アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

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六星占術の「12年間の運命周期の始まり」を迎えて? 様々な転機と己の転換


 さて私事、私が細木数子さんの「六星占術」では火星(—)であることは以前にもご紹介いたしました。その際、この占術の仕様については詳細なご提示をさせていただきました。

  2015年08月11日 細木数子さんの「六星占術」覚え書き

 この記事は2015年8月の、まさに大殺界、停止の年、停止の月に掲載しましたが、今年、やっと大殺界が終了、「種子」の周期に入りました。「12年間の運命周期の始まり」を迎えた途端、様々なことが身の回りで起こっており、この運気の流れは利用しない手はない!、とばかりに積極的に動いているこの半年間でありました。


◇ 12の運命周期

 ここでは、六星占術の「12の運命周期」のみをおさらいします。各運命星の陽(+)/陰(—)毎に12の「運命周期」が与えられております。各運命星は、年運、月運ともに、12の運命の周期で運気が決められているとされます。運気の流れを示したのが下図となりますが、各運命周期についてはサイトより引用して供覧します。

六星占術の運気の流れ

01.種子

 12年間(ヶ月)の運命周期がはじまります。総合的に、自分の運命がよい方向に回転をはじめる時期、物事を開始する時期と考えてください。結婚、就職、引越しなどによい時期です。この時期に知り合った人は、将来あなたにとって大事な人になります。新しく商売をはじめたりすると、将来、大きな実りが期待できるでしょう。

02.緑生

 大地にまかれた種が芽吹き、根をはり、グングン成長する時期です。愛情運も高まり、この時期にあらわれた異性は、ほぼ本物とみていいでしょう。財運、仕事運しもによし。ただし、この芽はまだひ弱なため、ちょっとした環境の変化で、ポキッと折れてしまうこともあります。油断していると、大きな落とし穴にはまってしまう危険もあるので、慎重な行動を心がけましょう。

03.立花

 今後の基本的な方向を決定づける重要な時期です。この時期に成し遂げたことは、生涯、不動のものになります。とくに経済的には、この時期に得たものは生涯あなたが財運に恵まれる要素となります。ただし、ほかの運気と重なると、その運気を強烈にする働きがあるので、「殺界」と重なったときは要注意です。

04.健弱

 「小殺界」です。しかし、まだ決定的なものではありません。<種子>からの成長でたまった「運気のウミ」を出す時期です。とくに肉体面にはっきりとあらわれてくるのが特徴ですが、経済面、愛情面でも無理な行動はやめ、冷静に、自分も周囲もかえりみる小休止の時期です。

05.達成

 文字どおり、自分の望みが叶い、目的が達成されるという強運気です。<立花>で果たさなかったことは、この時期に完成させるといいのです。運気は最高潮に達しているので、愛情運、家庭運ともに充実しています。経済的にも好調で、収穫するほどの実りといった感じではないものの、何をやっても楽しい時期です。

06.乱気

 「中殺界」です。<健弱>で肉体的な「運気のウミ」を出したのに対し、こんどは5年間たまった精神的な「運気のウミ」を出す時期です。働きずくめできた人は、ここでひと休みしましょう。新たな事をはじめようとしても空回りするだけなので、現状維持を心がけてください。もちろん結婚はいけません。身内に不幸が起きやすいとというように、精神的なダメージを受けることの多い時期です。

07.再会

 結婚、就職、転職、開業、引越しなど、すべてにおいて、新しい事を仕掛けるチャンスが再度到来しました。愛情面でもやり直すよい時期です。人との出会いに幸運のカギがあります。また、前年に起きたトラブルも、この時期に働きかければ、以前よりよい状態に改善できます。

08.財成

 収穫の時期です。とくに財運は強く、やることすべてがお金になり、何をしても成功に結びつきます。12年に一度だけ訪れる蓄財の年なので、大いに稼ぎまくってください。ただ、大切な人との別れが生じる可能性があります。財を得たら、何か人のため、世のためになることに使うことで愛情運が上昇します。

09.安定

 すべての成果をを勝ち取り、人生の果実を味わう時期です。ここでは、新たに事を起こそうなどと考えず、優雅に充実した生活をおくるように心がけましょう。がむしゃらに押しまくることはやめて、これまでの8年間の人生を静かに振り返り、次にくる「人生の冬」に備えることです。

10.陰影(大殺界)

 冬の到来、「大殺界」です。運気がただひたすら降下します。周囲に対するものの見方が歪み、それが原因で判断をあやまったり、大きな錯覚におちいったりしがちです。あなたのまわりでも、あなたを不安におとしいれるような心配事が相次いだり、判断に苦しむような得体の知れない出来事が起こるのも特徴です。

11.停止(大殺界)

 「大殺界」のど真ん中、まさに八方ふさがりといった言葉がビッタリの状態です。だれもあなたのいうことに耳を傾けてくれません。だからといって、自分一人で行動すると大きなミスを犯し、周囲に大きなダメージを与えたり、他人の信用を損ねたりします。ただおとなしく耐える時期です。

