アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

科学?/非科学? 赤道と30°の角度をなす同一線上の古代文明群

 今回は久しぶりに考古学ネタを考えました。古代の遺跡群が赤道と30°の角度をなす同一線上に並ぶとする説についてです。これを取り上げるきっかけとして、最近の彗星の話題から入ります。


◇ アイソン彗星と地球接近が予想される小惑星

 最近、地球の付近を通過しつつあるアイソン彗星が話題に登っております。今週末の日本ならば、日の出の約1時間前に北東方向の空を眺めると見られるとされます。国際宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士、若田光一さんは、このアイソン彗星の撮影に成功し、「美しい光景に驚かされた。息をのむほど素晴らしい光景を、今後も皆さんに届けたい」とコメントしております。これからも、宇宙からの観察が進むにつれ、こうした彗星の存在、地球を取り巻く外部環境への知識と理解が進むものと思われます。

comet-ison3.jpg
アイソン彗星

 事実、2032年に地球の近傍を通過する直径410 mの小惑星(隕石)がクリミア天文台で確認されており、地球への衝突が懸念され、2013 TV135と命名されております。こうした情報に基づいて考えますと、以前も取り上げた(6月24日)「惑星X ニビル」は、未だに未確認であり、やはり想像上の物体だったのだろうか?、と思われますが、それとは別に、過去から現在、未来において、地球に接近する彗星、小惑星は相当な数であったろうと考えられます。

地球に衝突する隕石
2013 TV135

 ある大きさ以上の彗星、小惑星の衝突は、地球の環境を瞬時に変えてしまい、多くの動植物を滅亡に導き、大洪水は有史以前の超古代文明を海に飲み込んでしまうことが可能性としてあります。


◇ 有史以前の超古代文明存在の可能性

 以前、「科学?/非科学? マヤ(暦)の紀元は?」(8月11日)と題して記事を載せた際に、マヤの天文学や暦の知識が史以前の超古代文明からの伝承であるの可能性に触れました。多くの古代文明には、極めて類似した言い伝えや知識と技術が存在し、例えば、農耕や治水、ピラミッドの建造とその建築技術、地球に対する測量、地球の歳差運動を含む高いレベルの天文学、そしてそれらの知識をもたらした伝説、神話の世界の人物がいる点です。
 マヤ文明の、チチェン・イッツァのカスティーヨには「マヤの最高神ククルカン = ケツァルコアトル」が祭られており、このケツァルコアトル(ナワトル語: Quetzalcōātl ; スペイン語: Quetzalcóatl ; 英語: Quetzalcoatl)は、アステカ神話の文化神・農耕神であります。このケツァルコアトルのような存在はエジプトにおいてはオシリス、南米アンデスにはビラコチャ伝説として残っており、いずれも背の高いあご髭をたくわえた白人として描写されているそうです。

ククルカン、オシリス、ビラコ
左からマヤ文明チチェン・イッツァの春分または秋分に見られるククルカン、エジプツのオシリス、南米アンデスのビラコチャ

 この失われた有史以前の超古代文明は、突然の天変地異による滅亡であったため、上述の農耕や建築技術の伝承のみならず、天文学を通じて後世になにがしかのメッセージを伝えようとしているとの考え方があります。

 今回、取り上げる「古代の遺跡群が同一線上に並ぶとする説」は有史以前の超古代文明が、その滅亡後の文明を計画的に配置したとする、有史以前の超古代文明の存在の根拠としての位置づけです。この手の説を強く唱えている代表者はグラハム・ハンコック氏とパトリス・プーヤール氏です。

グラハムとDVD
グラハム・ハンコック氏と「神々の指紋 失われた文明」

ピラミッド秘密
パトリス・プーヤール氏と「ピラミッド 5000年の嘘」


◇ 同一線上に並ぶ古代文明群

 さっそく指摘されている古代文明を世界地図にプロットしてみました。手作りですので見づらいかも知れませんが、2本の赤い曲線の間に密集しており、その列は地球儀で見てみますと、赤道から30°傾いた円周上に並んでいるのが解ります。

改改正同一線上の遺跡
同一線上に並ぶ古代文明群

並ぶ遺跡群
地球儀上でみた同一線上の古代文明

 図に示した古代文明群はイースター島から始まり、アンデス〜インカ帝国、エジプト文明、シュメール、インダス文明、アンコールを経て、イースター島に戻る同一線上に配置しております。個々の文明について簡単に要約して参ります。


1.イースター島

 有名なモアイ像の建つ島で、ポリネシア・トライアングルの東端に当たります。周囲には殆ど島らしい島が存在しない絶海の孤島です。「ラパ・ヌイ」とはポリネシア系の先住民の言葉で「広い大地」(大きな端とも)という意味とのこと、、、。4-5世紀頃にポリネシア人がこの地にたどり着いたとされ、モアイ像は10-16世紀頃に造られ続けたとされているが、その目的や方法は全く解っていず、最後は造りかけで投げ出す形で建造が途絶えた跡があるとのことです。インダス文明のモヘンジョダロに類似した文字を使用していたとされます。

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2.アンデス文明

 紀元前10000年の頃、ベーリング海を渡ってアジアからアメリカ大陸に移動して来た古モンゴロイド(黄色人種)により造られた、ペルーを中心とする太平洋沿岸地帯およびペルーからボリビアへつながるアンデス中央高地に存在した文明です。文字を持たず、鉄は製造せずに青銅器までであり、金・銀の鋳造が発達、家畜は行われたが車輪の原理は知らなかったとされます。紀元前3000-2500年頃より各地に遺跡が造られ、紀元前1800年頃になると、土器の利用が始まり、紀元前800年頃より各地にパラカスやナスカに文化が広がり、インカ帝国へと繋がって行ったものとされます。

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3.パラカスの地上絵

 紀元前800-100年l頃、ペルー南部に発生した文明とされ、パラカス湾のなだらかな砂丘に、世界の大きな謎の1つ「三叉の大燭台」が描かれています。この地上絵の歴史はパラカスの農民たちの時代にさかのぼることができると言われています。農民たちは、漁を終えて岸に戻る方向を知るために燭台を使ったと考えられています。また、燭台がもう1つのペルーの大きな謎であるナスカの地上絵の方向をちょうど指していることから、宇宙人が描いたとする説もあります。地元の人たちの間では、旅の際の方向を知る目印とするためにナスカの天文学者がこの地上絵を描いたと言われています。

Paracas_gallery1.jpg


4.ナスカの地上絵

 パラカス文化が終わる紀元前200年頃から紀元後800年くらいの間のナスカ文化と呼ばれます。ペルー南海岸地方の北から南へ走る丘陵と東方のアンデス山脈の麓との間にあるパンパ=コロラダ、パンパ=インヘニオと呼ばれる細長い盆地に、地上からは全体を見る事はできず、航空機からでしか確認できない、宇宙飛行士、クモ、ハチドリ、サル、リャマ、シャチ、魚、爬虫類、海鳥類などの巨大な地上絵が描かれています。もちろん、その目的は全く解っていません。

ナスカはちどり


5.インカ帝国

 南アメリカのペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュア族が作った国であります。前身となるクスコ王国は13世紀に成立し、1438年のパチャクテク即位による国家としての再編を経て、1533年にスペイン人のコンキスタドールに滅ぼされるまで続きました。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ、現在のチリ北部から中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部にまで広がったとされます。代表的な遺跡、都市にクスコ(首都)、オリャンタイタンボ、サクサイワマン、マチュ・ピチュがあります。

サクサイワマンとオリャンタイタンボ
サクサイワマン(左)とオリャンタイタンボ(右)


6.ドゴン族

 マリ共和国のニジェール川流域に面したバンディアガラの断崖(バンディアガラ山)に現在に至るまで居住する民族で人口25万人とされます。シリウスに関するものなど、天文学の知識に富み、多数の神話が伝えられております。

ドゴン族


7.タッシリ・ナジェール

 アルジェリア南東部、サハラ砂漠にある台地状の山脈に多数の岩絵が残されており、紀元前6000年頃とされております。中にはマルスと呼ばれ宇宙服を着た人間にそっくりの巨人を描いた壁画もあります。

タッシリ壁画


8.シワ・オアシス

 エジプトの西部砂漠(リビア砂漠)のカッターラ低地とエジプト砂海の間にあり、リビア国境から約50km、カイロから560kmに位置するオアシスで、紀元前10世紀に居住があったとされ、古代エジプトの第26王朝でネクロポリスが建設されました。

300px-Siwaoasis.jpg


9.古代エジプト文明

 紀元前3000年に始まった第1王朝から紀元前30年にプトレマイオス朝が滅亡しローマ帝国の支配下に入るまでの時代を指します。文明の初期より砂漠が広がっていたため、ナイル川流域分の面積だけが居住に適しており、主な活動はその中で行われておりました。ナイル川の上流は谷合でありナイル川1本だけが流れ、下流はデルタ地帯(ナイル川デルタ)が広がっていて、最初に上流地域(上エジプト)と下流地域(下エジプト)でそれぞれ違った文化が発展し、後に統一されたとされます。ビールやワインを生産し、貨幣制度があり、初期王朝までにはヒエログリフと呼ばれる文字が確立され、文学も発生しました。有名なギザの三大ピラミッドは古王国時代(第3-6王朝)の紀元前2550年からのクフ王、カフラー王、メンカウラー王により建造され、カルナック神殿は、新王国時代(紀元前1550-1069年頃)に繁栄した古代の首都テーベ(現在のルクソールとその近辺)に建てられました。

エジプト


10.ペトラ遺跡

 ヨルダン、死海から約80km南、アカバ湾との間の渓谷にある遺跡で、紀元前1200年頃から、エドム人たちが居住しており、西にガザ、北にダマスカス、紅海にも近く、中東での人や物の行き交う要衝の地であったとされます。

ペトラ遺跡 王家の墓


11.シュメール文明

 現在のところ世界最古の文明はシュメール文明とされています。現在のイラク・クウェート南部を占めるバビロニアの南半分の地域、初期のメソポタミア文明とされ、チグリス川とユーフラテス川に囲まれた「肥沃な三日月地帯」に栄えました。10,000年以上前の中石器時代から人々が住み着いたようで、その後のどの段階から文明とするかは諸説あるようですが、一般的にはウバイド期をウバイド文化と呼び、ウルク期からをシュメール文明と呼ばれています。

シュメール石碑


12.ペルセポリス

 現在のイランのファールス州(当時の地名はパールサ地方)にあるアケメネス朝ペルシア帝国の都で、、紀元前520年より、ダレイオス1世が建設した宮殿群であります。

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13.モヘンジョダロ

 インダス文明の最大の都市遺跡で、紀元前2500年から紀元前1800年にかけ繁栄し、最大で4万人近くが居住していたと推測されます。まだ解読されていないインダス文字が使用されていました。しかし、その後の衰退は急速であり、近年の研究では大規模な洪水によると考えられておりますが、発掘された遺跡からは、溶けてくっついたレンガや、ねじ曲がったり気泡が混じってガラス化した壺の破片などの遺物が見つかっており、遺跡で発見された白骨遺体46体は突如、死がやってきたような状態であり、そのうちの9体には高温で加熱された痕がありました。以上から、古代の核戦争を主張する学者もいるとのことです。

275px-Mohenjodaro_Sindh.jpg


14.カジュラーホー

 インドのマディヤ・プラデーシュ州にある、10世紀初頭から12世紀末ごろのチャンデーラ朝時代に、85ヶ所に及ぶ寺院が建設された、芸術的価値の高い彫刻を伴うヒンドゥー教及びジャイナ教の寺院群です。

270px-Khajuraho_tempel_india.jpg


15.スコータイ王朝

 13世紀にタイ族による最初の王朝で、仏教思想が花開いたタイの仏教の黄金期と見なされています。


16.アンコール遺跡

 現在のカンボジア王国の淵源となったクメール王朝時代の遺跡群です。9世紀頃から数々の王建設が行われた、カンボジアの北西部、トンレサップ湖北岸のシェムリアップの北側に位置します。スーリヤヴァルマン2世がアンコール・ワットの建設を行い、その死後30年ほど後に王に就いたとされるジャヤーヴァルマン7世はアンコール・トムの大部分を築いたとされます。

アンコールワット


 以上、同一線上に並ぶ古代遺跡群を列挙いたしましたが、パトリス・プーヤール氏の「ピラミッド 5000年の嘘」の中から、理解しやすい動画をご用意しまいたのでご供覧下さい。細かい理論については原作を参照いただけば幸いです。

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同一線上に並ぶ古代文明群(「ピラミッド 5000年の嘘」より)


