと)
鎮座:伊勢市楠部町字赤井谷5(近鉄五十鈴川駅から1.2Km)

 大正10年1月4日、皇大神宮別宮として当宮のご創立が許可され、同12年11月5日にご鎮座祭が執り行われた伊勢神宮の別宮の中では珍しく近年に立てられたお宮です。倭姫命は第11代垂仁天皇の皇女で、豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)に代わって御杖代(みつえしろ)として、天照皇大神祀る宮地を求めて、諸国を巡幸し、伊勢国五十鈴の川上伊勢神宮を創建されました。

倭姫宮(やまとひめのみや)

07.月讀宮(つきよみのみや)

 皇大神宮神域外の別宮である月讀宮の神域内には、月讀宮、月讀荒御魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈彌宮の四つの別宮が鎮座しています。

07-1.伊佐奈彌宮(いざなみのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:伊弉冉尊(いざなみのみこと)
鎮座:伊勢市中村町字向垣内724-1(近鉄五十鈴川駅から600m)

 日本の国土、山川草木、天照大御神、月讀尊をお生みになられたニ柱の御親神のうちの女性神とされます。

伊佐奈彌宮

07-2.伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
鎮座:伊勢市中村町字向垣内724-1(近鉄五十鈴川駅から600m)


 日本の国土、山川草木、天照大御神、月讀尊をお生みになられたニ柱の御親神のうちの男性神とされます。

伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)
 
07-3.月讀宮(つきよみのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:月讀尊(つきよみのみこと)
鎮座:伊勢市中村町字向垣内724-1(近鉄五十鈴川駅から600m)

 月夜見尊皇大神宮内宮の月夜見宮にまつられている月夜見尊と同じです。太陽神である天照坐皇大御神が見えるもの、昼をつかさどるのに対して、見えないもの、夜をつかさどる。陰陽で言えば天照坐皇大御神が陽であるのに対して、月夜見尊は陰であり、陰陽の両方があって初めてこの世界が成り立つとされます。

月讀宮(つきよみのみや)

07-4.月讀荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:月讀尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)
鎮座:伊勢市中村町字向垣内724-1(近鉄五十鈴川駅から600m)

 月夜見尊の荒御魂を祭ります。

月讀荒御魂宮

08.皇大神宮(内宮)

 皇大神宮神域内には、風日祈宮、荒祭宮の二つの別宮が鎮座しており、また、所管社がいくつかあります。

08-1.饗土橋姫神社(あえどばしひめじんじゃ)

位置:皇大神宮所管社
祭神:宇治橋鎮守神

 宇治橋をお守りする神が祭られています。饗土とは内宮神域四方の境に悪しきものが入ってこないよう防ぎ、お祭する場所とのことです。

饗土橋姫神社

08-2.滝祭神( たきまつりのかみ)

位置:皇大神宮所管社
祭神:弥都波能売神 (みづはのめのかみ)
鎮座:伊勢市五十鈴川

 内宮の中ではここだけが社殿がない古来の神殿姿をとどめています。 祭神は弥都波能売神 (みづはのめのかみ) で五十鈴川の水の神です。

滝祭神

08-3.風日祈宮(かざひのみのみや)

位置:皇大神宮神域内の別宮
祭神:級長津彦命(しなつひこのみこと)
   級長戸辺命(しなとべのみこと)
鎮座:伊勢市五十鈴川

 風雨を司り、風雨は農作物に大きな影響を与えるため、神宮では古より正宮に準じて丁重にお祭りしています。級長津彦命、級長戸辺命は祓戸(はらえど)の神様とされ、神社を参拝するときに、祓う(浄化する)ことで、心身共に清々(すがすが)しい状態で参拝するために、まず最初に参拝する社とも言われます。

風日祈宮

08-4.荒祭宮(あらまつりのみや)

位置:皇大神宮神域内の別宮
祭神:天照坐皇大御神荒御魂(あまてらしますすめおおみかみのあらみたま)
鎮座:伊勢市五十鈴川

 天照坐皇大御神の荒御魂が祭られています。和御魂を祭る本宮とは言わば対になっているお宮であり、また荒祭宮は伊勢神宮の別宮のなかでも第一位に位置付けされており、祭典やお供物も正宮と変わることなく行なわれています。 参拝者が絶えない正宮と同じ祭神だが、こちらは参拝者も少なくまた本殿とも直接対面できる場所であり、パワーも強いのでこちらをメインに参拝すると言う人もいます。内宮参拝時にはかならず参拝しておきたいところとされます。

荒祭宮

08-5.皇大神宮(内宮)

位置:皇大神宮正宮

祭神:天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)
鎮座:伊勢市五十鈴川

 天照坐皇大御神は神前での改まった最高位の呼び方で、通常は皇大御神や天照大御神と申し上げます。女性の太陽神であり、日本人の総氏神、皇祖神、高天原の主として祭られております。

皇大神宮(内宮)


◇ 伊雑宮から斎宮へ

01.伊雜宮(いざわのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
鎮座:志摩郡磯部町大字上之郷字上ノ里374
   (内宮から南東へ約12Km、近鉄上之郷駅から200m)

 志摩の国第一の宮、古くから皇大神宮の遙宮(とおのみや)と呼ばれています。一般には「いぞうぐう」もしくは「磯部の宮」、「磯部の大神宮さん」、「いそべさん」とも呼ばれます。創立は、約2000年前の第11代垂仁天皇の御代で、伊勢神宮はこちらが元伊勢という説もあります。神域の隣には、磯部の御神田(おみた)といわれる稲作の田があり、神宮で用いられる米はすべてここで作られたものを使っているとのことです。

Izawa-no-miya_01.jpg

Izawa-no-miya_02.jpg

 この伊雑宮をパワースポットとして訪れた日記が見つかりましたので引用します。とっても「気」がみなぎる素晴らしいところのようです。

 *****

伊雑宮のブログ題

磯部サン参拝の日記

パワースポット?元伊勢、磯部の「伊雑宮」さん参拝!

