アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

抗精神病薬後遺症に関するYahoo知恵袋に異論

 ちょっとしたことから抗精神病薬の後遺症を調べることになり、目に止まってしまったYahoo知恵袋をご紹介します。あんまり難しく考える必要は無いのかも知れませんが、なんとなく、薄気味悪い、背筋が寒くなるような感覚を持ちました。

 まずは、Yahoo検索画面で「抗精神病薬 後遺症」と入力して検索ボタンを押しますと、以下の如く、検索結果の上位一番目にYahoo知恵袋がありました。Yahooの知恵袋なのでYahoo検索画面で上位なのかと思い、Googleでも検索したらやはり上位一番目でありました。

Yahoo検索 抗精神病薬 後遺症

Google検索 抗精神病薬 後遺症

 「抗精神薬で取り返しの付かない後遺症が残ってしまいました」とのタイトルに吸い込まれるようにクリックしてみると、、、。

Yahoo知恵袋 抗精神薬

 Yahoo知恵袋でしので質問に対するベストアンサーが掲載されており、「解決済み」の判子が押されています。全文をご紹介します。

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抗精神薬で取り返しの付かない後遺症が残ってしまいました。どうか安楽死できる方法を教えてください。

 5月ごろ、欝気味でクリニックに通い始めたところ、だんだん薬の種類が増えて、7月には

 セニラン 2 mg
 スルピリド 50 mg
 リボトリール 0.5 mg
 デプロメール 25 mg
 ミルナシプラン 50 mg
 アモキサンカプセル 10 mg
 エビリファイ 3 mg

上記の7種類に増えていました。

 ちょっと飲みすぎではないか不安になり当時の担当医に「どんどん増えてきていますがこんなに飲んでも大丈夫でしょうか?」とたずねたら「大丈夫ですよ~。」とのことだったので、そのまま飲み続けました。そのうちになんだか現実感がなくなり、担当医に「薬の副作用の可能性はありますか?」とたずねたら「ないですね~」とのことでした。そして8月の半ば、足がじっとして座っていられない強烈な不快感と気分の悪さが襲ってきました。(あとでわかりましたがアカシジアという副作用だったそうです)

 ぜんぜんよい方向に向かっていると思えず、通っていたクリニックではなく、セカンドオピニオンもかねて県立の精神病院へ行きました。そこの担当医から、「一度、飲んでいる薬を全部やめてみて、そのあと残った症状をみて治療しましょう。今もっている薬は捨ててしまっていいです」と指示があり、前のクリニックでもらった7種類の薬を一気に断薬しました。すると、症状がますます酷くなりました。

 ・断薬後4日目ほどから突然眠れなくなり、「眠気」というものがまったくおとずれない。
 ・長時間効くはずの眠剤(ベンザリン)を飲んでも、毎日2時間ほどしか寝れない。
 ・おなかがすくという感覚がまったく起きない。
 ・感情がまったくなくなりテレビを見ても音楽を聞いても何も感じなくなった。
 ・今まで出来ていたことが出来なくなってしまった。なにもかもわからなくなってしまったようなかんじ。
 ・副作用でなった便秘が断薬後も治らず、便秘薬を飲まないと排便できない
 ・本が理解できない
 ・記憶力をほぼ全て失った
 ・しょっちゅう手足に冷や汗が出る

 最初、これらは離脱症状で一時的なものかと思っていましたが、2ヶ月以上も状態が変わらず、寝たきりです。前のクリニックで飲んでいた7種類の薬が相互作用を起こしたのか、全てを一気に断薬したのがよくなかったのか、原因はわかりませんが、脳のどこかがおかしくなってしまったようです。担当医は、「薬が脳にダメージを与えることはありません」と断言していますが嘘だとおもいます。

 こんな状態で生きていくことはできません。ヘリウムと首吊りは、実際はとても苦痛なのを知りました。他に安楽死の方法をご存知の方どうか教えてください

【補 足】
 県立病院の先生は、「重度のうつ」と診断し、ジェイゾロフトを飲んで1ヶ月になりますが全く症状が変わりません。「一気に」断薬するまではこんなにひどくなかったのに。。。ネットで検索したら抗精神薬により後遺症を受けて何年経っても回復せず苦しんでいる人たちがたくさんいることを知りました。私は回復するかどうかわかりませんが、一日2時間しか眠れないので、そのうちに健康を害し死ぬかもしれません。

質問日時:2010/11/5 22:15:14
解決日時:2010/11/12 20:12:37

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ベストアンサーに選ばれた回答

 オランダに行って、その国の国籍を取ってください。オランダには「安楽死法」がありますので、その条件さえ満たせば施行してもらえます。「不治の病で耐えられない苦痛がある患者が自発的意思で希望した場合、安楽死の措置をした医師の刑事責任を問わないという内容。他に、(1)患者への情報提供(2)代替手段がないこと(3)第三者の医師との相談などが義務付けられている。非在住者の安楽死には適用されない」「患者は、こん睡状態などの事態に備え、事前に安楽死希望の書類を記しておくこともできる。安楽死が認められる患者は12歳以上で、16歳未満の場合は親権者の同意が必要とされる」

回答日時:2010/11/5 22:50:35

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質問した人からのお礼

 オランダへ行くしかないのですね。勉強になりました。抗精神薬が脳にダメージを与えるのは残念ながら事実なようです(医者は断固として認めませんが)。他に回答していただいた方々、ありがとうございました。

コメント日時:2010/11/12 20:12:37

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 抗精神病薬のみならず、薬剤の副作用、後遺症は、投与量、投与期間、薬剤の併用、体質によって様々だと思いますが、知恵袋に質問された内容は極めて激烈な症状とお見受けしました。しかしながら、恐らくは同年の、5月よりクリニックに通い始めて、7月には7剤併用となり、8月半ばに他院受診したところ休薬となって2ヶ月、抗うつ剤を単剤投与されて1ヶ月経った11月の投稿のようです。最初のクリニック初診からまだ半年、ダイナミックに内服薬が変わっている状況で、「取り返しの付かない後遺症」とするには時期尚早、手探りで診断と治療している段階と思われます。でも、あまりにも辛い症状と不安感、病気に伴う不安定な精神状態から、このまま永遠に続く症状ではないか?と、自殺までも考える気持ちは痛いほど解ります。
 私が「薄気味悪い、背筋が寒くなる」と申し上げたのは、ベストアンサーとされた投稿と、それを「ベストアンサー」とする神経です。そんなに目くじらを立てるものでは無いのかも知れませんが、「安楽死をするためにオランダの国籍を取りましょう」って、現実的ではない、「オランダには安楽死法がある」って、ただそれだけの知識、相談者の苦痛や人の命をなんとも思わない回答だと思います。「安楽死できる方法を教えてください」との質問に、素直に答えただけ、現実的で具体的な安楽死の方法を教えたわけではない、と言うかも知れませんが、オランダ云々はなんの解決にもならないふざけた発言に思えます。
 百歩譲って回答するのは個人の自由としても、これを「ベストアンサー」として掲載する人間の見識、倫理観を疑わざるを得ないです。「オランダへ行くしかないのですね。勉強になりました」との返答に対しての判断なのか?、細かいシムテムまでは知りませんし、「安楽死できる方法を教えてください」との質問に的確に合致している回答との判断なのかも知れません。
 しかし、上で申し上げた通り、「最初のクリニック初診からまだ半年、『取り返しの付かない後遺症』とするには時期尚早、手探りで診断と治療している段階」との考え方はあります。そうしたアドバイスから自殺なんて考えずに頑張って治療して行きましょうとする、励ましの回答があって欲しいですし、あったと思いたい、信じたいです。

 YahooでもGoogleでも、「抗精神薬 後遺症」で検索して、上位一番目に認められた「Yahoo知恵袋」に、病気に苦しむ人に対する良心を求める気持ちを強く持ちました。
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浅田 真央 選手のスピリッツ

 数日前、フィギュアスケート女子、浅田 真央 選手に対する、森 喜朗 元総理の「あの子は、大事な時に必ず転ぶ」と言った発言について、、、、

 日本の政治家なんてこんなもの、発言が隙だらけで、
 およそアスリートの高い次元のスピリットを理解できない人種

 アスリートのスピリッツなど理解できない日本の政治屋


と申し上げました。この、情けない、悔しい気持ちに全く変わりはないのですが、、、。浅田 真央 選手は本日、帰国ののインタビューでその件について質問され、、、、

 「私自身、それを聞いたのは終わった後でした。
 人間なので失敗することもあります。
 失敗したくて失敗しているわけじゃないです」

 「私は別になんとも思っていないですけど、森さんが今、
 後悔しているのではないかなと思います」


と答えました。たいしたものです!、このアスリートは、実はやっぱり強い!、この選手にもう一度、オリンピックのメダルを託したい、と心から思いました。来年以降の現役続行に「ハーフ、ハーフ(50%、50%)」とのことですが、その笑顔の表情に、ある一定期間の休みをおいたとしても、心は次のオリンピックに決まりつつあるように思うのは私だけでしょうか?

真央インタビュー写真

浅田 真央 選手に対するアスリートたちの激励ツイッター

 ソチオリンピックもそろそろ終盤、連日、睡眠不足になりながら観戦しております。上村 愛子 選手、オリンピックは5回目、7位、6位、5位、4位と来て、今回も4位とメダルには届きませんでしたが、「すがすがしい気持ち」と語った涙の笑顔に胸が熱くなりました。

上村愛子

(金)メダルにこだわり続けたジャンプのレジェンド(伝説)こと、葛西 紀明 選手のラージヒル個人の銀メダルと団体での銅メダルは、自身の身の上話と併せて、深い感動を与えてくれました。フィギュアスケート男子の、皇帝プルシェンコから 羽生 結弦 への覇権の移動には未来に向けた新たな大いなる期待感をもらいます。

葛西紀明

 そんな中、期待通りにいかない、せつない思いにさせる出来事も少なくありません。女子スキージャンプの 高梨 沙羅 選手は、連戦連勝のシーズンを過ごしてきたのに、メダルに届かずに終わりました。そして、何と言ってもフィギュアスケート女子、昨夜の出来事ですが、浅田 真央 選手はショートプログラムの冒頭に転倒、その後もミスが目立ち30人中16位には息をのみました。期待通りに行かなかったことに加えて、真央選手の気持ちを憂いで辛い思いをした人は多いと思います。

真央3A転倒

 アスリートと言うものは、努力に裏打ちされた実力、自信、そして集中力と、つい失敗した時のことを思ってしまうプレッシャーや緊張感、弱気と言うものは背中合わせであり、実力通りのプレーが出来るかどうかは、「それも実力のうち」と言う言葉では片付けられない、「実力」とは違う次元の精神性の部分だと思います。

 あまり、浅田 真央 選手関連のニュースは見ないようにしていましたが、目に入ってしまい、つい読んでしまった、恥ずかし日本の政治家、元総理大臣の発言がありました。以下の通りです。

森発言記事

森元首相

 プライベートで何か言うならけっこうですが、マイクに向って話せば日本人の心を逆撫でします。浅田 選手の耳に届けば23歳の女の子が辛い気持ちになるでしょう。日本の政治家なんてこんなもの、発言が隙だらけで、おおよそアスリートの高い次元のスピリットなんか理解できない人種のように思えてしまいます。

 アスリートのスピリッツなど理解できない日本の政治屋

 そんな中、失意の気持ちが救われる記事もあります。海外の有名スケーターたちが「#GoMao」「#MaoFight!」と言ったTwitterでエールを送っているとのことです。同じアスリートとして、競技に望む時の厳しさを知っているからこそ、応援せざるを得ない、トップアスリートに対するリスペクトがあるからこそ寄せられている言葉です。今夜の 浅田 真央 選手、大切なのは順位ではなく、自分の実力を出すこと、頑張れ!!!

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ツイート記事表紙

maofight.jpg

 日本時間の2月20日早朝にソチ五輪で行われたフィギュアスケート女子シングルショートプログラムで、ミスが相次ぎ16位となった日本代表の浅田真央選手に対し、海外の有名スケーターたちがTwitterでエールを送っている。一般ユーザーからの応援の声も、ハッシュタグ「#GoMao」「#MaoFight!」に集まっている。

 ソチ五輪男子シングルで17位だったミーシャ・ジー選手(ウズベキスタン)は、浅田選手の演技前に「#GANBATE」タグ付きで声援。演技後には「真央の点数はとても残念だがあきらめないで。フリープログラムを良くするために、さらに大きなサポートを!」と「#MaoFight!」タグを付けてつぶやいた。このタグを使ったのはジー選手が最初のようで、浅田選手を応援するために作ったようだ。

ミーシャのツイート

 浅田選手を応援するタグとしては「#GoMao」が以前から使われており、ジー選手は「みんな、真央ちゃんをもっと支えて、もっと前向きな雰囲気を!」と「#GoMao」付きでもつぶやいている。

 同12位だったジェレミー・アボット選手(米国)は、「胸が張り裂ける思いだ。真央はすばらしいチャンピオン。明日はもっと強くなっているだろう」とツイート。バンクーバー五輪銅メダリストのジョアニー・ロシェット選手(カナダ)は「ミスは残念だったが、このプログラムは大好き」とつぶやいた。

 「Gambatte!!!」――トリノ五輪男子フィギュア銅メダリストで、羽生結弦選手の振り付けを担当したジェフリー・バトル元選手(カナダ)は、浅田選手の演技前にエール。演技後には「技術的にも芸術的にも限界に挑戦する真央をとても尊敬している」とツイートした。

 女子シングルフリーは日本時間21日午前時から。浅田選手は第2グループの最後、全体の12番目に滑走予定だ。

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従軍慰安婦問題の展望:まずは、世界に対して「河野談話」を否定するところからやり直すべきではないか?

