アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

引き寄せの法則: 理想や願望の実現

 先日、「HEMI-SYNC RECORD:Wave IV:Adventure CD1」としたゲートウェイ・イクスペリエンスのエクササイズをご紹介した記事の中で、「CD1 #1 One Year Patterning: F12で1年分の己の理想をイメージ」の項目で、自分の理想とすることを実現することを「具現化」と言い、その一つの方法がヘミシンクである、根拠となる理論に「引き寄せの法則」があると申しました。最初の頃、まだ「引き寄せの法則」を知る前の段階で、具現化関連のヘミシンクを行った頃は、その目的や効果が解らず、なんとなくナレーションに沿ってやっていたのが本当のところです。しかし、「引き寄せの法則」を理解した後に実践してみますと、未来が開けるような、大袈裟に言えば世界観が変わるような気持ちを持ちます。本記事では「引き寄せの法則」をご紹介いたします。


◇ 「引き寄せの法則」=「THE SECRET」

引き寄せの本

 マイケル・ロオジエ氏、エスター・ヒックス氏、ロンダ・バーン氏(「THE SECRET」)など多数の著者がヒットを飛ばしておりますのでご存知の方は多いと思いますが、「人間の『思考』や『感情』にはつねに『引き寄せの法則』が働いており、望む、望まないかにかかわらず、考えていることが引き寄せられて来て実現する」と言う理論です。

 人間の思考や感情に引き寄せが起こり実現

 「ずっと必要だと思っているものが偶然、手に入った」、「あるヒトのことを思っていたら道でばったり会った」、などと、願望や期待が実現する場合や、逆に「自分に災難が来るような気がしていたら本当にそうなった」、「いつも人間関係に恵まれず、その事を悩んでいたら、またも同じような事が起こってしまった」、「ビジネスでもプライベートでもいつも同じパターンの失敗を繰り返す」、と言った不運や不幸が向こうからやって来る、こうした、目に見えない個々の人間の周りに起こる出来事について、、、

自分が注意と意識とエネルギーを向けるものは、
良いものも悪いものもすべて、自分の人生に引き寄せられる


、、、と理論付けたのが「引き寄せの法則」であり、別の呼び方として「THE SECRET(秘密)」もすでに一般化された単語と言っていいかと存じます。以下、多くの著述者が「引き寄せの法則」についての言葉を述べておりますのでご紹介します。

 *****

賢人と呼ばれる人たちはSECRET(=「引き寄せの法則」)のことを常に知っていました。それは古代バビロニアにまで遡ることができます。彼らは宇宙の法則を理解しうまく応用したので歴史的に最も裕福な人種の1つになりました。
(ボブ・プロクター氏)

なぜ世界の1%の人が世界の96%の富を握っているのだと思いますか? それは偶然だと思いますか? 彼らはSECRET(=「引き寄せの法則」)を知っており理解しているのです。
(ボブ・プロクター氏)

 古代から知られた宇宙の原理「引き寄せの法則」
 この法則を応用して富を得る世界の1%の人々


「引き寄せの法則」を見方に付ければあなたの人生は変わります。欲しいものが手に入り、欲しくないものとな縁遠くなります。
(マイケル・ロオジエ氏)

似た者同士と言う言葉があるように自分に似たものが引き寄せられます。
(エスター・ヒックス氏)

あなたは思考、感情、心象、そして言葉によって外に発散させているものを、自らの人生に引き寄せているのです。
(キャサリン・ポンダー氏)

この最も強力な法則により、あなたの考えていることが現実になります。あなたの思考が現実のものになるのです。
(マイク・ドゥーリー氏)

思いは磁石のようなもので周波数のある波動を放射しています。考えるとその思いが宇宙に放射されます。それはまるで磁石のように似た周波数のものを引き寄せます。発信したもの全てが発信源に戻ってくるのです。そして、その源がまさに「あなた」なのです。
(ジョー・ビタリー氏)

 宇宙へ波動を放射することで欲しいものを引き寄せる

「引き寄せの法則」には引力の法則と同様にうっかりミスはありません。たとえば、豚に引力の法則が適用されず空中に浮揚しているのを見た事はないでしょう。同様に、「引き寄せの法則」にも例外はありません。あなたに何かが起きたのであれば、それはあなたが持ち続けた思考によってあなた自身が引き寄せた結果なのです。
(リーサ・ニコルズ)

人々が自分の欲しいものを手に入れていない理由は、欲しいものよりも、むしろ、欲しくないものを考えている時間が長いからです。
(ジョン・アサラフ氏)

あなたが何か欲しいものに意識を持続的に集中させると、宇宙はその最大の力で、その欲しいものを呼び寄せます。残念なことに、否定形かどうかまで「引き寄せの法則」は判断できません。否定形の表現をしても、それを引き寄せてしまうのです。
(リーサ・ニコルズ氏)

 否定形の判断は「引き寄せの法則」ではできない
 思考してしまうと欲しくないものも引き寄せてしまう


人は誰しもプラスかマイナスの波動を放ちます。もっとはっきり言えば、つねに波動を送っているのです。「引き寄せの法則」は単純にあなたの波動に反応し、同じものをあなたに送ります。
(マイケル・ロオジエ氏)

イヤなことから望むことへと考えを移せば言葉が変わり、言葉が変わると波動が変わる。
(マイケル・ロオジエ氏)

創造のプロセスの第一段階は願うことです。それを習慣化してください。
(ボブ・プロクター氏)

宇宙がまるであなたのカタログになった様なものです。あなたはそのカタログをめくりながら「この経験がしたい、あの商品が欲しい、あのような人が欲しい!」と言うようなものです。あなたが自分の注文を宇宙に対して出すのです。
(ジョー・ビタリー氏)

第二段階は信じることです。(宇宙に注文を出したら)それを既に手に入れたと信じましょう。
(リーサ・ニコルズ)

第三段階は受け取ることです。まだ手に入れていなくともそれを受け取ったと信じ、気分を良くしていると、実際にそれを受け取れます。
(マイケル・ベルナルド・ベックウィッズ氏)

 創造のプロセスは「お願いする」「信じる」「受け取る」

あなたの今の人生は、あなたが今までに抱いてきた思考の結果です。ですから、あなたの人生の全てはあなたが考え方や感情を変えれば、完全に変えることができます。
(ジョー・ビタリー氏)

人生を好転させるために、あなたは今、この瞬間になにができるでしょうか。真っ先にできることは心から感謝できることの一覧表を作ることです。そうすると、エネルギーや思考を転換することができます。
(ジョー・ビタリー氏)

自分が思っていること、感謝していることを私たちは引き寄せます。
(ジョン・ディマティーニ氏)

 感謝する気持ちがさらなる引き寄せを生む

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 個人が願ったことが引き寄せられるように実現すると言う理論、果たして「科学的にどうか?」と問われれば、少なくとも科学に証明されたものではないと答えるしかないと思います。
 例えば勝負事で、スポーツにおいて、優勝を目指して大会や、プロならばリーグ戦などに臨むアスリート達が「勝利」を思考や感情に置かないわけはなく、でも全員に勝利の女神が微笑むことはありません。「勝利」にこだわったその意識の強さが「勝利」を呼び込んだとの解説を聞く事はありますが、いわゆる勝因は、戦力や戦略と言った、意識とは別のところにあることは間違いありません。
 宝くじもそうです。お金に対する欲求、意識が高ければ宝くじが当たると言うものではないことを誰でも知っています。もしそれが心理なら、宝くじを買う際に座禅を組んで祈るヒトが後を絶たないでしょう。

 しかしながら、現実の世界の身近な出来事に目を向けて、この「引き寄せの法則」を否定するつもりはさらさらありません。「引き寄せの法則」をよくよく読み返しますと、ネガティブな発想についても「引き寄せ」が起こることが示されております。ブログのカテゴリーなんてどうでも良いですが、「スピリチュアルの周辺記事」の扱いで「科学?/非科学? ・・・」として非科学的と評価するのはあまりにも安易である、私個人の少ない経験からも、スピリチュアルな要素が大きい概念であると思う次第です。


◇「引き寄せの法則」を実感?する過去の事象

 私個人が、「自分が注意と意識とエネルギーを向けるものは、良いものも悪いものもすべて、自分の人生に引き寄せられる」と説明される「引き寄せの法則」を、大学受験と医療の現場で体感したケースをいくつか紹介します。


1.東大〜弁護士志望の浪人時代の2人の友人

 私は恥ずかしながら駿台予備校で浪人生活を送った時期があり、その際に、理系の私とは全く畑違いの文系で、東大文一志望、将来は弁護士と言う2人の友人と行動を共にしていました。もう30年前のことです。あの頃、私はまた医学部に落ちたらどこへ行こう?、医者以外の学問、その先の職業を考えざるを得ない時がありましたが、東大文系志望の彼らは、宮崎と仙台からやって来て、「自分は東大に入る、弁護士になる」と強い意識を持っていました。自分にいい聞かせるを通り超して、彼らが信じて疑わない未来を、日々、口にしていました。数年に一度は会う彼らは18,19歳にして、無意識的に「引き寄せの法則」を実践した人々だったと思います。もちろん2人とも東大文一に合格してストレートで司法試験にも合格、現在は個人で弁護士事務所を開業しています。

駿台予備校
駿台予備校


2.自分の胃癌を意識したある女性

 私が医者になった前後に親しくさせていただいたある民間病院の看護師長さんが30代でスキルス胃癌に罹ったとき、私の先輩である主治医の外科医が、「おまえさん、自分が胃癌になるって変に考えていたことないかい?」って聞いたところ「何年も前に、自分は胃癌にかかる気がしていました」と言っていました。印鑑細胞癌のスキルス胃癌に胃全摘を行っても、すでに腹膜播腫があれば結果は明らかでありました。若い女性のスキルス胃癌は珍しくはないですが、30代女性が「自分が胃癌になる」って意識した末の出来事に、今から思えば「引き寄せの法則」が働いたのか?と思わせるケースでした。

3.「父親が膵癌なので自分も!」と思い続けた男性

 これもだいぶ前、50代の男性、父親が膵癌であったので自分にも遺伝する可能性を意識に持っておりました。実際には膵癌の遺伝性は指摘されておりません。腹痛があって、私の外来にいらっしゃる半年前にも内科に受信され、その時のCTが下図左であり、少し怪しい影がありますが、放射線科の読影も対応した内科医も異常なしと判断しました。半年後に私の外来に受信された時にはもう進行癌でありました(下図右)。なんとか門脈合併切除で膵頭十二指腸切除術を行いました。「父親が膵癌なので自分も!」と言う気持ちが本当に膵癌を引き寄せたように思える症例でした。

膵がんCT


4.イメージトレーニングによる癌治療

 アメリカの精神腫瘍学者、カール・サイモントン氏は、悪性腫瘍の患者に癌撲滅の様子をスケッチするなどのイメージトレーニングで腫瘍が完全に消滅したケースを見いだしました。癌治療に患者の精神面が与える影響が大きいと認識から、癌患者の精神面をサポートする療法の研究を行い、1973年までにサイモントン療法の実践的・系統的体系の基礎を確立しました。いわゆる「病いは気から」の逆を行く治療で、積極的に癌を治す強い意思が、免疫担当細胞の活性化など、自然治癒力を高めるものかも知れません。癌診療に携わっておりますと、たまにこうしたケースを経験することはあります。これも、癌治療を思考することで自然治癒を引き寄せたとも言えるかも知れません。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ザ・シークレット
http://ja.wikipedia.org/wiki/カール・サイモントン
http://www.hemipla.com/hshop/
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ロマ、現代まで続くその迫害と差別の歴史

 つい数日前のネットで、ギリシャにおける、(かつてはジプシーと呼ばれた)ロマに関する記事が掲載されておりました。この中東欧に居住する移動型民族、ロマについてその起源から過酷な歴史、現代に至るまでをまとめてみました。あまり日本ではおなじみではない民族、単純に移動して人々、ジプシーとしてしか認知されていなかった、ロマと言う民族が今なお欧州では国家的問題となっていることに正直、驚きました。まずは、ネット記事のご紹介から、、、。

 *****

謎の「金髪の天使」に照会8千件
ロマへの偏見強まる懸念


ダンスを踊る少女

 ギリシャ中部ファルサラの少数民族ロマ居住キャンプで16日に保護された金髪の少女に、米国、スウェーデン、フランス、カナダ、ポーランドなど世界中から8000件を超える問い合わせが殺到している。少女はマリアちゃんと名付けられており、身長1メートル、体重17キロ、肌は白く、ブロンドの長髪、瞳の色はブルー。2009年生まれの4歳とみられている。

ロマ少女記事写真

 地元メディアは事件について「謎の金髪の天使」と書き立てている。マリアちゃんと一緒に暮らしていたロマ夫婦は、Hristos Salis容疑者(39)と妻のEleftheria Dimopoulou容疑者(40)。DNA鑑定の結果、血のつながりがないことがわかり、未成年者略取・誘拐容疑で2人は逮捕された。夫婦の自宅からはピストルと頭から肩の一部まですっぽり入る軍隊用のバラクラヴァ帽などが押収された。夫婦の親族が地元メディアに提供したビデオなどによると、マリアちゃんは夫婦と一緒に野外の会場でダンスを踊らされていた。マリアちゃんのベッドにはクマのぬいぐるみが並べられ、床のじゅうたんの上にはお絵かき用のマーカーや描きかけのスケッチブックがそのまま残されていた。

月110万円超の社会保障費

 地元警察が16日、麻薬密売容疑でロマ居住キャンプを捜索したところ、夫婦とは外見がまったく異なるマリアちゃんを発見、保護した。
 英大衆紙デーリー・メールによると、妻は10カ月の間に6人の子供を出産したと届けるなど、夫婦は14人の子供がいると偽って、月に7000ポンド以上(約110万9千円)の社会保障費を受給していた。妻は2つの身分証明書と名前を使い分けていた。マリアちゃんは幼いころ、ブロンドの髪を茶色に染められていたという。
 夫婦は警察の調べに対して「スーパーの外に置き去りにされていた」「ブルガリア人の母親から引き取った」と供述を二転三転させており、21日に法廷に出廷、マリアちゃんを養育するようになった経緯について釈明する。弁護士は「ロマの夫婦と4歳の少女の間には愛情以外には存在していない」と主張している。また、夫婦の親族は「マリアちゃんはダンスが好きで、無理矢理に踊らせていたわけではない」「2人はマリアちゃんの面倒をきちんと見ていた」と反論している。

ロマの乳児売買組織

 児童支援の慈善団体ザ・スマイル・オブ・ザ・チャイルドの責任者はデーリー・メール紙に「少女が私たちのところに来たときはおびえて一言も口を聞かなかったが、今は他の子供たちと遊んでいる」「少女は悪い環境に置かれていた」と指摘。その上で「少女は誘拐された疑いが濃厚だ。スカンジナビア半島の出身だろう」「オカネのために踊らされていたと確信している」と話した。この責任者によると、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャから英国に乳児を売り渡すロマの組織があることがよく知られているという。