 私たちが、今回たずねたのは志摩市磯部にある「伊雑宮」イザワノミヤとかイゾウノミヤとか磯部さんと言われる知る人ぞ知る!秘密のお宮さんかと思っていたらナント!最近、注目のパワースポットとして注目を浴びているとのこと。
 その場所は伊勢神宮内宮から伊勢街道を車で30分ほどのところにある素晴らしいお宮さん。元伊勢という言葉通り、今の伊勢神宮が今の場所に移る前に、この場所に天照大神が祭られていたというお宮さん。なので元伊勢と言われているらしい。

 伊雑宮との出会いは、随分前でいつだったか忘れてしまった。いつもは意識の中にあまり無いけど何かのきっかけでいかなくちゃ!って思ってしまう不思議なお宮さんです。いつもなら、伊勢神宮外宮に参り、内宮を参拝してからこの伊雑宮に伺うコースを、今回は外宮をパスしています。

 駐車場に車を止め、鳥居をくぐると沢山の古い大木が迎えてくれる。今回、驚いたのは左手に新しい建物があって、門番さん?が常駐しているようだ。前回訪ねたときにはいなかったけどね? 警護も大変って言うことなのかもしれない。。
 木の間から、太陽のキラキラが見えています、1本1本が太くて見上げるくらい大きな木ばかり。入るなり、身体がザワザワしだすし鳥肌が立つのは、毎回感じること。。そして、体中に安心感がみなぎる感じも変わってない。見上げると金色に輝く木々が美しい。思わず手を合わせたくなります! 大きなお社ではないので、ちょっと奥のほうへ向かうと本殿が見えてくる。
 写真では難しいですが、後ろのほうが金色に輝いています。実際は、本当に輝いていてあまりの美しさに涙が出そうになり、ドキドキしてきます。派手さはありません。でも、心が洗われる感覚になります!

 (中 略)

屋根の上にある飾りとでもいいますかそれが、金色に光っていて後ろの木々も、日光の関係かもしれないけど金色なんです!思わず、お~ッと声が出てしまうくらい美しい。。。
 勝手にこじつけかもしれないけど朝夜明け、この方角に太い虹が立っていたんです。それを見て、いかなくっちゃって思いましてね?これを見せたかったのかなって、勝手に思い込んでいるんですが。。素晴らしかったですよ~。

 普段はほとんど参拝客がいないのに1グループと二組のご夫婦がきてました。皆さんこの景色に神妙な感じで参拝してました。

 1番立派な楠の木! この木の下にいるだけで凄いです。。日の光はこの写真の奥の方向
この木の後ろのほうから射していてこちら側は林でうっそうとしてますね。写真見てビックリです。。
 有名な「茶巾楠」。楠の大木の根元がコブになっている珍しい木で、うわさでは触るとお金持ちになれるとか…。神主さんにずうずうしくも頼んでみた。「ちょこっと触らせて?」「ダメです!」とキッパリ断られました。今は触ること禁止のようです。この茶巾楠の木も凄いパワーを出してますよ~。感じる人にはわかりますよね?

 こうやって書いているだけでもうわ~って感じですよ!素晴らしいお宮さんですからお伊勢さんに参拝したらよって見ては如何ですか?

 *****


 とっても素晴らしいところのようですね。動画も見つけましたので以下を視聴いただければ幸いです。「アマテラスのパワースポット 伊勢神宮 皇大神宮別宮 伊雑宮」と題したYouTubeです(クリックして下さい↓)

アマテラスのパワースポット 伊勢神宮 皇大神宮別宮 伊雑宮

02.瀧原宮

 瀧原宮のある度会郡大宮町大字滝原字宮野には、瀧原宮、瀧原竝宮の二つのお宮が並んでいます。

02-1.瀧原竝宮(たきはらならびのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
鎮座:度会郡大宮町大字滝原字宮野872、内宮から西南西へ約30Km、
   JR滝原駅から1.8Km

 現在の伊勢市の内宮、外宮に鎮座する前に、倭姫命が滞在した場所であり、伊勢神宮の奥宮とも元宮とも言われます。この宮は創建当初から宮号があり、 神宮の別宮の中でも、 荒祭宮、 多賀宮、 伊雑宮と並ぶ特別の地位にあります。

瀧原竝宮

02-2.瀧原宮(たきはらのみや)

位置:皇大神宮神域外の別宮
祭神:天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
鎮座:度会郡大宮町大字滝原字宮野872、内宮から西南西へ約30Km、
   JR滝原駅から1.8Km

 滝原宮はどちらも祭神が天照坐皇大御神御魂とされていますが、瀧原宮が宮皇大神の和魂宮、瀧原竝が荒魂宮とも言われ、古くは瀧原宮、 すなわち和魂宮がお宮を代表されたようです。

瀧原宮

03.斎宮(さいくう)

位置:斎宮は「いつきのみや」とも呼ばれ、天皇に代わって伊勢神宮に仕える斎王が勤める斎宮寮(さいくうりょう)という役所。
鎮座:三重県多気郡明和町竹川

 斎王は、天皇に代わって伊勢神宮に仕えるため、天皇の代替りごとに皇族女性の中から選ばれて、都から伊勢に派遣されました。 伊勢神宮に勤めるといっても、神宮の近くに住まうのではなく、離れた場所であり。この斎宮で祭祀も行われていたとのことです。

斎宮(さいくう)


◇ 各宮の位置関係

〜 斎宮-伊雑宮-滝原宮-内宮・外宮-夫婦岩と富士山の位置関係 〜

 三重県二見浦にある夫婦岩は岩と岩の真ん中は天気がよければ富士山が見渡せる場所になっており、夏至にはその富士山の真上に太陽が昇ります。天照大御神は太陽神でもあり、その朝日は伊勢神宮の外宮・内宮の間を通り、伊勢のグランドクロスを形成する、そんな立地となっているようです。