 「従軍慰安婦問題」などと、極めて細かく大量の出来事があった問題を扱ってしまい、いささか不十分な記事に、後から少しず追加したりしております。今後も更新することはあろうかと思います。

 だいたい大まかな流れをつかんだところで思う事を申します。例えば、吉田 清治 氏の作り話の書籍にしろ、つじつまの合わない証言をする元慰安婦や、植村 隆 記者が捏造した朝日新聞の記事であっても、利益に基づいた個人の行いはしばしば見られることでありますが、政府が不十分な調査で間違った声明を出してしまえば、国として認めたことになり、それがそのまま明確な証拠となってしまいます。本記事のタイトルに示す如く、日本の取るべき道は「河野談話」のはっきりした否定だと思います。

 日本の取るべき道は「河野談話」のはっきりした否定

 阿部首相は「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実」と発言していますが、政府としては「河野談話」を踏襲する姿勢であります。確かに、過去に政府の見解として出したものを、後の政府、しかも同一の政党が「あれは間違いでした」とすることは、信頼に関わりますので、そんなに頻繁に行うわけにはいかないと思います。「河野談話」はもう20年以上も前の出来事ですので、今更、政府として蒸し返さず、大人しくしておれば、反日の流れは去るだろうとする意見もあろうかと存じます。
 しかしながら、韓国のこの問題に対する姿勢を見るにつけ、沈静化するどころかますますエスカレートして行くように思えます。私個人は、何かのきっかけでもあれば、襟を正して、胸を張って、世界に声明を出して良いと思います、「『河野談話』は間違いでした!」と、、、。

 韓国の姿勢は現在進行形でありエスカレートする一方

 「何かのきっかけでもあれば、、、」などと申しましたが、この年末年始に「河野談話」に関する報道がありましたのでご紹介します。


◇ 直近の「河野談話」に関する報道

 この年末、12月28日、従軍慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」をめぐり、日本維新の会が年明けに「河野談話」の撤回と、河野氏の国会への参考人招致を求める署名運動を全国で展開するとした記事が掲載されました。

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河野談話撤回を求める維新の会記事

 慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」をめぐり、日本維新の会が年明けに河野談話の撤回と、河野氏の国会への参考人招致を求める署名運動を全国で展開することが27日、分かった。
 談話の根拠となった韓国での元慰安婦への聞き取り調査報告書は「ずさん」だったことが産経新聞の報道で明らかになっており、維新は署名運動を通じ見直しの機運を盛り上げたい考えだ。平沼赳夫国会議員団代表らが主導して進める。維新は「歴史問題検証プロジェクト・チーム(PT)」(座長・中山成彬元文部科学相)を11月に発足させ、談話の検証を開始。12月に内閣官房に対し、元慰安婦16人の聞き取り調査報告書の開示請求を行った。米カリフォルニア州グレンデール市に「慰安婦」像が設置された問題では、党所属国会議員が現地を視察している。
 だが、こうした取り組みにもかかわらず、談話見直しの論議は広がりを欠いている。このため、「間違った談話で、日本人がいわれのない汚名を着せられたままではいけない」(幹部)として、全国で声を上げることにした。

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 さらに本年の元日、「河野談話」が、日本政府によって原案の段階から韓国側に提示、指摘によって修正するなど、日韓の合作であった、との記事が掲載されました。

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河野談話日韓合作記事

原案段階からすり合わせ

 慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」について、政府は原案の段階から韓国側に提示し、指摘に沿って修正するなど事実上、日韓の合作だったことが31日、分かった。当時の政府は韓国側へは発表直前に趣旨を通知したと説明していたが、実際は強制性の認定をはじめ細部に至るまで韓国の意向を反映させたものであり、談話の欺瞞(ぎまん)性を露呈した。

 当時の政府関係者らが詳細に証言した。日韓両政府は談話の内容や字句、表現に至るまで発表の直前まで綿密にすり合わせていた。
 証言によると、政府は同年7月26日から30日まで、韓国で元慰安婦16人への聞き取り調査を行った後、直ちに談話原案を在日韓国大使館に渡して了解を求めた。これに対し、韓国側は「一部修正を希望する」と回答し、約10カ所の修正を要求したという。
 原案では「慰安婦の募集については、軍の意向を受けた業者がこれに当たった」とある部分について、韓国側は「意向」を強制性が明らかな「指示」とするよう要求した。日本側が「軍が指示した根拠がない」として強い期待を表す「要望」がぎりぎりだと投げ返すと、韓国側は「強く請い求め、必要とすること」を意味する「要請」を提案し、最終的にこの表現を採用した。
 別の箇所でも「軍当局の意向」は「軍当局の要請」に書き換えられた。原案で慰安婦に対し「心からおわび申し上げる」とある箇所は、韓国側に「反省の気持ち」を付け加えるよう指摘され、盛り込まれた。
 修正に応じなかった箇所もある。原案が「(慰安婦が)意思に反して集められた事例が数多くあり」とする部分で、韓国側は「事例が数多くあり」の削除を求めた。これでは募集全部に強制性が及ぶことになるため、日本側は修正を拒否した。
 政府は、河野談話がほぼ固まった同年8月2日、韓国の閣僚にも案文を伝えた。閣僚は一定の評価をしつつも、「韓国民に、一部の女性は自発的に慰安婦になったという印象を与えるわけにはいかない」と強調したとされる。

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◇ 櫻井よしこ 氏の論説

 この問題に関する記事の最後に、2007年の「WiLL」と言う雑誌に載っていた評論家 櫻井よしこ 氏の論説を、全文の引用でご紹介し、本問題に関する記事を一旦、終了といたします。たいへん力強い言い回しに強い説得力を感じます。

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桜井良子氏と本

櫻井よしこ

日本を貶め続ける「河野談話」という悪霊


強制連行を認めた河野氏

 九三年八月四日、宮澤喜一内閣総辞職の前日に、河野洋平官房長官が発表した談話が悪霊のように日本にとり憑いている。
 中国や韓国、さらに欧米諸国で"高く"評価されるに至った河野談話は「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」と明記して、「官憲」が「強圧」によって慰安婦を生み出したと、公に認める内容だった。また、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営された」、「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは問接にこれに関与した」、「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」として、軍による強制の意思が働いていたことを強く示唆する内容だった。

 また、河野氏は、直後の記者会見で次のように、より明確に強制連行を認めている。(官邸記者)「今回の調査結果は、強制連行の事実があったという認識でよろしいわけでしょうか?」。「そういう事実があったと。結構です」、氏は明快に答えたが、これだけはっきり言うからには根拠があるはずだ。その点を別の官邸詰めの記者が質問した。「強制連行については公文書は見つからずそれで聞きとり調査をしたと理解していますが、客観的資料は見つかったのですか?」。この問いに河野氏は次のように答えた。「強制には、物理的な強制もあるし、精神的な強制もあるんです。精神的な強制は官憲側の記憶に残るというものではない。しかし関係者、被害者の証言、それから加害者側の話を聞いております。いずれにしても、ご本人の意思に反した事例が数多くあるのは、はっきりしておりますから」。

 要は、質問に出てきた客観的資料はなかったのだ。しかし、「証拠はないという事実」に反して、河野氏は「強制」があったと断じ、それが一人歩きし始めた。政府は、当時十六人の元韓国人慰安婦の証言を聴いており、彼女らの証言が「強制」の決め手になったとされた。だが、その証言内容も、証言者の姓名も、今日に圭るまで、一切明らかにされていない。


公表できない調査内容

 私が実際にこの問題について当事者らの取材を始めたのはそれから四年近くがすぎてからだった。九七年四月から慰安婦問題が中学の歴史教科書に掲載されることになり、事実はどうなのかという疑問が再ぴ私の中で頭をもたげてきたのだ。
 宮澤内閣の力を結集して集めた歴史資料は膨大な量にのぼり、その中には、日本軍による強制を示す資料はただの一片もなかったとされている。にもかかわらず 、なぜ、政府は強制を認めたのか、私は考え得る当事者たち全員に取材を申し込んだ。そして取材を一旦受けながら、直前に断ってきた宮澤首相を除き、河野氏、河野 氏の前に官房長官を務めた加藤紘一氏、官房副長官の石原信雄氏、外務審議室長 の谷野作太郎氏、武藤嘉文外相、駐日韓国大使の孔魯明氏、駐韓日本大使の後藤 利雄氏らの話を聞いた。その結果確認出来たのは、河野談話には根拠となる事実は、全く、存在せず、日韓間の交渉の中で醸成されていったある種の期待感と河野氏自身の歴史観が色濃く反映されていたことだった。氏の歴史観、戦争に関する極めて、否定的な想いは、宮澤氏のそれと多くの共通項を有してもいた。

 河野談話に至る過程で重要な役割を果たしたのが、前述のように、十六名の女性たちの"証言"だった。十六人は韓国政府によって選ばれ、日本側から外政審議室 の田中耕太郎審議官ら四名が韓国に派遣され、一人平均二時間半をかけて聞き取 りをした。報告書を読んだ谷野外政審議室長は次のように語った。「凄まじい内容でした。宮澤さんにお見せしたら目を背けました。読みたくない と仰った。余程公表しようと思いましたが、出してもいうことをきかない人はきかない。余りにもオドロオドロしいので出しませんでした」。
 一方、石原氏は、「最後まで迷いました。第三者でなく本人の話ですから不利な 事は言わない、自分に有利なように言う可能性もあるわけです。それを(旧日本軍及び政府による強制連行有無の)判断材料として採用するしかないというのは …」と口ごもった。氏が口ごもったのは、女性たちへの聞き取りが尋常なものではなかったからである。第一に、日本側から女性たちへの反問も検証も許されなかった。加えて、韓国政府の強い要望で実現した聞き取り調査は、日本政府が、女性たちは生活やお 金のために慰安婦になったのではなく、強制連行されたのだと認め、謝罪することにつながるべきだと、韓国政府が要求していたことである。
 事実、聞き取り調査の始まる前の七月十四日、孔大使は日本記者クラブで会見し 、元慰安婦の名誉回復のため、強制連行だったと日本政府が認めることが第一条件だと述べている。女性たちの証言は日本政府が聞き取りをすると決めた瞬間から旧日本軍による強制連行の"証拠"となるべき運命だったと言える。


韓国人でも証言に疑問

 ただ、石原氏も谷野氏も、温度差はあれ、証言内容に疑問を抱いてはいた。「彼女たちの体験を売春だったと開き直れる世界ではありません」と述べた谷野氏でさえ、女性たちの証言を「そのまま信ずるかと言われれば疑問はあります」と答えたのだ。女性たちの証言を信じ難いとする評価は日本人だけのものではない。韓国においても同様の見方がある。九三年、二月に出版された『強制で連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち証言集1』(韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編)は、四十余人を対象に調査を実施した。調査に参加した安秉直・ソウル大学教授はこう書いている。
 「調査を検討するにあたってとても難しかった点は、証言者の陳述が理論的に前と後ろが合わない場合がめずらしくなかったことだ」、「調査者たちをたいへん困難にさせたのは、証言者が意図的に事実を、歪曲していると感じられるケースだ。我々はこのような場合に備えて、調査者一人一人が証言者に人間的に密接になることによってそのような困難を克服しようと努力し、大部分の場合に意図した通りの成果を上げはしたが、ある場合には調査を中断せざるを得ないケースもあった」(西岡力氏『闇に挑む!』徳間書店)。
 韓国の人々の目にも疑問が残った女性たちの証言を前にして石原氏が懸念したことのひとつは、日本が強制を認めた場合、それが後々、新たな補償問題につながっていく可能性だった。だが、韓国政府は日本政府より一枚上手だった。彼らは日本側の懸念を見通し、日本政府が強制を認め易くするために、日本には金銭的補償は求めない、補償の必要があれば、韓国政府の責任において行うと明言したのだ。こうして、懸念取り除かれた日本政府は強制連行を認めるべく、背中を押されていった。


十三歳の少女まで?