ロマとは

 かつて「ジプシー」と呼ばれたロマは欧州全体で1千万~1500万人いるといわれる。10世紀ごろインド北西部から西方に移動し、トルコなどを経て14世紀ごろ欧州に流入した。言語、文化、生活習慣の違いから迫害され、ナチス・ドイツにより少なくとも20万人が虐殺されたとされる。東欧の共産体制下では強制的な同化や人口調整のため不妊手術が行われた。冷戦終結後も差別は残っている。今回の「金髪の天使」誘拐事件がロマに対する偏見と差別を増幅させる恐れがある。
 ギリシャでは債務危機をきっかけに社会保障費が大幅に削減されており、月に110万円超の社会保障費を不正受給していたロマ夫婦への批判が強まるのは必至だ。ギリシャの経済規模は縮小し、社会不安が増幅。排外主義をあおる極右政党「黄金の夜明け」が台頭し、移民排斥に反対するヒップホップ・アーティストが「黄金の夜明け」の崇拝者に殺害された。
 昨年の大晦日には、ハンガリーのペシュト県で、17歳のロマ系ハンガリー人が口論になった若者2人をナイフで殺傷する事件が起きた。ハンガリーの民主化を進めた民主化組織「フィデス(青年民主連盟)」の創設メンバーの1人は全国紙へ投稿し、「ツィガーニ(ロマのこと)の大半は私たちの社会と共存するのにふさわしくない。彼らは動物だ。動物のようにふるまっている。こうした動物の存在を許してはならない」とロマ排斥を公然と訴えた。
 ルーマニアのロマ人口は2002年国勢調査で53万5千人とされたが、欧州委員会は180万~250万人と推定する。ロマの多くが差別を避けるためロマであることを隠して生きていかなければならないのだ。
 40万人超のロマが暮らすフランスでは10年7月、中北部サン・テニャンでロマの若者が警官に射殺された事件をきっかけに暴動が発生した。
 当時のサルコジ政権は違法キャンプの撤去と送還を強化した。フランスだけでなく、イタリアやデンマークもロマの違法キャンプを撤去したり送還したりしていた。
 これに対して、ロマの社会参加を促す欧州連合(EU)の支援策は十分とはいえないのが実情だ。ロマであることを公表しているハンガリー選出のヤロカ欧州議会議員は「ロマの問題は政治に翻弄されてきた。失業、教育など共通した社会問題として取り組むべきだ」と強調している。

 マリアちゃんの本当の家族はどこにいるのだろうか。一刻も早くマリアちゃんが家族のもとに戻れることを祈っている。今回の事件が刑事・司法手続きにのっとって適正に処理されなければならないのはもちろんだ。しかし、社会全体が安易にロマ排斥や排外主義に走らないよう、「人権」を旗印に掲げるEUにはロマを取り巻く問題に本腰を入れて取り組む政治的リーダーシップを望みたい。

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◇ ロマとジプシーの定義

 記事の中でロマについての概念から各国における現状まで端的に説明されておりますが、あらためて細かい概要からご説明申し上げます。ロマは西暦1000年頃に、北インド、ラージャスターン地方のロマニ系民族が放浪の旅に出て、北部アフリカ、ヨーロッパなどへとたどり着いた移動型民族とされます。旅に出た理由は定かではありませんが、西方に理想郷を求めたなどの説があります。いわゆるジプシーの一種としての扱いになりあますが、彼らがヨーロッパにおいて史料上の存在として確認できるようになるのは15世紀に入ってからで、ユダヤ人と並んで少数民族として迫害や偏見を受けることとなります。

ロマ001

 一方、ジプシー(Gypsy)と言う言葉について、これは一般にはヨーロッパで生活している移動型民族を指す総称であり、様々な地域や団体を渡り歩く者を比喩する言葉ともなっています。もっと起源を辿ると、「西暦1100年にアトスに現れた」とする記録が最古のものであり、1427年にパリに現れた彼らが「自分たちは低地エジプトの出身である」と名乗ったことから「エジプトから来た者」という意味の「エジプシャン」の頭音が消失した「ジプシー」(Gypsy) の名称になったとされます。

 ジプシー:ヨーロッパに生活する移動型民族
 エジプシャン「エジプトから来た者」→ ジプシー (Gypsy)


【主なジプシー民族】
 ・ロマ Roma:北インド起源、欧州におけるジプシーの最大勢力
 ・アッシュカリー Ashkali
 ・ドム Dom people:インド、アーリア人のジプシー
 ・リューリ Lyuli:中央アジア出身のドムの別集団
 ・ロム Lom people:東アナトリア半島およびアルメニア出身のジプシー
 ・バンジャラ Banjara:インド出身のジプシー
 ・アイルランド人の旅人 Irish Travellers
 ・スコットランド人の旅人 Scottish Travellers
 ・イェニシェ Yeniche:もともと欧州にいたロマ以外のジプシー
 ・スリランカ・ジプシー Sri Lankan Gypsy people

ジプシー写真01
左からジプシードレス、ジプシーファッション、ジプシー舞踊、
そしてジプシー・クイーン


 ロマは欧州におけるジプシー最大勢力

 近年の日本においては、「ジプシー」は差別用語、放送禁止用語とされており、代わりに「ロマ」と呼称されることがありますが、厳密には「ジプシー」には「ロマ」以外の民族も含まれていますので、これは他のジプシー民族を無視することになります。「ジプシー」と言う呼び名の是非はともかく、ロマ民族に対する正しい知識は残すべきと考えます。


◇ ロマの人種および起源

 ロマの人種的分類は現在まで定説がなく、厳密にどの人種に分類されるのか今だに判明していないようですが、最新の遺伝子研究ではインド先住民のドラヴィダ人との類似性が示唆されております。人種と同様に、欧州への移動以前の元々のロマの起源についても以下の如く諸説あります。

1.5世紀ササン朝ペルシア時代に起源とする説

 ロマ出身のロマ研究家で、1人権活動家のグラタン・パクソンによると、ロマの起源は、ササン朝ペルシアのバフラム5世(在位420年-438年)が、ムルタン(当時はインド、現在のパキスタン)から、当時ルリーと呼ばれたロマの祖先1万人をペルシアに連れて行ったとしています。その後、8世紀にはムルタンの近くのシルマン山に、ヤットという名称のロマの集団が住んでおり、彼らはインドの支配から独立を望み、アラブによるインドへの侵攻時にアラブと手を組んだが、アラブがインドに敗北してしまったため、714年、退却するアラブの軍勢とともに西へ移動した、これがロマの起源であるとパクソンは言っております。

2.インド ラージャスターン州より故郷を捨てた説

 ロマ出身のロマ語学者シャイプ・ユスフォフスキーによると、ロマの祖先はインドのラージャスターン州に住んでいたが、タタール人に追われたのと食料不足とで5世紀に1万2000人が故郷を捨てて旅に出て、10世紀にはさらに西に集団移動し、バルカン半島に入ったとの説を述べております。

3.紀元前300年以前にイラン後圏に入ったとの説

 言語学の観点から、ロマの祖先は紀元前300年以前にイラン語地域に入ったと分析する説もあります。これにリンクして、紀元前327年のアレクサンダー大王の北西インド侵入に伴ってロマの移動が始まったと唱える向きもあります。

4.現代ロマは10世紀以降インドを出発したとする説

 ある言語学者によると、現代のヨーロッパのロマはインドを10世紀以降に出発したと説もあります。

 このように、ロマの起源は一様ではなく、長期間にわたり複数の集団が何度もインドを出発したとも考えられております。ロマ民族の中に文章としての記録や言い伝え、逸話すらも残されていず、これがこの民族の難しいところかと存じます。


◇ 欧州移動後から大戦後までのロマ

1.欧州全土への拡散

 11世紀にセルジュクトルコが勢いを伸ばすと小アジアのロマがバルカン半島に移り住み、ビザンチン帝国の支配下に入り、14世紀にはクレタ島などギリシアの島々でロマの集落が確認されております。1416年 ハンガリーに到達し、1418年にはスイスに到達とされます。
 1422年にイタリアのボローニャに到達したロマの集団は100名ばかりで、アンドレア公爵を詐称する首領が「我々はキリスト教を捨てたため、所有地をハンガリー王に没収されたが、キリスト教徒に復帰するため4000人の仲間とともに洗礼を受けました。ハンガリー王からの命令でローマ法王のもとへ懺悔に行くところであります。今はそのために巡礼の旅をしていますが、旅の期間は盗みをしても罪に問わないとハンガリー王からお許しが出ております」などと虚偽の申し立てをしております。
 1427年8月17日にフランスのパリに到達したロマの集団は12名でしたが、100人以上の仲間を郊外に待たせ、やはり貴族を自称し「我々は低地エジプト出身の善良なキリスト教徒ですが、サラセン人の侵攻で一度キリスト教を捨て、懺悔してローマ法王の許しを得ました。しかし法王のご命令で7年間の巡礼の旅をしております。我々に食事を世話し、巡礼の資金を恵むことはキリスト教徒の義務であるとの法王のお達しです」と、ここでも虚偽の申し立てをしたとされます。

 虚偽の申し立てで各国に侵入

 1447年にはスペインのバルセロナに到達、1505年にはイギリスへのロマの到達が記録されております。


2.皇帝ジギスムントの特許状とその無効

 初期のロマは、神聖ローマ皇帝ジギスムントにより巡礼者として帝国全土の自由な通行を許可されたと称し、いわゆる「皇帝ジギスムントの特許状」を保証として各地を放浪しておりました。しかし15世紀中頃には彼らに対する蔑視が始まり、特にユダヤ人と彼らを同類とする風説が現れました。1500年には神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世によって「皇帝ジギスムントの特許状」は無効とされ、ロマを殺しても基本的には罪に問われないこととなり、ロマが放浪する犯罪者の温床と考えられ、都市では彼らが現れたら教会の鐘を鳴らして街から除外するようになったとされます。

 ロマとユダヤ人は同類とする風説
 皇帝ジギスムントの特許状の無効
 始まった各国でのロマへの弾圧


 1499年、スペインはロマの入国を禁止、国内のロマは4日以内に退去するか、60日以内に定住して主人に仕えなければ鞭打の刑にして追放するとの勅令が出ました。16世紀半ばにはイギリス各地の地方自治体もロマに退去命令を出しております。1561年にはフランスのシャルル6世がロマを2ヶ月以内に領土から追放するよう命令を出し、この命令に従わないロマは頭髪を剃り落とされ、罪人として晒し者にされ、ガレー船の漕手として3年間の重労働に服すこととしました。1596年にはイギリスで放浪中のロマ196人が捕縛され、うち106人が死刑の宣告を受け、このうち9人が実際に死刑となり、残りは出身地に連れ戻されました。1714年にはドイツでマインツの大司教がロマに対して裁判抜きの処刑・鞭打・追放・重労働を命じております。


3.領邦権力による定住化政策の失敗

 1761年、有名なフランス王妃、マリー・アントワネットの実母であるオーストリア女大公マリア・テレジアと、その息子(つまりアントワネットの兄)でオーストリア大公であるヨーゼフ2世による「近代化政策」の一環として、ロマの定住化が図られました。すなわち、ロマの青年に対して徴兵や職業訓練を行うとともに、領主への従属や納税の義務を課し、ロマ同士の結婚を禁じ、ロマの子はロマではない家庭に入れて育てることとしました。これらは啓蒙主義に影響された、ある意味でロマへの差別をなくすことを目的とした人道的な同化策でありました。しかし、これは、ロマの本来のあり方である移動型民族を否定した定住や、ヨーロッパ人の考えるところの文化的な生活の押し付けとなり、ロマからの激しい抵抗にあいました。1773年には、プロイセンのフリードリヒ大王がロマを隔離して定住させようとしましたがそれも失敗に終わりました。

 マリア・テレジアによる人道的同化策は失敗

マリアテレジア等
マリア・テレジア(左)とヨーゼフ2世(右)

 一方、ポルトガルは1647年にはアフリカの植民地に、1686年には南米の植民地ブラジルにロマの開拓団を送っております。また、イギリスも植民地のアメリカやジャマイカにロマの開拓団を送っております。

欧州各地におけるロマの呼び名
欧州各地における自称名の概略


4.ナチスドイツ等による絶滅政策 ポライモス Porajmos

 ポライモス(Porajmos)とは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツやクロアチア独立国、ハンガリー王国など枢軸国が実行した、ロマ絶滅政策のことを指し、ロマ語の複数の方言で「絶滅」ないしは「破壊」の意味です。
 ドイツを例に挙げますと、ナチス党が自由選挙で国民の支持を受けて政権を獲得した後の1935年、ニュルンベルク法が制定され、ロマおよびユダヤ人は何れも「人種に基づく国家の敵」と定義され、ナチス占領下の国家においても同様の絶滅政策が採られました。ロマに対しては、選挙権を剥奪、非ロマとの結婚禁止、商売の禁止、学校入学の禁止、ドイツ国内での移動禁止などの措置がとられました。その後ロマは強制移住や強制労働政策の対象となり、収容されたロマには優生学的な観点から、強制的断種手術が行われました。

 ニュルンベルク法:ロマ・ユダヤ人 = 人種に基づく国家の敵

 ただ、ユダヤ人に対する政策は、インド・ヨーロッパ語を使用するアーリアン(アーリア人)こそが最も優れた民族であるというアーリアン学説に基づくものでありましたが、同じアーリア人であるロマに対しては、ロマがドイツ人と相いれない生活習慣を持つため、「アーリア系の面汚しであり、劣った異民族の血が混じっているに違いなく、放置すればドイツ人の血が汚される」、と言う理由でロマ撲滅を図ったとされます。

 ユダヤ人はアーリア人ではないので弾圧
 ロマは「アーリア人の面汚し」なので撲滅


 第二次世界大戦によりドイツの占領地域が広がると、ドイツは再び多数のロマを抱えこむことになり、これに対して当時のドイツ政府が「最終解決策」と呼んだ政策で、ロマはユダヤ人のホロコーストと同様に虐殺の対象とされました。これが上述のポライモスであり、大戦中に約50万人のロマが殺害されたとされます。大戦後、ドイツ政府による被害にともなう戦後補償について、現在もロマはユダヤ人より不利な扱いを受けています。

 ポライモスでは約50万人のロマを虐殺
 戦後補償はユダヤ人よりも不利な扱い


アウシュビッツのロマ
アウシュビッツのロマの子ども達


5.戦後のロマ

 第二次世界大戦までの多くのヨーロッパ諸国で、ロマは固定した店舗で開業することは禁止されていたため、伝統的に鍛冶屋、金属加工、工芸品、旅芸人、占い師、薬草販売等に従事していました。現在も基本的に移動生活を続けているロマは多く、移動手段として自動車を用い、これに伴って職業も以前の馬の売買から、自動車の解体・中古車の斡旋などに変化してきています。

 現在も移動生活をするロマ

 第二次世界大戦前から1945年までのドイツ政府による虐殺で、ロマの人口は減少、社会主義体制となった東欧と旧ソビエト連邦圏では、ロマに定住を求める同化政策をとり、ロマの労働者化を進めるために移動禁止令が制定されました(ソ連1956年~ポーランド1964年)。

 東欧と旧ソビエト連邦圏では同化政策

 一方、西欧諸国ではロマへの同化政策は採用されず、また、国内のロマを少数民族と認めて権利を与えることすらもありませんでした。例外的に社会主義国のユーゴスラヴィア(1974年)とハンガリー(1979年)が、ロマを少数民族と認定しております。
 スイスでは、1926年から1972年まで政府の支援を受けた民間団体「青少年のために」が1000人以上の子供のロマを親元から誘拐し、施設に収容したり、スイス人の家庭へ養子として引き渡したりしています。ドイツでは1995年に、ドイツ国籍をもつロマを少数民族と認定しています。

 スイスではロマの子どもを救済する動き
 ドイツではロマを少数民族として認定


 1990年代の一連のユーゴスラビア紛争では、ロマが迫害の対象となることも少なくありませんでした。1999年のコソボ紛争では、ロマはセルビア人、アルバニア人の双方から迫害を受け、紛争終結後は連邦軍がコソボから撤退し、難民・避難民として域外に逃れていたアルバニア人が帰還して、ロマはここでも迫害の対象となり、今なおロマのコソボからの脱出は続いております。

 コソボ紛争前後におけるロマの迫害

 現在、戦後の経済変動のなかでロマの生業は成立しなくなり、ロマの経済的な困窮は一段と進んでおり、伝統的な生活を放棄する者も多いとされます。


◇ 現在の各国におけるロマ

 現在、欧州に暮らすロマの人口は推定1000万~1200万人とされ、欧州評議会の各国別推計によると以下の通りです。

  ルーマニア 185万人
  ブルガリア  75万人
  スペイン   72万5000人
  ハンガリー  70万人
  スロバキア  49万人
  フランス   40万人
  ギリシャ   26万5000人
  チェコ    22万5000人
  イタリア   14万人