位置関係


http://ja.wikipedia.org/wiki/伊勢神宮
http://ja.wikipedia.org/wiki/伊雑宮
http://www.isejingu.or.jp
http://power-spots.jp/Jingu/index.html
http://ameblo.jp/baba-a0358/entry-11448172885.html

ナスカの地上絵

 ヘミシンクには体外離脱のエクササイズがあります。この体外離脱をして時空を越えてどこへでも行けるとしたらどこへ行こうと言った話になって、古代の文明を見てみたい、「ナスカの地上絵が気になりますね」と言う声が挙りました。ちょうど1月くらい前に、新たな地上絵発見の記事が掲載されたばかりでした。古代文明には永遠に解き明かされない謎があって、時として現代に訴えるスピリッツが隠されていることがあります。ナスカの地上絵、スピリチュアルの周辺記事として軽くまとめてみました。


◇ 新たに発見されたリャマの地上絵

ナスカ、リャマ絵の記事

 *****

 山形大は8日、世界遺産「ナスカの地上絵」で知られるペルーのナスカ市街地から北に約1キロの近郊で、ラクダ科のリャマとみられる地上絵を少なくとも17点確認したと発表した。

 山形大によると、絵の内側にある地表の小石を面的に取り除く手法などから、紀元前400~同200年の間に描かれたとみられ、ハチドリやクモといった有名な地上絵よりも古いという。リャマは当時から家畜として使われていた。

アンデス文明にリャマ
アンデス文明において荷運びに使われたリャマ(ラクダ科)

 地上絵はリャマの全身や一部が描かれ、最大のものは全長約15メートル。約1キロ四方の範囲で四つのグループに分かれている。このうち三つのグループの地上絵は初めて確認され、残る一つのグループは先行研究で存在が知られていたが、数や正確な位置が不明だったと説明している。

 山形大は2012年、現地にナスカ研究所を開設。今回の地上絵は13年度の調査で確認し、ペルー文化省に報告した。

ナスカ地上絵:リャマ

リャマたちの地上絵

 *****



◇ アンデス文明

 ナスカ弁明とその地上絵に触れる前に、その起源および周辺の古代文明をご紹介します。まずは、ナスカ文明が発生する母体となったアンデス文明です。

 紀元前10000年頃、ベーリング海を渡ってアジアからアメリカ大陸に移動して来た古モンゴロイド(黄色人種)により造られた、ペルーを中心とする太平洋沿岸地帯およびペルーからボリビアへつながるアンデス中央高地に存在した文明です。文字を持たず、鉄は製造せずに青銅器までであり、金・銀の鋳造が発達、家畜は行われたが車輪の原理は知らなかったとされます。紀元前3000-2500年頃より各地に遺跡が造られ、紀元前1800年頃になると、土器の利用が始まり、紀元前800年頃より各地にパラカスやナスカに文化が広がり、インカ帝国へと繋がって行ったものとされます。

アンデス文明の範囲
赤い楕円の地域にアンデス文明があったとされます


◇ パラカス文明

 紀元前800-100年頃、ペルー南部に発生した文明とされ、パラカス湾のなだらかな砂丘に、世界の大きな謎の1つ「三叉の大燭台」が描かれています。この地上絵の歴史はパラカスの農民たちの時代にさかのぼることができると言われています。農民たちは、漁を終えて岸に戻る方向を知るために燭台を使ったと考えられています。また、燭台がもう1つのペルーの大きな謎であるナスカの地上絵の方向をちょうど指していることから、宇宙人が描いたとする説もあります。地元の人たちの間では、旅の際の方向を知る目印とするためにナスカの天文学者がこの地上絵を描いたと言われています。

Paracas_gallery1.jpg


◇ ナスカ文明

 紀元前後から西暦800年頃まで現在のペルー共和国海岸地帯のナスカ市周辺に栄えた文明とされ、ナスカの地上絵で知られます。アンデス文明のうち、灌漑設備が整備され開拓の進んだ前期中間期ないし地方発展期にあたります。狩猟や農業を主な生業とし、わずかに漁業も行ったとされます。
 はじめは宗教的性格が強く、のちに軍事的性格が強まります。奴隷制は見られませんが社会階層は厳格であったとされます。庶民はフジの骨組みに泥を塗ったキンチャと呼ばれる住居に住み、宗教的なピラミッドなどの公共建築物を築き、灌漑用水路を整備しました。


◇ ナスカの地上絵の概要

 やっと地上絵まで到達しました。有名な世界遺産、「ナスカの地上絵」は、ペルーのナスカ川とインヘニオ川に囲まれた、ペルー南海岸地方の北から南へ走る丘陵と東方のアンデス山脈の麓との間にあるパンパ・コロラダ、パンパ・インヘニオと呼ばれる細長い乾燥した盆地状の高原の地表面に描かれた、幾何学図形、動植物の絵であります。
 1939年6月22日、動植物の地上絵は考古学者のポール・コソック博士により発見され、その後ドイツの数学者、マリア・ライヒェが終生この地に住み着き、彼女を中心として、地上絵の解明作業と、保護が行われるようになりました。あまりにも巨大な絵が多く、上空からでないとほとんどの地上絵の全体像の把握が困難であり、このような巨大な地上絵を何故描いたのかというのが大きな謎となっております。

 上空からでないと全体像の把握は困難

 地上絵にはサル、リャマ、シャチ(クジラ)、魚、爬虫類、海鳥類が描かれ、ナスカ式土器の文様との類似点が指摘されてきました。描かれた直線のうち、土中に打ち込まれた木の棒についてC14法による分析が進められ、地上絵作製の時期は、先行するパラカス文化の終わる紀元前200年から紀元後800年のナスカ文化の時代であると確定されています。

ナスカ:全体図
ナスカの地上絵の配置


◇ ナスカの地上絵の目的(仮説)