 だが日本が強制を認めて四年後、状況はまたもや微妙に変化した。九七年春、韓国の柳宗夏外相が、日本政府は慰安婦問題に対して補償し責任を認めるべきだと述べたのだ。日本政府による個人補償の必要性に韓国政府がはじめて言及した瞬間だった。
 石原氏は「女性たちの名誉が回復されるということで強制性を認めたのであり、 国家賠償の前提としての話だったなら、通常の裁判同様、厳密な事実関係の調査に基づいた証拠を求めていたはずだ」と語る。河野談話はそうではないという前提で、"善意"で"日韓関係に配慮して"認めたというのだ。もう一歩踏み込んで言えば、あの時点で日本政府が強制性を認めれば、韓国側は もはやこの間題を問わないという、阿吽の呼吸とでも呼びたくなる"共通の理解" があったと、氏は述懐する。河野官房長官の強い意思とそれを支える宮澤首相の決意によって生まれた談話は、いま、国際社会で日本軍による強制連行の動かぬ証拠とされ、日本非難の支柱となった。

 それにしても、米国下院での状況は、検証のプロセスが欠落している点で、日本での聞き取りと酷似する。米下院本会議に、「旧日本軍が若い女性を強制的に性的奴隷にしたことに対して、日本政府の公式な謝罪を要求する」という内容の決議案が日系三世のホンダ議員によって提出されたのは、今年一月三十一日だった。
 米国下院の決議案には、「日本帝国陸軍が直接的及び間接的に」、「若い女性の隷属」、「誘拐を組織することを許可した」「慰安婦の奴隷化は、日本国政府によって公式に委任及び組織化され、輸姦、強制的中絶、性的暴行、人身売買を伴っていた」と記述されている。

 慰安婦の中には、十二歳の少女もいたとされ、彼女らは、「自宅から拉致され」、「二十万人もの女性が奴隷化され」、「多くの慰安婦は、最終的には殺害されたり、交戦状態が終了した際には自殺に追い込まれた」、その結果、「(女性たち)の 内僅かしか今日まで生存していない」とある。こうした対日非難の"証拠"となったのが、またもや、検証されざる女性たちの証言である。たとえば二月十五日の米下院公聴会で証言した韓国人女性は昭和十九 年、十六歳のとき、友人に誘われて未明に家出し、国民服の日本人の男についていったそうだ。汽車と船を乗りついで台湾に到着、男が慰安所の所有者だったと 知った。男は彼女を電気ショックで拷問し、電話線を引き抜いて縛り上げ、電話 機で殴ったという。彼女は売春を強制されたが、「ただの一度も支払いを受けなかった」とも語っている。


検証もせずに批判

 真実とすれば、このひどい取り扱いは心底憎むべきものであり、女性には深い同情を禁じ得ない。だが、疑問も残る。たとえば、右の証言はどこで日本国政府や軍による挾致、強制につながるのかという点だ。白ら語ったように、彼女は友人と家出した。彼女らを台湾に連れて行ったのは慰安所の所有者だった。彼女の台湾行きに日本軍や日本政府が加担し、強制したのでないのは明らかだ。また同じ公聴会で証言したオランダ人女性は「インドネシアの抑留所にいた一九四四年、日本軍の将校に連行され、慰安所で性行為を強要された」と証言した。 たしかに、インドネシアでは、現地の旧日本軍人がオランダ人捕虜の女性を同意なく売春婦として働かせたことがあった。
 しかし、事態を知った軍本部は、この慰安所の閉鎖を命じ、当事者は戦後、戦争犯罪人として死刑に処せられている。彼女の事件は、むしろ日本側が「国家による強制はなかった」と説明出来る材料なのだ。にもかかわらず、ホンダ議員らは検証もせずに日本を断罪する。戦後補償問題に取り組むミンディー・コトラー氏も、公聴会で慰安婦問題とユダヤ人虐殺を同列に並べ、日本に、強制連行を否定することで「日米同盟の名誉を汚すのをやめよ 」と糾弾した。


河野談話が全ての原因

 かつて日本政府は韓国政府の強い要請を受け入れて、疑問を封じ込めて強制を認めたが、今や、女性たちの証言は、韓国政府が要請しなくとも、検証なしで、米国議会で受け容れられていく。まさに河野談話によって、強制性は慰安婦問題の大前提として国際社会に認知されたのだ。そのことに気づけば、駐日米大使の三月の発言も、自ずと理解出来る。トーマス・シーファー大使は米国下院公聴会での女性たちの言葉を「信じる」、「女性たちは売春を強要された」として旧日本軍による強制は「自明の事実」と述べた。ホンダ議員も、二月二十五日、日本のテレビに生出演して、「強制連行の根拠を示してほしい」と問われ、答えた。「実際に(河野)談話という形でコメントが出ているじゃありませんか。また、 強制的でなかったというのなら、どうして日本の首相は心よりお詫びしたのですか」。

 日本を深く傷つけ、貶め続ける河野談話。だが、米国の反日グループからは、次のように悪し様に言われている。コトラー氏は公聴会で述べた。「日本政府は公式な謝罪をしたことがない。今までの首相の謝罪は全部個人の意見としての謝罪である」、「官房長官は、ホワイトハウスの広報担当者とほぼ同じ。広報担当者のお詫びが政府のお詫びでないように、河野氏のお詫びも政府のお詫びではない」。さらに「河野氏はレイムダックで、責任を持てない」人物だとし、「この問題は今日だけではなく明日の問題でもある」と強調した。

 河野談話にもかかわらず、未来永劫日本の非をとがめ、責任を問い続けるというのだ。そして決議案は、日本政府は「歴史的責任を明確に認め、受け人れ」、「この恐ろしい罪について、現在及び未来の世代に対して教育し」、「慰安婦の従属化・奴隷化は行われなかったとするすべての主張に対して、公に、強く、繰り 返し、反論し」、米国下院の主張する慰安婦のための「追加的経済措置」について国連やNGOの勧告に耳を傾けよと結論づけている。河野談話が全て、裏目に出ているのである。


証拠ない、と安倍首相

 安倍首相はこうした動きについて、河野談話を引きつぐとしながらも、重要な点に言及した。三月一日には「(軍の強制連行への直接関与など)強制性を裏づける証拠がなかったのは事実」と発言し、三月十六日には社民党の辻元清美衆院議員の質問上意書に対して、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見あたらなかった」とする政府答弁を出した。韓国政府もメディアも即反応した。宋畏淳外交通商相は二日、「健全で未来志向の日韓関係を築く共通の努力の助けにならない」と不快感を表明。有力紙『中央日報』は下院公聴会に関連して「日本は恥ずかしくないのか」との見出しをつけた。

 河野談話は「女性たちの名誉を守るため」に「善意」で出されたはずだった。それがいま反対に、恥を知れと日本に突きつけられる。にもかかわらず、つい先頃までの日本政府、外務省の対策は信じ難くもお粗末だ。たとえば、米国下院の対日非難に対し、駐米大使加藤良三氏はこの数か月、何をしてきたか。たしかに氏は、下院宛に書簡を出した。だがそこには、日本が謝っていないとするのは正しくない、日本はこれまで謝罪を重ねてきたと書かれているのである。事実関係を争う文章は、一行も見当たらない。但し、加藤氏の名誉のためにつけ加えれば、氏は二月の公聴会の直前、「決議案は事実に基づいていない」とする声明を出した。出さないよりも出した方がよかったとはいえ、公聴会直前の簡単な声明がいか程の説得力を持つのか。なぜこれまで、下院の動きに対して、事実に基づく抗議も説明もしてこなかったのか。

 ホンダ議員についても、外務省は調査してこなかった。同議員は後述するように 、中国の反日勢力と深く結びついている。そのことを明らかにしたのは産経をはじめとするメディアである。それはメディアの責任である以上に、大使以下、ワシントン大使館の外交官の責務であるはずだ。日本の名誉を汚し、国益を損ねる理由なき外国の主張に、反論もしないのは、責任放棄であり国辱外交である。


反日団体と密なホンダ

 「沈黙して耐えるのがよい」。こういう意見は内外に少なからず存在する。たとえば知日派のマイケル・グリーン前国家安全保障会議アジア上級部長である。氏は「慰安婦問題は、高いレベルで政治介入すればかえって複雑化する。強制性があろうとなかろうと、被害者の経験は悲劇で、現在の感性では誰もが同情を禁じ得ない。強制性の有無を解明しても、日本の国際的な評判が良くなるという話ではない」、「日本が政治的に勝利することはない」と言う。同様の意見は日本国内ではさらに多い。とりあえず眼前の摩擦を回避し、"火を消すのが大事"だと考える結果、事実関係については、"歴史家に任せよ"などと言う。

 しかし、これまでと同じ小手先の手法が一体どこにつながっていくのか。答を得るためにはホンダ議員が過去に関わった対日賠償請求問題を検証しなければならない。米カリフォルニア州議会で「賠償・第二次大戦、奴隷的な強制労働」という条項を含む民事訴訟法が成立したのは九九年七月だった。
 タイトルからはナチス・ドイツ時代のユダヤ人強制労働に対する賠償請求が連想されるが、なんと、それは ナチス政権、その同盟国との表現で日本を訴追の対象に含めた法案だった。同法案成立から一カ月後、同州議会はホンダ議員が提出した第二次世界大戦時の 日本軍による戦争犯罪に関する下院共同決議を採択した。それはアイリス・チャン氏の『ザ・レイプ・オブ・南京』を全面的に肯定して日本を貶める、おどろお どろしい内容だった。ホンダ議員らは、日本の歴史的責任は現在米国で活動中の日本企業が果たすべきだとして、二〇一〇年まで、対日企業賠償請求訴訟を起こすことが出来ると定めた。日本企業への賠償請求金額は一兆ドル・百二十兆円に上った。

 ユダヤ人の消滅を国策としたドイツと日本が一緒にされる理由は、断じてない。 公正さも国際法も無視したあの東京裁判においてさえも、連合国は日本を"人道に対する罪"で裁くことが出来なかった。にもかかわらず、凄まじい偏見と日本を貶めたという意図に立って対日企業賠償訴訟を法制化したのがホンダ議員だ。同じ人物が、今回もまた、深く関っている。ホンダ議員が中国系反日団体、「世界抗日戦争史実維護(保護)連合会」による全面支援を受けていることも、すでに明らかにされた(「読売新聞」、三月十六日朝刊」。右の連合会には、中国共産党政府の資金が注入されていると考えるべきであり、一連の展開は中国政府の長年の、そして数多くの反日活動の一環だと断じざるを得ない。


誇り高く事実を語れ

 読売の記事は、下院外交委員会でただひとり、「日本はすでに謝罪してきた」として、決議案に反対してきた共和党のダナ・ローラバッカー議員が、地元カリフォルニア州の事務所で韓国系団体の訪問を受け、「決議支援」に転じたとも伝えている。つまり、私たちは今回の米下院の慰安婦問題に関する動きを日米二国間の関係でのみとらえてはならないのだ。下院の決議案は紛れもなく、中輯両国による反日連合勢力の結実で、その中に米国が取り込まれつつあることを物語る。だからこそ、彼らの反日の意図、空恐ろしいほどの反日戦略を読みとり対処すべきなのだ 。沈黙を守れば消え去り、忘れ去られるような生易しい脅威ではない。

 日本がこの深刻な事態に対処すべき道はただひとつ、真正面から正論で闘うことだ。拉致問題で、筋を曲げることなく闘ってきたように、安倍首相は同様の決意で日本の名誉と誇りにかけて、全力で対処しなければならない。国際社会に張り巡らされようとしている反日情報の罠の核心をしっかりと見詰め、長く困難な論争になるのを覚悟して取り組むのだ。挫けず、誇り高く、事実を語り、世界を説得していく心構えをこそ新たにしなければならない。

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http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131228/stt13122808150000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140101/plc14010112380006-n1.htm
http://www.ianfu.net/opinion/sakurai-yoshiko.html

従軍慰安婦問題の経緯:元々朝鮮にいた、ただの「慰安婦」に「従軍」と「問題」が加わった!

 ここでは現代に至るまでの「従軍慰安婦問題」の歴史をおさらいいたします。詳しいところはネットなりをご覧いただければ幸いです。あくまでよく知られている話しを表面的に浅く触れてまいります。


◇ 確かに朝鮮に「慰安婦」はいた!