 旧ユーゴスラビアには推定100万人、マケドニアだけで20万人のロマがいたとされますが、ロマには乞食が多いため、みずからの出自を恥じてトルコ人やセルビア人、マケドニア人などと詐称するケースが多く、統計上は旧ユーゴスラビアのロマの数は10万人にとどまっております。ロマの人口が最も多いルーマニアと3番目のスペインについて現在のロマの状況を紹介します。

1.ルーマニアにおけるロマ

 ルーマニアにおけるロマに対しての差別は根深く、結婚、就職、就学、転居などありとあらゆる方面にて行われています。その原因として、ルーマニア国内のロマ支援組織の多くは19世紀半ばまで約600年間続いた奴隷時代にあると主張しています。真偽は確かではありませんが、奴隷時代の言い伝えには、「1800年代の法典はロマを『生まれながらの奴隷』と規定し、ルーマニアの一般市民との結婚を認めなかった。奴隷解放後も根深い差別の下で、ロマの土地所有や教育は進まず、都市周辺部に追いやられたロマは独自の文化や慣習を固守する閉鎖的な社会を築き、差別を増幅させる悪循環につながった」、とされています。

 ロマは「生まれながらの奴隷」

 21世紀に入った現在、ルーマニアでのロマ問題は拡大の一途をたどっております。EU諸国からのロマの強制送還により、ロマ人口は増加しており、ルーマニアにおいて、ロマは自己申告に基づく国勢調査では50万人ですが、出自を隠している人も含めると150万人に達すると言われます。

 ルーマニアのロマ問題は拡大の一途

 教育においてもロマの差別は顕著であり、2002年の調査では、下記の如くロマの進学率が極度に低いことが明らかになっております。

 高卒以上のロマ   6.3% (ルーマニア全体 46.8%)
 全く無教育のロマ 34.3% (同        5.6%)

 これらの問題に対してルーマニア政府は、「国内にロマは存在しないため、ロマに対する差別問題はない」としてロマの存在自体を否定しています。

 政府:「国内にロマは存在せず差別問題もない」

 つまり、ルーマニア国内では、ロマ差別はあくまでも架空の存在でしかない、というのが政府の見解となっており、国内におけるロマ問題への対策をルーマニア政府は何一つ行っていず、国内外からのロマ対策を要求する声に対しても何の反応も示していません。
 1991年にはブカレスト近郊のボランタン村でロマの家100軒が数百名の暴徒に襲われ、焼き討ちに遭う事件が起きました。


2.スペインにおけるロマ

 スペイン各地にロマの部落があり、マドリードの郊外ロスフォスコスにもロマの集住地域となっており、38家族、約200人のロマのバラックが立ち並んでいます。このロスフォスコスは麻薬の売人や泥棒の巣窟と目されており、このバラックを、別の地区への移転が計画されたこともありますが、移転先からの猛反対で計画は頓挫しているとのことです。政府の発表によると、麻薬密売の70%はロマによるものであり、スペイン国民の26%がロマに悪感情を持っているとの統計もあります。
 1991年にはアンダルシア地方のマンチャレアルでロマによる殺人事件をきっかけにロマ追放運動が発生、暴徒化したデモ隊がロマの家7軒を襲撃し、家財道具を通りに投げ出して家を破壊する事件が起きました。このとき、マンチャレアルでは「自分の子をロマの子と一緒に勉強させない運動」「ロマの子を登校させない運動」が起きています。


◇ ロマの特異性と迫害される理由

 ここまで整理して参りますと、ユダヤ人以上にロマが嫌われ、迫害される明らかな理由、歴史がそうさせたのか?、それとも民族固有のものなのか?、特異性が5つほど挙げられます。

 ・民族の起源がはっきりせず統一した歴史がない
 ・移動型民族、いわゆる「流れ者」で文化が異なる
 ・ほとんどが無宗教でキリスト教徒ではない
 ・はっきりとしたコーカソイド(白人系)ではなく分類困難
 ・個人主義であり協調性を欠き地域に同化しようとしない

 欧州において、ロマという民族は得体の知れない、異端であり、協調性がなく同化しようとしない、地域の秩序を乱すものと捉えられて来て、動物を引き連れて一カ所に定住せず、身なりは汚く、言葉が通じない、犯罪が後を絶たない、こうした民族に対して、現代人として迫害は容認できないものの、生活や社会を異にする発想は否定できないところでしょう。ロマの問題は今後、ますます重大となっていくものと思われます。

ロマの集落
ロマの集落


◇ ロマ音楽 ツィゴイネルワイゼンなど

 過去から今に至まで激しい迫害、差別を受けているロマでありますが、ロマ音楽は、現地の文化と相関関係にあり、歴史的に大きな貢献をしております。ルーマニア・ハンガリー文化圏、スペインなどの文化が際立って有名であり、リストの「ハンガリー狂詩曲」、ブラームスの「ハンガリー舞曲」などに盛り込まれております。
 また、ロマの呼称は各国の言語に基づき異なり、ルーマニア語 Tigani(ツィガニ)、チェコ語 Cikáni(ツィカーニ)、であり、ドイツ語では Zigeuner(ツィゴイナー)と言います。スペイン生まれのヴァイオリニストであるサラサーテが、1878年に作曲した管弦楽伴奏付きのヴァイオリン曲 ツィゴイネルワイゼン(Zigeunerweisen)はZigeuner(ツィゴイナー、「ロマの」)Weisen(ヴァイゼン、「旋律」)=「ロマの旋律(音楽)」と言う意味で、ロマ音楽の影響を受けたいくつかのハンガリー民謡・大衆音楽の旋律を組み合わせて作曲されております。

サラサーテ
サラサーテ

 最後に、祖国を持たず、迫害と差別の歴史は今なお続く民族の悲哀と、思わぬ情熱をも感じますでしょうか?、葉加瀬太郎氏演奏のチィゴイネルワイゼンをお聴き下さい。

葉加瀬太郎 ツィゴイネルワイゼン
(↑クリックするとyoutubeで実際の楽曲を聴けます)

http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20131021-00029093/
http://ja.wikipedia.org/wiki/ロマ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ツィゴイネルワイゼン
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=DKRE59DWsxw

GATEWAY EXPERIENCE:Wave IV Adventure CD1

 ヘミシンク関連の記事は1月半ぶりになりますが、日常のエクササイズは1.2回/日くらいのペースで続けて来て、これまで合計270回を越えており、セッションは全部で36ですので、7往復くらいしてきた計算になります。たまにうまく行くと、体外離脱を感じることはありますし、ガイドとおぼしき人物にお声をかけていただくことはありますが、なかなか、快心と思えるエクササイズが続かず、良い時と悪い時が極端であり、瞑想がそのまま睡眠になってしまうこと、雑念の嵐で意識が集中できないこと、邪魔が入って中断を余儀なくされることはしばしばです。これまでのところの反省と良い時の経験から上手なヘミシンク法をまとめると以下の通りでしょうか。

【上手なヘミシンク法】
 ・疲れていたり、眠い時にはやらない
 ・同様に集中できない時にはやらない
 ・ヘミシンクに癒しを求めない
 ・あくまでもヘミシンクは訓練である
 ・エクササイズの意味を理解してやる
 ・効果が得られなくとも焦らない

 こちらでのゲートウェイ・イクスペリエンスのご紹介は折り返し点を過ぎて、今回はWave IV: Adventure(冒険)となります。Wave IIIでは中盤の山場に差し掛かった印象で、「体外離脱」および「ガイドとの交信」と言うヘミシンクにおける大きな到達点に向けてさらに一段上がったエクササイズの連続でありましたが、Wave IVはさらに要求が厳しく、高いレベルを要求されている、ただ漫然とやれば良いというものではない、そんな段階に来ている印象であります。


◇ CD1 #1 One Year Patterning
  : F12で1年分の己の理想をイメージ


 このセッションはWave II Threshold CD2 #3 One Month Patterningの年度版です。Wave IIのOne Monthの時と同様に、実現したい己のあり方を、「肉体」、「精神」、「感情」、「自我」、「場所」、「行為」、「達成」に分けて具体的にイメージして、拡張した意識の中に広く解き放ちます。

 理想のイメージ:肉体、精神、感情、自我、場所、行為、達成

 自分の理想とすることを実現するを「具現化」と言いますが、Wave II #3 One Month Patterning も Wave III #1 One Year Patterning も、ヘミシンクによる左右大脳が同期した状態で行うことにより暗示をかける効果を狙ったものであります。これはモンロー研究所のジョー・ギャレンバーガー博士が第一人者とされておりますが、こうした形で己の理想とするところを意識の中で明確化することにより、実際にその理想を実現する、いわゆる「具現化」する考え方は、マイケル・J・ロオジエの「引き寄せの法則(Law of Attraction)」の発想と極めて酷似しており、この両者の関わり、メカニズムの詳細についてはまた別の機会に検討記事を載せたく存じます。現時点で、ヘミシンクによる具現化と「引き寄せの法則」、両者の関係を簡単に申しますと、以下の通りかと存じます。

 自分の理想とすることを実現すること = 具現化
  :その一つの方法 =「ヘミシンクによる具現化」
   根拠となる理論 =「引き寄せの法則」


 「引き寄せの法則」で述べられていることが「ヘミシンクによる具現化」でも言われており、それはネガティブな発想、例えば「肥満を解消したい」とか「貧乏は嫌だ」と言った否定形ではなく、「スマートになりたい」、「お金が欲しい」などと、積極的に改善点を明確化するように指導されております。これは、否定とは言え「肥満」や「貧乏」を意識してしまうと、それが現実になって、逆効果となる可能性があるからとされます。当エクササイズを人生に役立てるには、明確な目的を練って文章にしてから臨むことが効果的であります。


◇ CD1 #2 Five Messages
  :F12でガイドからのメッセージを受ける


 Focus 12は「拡大した知覚の状態(Expanded Awareness)」とされ、実際にエクササイズ中には意識の空間が広くなるのが感じられます。私の場合は小中学校の体育館くらいの感覚ですが、この広い空間において、ガイドからのメッセージを拾い上げるというエクササイズです。具体的な質問ではなく、ナレーションは「今の私にとって重要なメッセージ」として、「5番目に重要なメッセージを聞いてください」、「4番目に・・・」、「3番目に・・・」、「2番目に・・・」、そして最後に「最も重要なメッセージを聞いてください」と言う構成です。

 質問ではなくメッセージを受信
 
 マニュアルによるとメッセージは必ずしも言葉ではなく、映像、理解、体験など、様々な形式であり、またエクササイズ中には理解できないものでも、後になって意味が解る場合もあるようです。
 エクササイズそのものは、ナレーションに従って行うのみですので、それほど難しくはないのですが、実際、やってみると、脳裏に浮かぶ言葉、かけ声、映像、光と言ったものが、ガイドからのメッセージなのか、単なる自分の雑念なのか理解不能なことが多いです。より多くのメッセージを受けるには集中力とそれを生み出す体調管理が重要であり、精度を高める努力が求められるのは他のエクササイズと同様であります。

野生児に観る幼児教育のスピリッツ

 個人的な話し、最近、小学校の同窓会がありまして、約40年前、当時の 四ノ宮 晟 校長先生が朝礼で狼に育てられた少女の話しをスライドでご紹介いただいたことが話題となりました。いくつかある事例のうちどのケースだったのか(アマラとカマラでよかったのか?)、どういう主旨のお話しだったのか?、今となっては想像するしかないのですが、今回は「野生児」を取り上げてみました。ちょうど、スピリチュアルの話題として、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、解離性同一性障害(DID)、そしてストーカーと、いずれも過去におけるなんらかの誘因・素因があって発生する病的精神状態についての話しが続きましたが、幼児期に人間社会から孤立して、あるいは動物に育てられて成長した人間がどのようになるか?、と言う点は非常に興味深く思います。

◇ 野生児の概念・分類

 野生児とは、某かの原因で人間社会から隔離されて育った子供のことを言い、以下の三通りに分類されております。

1.動物化した子ども

 獣が人間の赤ん坊をさらったり、遺棄された子供を拾ったりして、そのまま動物によって育てられたものです。育てていた動物としては、狼・熊・豹・豚・羊・猿・ダチョウといった事例が報告されております。育て親の動物は地域によって特徴があり、東欧では熊、アフリカでは猿、インドでは狼の報告が多くあります。当記事では、この動物に育てられた幼児を三例以下に取り上げました。

feralchildren1.jpg

2.孤独な子ども

 ある程度は成長した子供が森林などで遭難したり捨てられたりして、他の人間とほとんど接触することなく生存していた場合で、絶対的野生児とも言われます。代表例はアヴェロンの野生児があります。

3.放置された子ども

 幼少の頃に適切な養育を受けることなく、長期間にわたって幽閉されていたり放置されていたケースで、擬似野生児とも言われます。野生で育ったわけではないですが、幼少期に十分な人間社会との接触が得られなかったという意味で野生児と同等に扱われます。代表例はカスパー・ハウザーです。


◇ 動物に育てられた事例に考慮すべき点

 まずはじめに、過去における野生児の報告を見聞きするにあたり、予備知識として持っておくべきなのは、動物に育てられたケースを考える際に、人間の幼児がその動物の運動能力について行けない可能性と、その人間が乳児だった場合、子供が動物の乳を消化吸収するのは科学的に否定されていることです。

 動物の身体能力について行けない人間の幼児
 動物の乳を人間の幼児は消化吸収できない


 一方の可能性として、発育障害、乳児より発症する神経疾患(レット症候群など)があって捨てられた「孤独な子ども」を動物に育てられたと創作話の場合が多いことも忘れてはなりません。

※レット症候群(Rett Syndrome)
 性染色体致死遺伝で、ほとんど女児に起こる進行性の神経疾患、知能や言語、運動能力が遅れ、小さな手足や、常に手をもむような動作、手を叩いたり、手を口に入れる動作を繰り返すのが特徴とされます。生後半年から1年半に発症しますが、それまでの周産期や出産前後は一見正常とのことです。遺伝子変異によって引き起こされる症候群であるため、根本的な治療はなく、日本では小児慢性特定疾患に指定されております。


◇ 動物に育てられた子どもの特徴

 「野生人」という概念は生物学者、カール・フォン・リンネが著書「自然の体系」において初めて科学的に扱っており、彼およびその後の学者により、野生児の特徴として以下を挙げております。

 01.四つ足であり直立二足歩行はしない
 02.育てられた動物の鳴き声のみ、人間の言葉を話さない
 03.毛で覆われている(これは妥当でないとされている)
 04.暑さや寒さなど皮膚感覚機能が低下している
 05.視覚、嗅覚、聴覚は発達している
 06.情緒が乏しく人間社会を避ける
 07.羞恥心が無く衣服を着用しようとしない
 08.相応の年齢になっても性的欲求が発現しにくい
 09.性的欲求が発現しても適切な対象と結び付けられない
 10.生肉・臓物など調理されていない食品を好む
 11.発見・救出された際は共通して痴愚的な状態である

 この中で、野生児が救出時に共通して痴愚的な状態であったことから、野生児たちはもともと知的障害児あるいは自閉症児であり、だからこそ親に捨てられて野生化したのだと考える人もいます。実際、野生児として捕獲された者には先天的な白痴だった事例もあります。一方、救出されたのちにほぼ完全に知的に回復した野生児の事例も存在することから、乳幼児であっても野生で生き延びるために、周囲に動物に合わせ、手段、技量を自力で開発する能力が認められるケースがあり、全てが知的障害とは出来ないとの意見もあります。


◇ 古い逸話および報告例

 動物に育てられた子どもの話は神話・伝説の中にも見受けられ、例えばローマ神話においてロムルスとレムスは狼によって育てられたとされます。社会心理学者のルシアン・マルソンは、1344年発見のヘッセンの狼少年から1961年発見のテヘランのサル少年まで53のケースをまとめており、人類学者のロバート・ジングも35のケースについて解説を行っている他、31人について各々の野生児の特徴をまとめた総括表も作成しております。