◇ 遺跡群の位置関係についての仮説

 上でご紹介した研究者たちは、古代文明が一直線上に並んでいるのみならず、配置には何がしかの法則があると主張しています。以下、過剰書きでお示ししますが、更に、グラハム・ハンコック氏は、本論で取り上げている同一線上とは若干離れて位置する、西太平洋、カロリン諸島にあるポンペイ島周辺に海底都市があるとの伝説を重視して、遺跡群の中でも重要な位置を占める扱いとしております。また、ハンコック氏は地球の歳差運動で星の位置が1°変わるのに72年かかることに着目し、この「72」とその3/4にあたる「54」と言う数字を重要視しています。

1.ナスカ—ギザ間とテオティワカン—ギザ間は等距離
  (プーヤール氏)


テオティワカン&ナスカとギザ間

2.アンコール—ナスカ間とモヘンジョダロ—イースター島間は
  等距離(プーヤール氏)


アンコールワット、ナスカ間とモヘンジョダロイースター島間

3.イースター島からギザまでの距離は黄金数(1.618)の1万倍
  (プーヤール氏)


4.イースター島はアンコールの144°東、ギザの144°西に位置する
  (ハンコック氏)


アンコール、イースター、ギザ

5.アンコールとギザは緯度で72°離れている(ハンコック氏)

アンコールとギザ

6.ポンペイ島はアンコールの54°東に位置する(ハンコック氏)

アコールポナペ間


◇ 肯定的な私見と否定的な私見

 プーヤール氏もハンコック氏も、ドキュメンタリー映画として観た時、正直、引き込まれるような説得力を感じました。部分的に「それはちょっと!」と疑問視するところはあっても、完全に否定はできない、現代の科学では証明されていない、まさに「科学?/非科学?」の狭間に揺れる存在、それが有史以前の超古代文明だと思います。
 冒頭に述べましたククルカン、オシリス、ビラコチャの伝説は、極めて類似した人物を、時空を越えた各地で描写しております。時代が異なる文明同士であって、交流を証明するものは何もないのに、同じようなものを崇拝し、建造物が類似しており、ほぼ同一の、天文学の知識を有している点など、起源が同じであることを考えさせられます。また、現在のところ最古の文明とされているシュメール文明では、農耕、建築、文字、天文学などの知識が突然、発生して、その後はなんら進歩なく滅亡に向ったとされております。こうした見方は古代エジプト文明にもできるものであり、起源となる超古代文明が存在したならば説明ができることだと思います。

 ククルカン、オシリス、ビラコチャ伝説は極めて類似
 時空を越えて類似した崇拝、建造物、天文学の知識
 古代文明にて農耕、建築、文字、天文学などの知識が突然に発生


 一方、今回の記事である「古代の遺跡群が同一線上に並ぶとする説」については、いくらか反論する部分があります。古代文明の立地にある種の意志が反映されたとして、そのわりには違い過ぎる文化が散見されます。最も重視すべきはアンデス文明〜ナスカ文明〜インカ帝国に文字が無かった点だと思います。ペルーに近接したイースター島にはモヘンジョダロのインダス文字に類似した文字があったとされます。古代文学を有する古代エジプトやシュメールと文字を持たないアンデス文明が意図的に同一線上に並んだとはとても思えないところです。

 文字を持たないアンデス文明に近接する
 イースター島には文字がある


 今ひとつ釈然としないのは、同一線上に並んでいない古代文明の存在です。プーヤール氏は、同一線上に並んでいないメキシコのテオティワカンを取り上げて「ナスカ—ギザ間とテオティワカン—ギザ間は等距離」としていますが、それこそ、テオティワカンのみならず、メキシコにはマヤ文明もあります。以下の図に、今回の記事で取り上げた古代文明が並ぶとされる同一線上から外れた古代文明を示してみました。メソアメリカ文明、英国やフランスの巨石文化、中国文明であります。また、ハンコック氏は別の報告で与那国沿岸の海底建造物を超古代文明の謎を解く鍵としていますが、これも同一線上からは外れています。

最新同一線外の文明
赤道から30°の同一線から外れる文明

 有史以前の古代文明については今後も議論が繰り返されると思います。そして、地球の歳差運動に絡めて水瓶座の時代に突入する現代に、遠い過去の文明がメッセージを残している可能性は否定できません。最悪は地球環境の劣化と人類滅亡であり、夢のある話しとして次元上昇(アセンション)があると思います。私にとって考古学はやはり「スピリチュアルの周辺」記事であります。

 ブログ開始100件目の記事でありました。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131127-00000031-mai-soci
http://japanese.ruvr.ru/2013_10_17/122999598/
http://ja.wikipedia.org/wiki/グラハム・ハンコック
ピラミッド5000年の嘘(パトリス・プーヤール監督)2012年 仏
http://ja.wikipedia.org/wiki/イースター島
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンデス文明
http://en.wikipedia.org/wiki/Paracas_culture
http://ja.wikipedia.org/wiki/ナスカの地上絵
http://ja.wikipedia.org/wiki/インカ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ドゴン族の神話
http://ja.wikipedia.org/wiki/タッシリ・ナジェール
http://ja.wikipedia.org/wiki/シワ・オアシス
http://ja.wikipedia.org/wiki/古代エジプト
http://ja.wikipedia.org/wiki/ペトラ
http://hemitotsy.blog.fc2.com/blog-entry-65.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/ペルセポリス
http://ja.wikipedia.org/wiki/モヘンジョダロ
http://ja.wikipedia.org/wiki/カジュラーホー
http://ja.wikipedia.org/wiki/スコータイ王朝
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンコール遺跡
http://ja.wikipedia.org/wiki/ポンペイ島


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GATEWAY EXPERIENCE:Wave IV Adventure CD2, CD3

 ヘミシンクの各セッションをご紹介するシリーズですが、今回はWave IV AdventureのCD2とCD3を一緒にやります。なぜかと言いますと、CD2の二つ目のセッション、#4 NVC1とCD3のセッション#5 NVC2、#6 Compoint 12の3つは、いずれも非物質界におけるコミュニケーションの内容ですので同時に解説させていただきたい、と言う意図からです。


◇ CD2 #3 Free Flow 12:F12における自由行動

 これまでも何回か触れました、Focus 12は「知覚が拡大した状態」であり、「意識」と言う「自分自身」が肉体の範囲を越えて広がっているように感じられます。F10からF12移行時の効果音に従うと、雲が消えて晴れ間が広がるように、意識が拡大していきますが、その後の「意識を拡大していきます」と言うナレーションでさらなる拡大が進みます。すなわち、Focus 12は特殊な効果音を利用しなくとも、ある種の瞑想状態で己に念ずる、あるいはイメージすることで可能であると思います。
 以前、6月10日「Focus 10 から Focus 12への移行」、10月30日「ヘミシンクで『引き寄せの法則』を実践; 理想や願望の実現」と題したヘミシンクおよびスピリチュアル記事の中で、Focus 10から12への移行をご説明いたしました。個人的にはこのFocus 12は避けては通れない極めて重要な段階と思います。上述の如く、この段階は、特殊な効果音を利用しなくとも、ある種の瞑想状態で己に念ずる、あるいはイメージすることで可能と考えます。そこで、個々人が自分なりのイメージを持つのはいかがでしょうか? 以前にも掲載した写真ですが、自家用車の中から体育館へ、そして更なる意識の拡張は校庭(グラウンド)の中央に立つ自分です。

Focus12.jpg
Focus 10では自家用車の車内(左上)、Focus 12に入ると体育館(右上)、さらに意識を拡張させると学校のグラウンド(下)

 さて、本セッションはFocus 12におけるFree Flow(自由行動)ですので、Focus 12からさらに意識を拡げたところで、そこからは自分でエクササイズを考えなければいけません。うっかり無計画に行うとただFocus 12にポツネンと置かれて無意味に時間が経ってしまいます。ゲートウェイ・エクスペリエンス、これまでのエクササイズで得た技術をイメージして、計画的に行うのがいいと思います。

【Focus 12で応用し得るエクササイズ】
 ・問題解決(Wave II #2):問題、悩み、疑問に対する答え、解決策を得る
 ・パターニング(Wave II #3、IV #1):人生のパターンを描いて具現化
 ・ベクトル(Wave III #3):非物質界での方向感覚を高める
 ・5つの問い(Wave III #4):人生を導く根源的な問いの答えを得る
 ・エナジー・フード(Wave III #5):生命エネルギーを心身に取り込む
 ・体外離脱(Wave III #6):体外離脱のための5つの方法を試す 
 ・5つのメッセージ(Wave IV #2):ガイドからのメッセージを受け取る

※ 意識の及ぶ範囲とアカシックレコード(アカシャ年代記)
 一般的に、ものを考える「心」は頭の中の脳であり、「胸の納めて」なんて言うように「心」は「胸」にあるかのような考え方が主流であります。「心」とはちょっと違って、「意識」は知覚を含みますので、身体全体あるいはそれよりも少し広い範囲、肉体(個体)よりも外側の体表面を覆うような形に広がっているニュアンスだと思います。
 少し突飛な発想ですが、5月23日、「アカシックレコード(アカシャ年代記)」と題したスピリチュアル記事で、アカシックレコードを過去と未来のデータベースとしてご紹介しました。この中で、アカシックレコードは、人間(あるいは全ての動植物)が放出するオーラ(生命エネルギー)が身体の周囲を取り巻いており、1-7層まで存在する、その最も外側の第7層 ケセリック体(またはキリスト体)に存在し、ここにアクセスすることによって情報をリーディング(読み出す)ことが可能と、説明いたしました。
 ここで言う「オーラ(生命エネルギー)」と言う言葉はモンロー研究所のヘミシンクCDの中でも使われています。人間の体表面を覆う形で生命エネルギー帯が存在し、それを押し広げるよう指示されます。この辺り、意識の範囲=生命エネルギー、その中にアカシックレコードが存在する層がある、と言う構図かも知れません。


◇ CD2-3 #4 NVC1, #5 NCV2, #6 Compoint 12

 Wave IV AdventureのCD2 #4 NVC 1、CD3 #5 NCV 2と#6 Compoint 12はいずれも非物質界における非言語の会話(NVC, Non Verbal Communication)の能力を高めるエクササイズです。マニュアルでは非物質界でのコミュニケーションは非言語が基本とされております。これは、いささか理解に苦しむところで、例えばガイド、ハイヤーセルフと言った知的生命体との交信、チャネリングを行っている人々は日本語の言葉を受け取っていますし、私も故人およびガイドらしき人物と会話した際には日本語でした。あえて言えば、体外離脱でよく経験する、パタパタと泳ぐように身体を動かしても思う方向には進まず、言葉や体動ではない心で念ずることで身体(霊体)は意とする方向に進みます。非物質界の非言語とは、この感覚に近いのかと理解しております。

 非言語交信(NVC, Non Verbal Communication)のトレーニング

 エクササイズは、CD2 #4 NVC 1とCD3 #5 NCV 2ではFocus 10において、「オン/オフ」形式でナレーションに与えられた単語を思い浮かべては消すかたちで行われます。CD2 #4 NVC 1では「三角形」、「窓」、「雨」と言った形のある物質をイメージするので容易ですが、CD3 #5 NCV 2では「空を舞う鳥」、「泳ぐ魚」など動く物体で始まり、「必要」、「要求」、「希望」など、形で表せない情動へと進み、ここでのイメージ造りには難儀いたします。CD3 #5 NCV 2では、「自分は肉体だけの存在ではない」で始まるアファメーションについても「オン/オフ」形式で非言語交信を行い、CD2 #4 NVC 1、CD3 #5 NCV 2ともに、最後はFocus 12にてガイドとの交信を試みます。

 「オン/オフ」形式でイメージして消す

 CD3 #6 Compoint 12は非言語交信(NVC)のエクササイズの直後でありますので、Focus 12において、やはり同じように「オン/オフ」形式で非言語のイメージを想像したところで、ガイドとの交信に時間を裂いております。また、マニュアルではガイドとの交信ポイントを自由に発想してイメージすることを勧めています。強いイメージを心に植え付けておけばいつでも交信ポイントに行くことができます。私は以前に申しました、映画「独裁者」のオストリッチの中庭を交信ポイントとしてイメージしていますが、また、別のところも今いろいろと考えております。

オストリッチ庭
映画「独裁者」のオストリッチの中庭

 以下に、Wave IV AdventureのCD2 #4 NVC 1、CD3 #5 NCV 2と#6 Compoint 12における非言語交信としてイメージする言葉の項目を列挙いたします。予め、エクササイズの前にイメージを予習しておくと完成度が上がると思います。