 見て見ぬふりとか知らないふりをする必要はなく、現代において、世界中にも、日本の各地にも、風俗産業はあります。条例で市町村によって形態は異なるようですけれど、、、。戦争中も慰安行為(売春)によって収入を得る女性が多く存在しました。恐らくはどこの国でもです。日韓では、通称「慰安婦」と呼ばれており、慰安婦の中には親に売られてしまった人や借金を背負っていた人もいたと思われます。しかし、軍による強制ではなく、大卒の初任給が月収約20円の時代に、慰安婦は月収300円以上で公募集をかけられていました。

従軍慰安婦募集
1944年7月26日付けの新聞「京城日報(キョンソンイルボ)」に掲載された慰安婦を募集する広告(月収300円以上(3000円前借可)

従軍慰安婦達
慰安婦の写真(笑顔の女性もいた)

 もっといろいろと調査結果があって、慰安行為の報酬としてお金が支払われた記録や、終戦後日本軍がいなくなった後も現地で慰安行為を行っていたとの証言があります。これらは、特に、日本軍の強制ではない、普通に世界中にあったものの一つである証拠です。軍の命令に従い、同行したものではないので「従軍」ではありません。ただの「慰安婦」なのです。橋下大阪市長とNHK籾井新会長の発言は正しいことは正しいですが、いわゆる「従軍慰安婦問題」に対する発言としては不適切で、的外れなものであります。


◇ 「従軍慰安婦問題」出現前後の韓国政府

 以下に大韓民国の歴代大統領を示します。各大統領の退任時(後)の出来事を付記しましたが、戦後35年間は失脚、亡命、クーデターや暗殺が相次いで、その後は罪に問われる人が目立ちます。

【大韓民国歴代大統領】
 01-03代 48-60年 李承晩(イ・スンマン)   :失脚後亡命
 04-04代 60-62年 尹潽善(ユン・ボソン)   :軍事クーデター
 05-09代 63-79年 朴正煕(パク・チョンヒ)  :暗殺
 10-10代 79-80年 崔圭夏(チェ・ギュハ)   :クーデターで辞任
 11-12代 80-88年 全斗煥(チョン・ドファン) :死刑判決
 13-13代 88-93年 盧泰愚(ノ・テウ)     :懲役刑
 14-14代 93-98年 金泳三(キム・ヨンサム) 
 15-15代 98-03年 金大中(キム・デジュン)  :ノーベル平和賞
 16-16代 03-08年 盧武鉉(ノ・ムヒョン)   :収賄疑惑、自殺
 17-17代 08-13年 李明博(イ・ミョンバク)  :家族に収賄疑
 18-18代 13-14年 朴槿恵(パク・クネ)

 さて、初代の大統領である李承晩氏は、韓国大統領の中でもとりわけ厳しい反日だっと言われます。李承晩政権は日本と国交正常化をせずに多額の賠償請求をして来ました。1952年には一方的に日本海・東シナ海に軍事境界線(李承晩ライン)を設定し、その韓国領海内に竹島も含まれています。しかし、その李承晩政権ですら、外交交渉の場で「慰安婦問題」を持ち出したことは一度もありませんでした。李承晩政権が日本政府に過去の清算としての要求を網羅的にあげた「対日請求要綱」の中でも「強制連行」という言葉は使われていません。この言葉も当時、無かったものです。同様に「慰安婦問題」についても、「対日請求要綱」の中にはまったく出てきません。「慰安婦」の存在は知っていましたが、それを「問題」化して外交交渉の場に持ち込めるとは思っていなかったようです。

 厳しい反日の李承晩政権でさえ慰安婦問題に触れなかった

 朴政煕政権になって、反共が重要な政策である背景に、アジアの自由主義陣営は団結すべきだという立場から、1965年、日韓基本条約が締結され、日韓は国交正常化をしました。その後の1965年から1982年までの間に、歴史問題を理由にした反日デモが起きたことはなく、歴史問題で外交交渉をしたこともありませんでした。すでに清算は済んでいると言う状況でした。

 1965〜82年の日韓に歴史問題は話題にならなかった

 次に述べますが、「慰安婦」が「従軍慰安婦問題」として取り上げられるようになったきっかけは1982年からです。当時、全斗煤政権は日本に対して60億ドルの経済協力を求めていたのですが、日本は拒絶しておりこう着状態にありました。そんな時、歴史認識に関する朝日新聞の誤報に対して中国共産党が抗議しました。それを見た全斗換政権が歴史問題を使えば日本を追い込むことができると判断し、中国共産党と手を組んで、日本批判をして援助をとるという対日歴史糾弾外交を始めます。これ以降、反日、反日と言いながら、金やモノ、技術をくれと言う、歴史を外交のカードにする韓国政府が続いているわけです。

 対日歴史糾弾外交は 1982年 全斗換政権から

李承晩(ライン)と全斗煥
左から李承晩大統領、李承晩ライン、全斗煤大統領


◇ 1982年教科書誤報事件

 1982年6月26日、大手新聞各紙および各テレビ局は、「文部省(現在の文部科学省)が、教科書検定において、高等学校用の日本史教科書の記述を『華北へ侵略』を『華北に進出』に変えさせた」と一斉に報じました。中国政府より公式な抗議がありましたが、実教出版の「世界史」の「華北へ侵略」を「華北に進出」と書き換えた記述は存在せず誤報でありました。8月26日には「日本は過去に於いて韓国・中国を含むアジアの国々に多大な損害を与えた」とする政府見解を宮澤喜一官房長官談話として発表、謝罪しました。
 非常に小さなつまらない出来事のように思えますが、よく調べずに謝罪した日本政府に対して、上でも申し上げました通り、中国共産党および全斗煤政権以降の韓国政府は、歴史問題を取り上げれば、日本に対して優位な外交が展開できると思わせてしまったとされます。


◇ 1983年 吉田 清治 氏「私の戦争犯罪」

 1983年、吉田 清治(1913年〜)なる人物が「私の戦争犯罪 - 朝鮮人強制連行」と言う本を出しました。この中で、昭和18年に韓国の済州島で、日本の軍人が赤ん坊を抱いたお母さんや若い未婚の女性を狩り立てトラックで連行したという、いま一般に流布している「強制連行」が初めて出てきました。同時に 吉田 清治 氏は韓国 のテレビに出演して、自分の戦争犯罪を謝ったりしていました。1989年には韓国語訳版が出版されましたが、同年8月14日、済州島の現地新聞「済州新聞」の許栄善記者は、吉田氏の著作には「裏付けの証言がない」として、吉田氏の言う済州島での「慰安婦狩り」は事実無根であり、吉田の主張は虚偽であると報じました。

吉田氏と著書 私の戦争犯罪

 吉田氏は自著の虚偽を指摘された後も韓国での謝罪行脚や朝日新聞での証言を続けていましたが、1995年、「自分の役目は終わった」として著書が自身の創作であったことを認め、1996年5月の週刊新潮インタビューで吉田氏は以下にように語っております。

 吉田 清治 氏:「まあ、本に真実を書いても何の利益もない。関係者に迷惑をかけてはまずいから、カムフラージュした部分もある。事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか。チグハグな部分があってもしようがない」(週刊新潮1996年5月2/9号)


◇ 1991年 金学順の出現と朝日新聞のスクープ

 1990年11月、青柳 敦子 と言う大分県在住で勤務医を夫に持つ40歳の3児の母親が、在日朝鮮人である宋斗会代表と共に韓国にて「原告募集」というビラをまきました。「強制連行された人たち、慰安婦だった人たち、日本を相手に裁判をしませんか。費用は全部私がもってあげます」という内容でした。

 「(慰安婦)原告募集」というビラ

 この呼びかけで、慰安婦であった金学順(1924-1997年)なる人物が名乗りを上げました。彼女の日本政府に宛てた訴状には「14歳の時に40円でキーセン(日本で言う「置屋」)に売られた」と書かれており、韓国のハンギョレ新聞にもこのことは報道されております。

 金学順:「14歳時に40円でキーセンに売られた」
      = 強制連行されたわけではない


金学順

 1991年8月11日付けの朝日新聞(大阪版) 植村 隆 記者が、金学順のことを、世界初のスクープとして「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人が名乗り出た」と報じました。ただし、金学順が身売りされたことには触れず、「連行」されたとしました。この 植村 隆 と言う記者は金学順さんも加わっている訴訟の原告組織「太平洋戦争犠牲者遺族会」のリーダー的存在である梁順任常任理事の娘の夫でありました。つまり、朝日新聞の最初の報道はただ部数を伸ばすためだけでなく、記者が自分の義母の裁判を有利にするために、意図的に「キーセンに身売りした」という事実を報じなかったと考えられております。

植村記者と朝日新聞記事

 さらに、1992年1月11日、朝日新聞は朝刊の一面トップで、「慰安所への軍関与示す資料」「政府見解揺らぐ」という見出しの記事を載せました。

よしみ氏と朝日新聞
吉見 義明 氏(左下)と朝日新聞記事

 これは、吉見 義明 中央大学教授が防衛研究所で、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という資料を発見したという記事です。しかし、この資料は、日本国内で慰安婦を斡旋する業者が人さらい紛いのことをしているが、それは「軍の威信」に関わるから業者の選定を厳しくせよ、という「業者を取り締まる」内容であり、軍は関与しているのですが、それは業者が軍の名前を騙って「強制連行」するな 、といういわばよい方向に関与していたのです。なお、吉見 義明 教授は、慰安婦問題では慰安婦は日本による性奴隷制度という立場から、積極的な活動を行っております。


◇ 1992-93年の日本政府の対応

 1983年の吉田 清治 氏著書「私の戦争犯罪」で紹介された「従軍慰安婦」が、1991年、実際の慰安婦の名乗りと訴訟、朝日新聞の(捏造と思われる)度重なる記事によって、いよいよ「従軍慰安婦問題」へと発展しつつある1992年、宮沢 喜一 首相の訪朝を直前に控えた1月13日、加藤 紘一 内閣官房長官がお詫びと反省の談話を出し、宮沢首相も17日に訪韓、盧泰愚 大統領に8回も謝りました。これから調べることについて、加藤氏も宮沢氏もまずは謝罪したわけです。

 調査の前に謝罪した日本のリーダー

 韓国の一般の人たちは、大新聞である朝日新聞のスクープで、テレビが毎日のように報道し、日本の総理が韓国に來て謝ったわけですから、そんな事実があったと思ってしまいます。年寄りの人たちが「慰安婦は問題にできない」と言っても、そちらのほうが説得力がなくなります。韓国のテレビドラマでは、平和な村に憲兵などが現れて10代の女性を強姦し、ジ ープに乗せてさらっていったという内容のものが流されました。戦前を知らない人たちは、あたかもそれが事実であるかのように受け取ります。いよいよ日本に対する感情が高まり「従軍慰安婦問題」は完成です。

 1993年8月4日、日本政府は、日本の反日勢力が作り上げた嘘を訂正する努力をしないで、それに迎合するような談話を作って謝罪をし、問題を先送りしました。これが、慰安婦に対する日本軍の「強制」の意味を拡げて、これを認めた、「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」、通称「河野談話」であります。
 その場凌ぎで役人が考えたことでしょうが、韓国との関係上、「強制」は認めたほうがいい。しかしそういう「事実」は無く、そこで彼らは「強制」の意味を広げればいいと考えたとされます。つまり、「権力による強制」ではなくても、「本人の意志に反したことは強制」だとしました。河野談話では軍の関与を認め「おわびと反省」を表明しましたが、これにより「日本政府が旧日本軍による慰安婦の強制連行を認めた」という曲解が広まってしまったとされます。

 *****

【1993年8月4日 河野談話 全文】
 いわゆる従軍慰安婦問題については、一昨年十二月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請による設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提訴されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。

 *****


宮澤、加藤、河野
左から宮沢 喜一、加藤 紘一、河野 洋平 各氏


◇ 高校(95年)、中学(97年)教科書に明記

 従軍慰安婦の存在に加えて、それらが日本軍の強制を示唆する文言が1995年から高校、1997年より中学の教科書に明記されており、これは現在の阿部政権において改訂する方向で検討されているとのことです。しかし、以下は昨年3月26日の産経ニュースでありますが、高校教科書の検定結果が公表されて、沖縄戦での集団自決について「日本軍が強いた」との表現や、慰安婦について「連行」、「強いられた」といった記述がみられ、現行の教科書に比べ自虐的な歴史観に基づく反日的な記述が強まったと報道されております。

教科書の記述記事


◇ 2007年 アメリカ合衆国下院121号決議

 米国での動きでです。2007年1月、日系アメリカ人でカリフォルニア州下院議員のマイク・ホンダ氏により、日本政府への慰安婦に対する謝罪要求決議案がアメリカ合衆国下院に提出され、2007年6月26日にアメリカ合衆国下院外交委員会において賛成39票対反対2票で可決されました。ホンダ議員の選挙資金には中国ロビー団体の世界抗日戦争史実維護会や在米コリアンロビー団体からの資金が多いことが噂されており、同議員の執拗なまでの日本叩きには裏がありそうです。

マイクホンダと米国の議決121
マイク・ホンダ氏と合衆国下院121号決議

 当決議案採択の後、フィリピンやオーストラリアの議会でも慰安婦問題に関して日本の謝罪を求める決議案が提出されておりますが、これに反して、米国、ホワイトハウスへ下院121号決議(通称慰安婦決議)撤廃を求める署名運動もあります。

121号決議反対の署名運動


◇ 2006年 安秉直 ソウル大学名誉教授の見解

 安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大学名誉教授は、従軍慰安婦について韓国挺身隊問題対策協議会と共同で調査した結果を韓国の新聞インタビューで、「問題は強制動員だ。強制動員されたという一部の慰安婦経験者の証言はあるが、韓日とも客観的資料は一つもない」、「3年活動してからやめた理由は、彼ら(挺身隊対策協)の目的が慰安婦の本質を把握して今日の悲惨な慰安婦現象を防止することではなく、日本とケンカすることだったからだ」とコメントしました。韓国側の調査でも「強制連行」による「従軍慰安婦」の事実は否定されたのです。


◇ 経緯を振り返って

 「従軍慰安婦問題」についての出来事は、まだまだたくさんあると思います。ご紹介しました「慰安婦」が「従軍慰安婦問題」にまで発展した経緯には、日本の「身から出た錆」のような部分が多数、見られました。邦人自らの書籍、新聞における捏造に端を発して、それに対する政治家あるいは官僚のその場凌ぎの対応が、かえって問題を肯定して大きくした、他国を刺激するかたちになったように思います。正しい歴史を見直した時、これから日本のとるべき立場が見えて来るかと存じます。次の記事では、日本がこれからやれることを少しばかり考えたいと思います。


http://makizushi33.ninja-web.net
http://ja.wikipedia.org/wiki/李承晩
http://ja.wikipedia.org/wiki/李承晩ライン
http://ja.wikipedia.org/wiki/全斗煥
http://ja.wikipedia.org/wiki/教科書誤報事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/吉田清治_(文筆家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/金学順
http://ja.wikipedia.org/wiki/植村隆
http://ja.wikipedia.org/wiki/吉見義明
http://ja.wikipedia.org/wiki/慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ合衆国下院121号決議
https://petitions.whitehouse.gov/petition/repeal-house-representatives-resolution-121-stop-aggravating-intl-harassment-korean-propaganda-lies/yJw8lgRZ
http://ja.wikipedia.org/wiki/安秉直

従軍慰安婦問題の現状:韓国では現在進行形、エスカレートする対日歴史糾弾外交と我が国の対応

 先日、「首相の靖国参拝に日本人は反対しても良いのでは?」と題して、靖国神社参拝についての私見を述べました。言うまでもない戦争の悲惨さと、軍部が「大本営発表」と言う名の隠れ蓑(みの)を利用して、無意味に尊い国民の命を失った事実を直視した時に、A級戦犯の合祀には複雑な心境を持たざるを得ないことを申し上げました。
 もちろん、戦没者を国のリーダーが参拝する施設にA級戦犯が合祀されていることを是とするか非とするかの議論は、他の国にとやかく言われることではない、と言う立場であります。例えばユダヤ人の大量虐殺を行ったヒトラーは万民が認める国際的な犯罪者であり、人間として倫理的にも罪人であることは揺るがぬ事実でありますが、日本のA級戦犯とそれに準ずる軍人は、図らずも国家の存亡を託され、国益を第一に考え、敗戦のかたちを模索し、日本の象徴たる天皇陛下の立場を憂慮した人々であり、純粋な自国の利益のための思惑は他国にとって不利益となります。戦争とはそういうものであると思います。 
 さらに言えば、死者に対する畏敬の念のあり方、たとえそれがA級戦犯であっても、死した後も生前の罪が罰せられなければならないか否かは民族間で異なる死生観であります。この考え方については、もう少し見聞を広めたところでもう一度、とりあげたいと思いますし、現実的な東アジアにおける外交の問題に目を背けるわけにも参らず、「首相の靖国参拝」は今後とも多くの要素をはらんだ問題だと考えます。

 靖国参拝において死生観の要素は?