1.暦法関連説

 地上絵の線についてはマリア・ライヒェが、夏至と冬至に太陽が日没する方向に一致するものがあることを明らかにし、平行でない一連の直線は数世紀にわたる夏至と冬至に日没する方向を示していると主張しました。これに対して、ホーキンズも線の方向についてコンピューター分析を行ったところ、1年の太陽と月の運行の方向に合うものが偶然と考えられる場合の2倍に達するという結果を得ました。ナスカの地上絵には暦学的性質があり、乾燥した南海岸地域の人々にとって夏至と冬至は、雨季と乾季の始まりで、農業を行う時期や祭儀などに深く関連することが推察されました。しかし、数百本という線から構成される地上絵で天体の運行と一致する物はあまりにも少なく、暦法関連説では、その一致しない地上絵の説明は全くつかないため、現在この説を単体で支持する学者は多くありません。

2.社会事業説

 ワリ「帝国」の研究で知られるW.イスベルの説、ナスカの社会には、ワリやクスコのような中央集権的な食料管理制度と食料貯蔵施設がなく、局所的、家族的なレベルで豊作時の食料を保管していたので、豊作時に人口が増え、不作時に死亡者がでやすい状況にありました。 そのため、豊作だった場合の個人貯蔵分について、大規模な労働力を投入する必要のある儀式活動に注意を向けさせ、祭祀「施設」の「建設」=地上絵を「描く」活動に従事する労務集団に食糧を供給するために強制的に取り立てるシステムができていて不作時に備えていた、とするものであります。「文字を持たないナスカ文明において、社会がどのように組織を動かすか」という重要な情報を貯えようとする試みが、地上絵に反映されていると考えております。

3.雨乞い儀式利用説

 「ナスカの地上絵は一筆書きになっており、それが雨乞いのための楽隊の通り道になった」という、ホスエ・ランチョの説であります。

4.成人試験説

 当時のナスカに住む人々にとって王になる者、また管理能力の有無を測る手段として地上絵の線上を歩かせて何の絵が書かれてあるかを当てる事ができるかどうかで判別するという手段が用いられたとする説です。回答は正解者、不正解者ともに秘密を守る事が義務付けられより高度な図柄を正確に回答できた者ほどより上位の管理職に命ぜられた。一種のIQテストと言うものです。

 +++++

 その他、「滑走路」として利用した、空からの道しるべなどと、宇宙人説も散見されます。


◇ ナスカの地上絵 写真集

ナスカ:手
「手」−1

ナスカ:手02
「手」−2

ナスカ:さぎ
「サギ」

ナスカ:くじら
「シャチ(クジラ)」

ナスカ:ペリカン
「ペリカン」

ナスカ:犬
「犬」

ナスカ:宇宙人
「巨人(宇宙人)」

ナスカ:さる02
「さる」

ナスカ:くも03
「くも」

ナスカ:コンドル
「こんどる」

ナスカ:ハチドリ
「ハチドリ」

GATEWAY EXPERIENCE:Wave V Exploring CD2-3 #4-6

 ヘミシンクを利用しないかたちの瞑想も記事にできるように、カテゴリの名称を「ヘミシンク関連」から「瞑想/ヘミシンク関連」に改め、HEMI-SYNC RECORDの連続投稿です。今回はWave VのCD2-2 #4, CD3-1 #5, CD3-2 #6の3セッションを同時にご説明いたします。なぜなら、この3件はいずれもFocus 15におけるエクササイズとなっているからです。
 Wave IからWave VI まで6つのアルバム(CDは各々3枚)で構成するGateway ExperienceのWave Vまで紹介して参りましたが、以前も示しましたヘミシンクで到達し得る意識レベルは以下の通りであります。Gateway Experienceでは、その5/6まで終了時点でFocus 15であり、これはまだほぼ中間点に過ぎないのが解ります。「アセンションへの道程」はまだまだ長いと言わざるを得ませんね。


【ヘミシンクで到達し得る意識レベル】
 C1(Consciousness level 1):通常の肉体と精神が完全な覚醒状態
 Focus 03:物質としての「頭脳」と非物質である「意識」が同調した状態
 Focus 10:肉体は眠り意識は覚醒した状態
 Focus 12:意識を拡張した状態、五感を超えた世界
 Focus 15:時間と空間が無制限、交信したりや過去世を見やすい
 Focus 18:癒しの世界
 Focus 21:物質的世界(現世)と非物質的(精神)世界の境界
 Focus 23:人間的とらわれの世界、地獄
 Focus 24-26:信念系領域
 Focus 27:来世に転生する準備期間、休息の場
 ※Focus levelは49まである


◇ CD2-2 #4 Intro to Focus 15:F15への入門
◇ CD3-1 #5 Mission 15 Creation and Manifestation:F15 創造と具現化
◇ CD3-2 #6 Exploring Focus 15:F15の探求


 3つまとめてのご説明としますのは、上のCD2-2 #4とCD3-2 #6はいたって単純だからです。“CD2-2 #4 Intro to Focus 15”ではFocus 12から15への移行を2度往復するのみで、“CD3-2 #6 Exploring Focus 15”はFocus 15に到達したところで自由探索となっております。ここではFocus 15そのものがどういうものであるか?、そうした考察を中心にご説明して参ります。


◇ Focus 15の概念

 上で「時間と空間が無制限、交信したりや過去世を見やすい」として紹介したFocus 15について、いくつか角度を変えてその概念を考えてみます。

1.「無時間の状態」

 ロバート・モンロー氏はFocus 15を「無時間の状態 The state of “no time”」と呼びました。「時間の束縛から自由になった状態」とのことです。時間の束縛がなくなるので過去や未来の探索が可能になるとのことです。Focus 12で意識を拡大し、空間を超越しておりますので、Focus 15は「時空を越えた」状態と言うことになります。