ローマのロムルスとレムスを育てたオオカミ
ローマのロムルスとレムスと彼らを育てたオオカミ

 しかし、古い事例では信頼性ある詳細な記録が残っていず、ロバート・ジングは、ミドナプールの野生児(アマラとカマラ)が、1942年頃までに蓄積された記録のうち科学的資料として認められる唯一の例だとしています。ただし、次にご紹介しますこの、「アマラとカマラ」についてもその真実性には議論があります。


◇ アマラとカマラ

1.概要

 アマラ(Amala、1919年?〜1921年9月21日)とカマラ(Kamala、1912年?〜1929年11月14日)は、1920年、インド、現在の西ベンガル州ミドナプール付近で発見され、孤児院を運営するキリスト教伝道師ジョセフ・シングによって保護、養育とされ、シング氏の著書に、「オオカミに育てられた少女」として2人の詳細が記録されております。文明から切り離されて育てられた野生児の事例として有名な逸話となりましたが、その信憑性について多く議論がなされております。

2.シング氏の手記より

 シング氏の手記によりますと、彼は伝道旅行の途中に、ミドナプールとモーバニの境にあるゴダムリ村で、牛小屋に泊めてもらい、その際、現地のチュナレムという男に、近くのジャングルに恐ろしい化け物がいるから追い払って欲しいと依頼されます。1920年10月17日、現地に行きますと、白蟻塚でオオカミと暮らす2人の少女を発見、保護しました。彼は11月4日にミドナプールにある自分の孤児院に2人を連れて来たとされます。発見当時の2人の年齢は不明ですが、シング氏は年少の子が約1歳6ヶ月、年長の子が8歳と推定し、年長の子を「カマラ」、年少の子を「アマラ」と名づけました。
 アマラとカマラはともにオオカミのような振る舞いを示し、ひざや腰の関節はかたく、立ち上がったり歩いたりすることはできず、四つ足で移動したとされます。食事は生肉と牛乳を好み、食べるときは手を使わず地面に置かれた皿に顔を近づけてなめるようにして口に入れました。暑さや寒さにもほとんど反応しない反面、聴覚、嗅覚は鋭く、70m離れたところで捨てられた鳥の内臓を察知し、その方向に四つ足で走っていった、真夜中に遠吠えのような声をたてる以外は音声を出さず、目は暗闇でぎらぎらと光り、暗くても目が利くが、そのかわり日中は物がよく見えていないようだったそうです。

kamara.jpg
 
 シング氏は、彼女らを人間社会に融和させようと試みますが、1921年9月、2人は病気が重くなり、寄生虫の除去がなされましたが、アマラは9月21日に腎臓炎で死去したとされます。アマラの死を理解するとカマラは両目から涙を流し、アマラの亡骸のもとを離れようとせず、以後、11月半ばまで意気消沈としていたと記録されております。
 その後、カマラは直立二足歩行のための訓練を受け始め、1923年6月10日(推定11歳時)、初めて2本足で立つことに成功、少しずつではあるが言葉をしゃべるようになり、1926年(推定14歳時)までに30ほどの単語を覚え、1927年に入ると短い簡単な文を口にすることができたとされます。1928年頃からカマラの体調は悪くなり、1929年9月26日に発病、11月14日の朝4時頃、推定17歳で尿毒症により死亡したとされます。

3.アマラとカマラの真実性を疑う意見

 ヒトがオオカミに育てられるのは生態上困難であることなどから、現在は、多くの研究者により彼女たちは野性児ではなく自閉症もしくは精神障害の孤児だったと考えられております。また、シング氏の話にはかなり創作が含まれているとの推測があります。真偽は解りませんが、アマラとカマラの真実性を疑う科学的根拠のみを挙げますと、、、

 ・狼のメスは積極的に乳を与えず、人間の乳児も乳首求めないため、
  狼のメスと人間の乳児の間で授乳が成立しない
 ・ヒトと狼では母乳の成分が違うためヒトには消化できない
 ・狼は餌を求めて時速50kmで移動し人間の幼児にはついて行けない
 ・暗闇で目が光り犬歯が異常に発達との記述は生物学的にあり得ない
 
 この他、シング氏の日記に対する、矛盾を指摘する意見、状況証拠としての否定的意見がある一方、実際に目撃したとの情報もあり、本当のところは今なお不明のようです。少なくとも、乳幼児期に発見されたアマラに関しては先天的障害を持った精神遅滞(レット症候群疑い)であったであろうとの見解が強いようです。


◇ 狼に育てられたジュマ

 1957年4月、旧ソビエト連邦内、トルクメニスタンのある森の中、地質学者たちが地下を流れる水脈の調査を行っていたところ、複数の狼が洞穴から出て来るのに遭遇し、その中に4〜5歳くらい、全裸で四つん這いの人間の男の子がいました。狼に育てられた子どもの逸話は既に周知されておりましたので、学者達は軍に子どもの救出を依頼しました。軍は5匹の狼を射殺して少年を捕らえ、クラスノボドスク市にある精神病院に送還、ジュマイフ・ジュマ・ジュマイビッチと名付けられたとされます。
 少年、ジュマは言葉をしゃべれず理解も出来ず、手のひらとヒザには硬いタコが出来ており、普段から四つんばいで歩いていたのは確かでありました。彼は、衣服、風呂を嫌い、食べ物は動物のように口だけで食べ、手は使わず、便をした後には臭いをかぐ、夜になると月に向かって吠えるなど、その生態はまるでオオカミそのものだったとされます。この施設では、ジュマを人間らしく教育することはほとんど行われず、また、その逆に、ジュマに対して何かを強制することもなかったとされます。
 ジュマはここで3年ほど過ごした後、グルジカヤという町の精神病院に移されました。ここでは、ジュマが土に穴を掘ってそこで寝ても部屋に連れ戻したりせず、月に向かって吠えていてもそれを止めさせたりはしませんでしたが、一方で、人間らしい教育も少しずつ行われ、服を着ること、手を使って食べること、言葉や数字、文字などが根気よく教えられたとされます。ジュマはここで7年近くを過ごし、森で保護されてからすでに10年近くが経っていました。推定年齢で15~16歳にはなっていましたが、ようやく挨拶程度の言葉や10までの数字を覚えることが出来、3回の食事のうち1回は手で食べるようになったものの、まだナイフやフォークが使えるというようなレベルではなかったそうです。人間社会で暮らすようになって10年が経ち、ようやく3~4歳のことが出来るようになったようです。
 その後のジュマは、施設を転々と変わり、一時は愛情に接して人間に心を開きかけた時があったとされますが、移り住んだある施設では、周囲の厳しい目やいじめに会うこととなり、その結果、彼は人間に開きかけていた心を再び閉ざします。唸ったり敵意を剥き出しにしたり施設の外で穴を掘って寝るようになったり、どんどんとオオカミの生活に逆戻りしていったとされます。

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 ジュマは1998年の時点で推定年齢46歳、ある程度の言葉は話せるようになっており、人間として最低限の生活も出来るようにはなったものの、知能的にはとても年齢相応とは言えず、保護されて40年以上も経つのに依然として狼の習性は抜けていないとされます。


◇ 犬に育てられた少女オクサナ・マラヤ

 現在、ウクライナに住む、オクサナ・マラヤ(20代女性)は、1986年当時の3歳時より、アルコール中毒の両親によって、家の外へ置き去りにされました。幼い彼女は生きるため、飢えや寒さを凌ぐため、犬小屋の中へと這って行き、以来、自分を受け入れてくれる犬の群れへと紛れ込んだとされます。彼女は、それまでに覚えた人間の言葉を失い、そのかわりに犬の鳴き声、そして生肉の食べ方を学んだとのこと、、、。

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 それから5年後の1991年、近隣の住民が動物と暮らしている彼女を発見、当局へ通報しました。そのときの彼女は8歳、もはや人間の言葉は失われ、四本足で犬と共に草むらを走り回っていました。マラヤが保護されたところで撮影された映像を以下に添付します。お見苦しい点はご容赦いただければ幸いです。

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 彼女は現在、施設の牧場で牛の世話をしているとされ、通常の6歳児程度の知能レベルにあることが確認されております。彼女は数を数えることは出来ますが、足し算は出来ず、また文字を読んだり、名前を正確に書くことも出来ません。お気に入りの大きな腕時計を人に自慢こそするが、時計を読むことはできないそうです。しかしこうした学習障害の傾向こそあれ、多くの野生児に見られる自閉症的傾向はないとのことです。


◇ 野生児に観る幼児教育の重要性

 動物に育てられた子ども達、真偽のほどは別として、いくつかご紹介しました。カマラが推定8歳、ジュマが4〜5歳、マラヤは8歳で保護されました。個人差はありますが、いずれも本来の人間の知能、生活は獲得できませんでした。このことは、人間にとって、生まれてから幼児期までの6年くらいの間が人間形成として極めて重要な時期であることを示唆しております。
 心理学者の富田たかし氏によると、「人間は人間の環境に育つから人間になるのであって、脳が人間でも動物に育てられれば動物になる」とされます。野生児の彼らは、元々は人間であるから潜在能力として人間らしくなるという可能性はあったものの、幼少時の環境が知能を人間レベルに引き上げることを阻み、この時期を逃してしまうと、非可逆的な知能低下が生ずることが考えられます。

 野生児、動物に育てられた子ども、その病態はヒトで実験的に作ることはできませんし、大小の動物実験で再現することも困難であります。偶然、発見された事例より推定するしかありませんが、多くは精神病院や施設に預けられ、詳細な記録が残らず、また明確な治療がなされていないようです。これまでの経験、報告例に基づいて考えますと、いわゆる「人間らしさ」を獲得する時期は出生から6歳くらいであり、それも環境に寄るところが大きいと思われます。

 いわゆる「人間らしさ」の獲得は6歳くらいまで?

 このことは、ますます人間の文化が高度化する現代において、それとは逆行するように母親の育児ノイローゼや、幼児に対する虐待、放置などが散見されており、人格形成の段階から、人間の個体としての格差の可能性が示唆され、幼児教育の重要性が改めて考えさせされるところであります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/野生児
http://ja.wikipedia.org/wiki/アマラとカマラ
http://ameblo.jp/gototsubaki/entry-11580529157.html
http://www.youtube.com/watch?v=UkX47t2QaRs

ストーカーのスピリチュアル

 三鷹女子高校生殺害、またも起きてしまったストーカーによる悲劇に対し、スピリチュアルの観点からストーカー行為を考えてみました。もちろん、私は、心理学者でも精神科医でもない、外科医ですので素人の域を出ないことをご容赦下さい。


◇ストーカーの概要

1.定義

 現在、ストーカー(stalker)とは特定の他者に対して執拗に付き纏う(まとう)行為を行う人間のことをいい、その行為はストーカー行為あるいはストーキングと呼ばれます。現在と申しましたのは、この呼称は1990年代より定着したものであり、以前は「痴情のもつれ」のような表現だったようです。

2.発生件数の推移

 現代で言うストーカー行為およびそれに伴う悲劇に該当するものとして、昭和6年の埼玉県の14歳女子学生、昭和19年同性愛者の男性、昭和22年栃木県の女性などが挙げられ、必ずしも最近になってから発生したものではないようです。被害届け出や警察への訴え件数は確実に増えておりますが(図1)、概念が確立してきて、盛んに報道されるようになり、若者の認知度が上がったためとも考えられ、水面下も含めた実際の件数が増加しているかは不明です。

ストーカーDV件数
図1.認知されたストーカーおよびDV件数の推移

3.ストーカー行為の分類

 2000年(平成14年)に制定されたストーカー規制法の定義では、ストーカーとは同一の者に対し、つきまといなどを反復してする者を指し、ここで言う「つきまといなど」とは、「恋愛感情その他の好意」や「それが満たされなかったことに対する怨恨」により、相手やその関係者に以下のいずれかの行為をすること、とされています。

【ストーカー規制法に示されたストーカー行為】
 1号:つきまとい・待ち伏せ等     7607人(51.3%)
 2号:監視していると告げる行為    1092人( 7.4%)
 3号:面会・交際の要求        7738人(52.2%)
 4号:乱暴な言動           3069人(20.7%)
 5号:無言電話・連続電話       4453人(30.0%)
 6号:汚物等の送付           139人( 0.9%)
 7号:名誉を害する行為         793人( 5.3%)
 8号:性的羞恥心を害する行為      987人( 6.7%)
 同法で規制されていない嫌がらせ行為   294人( 2.0%)


◇ ストーカーの背景

1.年齢/性別

 ストーカー事例の年齢は、被害者は20歳代(35.0%)と30歳代(29.2%)、40歳代(16.5%)を合わせて8割(80.7%)を占め、10歳代、50歳代、60歳代、70歳代以上はそれぞれ10%未満であります。一方、加害者は30歳代(25.7%)が最も多く、20歳代(18.4%)、40歳代(18.1%)、50歳代(10.7%)と合わせて7割(72.9%)を占め、10歳代、60歳代、70歳代以上はそれぞれ10%未満で、年齢不詳が16.7%とのことです(図2)。

ストーカー被害者と加害者の年代別
図2.ストーカー被害者/加害者の年齢

 性別は、大方の予想通り、被害者は女性、加害者は男性が優位に多くなっております。具体的には、下表の如く平成24年の被害者は男性206人(14.3%)、女性1231人(85.7%)であり、加害者は男性1198人(83.4%)、女性195人(13.6%)、不明44人(3.0%)でありました。

【ストーカー被害者/加害者の性差】
ストーカー性別

2.ストーカー行為発生前の関係

 ストーカー事例の被害者と加害者の関係は、交際相手(元含む)の51.5%、配偶者〈内縁・元含む〉の8.2%を合わせて、恋愛関係がほぼ6割(59.7%)を占め、知人友人(10.5%)、勤務先同僚・職場関係者(8.7%)、密接関係者(3.0%)まで含めて、顔見知り、人間関係のあるものが8割(81.9%)とのことで、近隣居住者、タレントのファンなど(4.2%)、面識のない相手(5.6%)、行為者不明(8.3%)は、合わせて2割に満たない程度(18.1%)であります(図3)。

ストーカーの前の関係
図3.被害者と加害者の関係

3.動機

 ストーカー行為の動機は以下の通りで、好意の感情(62.9%)、好意が満たされず怨恨の感情(25.6%)で88.5%を占めます。

【ストーカー規制法に抵触する動機】
 ・好意の感情             9322人(62.9%)
 ・好意が満たされず怨恨の感情     3791人(25.6%)
 ・精神障害(被害妄想含む)       71人( 0.5%)
 ・職場・商取引上トラブル        8人( 0.1%)
 ・その他怨恨の感情           75人( 0.5%)
 ・その他                154人( 1.0%)


◇ ストーカーの心理(福島章 氏)

 精神科医の福島章氏はその著書の中でストーキングを行う者の心理を以下の5つに分類して考察してます。

 *****

1.精神病系

 精神病によって抱く恋愛妄想、関係妄想によってストーキングを行う。現実には自分と無関係の、スターに付き纏うようなタイプが多い。警察庁の統計によれば、ストーカーに占める精神障害者の割合は0.5%である。

2.パラノイド系

 妄想によりストーキングを行うが、妄想の部分以外は正常で、話すことは論理的で、行動は緻密であることが多い。現実の恋愛関係の挫折による付き纏い行為もあるが、現実には自身と無関係の相手に付き纏うタイプが多い。

3.ボーダーライン系(境界人格障害)

 性格は外交的・社交的で、「孤独を避けるための気違いじみた努力」が特徴で、病気ではなく、人格の成熟が未熟で、自己中心的で、他人・相手の立場になってみてものを考えることが出来ないタイプで、このタイプの人は精神医学の専門家でない人が想像するよりも世の中に多いという。人間関係は濃く、相手を支配しようとするところに特徴があるという。

4.ナルシスト系(自己愛性人格障害)