 さて、前置きが長くなりましたが、「首相の靖国参拝」と同様に世間を騒がせている問題に「従軍慰安婦問題」があります。私個人は、靖国参拝に比べたら、「慰安婦」は極めて単純な、結果が見えている問題に思えてなりません。恐らくは日本国民の多くが話題にするのも辟易するこの話題を、当ブログで取り上げるかどうか迷いましたが、己の知識の整理と、若者や我が子達に正しい認識を残せればと思いました。


◇ 最近の「従軍慰安婦問題」に関する記事から

 まずは、最近の記事のご紹介です。2月12日の時事通信で阿部首相の衆議院予算委員会における答弁を紹介しています。

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阿部首相の従軍慰安婦記事

 安倍晋三首相は12日午後の衆院予算委員会で、先のフランスの漫画祭で韓国の団体が従軍慰安婦をテーマに特別展を開いたことに関し、「間違った事実を並べて日本を誹謗(ひぼう)中傷していることに対しては、冷静かつ礼儀正しく反論しなければならない」と述べた。首相は「政府の立場は従来述べてきた通りだ」とも語り、村山談話や河野談話を引き継ぐ安倍政権の立場を改めて示した。
 第2次安倍政権下で実現していない日韓首脳会談については「対話のドアは開いているし、われわれもドアの中に閉じこもっているというより、対話に応じるよう働き掛けている」と強調した。日本維新の会の中山成彬氏への答弁。 【時事通信 2月12日(水)15時44分配信】

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◇ 直近の韓国による対日糾弾慰安婦PR

 今回の阿部首相の答弁は、本年1月30日に開幕した、ヨーロッパ最大級のマンガフェスティバル、アングレーム国際漫画祭で、韓国がいわゆる「従軍慰安婦」を描いた漫画、20作品などを出品、韓国の閣僚が現地入りするなど、アピールしている問題に対するものでありました。これ以外にも、2011年にはソウルの日本大使館前、昨年7月には米国ロサンゼルス近郊のグレンデール市中央公園に、「従軍慰安婦」の像が韓国政府によって設置されております。これは中国も同じですが、歴史の事象(事実かどうか別として)を糾弾することで、賠償や援助を取り付ける、あるいは、国際社会における日本の立場を貶めることで、領土領海問題などで有利な展開を目論む、言うなれば「対日歴史糾弾外交」が今なお続いており、ますますエスカレートしていると言わざるを得ません。
 日本人の多くは韓国政府の大人げない策略に唖然として、下手に騒がない方が得策と考えているかと思います。「間違った事実を並べて、日本を誹謗中傷していることに対しては、冷静かつ礼儀正しく反論しなければならない」とする阿部首相の答弁は、強すぎず弱すぎずバランスの取れた発言だとは思います。しかし、我が国はこの問題について、これまでの対応に間違いは無かったのか?、今後の改善すべき点があるのではないか?、と言う議論はあってしかるべきです。

フランス従軍慰安婦漫画
フランス、アングレーム国際漫画祭における韓国の「(従軍)慰安婦展示館」

慰安婦像
2011年12月14日、ソウルの日本大使館前に設置された「平和の碑」、慰安婦の少女像(左)と2013年7月30日、米国ロサンゼルス近郊のグレンデール市中央公園に設置された旧日本軍の韓国人従軍慰安婦を象徴する少女像(右)


◇ 橋下大阪市長とNHK籾井新会長の発言

 昨年5月13日、日本維新の会の共同代表でもある 橋下 徹 大阪市長が、旧日本軍の従軍慰安婦問題に関して、「日本政府が暴行脅迫して拉致した事実は証拠に裏付けられていない。ただ意に反して慰安婦になった人にはやさしく配慮しないといけない」と発言し、これだけならば大きな問題は無かったと思いますが、「歴史を調べるといろんな軍で慰安婦制度が活用されていた。銃弾が飛び交う中、猛者集団を休息させようとしたら必要なのは誰だって分かる」とも述べました。これに対する激しい批判を受けて「当時、軍の規律を維持するには必要だった」との認識を重ねて示しました。
 これに対して翌14日、日本維新の会の 石原慎太郎 共同代表は「軍と売春は付き物で、歴史の原理のようなものだ。決して好ましいものではないが基本的に彼は間違ったことは言っていない」などと擁護し、また、日本維新の会、国会議員団の 西村 真悟 衆院議員は5月17日の党代議士会で、二人の共同代表の慰安婦発言に関連し、「日本には韓国人の売春婦がうようよいる」と発言し、すぐに撤回するも、党から除名処分となりました。

 橋下氏「歴史上、いろんな軍で慰安婦制度が活用された」
    「当時、軍の規律を維持するには必要だった」
 石原氏「軍と売春は付き物で、歴史の原理のようなものだ」
 西村氏「日本には韓国人の売春婦がうようよいる」


 本年になってからも公の場における同様な発言がありました。1月25日、NHK新会長の 籾井(もみい) 勝人(かつと) 氏は就任会見において、従軍慰安婦問題について、「今のモラルでは悪いんですよ」としつつ、「戦争をしているどこの国にもあった」としてフランス、ドイツの名を挙げた。「なぜオランダにまだ飾り窓があるんですか」とも述べました。飾り窓はオランダなどにある売春街を指します。
 さらに「会長の職はさておき」とした上で、韓国についても「日本だけが強制連行したみたいなことを言っているから話がややこしい。お金をよこせ、補償しろと言っている。しかしすべて日韓条約で解決している。なぜ蒸し返されるんですか。おかしいでしょう」とも述べました。その後、記者から会長会見の場であることを指摘されると、発言を「全部取り消します」と話したとのこと、、、。

 籾井氏「(慰安婦は)戦争をしているどこの国にもあった」
    「なぜオランダにまだ飾り窓(売春街)があるんですか」
    「すべて日韓条約で解決している」
    「なぜ蒸し返されるんですか。おかしいでしょう」


橋下と籾井
橋下 徹 氏(左)と 籾井 勝人 氏(右)


◇ 韓国の真実と真意を理解すべき

 私は、米国留学の際に韓国の留学生と交流しましたし、家族での海外旅行は米国に次いで多く韓国のソウルに行っております。キムチや焼き肉は日本でも食べられますが、ソウルに行ってこそ本場の味を楽しめるものとして、海鮮チゲ鍋、チヂミ、テジカルビには素晴らしい文化を感じます。この1年で、「韓国の反日に観るあまりにも流動的な歴史」(昨年6月21日)、「目を醒してほしい!、韓国の反日感情と歴史認識」(同9月15日)と、2度に渡って韓国の誤った歴史認識、反日思想(教育)に反論しましたが、隣人としての友好関係を望む気持ちであります。

韓国料理
左から海鮮チゲ鍋、チヂミ、テジカルビ

 日本では、私が挙げた紺国料理に加えて、ドラマ「冬のソナタ」(2002年)や、男性デュオである 東方神起(2003年)、女性アイドルグループ、KARA(2007年)などの韓流に人気が集まりました。一般的な日本人は韓国に対して非常に好意的だと思います。

冬ソナ、から、とうほう
左から「冬のソナタ」、KARA、東方神起

 しかしながら、深夜の南大門広場や、ソウルのロッテ免税店なんかに行けば、びっくりするものがたくさん売られています。
 南大門でも明洞でも、夜の11時以降に出店が許可された店舗があって、LOUIS VUITTONやCHANEL、Gucciと言ったブランドもののコピー商品が安価で売買されています。見た目は、私などには区別がつかない、本物そっくりに出来ていますが、いざ購入してもファスナーはすぐに壊れるし、キーホルダーは短期間に糸がほつれて破損します。「パクリ」と言えばそれまで、よく言われることですが、外見だけ似せて、上手いことを言って、そうしたものを売って、人を騙すことに、なんら恥の概念はないのに驚かされます。
 ロッテ免税店にはたくさんの日本のお菓子が売られています。私は最初、それらがカルビーなり明治製菓、グリコと言った日本のお菓子の会社が韓国向けにパッケージを作って販売していると思いました。ところがそうでは無く、これも「パクリ」なんですね。韓国の製菓会社が日本のお菓子をそっくり真似て作り、パッケージも極めて類似したものとなっています。ひよこ本舗吉野堂の「名菓ひよこ」もそっくりなものが売られています。

パクリお菓子
ソウルで売られる多数のコピー製菓

 ただの「真似」で片付けて良いのでしょうか? 韓国では、空手は自国のテコンドーが起源であり、日本の空手が韓国テコンドーの真似であると考えられ、若者に伝授されております。空手のみならず、韓国の若者に言わせると「日本文化は全て韓国文化のコピー」だそうです。もしかしたら、「かっぱえびせん」、「キノコの山」、「ポッキー」にくわえて「ひよこ」の果てまでも、韓国が起源で、日本が真似していると考えている人がいるかも知れませんし、いつの日かそうなることを期待しているように思えます。時間をかけて立場を逆転する発想が見え隠れします。

 有名なコピー商品はただのパクリで良いのか!?

 従軍慰安婦問題も同じで、長い年月をかけて執念深く言い続けることで、いつしか歴史の事実をねじ曲げる、自分たちが有利であれば事実はどうでも良い!、極めて悪質な強い意志を感じます。韓国の、対日歴史糾弾外交は今、まさに隆盛を極めており、今後もエスカレートして行くことを知るべきです。
 そうした状況において、日本の政治家の発言はどうでしょう?、代表的報道機関のトップはどのような認識でいるのでしょう? 「慰安婦 = 売春婦」がどこの国でもあった、軍には必要だった、ってそんなことが論点なんでしょうか? 
 また、その言い回しについても、悪い行いを指摘されて、「他でもやっている」と言う発言は、万引きでもいじめでも、子供が叱られて「○×ちゃんだってやってるもん!」って開き直るのとどこか違いがあるのでしょうか? ちょっと大きな話しをすれば、ユダヤ人に対するホロコーストを行ったヒトラーは、オスマン帝国(現トルコ)によるアルメニア人大虐殺を取り上げて「他でもやっている」と言っていたそうです。

 そんなんでは、阿部首相が仰るところの韓国の「誹謗中傷」に対抗できない、浅はかすぎる歴史認識、政治家として貧困な論拠の持って行き方、はっきり申し上げて情けないと思います。もっと、問題の根は深く、日本人は危機感とある種の決断を持つべきかも知れません。

 韓国のエスカレートする対日歴史糾弾外交に対して
 あまりにも浅はかな歴史認識、貧困な論拠


 少し時間をいただいて、次は、「従軍慰安婦問題」についてこれまでの経緯と日本のあるべき立場について私見を述べたく存じます。あくまでも客観的な立場で考えたいと思います。


http://news.yahoo.co.jp/pickup/6106946
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00262238.html
http://www.gekiyaku.com/archives/31091782.html
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1302R_T10C13A5PP8000/?n_cid=DSPRM501
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1400M_U3A510C1EB1000/?n_cid=DSPRM501
http://ja.wikipedia.org/wiki/西村眞悟
http://www.asahi.com/articles/ASG1T5J3XG1TUCVL005.html
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4654444.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/アルメニア人虐殺

お詫びと訂正のご報告:2013年8月10日の記事、マヤ暦 2014年 Tzolkin表

 当ブログ文章中の表に重大な誤りがありましたがので、お詫びと訂正を申し上げます。

 昨年8月10日の「マヤ暦 2013年、2014年 Tzolkin(ツォルキン)表」と題した記事の中で2014年1年間のマヤ暦を示したカレンダーを表として掲載しましたが、曜日が1日ずつずれているとのご指摘をコメントでいただきました。2013年12月31日は火曜日であり、掲載した表では2014年1月1日も同じく火曜日となっており、1年間分の曜日に誤りがありました。