2.「無」「空」「静」の状態

 Focus 15を初めて体験した人の多くが「真っ暗だった、暗黒、奥行きのある暗闇、息詰るような感覚、ねっとりした感じ」などと表現するそうです。他には「平和、安寧、やすらぎ」との少数意見もあるようでが、私個人はいつでも前者の「暗黒、暗闇」をイメージします。「無 Nothing」の状態と言う感覚を受けますが、無でもあり有でもある「空 Void」の状態と言う人もいるそうです。モンロー研究所では、Focus 15を「静の状態 A state of stillness」あるいは「単に存在する状態 A state of simply being」と説明しています。エクササイズのナレーションでは「自分の内面、奥深くと共にある状態、自分の本質を表現できる状態」と紹介しています。いずれにしても、Focus 12からFocus 15に入ることによって、より不快瞑想状態になっていることは間違いないと思います。

3.創造と具現化/交信の場

 Focus 15は「強力な創造と具現化の状態 A powerful state of creation and manifestation」であるとも言われています。Focus 12において意識を拡張させたところで己の心身における理想とするパターニングを行うエクササイズがありました。Focus 15での創造と具現化はFocus 12のそれとは趣きが異なる印象です。マニュアルによると、「潜在性 Potential」や「可能性 Possibility」を秘めた意識状態であり、まだ発芽していない種が詰まっていて水をやり栄養をやると芽が出て、木になり、花が咲き、実がなると表現されております。
 また、「大いなる全てにアクセスしやすい状態 Access to the “ALL THAT IS”」とも言われております。いろんな言い方がなされており、ロバート・モンロー氏はI/There(アイ/ゼア)=「向こう側の自分」と言いましたし、Higher self(ハイヤーセルフ)=「高次の自分」、Guide(ガイド)=「導き」とも言います。Focus 15がChannering(チャネリング)=「交信」がしやすい意識状態でもあるようです。


◇ 最近経験したFocus 15における交信

 私事ですが、ヘミシンク中の「交信」は、何日かに一度くらいの頻度で、ガイドなのか?、ハイヤーセルフなのか?、声のような、直感のような、メッセージを受け取ることはあります。これが自分自身の深層心理からの声なのか、別の存在としての知的生命体からの声なのかは解りません。ただ、この現象は明らかにFocus 12よりもFocus 15の方が多くなったように思います。最近経験したものを以下に示します。いずれもFocus 15でのことです。

【05月20日】
 狭い部屋の中で具現化のプラカードを壁に貼る作業をしてそれらを読み返していたところ、動物たちがやってきました。豹のような山猫のような動物が飛び跳ねたところで、ガラスがこすれるような音がして緑の光が一瞬、現れて、数人の顔が目の前に出て来ます。私はなにか質問をしようと具現化のアドバイスを念じました。そこで頭に届いた直感は「引き寄せをもっとやるように」でありました。

【06月05日】
 扉があって、その手前に老人がいて鍵を持っていました。明らかにその扉の鍵と思われましたが、それを受け取るかどうするかと躊躇していたら消えてしまいました。

【06月06日】
 ある芸能人の名前と顔が浮かんで来て、肝硬変で緊急の手術?、処置?を受けているとの情報が直感として浮かんできました。

GATEWAY EXPERIENCE:Wave V Exploring CD1-2 #2,3

 「運気」や「引き寄せ」のお話は、尽きることがありませんが、一旦お休みして、久しぶりにHEMI-SYNC RECORDです。ヘミシンクを用いた瞑想は続けておりますが、良い時と悪い時が混在していて、体外離脱にしてもチャネリングにしても、一進一退と言ったところです。今日、ご紹介するのは、Gateway Experienceの5枚目のCD Exploring(探求)の中から、CD1-2 #2: Discovering IntuitionとCD2-1 #3: Exploring Intuitionの二つです。“Intuition”とは「直感(力)」と言う意味ですので、CD1-2 #2は「直感の発見」、CD2-1 #3は「直感の探索」と言うタイトルです。先に「直感」について考察して、続いて2つのエクササイズについてそれぞれご説明いたします。


◇ 「直感」についての考察

1.「直感」の意味

 「直感」を辞書で調べますと2つの英語が示されます。 “Intuition” と “Inspiration” です。それぞれの語意は以下の通りです。

 Intuition
 :推理、考察などの思考ではなく、感覚によって物事の本質を捉える直感。
  哲学で推理を用いず直接対象を捉えること、また認識能力、直覚、直観。
 Inspiration
 :「吹き込まれたもの」の意。創作、思考の過程で瞬間的に浮かぶ考え。
  天来の着想、発想、閃き(ひらめき)。霊感。創造的刺激。

 Gateway Experienceの本エクササイズのタイトルは“Intuition”を用いていますが、全体として「目醒め」を目的としておりますので、どちらかと言うと“Inspiration”の方が適切な印象を受けます。


2.天才たちの「直感」

 紀元前3世紀、古代ギリシャの数学者であるアルキメデス(Archimedes、紀元前287年 〜 紀元前212年)は風呂に入って湯が湯舟から溢れるのを見た瞬間に「アルキメデスの定理」を思い付きました。アイザック・ニュートン(Sir Isaac Newton、1643年1月4日 〜 1727年3月31日)はリンゴの木からリンゴの実が落ちるのを見て、これは落ちるのではなく、地球に引き寄せられているとする「万有引力の法則」を発見しました。もう一例、先日、来日したものの急病(腸閉塞)により全公演が中止となったポール・マッカートニー(Sir James Paul McCartney、1942年6月18日 〜)はビートルズの名曲「イエスタディ」を「寝ている間に夢の中でメロディが浮かんだ」と証言しています。

アルキメデス、ニュートン、マック
左からアルキメデス、ニュートン、マッカートニー

 歴史上、世界中には無数の発見があり、それらの積み重ねで現代の文明があるわけですが、その多くが思わぬ閃き(ひらめき)、直感に基づくものであることは言うまでもありません。アルキメデスやニュートンが何か外界の出来事をきっかけに「直感」が訪れたことを「外発性直感」、マッカートニーのように無意識の中で想像されたものを「内発性直感」とマニュアルでは分類しています。

3.「直感」はどこから?、「直感の源」とは?