【Wave IV Adventure CD2 #4 NVC 1】
 「顔」、「足先」、「時計」、「三角形」、「ピラミッド」、「円」、「ボール」、
 「四角」、「立方体」、「椅子」、「窓」、「扉」、「部屋」、「家」、「道」、
 「リラックス」、「注意」、「火」、「風」、「波」、「流れ雲」、「雨」、「雪」、
 「リラックス」

【Wave IV Adventure CD3 #5 NCV 2】
 「空を舞う鳥」、「走る犬」、「木登りする猿」、「駆ける馬」、
 「飛び跳ねるウサギ」、「泳ぐ魚」、「歩く人」、「リラックス」、
 「必要」、「解放」、「欲求」、「希望」、「熱望」、「興味」、「疑問」、
 「理解」、「受諾」、「拒否」、「反復」、「援助」、「こんにちは」、
 「あわれみ」、「同情」、「はい」、「いいえ」、「リラックス」
 アファメーション:「自分は肉体だけの存在ではない」、
 「肉体以上の存在だからこそ」、「物質を越えた世界を知覚できる」、
 「だからこそ、エネルギーとエネルギー系を」、「押し広げ」、
 「体感し」、「知り」、「理解し」、「コントロールし」、
 「使いじょなしたい」、「それは」、「自分や周囲に」、「何かを」、
 「もたらしてくれるだろう」、「だから」、「自分と同じか」、
 「自分以上の」、「知恵や」、「経験を持つ」、「知的生命体の」、
 「協力や援助、理解が欲しい」、「そうした知的生命体に」、
 「導かれ」、「そしてそうした人々によって」、
 「自分の望みを阻むものから」、「守られたい」、「リラックス」

【Wave IV AdventureのCD3 #6 Compoint 12】
 開始の挨拶
 「穏やか」、「興味」、「援助」、「熱望」、「こんにちは」、「ようこそ」
 交流・交信
 最後の挨拶
 「そろそろ失礼します」、「さようなら」、「ありがとう」

拉致監禁とストックホルム症候群

 昨日のニュース、英国のロンドン南部で、30歳、57歳、69歳の3 人の女性30年間にわたって監禁され、奴隷のような扱いを受けていたことが判明、容疑者二人が逮捕されたとの報道がありました。罪の無い人の人権を蹂躙して、人生の貴重な時間を拘束と言う形で無駄に過ごさせる悪質な犯罪です。
 この手の事件について、今から15年ほど前に相次いで小説、映画が作製され、ストックホルム症候群について認知後が上がった時期がありました。今日のテーマは拉致監禁に伴うある種の心理状態でありますが、くれぐれも拉致監禁は犯罪であり、これを擁護、容認するものではありません。そして、ストックホルム症候群について間違った認識から被害者に対する曲解した報道がなされるならば、それは認めることはできないと思います。


◇ 英国における監禁30年の報道

 *****

監禁ニュース

 【ロンドン=佐藤昌宏】ロンドン警視庁は21日、ロンドン南部で67歳の男女2人を監禁の疑いなどで逮捕し、両容疑者の自宅から女性3人を救出したと発表した。
 同警視庁などによると、救出されたのは、30歳、57歳、69歳の女性。それぞれ、英国籍、アイルランド国籍、マレーシア国籍だという。このうちの2人は少なくとも30年間にわたって容疑者宅に監禁され、奴隷のような扱いを受けていたとみられる。警察は、男女と3人の間に血縁関係はないとみている。

 強制的な結婚に関するテレビのドキュメンタリー番組を見た1人が10月、女性保護の民間活動団体(NGO)に連絡して発覚した。女性たちは重度の精神的外傷を負っているという。

 *****


◇ 本邦における誘拐拉致監禁事件

 これまで時々ありました、弱者を傷つける痛ましさ、誘拐拉致監禁事件ですが、北朝鮮のものは別とすると、主犯が男性のことがが多いため、性的虐待目的もあって、少女が被害者となる場合が多いようです。鮮明な記憶として残っているものに、2000年1月、新潟県柏崎市の加害者宅にて発見・保護された女性が、9年2ヶ月もの長期間の監禁をされていた新潟少女監禁事件がありました。当時、北朝鮮の仕業では?と考えられていたのが、なんと母子二人暮らしの家屋2階に母親が知ることはなく監禁されていたものでした。

松田美智子
松田美智子 氏

 奇しくも、この事件発覚と極めて近接した時期、しかしながらこの事件の直前の1999年に、「完全なる飼育」と言う女子高生を監禁する内容の映画が放映されましたが、これは松田美智子氏による、実際の事件に基づいて書かれた小説「女子高校生誘拐飼育事件」(1997年)を原作とするものでありました。この小説のモデルとなった事件は1965年、東京都豊島区にて発生した約6ヶ月間の女子高生の監禁事件でありました。松田美智子氏はその後、新潟県柏崎市の事件についても2009年、小説を発表されております。

少女監禁事件

 さて、1965年、東京都豊島区で起こった事件の詳細を述べているページがありましたので、要約いたします。


◇ 女子高生誘拐飼育事件(女子高生籠の鳥事件)

 昭和40(1965)年11月25日の夜、横殴りの雨が降る豊島区西武池袋線椎名町駅より帰宅途中の女子高生(Sさん、17歳)が、角園九十九受刑者(以下、角園)に誘拐されました。
角園は、Sさんを自宅アパートに連れ帰り、手錠をかけ目と口には絆創膏を貼り、果物ナイフをかざして服を脱ぐように脅したとされます。
 以下、警察の発表した調書に基づいて、角園は裸にしたSさんを強姦しようしますが、処女であったSさんが痛がる為に断念、代わりにナイフを首筋にあてて口淫(フェラチオ)を強要したとのこと、、、。この日より、角園はSさんに対して性交を何度か試みるも未遂に終わり、愛撫や口淫で欲望を満たしたとされます。
 誘拐翌日、Sさんは角園に手錠を外すように懇願し、角園はその言葉に従って手錠を外しました。これ以降は性交を強要する以外、角園はSさんに対して丁寧に接するようになり、誘拐4日目にはSさんを残して大丸デパートへ出かけ、下着やワンピース、オーバー等の衣類、ミシンや布地なども買ってきてSさんに与えています。

 誘拐・監禁・同棲生活が始まり

 犯行から10日、12月4日に2人は伊東の温泉旅館へ旅行に出かけました。アパートに風呂が無い為、誘拐以来入浴できていなかったSさんの機嫌を取るためだったとのことです。旅館では、角園は偽名の日野雅史を名乗り、Sさんには「みどり」と名乗らせ、角園を「パパ」と呼ばせて親子を演じていました。「みどり」とは、離婚して離れている角園の実娘と同名前とのことでした。
 旅行後、2人の関係は変化を見せました。1月半ばになって、初めて角園は強引にではなくSさんとの性交を果たしたとされます。この頃、角園はアパートの大家に玄関前に風呂場を建てる交渉をしたが断られ、Sさんに行水させる目的で大型のポリバケツを購入しています。2人はたびたび一緒に外出していて、角園の腕にしがみついて楽しそうに歩くSさんの姿を目撃していた管理人は、Sさんを角園の新しい恋人と思っていました。また角園は家具を買い揃えていき、「日野みどり」名義で口座を作り、Sさんの為に貯金までしていたとのこと、、、。

 温泉旅行から恋人のような関係へ
 被害者名義の預金口座も


 事件発生から半年あまりたった昭和41(1966)年5月18日、同棲生活は唐突に終わりました。偶然、Sさんを目撃した人の通報によって発覚、角園は警察に逮捕されました。角園逮捕時の本人とSさんの供述は以下の通りであり、Sさんの供述は角園にあらかじめ口裏を合わせるように言い含めされていた為とされている。

 逮捕後、犯人と口裏を合わせる被害者の供述

【逮捕時の角園の供述】
 Sさんが「家に帰りたくない」と言うので、住所をたずねると自分のアパートの近くだった。「一緒に帰ろう」と言って連れ帰り、そのまま一緒に暮らし始めた。死に別れた妻(本当は離婚している)にSさんがよく似ていたので結婚するつもりだった。行方不明で騒いでいるのは知っていたが、帰すつもりはなかった。

【角園逮捕時のSさんの供述】
 あの日、池袋駅で友達と別れたあと、なんとなく国電に乗って渋谷に来た。ハチ公の銅像前で雨に濡れて立っていると、「どうしたの?」と傘をさしかけたおじさんがいた。

 それにしても、事件当時、マスコミや世間は「逃げる機会はあったのになぜSさんは逃げなかったのか?」と疑問を抱き、その奇妙な同棲生活や保護時のSさんの言動に好奇の目が向けられたそうです。保護後のSさんは、角園に日常的に「逃げたら殺す」と脅され、「脅されてはじめは逃げられなかった」と証言し、口淫を強要されてからは「もうこんな体では逃げて帰ってもしかたがない」と思うようになっていったとも言っている反面、「伊東に行ってからは帰る事をあきらめた」、「あきらめはあったけれど、生活しているうちには楽しいこともあった」、「服、下着、靴などを買ってもらった時には嬉しかった」、「(角園が自分のために)貯金しているのも知っていた」、などと複雑な心理状況を上申書で述べています。そうした心理状態があったゆえに、角園は力ずくでなく肉体関係を持つことになったと説明されています。

 脅され、逃げられないと諦め、楽しいことも

 保護された後、両親と再会したSさんは「お父さん歳とったね、おかあさん、やせたのね。心配をかけてごめんなさい」と詫び、家に帰ってからは泣き崩れたとのこと、、、。裁判で角園は懲役6年の刑が確定しています。

 この事件(1965年)の8年後に、次に供覧します、ストックホルム症候群の由来となった事件が起こり(1973年発生)、 後々になってから監禁におけるSさんの心理状況が理解されるようになり、映画「完全なる飼育」の中でも、被害者が犯人をかばって「逃げて!」と叫ぶシーンが印象的でありました。


◇ ストックホルム症候群

 ストックホルム症候群(Stockholm syndrome)は、精神医学用語の一つで、犯罪被害者が、犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱くことを言います。
 1973年8月に発生したストックホルムでの銀行強盗人質立てこもり事件において、人質解放後の捜査で、犯人が寝ている間に人質が警察に銃を向けるなど、人質が犯人に協力して警察に敵対する行動を取っていたことが判明しました。また、解放後も人質が犯人をかばい警察に非協力的な証言を行ったほか、1人の人質が犯人に愛の告白をし結婚する事態になったとのことです。この問題を調査したOchberg博士はFBIとイギリス警察に、以下のような報告をしています。

「人は、突然に事件に巻き込まれて、人質となる。そして、死ぬかもしれないと覚悟する。犯人の許可が無ければ、飲食も、トイレも、会話もできない状態になる。犯人から食べ物をもらったり、トイレに行く許可をもらったりする。犯人の小さな親切に対して、感謝の念が生じる。犯人に対して、好意的な印象を持つようになる。犯人も、人質に対する見方を変える。」

 ストックホルムでの銀行強盗人質立てこもり事件
 犯人が寝ている間に人質が警察に銃を向けた
 人質が犯人に協力して警察に敵対する行動
 1人の人質が犯人に愛の告白をし結婚する事態
 

 犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の心情や事件を起こさざるを得ない理由を聞くとそれに同情したりして、人質が犯人に信頼や愛情を感じるようになるとされます。また「警察が突入すれば人質は全員殺害する」となれば、人質は警察が突入すると身の危険が生じるので突入を望まず、ゆえに人質を保護する側にある警察を敵視する心理に陥ることもあり得ます。このような恐怖で支配された状況において、犯人に対して反抗や嫌悪で対応するより、協力・信頼・好意で対応する方が、生存確率が高くなるため発生する心理的反応が原因と説明されております。また、同症候群は恐怖と生存本能に基づく自己欺瞞的心理操作(Self Mind Control)であるため、通常は、人質解放後、犯人に対する好意は憎悪へと変化するとも言われております。

 恐怖と生存本能による自己心理操作(Self Mind Control)

 こうした心理状態について、極めて説得力のある発言として、Kampuschという保護人が、次のように述べております。

「被害者に、ストックホルム症候群という病名を付けることには反対する。これは病気ではなく、特殊な状況に陥った時の合理的な判断に由来する状態である。自分を誘拐した犯人の主張に、自分を適合させるのは、むしろ自然である。共感やコミュニケーションを行って、犯罪行為に正当性を見い出そうとするのは、病気ではなく、生き残るための戦略である」。

 特殊な状況に陥った時の合理的な判断に由来

 「完全なる飼育」が放映された頃、「誘拐犯と被害者の奇妙な愛情」などと面白可笑しく報道されたのが想い出されます。監禁はまぎれも無い犯罪であり、冒頭に申しました通り、被害者に対する曲解した報道は認めることはできないと思う次第です。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131122-00000160-yom-int
http://ja.wikipedia.org/wiki/新潟少女監禁事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/松田美智子_(作家)
http://ja.wikipedia.org/wiki/ストックホルム症候群

「感謝」の気持ちで運命を変える!