 自信・自負心が強く、拒絶した相手にストーキングするものが多く、行動的な分類からは「挫折愛タイプ」に属するものが多い。現実の人間関係は深い。

5.サイコパス系(反社会的人格障害)

 被愛妄想を持つ(相手が自分を好きであると信じる)のではなく、自分の感情・欲望を相手の感情と無関係に一方的に押し付けるタイプで、性欲を満たすための道具として相手を支配するものが多い。「凶悪・冷血な犯罪者」、「典型的な犯罪者」というイメージが特徴で、人間関係は強引で、「相手に取り憑く能力を持っている」ことが特徴であるという。

 *****


 福島氏は、上記タイプの中で、男女を問わずストーキングを受けた者が最も困難に陥れられるのはボーダーライン系(境界人格障害)であると述べており、これは精神障害の診断と統計の手引き(DSM)の中で、演技性人格障害・自己愛性人格障害(ナルシスト系)・反社会性人格障害(サイコパス系)とともに「不安定なグループ」に分類されます。

 ボーダーライン系(境界人格障害)が最も困難

 さらに福島氏は、ストーカーの一般的特徴として「被愛妄想(エロトマニア)」という言葉を挙げています。自分が相手を好きという感情は、どんなに強くても恋愛感情であって恋愛妄想ではありません。被愛妄想(エロトマニア)とは、自分が相手に愛されているものだと曲解する、極度の妄想癖を持った精神病のことであり、この症状を分析した精神科医の名前から別名「クレランボー症候群(Clérambault's syndrome)」とも言われています。

 被愛妄想(エロトマニア)= 自分が愛されていると曲解

 また、ストーカーの一般的特徴は、拒絶に対して過度に敏感な反応を示し、すべてのタイプに共通して、相手の感情に想像力を働かせず、甘え、思い込み、欲求不満を攻撃に替えて解消する、というところだと指摘しています。

 拒絶に対して過度に敏感な反応
 相手の感情に想像力を働かさない
 甘え、思い込み、欲求不満を攻撃に替えて解消



◇ ストーカーの心理パターン(ミューレン)

 オーストラリアの医師でストーカー研究の第一人者であるミューレンの説に基づくストーカーの心理パターンを4つに分けて紹介されていたので引用いたします。

 *****

1.拒絶型

 元恋人や元妻から拒絶されたことでストーキングをするタイプで、一番多いタイプでもある。2012年に発生した逗子での殺人事件も拒絶型のストーカーによって行われたと考えられている。拒絶型は最初によりを戻そうとする行為をとることもあるが、最終的には自分をふった相手に対して復讐をするようになっていく。心理的な背景には相手への執着心、自尊心を傷つけられた被害者意識、関係喪失をつなぎとめる為の悪あがき等の要素が複雑に絡んでおり、傷害事件や殺人事件に発展してしまう危険性が一番高いタイプ。

2.憎悪型

 あまり親しくない人やほとんど知らない人に対して、相手に恐怖や混乱を与えることを目的としてストーキングを行うタイプが憎悪型である。ストーキングを起こすきっかけになる出来事(ささいな被害を相手からうける)を通して自分は被害者なので、ストーキングは当然という風に正当化し、日常のストレスや不満をストーキング対象にぶつけるタイプが憎悪型である。

3.親密希求型

 親密希求型は相手と相思相愛になることを目的とし、一方的に自分の好意を押し付けてくるタイプである。ストーキング対象を過度に理想の相手と見なし、自分の孤独感や窮状を救ってくるのは彼女(彼)しかいないという考えに取り付かれ、ストーキング対象に保護者的な愛情を求めているパターンが多い。ストーキングを孤独感からの逃避手段として行っている傾向が強い。

4.無資格型

 人格障害などの精神的な疾患が原因で、相手の立場を理解することができずに自分の欲求を相手にぶつけるためにストーキングをするタイプが無資格型である。ストーキングすることに対して罪悪感はなく、相手は自分の欲求に答えるのが当然であると考えている身勝手なタイプともいえる。

 *****



◇ ストーカー男性の特徴

 犯罪心理学者の越智啓太氏が、加害者として頻度の高い男性に限り、ストーカーとなる人物像を紹介していましたので要約いたします。


1.見栄っ張りだが女性からモテなくはない

 男性ストーカーと言えばモテないから女性への執着心が強いと思われがちですが、越智氏によると、実はストーカー男は必ずしもモテないわけではないとのことです。ストーカー男の特徴として見栄っ張りという点が挙げられ、実際以上に自分をよく見せることに余念がないそうです。ストーカー男の見せかけの魅力にだまされる女性もいるとのこと、、、。

2.同年代や年上の同性からは敬遠される

 ストーカー男は見栄っ張りなので自分を大物に見せる嘘をつく傾向があり、その虚勢を見て「この人すごい!」と錯覚する女性はいるかも知れません。しかし、同年代および年上の同性からすれば、ストーカー男は単なる「鼻持ちならない奴」でしかありません。一方、年下の同性からはストーカー男の大風呂敷が通用する余地があり、また、ヨイショされるのに気を良くして、奢ってあげたり面倒見がよかったりする一面もあるので、後輩や下級生にはウケが良いとのことです。

3.自己愛が強い

 ストーカー男が、自己愛が強いことはよく言われます。「自分は特別な存在」という意識があり、自分以外の人間の長所を認めることができないとのこと、、、。自分が褒められると単純に喜びますが、他人が褒められると機嫌が悪くなるそうです。

4.交際相手の過度の束縛

 元交際相手に執拗にメールや電話をするというのは典型的ストーカー行為、これは別れをきっかけ始まるわけではなく、交際中から過度に連絡をとりたがる傾向があるとされます。連絡無精な一般の男性と異なり、ストーカー男は非常にマメで、メールすると即レスが返ってくるし、デートの後に「無事に帰宅した?」などと女性を気遣うようなメールまで送るそうです。ストーカー男が頻繁にメールしたり電話したりするのは相手への愛情というより、そうしなければ自分が不安だから、「無事に帰宅した?」というメールも彼女の安否を気遣うより、自分が彼女の位置情報を把握しておかないと気が済まないためとのことです。ですから、彼女の側でメールの返信が遅かったり、電話に出なかったりすると、怒ったりするのもストーカー男の特徴とされます。

5.仲直りのための過剰なサービス

 交際相手が愛想を尽かしたとき、喧嘩になると、ストーカー男は特徴的な行動、過剰なまでのサービス精神を発揮するとのことです。「俺が悪かった!」と土下座したり、収入に不相応な高額なプレゼントを贈ったり、ヨリを戻すためには手段を選びません。普段はプライドが高く「俺様」的な彼の変貌ぶりに心が揺れる女性がいるかも知れません。「ここまでしてくれるということは、今までのことをすごく反省しているにちがいない」と言うところです。


◇ 「ストーカー 逃げきれぬ愛」より

 日本でストーカーと言う言葉が認知され始めた頃、16年前の1997年、日本テレビ系列で放送されたストーカーを題材とした「ストーカー 逃げきれぬ愛」と言うドラマがありました。加害者を渡部篤郎が演じ、被害者役は高岡早紀であり、二人の迫真に迫る非常に高い演技力とストーリーの特殊性、坂本龍一 氏 作詞作曲のテーマが極めて良くマッチした素晴らしいドラマでしたのでご紹介いたします。残念ながら、VHSビデオは発売されておりますが、DVDにはなっていないようです。また、ドラマ放映後に小説化された単行本はあります。なお、同時期、TBS系列で放映された「ストーカー・誘う女」(陣内孝則、雛形あきこ)と言う、女性のストーカーのドラマもありました。

「ストーカー 逃げきれぬ愛」

 1997年1月7日〜1997年3月6日 月曜日22:00 - 22:54

 制作局      読売テレビ
 演 出      上川 伸廣、唐木 昭浩
 脚 本      野依 美幸、尾崎 将也
 プロデューサー  堀口 良則、小泉  守(イースト)
 出演者      高岡 早紀、渡部 篤郎、河相 我聞、
          井上 晴美、遊井 亮子、井澤  健、
          宮崎 彩子、赤座美代子、神田 正輝 ほか
 オープニング   「The Other Side of Love」
          坂本 龍一、feauturing Sister M
 エンディング   「愛を殺して…」
          梶原ユキコ

 第1話 君が運命だ [視聴率14.3%]
 第2話 危険な断わり方 [11.9%]
 第3話 拒絶には罰を [12.4%]
 第4話 君を支配する [11.6%]
 第5話 壊れていく男 [11.4%]
 第6話 君は僕の一部だ [12.8%]
 第7話 侵入 [13.4%]
 第8話 嫌がらせ自殺 [14.3%]
 第9話 監禁 [14.9%]
 最終話 君と永遠に… [17.7%]

逃げきれぬ愛小説家

○ ストーリー

 雅彦(神田正輝)と不倫関係にある海(高岡早紀)は、クリスマスイヴの夜ひとりで街を歩いたとき、眼科医の辰也(渡部篤郎)と出会います。実は、辰也はこの時、ストーカー行為を行っていた別の女性が自殺してしまい、うちひしがれていました。海は辰也にローズマリーの花束を渡して「メリー・クリスマス!」と、、、。これが悪夢の始まりでした。辰也の海に対するストーカー行為が始まります。徐々に明らかになる辰也の家庭の問題、母親との確執など、ドラマの終盤では離れていた弟の聡が事故で肝不全となり生体肝移植が必要な状態で、、、。ストーカー男と被害者の典型的な会話がありましたので、スナップショットと併せてご紹介します。

二人00

高岡0
ドラマの冒頭、海は辰也にローズマリーの花束を渡して「メリー・クリスマス!」と、、、

 *****

 ドラマ最終回の二人の会話です。いかにも、ストーカーの男性には正論は通じない、そんなシーンです。

二人

二人01

 辰也:(自分を捨てた母親)あの女は死んだんだ

 海 :(母親は)死んでなんかない
    貴方の心の中で 生きている
    貴方は 私におんなじことをしているのよ
    私の心は関係なく ただ支配しようとしてる
    私を所有物にして ずっと監視したいだけでしょう


 辰也:違う!

 海 :貴方がやってることは 貴方のお母さんがやっている
    ことと同じことなのよ


 辰也:違う! 僕はキミを愛しているんだ

 海 :愛してなんかない
    貴方が一番嫌う愛を
    貴方は私に押し付けているだけじゃない
    お母さんへの恨みを私にぶつけているだけよ


 辰也:違う! あの女の話しはやめてくれ!

二人02

 海 :ちゃんと向き合えば解ってくれる
    逃げないで ちゃんと向き合って
    自分自身を しっかり見つめ直して

    私もおんなじだった 誰ともちゃんと向き合えなかった
    でも今日 貴方とちゃんと向き合おうと
    している自分に気付いたの
    貴方と出逢ったことによって
    私も変われるんじゃないかって思った

    今 貴方を愛することはできない
    でも貴方の愛を信じることはできる
    だからお願い 愛情を見せて
    弟を助けてあげて (肝移植のドナーとして)
    聡くんの力になってあげて お願い


 辰也:あいつのことがそんなに好きなのか
    僕はどうなる? キミに救われた僕はどうなる?
    花束をくれたのはキミだよ キミが花束をくれたんだ
    クリスマスローズをくれたんだ


 海 :私はあのとき貴方が とてもかわいそうな人に見えたの

 辰也:何も望んでいない僕に キミが花束をくれたんだ
    だからあの日から 僕はキミしか見えなくなった
    あのクリスマスローズが原因なんだ
    すべてキミが原因なんだ


 海 :私はあのとき 本当の貴方の姿を知らなかった

 辰也:あのときキミはいらない花だと言った
    あの男からもらった花を いらない花だと言った
    あのときキミは悲しんでいた とても悲しんでいた
    僕の部屋であの花 毎日僕に語りかけていた
    キミは僕に 助けを求めていたんだよ


 海 :違う・・・

 辰也:君は僕に愛を求めていたんだよ

 海 :違う!

 辰也:だからあの男からも家族からも 僕が助けてあげたんだ
    そうだ! そうだよ 
    キミはもっと 僕に感謝しなきゃいけないんだ
    キミを助けたのは僕なんだから
    キミが始めたことなんだ キミが望んだことなんだ


 海 :私はそんなつもりなかった

 辰也:どうしてくれるんだよ キミが原因を作っておきながら
    僕をどうしてくれるんだ!?


 海 :解りました 
    私が原因で貴方をそんなふうにしてしまったのなら
    なんでもする


 辰也:僕と一生 一生 一緒にいてくれ
    なんでもできるなら 僕と暮らしてくれ
    もう僕に残された道はそれしかない
    今日から一緒にいてくれ たった今から一緒にいてくれ

    その約束をすれば 僕も約束する
    あいつを 弟を助けてやる


 海 :解りました

 辰也:いつの日か いつかきっとキミは 僕のことを愛する
    僕たちはず〜っと 一緒に暮らすんだ
    そうだろう
    移植が終わったら二人で どこか遠くにいかないか


 海 :(小さくうなずく)

 辰也:僕は一生キミのそばにいる
    キミもず〜っと 僕のことを愛し続ける
    一緒にいたい 一緒に逃げてくれ
    永遠の愛を 誓ってくれ


二人03

○ オープニングテーマ

 坂本 龍一 氏 作詞作曲のオープニングテーマ「The Other Side of Love」はまさに屈折した愛情を歌った曲で、詩の意味を噛み締めるとストーカーの気持ちが解るような気がします。原文が見つかりましたので和訳をつけて供覧します。

The Other Side of Love
坂本龍一 作詞作曲

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The Other Side of Love
(↑クリックするとyoutubeで実際の楽曲が聴けます)

In my heart, I know I must be right.
Darkest shadows will someday come to light.
I've been down, but I can rise above.
I keep searching for the other side of love


心の中で 私は間違ってはいないと知っている
闇の中の私にも いつか光が射すでしょう
これまで辛かった でも立ち上がることができる
別の側からの愛を 私は探し続ける

Looking for fun was just a game to me.
Never knew what each lonely day would bring.
Now I'm so tired of trying to run away.
I've got to find a love that's here to stay.


戯れはただのゲームでしかなかった
孤独になるなんて 思ってもみなかった
もう逃げることに疲れた
私が私である為に 目の前の愛を探し求める

In my heart, I know the day will come.
We'll be laughing and dancing in the sun.
What I've found has never been enough.
I keep searching for the other side of love.


心の中で いつかそんな日が来ることを知っている
私たちは太陽の下で踊っている
でもまだ私が見つけたものは足りなくて
別の側からの愛を 私は探し続ける

I always heard that love's supposed to be
more than a word and more than just a dream.
Someone to share your every joy and pain.
Someone who's there for sunshine and the rain.


私はいつも聞いていた 
愛とは「言葉」や「夢」以上のもの
愛とは 誰かと喜びや痛みを分かち合うものであり
誰かと晴れた日も雨の日も傍にいること

In my heart, I know I must be right.
darkest shadows will someday come to light.
I've been down, but I can rise above.
I keep searching for the other side of love.


心の中で 私は間違ってはいないと知っている
闇の中の私にも いつか光が射すでしょう
これまで辛かった でも立ち上がることができる
別の側からの愛を 私は探し続ける

In my heart, I know the day will come.
We'll be laughing and dancing in the sun.
What I've found has never been enough.
I keep searching for the other side of love.


心の中で いつかそんな日が来ることを知っている
私たちは太陽の下で踊っている
でもまだ私が見つけたものは足りなくて
別の側からの愛を 私は探し続ける

I know what I see.
I see exactly how it'll be.
He'll be strong enough to be kind.
He won't need to be tough to know he's mine.


私は 自分が何を見ているのか知っている
それがどうなるかも解っている
彼は優しくなる度に強くもなる
きっと彼は私のものとなる事を拒まない

And I must believe what I feel.
I'll feel it deep inside when it's real.
And I know when day is done.
He'll be so close to me that we'll be one
on the other side of love.