 ズバリ「直感」はどこから来るのか?、「直感の源」とは? Gateway Experienceでは「向こうの世界との交信」に他ならない、すなわち、ガイドやハイヤーセルフからのチャネリングと言う位置づけで扱われております。「直感」は人間、誰にでもあります。と言う事は、全ての人間に、「直感」と言うかたちで、「向こうの世界との交信=チャネリング」は起こっていると言うことになりますでしょうか?


◇ CD1-2 #2 Discovering Intuition:直感の発見

 本セッションは、意識の中にFocus 12の「拡大した知覚の状態(Expanded Awareness)」を作り出したところで、過去における直感の経験を想い出し、その時の感覚を蘇らせるものであります。過去の想い出ですので、このエクササイズは比較的容易な印象を持ちますが、やはり他のエクササイズと同様、手順を理解したうえで若干の準備を整えるとスムーズに行くように思います。過去において「直感」すなわち「閃き(ひらめき)」が起こった瞬間を想い出して、箇条書きにしておくのは一案です。ヘミシンク状態になってから記憶を辿るのではなく、予め用意しておいた内容についてナレーションに従ってエクササイズを進めるやり方です。「直感」について、自分の場合とマニュアル本に記載してあるものと合わせて例を挙げ、エクササイズの流れを以下に示します。

【過去における直感のシーン(例)】

・嫌な(良い)予感が的中、ピンと来た直後に思った通りの結末が起こった
・話相手の気持ちが言葉を介さずとも伝わって来た以心伝心
・勉学や仕事においてある難題から閃きによりそれを解決した瞬間
・家族や友達へのプレゼントを考えていて、最良のものを閃いた瞬間
・自分の未来の方向性を決意した瞬間
・愛情や恋愛の感情や結婚の決断、申し込みの瞬間
・家族や子供とのふれあいで生じた様々な感情
・研究/実験生活におけるアイデアの創出
・仕事(外科)における病態の把握、診断、術式の選択における閃き

ブロック矢印

【エクササイズの流れ】

 〜 Focus 12に進んだところで 〜

1.「直感」を得た時の経験を想い出す

 ある事を直感的に正しいと知った、自分の行動に影響を及ぼす「直感」、「虫の知らせ」の経験を想い出します。そして、その記憶を出来るだけ鮮明に蘇らせます。

2.「直感」を体験した時の「感覚」を想い出す

 「直感」を体験した時の「感覚」を想い出し、もう一度、その「感覚」を味わうようにします。例えば、ゾクゾクとした感覚、ピリピリした感覚、ガツンとした頭への衝撃、徐々に襲ってくる胸騒ぎなどです。

3.その「感覚」を保ったまま他の経験を想い出す

 「直感」を得た時の「感覚」を持ったまま、それと似たような経験を想い出して行きます。「あの時もそうだった、この時も、、、」と言う感じです。

 上述で、「3.『直感』はどこから?、『直感の源』とは?」と題した「直感」についての考察の中で、全ての人間に、「直感」と言うかたちで、「向こうの世界との交信=チャネリング」が起こっている可能性に言及しました。もしそうならば、個人個人の過去における「直感」は「向こうの世界との交信=チャネリング」の経験であり、本セッションはこれをFocus 12の環境下で再現することにより、実は内在する過去に経験がある交信の訓練であると言えます。


◇ CD2-1 #3 Exploring Intuition:直感の探求

 このエクササイズは先の「直感の発見」に比較して難易度が高いと思います。なぜなら、先のものが、過去の記憶に基づくものであるのに対し、本エクササイズでは、「直感の源」と繋がり、「固定観念」を解き放つ、と言う漠然としたものへのアプローチが求められます。手順は以下の通りです。

 〜 Focus 12に進んだところで 〜

1.「直感の源」と繋がりさらに深める意思表示

 エクササイズでは「直感の源とあなたの関係を理解し、完全に知りたいという意思表示をして下さい」とのアナウンスがされます。上述の如く、本エクササイズにおいては、「直感の源」とはズバリ「向こうの世界=ガイドやハイヤーセルフ」のことであり、「直感」とは「交信」を意味すると考えられております。

2.直感の妨げとなる「固定観念」の解放

 直感を妨げ、歪める元となっている「固定観念」を見つけ出し、それを解放します。この「固定観念」とは、様々な思い込みや、誤解、偏見、先入観、あるいは内面の奥深くにあるコンプレックスやトラウマ、抑圧意識、癖や心の傾向性、その他、信条、信念、思想、教育、定説、常識、習慣、因習、文化的観念、宗教的観念、等々とマニュアルには記載されています。
 「直感 = 向こうの世界との交信」を阻むものとして「固定観念」が取り上げられておりますが、ヘミシンクにより前世体験をした鈴木啓介氏はその著書、「魂を磨くアセンションを阻む闇の手口」の中で「ブロック」と呼んで説明されています。一冊の本になるほどに、直感の妨げとなる「固定観念」は多くの要素を含んでおります。なかなか、一度のヘミシンク エクササイズでこれを解放するのは漠然として難しい印象はあります。

魂を磨くアセンションを阻む闇の手口

3.「直感の源」との繋がりを望み交信を試みる

 これは、他のガイドとの交信を目指したエクササイズと同等と考えて良いと思います。Focus 12におけるガイドとの交信は、これまでに以下のエクササイズがありました。

 ・問題解決(Wave II #2):問題、悩み、疑問に対する答え、解決策を得る
 ・5つの問い(Wave III #4):人生を導く根源的な問いの答えを得る
 ・5つのメッセージ(Wave IV #2):ガイドからのメッセージを受け取る
 ・非言語交信(Wave IV #4、#5):「オン/オフ」形式での非言語交信
 ・交信ポイント(Wave IV #6):ガイドとの交信の場を設定