 「引き寄せの法則」とホ・オポノポノについてご紹介しました。いずれも人間(己の)の内面を変化させること、考え方を変えることにより、人生を有意義なものとする手段として捉えております。もちろん、願ったものは必ず手に入る(引き寄せる)とか、「ありがとう」「ごめんなさい」などを言葉で現すだけで問題が解決すると言う、「アラジンと魔法のランプ」などのおとぎ話しのような、ちょっと科学で証明できるものではありません。
 アルベールビルオリンピックにおける伊藤みどり選手のトリプルアクセルを「自らが引き寄せた」としましたが、私の申し上げることは裏付けとなる根拠がない憶測に過ぎず、では伊藤みどりさん個人に聞いたところで、「あれは偶然です」、「神様がいました」と言った答えしか返ってこないかも知れません。既に起こった事象について後から理由付けをするのは簡単ですが、精神世界における新しい理論を、ランドマイズドして前向き研究を行うことはほぼ不可能なことであります。
 結局のところ、医者として、科学者としてはやや不本意ではありますが、科学で証明し得ないことでも、一つの考え方として受け入れ、まずは実践するしかない、と言う結論に達します。

 長い前置きになりましたが、「引き寄せの法則」を実践するうえで最強のツールとされる「感謝の気持ち」について考えてみました。ホ・オポノポノで唱える「ありがとう」、「愛しています」をそのまま「感謝の気持ち」と解釈するのは語弊があるかも知れませんが、心理状態は類似していると考えます。
 現代の「引き寄せの法則」の基礎となっているのは、過去の識者の残した言葉の蓄積で成り立っております。この過去の識者が「感謝の気持ち」について述べたものをご紹介します。

 *****

釈迦(BC7-5C)
「怒りを抱くということは、誰かにそれを投げつけるつもりで熱い石炭を持っているのと同じことです。やけどをするのはあなたです」

ウォレス・ワトルズ(1860-1911)
「感謝の気持ちを持たなければ、他の面での生き方は正しくても、いつまでも貧しいままでいるでしょう」

ウォレス・ワトルズ(1860-1911)
「日々感謝することが、あなたに富をもたらす泉となります」

ウォレス・ワトルズ(1860-1911)
「感謝すると自分の思いと宇宙の想像エネルギーを密接に調和する、と考えたことがありますか? もしなければ、そのことをよく考えてみましょう。するとそれが真実であることが解るでしょう」

クリスチャン・ラーソン(1866-1954)
「人は自分を変える事ができます。そして、自分の運命を支配する事ができます。これは正しく考える力に目覚めた人なら誰もが下す結論です」 

ネヴィル・ゴダード(1905-1972)
「気持ちを変えることは運命を変えることです」 

釈迦、ワトルズ、ネビル
左から釈迦、ウォレス・ワトルズ、ネヴィル・ゴダード

 *****


 人は不平不満を言う方が簡単です。100%の生活なんてあり得ないのですから、何か足りないところに目をつけて不満を漏らし、「もう少し庭が広ければ」、「車の燃費がいまいちで」、「彼女(彼氏、あるいは妻、夫)のこういうところが嫌だ」、「今の仕事に満足はしていない」と、そんな感じでしょうか。「今の自分に満足することはこの先に進歩がない」との観念が今の自分に不満を漏らすことに繋がっているように思えます。「ハングリー精神」や「貪欲」と言う言葉が美化されて、「満足」は「怠惰」に繋がり「衰退」を呼び込むとの考え方もあろうかと存じます。

 「貪欲」さが現在の自分への「不満」に繋がる?
 「満足」は「怠惰」に繋がり「衰退」を呼び込む?


 でも、「満足」と「感謝」は微妙に違います。「引き寄せの法則」における「感謝」とは、日常の「満足いくサービスを受けて感謝します」、とか、「満足いく収益に感謝します」と言う、よくある会話の「感謝」とはちょっと違うようです。何か得るものがあって「感謝」とか、利益を受けての「感謝」ではなく、ただ漫然と、今の自分の存在、日常そのものに対する「感謝」とのことです。

 今の自分の存在、日常そのものに対する「感謝」

 例えば、今こうしてインターネットに向かえるのは科学技術の進歩、そうした媒体を自宅に置ける社会や家庭であり、キーボードを打てる指、画面を見る目が健康であるからで、これに対する「感謝」の気持ちを持ちます。朝起きた時に、「今日も嫌な仕事だ」、とりわけそれが月曜日なら「これから長い一週間だ」と思う代わりに、「今朝も明るい朝を迎えられた」、「未来に向けた一歩をまた踏み出す」などと、朝から「感謝」の気持ちを持ちます。
 こうした心理状態が、明るく前向きな姿勢に繋がり、不平、不満に基づくマイナスの波動を減少せしめます。今の自分に感謝することで、それは必ずしも慢心ではなく、さらなるプラスの波動から、もっと良いものを引き寄せると識者達は述べています。

 「感謝」の気持ちが更なる良いものを引き寄せる

 別の考えかたとして、ある一個人が今ここにあるのは、これまでの意志によって引き寄せたものの集合体であり、自分を作っているのは自分自身の意志である、との考え方があります。と言う事は、自分に対する不平不満を持つことは、過去の己の意志そのものを否定する考えでもあるのです。自分の意志で出来上がったものであることを知れば、己に対する愛おしさを感じ、過去の自分の意志に対する「感謝」の気持ちを持てます。そして、「感謝」の気持ちを持つことで、さらに自分に良いものを引き寄せて、自分自身を磨いていくのです。

 自分は自分の意志により引き寄せたものの集合体
 自分に対して愛おしく思い「感謝」の気持ちを持つ


 と、言うことが、「引き寄せの法則」、「ザ・シークレット」などに述べられており、多くのスピリチュアルなホームページに掲載されています。一つだけ、確かなことは、最近、「感謝」の気持ちを言葉にするようにしています。朝起きた時に意味も無く「ありがとう」、ちょっとしたことで家族と会話したときに「ありがとう」と、、、。豊かな気持ちになりますね。これだけは確かなことです。ネヴィル・ゴダード氏が言う、「気持ちを変えることは運命を変えることです」とは、もう今からでも実践できることだと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/釈迦
http://ja.wikipedia.org/wiki/ウォレス・ワトルズ
http://en.wikipedia.org/wiki/Neville_Goddard

100件を前にカテゴリの見直し

 当ブログは本年3月21日に開始しまして8ヶ月でもうすぐ100件に到達しようかと言う状況です。特別に誰かに観ていただこうとか、己の主張を世に示すつもりはなく、ただ思ったこと、勉強したこと、そしてそれを自分の記録として残したい気持ちでやって来ました。
 ヘミシンクによる瞑想とスピリチュアルの勉強を始めたのとブログ開始時期が同一であったため、テーマはスピリチュアル系が多い傾向にはありましたが、いざ初めてみると、考古学に話しが及んだり、好きな曲や映画のフレーズの紹介など、あまり気にせず自由にやって参りました。そのスタンスには今後とも変わらないと思います。

 特にスピリチュアルにこだわらない自由な内容
 
 これまで「ヘミシンク」、「スピリチュアル」、「スピリチュアルの周辺」と3つのカテゴリを設けてきて、「ヘミシンク」でも「スピリチュアル」でもないものは、なんでもかんでも「スピリチュアルの周辺」として来ました。確かに「スピリチュアル」な記事ではないけれども将来「スピリチュアル」となりうる、「スピリチュアル」に大きく影響を及ぼす事例、あるいはまさに「スピリチュアル」と紙一重など、「スピリチュアルの周辺」の記事はあり得ます。それに加えて、「私見、雑感、独り言」と言うカテゴリを作らせていただき、「ヘミシンク」、「スピリチュアル」、そして「スピリチュアルの周辺」でもない内容のものをこのカテゴリに入れて行きたいと存じます。過去の記事に関しても、内容を検討してカテゴリ分類を変更して参ります。

【新しいカテゴリ】
 ・ヘミシンク
 ・スピリチュアル
 ・スピリチュアルの周辺
 ・私見、雑感、独り言

◆ スピリチュアル株式投資:カイオム・バイオサイエンス [4583-TM] に仕手?

 ちょっと緊急で、久しぶりに株式ネタです。独自の抗体作製技術を持つ理科学研究所より発足した創薬ベンチャー企業、カイオム・バイオサイエンス(4583-TM)と言うバイオ系の銘柄が本日、出来高を伴った激しい動きを見せました。以下、3ヶ月チャートをご覧下さい。

カイオム3月チャート

 これに対して、フィスコの報道は以下の通りです。

 *****
 
カイオム<4583>がランクイン(14:30現在)業績見通しに関する一部報道を材料視/出来高変化動向

 カイオム<4583>がランクイン。19日夜の業績見通しに関する一部報道を材料視したものとみられる。増益見込みと伝えられている。創薬共同研究事業での営業強化、リード抗体関連での好調に加えて、技術基盤ライセンス事業でも堅調、抗体獲得による成長に期待と。
(フィスコ)

 *****


 業績を好感しての人気化から上昇はその通りかも知れません。しかしながら、「19日夜の業績見通しに関する一部報道」とされていますが、これについては確認し得ずにいます。カイオムの業績に関する報道は先週末の11月15日金曜日の10:09にフィスコから以下のタイトルで出されましたが、株価および出来高ともにその日の午後から昨日の大引けまで、大きな変動はありませんでした。

11/15 10:09
 カイオム---上期は創薬アライアンス事業での案件増加で89.5%増収、下期も案件の獲得と基盤技術の価値向上に取り組む(フィスコ、個別銘柄ショートスナップ)


 本日も実は大人しいスタートであり、朝方9:45までは35円高の3300円前後で推移していました。こういう、動きを示した小型銘柄にある特定の個人が株価を操作する「仕手」なるものを感じざるを得ません。カイオム・バイオサイエンスについての考察は後述するとして、一般的な「仕手」についての説明から入ります。


◇ 仕手(筋)とは?

 仕手あるいは仕手筋とは、人為的に作った相場で短期間に大きな利益を得ることを目的に、公開市場(株式、商品先物、外国為替等)で大量に投機的売買を行う個人あるいは団体のことを言います。巨額の投資資金を武器に買い占めによる株価のつり上げ、個人投資家の人気化を煽り、更なる株価上昇を見て一気に成り行き売りをかけて、売買益を得る手法です。

 仕手(筋):
  人為的に作った相場で投機的売買を行い利益を得る組織


 ひとたび仕手が動くと、企業業績とは無関係に株価が急変動し、通常は、仕手筋以外の投資家の投機資金を巻き込みながら、一定期間をかけて急騰や急落を繰り返すが、やがては企業業績に見合った株価位置に戻っていくとされます。仕手(筋)に操作された銘柄を仕手銘柄と言いますが、どのような銘柄が仕手銘柄になりやすいかと言うと、当然の如く、発行株式数がそれほど多くはなく、資本金が少なく、二部あるいはマザーズ、ジャスダックと言った新興市場で、平時ににおいては出来高が少なく、低く低迷している銘柄と思われます。

【仕手銘柄】
 ・資本金<40億円以下
 ・値動きが激しい
 ・二部、マザーズ、ジャスダック銘柄
 ・浮動株の比率が高い
 ・直近の出来高が少なく低迷している

 あるサイトでこれまで仕手が動いたことがある銘柄を掲載していましたので、ここに列挙いたしますが、これらの銘柄がまた仕手に操作されるとは限りません。

【過去の仕手銘柄】
 ルック、真柄建設、日特建設、三井鉱山、住友石炭鉱業、シキボウ、
 合同製鐵、鬼怒川ゴム、北川鉄工、富士紡績、テラボウ、アツギ、
 キムラタン、市川毛織、保土ヶ谷化学、エス・バイ・エル エスコム、
 トウペ、ミサワホームホールディングス、明星工業、オカダアイヨン、
 国産電機、ドッドウエル、ビー・エム・エス、ダイワ精工、ゼネラル、
 トーヨーカネツ、東海アルミ箔、エア・ウォーター、ナラサキ産業、
 日本アルミ、シンワ、中山福、ユニチカ、エーアンドエーマテリアル、
 古林紙工、日本カーバイド工業、ナイガイ、オメガ・プロジェクト、
 共栄タンカー、東海観光、光陽社、三晃金属工業、日本配合飼料、
 大運、ムラキ、サクラダ、日本製麻、東邦アセチレン、中川無線電機、
 佐田建設、林兼産業、佐世保重工業、イハラケミカル、マミヤオーピー、
 ケンウッド、クラリオン、ニチモウ、東都水産、日本アビオニクス、
 黒崎播磨、丸善、中山製鋼所、岩崎電気通信、日本バルカー、川崎化成、
 上毛、東邦亜鉛、油研工業、プレス工業、学研