私は自分の感情を信じなければならない
それが現実となる時 私はさらに深く感じるはず
必ずその日が来る事を 私は知っている
彼が近付いて来て 私たちがひとつとなる
別の側からの愛で


◇ 三鷹の事件 被害者側の0.1%の非、SNSへの提言

 最後に少しだけ三鷹の事件について触れます。警察署の不手際や、殺害までの足跡、母親の国籍や自身の学歴など交際中の犯人の嘘が報道されており、対照的に、海外へのホームステイや英語の成績、女優としての仕事、将来の夢など、育ちの良い被害者の女の子としっかりしたご家庭がうかがわれます。これに対して、自分のことに嘘をついて交際に及び、別れてからは身勝手なストーカー行為、ついには殺人に及んだわけですから、ほぼ100%犯人が悪いと思います。しかし、ほぼ100%と申しました、数字にするのも変な話しですが、0.1%くらい、つまり1000分の1くらい被害者の女の子あるいはご家族側にも非があったのではないかと思います。それは「心の隙」ですね。

 ・周りにはいないタイプのヒトと知り合いたい
 ・素敵な異性なら交際したいし恋愛もしたい
 ・優等生の日常とは違うところで冒険したい、ちょっと悪い事もしてみたい

 普通の高校生の女の子ならこうした希望があってしかるべきだと思いますし、悪いことではないと思います。そんなところで出逢ってしまったのが犯人のような男性だとしても、高校生では相手を見る目、判断力が乏しいのも仕方ないと思います。
 しかしながら、今回の出会いの媒体となったFace Bookをはじめ、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の危険性、相手が自分の身の上を偽って近づいてくる可能性、相手に対する把握が不十分な段階で交際が始まってしまうことの危うさ、そこへの認識が甘かったと思います。これは、被害者の女の子自身が己にストップをかけられる時があったと思いますし、ご家族も、もっと注意すべきところ、未然に防ぐ余地はあったかも知れません。
 さらに、もっと広いところに目を向ければ、社会として未成年に対するSNSの規制があっても良いのではと思います。例えば、SNSを未成年が利用する場合には保護者の監視が可能、と言った簡単なシステムの変更です。未熟な若者を危険に曝す場はすなわち未熟な若者を間違った道に進ませる場でもあります。

 「被害者側の0.1%の非」としましたが、実は今の社会の問題、このような事例が事件になってはいなくとも、実は水面下で多数起こっていて、徐々に表面化して来るかもしれません。何か教訓を残していかないと、10年、20年前には無かったことが、これから増えて行く、そんな時代かと思います。

 心からご冥福をお祈りいたします。



http://ja.wikipedia.org/wiki/ストーカー
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/seian/stoka/jokyo_1.htm
新版 ストーカーの心理学(福島 章 著)2002年 PHP研究所
http://ja.wikipedia.org/wiki/エロトマニア
http://www.men-joy.jp/archives/39941
http://getnews.jp/archives/374610
http://ja.wikipedia.org/wiki/ストーカー_逃げきれぬ愛
http://www.youtube.com/watch?v=CeebBKLkENM

地球内部でアガルタを形成?、クラリオン星人??

 地球空洞説と地底人、アガルタを調べてみて、どうしても避けては通れないちょっとした話題があり、少しだけ触れます、イタリアのマオリッツオ・カヴァーロ氏、1981年に初めて、内部地球の王国アガルタに文明を形成するクラリオン星人とコンタクトを取り、実際に地球内部の世界を訪れたとして、数々の本を出版しています。私もつい買ってしまいました。

地球「超」アンダーワールド 
「内部次元」への侵入


クラリオン星人がガイドする
〈次元壁ブレークスルー〉のからくり


マオリッツオ・カヴァーロ・ヒーロス
やよしけいこ 訳

クラリオン星人本


◇ 「スピリチュアルの周辺」記事とした理由

 ブログ記事を投稿するにあたり、そのカテゴリーを決める際、「スピリチュアル」と「スピリチュアルの周辺」とで悩むことがあります。どうでもいいことでありますが、、、。当ブログの主旨から、なるべくなら前者を選択したいところですが、全く信じる余地もないもの、少なくとも自分自身で激しくうさん臭く思うものを、「可能性あり!」としてスピリチュアルに分類するのには抵抗があります。例えば、過去において、自分ではあんまり信じてはいないもので、幸福の科学の大川 隆法氏や、臨死体験で過去の世界にテレポートした木村 鶴彦氏を「スピリチュアル」記事として取り上げたことがあります。あんまり信じてはいないとは申したものの、激しく反論する根拠がなく、己の立ち位置をニュートラルとして勉強させていただいた方々であります。
 しかしながら、マオリッツオ・カヴァーロ・ヒーロスさん、あまりにもつっこみどころ満載で、ついうっかり1900円なりのお金を支払って本を買ってしまった口惜しさもあり、「スピリチュアルの周辺」の扱いとさせていただき、もう少し様子を見ようと思います。

 ちなみに、マオリッツオ氏のクラリオン星人がインチキだとしても、地球空洞説と地底人の可能性は否定しない所存であり、スノーデン氏の米国機密の暴露も今後、目を離せない内容だと思います。

 本書は、ざっとは読みましたので、若干の要旨をご紹介しますが、自分なりの解説を加える気力、意気込みは湧いて来ず、マオリッツオ氏の著書について、崇拝している文章と、厳しく非難する文章を、いくつかご紹介いたします。


◇ マオリッツオ・カヴァーロ氏の主張

1.クラリオン星について

 1-1. 第3銀河のわし座にあり、地球から15億光年に位置する
 1-2. 恒星を回る軌道の関係で昼がとても長く夜は短い
 1-3. クラリオン星—地球間は時間を折りたたむ航海で約72日
 1-4. 宇宙の多くの惑星が参加する連合に加盟している

2.クラリオン星人とは?

 2-1. 炭素でなくケイ素を主成分とした生命体で光を吸収する
 2-2. 平均寿命は1500歳、2300歳に及ぶ個体もあった
 2-3. 五次元を自由に行き来する次元上昇した存在である
 2-4. 過去や未来、多次元空間を自在に移動する

クラリオン星人の皆様
クラリオン星人

3.地球への関与

 3-1. 1億8千万年前に地球に渡来
 3-2. 25万年前に自分達の遺伝子を爬虫類に移植して人類創造
 3-3. 地球内部に都市を築きいわゆるアガルタを形成
 3-4. 現在では多数、地球人の間で日常生活を送っている
 3-5. 地球人との混血の子供も生まれている

4.地球で起こるアセンションについて

 4-1. 地球人に起こるアセンションはDNAの変化である
 4-2. 生きたまま次元上昇が起こる
 4-3. 迫る次元上昇に多くの地球人は準備が出来ていない
 4-4. 無になる、他の惑星に行く、宇宙船に乗る人がいる
 4-5. アセンションできなかった人は木星に行く

5.太陽系/宇宙について

 5-1. 約25万年前、木星は恒星として輝いていた
 5-2. 太陽系には二つの太陽があった
 5-3. 木星の力は衰え輝きが落ちて現在の木星になった
 5-4. 来たるべき2012年は宇宙の大きな変わり目となる年

maurizioCavallo.jpg
マオリッツオ・カヴァーロ氏


◇ マオリッツオ氏を崇拝する記事

マオリッツオ崇拝

 以下、コピーの供覧で恐縮します。

 *****

 これは、、、すごい本ですね。私が今、一番知りたいことが書かれた本を見つけました。ヒューマノイド型 ET の写真を載せていることでご紹介した、クラリオン星人のコンタクティー、マオリッツォ・カヴァーロ・ヒーロス氏の 2/29 発売の最新刊です。最近は、本はアマゾンで買うので、滅多に本屋へ行かなくなった私ですが、何ヶ月ぶりかで吸い寄せられるように入った本屋で見つけました。呼ばれたんですね。

 私が、何を知りたいと最近強く思っていたかというと、「内部地球王国・アガルタ」の話です。よくシェルダン・ナイドルによる銀河連邦メッセージに、出てきますよね、Disclosure に続いて、内部地球のアガルタ人たちが地上に出てきます、という話。今も、彼らが、銀河連邦と地球同盟者たちと一緒に、新しい政治・経済の制度作りの作業を行ってくれているんですよね。近々、私たち地球表面の文明と、内部地球の文明は合流する。彼らの世界は5次元、スピリチュアル的にもテクノロジー的にも、私たちよりもずっと進んでいるので、表面人類がアセンドするこの時まで、彼らは待っていた、と。。

 この「地球内部の世界」、その場所に住むアセンデッド・マスターたちからのチャネリング・メッセージはよく見かけますが、実際に、3次元の人間として、その地を訪れた人の詳細な話は読んだことがありませんでした。
 さかのぼれば、アメリカ海軍のバード少将、南極大陸の知られざるUFO戦争:バード大将の謎の経験の話、ノルウェー人漁夫親子の話などがあり、これらはいずれも本当だと言われていますが、なにぶん、だいぶ古い話なので。

 そして、ようやく、このクラリオン星人のコンタクティーかつ芸術家である、カヴァーロ氏の最新刊!です。私は、彼の以前の本は大体読んでいますが、私の波長は、彼の話と共鳴します。すなわち、私は、彼は真実を語っている、と思っています。
 スペース・ファミリーの語る地球や太陽系の歴史は、シリウス、プレアデス、あるいはアンドロメダ、そしてこのクラリオン等の間で、大筋では一致するものの、細かい点まで同じというわけではありません。やはり、それぞれ異なる文明で、別々に地球との関わりを持ってきていますから、独自の見方があってもおかしくはありません。また、多次元宇宙においては、未来と同様に過去だってパラレルに無数に存在するわけですから、どのタイムラインを見るかによっても、違ってくるのではないかと、私は、勝手に想像しています。
 また、この本に書かれている体験を、カヴァーロ氏が実際にいつの時点で持ったのかわかりませんが、この本で、カヴァーロ氏の予想する、アセンションへ向けての地球人類へのタイムラインは、少々現実と違ってきているようにも思います。最近のチャネリング・メッセージはいずれも、「(破滅に向かう)タイムライン2は完全に無くなり、平和のうちにアセンションへ進むタイムライン1のみになった。」と、伝えてきていますから。

 *****



◇ マオリッツオ氏をインチキとする記事

クラリオンに突っ込み

 これもコピーの供覧をお許し下さい。

 *****

 UFOネタは、久々でしょうか。やや停滞気味だった日本の宇宙人業界で、ここ2・3年でのしあがってきた新興勢力。それが「クラリオン星人」の皆様です!!
 イタリア人のマウリツィオ・カヴァロと言うおじさんにコンタクトしてきたのが1981年と言いますから、それから足掛け30年に渡って、マウリツィオさんを通して「神の叡智」を地球上に広めようとして下さっている有り難いながらも、少々うざったい宇宙人様です。クラリオン星人の皆様。実際には「光り輝いている」そうですが、写真がみんな暗いのは、「彼らは光を吸収するため」…だそうです。…そこはかとなくウザイ方々ですね。

 彼らは、地球から15億光年(資料によっては、15万光年と言う記述もあります。まあ、どっちでもいいですが。)離れた「第3銀河のわし座」にあるクラリオン星から、何かヘンなトンネルみたいのをくぐって72~3日と言う中途半端な日数をかけて地球までやってくるそうです。
 彼らの平均寿命は1500歳で、2300歳まで長生きした人も居るとか。(クラリオン星の泉重千代ですな。)イタリアのジェノバ近くの海底に基地があるらしく、手っ取り早く近場に住むマウリツィオさんをコンタクティーに選んだのだと思われます。

 マウリツィオさんによると、クラリオン星人は「来るべき2012年は、宇宙の大きな変わり目となる年である」と、あまり新鮮味のない、今更ながらの予言をのたまい、「地球の次元上昇が迫っているが、多くの地球人はまだそれに対する準備が出来ていない」と余計な心配をしてくれているそうです。

 それはそれで、信じたい人だけ信じていれば良い事なのですが、弱った事にクラリオン星の人達はあまり天文学や地球史に詳しくないらしく、トンチンカンな事ばっかり言うので困ってしまいます。―試しにちょっと、ツッコンでみましょう。

○クラリオン星人は1億8000万前に地球にやってきて、25万年前に自分たちの遺伝子をトカゲの様な生物に移植して人類を創造した。
→1億8000万前と言うと、中生代の三畳紀からジュラ紀にかけての年代で、恐竜がウロウロしていた頃。そして、人類を創造したのが約25万年前。その間の1億7975万年間は、地球で一体全体何をしていたのですか?クラリオン星人さん?

○ついでに言うと、人類を創造するなら、ホモ・エレクトスとかを遺伝子操作した方が簡単そうに思えますが、何で選りによってトカゲなのでしょうか?クラリオン星人さん?

○クラリオン星人が、地球人類を創造した頃(約25万年前)は、木星も恒星として輝いていており、太陽系には二つの太陽があった。そして木星の力が衰え、輝きが落ちて現在の木星になった。
→木星程度の質量では軽すぎて自己重力による収縮が進まず、恒星にはなれない。天体の中心で核融合反応が起こって恒星となるには、少なく見積もっても木星の70倍程度の質量が必要…な筈なのですが、そこの所は如何なのでしょうか?また、木星がたった25万年前まで恒星だったのなら、その痕跡が太陽系のどこを調べても全く残っていないのはどう言う訳なんですか?クラリオン星人さん?

○クラリオン星は、恒星を回る軌道の関係で、昼がとても長く夕暮れの時間は短い。
→昼夜の長さを決めるのは軌道ではなく自転速度ではないかと思うのですが?クラリオン星人さん?

○クラリオン星は、第3銀河のわし座にある。
→「第3銀河」って何ですか?クラリオン星人さん?ちなみに、銀河系内のわし座は、例えば主星のアルタイルと地球との距離が17光年位で、15億光年も離れておりませんが…?クラリオン星人さん?

○今では多数のクラリオン星人が地球人の間で日常生活を送っており、地球人との混血の子供も生まれている。
→1500歳まで生きる人が何人も居たら、相当目立つと思うのですが、何故ニュースにならないのですか?現在1500才のクラリオン人がいるとしたら、生まれたのは日本で言うと古墳時代なのですが…。何だか間尺に合わない様な気がしてなりませんのですが、クラリオン星人さん?また、地球にクラリオン星人さんが大勢居るのだったら、マウリツィオさん一人に丸投げせずに、ご自分達で「神の叡智」を啓蒙した方がよっぽど早いと思うのですが?クラリオン星人さん?


 他にもツッコミ処が満載なのですが、きりがないのでやめときます。しかし、こんな基礎的な科学知識も無い様な宇宙人風情に、「次元上昇がどうのこうの」と言われてもなぁ。素直に信じられないんだよなぁ。こいつらのヘッポコ発言のどの辺が「神の叡智」なんだよ?―などと、ヒネくれた私なんかは思ってしまいます。

 また、クラリオン星人に負けず劣らず、マウリツィオさんご自身もアンポンタンな発言をブチかましてくれております。例えば…

○「科学者は火星は生命のない暑い砂漠だと考えているが、私が見た火星には文明があり、建造物や街があった」(クラリオン星人に火星に連れてって貰ったマウリツィオさんの言葉。)
→火星の大気は希薄な為に熱を保持する作用が弱く、その結果火星の温度は低い。気温は昼間でも氷点下9度位。夜には氷点下77度にまで下がる…って事は全世界の科学者が知っており、火星が暑い砂漠だと思ってる科学者はたぶん一人も居ません。


 宇宙人も宇宙人なら、コンタクティーもコンタクティーですね。まさに「割れ鍋に綴じ蓋」と言った所でしょうか。蛇足ですが、マウリツィオさんの本を訳したのは、日本のオカルト業界では名の知れたAさん。マウリツィオさんが来日して講演会をする時も、この方との対談形式が多いと聞きます。

 何となく、ちょっとアレなイタリアのおじさんが、ネタ不足に喘ぐ日本のUFO業界に担がれて…と、感じるのは私だけでしょうか???