 本日、訂正して再掲載しております。誠に申し訳ありませんでした。コメントによるご指摘、深く御礼申し上げます。

「引き寄せの法則」の起源:ヘルメス文書 〜 Kybalion 〜 The Meta Secret / 宇宙の「7つの法則」のご紹介

 昨年末、「引き寄せの法則 = THE SECRET」をご紹介し、その方法論として、ヘミシンク(などの瞑想)を用いた具現化(10月30日)、ビジョンボードの利用(11月4日)、「感謝の気持ち」の重要性(11月21日)などに触れて参りました。
 この「引き寄せの法則」の起源とされる、宇宙の原理、原則を明らかにした「ヘルメスの法則」と呼ばれるものがあります。ギリシア神話で、ゼウスとマイアの子とされるヘルメス神と、エジプト神話のトート神がヘレニズム時代(アレクサンダー大王治世 [在位紀336-323年] 〜プトレマイオス朝エジプトの滅亡 [紀元前30年] )に融合し、それらの威光を継ぐ人物としての錬金術師ヘルメスが同一視されて、ヘルメス・トリスメギストス(Hermes Trismegistus)と称されるようになりました。ギザの大ピラミッドの内部にあったヘルメス・トリスメギストスの墓より発見されたエメラルド・タブレット(Emerald Tablet)は、錬金術の基本思想(奥義)が記されているとされ、そこに「ヘルメスの法則」として、宇宙の「7つの法則」が秘密文書として記されております。

ヘルメス
紀元前1世紀後半から紀元2世紀初頭のローマのヘルメース像(左)とシエナ大聖堂舗床にあるヘルメス・メルクリウス・トリスメギストスのモザイク画(右)

 1908年、エメラルド・タブレットが発見され、最初、スリーイニシエイツ(三人の賢者)というペンネームで、ウィリアム・W・アトキンソン(1862-1932年)によって翻訳、「キバリオン」(The Kybalion)と言う著書が世に出されました。

キバリオン著書

 さらに、この「ヘルメスの法則」= 宇宙の「7つの法則」を現代的に体系化したものが「ザ・メタ・シークレット(THE META SECRET)」であります。これらは、「引き寄せの法則」をより深く解説したものであり、人間の夢や目標を引き寄せ、具現化するために知るべき具体的な法則を示しています。以下、Dr.メル・ギル監修の「THE META SECRET」の冒頭の寄せ書きをご紹介いたします。

 *****

あなたは見えない力を信じますか?

夢や願望を実現し、
本当に豊かな人生を手に入れた人たちは、
見えない力の存在に気づき、
その力を活用してきました。

その力を信じて使うことで、

・こじれていた関係が良好になったり
・取り組んでいる仕事が円滑に進み出したり
・経済的な問題がなくなり豊かな富を手に入れたり
・毎日を健康に生き生きと過ごせたり
・一緒にいるだけで幸福な最高のパートナーが現れたり

した人がいます。

他にもさまざまな人生の問題を解決し、
望むとおりの結果を手に入れることができるでしょう。

もし、見えない力を、誰でも簡単に使う方法があるとしたら、、、

使ってみたいとは思いませんか?


メタシークレット本、DVD

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 本スピリチュアル記事では、THE META SECRETで示される「ヘルメスの法則」= 宇宙の「7つの法則」を一つ一つご紹介いたします。また、難解な文章ではありますが、「キバリオン」(The Kybalion)からもウィリアム・W・アトキンソンの原文を添付いたします。


◇ I. 思考(Mentalism)の法則

 夢や目標を思考することで具現化(現実化)

 99%の人は外の世界が内なる世界を支配するようにプログラムされています。しかし、欲しいものを手に入れるには内なる世界に外の世界を支配させる、そうした発想の転換が求められます。「人間の『思考』や『感情』にはつねに『引き寄せの法則』が働いており、望む、望まないかにかかわらず、考えていることが引き寄せられて来て実現する」と言うのが「引き寄せの法則」であります。このことをしかと認識するために、最初の法則として「思考の法則 Law of Mentalism」が紹介されています。
 人間が作り出したものはすべて、誰かの思考が具現化(現実化)したものであります。この世界で起きていることも全て私たちの意識が作り出しています。思考は純粋なエネルギーの一種ですので、このエネルギーを上手に利用することによって、最も効率よく、確実に夢や目標を叶えることができます。

 近年、人類は精神世界への関心が高まっており、四次元からスピリチュアルの次元(五次元)への次元上昇(アセンション)が起こりつつあることが噂されております。このことは、以前にも増して思考が具現化するスピードが速まっているとも考えられます。「思考の法則」は夢や目標を引き寄せる基本的法則であります。

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【The Kybalionから】

 〜 全ては心なり 宇宙は精神的である 〜


 我々の知覚の外部には何物も存在し得ない。我々は日々、何かを創造し、それが真であるかの如く理解しようとする。これは本来人類に備わった「心的創造」の偉大なる能力の結果である。魔術師は幻想と混沌の世界の中に己が生み出し、あるいは伝達された無数のイメージを見る。神々、精霊、楽園、神話、それらは皆、心のスクリーンないし水面に映ったイメージである。我々は心を持ってしか世界を知覚・分析・理解できない。故に我々の宇宙もまた心なのである。遍在する「全」の外側には何物も存在せず、宇宙は「霊」に充たされている。

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◇ II. 投影(Correspondence)の法則

 この世界の全ては自分の映し鏡である

 「投影の法則 Law of Correspondence」は「他人はもちろん、世界の全ては自分自身を映している鏡である」と伝えています。1つの現実、事実を見ても、その捉え方、解釈は人それぞれであります。「人の数だけこの世界が存在する」とも言えるでしょうし、目の前の現実をどのように感じるかは私たち自身が決めているのです。
 人は、自分を取り巻く環境、世界により影響を受ける存在と思われがちで、そうした周囲の状況のほうを変えようとしますが、そのことは悪いことではないものの、自分自身の意識が変化しないと根本的に世界を変えることはできません。再び似たような現実に苦しむことになります。
 この世界が今の自分にとってどのように見え、どのように感じられるかをしっかり認識すれば、おのずと自分自身の意識の中に、どのような世界があるのかを知ることができるのです。

 余談ですが、この法則は、昨年11月8日に紹介した「幸せになるハワイの教え 『ホ・オポノポノ』」の考え方に似ています。世の中で起こった事柄に対する不快な記憶をクリーニングして消し去ることにより不快な感情が無くなり幸せになると言う発想です。

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【The Kybalionから】

 〜 上なるものの如く下も、その逆もまた真なり 〜


 大宇宙と小宇宙は相互に依存し、時に共鳴する。ひとつのものは別のひとつのものの反射あるいは反応である。「ケテルはマルクトの中にあり、マルクトもまたケテルの中にある」。照応の原理は見えざる宇宙の力動的な流れを把握し利用することを可能にする。如何なる存在も他者とまったく独立して存在しているわけではない。その鍵を紐解き解析することによって魔術師は儀式を構築し、神々を召喚するのである。

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◇ III. バイヴレーション(Vibration)の法則

 類似した振動を持つ物同士が引き寄せ合う

 この世界のあらゆるものは振動(バイヴレーション, Vibration)しており、類似した振動を持つ者同士は共鳴し合い、引き寄せ合う、と言うのが「バイヴレーションの法則 Lau of Vibration」です。「類は友をよぶ」と言う諺があるように、私たちは人生の中で、居心地のよい人たちと友好関係を築きます。お金持ち同士、同じ趣味仲間、同じ芸能人のファンなど、私たちは自然に似たようなバイヴレーションを持つ人たちと人生を共に過ごしているのです。
 もし自分の人生を変えたいのなら、自分が放ってしるバイヴレーションの質を変化させることが必要です。お金持ちと同じバイヴレーションを放つようになれば周囲にお金持ちが集まってきますし、愛情あふれる人生を希望するならばたくさんの愛を放つ人と同じバイヴレーションになる必要があります。
 人間はつねにバイヴレーションを放ち、何かを引き寄せています。つまり、今の現実は、自分が放ったバイヴレーションによって招かれたものなのとされます。

 アセンションが起こって来るとシンクロニシティ(Synchronicity)に気付くようになるとよく言われます。直訳は「共時性(きょうじせい)」で「意味のある偶然の一致」と言う意味ですが、自分が必要とする、あるいは欲している人物と偶然に出会うとか、連絡が入ると言うことが起こります。これもバイヴレーションの結果と考えられます。逆を言えば、自分にとって意味のある出逢いがあっても、それに気付かずにいればチャンスを逃すことになりますので、「バイヴレーションの法則 Lau of Vibration」からシンクロニシティ(Synchronicity)と言う原理を理解していることは大切です。

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【The Kybalionから】

 〜 停止はあらず、全ては移動し、全ては振動している 〜


 今日の物理学の常識はまた古代のヘルメス学にとっても常識であった。あなたが覗いているこのコンピューターもあるいは腰掛けている椅子も、常に運動している。階層的な振動の差異は、様々なエネルギーと形態を生む。音、色彩、諸エネルギーもすべて振動しており、それ故にある特定の効果を生じさせる為に共鳴の技法と振動の増幅を利用することが可能となる。また錬金術とは物質の振動数を高める技法でもある。

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◇ IV. 極性(Polarity)の法則

 対極は存在せず同じ性質の程度の差に過ぎない

 物の見方、評価の仕方についての考え方を正す法則です。人間は、この世界で起きていることを2つの極(対極)に分けたがります。白と黒、善と悪、光と影、陰と陽、裕福と貧困、幸せと不幸など、一見すると全く違うようにある2つですが、実は同じものの延長線上あって、その程度の違いを区別するために「対極」を作りたがるのです。
 しかし、いくら極を求めても、実はこの「対極」は存在しません。大切なのは、その程度の違いによって起きる幅を、どれだけ広く自分の人生の中に取り入れられるかです。許容範囲が広がれば、人生において揺るぎない安心を手に入れることができます。
 人間は、人生の中でポジティブとネガティブのバランスを取っていますが、「対極」と言うものはなく、程度の差に過ぎない、常に幅を拡げる道があって、ですからどんなネガティブな出来事にも、必ず解決策がある、それが「極性の法則 Law of Polarity」であります。

 *****

【The Kybalionから】

 〜 すべての存在は二重性を有す、また極を有し、
   相反する対を持つ 〜


 現象の両極。夜は昼という概念抜きには語れず、右は左の対であり、「大きい」は「小さい」と比較されなければ意味をなさない。異なる概念の相違とは実の所なんなのか? 魔術における二面性とは何なのか? 全ての真実にはその裏側にもう一つの真実を隠している。

 *****



◇ V. リズム(Rhythm)の法則

 運気の流れをつかむ意識

 「リズムの法則 Law of Rhythm」は、この世界にはリズムがあり、流れがあることを教えています。潮には満ち引きがあり、季節は変化し、人生にも調子の良い時や悪い時が存在します。
 調子の良し悪しは「運気」と言う言葉が当てはまりますが、そうした流れが存在すること認識した時、「運気」に沿った行動をすることを覚えます。人生の調子が悪い時に無理矢理自分の力で前に進もうとすると余計にうまく行かないことがあります。「運気」が落ちている時は、それなりの行動で先に進むことが求められます。
 また、「リズムの法則 Law of Rhythm」では「偏った状態の時には調和を取ろうとして相反する方向に動き出す」と言う宇宙の力を伝えています。やはり、運気の流れをつかむ意識が人生で成功する秘訣であると言えます。

 *****

【The Kybalionから】

 〜 すべては内へ外へと流れる。あらゆるものは流転し、
究極に達しやがて減退する 〜


 自然の本質。魔術の世界では一般的に時の潮流の四つの節目を祝う。即ち春秋分点、夏至と冬至である。ひとつのエネルギーは永遠に一定の状態を保ち続けるわけではなく、変化し、また循環する。自然はあらゆるリズムを生み出し、それによって変化し続ける。これは小宇宙である我々人間の感情や意識、肉体にもあてはまることは云うまでもない。

 *****



◇ VI. 両性(Gender)の法則

 男性性と女性性エネルギーのバラン

 「両性の法則 Law of Gender」は、あらゆるものには2つの姓が存在することを伝えています。1つは「男性性」であり、もう1つは「女性性」であります。「極性の法則 Law of Polarity」で「両極」は存在せず、あらゆるものは同じ性質の程度の違いにすぎないことを謳って(うたって)いますが、この「両性の法則 Law of Gender」に関して言えば2つの異なるエネルギーを明確にしております。
 男性性エネルギーは「与える」ことに特化したエネルギーで、物事に変革をもたらしたり創造したりすることに長けています。
 女性性エネルギーは男性性エネルギーと相反する力を持っています。それは感じたり、許したり、受け入れていく、「受け取る」ことに特化したエネルギーです。女性性エネルギーが開いていると、今、ここ、あるがままを、常に感じることができます。