◇ 仕手を見抜く手段

 簡単に仕手を見抜いてその動きに乗じて売買し、富を得るのは極めて難しいと断言できます。そんなに世の中は甘くないと言うところ、うっかりすると仕手(筋)の餌食となって大きな損失を出す事もあるでしょう。また、上記、特徴や過去の銘柄を抑えて日々観察していても、なかなか仕手は現れず、効率が悪く、しかも咄嗟には動けないのが実情であります。
 あくまでも個人的な意見、これまでの経験論を申しますと、仕手の見極め方として、仕手起動による急騰の1、2ヶ月前にやはり出来高を伴った「謎の」上昇があり、報道ではあまり取り上げれない、「自力反発」のような扱いとなります。この上げは、仕手(筋)が
ターゲットとした銘柄の株を買い占めた結果だと思います。本番の仕手起動においては、まったく報道されないか、時間差があって、業績(良好)などの報道とは関係ない動きに見える、とそんなところかと考えています。なお、仕手による株価の上昇は平時株価の3、4倍と考えております。

【仕手に関するあくまで私見】
 ・上記の条件に見合う銘柄である
 ・1,2ヶ月前に出来高を伴った「謎の」上昇がある
 ・その上昇は報道では取り上げられない
 ・本番の仕手起動において報道との時間的乖離がある
 ・仕手による株価急騰は3、4倍まで


◇ カイオム・バイオサイエンスの場合

 今回、取り上げたカイオム・バイオサイエンスの場合、企業規模は仕手の条件に合うと思います。チャートに目を向けますと9月11日、出来高を伴い上昇、そのまま6日連続の上昇となりました。この9/11〜19前後の時系列の株価と9ヶ月チャートを以下に示します。株価はチャートの赤枠で示した期間に、終値ベースで2339円から4080円まで1741円(74.4%)の上昇を示しました。

【M-カイオム 9/10〜9/19の株価】
カイオム9月相場

カイオム9ヶ月
カイオム・バイオサイエンスの9ヶ月チャート

 この9月11日からの急騰における報道を列挙いたします。各社がカイオムに加えてナノキャリア(4571-TM)、タカラバイオ(4974-TM)の上昇を伝え、オリンピック銘柄からバイオ分野に資金の移動を告げています。

【カイオム 9/11〜18の報道】
9/11
 五輪関連からバイオ関連への資金回帰も。(フィスコ、出来た株、動いた株)
9/12
 マザーズ指数が続伸。投資マインドの改善に伴ってナノキャリア<4571.T>、カイオム・バイオサイエンス<4583.T>、UMNファーマ<4585.T>などバイオ株が大幅高。(株式新聞)
9/13
 カイオム<4583>がランクイン。五輪関連の一角が上げ一服となるなか、低迷が続いていたバイオ関連に資金シフトする展開のようだ。同社は5月に10595円まで上昇し、1月高値10640円とのダブルトップ形成。その後は2200円レベルまでの調整を余儀なくされていた。
9/17
バイオ関連に見直しの動きが継続。(フィスコ、出来た株、動いた株)
9/18
 マザーズ指数が5日続伸。ナノキャリア<4571.T>、タカラバイオ<4974.T>、カイオム・バイオサイエンス<4583.T>、UMNファーマ<4585.T>などバイオ株が一斉に買われ、指数をけん引。(株式新聞)


 しかし、個別に見ますと、ナノキャリアは確かに騰がりましたが、これおはカイオムよりも長い期間にわたり上昇しています。タカラバイオの9/11〜18の上昇はごく僅かです。バイオ銘柄として一色端にするには無理があったように思います。

 報道とは必ずも一致しない不自然な上げ

 さて、本日の株価を5分チャートで見てみますと、朝方、静かな売買で始まっています。上でご紹介しましたように、カイオムの増収についての報道は先週11月15日金曜日の10:05になされており、その後のカイオムの株価に大きな変動はなく、11月15日の金曜日の報道後から今週月曜日、火曜日も著変ありません。本日も9:40までは静かな経過でしたが、9:45と9:50の10分間に20,000株を超える買いが入り、その後は大人しく推移して、後場に突入、大きな変動なく推移しましたが13:20に60,000株の出来高を持って急騰しました。

カイオム日中
11/20 カイオム・バイオサイエンス5分チャート

 この9:50と13:20の赤い線で囲んだ部分は同一人物(団体)による買いだったのでは?、すなわち9/11〜19に買い占めを行った仕手筋がついに起動したのではないか?、との発想です。

 前場、後場のいずれも唐突な大きな買いで相場を刺激

 ただ、この仮説を立証するには株価4,000円を超える必要があります。上で示した9ヶ月チャートに緑色の実線で抵抗線(支持線)を弾いておきました。7月初旬なで安値支持線であった4,000円前後を、8月に入ってから割り込み、逆に高値抵抗線となっているようにも見えます。ここで跳ね返されるようなら仕手とは言えないと思います。

 4,000円の高値抵抗線を超えれば本物?

 明日に注目ですが、くれぐれも株式投資は自己責任でお願いします。

http://ja.wikipedia.org/wiki/仕手

引き寄せの法則だったのか? 伊藤みどりのトリプルアクセル

 女子フィギュアスケートのトリプルアクセルなどと、スピリチュアルとはかけ離れた記事でした。「スピリチュアルの周辺」のカテゴリーといたしましたが、ちょっとこのカテゴリー分類、近日中に見直そうかとは思います。手前の話しではありますが、、、。

 それにしても、伊藤みどりさんのオリンピックにおけるトリプルアクセルにはやはりスピリッツを感じます。なぜなら、私も経験がありますが、スポーツは厳しい修練の後に修得する技術には違いありませんが、本番の試合において、最高のプレーが出来るかどうかは、本人の努力や意志だけではどうにもならない、運不運みたいな、神の領域のようなところはあると思います。「勝利の女神」と言う文句は、そういう理屈抜きの偶然性に向けて発せられた言葉だと思います。

 スポーツの成否:「勝利の女神」と言ったスピリチュアルな領域

 アルベールビルのおける伊藤みどり選手のトリプルアクセルを「引き寄せの法則」に照らし合わせて考えてみました。
 彼女は、まだトリプルアクセルを飛ぶ前、カルガリーオリンピック以前の段階でもNHK杯などの国際大会で優勝を経験した世界のトップスケーターの一人でした。その彼女が、フリーの演技でスタンディング・オベーションの祝福を受けたカルガリーオリンピックで、惜しくもメダルに届かずに終わり(5位)、4年後のアルベールビルに強い意志を持ち、そこからトリプルアクセルの修得が始まりました。

 「オリンピックでトリプルアクセルを飛んでメダル」

 伊藤みどりさんにとって、88年から92年の4年間は「オリンピックでトリプルアクセルを飛んでメダル」を常に念じた日々だったと思います。

 先の記事でも述べましたが、いよいよアルベールビルオリンピックにおいて、伊藤みどり選手は精神的な緊張から大不調であったとされます。「失敗するのではないか?」、「トリプルアクセル、着氷できないのでは?」、その結果として「メダルに手が届かないのではないか?」という、ネガティブな発想が意識に現れ、これが波動となって、現地入りしてからの不調やと、ショートおよびフリーの冒頭におけるジャンプの失敗に繋がったのかも知れません。

 「失敗するのではないか?」
 「着氷できないのでは?」
 「メダルに手が届かないのではないか?」
  → 負の発想が不調とフリーでの転倒を引き寄せ?


 しかし、フリーのトリプルアクセル転倒後の、伊藤みどり選手の表情には、なにか吹っ切れたような印象を受けます。その後のプレーに硬さが取れて、そして予定外のトリプルアクセルを演技後半の残り1分で挑戦しました。オリンピックでの最後の1分ですから、肉体疲労は頂点に達していたと思います。そんな時間帯に男子の4回転や、女子トリプルアクセルを入れる選手はいません。浅田真央選手も経験ないと思います。でも、彼女はオリンピックでトリプルアクセルを飛ばないわけにはいかなかった。「絶対に飛ぶ!」と言う鋼(はがね)のような強い意志があったと思います。それをプレー中に想い出したのではないでしょうか? それがトリプルアクセルの成功と銀メダルを引き寄せたのではないか?、と考える次第です。

 想い出した強い意志 → トリプルアクセル成功とメダルの引き寄せ

 私は、リアルに観た、伊藤みどり選手のオリンピック、トリプルアクセルには何かスピリチュアルなものを感じておりました。20年以上経った現在、あれも「引き寄せの法則」であったのでは?、と思います。

 バンクーバーオリンピックで悔し涙の銀メダルであった浅田真央選手がソチオリンピックでどれほど大きなものを引き寄せるか?、期待を寄せる次第です。

女子フィギュアスケート トリプルアクセルのスピリッツ

 このところ、スピリチュアルネタが連続して、理屈っぽくて、堅苦しく重い内容が続きましたが、ちょっと軽くて明るい内容を考えました。この冬は4年ぶり、冬期オリンピックのシーズンです。何と言っても、ソチ(ロシア)におけるフィギュアスケート女子で、今期限りでの引退をほのめかしている浅田真央選手の念願の金メダルが期待されるところです。先日のグランプリシリーズ第1戦アメリカ大会ではショートの冒頭で見事にトリプルアクセル(3回転半)のジャンプを決めて優勝、先週末のNHK杯でも浅田選手は自己最高得点で優勝、グランプリファイナル出場を決定づけております。オリンピックの優勝を占う、浅田選手の代名詞とも言えるトリプルアクセルについて、そのスピリッツに照準を当ててみました。


◇ フィギャアスケートにおける6種類のジャンプ

 まず最初にフィギュアスケートにおける6種類のジャンプをご説明します。けっこう理解が難しいですが、少なくともトリプルアクセルの難易度が高いことは分かります。

1.トウループ TOE LOOP

 右足外側のエッジに乗り、左足のトウをついて踏み切ります。滑ってきた軌道を利用しながらトウをついて跳ぶので、最も跳びやすいジャンプとされ、観戦者の目には、自然の流れに乗って跳んでいるように見えます。男子で跳ばれる4回転はその大半がこのトウループです。コンビネーションジャンプの2つ目に跳ぶジャンプとしてもよく使われますので、競技中のいろんな場面で見るジャンプであります。

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2.ループ LOOP

 右足踏み切りでトウを使わないジャンプです。右足外側のエッジで滑りながら、左足を少し前に出して、滑ってきた勢いを使って踏み切ります。跳ぶ瞬間に、イスに腰掛けたような格好になるのが特徴です。比較的難易度が低く、コンビネーションジャンプの2番目に跳ばれることが多いですが、トウループと異なり着氷した右足でトウピックの助けなしに再び跳び上がらなければならないため、トウループよりも難しいとされています。

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3.サルコウ SALCHOW

 ループ、トウループと同じく、ジャンプする直前の体の進行方向がジャンプの回転方向と同じです。そのため滑る勢いをそのままジャンプに生かしやすく、比較的難易度が低いとされます。ループ、トウループと異なり左足内側のエッジで滑りながら、右足を前上方に振り上げて跳ぶので、瞬間、内股が「ハ」の字になります。踏み切るときにスキーのボーゲンのような体勢になればサルコウと判断できます。比較的易しいジャンプなので、男子ではトウループに次いで4回転ジャンプに使われますし、安藤美姫選手が、女性では初めての4回転ジャンプを決めたのもサルコウです。

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4.フリップ FLIP

 次に述べるルッツと非常によく似ているので素人には見分けるのは困難です。ジャンプする直前に左足内側のエッジに乗り、右のトウをついて跳びます。前向きに滑走して踏み切る直前にぱっと後ろ向きになって跳ぶことが多いです。

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5.ルッツ LUTZ

 アクセルの次に難しいとされるのがルッツジャンプです。少し長めに左足の外側エッジに乗って後ろ向きに滑走し、左肩をぐっと入れて右のトウをついて跳びます。滑走で描いてきた軌跡と反対の回転をかけながら踏み切るので難しいとされるジャンプです。「左足外側エッジ」というのが重要なポイントで、これが「左足内側エッジ」に体重を乗せてしまうと、正しくないエッジと判定されて減点対象となります。長く左足で後ろ向きに滑走して跳ぶ選手と、右足で滑走して踏み切る直前に左足を右足にかぶせるようにクロスさせて踏み切る選手がいます。後者の場合、フリップジャンプとよく似てきます。