 しかし、クラリオン星人も他の2012ネタと同じく、賞味期限切れが間近に迫っておりますが、その後はどうするんでしょうか?どうせ、1999ネタの時みたいに、ケツを捲くってほっかむりしてなかった事にした上で、またぞろ新ネタが出てくるのでしょうね~。クラリオン星人の次は、パイオニア星人か、パナソニック星人かな?

(オチもついたし、続けるほどのネタでもないので、おわります。)

 *****



◇ クラリオン星人の顔写真を捏造とする記事

写真捏造

 こちらは写真だけ供覧しますが、要するにマウリツィオ氏が描くクラリオン星人にはモデルがいたようです。

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オーストラリアのファッションモデルのジェマ・ワード氏

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ジェマ・ワード氏の画像とクラリオン星人の画像を重ねたもの

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オーストラリアのファッションモデルのジェマ・ワード氏

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クラリオン星人の画像

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ジェマ・ワード氏とクラリオン星人の画像の大きさを合わせて重ね右に傾けたものに、更に歪みを加えた写真


◇ マオリッツオ氏の絵画およびCDの販売

 マオリッツオ氏は自身の描いた絵画や作曲した瞑想音楽CDを販売してもいます。一つだけ私見を申しますと、生活のため、富を得るためと、理解しますが、マヤ暦に始まった2012年、アセンション、スピリチュアルのブームに乗っ取った大きなハッタリ、ビジネスのように思えます。

 これを「スピリチュアル」記事として扱っては、本当のアセンションを迎えた人々に失礼でしょう!、これが私の本音です。こういうケースが実は凄く多いと思いますね。

光るランド

ヒーロズ

http://blog.goo.ne.jp/narudekon/e/1626251d896166ce671988666765192f
http://blogs.yahoo.co.jp/to7002/33054954.html
http://gropire.seesaa.net/article/234368383.html
http://www.hikaruland.co.jp/201202/shop01.html


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科学?/非科学? 地球空洞説と地底人の存在?

 最近の話題から、米国 中央情報局(CIA)及び国家安全保障局(NSA)の局員で、亡命を希望してロシアに滞在中のエドワード・スノーデン氏、自殺の噂(誤報?)もありましたが、優れた文明を持つ地底人の存在を証言しているとの情報が流れて来ました。
 随分と昔から地球空洞説があって、私が子供の頃にも聞いたことがありました。また、本年8月23日掲載の記事「木村鶴彦氏 臨死体験で観た超古代文明とその最後」(スピリチュアル)の中で、木村鶴彦氏が自身の臨死体験において、15000年前の地球に超古代文明が地価都市を建造したのを見て来たことを紹介いたしました。
 地球空洞説がそのまま地底人説につながるものではありませんし、スピリチュアルとはあまり関係ない話題でありますが、もしかしたら人類の文明論を塗り替える話しに繋がるかも知れませんので、少し情報を収集してみました。


◇ エドワード・スノーデン氏

1.経歴と暴露内容

 まずは今回の話題の出所であるスノーデン氏(1983年6月21日〜)ですが、アメリカ合衆国の情報工学者、中央情報局(CIA)及び国家安全保障局(NSA)の局員として、アメリカ政府による情報収集活動に関わりました。
 2013年6月に香港での新聞社の取材やインタビューを受け、アメリカ国家安全保障局(NSA)による個人情報収集の手口を告発したことで知られます。2013年6月22日、米司法当局により逮捕命令が出され、エクアドルなど第三国への亡命を検討しているとされていたが、同年8月1日にロシア移民局から一年間の滞在許可証が発給されロシアに滞在中であります。

スノーデン経歴

 彼は英紙ガーディアンにNSAの極秘ツールであるバウンドレス・インフォーマントの画面を示し、クラッパー国家情報長官が否定した3月に合衆国内で30億件/月、全世界で970億件/月のインターネットと電話回線の傍受が行なわれていたことを明らかにしました。電話傍受にはベライゾン・ワイヤレスなどの大手通信事業者が協力しており、NSAは加入者の通話情報を収集していたとのことです。またインターネット傍受は、電子メールやチャット、動画、写真、ファイル転送、ビデオ会議、登録情報などが標的になったそうです。

2.スノーデン氏の地底人情報

 上記個人情報に関する暴露以上に米国が神経質になっているのが、インターネットのニュースサイト「インターネット・クロニクル」に掲載された、「地球の地下に、人類よりさらに『知的な現生人類』が存在することを記した文書」すなわち地底人に関する情報だそうです。以下、スノーデン氏の証言とされるもの(日本語訳)です。

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スノーデン地底人告白

 政府の最高首脳陣たちは UFO が何であるのかを知りません。公式の話として UFO が単なる気象用バルーンや自然現象であるという可能性については否定されています。どちらかというと、これらは、私たち自身を超えた知性によって導かれているかのように UFO について述べているように感じる文書です。

 結局、最も信頼性がある不可解な目撃例は、熱水噴出孔(海底で地熱で熱せられた水が噴出する亀裂)から海底を出た後に、直接太陽の軌道に入っていくことが目撃された車両です。

 海底の熱水噴出孔より脱出するUFOの存在

 弾道ミサイル追跡システムと深海のソナーは国家機密として保持されているために、科学者たちはそのデータにアクセスすることはできません。しかし、 DARPA (アメリカ国防高等研究計画局)の契約人たちのほとんどは、地球のマントルに、ホモ・サピエンス(現生人類)の生命よりもさらに知的な人類種が存在していることを確信しています。

 地球のマントルの知的人類種の存在

 このことについては、その場所(マントル)が、数十億年の期間、多かれ少なかれ安定し続けていた地球での唯一の場所であるということを考えることがわかりやすいかと思います。長く安定している場所に住むということは理にかなっています。それらの種は特殊環境生物として、私たちとは異なる気温の下で生きているのかもしれないですが、加速度的に知性を繁栄し、発展することができたのです。

 数十億年間のマントルの安定が文明の進化を助長

 大統領は、彼らの活動について毎日ブリーフィングを受けています。彼らの遙かに進んだテクノロジーは、どんな戦争であっても私たち人間にはほとんど生き残る可能性はないとアナリストは信じています。

 地底人のテクノロジーで現代文明は滅ぼされる

 彼らの視点から私たち(人間)への一般的な感情は蟻(アリ)ですので、彼らが私たちに共感したり、あるいは、私たちとコミュニケーションをしようとする可能性はありません。現在の非常事態計画は、さらなる攻撃を阻むという望みの中で、希望のない敵を「あざむく」ために深い洞窟で核兵器を爆発させることです。

 コミュニケーション不能の地底人に核兵器の使用

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◇ 地球空洞説の歴史

 さて、地球空洞説の歴史は極めて古く、古代の神話から近代の仮説、近現代における目撃情報まであります。地球空洞説の歴史を列挙いたします。

1.古代における地球空洞説

・ギリシア神話における冥府(ハーデース)
・ユダヤ教における冥土
・キリスト教における地獄

2.エドモンド・ハレーの世界初の地球空洞説 1692年

 イギリスの天文学者、地球物理学者、数学者、気象学者、物理学者、ハレー彗星の軌道計算を初め、多くの科学的業績で知られるエドモンド・ハレー(1656年10月29日〜1742年1月14日)は、極地方の変則的な磁気変動を説明するために地球空洞説を考案、イギリス学士院で、世界で最初の「地球空洞説」を発表しています。
 水星と同じ直径の中心核と、金星および火星と同じ直径で厚さ500マイルの同心球状の二つの内核とからなる空洞地球という説であり、これらの殻同士は空気の層で切り離され、各々の殻はそれぞれ磁極を有しており、さらに異なる速度で自転しているとされます。地球内部は明るく、おそらくは居住可能であること、さらにそこから発生する発光性ガスによって、揺らめくオーロラが生じるとも論じています。

ハレーとその空洞説
ハレー(左)と多重球殻の地球空洞モデル(右)
:地球内部にはひとつの中心核と二層の中空の球核があり、それらが空気を挟んで隔てられて浮かんでいるとした。

3.レオンハルト・オイラー 1770年頃

 スイスのレオンハルト・オイラー(1707年4月15日〜1783年9月18日)は、「オイラーの公式」や「オイラーの多面体定理」で知られる数学者・物理学者であり、天文学者(天体物理学者)であります。こちらはハレーの「多重球殻」を採用せず、「地球内部の高度な文明を照らす、一個の内部太陽」を仮定しました。

オイラーとその空洞説
オイラー(左)と彼の地球空洞モデル(右)
:地球の中心には直径1000kmほどの輝く星があるとした。

4.ジョン・クリーブス・シムズ 1818年

 アメリカ陸軍の大尉、「同心円と極地の空洞帯」という本で、地球空洞説を唱えました。これによると、地球は厚さ800マイル (1,300km)、各々の両極に直径1400マイル (2,300km) の開口部を持つ五層の同心球であるとされ、地表の海はそのまま裏側にまでつづいているとされ、このシムズの説は、初期の地球空洞説のなかでも最も有名なものとのことです。

5.ヤンセン親子の証言 1829年

 1829年4月、スウェーデンの漁師ヤンセン親子は、漁に出た際、北極圏で暴風雨に数日間見まわれ、気づいた時には、四方海に囲まれたトンネルのようなところを航行していたそうです。そこを抜けると地球内部と思われる海におり、身長が4メートル以上もある巨人に救助され、「我々の国に来なさい」と云われたとのこと、、、。言語は聞き慣れないものであったが、サンスクリット語に似ていて、多少、理解は出来、「イェフ」と云う彼等の町に連れていかれ2年間生活したとされます。巨人たちの寿命は長く800歳くらい。高度な文明を持ち、全てのものが巨大だったらしい。2年後、その地下世界から脱出するが、戻った海は、迷った北極ではなく反対側の南極だったと証言しました。

 北極海から地球内部に侵入、巨大な地底人に救助され、
 2年間生活した後に南極から地上に生還


 この話しはとんでもない逸話のようにも思えますが、実は同様の体験をした人が何人もおり、このヤンセン親子の体験は後述の「煙の神、ザ・スモーキー・ゴッド(The Smoky God)」という本にまとめられております。

5.ウイリアム・リード 1906年

 アメリカのウイリアム・リードが、内部の太陽を持たない、単層の空洞地球のアイデアを述べた「極地の幻影」を発表しました。

極点の幻影
リードの「極地の幻影」図

6.リチャード・バード 1947年

 極地探検で有名なリチャード・バード少将(1888年10月25日〜1957年3月11日)は、1947年の南極探検飛行の最中に大穴の中へ迷いこみ、氷原のあるはずの場所に緑あふれる谷間を発見した、と報告しています。

リチャードバード
リチャード・バード少将

7.米気象衛星に撮影された北極と南極の穴 1967,8年

 1967年1月6日、アメリカの気象衛星「ESSA-3」が、北極と南極に穴らしきものを初めて撮影し、1968年11月23日には気象衛星「ESSA-7」が鮮明な「北極の穴」を撮影したとされ、世界中が大騒ぎになりました。

えっさ号の写真
ESSA号の撮影した写真

8.レイモンド・バーナード 1969年

 アメリカのレイモンド・バーナードは、上記6のリチャード・バード少将の体験を掲載した「空洞地球――史上最大の地埋学的発見(The Hollow Earth - The Greatest Geographic Discovery in History)」を出版しております。

地球空洞説


◇ アガルタ Agartha

 地球空洞論の根底に流れる一つの伝説的考え方に「アガルタ Agartha」と言う概念があるようです。これは、地球(世界)の中心にあるという、理想世界またはその都市の名称でああります。諸説ありますが、太陽に準じる光源と過酷な自然環境、それと共存する高度な科学文明と精神社会、超能力を含む超人的な特異能力を持つきわめて長寿な人類や動植物が描かれるようです。
 上でご紹介した地球空洞説とリンクして、あるいはセットで論じられることが多く、神智学や神秘主義の世界ではよく知られたテーマで、実際に東西の多くの科学者や権力者、探検家が捜し求めたとされます。
 自然(地球)崇拝や密教のなど理想郷を示すシャンバラ Shamballa(シャングリラとも言う)は、アガルタへの入り口(またはその首都の一部)であると言われています。

 ヤンセン親子の見た文明 = アガルタ?

 1908年、ウィリス・ジョージ・エマーソンの、地下の文明があるという発想の源泉となった「煙の神、ザ・スモーキー・ゴッド(The Smoky God)」の中に上述のヤンセン親子が紹介されており、その世界は「煙がかった(smoky)」中心太陽に照らされていたとしています。エマーソンはその街(文明)を本来のエデンの園であると主張し、アガルタという名を用いませんでしたが、“Agartha - Secrets of the Subterranean Cities ”など、後の作品では、ヤンセンが出会ったと主張される文明とアガルタを同一視し、その住人をアガルタ人と呼んでおります。


◇ 地球空洞説への反論

 こうして過去を振り返りますと、古代に神話とされたものが1600年代より急速に仮説として議論が発展し、いくつかの状況証拠が加わって、一つの学問にまで登り詰めている印象です。しかも、この地球空洞論における球殻の内側の凹面は人間などの居住が可能だというアイデアを含んでいます。この一連の学説(?)について、これまでのところ、科学者たちは一様にこれを疑似科学であるとして退けているようです。
 アイザック・ニュートンの万有引力の法則に従えば、球状に対称な凹面の殻内部では、殻の厚さに関わり無く、全ての地点で無重力となってしまい(地球の自転から生じる遠心力は“外”方向へ人を引きつけるが、回転半径が最も大きい赤道地域でさえ、この力は通常の地球の重力の0.3%にすぎない)、従って、空洞内の地表に人や建物が存在するような世界は物理的にあり得ず、地球空洞説は成り立たないとされます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/エドワード・スノーデン
http://news.nicovideo.jp/watch/nw791431?news_ref=top_latest_pol
http://ja.wikipedia.org/wiki/地球空洞説
http://ja.wikipedia.org/wiki/アガルタ

解離性同一性障害(多重人格障害)覚え書き

 裁判員に発症した「心的外傷後ストレス障害」(Posttraumatic stress disorder, PTSD)に触れ、その補償の是非と、映画ランボーのご紹介をさせていただきました。このPTSDや「急性ストレス障害」(Acute stress disorder, ASD)と、過去の心的外傷が原因となっている点で類似した疾患があります。かつては多重人格障害(Multiple Personality Disorder ; MPD)と呼ばれた、解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder ; DID)について勉強しました。
 この疾患は、古くはロバート・ルイス・スティーヴンソンの1886年1月出版された、二重人格を題材にした小説、「ジキル博士とハイド氏の奇妙な物語」(“The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde”)の中で紹介されており、解離性同一性障害(旧称・二重人格)の代名詞として、「ジキルとハイド」という語が使われる事もあるようです。

ジキルはいど
原作の表紙(左)とジキルからハイドに変身する瞬間(右)

 この作品では、社会的地位のあるヘンリー・ジキル博士が薬を飲むことによって性格、および容貌までも異なる醜悪な人物、エドワード・ハイド氏に変わると言う設定で、ジキル博士の遺産をハイド氏が相続するとの遺言状でストーリーが始まります。なお、ハイド氏の“Hyde”という名は、隠れる(hide)に掛けたものとのことです。

 また、日本において、この疾患が大きく話題となったのは、宮崎勤死刑囚により1988年から1989年にかけて東京都北西部および埼玉県南西部で発生した「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」であり、この疾患を題材とした小説、ドラマもありました。また、以前に比べて、現在は疾患に対する認知度が上がって来たようで、自らビデオを撮って告白している人もいます。併せてまとめてみました。


◇ 解離性同一性障害

【定義/病態】
 解離性障害は、本人にとって堪えられない状況を、それは自分のことではないと感じたり、記憶の中から抹消することで心のダメージを回避しようとする精神の反応、障害であり、解離性同一性障害は、その中でもっとも重く、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れるものとされます。