「運気の流れ」その下降を食い止める「不幸の消去」

 ちょっと間が空きましたが、引き続き「運気の流れ」に関する考察です。遠い昔の記憶を辿って漫画のシーンを見つけてきました。

 前の項では、全ての人間に備わっている(と仮定した)「運気の流れ」について、座標を用いて具体例を挙げ、自己コントロールの重要性を申し上げました。西田 敏行 氏とASKA氏が具体例として適切であったかどうかは解りませんが、「運気の流れ」を向上せしめる、あるいは下降を食い止める術はよく言われております。風水学もその一つかと思われます。
 人生において高い「運気の流れ」を獲得、維持する術は別の機会に考えるとして、ここではもっと身近なところで、「運気の流れ」が下降線を辿った時にそれを食い止める術として「不幸の消去」を提案します。これは、いささか精神論的なものでありますが、簡単にできるように見えて、案外、実践が難しいものと思います。言うまでもなく、「運気の流れ」の下降を食い止めることは、その転落を予防して高い「運気」を維持する術にもなるものであります。

 「運気の流れ」の下降線を食い止める「不幸の消去」

 種を明かしますと、これは「引き寄せの法則」に基づく考え方であります。人間はとかく「不幸」なこと、「不快」なことを想い出しがちであり、また未来においても「不幸」、「不快」、あるいは「失敗」を恐れがちであり、そうした感情が実際に「不幸」、「不快」、「失敗」を引き寄せるのである、とする考え方であります。

 「不幸」な感情(不幸感)が実際の「不幸」を引き寄せる

 生きていればいろんなことが起こります。起こった出来事が自分にとってどのような位置づけ、すなわち、幸福か不幸かの感じ方によって次の出来事が決まってくると考えられております。


◇ 「運気の流れ」が下降線を辿る時

 タイトルで、「『運気の流れ』その下降を食い止める『不幸の消去』」といたしました。本投稿の趣旨は、人間に備わる「不幸(感)」が「運気の流れ」を下げるとする考え方であります。ここで、座標を用いて、ある「運気の流れ」の例を挙げます。私自身に心当たりのある、ある時期であります。

ある運気001

 上の座標をご覧いただきますと、少しずつ運気を上げて行ったのに、プラトーに達して跳ね返されて、またプラトーまで達したけどそれを維持できず、ついには下落の道を辿り、精神的にもがいているところでさらに大きく運気の低下が起こる様が見られるかと存じます。この「運気の流れ」を解説して精神状態を加えたのが以下の5枚の座標です。

ある運気002

ある運気003

ある運気004

ある運気005

ある運気006

 2回のプラトーからの低下を肌で感じており、しかし、そもそもはプラスに振れている運気であることを自覚してはいず、「自分は不運だ!」と思ってしまい、そこから「運気の流れ」が下降線を辿ったのでありました。下図の如く、2度目の運気低下の際に余計なことを考えなければ、運気の再上昇、高め安定の可能性だってあったと思います。

ある運気007

 ここで申し上げているのは、「幸福」、「不幸」な出来事が起こる、起こらないではなく、あくまでも個々の人間に備わる「自然現象としての運勢」=「運気」、その得体の知れないものに客観性を持たせた座標軸上の変動であります。「運気の流れ」が下降線を辿る時、ヒトは「不幸(感)」を感じているのであるとする考え方です。


◇ 人間は不幸を反芻(はんすう)する?

 「人間は『不幸』を繰り返し思い返す」とすると、「いや!、私は幸せなことだけを思い出すようにしています」と反論する人はいます。実際に、あらゆる人間の心の中を観てくることは出来ませんし、アンケートをとったとしても、それは自分に対する主観が混じっていて正確さに欠けるかと存じます。恐らくは、「不幸」な記憶を繰り返す度合い、不幸を反芻(はんすう)するか否かは、人によってまちまちであり、幅があると思います。
 ここで、2件の漫画のシーンをご紹介します。1つはヤングマガジンに1980年から連載された「P.S.元気です、俊平」(柴門ふみ 作)、今1つは週刊マーガレットに1973-75年、1978-80年に連載された「エースをねらえ!」(山本鈴美香 作)です。いずれもドラマやアニメになった名作ですが、ストーリーの詳細については別に譲ります。

【不幸を繰り返す「P.S.元気です俊平」の桃子さん】

元気です俊平000

 主人公の俊平に恋心を抱く年上の桃子が、過去の俊平の裏切りを蒸し返した時の会話です。

 *****

元気です俊平001

元気です俊平002

 俊 平:何で今さらそんなことむし返さなきゃいけない!?
 桃 子:あの時いったでしょ
     「このウラミ一生忘れない」って・・・
 テレビ:では次の話題・・・
     作家が役をおろされた役者に刺された事件です
     「この傷の痛みは俺の心の痛みと思え」といったそうですねえ
 桃 子:今までいちばん痛かったのは小学校のとき
     鉄棒で額うって5針縫ったとき・・・
     だけど そんな肉体的外傷も 今残っている記憶は
     「痛かった」という言葉だけよ
     でも 精神的外傷は違う
     いつでも あの状況を思い出しては同じ憤りがよみがえってくる
     ナイフの痛みと心の痛みは全然別のものよ
     そんなセリフしかはけない役者なら降ろされて当然よね

 *****


 桃子さんの言う「精神的外傷」を思い出しての「同じ憤り」、誰でも経験があろうかと思います。「悔しい思い」、「強い怒り」、「裏切られた気持ち」、「恥ずかしい思い」、「絶望感」、「激しい後悔の念」など、年月が経つに連れて薄らいでは来るものの、起こってからの期間が短いうちは、何度でも心に思い返され、胸が熱くなったり高鳴ったり、赤面したり、同じ憤りが甦ってきます。心の外傷が強い場合に心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder, PTSD)が問題となり、また幼少時のトラウマが問題となる場合は「インナーチャイルド」と呼ばれます。
 こうして、過去の不幸を思い返しては憤る時、人間は不幸な気持ちになります。思い出さなければ良いものを、思い出してしまうだけで、簡単にヒトは「不幸(感)」を味わえるのです。大袈裟な言い方をすれば、、、