 男性性エネルギー:与える、変革、創造
 女性性エネルギー:感じる、許す、受け取る


 これら2つの異なるエネルギーをいかに高い次元でバランス良く保っていくかが、人生であらゆるものを成し、いつも幸せを感じられるポイントなのです。

 *****

【The Kybalionから】

 〜 性(別)はすべてに存在する。
   すべてのものは男性原理と女性原理を有す。
   性(別)はあらゆる階層に顕現する 〜


 カバラにおいては二番目のセフィラ、コクマーと3番目のセフィラ、ビナーによって表象される。ただし、これは実際の肉体的な男女のことを指すわけでは勿論ない。また、ユング心理学におけるアニマ・アニムスの理論もこの原理を支持するものとなるだろう。これは実の所、自然の本質であり、統合の径、一なるものへの帰還の前提でもある。

 *****



◇ VII. 原因と結果(Cause and Effect)の法則

 出来事には全て原因がある

 この世界に起きていることに偶然は1つもないことを「原因と結果の法則 Law of Cause and Effect」で教えています。人生で起きていることは全て、何がしかの原因があって起きていると言う発想です。物事を良し悪し、善悪で語り、喜んだり悲しんだりするのではなく、必ず起こったことには原因があると認識すれば、「人生で起こることをきちんと見ることにより人生から多くのことを学べる」ことが理解できます。
 自分の人生で望む結果を作り出したければ、その結果に繋がる原因も自分で作り出す必要があります。「他人任せではいけない」と言う至極当然の意味ですが、逆を言えば自分一人の力でも原因と出来事の関係に目を向けることにより、「望む結果の原因さえ作り出せば人生はうまくいく」、と言う教えであります。
 一方で、起きた出来事を周りの人や環境のせいにすると、結果的に自分の人生の幸不幸を回るに委ねることになってしまいます。自分自身のどの選択がその出来事を作り出した要因の1つとなっているかを見いだせば、うまく行かなかったことは二度と繰り返さず、うまく行ったことを何度でも自分で作り出すことができます。
 
 *****

【The Kybalionから】

 〜 すべての原因は結果をもたらす。
   すべての結果はその原因に起因する 〜


 たとえ、他者によってもたらされたかに見える災厄や不幸であっても、その根本の原因を追求すれば、自分自身にも原因が見つかるものである。魔術師は正しい結果をもたらす為には、正しい動機と正しい方法が不可欠であることを自覚すべきである。この理由から「真の意志」の獲得はカルマからの解放をもたらすのである。

 *****



◇ 各々が関わり合う 宇宙の「7つの法則」

 以上、ご紹介した「7つの法則」は、一つ一つに注目しても、あまり深い意味を感じません。「ああ、そうですか!」程度の、「一つの考え方」あるいは「当たり前のこと」と言う感覚のものもあります。しかし、現実の出来事において各々の法則は関わり合っており、日常で常に「7つの法則」の全てを念頭においた生活を送った場合に、「成功」へのヒントが見えて来るかも知れません。「ヘルメスの法則」/ 宇宙の「7つの法則」を理解してもすぐに今から目の前が開けると言うものではないと思いますが、心に余裕をもって日々の出来事にあたり、希望と目標を心に思考する習慣をつける、そのことが人生を好転させるのは間違いないと思います。

7法則図



http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘルメス・トリスメギストス
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘルメス文書
http://ja.wikipedia.org/wiki/エメラルド・タブレット
http://tabinootomo.com/kibalion/

首相の靖国参拝に日本人は反対しても良いのでは?

 いささか社会的、政治的、外交的内容を私見、雑感、独り言として取り上げさせていただきます。あまり重苦しいネタを取り上げるつもりは無いのですが、靖国神社参拝の話題が出るたびに私自身が密かに感じていることであります


◇ 阿部首相の靖国参拝で

 昨年の12月26日、阿部首相が現職総理として7年ぶりに靖国神社を参拝し、いつものことですが、そこにA級戦犯14人が合祀されていると言う理由で、中国と韓国が遺憾の意、と言うよりもはっきり批判的な発言をして来ます。今回は米国も「失望した」とのコメントを発表しました。
 これに対して日本のネット世論の意識調査では、8割が阿部首相の靖国参拝を支持との記事がありました。中国、韓国の批判には以下の匂いが感じられ、そうしたA級戦犯の合祀とは別の政治的思惑が見え隠れするため、日本国民としては、靖国参拝の意義以上に中韓に対する反発につながっているように思います。「我が国の戦没者に対する総理大臣の参拝に対して他の国にとやかく言われたくない」、と言うご意見が多かろうと思います。

【中国、韓国の靖国参拝批判の思惑】
 ・政府(中国は共産党)や格差に対する国内の不満の矛先を変えるため
 ・従軍慰安婦や南京大虐殺と併せて日本の孤立化を目論むもの
 ・領土問題を有利に運ぶ手段の一環として
 ・国を挙げて誤った歴史認識を継続するための
 ・日本に対する元々ある競争意識、優越感、嫌悪感

 どうしても、政治、外交的背景があっての議論になりがちですので、日本国としては中韓に屈する訳にはいかないところはあり、靖国のみならず、従軍慰安婦、領土問題について、阿部内閣の毅然としたある一定の態度は求められるところでしょう。
 しかしながら、中国、韓国の存在、日本に対する批判を抜きにした時の、「A級戦犯14人が合祀されている」靖国神社参拝についての議論はあまりされていない、正教分離もそうですが、もっと単純に、太平洋戦争で多くの日本人が命を落としたのであって、罪なく戦死した国民とそうした状況を作り出したA級戦犯が共に合祀されていること、多くの戦死者を出した犯罪者であるA級戦犯に対して参拝することの是非は、周辺諸国とは別に日本国民は考えて良いと思います。

 中韓の日本に対する批判とは別にA級戦犯の合祀を考える

 反戦の小説、ドラマや映画、音楽まで、数えきれないほど、戦争の悲惨さを訴えたものが日本にはあります。2006年、数々の賞を受けた映画「硫黄島からの手紙」もその代表的なものと存じますが、3つばかり用意いたしました。映画「連合艦隊」からは戦艦大和の沖縄出現が決定するシーン、映画「さとうきび畑の唄」では一般人が戦争に駆り出されて米兵を射殺する命令を受けたシーンがありました。現在、放映中の映画の原作、小説「永遠の0」には特攻隊員の家族に残した遺書に関する議論がありました。


◇ 映画「連合艦隊」のシーンから

連合艦隊DVD

製作スタッフ

製  作   :株式会社 東宝映画 1981年
製作協力   :東宝映像株式会社(特殊技術、光学ステレオ技術)
配  給   :東宝株式会社
スタッフ
 製  作  :田中 友幸
 製作補   :高井 英幸
 企画協力  :児島  襄、豊田  穣
 監  督  :松林 宗恵
 特技監督  :中野 昭慶
 脚  本  :須崎 勝彌
 音  楽  :服部 克久、谷村 新司
 演  奏  :新日本フィルハーモニー交響楽団
 主題歌   :谷村 新司 「群青」


キャスト

真珠湾攻撃・ミッドウェイ作戦
 山本五十六(連合艦隊司令長官)   :小林 桂樹
 宇垣  纏(連合艦隊参謀長)    :高橋 幸治
 南雲 忠一(第一航空艦隊司令長官) :金子 信雄
 草鹿龍之介(第一航空艦隊参謀長)  :三橋 達也
 永野 修身(軍令部総長)      :小沢栄太郎
 及川古志郎(海軍大臣)       :藤田  進
 福留  繁(軍令部第一部長)    :藤岡 琢也
 富岡 定俊(軍令部第一課長)    :橋本  功
 黒島 亀人 (連合艦隊先任参謀)    :南  道郎
 渡辺 安次 (連合艦隊戦務参謀)    :北浦 昭義
 大石  保 (第一航空艦隊先任参謀)  :六本 木真
 源田  実(第一航空艦隊航空参謀) :斎藤真
 野元 為輝(空母瑞鶴艦長)     :長谷川 弘
 下田 久夫(空母瑞鶴飛行長)    :平田 昭彦

レイテ作戦
 小沢治三郎(第一機動艦隊司令長官) :丹波 哲郎
 貝塚 武男(空母瑞鶴艦長)     :神山  繁
 武田   (瑞鶴飛行隊整備士長)  :長門 裕之
 森    (瑞鶴飛行隊整備士)   :なべおさみ
 中鉢   (瑞鶴の予科練出飛行士) :遠藤 公一
 大林 末雄(第一機動艦隊参謀長)  :織本 順吉
 栗田 健男(第二艦隊司令長官)   :安部  徹
 小柳 富次(第二艦隊参謀長)    :近藤  宏
 大前 敏一             :加地健太郎
 大谷藤之助             :伊吹  徹
 豊田 副武(連合艦隊司令長官)   :田崎  潤
 神  重徳(連合艦隊先任参謀)   :佐藤  慶

沖縄作戦
 伊藤 整一(第二艦隊司令長官)   :鶴田 浩二
 有賀 幸作(戦艦大和艦長)     :中谷 一郎
 山本 祐二(第二艦隊先任参謀)   :富田浩太郎
 小滝久 雄(第21駆逐隊司令)   :中山 昭二
 新谷 喜一(第17駆逐隊司令)   :高並  功
 駆逐隊司令             :今西 正男
 駆逐隊司令             :細川 純一

本郷家
 本郷 英一             :永島 敏行
 本郷 眞二             :金田 賢一
 本郷 直樹(奈良博物館館長)    :森繁 久彌
 本郷 歌子(英一・眞二の母)    :奈良岡朋子
 本郷 陽子(英一婚約者、眞二の妻) :古手川祐子
 工藤   (英一の部下、戦友)   :佐藤  允
 茂木   (英一の戦友)      :丹波 義隆

小田切家
 小田切武市(海軍兵曹長)      :財津 一郎
 小田切正人(海軍中尉)       :中井 貴一
 小田切照代(正人の姉)       :友里千賀子
 小田切美代(正人の妹)       :里見 奈保(鶴田さやか)
 小田切加代(正人の妹)       :川島 光代

その他
 鈴川   (芸者)         :松尾 嘉代

ナレーター
 平光淳之助


 昭和20年4月、アメリカ軍の沖縄本島への上陸作戦に対して大日本帝国は戦艦大和を沖縄に向けて出撃させますが、その決定がなされた軍令部、連合艦隊司令における会議と、その決定を連合艦隊に通達するシーンであります。登場人物の台詞のみ抜粋して供覧します。

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 *****

 豊田 副武 連合艦隊司令部は第二艦隊を最後の水上部隊として使用したい
 大前 敏一 どのようにですか?
 神  重徳 4月6日を期して沖縄水域に菊水一号作戦を決行します
       数百の特攻機を投入すれば必ず敵を混乱に陥れるでしょう
       それに呼応して翌4月7日、大和以下の第二艦隊を沖縄に突入
       させます
 大前 敏一 無茶だ! それに大和の腹を満たすだけの燃料が無い
 神  重徳 片道だけで十分です
 大前 敏一 なに?
 神  重徳 水上部隊の特攻と考えていただきたい
 小沢治三郎 誠に勇壮果敢でけっこう!
       しかしこれが作戦と言えるのか?
       私がかつてレイテの囮作戦を引き受けたのはそれなりの戦果が
       期待できたからだ
 神  重徳 今回は戦果は問題ないです
       大和ここにありの意気を示せばいいんです
       大和は名実ともに日本海軍の象徴です
       その大和を使わずに戦争に敗れるようなことがあったら人は
       なんと言うでしょう?
       艦隊は滅んでも魂は残すべきです
       どうか大和に生き恥をかかせないでください
 小沢治三郎 そんな浪花節は聞きたくない!
       私はまったく意味の無いただ面子を保つための出撃を許す
       方が、よほど恥ずかしいことだと思う
 神  重徳 しかし
 小沢治三郎 私の言いたいのはそれだけだ
       あとは総長のご決断次第だ

 *****


 こうして戦艦大和だけで3000名、艦隊全体では6000名の将兵が従事する第二艦隊の、小沢治三郎曰く「まったく意味の無いただ面子を保つための出撃」が、日吉の地下壕で決定され、連合艦隊参謀長である草鹿龍之介が菊水一号作戦を指揮する宇垣 纏(まとめ)の下に報告に行きます。この二人はミッドウェー海戦の大敗の際に互いの非を指摘しあった仲でありました。

 *****

 草鹿龍之介 えっ!? 大和の出撃が決定した?
 神  重徳 そうです! その旨を大和の伊藤長官以下の第二艦隊に納得
       させてほしいんです
       その役は参謀長の貴方以外には考えられません

 宇垣  纏 なに!?
 草鹿龍之介 従って、見方の同士討ちを避けるため基地航空部隊は当日、
       一切の管制攻撃を中止していただきます
 宇垣  纏 護衛戦闘機はどうする?
 草鹿龍之介 連日、大規模な特攻作戦をやるとなると、その余裕は無い
       でしょう
 宇垣  纏 余裕があろうと無かろうと、なぜ私に命令しない?
       大和の護衛に何機出せと
       きみはそれでも連合艦隊の参謀長か!?