12.減退(大殺界)

 「大殺界」のラストです。多少運気が上昇に向かっていきますから、なんとなく気分は明るくなります。しかし、油断は禁物です。自分が信頼していた人に裏切られたり、身内や愛している人が突然亡くなったりと、取り返しのつかないことが起こりやすい時期です。そして、とかく悪い運気が自分の内側へ内側へと向かってくるので、心の病気におかされやすいのもこの時期です。金銭的には、身につけたものをゼロにしてください。ここで金銭を惜しんでいると、運気はさらにマイナスになり、翌年訪れる<種子>の運気まで損なう恐れがあります。

 では、ここからは、今年に入って己に起こった「12年間の運命周期の始まり」を迎えての様々な転機をご紹介します。極めて私事、ご容赦くださいませ。


◇ 02/20 スマホからiPhoneへ

 元々、携帯電話はdocomoの契約、シャープ SHシリーズやAQUOS、SONYのXperiaなど、Androidで受け継いで来ました。MacユーザーとしてiPhoneに換えることの利便性を理解してはいましたが、なかなかそのタイミングが来ないでいたと言った次第でした。
 ところが、「スマホからiPhoneへ」、その転機が来ました。昨年、Xperiaに入れていたSuicaが突然作動しなくなり不便を感じていたところ、今年になって、以前から調子が悪かった充電の接続の不具合が顕著となりました。そんな矢先、昨年11月より、iPhone7で使えるSuicaも使えるApple Payがスタートしていたと知り、ついに2月20日、iPhone7 Plusに機種変更をいたしました。
 誰でも経験する機種変更ですし、スマホからiPhoneの乗り換えだって珍しいことではありませんが、モバイルの日常が一変する、目の前の景色が大きく変わる出来事となりました。

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◇ 04/10 ブルーレイ/DVDレコーダー DIGA + 19型TV VIERA

 モバイルが変わると、ますます自分を取り巻く環境に変化を求めるようになりました。そこで、「お部屋ジャンプ・リンク」と言うPanasonicの機能に注目しました。リビングのメインのテレビに接続したレコーダーより有線あるいは無線で別の部屋のテレビに映像を送ることができます。離れた場所のモバイルでもレコーダーからの映像が見られるそうです。1, 2週間ほど取材を重ねたところで、Panasonicのブルーレイ/DVDレコーダー DIGA + 19型TV VIERAを一括購入としました、¥87,477。

DIGA のCM

 19型テレビは寝室兼書斎の机、PCの横に設置しました。地デジおよび無料のBS, CS放送は、リビングのメインのレコーダーで受信したものをリアルに観られます。有料の放送についてはレコーダーに録画したものが時間差で観られますが、今は、現在、録画している番組をその操作を行いながら再生して観られます。1時間前に始まった今なお録画しつつある番組を1時間前の番組開始の時間から再生して観られますし、別の部屋でリアルに観たければ、録画しつつ5分でも数分でも遅れて録画放送を観ることができます。
 こうすることで、別の部屋で、例えばベッドに横になって、あるいはPC操作などデスクワークをしながらテレビが観られます。これは「お部屋ジャンプ・リンク」を使わなくともメインのレコーダーだけでできることですが、テレビ番組はその時間に縛られずに観られます。これまでやって来た、番組の開始時間に合わせて行動する必要はありません。録画さえしておけば、録画し終わってから観るのではなく、数分遅れでもその番組を最初から観られる。
 とっくに世の中ではやられていることですが、恥ずかしながら、そうしたテレビ視聴生活も、新しい生活感を得る年となりました。


◇ 04/20 Mac ProからMac miniへ

 テレビとレコーダーを追加購入した矢先、突然、職場のPCに不具合が生じました。Mac Pro、もう6年経ちますが30数万を投入した 2.6 GHz Dual Core Intel Core i5, 6GB SDRAM, 2TB Hard Drive は当時としては、一般の町医者が持つには最高級のものでありました。

Mac Pro旧型

 今年になって、なんとなく起動が遅く感じられており、ふと虫の知らせが走ったので、4月になってOSを最新バージョン、mac OS Sierra 10.12.4 にアップグレードしました。Mac固有の機能として、トラブルにより本体を買い換えることとなっても、外付けハードディスクに接続しておれば、タイムマシーンと言うアプリケーションによってハードディスクの内容をすっかりそのまま再現できる、と言うものがあります。ただ、そのためには、トラブルが生じた時のOSは最新バージョンでなければなりません。「ふと虫の知らせ」と申しましたが、それこそ半年ぶりくらいバージョンアップでありました。
 その数日後のこと、突然、Mac Proにフリーズが起こるようになりました。すぐにスイッチをOFFとしてすぐに電源を入れても起動せず、時間をおいてから電源を入れると復活する、そんな繰り返しとなり、「もしかしたら」と言う予感がありましたので、速やかにインターネットやメールの設定をメモして、極力、操作を行わずに放置しました。タイムマシーンによるアップロードを促すためです。そしてついに、異変が生じた翌日のこと、事切れるようにMac Proは起動するはことなくなりました。修理業者にお願いする時には、完全に買い替えのつもりで、新機種も決めておりました。
 幸いMac純正の27インチLEDモニターは無傷ですので、さすがに新型Mac Proにする余裕はありませんが、Mac miniでも、これまでのものよりもハイスペックなシステムは可能でありました。と言うことで、3.0 GHz Dual Core Intel Core i7(Turbo Boost使用時最大3.5 GHz), 16 GB 1,600 MHz LPDDR3 SDRAM, 2 TB Fusion Drive に医局のPCが生まれ変わりました。