 不幸は1回なのに不幸を感じるのは無数回

 、、、と言えるでしょう。人間は獣(けもの)と異なり、自分を傷つける出来事の記憶のみならず、それが心的外傷であった場合、同じ感情を味わうことができてしまい、その都度、「不幸(感)」に見舞われるのです。そして、過去の出来事に捕われ、「不幸(感)」を繰り返す時、それは「運気の流れ」が下降線を辿る時でもあります。


【不幸を昇華できる「エースをねらえ!」の岡ひろみ】

エースをねらえ!000

 硬式テニス高校女子チャンピオンとなった西高、岡ひろみにジャッキー・ビントと言う世界ランキングプレーヤーからダブルスのペアを組みたいとの申し出がありました。そのジャッキーにはジョージィ・ビントと言う妹がおり、彼女は姉とのダブルスを夢見ておりました。そんな折、第一回 高校生招待試合が開催され、岡ひろみに対する敵愾心(てきがいしん)に燃えるジョージィ・ビントが来日しました。初めての国際試合、慣れない大観衆の前でのプレーに、猛特訓を重ねて試合に臨む岡ひろみとジョージィ・ビントの試合、その後のシーンです。

 *****

エースをねらえ!001

エースをねらえ!002

エースをねらえ!003

エースをねらえ!004

エースをねらえ!005

エースをねらえ!006

エースをねらえ!007

 (試合後の姉、ジャッキーと妹、ジョージィの会話から)

 ジョージィ:でてって!!、ひとりにして!!
 ジャッキー:あいかわらず感情がコントロールできないようね
 ジョージィ:ほっといてよ 生まれつきなんだから!!
       ああ もういちどやりたい!
       もういちどやりたい!!
 ジャッキー:チャンスはあるでしょ
       でもいまのままでは結果はおなじだと思うわ
 ジョージィ:(キッと振り返る)
 ジャッキー:あなた わたしがひろみとくんだこと
       そのひろみに負けたこと
       どちらもじぶんにとって不幸だと思ってるんでしょう
       ふたりきりの姉妹
       力にもなるしアドバイスもするけれど
       それとペアをくむことはべつだと思うわ
       生きていればジョージィまい日なにかがおきるのよ
       けれどそのおきたこと自体は幸不幸の性格をもってないのよ
       幸不幸の性格づけをするのはわたしたち人間よ
       ひろみを見なさい
       あなたいくつのときからテニスをはじめたの?
       ひろみがテニスをはじめてどれくらいたつと思うの?
       この短期間になぜあなたに勝つまでになったと思うの?
 ジョージィ:おきたことすべてをハッピーになるように
       うけとってきたってわけ?
 ジャッキー:そのとおり
 ジョージィ:あたしはそんなオメデタイ人間じゃないわ!!

  +++ 中 略 +++

 ジャッキー:そして見てなさい
       この大会でいずれひろみは負ける
       そのときのひろみの態度をよく見てなさい
       やぶれたあとの態度で
       失敗をどう生かすかでその人間の器がわかるのよ

 *****


 ジャッキーの言葉に「起きた事自体は幸不幸の性格を持ってない、幸不幸の性格付けをするのは私達人間よ」とあります。自分にとって都合の悪い出来事を「不幸」と捉えてそれを嘆き悲しみ、恨めしくしていると、更なる「不幸」を引き寄せてしまう、「幸せ」を目指す自分の「運気の流れ」を低下せしめてしまう、と説いています。更にジャッキーは、自らがペアを組むと決めた岡ひろみは、いずれこの大会で負けるが、その敗戦をさらに良く生かすことができることを予測し、それが岡ひろみのプレーヤーとしての伸びしろ、すなわち「運気の流れ」を高く維持する能力を評価しています。
 実は、あくまでも漫画の中での話ですが、この後、岡ひろみ選手は宗方 仁コーチと死別します。強い絆で結ばれたコーチの死後、慟哭から立ち直りウィンブルドンを目指す岡ひろみを描いた原作者、山本鈴美香先生は、「引き寄せの法則」あるいは「原因と結果の法則」を熟知していたのでは?、と思わされます。

 起こった出来事に対する感じ方によって「運気の流れ」を上げも下げもすると言う例えとして古い漫画を引用させていただきました。


◇ 「不幸の消去」は「ホ・オポノポノ」と同義!?

 さて、「不幸」な感情(不幸感)が実際の「不幸」を引き寄せると言う観念から、「運気の流れ」の下降線を食い止める「不幸の消去」を提案しました。その例えとして、自分が不幸に思った出来事をなんども反芻(はんすう)して「不幸(感)」を甦らせることの弊害と、起こった出来事を自分にとっての「幸福(=幸運)」に解釈する感情が「運気の流れ」を向上することを申し上げました。

 不幸(感)を繰り返さない、あるいは、これまでならば不幸と感じたものを不幸と感じないこと、すなわち総じて「不幸の消去」によって「運気の流れ」を向上する考え方は、以前にも触れました「ホ・オポノポノ」(昨年11月8日掲載、「幸せになるハワイの教え 『ホ・オポノポノ』」他)に近いものと考えます。

http://hemitotsy.blog.fc2.com/blog-entry-92.html

 「ホ・オポノポノ」は「ありがとう」、「ごめんなさい」、「私を許してください」、「愛してます」の言葉を唱えることで、ヒトが感じる「不満」や「怒り」、「不安」などの不快な感情、潜在意識に既にある過去の記憶を消去する、すなわちクリーニングによって自らを浄化して幸福を手に入れられると言う教えであります。

 「不幸の消去」=「ホ・オポノポノ」?
  →「運気の流れ」の向上


 古代からハワイにて伝承された「癒しの方法」、「問題解決法」である「ホ・オポノポノ」は実は「引き寄せの法則」で言われるところの「不幸の引き寄せ」を防止する手段と言えるかも知れません。

癒しの言葉
  ホ・オポノポノにおける4つの癒しの言葉


http://ja.wikipedia.org/wiki/P.S._元気です、俊平
http://ja.wikipedia.org/wiki/エースをねらえ!