【診断基準】
 解離性同一性障害の診断基準では以下通りですが、子供の場合、その症状が、想像上の遊び仲間または他の空想的遊びに由来するものでないことが条件となります。

 A.2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される同一性または人格
   状態の存在(その各々は、環境および自己について知覚し、かかわり、
   思考する比較的持続する独自の様式をもっている)。
 B.これらの同一性または人格状態の少なくとも2つが反復的に患者の行動
   を統制する。
 C.重要な個人的情報の想起が不可能であり、普通の物忘れで説明できない
   ほどに強い。
 D.この障害は、物質(例:アルコール中毒時のブラックアウトまたは混乱
   した行動)または他の一般身体疾患(例:複雑部分発作)の直接的な
   生理学的作用によるものではない

【特徴的症状】
 01. 時間が歪んでおり、時間に空白や不連続がある
 02. 自分が覚えていないことを他人からやったと指摘される
 03. 知らない他人に知り合いとされ、自分の知らない名で呼ばれる
 04. 患者が自分自身を別の名で呼ぶか自分のことを第3者とする
 05. 催眠中またはバルビツール酸による面接中に他の人格が引き出される
 06. 面接の際に患者は自分のことを私達と呼ぶ
 07. 患者所有物中の見覚えのない、説明不能の文章、絵、洋服などの存在
 08. 頭痛
 09. 心の中から生じた声を聞く、あるいはSchneiderの一級症状(*下記)
 10. 5歳以下のときの心的外傷
 11. 過去の治療の不成功
 12. 境界性人格障害
 13. 20-30歳女性
 14. 自己破壊的行為
 15. 思考障害はない

* Schneiderの一級症状:自我障害を中心とする統合失調症の一級症状、1)考想化声、2)話しかけと応答の形の幻聴、3)自己の行為に随伴して口出しをする形の幻聴、4)身体への被影響体験、5)思考奪取やその他の思考領域での影響体験、6)考想伝播、7)妄想知覚、8)感情や衝動や意志の領域に表れるその他のさせられ体験・被影響体験

【病 因】
 解離性障害となる人のほとんどは幼児期から児童期に強い精神的ストレスを受けているとされ、ストレス要因としては以下が挙げられます。
 1.学校や兄弟間のいじめ
 2.親などが精神的に子供を支配して自由な自己表現が出来ない
 3.育児放棄(ネグレクト)、
 4.家族や周囲からの児童虐待(心理的、身体的、性的)
 5.殺傷事件や交通事故などを間近に見たショックや家族の死


◇ 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件

1.事件の概要

 1988年から1989年にかけて東京都北西部および埼玉県南西部で発生した、4歳から7歳という低い年齢の女児が被害者となり、新聞社宛の犯行声明文や、野焼きされた被害者の遺骨の遺族への郵送など、極めて異常な行動を犯人が取った、特異性が強い事件でありました。宮崎勤死刑囚が起こした当事件の概要のコピーを以下に供覧します。

宮崎勉

 *****

【第一の事件】
 1988年8月22日、4歳の女児(以下KM)が誘拐・殺害される。殺害後しばらくたち、死後硬直で固くなった遺体にわいせつ行為を行う様子をビデオ撮影している。動機について簡易鑑定の問診記録では、鑑定人にどうして写真だけでは済まなくなったかを聞かれた際は、第一次鑑定では「よく分かんない」、最後の被告人質問では「急に子供の頃が懐かしくなった」と、証言が曖昧であった。

【第二の事件】
 1988年10月3日、7歳の小学1年生の女児(以下YM)が誘拐・殺害される。こちらはすぐさまわいせつ行為をしたが、この時点ではまだわずかに息があった模様で足がピクピク動いていたという犯人の証言がある。動機について供述調書では「何ともいえぬスリルがあった」、第一次鑑定では「よく覚えていない」「一番印象が無い」と述べ、やはり不明瞭。

【第三の事件】
 1988年12月9日、4歳の女児(以下NE)が誘拐・殺害される。NEは失禁した。焦ったのか犯人は被害者を山林に投げ捨てた。12月15日、NEの全裸死体発見。12月20日NE宅に葉書が届く。この遺体の発見後、テレビで被害者の父親が「死んでいても見つかってよかった」と発言するのを見た犯人が他の被害者の遺体も送ることを計画するが、YMの遺体を発見できなかった。

【犯行声明】
 1989年2月6日、KM宅に紙片と骨片などの入った段ボール箱が置かれる。2月10日には「今田勇子」名でKM事件の犯行声明が朝日新聞東京本社に郵送される。11日には同内容の犯行声明がKM宅に届く。3月11日、「今田勇子」名での告白文が朝日新聞東京本社とYM宅に届く。

【第四の事件】
1989年6月6日、5歳の女児(以下NA)が誘拐・殺害される。NAの指をもぎ、醤油をかけて焼いて食べた。また、ビニール袋に溜まった血を飲んだ。11日NAのバラバラ殺人遺体発見。

【現行犯逮捕後】
 1989年07月23日 東京都八王子市で猥褻事件中に現行犯逮捕
 1989年08月09日 NAの殺害を自供
 1989年08月10日 NAの頭部発見
 1989年08月11日 NAの誘拐、殺人、死体遺棄の容疑で再逮捕
 1989年08月13日 KM・NEの誘拐殺人を自供
 1989年09月01日 警察庁広域重要指定117号に指定
 1989年09月02日 検察が起訴に踏み切る
 1989年09月05日 YMの殺害を自供
 1989年09月06日 五日市町でYMの遺骨発見
 1989年09月13日 KMの遺骨発見

 幼女を殺すたび、自宅に藁人形を置いて部屋を暗くし、頭に鉢巻きをして蝋燭を数本付け、黒っぽい服を身に付け手を上げ下げし、祖父復活の儀式を執り行ったという。

【裁判から死刑執行まで】
 宮崎が自室に所有していた「5,763本もの実写ドラマなどを撮影したビデオテープ」を家宅捜索により押収した警察側は、これらを分析するために74名の捜査員と50台のビデオデッキを動員した。2週間の調査によって、被害者幼女殺害後に撮影したと見られる映像を発見した。

 1989年8月24日、東京地方検察庁の総務部診断室で簡易精神鑑定を受ける。精神分裂病(当時の呼称で、現在では統合失調症に改称)の可能性は否定できないが、現時点では人格障害の範囲に留まるとされ、これを受けて、1989年9月2日に起訴に踏み切り、後に宮崎の供述により遺体が発見されたため、一連の事件犯人として追起訴した。
 宮崎は公判において、「全体的に、醒めない夢を見て起こったというか、夢を見ていたというか・・・」と罪状認否で訴え、「犯行は覚めない夢の中でやった」、「ネズミ人間が現れた」、「俺の車とビデオを返せ」など、不可解かつ身勝手な発言を繰り返していた。
 公判開始後の1990年12月より、5人の精神科医と1人の臨床心理学者による精神鑑定が実施される。この鑑定では動物虐待などの異常行動に目が向けられ、祖父の遺骨を食べたことなどは供述が曖昧なため事実ではないとみなされた。1992年3月31日精神鑑定書が提出され、人格障害とされた。祖父の骨を食べた件については弁護側は墓石などが動かされたことを証拠としたが、検察側はそれだけでは確証ではないと反論した。

 1992年12月18日より、弁護側の依頼により3人の鑑定医により再鑑定が始まる。1994年12月に鑑定書が提出される。第2回鑑定では1人は統合失調症、2人が解離性同一性障害の鑑定を出した。

 1人は統合失調症、2人は解離性同一性障害と鑑定

 1997年4月14日に東京地方裁判所で死刑判決が下る。判決の朗読では冒頭で主文の死刑判決を言い渡された(通常、死刑判決では判決理由を朗読した上で主文を後回しにする)。控訴するも、2001年6月28日に東京高等裁判所でも控訴棄却され、一審判決の死刑を支持。弁護側は、宮崎が東京拘置所で幻聴を訴え、継続的に投薬を受けていることなどを挙げ、高裁に差し戻して再鑑定するよう求め上告したが、2006年1月17日に最高裁第3小法廷は、弁護側の上告を棄却、死刑が確定した。
 この自身の死刑確定について宮崎本人は著書の中で「あほかと思う。あの裁判官は後から泣くことになる」と述べており、面会に訪れた人物にも「あの判決は何かの間違い」と話していたことが明らかになっている。

宮崎勤本

 死刑確定後、手紙の中で絞首刑に対する恐怖を訴えており、アメリカで行われるような薬殺刑を希望していた。これについては宮崎が獄中で書いた手紙をまとめた著書に詳しく記されており、絞首台から落下する瞬間を「どん底の恐怖に陥れられ、それは人権の侵害にあたる」と主張している。また同書の中で自身の最高裁判決が大きく報道されたことを「やっぱり私は人気者だ」と語り、殺害した被害者や遺族に対しての思いのほどを問われ「特に無い。いいことが出来て良かったと思う」と答えたことは遺族をはじめ世間から強い非難を浴びた。
 2008年6月17日、鳩山邦夫法務大臣の下により東京拘置所に於いて死刑執行。宮崎の口から遺族に対する謝罪、事件に関する反省の念が語られることはついに最期まで無いままであった。

【動 機】
 事件の奇異さから、さまざまな憶測が飛び交い、また宮崎自身が要領を得ない供述を繰り返していることから、裁判でも動機の完全な特定には到っていない。鑑定に当たった医師たちによると、彼は本来的な小児性愛者(ペドフィリア)ではなく、あくまで代替的に幼女を狙ったと証言されている。

 動機の完全な特定には至らず

 「成人をあきらめて幼女を代替物としたようで、小児性愛や死体性愛などの傾向は見られません」(第1次精神鑑定鑑定医 保崎秀夫 法廷証言)および「幼児を対象としているが、本質的な性倒錯は認められず・・・幼児を対象としたことは代替である」(簡易精神鑑定)。

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2.宮崎勤は解離性同一性障害か?

 宮崎死刑囚に解離性同一性障害(多重人格)が疑われた、実際の精神鑑定でも同病態として認定された一つの理由は、幼い頃から手首を回せず手のひらを上に向けられない、両側先天性橈尺骨癒合症と言う身体障害があり、両親はそれに対して治療を行わず、また周囲にからかわれても幼稚園の先生は何も対応しなかった、と言う心的外傷の既往が考えられました。また、上記概要にもあります、犯行声明が「今田勇子」と言う名前でなされ、また「ネズミ人間が現れた」との供述に、複数の人格の存在が考えられたからと記憶しております。

 身体障害による幼児期の心的外傷の既往
 今田勇子、ネズミ人間という複数の人格?


 しかしながら、「今田勇子」を英語表記にすると“Yuuko Imada”となり、これは“Yuuka Imada”=「誘拐魔だ!」の当て字と考えられました。また「ネズミ人間」の人格は未確認であり、鑑定した精神科医の前で別人格が発生したとの報告はないように思います。

 今田勇子 = Yuuko Imada
  → Yuuka Imada”= 誘拐魔だ!

 ネズミ人間は未確認


 精神鑑定にしても、検察側と弁護側で鑑定書の病名が異なり、精神医学の診断の信頼性や普遍性に関して疑問の声が起こりました。ただ、事件以後の精神科医のお話しを再現しますと、「それまで一度として経験することのなかった解離性同一性障害が多発した」とのことでした。この原因として考えられるのは、それまで病気と思われていなかったけれど、これが病気と認識されたことで来院する人が増えたということだと思います。逆を言えば、宮崎死刑囚に対する鑑定に際しては、症例が少なく、確定診断が困難であったものと推察されます。

 宮崎死刑囚が解離性同一性障害ではなかったしても、少なくとも、彼による連続幼児誘拐殺人事件が、皮肉にも本邦における同病態に関する学問を進ませたのは間違いないと思います。


◇ 多重人格者が歌うLOVEマシーン

 宮崎死刑囚の事件の頃とは打って変わり、解離性同一性障害の患者の映像は簡単に見る事ができます。ドキュメンタリー番組もありましたし、今はネットで観ることも容易です。YouTubeに載っていたものをご紹介しますが、当然の如く多くのコメントが寄せられており、インチキや演技と言った否定的なご意見も散見されます。しかし、以前に見た他の解離性同一性障害患者の症状と極めて酷似しているので、私個人は本人の供述通り、同疾患の患者であると思います。動画を載せる方法が解りませんので、ここでは紙芝居形式で写真を供覧します。枚数が多くなり恐縮いたします。

 http://www.youtube.com/watch?v=SODvyoqurAA

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解離性同一性障害のご紹介

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テレビでの特集

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溝渕やこ さん(25歳)

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交代人格 小学校低学年の「お肉」

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交代人格 高校生の「柿子」

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ふっと、意識を失い、、、

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本来の人格「やこ」に戻り、注文したスィーツにびっくり

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現在、人格は4人

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父親の影響で子供の頃から舞台女優をやっていた

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カラオケ店で意識を失い

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「柿子」が出現

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「柿子」が歌うLOVEマシーンはものすごい音痴

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また意識を失い、、、

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別人格の思春期の少女「魚」が出現

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「魚」は初対面が苦手

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「魚」は自傷行為も

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「魚」は内気で寡黙

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またも意識を失い

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小学校低学年の「お肉」に変わり

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「お肉」は演歌、すごくうまい!


◇ 「存在の深き眠り」(ジェームズ三木 著)

 最後に一つ、解離性同一性障害を題材とした小説をご紹介します。ジェームズ三木氏著作の1996年に出版された「存在の深き眠り」がそれです。

存在の深き眠り

 気弱な性格の 漆原市子は、夫 隆一と娘 さやかとクラス平凡な34歳、主婦でありましたが、実は幼児虐待(性的暴行)を受けた経験がある解離性同一性障害患者でありました。市子の中に潜む別人格の一人、朝倉直美が時々、交代人格として発現して夜遊びをしており、精神科医 本堂真一郎が治療に取り組みますが、その最中に起きた、塚本勇作と言う人物の殺人事件で市子は容疑者として逮捕されてしまいます。
 本堂は催眠術で別人格の朝倉直美を呼び出して、いろいろな会話をするうちに二人は特別な感情を抱くようになります。しかし、事件の解決と本来の患者である漆原市子の病態を治癒に向わすには、朝倉直美の人格を抹消しなければならない、という葛藤が生まれます。やがて市子の中には、この直美のほかに、凶暴なテリー、幼児のチーの二人の別人格がいることがわかります。いよいよ最後、殺人事件の裁判において、本堂は、、、というストーリーです。

 同小説はNHKのドラマになりましたが、残念ながら、今までのところビデオテープ、DVD、いずれの販売も確認されておりません。また、2010年には横浜ランドマークホールにおける舞台での公演、二人芝居もありました。

○ NHKドラマ

 1996年4月3日〜5月8日(全6回) 水曜日 22:00-22:45
 出演:大竹しのぶ(漆原 市子、朝倉 直美、チー、テリー 役)
    中村 梅雀(漆原 隆一 役)
    片岡鶴太郎(塚本 勇作 役)
    細川 俊之(本堂真一郎 役) 

 今から17年前、偶然にもこのドラマはリアルに観ることができました。大竹しのぶ さんの名演技で、いくつもの人格を見事に演じておりましたし、故細川氏の悪魔払いのようなラストシーンも印象的でありました。

○ 横浜ランドマークホール舞台公演(二人芝居)

 2010年3月18日〜23日
 出演:三田村邦彦(本堂真一郎、漆原隆一、塚本勇作 役)
    七瀬なつみ(漆原市子、朝倉直美、チー、テリー 役)

 またの機会に期待いたします。

存在の〜舞台

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジキル博士とハイド氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/解離性同一性障害
http://www13.atpages.jp/seisinsoma/hdsindan.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件
http://www.youtube.com/watch?v=SODvyoqurAA
「存在の深き眠り」 ジェームズ三木著 1996年 日本放送出版協会