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6.アクセル AXEL

 名称は1882年にアクセルジャンプを初めて飛んだノルウェーのフィギュアスケート選手アクセル・パウルゼンに由来します。女子では1920年には同じノルウェーのソニア・ヘニーが初めてシングルアクセルに成功しました。6種類のジャンプの中で唯一前向きで踏み切るため見極めは簡単ですが、難易度が最も高いです。着氷は常に後ろ向きですから回転数は1/2回転加わり、1回転半がシングルアクセルとなります。男子選手にとって、トリプルアクセル(3回転半)で得点を稼ぐことが上位に食い込むための重要な鍵になります。しかし前向きで踏み切るのは難しいため、選手によってはさらに高難度とされている4回転トウループのほうが得意という人もいます。当然、女子にとってはことさら難しいジャンプとなり、トリプルアクセルを成功させた女子は過去に数えるほどしかいません。

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【各種三回転ジャンプの比較】
ジャンプ比較


◇ 女子におけるトリプルアクセル

 1948年、サンモリッツオリンピックでアメリカ男子のディック・バトンがダブルアクセル(2回転半)を成功させ、その5年後、1953年には同じくアメリカのキャロル・ヘイスが女子選手として初めてダブルアクセルに成功しました。1978年にカナダの男子、ヴァーン・テイラーが世界選手権で初めてトリプルアクセル(3回転半)に成功して、その10年後、1988年、伊藤みどりが女子でのトリプルアクセルを成功させたのが世界で初めての快挙でありました。女子でトリプルアクセルが公式認定されたのは以下に示す5プレーヤーのみであります。年、大会はいずれも各選手が初めてトリプルアクセルを成功、認定された時の記録であります。

【女子のトリプルアクセル】
女子トリプルアクセル経験者


◇ 女子トリプルアクセルの明と暗

1.トーニャ・ハーディングの2つの事件

 1991年、女子選手として史上2人目のトリプルアクセルを成功したトーニャ・ハーディング選手は、おそらくは世界のトップ、オリンピックでの金メダルを夢見たことと思います。今でこそ日本は世界有数のフィギュアスケート国家となりましたが、伊藤みどり選手が出現した頃は、米国の方が圧倒的に強く、実際、92年、アルベールビルオリンピックで伊藤みどり選手が銀メダルを獲得しましたが、その時の金メダルは米国、クリスティー・ヤマグチ選手、その後もナンシー・ケリガン、タラ・リピンスキー、ミシェル・クワン、サラ・ヒューズ、サーシャ・コーエンと言った多数のメダリストを輩出しております。そうした米国の背景にあって、史上2人目のトリプルアクセルを武器に頂点を目指すのは言うなれば当然であったと思います。

 激戦の米国内で唯一のトリプルアクセルプレーヤーとなって

 91-92年のスケートアメリカにてショートもフリーでもトリプルアクセルを成功して優勝、1992年の全米選手権は3位となり、アルベールビルオリンピックの切符を手に入れました。しかし、1992年のアルベールビルオリンピックでは、前年まで成功していたトリプルアクセルが、オリジナルプログラム、フリー共に着氷に失敗、4位に留まりメダルには手が届きませんでした。

 アルベールビルオリンピックではメダルに届かず

 夏季と冬季のオリンピックの開催をずらす目的で、92年に続いて94年にも冬季オリンピックが開催されることになっており、彼女には短期間で二度目のチャンスが巡って来ました。ところが、92-93年のシーズンは不調に陥り、世界選手権にも出場できませんでした。そんな状況で迎えた94年、リレハンメルオリンピックの選考会となる全米選手権の会場で、練習を終えたナンシー・ケリガン選手が何者かに襲われる事件が発生しました。俗にいう「ナンシー・ケリガン襲撃事件」であります。

 ナンシー・ケリガン襲撃事件

 ケリガン選手は膝を殴打され怪我を負い全米選手権を欠場、ハーディング選手がこの大会で優勝を果たし、リレハンメルオリンピックへの切符を勝ち取りました。しかし、事件発生から2週間後、元夫であるジェフ・ギルーリーらが逮捕され、ケリガン選手への暴行はハーディング選手に頼まれたとの証言をしました。全米スケート協会とアメリカオリンピック委員会はハーディング選手をオリンピックチームから追放することを検討しましたが、結局、そのままハーディング選手の出場となりました。

 疑惑の目を向けられながらオリンピック出場

 リレハンメルオリンピックでも彼女は事件を起こします。フリーの演技が始まって最初のトリプルルッツが1回転となる失敗の直後、突然泣き出して演技を中断し、「靴紐が切れて演技が出来ない」とジャッジに訴えました。映像ではひもが切れたり緩んだりのトラブルは見られませんでした。

 リレハンメルでは、失敗したフリーのやり直しを主張

 ジャッジが、ハーディング選手のフリー演技のやり直しを認めると、彼女は突如笑顔に変わりガッツポーズしながらリンクを一旦後にしました。グループの最後で再びリンクに登場し、演技を再度行った彼女は、結局、合計8位と平凡な結果に終わりました。

 多くの物議をかもし出したハーディング選手はオリンピックの後、ナンシー・ケリガン選手襲撃事件における罪を認め、その後はプロレスラーになったりボクサーに挑戦したりと波乱に富んだ人生を歩んでいるようです。せっかく修得したトリプルアクセルを生かせず、慢心などの逆に作用してしまった選手かも知れません。



2.攻撃的プログラム、中野友加里のトリプルアクセル

 2010年に引退してフジテレビに入社した中野友加里選手は、現役時代、スパイラルにおける満面の笑みと、美しいドーナツスピンが印象的な選手でありましたが、彼女もトリプルアクセルの使い手であり、実は、スパイラルやスピンよりも、彼女の特徴を示す言葉、それは極、端に難しいジャンプ構成を組む選手として「クレージーガール」、「攻撃的プログラムの使い手」でありました。

 「攻撃的プログラム」を組む「クレージーガール」

 02-03のシーズン、ショートプログラムにトリプルアクセル入れ、フリーには単独のトリプルアクセルと、トリプルアクセル — 2回転トウループのコンビネーションに、3回転フリップ-3回転トウループ、3回転ルッツ-3回転ループの2つのコンビネーションを跳ぶ極めて攻撃的なプログラム構成をしました。シーズン初戦の中部ブロック大会でトリプルアクセルに成功すると、続くスケートアメリカではISU公認記録としては伊藤みどり、トーニャ・ハーディングに次いで3人目となるトリプルアクセルに成功しました。さらに西日本選手権と全日本選手権では、3回転アクセル-2回転トウループにも成功、冬季アジア大会と四大陸選手権ではそれぞれ3位となり、荒川静香、村主章枝とともに日本人選手で表彰台を独占しています。こうした華々しい時もあったのですが、大技を使うという事は大きな失敗もあって、スランプになると長引く傾向にあったようです。

 大技は爆発力があるが失敗、スランプも!

 03-04年および04-05年は調子が出ずに辛いシーズンとなり、05-06年、東京ブロック大会で、国内競技会では初となるISUジャッジングシステムのもとでの6種類の3回転ジャンプに成功し、スケートカナダでは新採点システムの下で始めて3回転アクセルに成功、表彰台に載りました。NHK杯でGPシリーズ初優勝、GPファイナルでも初出場ながら3位に入り、念願のオリンピック出場に向けて順調なシーズンでありました。しかし、全日本選手権では大技にミスが出て5位にとどまり、トリノオリンピック出場はかないませんでした。

 大技プログラムで大ミス、トリノを逃し

 その後の中野友加里選手は、トリプルアクセルを回避することもしばしばで、確実性を上げておりましたが、その分、以前のような爆発的な演技が減り、2-5位くらいの安定したプレーヤーとなりました。しかし、バンクーバーオリンピックが近づいた09-10年のジャパンオープンの演技中、トリプルアクセルで激しく転倒し、左肩を亜脱臼してしまいました。この大怪我が影響して、その後の大会では精彩を欠き、全日本選手権ではショートで2位でしたがフリーでミスを連発、鈴木明子選手に僅差で敗れて、またも念願のオリンピック出場は叶いませんでした。代表に選出されていた四大陸選手権と世界選手権を故障を理由に欠場、バンクーバーオリンピックの開催中に引退を表明しました。


 トリプルアクセル転倒で大怪我、引退へ

 彼女は、真面目で負けん気が強い性格とされますが、トリプルアクセルと言う大きな武器を得て、さらに大きなプレーを目指してしまった、そこに落とし穴、大技の裏に潜む大失敗と怪我、があった選手でしょうか。

トニーと中野
トーニャ・ハーディング(左)と中野友加里(右)


3.浅田真央選手のギネス認定とその後

 記憶に新しいところで、2010年、バンクーバーオリンピックにおける金妍兒選手との一騎打ちは極めて高いレベルでありました。金妍兒選手が歴代最高得点を出して金メダルを取りましたが、浅田選手は1つの競技会中に3度の3回転アクセルを成功させ、これは女子シングル史上初であり、ギネス世界記録に認定されております。

金と朝だ
バンクーバーにおける浅田真央(左)と金妍兒(右)

 しかし、バンクーバーオリンピックの後、ジャンプの矯正に取り組み、新しく変えたジャンプに苦しんだ時期がありました。2011年は東日本大震災があって、2連覇のかかった世界選手権が1か月先に延期となり、その間に被災地の惨状を目の当たりにし、「こんな時に大会に行ってもいいのだろうか?」と練習に身が入らなくなったとされます。結果、大会ではトリプルアクセルは失敗、総合6位に終わりました。11-12年のシーズンになって、グランプリファイナルの大会に臨むにあたり、母親の危篤の知らせを受け棄権、至急で帰国しましたが、48歳で亡くなられた母親のの死の際に間に合いませんでした。このシーズンは成績が振るわず、トリプルアクセルのみならず、多くのジャンプでミスが見られ、本人曰く、シーズン終了後にはスケートへの意欲を失い、辞めることも考えたとされます。
 12-13年の昨シーズンは復調の兆しを見せ、しばらくは封印していたトリプルアクセルも復活させて良い雰囲気で今シーズンに繋いで来ました。「スケート人生の集大成」として、事実上、引退の宣言をしたソチオリンピックではショートとフリーにトリプルアクセルを3回導入し、フリーので3回転ジャンプを計8回とする目論みとのことです。


◇ トリプルアクセルと大会での成績

 トリプルアクセルを飛べることがどれほど女子の大会において優位であるかを検証いたしたく、トリプルアクセル経験者5人の国際試合における成績を列挙いたしました。確かに、トリプルアクセルを飛ぶほどのプレーヤーですので、トッププレーヤーとして輝かしい成績が見て取れます。

【女子トリプルアクセル経験者の国際試合での成績】
トリプルアクセラーの成績

 しかしながら、細かい部分に目を向けますと、女子トリプルアクセル経験者5人中、オリンピック出場は伊藤みどり選手(日本)が2回、トーニャ・ハーディング(米国)、浅田真央(日本)の両選手が各1回となっており、メダルについては伊藤、浅田両選手の銀メダル2つに留まっております。4年に1度ですのでタイミングもあろうかと思いますが、リュドミラ・ネリディナ(ロシア)と、上でご紹介した中野友加里(日本)の両選手はトリプルアクセル経験者でありながらオリンピックへの出場は叶いませんでした。
 逆の観点から、オリンピックでのメダリストに目を向けてみました。伊藤みどり選手がジュニアでの競技生活を始めた1980年移行の冬季オリンピック、フィギュアスケート女子シングルの成績は以下の通りです。

【冬季五輪フィギュアスケート女子シングルメダリスト一覧】
メダリスト

 金メダリストとして、トリノの荒川静香選手(日本)のイナバウアーや、上述、バンクーバーでの金妍兒選手の007のテーマに乗った演技は記憶に新しいところですが、こうして過去9回の大会を見渡しますと、9x3=27人のメダリスト中、トリプルアクセルに挑戦したのは2人、成功したのもその2人、全体の7.4%と言う低い少数派であります。上で申し上げました通り、出場できなかった選手もいるわけですから、トリプルアクセルはオリンピックに出場する絶対的な武器にはならず、また出場してもオリンピックで優勝する、あるいはメダルをとるための武器でもない、と言うのが今までのところかと存じます。

イナバウアー
荒川静香のイナバウアーの演技


◇ 今後の女子におけるトリプルアクセル

 1990年9月25日生まれで現在23歳の浅田真央選手が本当にソチオリンピックを最後に引退するのかどうかは解りませんが、13-14年の今シーズン、浅田選手以外にトリプルアクセルを飛ぶ女子選手はいないようです。上の表に示す通り、96年から01年までの間、トリプルアクセルを飛ぶ女子選手の国際大会での出場はありませんでした。もしかしたら、そうした時代に突入する可能性はあります。ハーディング選手は間違った道に進んでしまい、中野友加里選手もトリプルアクセルが飛べるが故に攻撃的なプログラムを組んだと推察します。浅田選手だってこの4年間、ずいぶんとジャンプに悩んでいました。トリプルアクセルは言うなれば「諸刃の剣」であり、大きな効果をもたらす可能性をもつ反面、多大な危険性をも併せもつものかも知れません。
 
 トリプルアクセルは「諸刃の剣」?