 草鹿龍之介 これから大和に出向きます
 宇垣  纏 説得に行くのか?
 草鹿龍之介 自分で確信の持てない作戦を命令として伝えなければならん
       のは辛いですな
 宇垣  纏 私も同じ思いだ
       特攻機が毎日、この基地から飛び立って行く
       「死んでこい!」
       これはもう命令の限界を越えている
       しかし、戦争が続く限り私は命じ続けるだろう
       「死んでこい!」と
 草鹿龍之介 貴方とはずいぶんやりやってきましたが、もはやお互い、
       船でも飛行機でもなくなりましたな
 宇垣  纏 連合艦隊を崩壊の危機に追い込んだ責任だけが残ったという
       ことだ

 *****


大和炎上
1945年4月7日 沖縄に向う途中の坊ノ岬沖海戦で米軍航空隊の爆撃で炎上する大和

 あらゆる戦争でそうでしょうが、しばしば、軍に命令を出す立場の人間は概して現場における殺戮の悲惨な状況を知りません。知っていたとしても、多くの場合、「心を鬼に!」と国の存続のためには国民の犠牲は「やむをえまい」と言う感覚に支配されるようです。しかしそれが、国民に対して隠していた、嘘をついていた、そういう積み重ねの末に、生きている国民や亡くなられた人々への対面を考えた戦略だとすれば、これは国の存続とは関係ない、ともすると自分たちの保身でもあったと思います。
 日本海軍の象徴である戦艦大和を使わずに戦争に敗れることを避けたいとする艦隊司令の意見ですが、大和を使うチャンスはいくらでもありました。大敗したミッドウェー海戦(1942年6月5-7日)では前線に出ることなく退却しました。1943年8月、ソロモン諸島では激戦が行われ戦局が悪化していましたが、戦艦大和はトラック島の停泊したままで実戦への参加命令は出ませんでした。居住性の高さや食事などの面で優遇されていたこともありました、他艦の乗組員や陸軍将兵から「大和ホテル」と揶揄されたと言われます。いよいよ戦局は厳しく、米軍の日本本土への爆撃を防ぎ、南方資源地帯からの供給を維持するために計画されたレイテ湾突入(栗田健男艦長、1944年10月23-25日)においても、好機に恵まれながら反転、戦場から去りました。
 大日本帝国の戦艦大和を用いた戦略の不甲斐無さを、国民はどれほど知らされていたのでしょうか? 「大本営発表」は、ミッドウェー海戦後より、損害矮小化発表が目立ちはじめ、不適切な言い換えが行われるようになり、敗戦直前には勝敗が正反対の発表すら恒常的に行われたとされます。大和の沖縄への出撃も、「沖縄を守るため」と言えば納得する人は多かったと思いますが、戦果を臨むべくもなく、「(万が一に失敗して)艦隊は滅んでも魂は残す」と言われれば、心を動かされる日本人はいたかも知れません。
 大日本帝国軍が詭弁に詭弁を重ねて国民を騙して、無駄な戦いを計画、維持して、多くの死者を出したのは紛れも無い事実です。草加と宇垣の対話の中で、「自分で確信の持てない作戦」を伝える辛さを言う草加に対して、特攻隊が出撃する基地にいて「『死んでこい!』、これはもう命令の限界を越えている」と苦しい気持ちを激白する宇垣、彼等はまだ、小沢治三郎と同様、現場の死に行く者を意識していたと思います。


◇ 映画「さとうきび畑の唄」の1シーンから

サトウキビ畑の唄DVD

スタッフ

 脚  本     :遊川 和彦
 音  楽     :寺島 尚彦
 主題歌      :森山 良子「さとうきび畑」
 プロデューサー  :八木 康夫
 演  出     :福澤 克雄
 制  作     :TBSエンタテインメント
 製作著作     :TBS、BS-i 2003年


キャスト

 森山 良子                  :森山良子
 平山 幸一(大阪出身、沖縄在住の写真館店主) :明石家さんま
 平山美知子(幸一の妻、第6子を妊娠)     :黒木  瞳
 平山  勇(長男、紀子と結婚直後に出兵)   :坂口 憲二
 平山 紀子(勇の妻で小学校教師)       :仲間由紀恵
 平山 美枝(長女)              :上戸  彩
 平山  昇(次男)              :勝地  涼
 平山 春子(次女)              :大平奈津美
 平山  健(三男)              :我妻 泰熙
 吉岡   (学徒出陣の日本兵)        :オダギリジョー

 大阪から駆け落ちして来て沖縄で写真館を営む平山幸一(明石家さんま)、美知子(黒木瞳)夫妻の家族の、太平洋戦争における沖縄戦を舞台にした物語です。軍に駆り出された幸一が、戦場にて傷ついた米兵に対して上官から射殺するように命じられたシーンです。動画に次いで登場人物の台詞を供覧いたします。

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 *****

 隊 長  伏せろ! あの岩陰の向こうで何か動いたぞ!
      新入り! 貴様が行って見てこい!
 幸 一  私ですか? こいつですか?
 隊 長  貴様だ、早くしろ!
 幸 一  こいつ?
 隊 長  貴様だ!
 同 僚  あんただ!、あんた あんた、あんた
 隊 長  早くしろ!

  〜 米兵が傷を負って倒れているのを見つけて 〜

 隊 長  どうした?
 幸 一  はい、敵が怪我をしております
 隊 長  武器は?
 幸 一  ありません! 大丈夫です

 米 兵  Help me, please help me, help me.
 幸 一  Thank you! Thank you!
 米 兵  Help me.
 幸 一  大丈夫! 大丈夫!

  〜 隊長が近寄ってきて米兵に手をかけ 〜

 隊 長  いいざまだ! おいほらっ!
 幸 一  ちょっと待って下さいよ
      ちょっと待って下さい
      ちょっと待って下さいよ! 無抵抗じゃないですか!
 隊 長  なんだと貴様! 敵をかばうのか?
 幸 一  そんなつもりじゃ
 隊 長  こいつらのせいで沖縄をめちゃくちゃにされたんだぞ
      貴様、悔しくないのか?

  〜 隊長は拳銃を幸一に持たせて 〜

 隊 長  お前がやれ!
 幸 一  すいません 勘弁していただけないでしょうか?
 隊 長  なんだと貴様! それでも帝国軍人か?
      上官の命令に逆らうと言うことは天皇陛下の命令に逆らうことと
      一緒だぞ!
      何してる? 早くやれ!
 幸 一  私にはできません
 隊 長  なんだと?
 幸 一  私は、私には人を殺せません
 隊 長  貴様!
 幸 一  私は、こんな事をするために生まれて来たんじゃないんですよ!
 隊 長  なに?
 幸 一  私は写真を撮るしか能のない男です
      でも、仕事に恵まれて、心から愛する女性に出逢い、
      6人の子供にも恵まれました
      私の小さな望みは、子供たちが私に負けないくらいの家族を作って
      この手で、この手で写真を撮ることなんですよ
      たくさんの、たくさんの家族に見守られて天寿を全うできたら
      生きてて、生きててよかったと思えたら、もう何もいらないですよ
      なぜ私がこんなことをしなきゃいけないんですか?
      こんな事をするために生まれて来たんじゃないんですよ、私は

幸一射殺

 *****


 戦場にありがちなシーンです。傷ついた敵兵を捕虜とせずに射殺することは少なからずあったと思います。とりあげたシーンにおいて、幸一(明石家さんま)に米兵を殺すよう命ずる隊長は、明らかに戦場と言う場にあって、憎しみに捕われ、慈悲の心も正しい判断も失われていたと思われます。隊長と幸一の関係は、そのまま、大日本帝国軍部と、末端における艦隊、部隊、兵士の関係だったと思います。「上官の命令に逆らうことは天皇陛下の命令に逆らうこと」と言う言葉は、軍司令の命令も天皇の勅命かの如く使われていたと思われます。米兵の射殺を命じられた幸一が「私は、こんな事をするために生まれて来たんじゃないんですよ!」と言う発言と同様な気持ちを持った、戦場に駆り出された日本人は少なくなかったと思います。でも、そのまともな発想の日本人が処刑される、間違った空気を作り出したのも、やはり大日本帝国軍であったと言えます。


◇ 小説「永遠の0」における議論から

永遠の0本

 もう一つ、神風特別攻撃隊(特攻隊)員の心理状態を考えさせられるシーンを紹介します。太平洋戦争において、元海軍中尉で、特攻隊員の予備員である特攻要員であった武田と言う人物に、神風特別攻撃隊(特攻隊)はテロリストであると言う持論を持つ新聞記者の高山が面会、会談する場面の原文です。

 *****

 (高山)「私は特攻隊員が一時的な洗脳を受けていたと思っています。それは彼らのせいではなく、あの時代のせいであり、軍部のせいです。しかし戦後、その洗脳は解けたと思っています。だからこそ、戦後日本は民主主義になり、あれだけの復興を遂げたと思っています。

 武田は小さな声で「何と言うことだ」と呟いた。

 高山は畳みかけるように言った。
「私は特攻はテロだと思っています。あえて言うなら。特攻隊員は一種のテロリストだったのです。それは彼らの残した遺書を読めばわかります。彼らは国のために命を捨てることを嘆くよりも、むしろ誇りに思っていたのです。国のため尽くし、国のために散ることを。そこには一種のヒロイズムさえ読みとれました」

「黙れ!」
 いきなり武田が怒鳴った。ウェーターが驚いて振り返った。
「わかったようなことを言うな! 我々は洗脳などされておらんわ」

「しかし、特攻隊員の遺書を読めば、殉教的精神は明らかだと思いますが」

「馬鹿者! あの遺書が特攻隊員の本心だと思うのか」
 武田は怒りで顔を真っ赤にさせた。周囲の人が皆こちらを見たが、武田はまったく気にしなかった。
「当時の手紙類の多くは、上官の検閲があった。時には日記や遺書さえもだ。戦争や軍部に批判的な文章は許されなかった。また軍人にあるまじき弱々しいことを書くことも許されなかったのだ。特攻隊員たちは、そんな厳しい制約の中で、行間に思いを込めて書いたのだ。それは読む者が読めば読みとれるものだ。報国だとか忠孝だとかいう言葉にだまされるな。喜んで死ぬと書いてあるからといって、本当に喜んで死んだと思っているのか。それでも新聞記者か。あんたには想像力、いや人間の心というものがあるのか」
 武田の声は怒りで震えていた。武田の妻がそっと夫の腕に手を添えた。

 高山は挑戦的に身を乗り出して言った。
「喜んで死を受け入れる気のない者が、わざわざそう書く必要はないでしょう」

「遺族に書く手紙に『死にたくない! 辛い! 悲しい!』とでも書くのか。それを読んだ両親がどれほど悲しむかわかるか。大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでいったと知った時の悲しみはいかばかりか。死に臨んで、せめて両親には、澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!」

 武田は怒鳴った。

「死にたくないという本音が書かれていなくとも、愛する家族にその気持ちはわかる。なぜなら、多くの遺書には、愛する者に対する限りない思いが綴られているからだ。喜んで死にいく者に、あれほど愛のこもった手紙を書けるものか」
 武田は涙を流した。さきほどからウェイターがじっと見ている。
「新聞記者だと―。あんたには死にいく者が、乱れる心を押さえに押さえ、残されたわずかな時間に、家族に向けて書いた文章の本当の心の内を読み取れないのか」

 涙を流して語る武田に、高山は口元に冷ややかな笑みを浮かべた。
「私は書かれた文章をそのまま受け取ります。文章というものはそういうものでしょう。出撃の日に、今日は大いなる喜びの日と書いた特攻隊員もいます。また天皇にこの身を捧げる喜びを書いた者もいます。同じようなことを書いた隊員たちは大勢います。そんな彼等は心情的には殉教的自爆テロのテロリストと同じです」

「馬鹿者!」
 武田は手のひらで机を叩いた。

 (中 略)

「君の政治思想は問わない。しかし、下らぬイデオロギーの視点から特攻隊を論じることはやめてもらおう。死を決意し、我が身なき後の家族と国を思い、残る者の心を思いやって書いた特攻隊員たちの遺書の行間も読みとれない男をジャーナリストとは呼べない」

 *****


 特攻隊員が殉教的自爆テロのテロリストと同じであるか否かについては、昨年4月17日の記事、「全然違う 日本の『神風』とイスラムのテロ」でも触れましたので、別に譲るとして、ここでは特攻隊員が遺書を書く時の心境に注目いたします。検閲を受けるため、正直な文章は書けません。親兄弟の親族、遺族に対してまでも言論の自由は剥奪された状態で、それとは別にも、死に行く自分を思う家族への気持ちを思いやり、「乱れる心を押さえに押さえ」て「我が身なき後の家族と国を思う」、戦場における同胞の苦しみが伝わって来ます。


◇ 戦史を理解したうえでの私見

 冒頭に戻って、日本のネット世論の意識調査では、8割が阿部首相の靖国参拝を支持との記事がありました。日本国民として、靖国参拝の本当の意義以上に中韓に対する反発があろうかと存じます。「我が国の戦没者に対する総理大臣の参拝に対して他の国にとやかく言われたくない」、と言う考え方は至極、当然のことです。
 しかし、戦史を理解すればするほど、A級戦犯とそれに準ずる軍にいた人々が、日本国民に対して、言い訳のきかない莫大な罪を犯したことは間違いなく、罪人(加害者)と被害者が同じ地に合祀されていることへの矛盾、日本(人、国民)を不幸に陥れたA級戦犯を参拝することへの疑問を感じざるを得ないのが正直な気持ちであります。


http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1600F_W4A110C1000000/
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20131228-00031101/