 もしかしたら、トリプルアクセルの魅惑に騙されず、着実、安全な道を歩む方がオリンピックのメダルに近いと言う時代がすぐそこに来るかも知れません。このあたり、もはやこれをやらずには上位進出はなくなった、男子の4回転ジャンプとはちょっと違う状況かと存じます。


◇ 伊藤みどりのトリプルアクセルにかける執念

 最後に伊藤みどり選手が、今から20数年前の1992年、アルベールビルオリンピックで飛んだトリプルアクセルを解説いたします。有名な話しですのでご存知の方は多いと思いますが、、、。
 伊藤みどり選手はカルガリーオリンピックのフリーで、5種類の3回転ジャンプを7度決め、思い通りの演技にガッツポーズを演技終了直前に見せ、演技終了前から2万人の観客のスタンディング・オベーションを受けました。この際、技術点では5.8-5.9点と出場選手中最高点をマークしましたが、芸術点は5.5-5.7点(芸術点だけでは5位)と低く抑えられたため、観客からはブーイングが起き、最終的には5位に終わりました。
 彼女が、ジュニアの時に練習していたトリプルアクセルに再度、挑戦したのはこのオリンピックの後からとのことです。88-89年のシーズン、愛知県フリー選手権でトリプルアクセルに挑戦し、競技会では初めての成功を収め、国際大会では1988年NHK杯で成功、この時、世界初として認定されました。

 カルガリーの後にトリプルアクセルを再開

 カルガリーオリンピックの後にルールの改正が起こり、規定演技が苦手な伊藤選手には有利となりました。そうなると、彼女にとっては新ルールの下、世界では唯一自分しか飛べないトリプルアクセルを武器にオリンピックのメダルを目指すのは当然のことでありました。
 
 いよいよアルベールビルオリンピックにおいて、残念ながら、伊藤みどり選手は精神的な緊張から大不調でありました。2日前の練習の段階で、トリプルアクセルのコンビネーションジャンプが14回中すべて失敗、トリプルアクセル単独は5回成功と成功率が落ちていました。そのため、オリジナルプログラムで予定していたトリプルアクセルを3回転ルッツに変更しましたが、そのルッツで転倒して4位と出遅れてしまいました。

 アルベールビルでは大不調、変更したルッツで転倒

 フリー演技、一度は3トリプルアクセルで転倒します。場内は大きな溜息が漏れますが、伊藤みどり選手はチャンスを伺いながらその他のジャンプを全て成功し、疲れが出て来る演技後半の残り1分で再びトリプルアクセルに挑み、見事に成功しました。

 フリーの序盤に転倒したトリプルアクセルに演技後半1分で再挑戦

 このトリプルアクセルについて、5歳の伊藤みどり選手を「家庭環境が恵まれない子だったので、スケートでご飯を食べていけるようにしてあげたい」という思いから自宅に引き取って育てたコーチの山田満知子氏は、、、

「あの子は転倒したトリプルアクセルにもう一度挑戦した。オリンピックでトリプルアクセルを本当に飛びたかったんだと思います。なんて強い子なんだろうと思います」

、、、と涙ながらにコメントされました。

 日本女子のフィギュアスケート選手として第二次大戦前にオリンピック出場を果たした稲田悦子氏は、、、

「最後に決めたトリプルアクセルには、自分のスケート人生をかけたんだという気迫が感じられました」

、、、と感想を述べています。

 また、後年、伊藤みどり選手の後輩であるフィギュアスケートプレーヤーである恩田美栄氏は、、、

「もう並大抵の体力じゃないです。それに同じジャンプを一度転んでるにも関わらず。私にはできない。跳ぶとしたら死ぬくらいの覚悟がいる」

、、、とも語っっております。やはり、トリプルアクセルはプレーヤーの心をつかんで離さない、もしかしたら「諸刃の剣」、後世の女子プレーヤーにとっても伊藤みどり選手のスピリッツが受け継がれた演技かも知れません。そう言う意味では浅田真央選手はトリプルアクセルの歴史を変えるかも知れないと思う次第です。

伊藤みどり

 YouYubeのリンクですが、映像をご用意いたしました。アルベールビルオリンピックにおける伊藤みどり選手のフリーの演技です↓。下の青字のタイトルをクリックしていただけばYouTubeに繋がり22年ぶりの演技を見られます。

伊藤みどり アルベールビルオリンピック フリーの演技


http://ja.wikipedia.org/wiki/アクセルジャンプ
http://skatingjapan.or.jp/figure/trick.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤みどり
http://ja.wikipedia.org/wiki/トーニャ・ハーディング
http://ja.wikipedia.org/wiki/中野友加里
http://ja.wikipedia.org/wiki/浅田真央

幸せになるハワイの教え 「ホ・オポノポノ」

 「引き寄せの法則」は、この法則を理解してネガティブな発想ではなく前向きに自分の理想や希望を明確にすることでそれらを引き寄せる、実現させると言うものでありました。その方法論としてヘミシンクやビジョンボードの作成などご紹介させていただきました。一方、「引き寄せの法則」と同じではないですが、似たよう方法で、気持ちの持ちよう、発想の転換によって幸せな気持ちが得られる教えがあります。以前にも少しだけ触れました「ホ・オポノポノ」についてまとめてみました。

ホ・オポノポノの本


◇ ホ・オポノポノの概要

 ホ・オポノポノ(Ho’o ponopono)は古代からハワイにて伝承されて来た「癒しの方法」、「問題解決法」とされております。ヒトが感じる「不満」や「怒り」、「不安」などの不快な感情は、潜在意識に既にある過去の記憶に基づくものであり、この記憶を消去すること(クリーニング)で自らを浄化して幸福を手に入れられると言う教えであります。

 不快な発想は過去の記憶に基づくもの
 記憶の消去 = クリーニング → 幸せをもたらす


 この記憶とは、「地球の誕生から現在まで、陸・海・空に存在するすべての動植物を含む生命体から鉄のような無機物までが体験した、すべての記憶」とされており、このあたり、仏教の基本概念である業(ごう、カルマ)は死によっても失われず、輪廻転生に伴って前世から来世へと引き継がれるとの発想に極めて類似していると思われます。

 記憶 = 業(ごう、カルマ)?
 輪廻転生の発想?


 ホ・オポノポノの教えで面白いのは、ヒトに不快を与える記憶を消去する過程において世の中の不快な出来事はまず自分に責任があるとの発想、「全責任を負う」ことを原理としており、自分と関係ないところで起こっている不幸に対しても、責任を負って記憶の消去に努めれば不幸は無くなるとされるところです。例えば、他人の病気、会社の経営不振、世の中の犯罪や飢えとか戦争、自分と関係ないものに対しても「自分の責任である」との発想からスタートします。なかなか理解の域を超えておりますが、追々、ご説明いたします。


◇ ホ・オポノポノの歴史、伝承者たち

1.古代からの言い伝え

 ホ・オポノポノはネイティブハワイアンの伝統的な「問題解決法」として古代から言い伝えられ、「祈り・議論・告白・後悔・互いの補償・許し」を各々が遂行するものとされます。その実践方法が文献として最初に記載されたのは1958年のマリー・カウェナ・プクイ(Mary Kawena Pukui、1913-1992年)による著作とされます。プクイは、ホ・オポノポノについて「大家族が壊れた家族関係を正しいものにするために集まること」と記述しています。

 古代ネイティブハワイアンの伝統的な「問題解決法」

 なお、ハワイ語で、ホ・オ ポノポノ(Ho’o ponopono)の「ホ・オ」(Ho’o)は「目標」の意味で、「ポノポノ」(ponopono)は「完璧」、「ゼロ」を意味し、併せて「完璧(ゼロ)を目標に修正する方法」と訳されております。


2.シメオナによるホ・オポノポノ

 ハワイ伝統医療のスペシャリストでハワイの人間州宝である、故モーナ・ナラマク・シメオナ女史(Morrnah Nalamaku Simeona, 1913-1992年)が、伝統的ホ・オポノポノを現代社会で活用できるようアレンジしたのがセルフアイデンティティ スルー ホ・オポノポノ(Self Identity through Hoʻoponopono, SITH)=「ホ・オポノポノによる自己同一性」です。

 Self Identity through Hoʻoponopono, SITH

 モーナは、「ある人が人生の一切について責任を取るとは、彼が見、聞き、味わい、触れるすべてのことの責任を取ることである。そしてあらゆる経験は、彼の人生に存在するが故に、その人の責任が伴う」と教えています。また、「全責任とは、万物が人間の内面からの投影として存在し、問題は外部世界の現実にあるのではなく、我々自身と共にあり、現実を変えるためには、我々はまず自らを変えねばならない」とも説いております。モーナによるホ・オポノポノは、14段階のプロセスを踏むことで精神をカルマの呪縛から解放することを目指しておりますが、このプロセスには現行の特定の言葉を唱えることは含まれていないとのことです。


3.カマイリ・ラファエロヴィッチ(KR)女史

 カマイリ・ラファエロヴィッチ(Kamaile Rafaelovich, KR)女史、上述の故モーナ女史の一番弟子であり、19歳の頃から現在まで、およそ40年間にわたってホ・オポノポノを実践し続けています。現存する「SITHトレーナー」の中では、一番長くクリーニングをし、モーナ女史から直接指導を受けた数少ないトレーナーの一人とされます。現在は、ハワイにて不動産業を営み、経営者やコンサルタントとしての一面も持っており、クライアントとして数多くの著名人が訪れています。


4.イハレアカラ・ヒューレン博士

 KR女史と同様にモーナの教えを継承し、世界各地で伝承しているのがイハレアカラ・ヒューレン(Ihaleakala Hew Len)博士であります。ヒューレン氏によるホ・オポノポノは自らの記憶に向けて、「どの記憶が問題を引き起こしているのだろうか」と問いかけた後、「ありがとう」「ごめんなさい」「許して下さい」「愛しています」の言葉を繰り返すことで実践される、まさに現行のホ・オポノポノを説いております。

伝承者達
左からマリー・カウェナ・プクイ女史、モーナ・ナラマク・シメオナ女史、そして現代の伝承者、カマイリ・ラファエロヴィッチ(KR)女史(左)とイハレアカラ・ヒューレン博士(右)


◇ ホ・オポノポノにおける意識の構造

 まず始めに、ホ・オポノポノで考えられている人間の意識(Self identity)の構造についてご説明します。下図のごとく、上位に神聖なる存在があって、これは神とか創造主、あるいは宇宙、自然と言ってもいいでしょう。このあたりホ・オポノポノでは上位の存在を明確にしないところが宗教とはちょっと違う印象を受けます。どちらかと言うと生命の原理を追求したスピリチュアルの学問かも知れません。
 人間には神聖なる存在と繋がる超意識がありこれをアウマクアと呼びます。個人の意識には違いないのですが、いわゆる顕在意識(普通の意識)とは異なる神聖なる存在に近い領域です。顕在意識はウハネ、潜在意識をウニヒピリと言います。言葉の意味は一般的な日本語の「顕在/潜在 意識」と同じで良いかと存じます。

意識の構造


◇ 記憶の局在とそれに対する認識

1.意識における記憶の局在と作用

 さて、ここからがホ・オポノポノのユミークな発想になりますが、意識の構造で申し上げた超意識=アウマクア、顕在意識=ウハネ、潜在意識=ウニヒピリを各々、お父さん、お母さん、子供に例えられております。せっかくですから、ユニークついでに、意識の構造のお父さん、お母さん、子供を「野原家」で例えてみました。すなわち、、、、

 超意識  = アウマクア = 父親 = ひろし
 顕在意識 = ウハネ   = 母親 = みさえ
 潜在意識 = ウニヒピリ = 子供 = しんのすけ


意識の構造と記憶

 概要で申しました通り、本来の人間に備わった「記憶」は地球の誕生から現在まで蓄積した全ての記憶とされ、潜在意識において常に再生されており、これによって子供であるウニヒピリは記憶の黒い雲の向こう側にいます。顕在意識、お母さんであるウハネ(みさえ)は潜在意識より発生する「記憶」によって生み出された不幸な体験に翻弄され、ウニヒピリ(しんのすけ)の存在に気付きません。

 報われない記憶   → 「頑張ったのに失敗して悔しい!」
 貧しいさの記憶   → 「お金が苦しくて辛い!」
 人生を悲観する記憶 → 「楽しいことは何1つない!」


 私たち人間が問題、不幸と感じるものは全て、ウニヒピリが再生する記憶に基づく感情であります。冒頭でも触れましたが、輪廻転生で受け継がれた「記憶」=「業(ごう、カルマ)」が生まれながらにして人間には備わっており、これがヒトの感情を時として不快な気持ちにさせる仕組みになっているわけです。


2.顕在意識(ウハネ)の役目

 仏教でも人間は生まれながらにして持っている「業(ごう、カルマ)」を人生において浄化しながら生きることが教えられます。ホ・オポノポノにおいても、顕在意識であるウハネは常に愛する子供、ウニヒピリである潜在意識に心を向けて、発せられた「記憶」をクリーニングしなければなりません。ホ・オポノポノにおいて、ウニヒピリは全人類、全存在の記憶を管理しており、子供のような存在で、実際の子供と同じように無邪気で、怖がりで、愛されたいと願っている、とそのように教えています。1人の人間におけるいわゆる「本音」の感情は、ウニヒピリの声であり、ウハネの役目は、まさに愛する自分の子供に接するかのように、このウニヒピリの声にできるだけ耳を傾けてあげること、ウニヒピリに愛情を注いであげることです。こうしたホ・オポノポノの教えには、堅苦しい宗教と異なる、人間に対する愛情あふれる発想が垣間見えるところです。

※ ウニヒピリがインナーチャイルドとは異なる点
 ウニヒピリはハワイ語で「内なる子供」と言う意味ですが、幼児期のトラウマ的な体験を指す「インナーチャイルド」とは意味が違います。以下に、「インナーチャイルド」を描写した文章を掲載いたしますので比較いただければ幸いです。あくまでも、ウニヒピリが持つ記憶とは、「地球の誕生から現在まで、陸・海・空に存在するすべての動植物を含む生命体から鉄のような無機物までが体験した、全人類、全存在の記憶」であります。

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インナーチャイルドとは?

 「インナーチャイルド」とは、「内なる子供」と訳されますが、具体的には子供時代の頃の記憶や心情、感傷の事を指します。子供時代の経験が、大人になった自分に多くの影響を与えていることはご存知でしょうか? 性格というのは、もちろん持って生まれた素質によるものというものもありますが、他にとても大事な要素が環境です。そう、人の人生は環境によって大きく左右されます。そこでこのインナーチャイルドが関係してきます。
 例えば、同じ兄弟でも、兄はいつも誉められ弟はいつも認められず叱られてばかり、というような環境だったとします。いつも誉められて育った兄は、自分に自信を持って堂々とやれる人生を歩くことができます。認められずに育った弟は子供時代の劣等感が抜けずそれが、社会に出てもその誰にも認められないという思い込みがその人の人生に大きく影響してくるのです。何をしても満たされない、というような欠乏感が常につきまとう人生。小さい頃の些細な出来事によってとても傷つき、その傷ついた心を守ろうとどんどん本来の自分から外れた生き方をしていく、ということが多いようです。

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 このように、私たちは大人になってからもほとんどの人が傷ついた子供の頃の自分と同居したまま日常生活を送っています。子供時代の記憶というのは、はっきりと思い出せなくても、自分の心の奥底にずっと残っているものです。多くの場合、子供の頃の出来事によって傷ついた、怖い思いをした、孤独感を感じたなどのマイナスな感情を抑圧していることが多いと言われています。このインナーチャイルドの存在に気付き、その心の傷を癒すことは決して容易なことではないしすぐに解決することではありません。時間がかかります。だけど、少しずつ自分の中の傷ついた部分を認め受け入れることができることによって、今現在の自分を癒すことに必ず繋がります。少しずつ自分が変化していくのを感じることができるはずです。
 傷ついた自分を癒し、まずは自分を愛することからはじめてみませんか。そうすることで、あなたの人生はもっと輝きをもったものになるでしょう。

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◇ クリーニング

 ヒトが感じる「不満」や「怒り」、「不安」などの不快な感情は、潜在意識に既にある過去の記憶に基づくものであり、この記憶を消去する、すなわちクリーニングによって自らを浄化して幸福を手に入れられると言う教えがホ・オポノポノであります。実際、私たちが不幸な出来事に遭遇した時、例えば、失敗、喪失、別離、疾病などで不快に思った時に、その起こった出来事は「100%自分に責任がある」と念じたうえでクリーニングを実践するのです。ここではクリーニングの方法をご紹介いたします。

1.「4つの癒しの言葉」

 実は極めて単純です。KR女史とヒューレン博士の教えによりますと、クリーニングの対象を心に浮かべて「4つの癒しの言葉」をつぶやくことが最も簡単にできることとされます。「心を込めて?」とか、「何回言えば?」と深く考える必要はなく、ただ唱えれば良いとのことです。大切なことは、何時でも何処でも、内なるウニヒピリの言葉を感じて、クリーニングをしてあげることです。以下の「4つの癒しの言葉」をプリントして自宅やオフィスの壁に貼るとか、財布で持ち歩くことで、意識づけすることをヒューレン博士は推奨しています。

癒しの言葉


2.クリーニングツール

 上記「4つの癒しの言葉」は絶対的なクリーニング法でありますが、それに加えて、「虹色のクリスタルの水」、「水色の布のイメージ」、「HA呼吸法」などあります。詳しくは専門書に譲るとして、ここでも最も簡単に実践できる「ブルーソーラーウォーター」を紹介いたします。ボトルは楽天市場などで簡単に手に入り、私は主としてウィスキーの水割りで使用しております。

ブルーソーラーウォーターびん


3.クリーニングで記憶消去のメカニズム

 再び、ホ・オポノポノにおける意識の構造に戻りまして、顕在意識で、すなわち私たちが自分の意識で、クリーニングを開始すると何が起こるのかを順を追ってご説明します。

 1)顕在意識(母)であるウハネ(下図ではみさえ)がクリーニング開始
 2)潜在意識のウニヒピリ(しんのすけ)がクリーニングしたい記憶を特定
 3)超意識(父)であるアウマクア(ひろし)が神聖なる存在に伝える
 4)神聖なる存在にて原因となる記憶の消去

神聖〜ウニ

 こうした流れで人間に苦悩をもたらす記憶がクリーニングされ、1つ1つ人間は幸せになっていく、そんな教えであります。


◇ クリーニングが進んだその先には?

 クリーニングによって記憶がどんどん消去されますと、私たちは「無」、「ゼロ」の状態に近づいていきます。最終的に記憶が全くない状態になりますと、そこには仏教で言うところの「空(くう)」が開けていると言います。これこそが本来の自分です。過去や感情、生まれながら人間に備わった業(ごう、カルマ)を払拭した、完全に自由な自分に戻ります。「無」、「ゼロ」、「空」となった人間はもともとは完璧な存在とされます。

 クリーニングによる記憶の完全消去
  → 「無」、「ゼロ」、「空」な 完璧な 存在


 クリーニングにより「無」、「ゼロ」、「空」を獲得した人間には、神聖なる存在より光とインスピレーションがもたらされ、その人間(ウハネ)にとって、もっともふさわしいことが完璧なタイミングで与えられ、また同時にウニヒピリは記憶から解放されて自由になります。これが人間のあるべき姿、とるべき道、幸せになる術と、ホ・オポノポノは教えているのです。

インスピレーション


◇ ホ・オポノポノの成功例

 詳しくは専門書あるいはホームページなどで閲覧いただきたく存じますが、ホ・オポノポノの実践で問題を解決した、不幸から抜け出した、幸せを掴んだとの報告をいくつか列挙したします。

1.ヒューレン博士の起こした奇跡

 30数年前、ヒューレン博士が、重大な犯罪を犯した精神異常の犯罪者が収容されているハワイ州立病院でクリーニングを行ったところ、患者たちはみるみる落ち着きを取り戻し、暴力事件は激減、隔離病棟には誰もいなくなり、平均収容期間が7年から4−5ヶ月に短縮されたとのことです。

2.精神科医として患者への対応

 新逗子クリニック理事長 石川眞樹夫 医師は治療困難な心の病いにクリーニングを行うことで成績をあげているとのことです。

3.成人T細胞白血病による死の淵から生還

 兵庫県の50歳代主婦は成人T細胞白血病で余命2日と言われたところで夫婦でクリーニングを開始、なんとか命を取り留めたところで化学療法が奏功して、現在は平和に暮らしているとのことです。

4.会社経営が好転

 50歳代の会社経営者がクリーニングを始めたところ、会社の売り上げが上向き、社内の雰囲気も好転したと報告しています。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ホ・オポノポノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/業
http://innerchild.money-pop.com/index.html

「引き寄せの法則」を実現するツール ビジョン ボード

 「引き寄せの法則」と「ヘミシンクによる具現化」を合体させた、理想や願望を実現する方法論を申し上げました。短期間ですが、取り急ぎ追加です。ロンダ・バーン氏の「THE SECRET」の中にビジョン ボード(Vision board;「理想の掲示板」)と言う、「引き寄せの法則」を起動して、やはり理想や願望を実現するツールが紹介されておりました。これなら誰でも簡単にできるし、日々修正も可能と思われ、手短かにご紹介いたします。まずは、先の記事中でもコメントをご紹介したジョン・アサラフ氏(実業家)の供述から、、、。


◇ ジョン・アサラフ氏(実業家)の経験

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「引き寄せの法則」を知った時、実際にどんなことが起きるのか試してみる事にしました。1995年、私はビジョンボードと言うものを作り始めました。達成したい目標や手に入れたいものなど、例えば車や時計やパートナーの理想像の絵や写真を大きなボードに貼付けたのです。毎日オフィスでそのボードを眺めて想像しているうちに、それを既に持っているかのような気分になりました。

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あるとき引っ越す事になり、荷物を倉庫に入れる事になりました。5年間で3回引っ越しましたが、最終敵にカリフォルニアに落ち着いたとき、この家を買って一年かけてリフォームし、5年前に住んでいた家から荷物を全部運んだのです。

ある日の朝7時半ころ、息子のキーナンがオフィスに入って来て、5年前に梱包した荷物の上に座りました。そして足をブラブラさせて箱を蹴り始めたので言いました。
「箱を蹴るのはやめなさい。」
「中に何が入っているの?」
「ビジョンボードと言う物が入っているんだ」
「ビジョンボードって?」
「パパの目標を集めたものさ。人生で成し遂げたい絵や写真を切り取って貼ってあるんだ」
5歳半の子供には理解できませんから、
「見せてあげるよ、そうしたらどんなものか分かるだろう。」
私は箱を開けてビジョンボードを取り出しました。

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するとそこには5年前に夢に描いた家の写真がありました。驚いたのは自分が今、その家に住んでいることでした。似ている家ではありません。私は無意識に夢の家を買っていたのです。胸がいっぱいになり、涙があふれてきました。
「どうしたの?」
私は言いました。
「やっと分かったよ!、『引き寄せの法則』の効果と想像することの威力をね、本で読んだことや行って来た事を全て理解できた。パパの人生にも事業にもこの家にもその法則が働いていたんだよ」

アインシュタインの言葉

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◇ 創造の3段階をカバーするビジョンボード

 「引き寄せの法則」に基づき理想や願望を創造するには以下の3つの段階があるとされます。ただ願いを持つだけでは不十分であると説明されております。

 ・第一段階 : 願うこと
 ・第二段階 : 信じること
 ・第三段階 : 受け取ること


 第二段階は、願いを込めれば必ず願望は現実となると信じる気持ちです。強く信じることが宇宙への波動として強く伝わります。次いで、第三段階は、まだ手に入れていない段階から受け取った時のことを想像して、喜びを噛み締めることとされます。理想や願望が現実となった時の達成感、充実感、そして感謝の気持ちを想像することでさらに波動を送り、引き寄せを起動させるとのことです。
 ビジョンボードは、自分の理想や願望を明確にするのみならず、それが必ず手に入ると信じること、そしてボードを観ることで受け取った時を想像するのに役に立ちます。思えば、願い事を書いて笹の葉にくくり付けるなど、昔から日本でもビジョンボードのようなことはされて来ました。

 以下に、付け焼き刃で作った私のビジョンボードを掲載します。願望が俗物的で、想像が貧困で恥ずかしくなりますが、これを次々と更新して行くことも個人の自由であります。

Vision Board