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 携帯電話iPhone、テレビとレコーダーのシステム、医局のPCと電化製品ばかりでありますが、身の回りの大きな変化が起こりつつあるのは間違いありませんでした。


◇ 05/13 ついには外勤の職場までも

 さらなる偶然が続きます。どこまで全国的なことかは解りませんが、私が育った東北地方とは異なり、関東圏の一般病院の勤務医には研究日と称して平日に休みがあります。要は週4.5日勤務の契約に基づくものでありますが、ほとんどの医師はその研究日に外勤と言うかたちでどこかの病院に非常勤でアルバイトをする訳で、私も今年で9年目、ある病院の外科外来を週に1回勤めております。
 9年もいるといろんなことが起こるもので、最初の2年くらいは私が行く前からの外科常勤医2人体制でありましたが、突然、その2人が辞めて外科不在となり、都内の私立大学の医局から派遣の医師が2人来て、その2人も1年くらいで退職、またも外科不在、流れ者のような常勤医が入りましたが、その方も短期で辞め、ついには昨年、今の常勤医が系列病院からの異動で来ました。ところが、その外科医師もクリニックを開業する決意を固めたとのこと、病院側としては、系列病院からのローテードで対処することとなり、その結果として非常勤医は解雇の運びとなりました。
 有り体に言えば「クビ」でありますが、これも「12年間の運命周期がはじまり」!、とすんなりと受け入れて、久しぶりに就職活動に精を出していました。いくつかに絞り込みをして、この土曜日 5/13 午前、一番に希望する病院に面接に行き、11時、採用の通知を受けました。あっさり来月から新しい外勤病院に勤務することとなり、細かいところでは手書きのカルテが電子カルテとなって、税金でならされはしますが給与は25%アップ、これまでの病院は近くにゴルフの練習場があって昼休みに練習していたのが、今度の病院はすぐ隣が練習場と、私のための病院のよう、、、。そして何より大きなところで、外科外来ではなく総合診療を行うこととなりました。これはいい歳してスキルアップ!と、早速、「総合診療専門医マニュアル」なる教科書を注文して備えている次第です。

総合診療専門医マニュアル


◇ おわりに

 携帯やら電気製品の買い替え、購入などと、極めて個人的な消費生活と、アルバイト先が変わったなどと、これまたどうでもいい個人の事情ではありますが、ここまで己を取り巻く環境が変わりゆくのも珍しいことであります。
 私自身、六星占術の大殺界が終わりを告げて、「種子」のタームに入ったことを一番の理由に考えがちではありますが、少なくとも今は、一つの変化の時期に入ったのは間違いない感覚でおります。そして、この機会を上手に振る舞うことがこれからの生活に好結果を生むことも実感しております。
 今、思っていることは、仕事にしろ、私生活にしろ、新しい感覚に切り替えることであります。昨年まで己に染み付いていた、何がしかの習慣や、ルーチン・ワーク、物事への考え方などと言ったものを、少しずつ転換していくそんなシーズンに入ったと感じております。

 人にはそうした転機が必ず来ると思います。
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【引き寄せの法則】夢を叶える人たちがやっている「30の習慣」


 先日、ジェームズ・アレン氏の「原因と結果の法則」をご紹介し、さらには「引き寄せの法則」の現代版とも言えるスティーブン・R・コヴィー 博士の「7つの習慣」も要約させていただきました。すると、偶然にも以下の記事を見つけました。これも「引き寄せ」かも知れません。こちらも各タイトルをご紹介して若干の解説を加えます。

3夢を叶える0の習慣 記事

【引き寄せの法則】夢を叶える人たちがやっている「30の習慣」


01. 最初は「ふり」でも常にポジティブに

 ポジティブな「思い」がポジティブなものを引き寄せ、ネガティブな「思い」がネガティブなものを引き寄せます。人間は単純なもので、外見上の「ふり」だけでもポジティブとすることで、ポジティブなものを引き寄せるだけでなく、ネガティブな「思い」を排除できるとの考え方です。

ポジティブなふり


02. 小さな出来事にこそ感謝する

 「特に感謝の気持ちはないね!」、「そんなの当たり前でしょ」、「お礼を言う筋合いではない」、、、。よく聞く言葉ですが、そう言いながら損しているのです。まわりのことに「感謝」の気持ちを持つことの効果は言うまでもありません。当たり前のことを、当たり前に感謝することによって、豊かなで愛情あふれる「思い」になります。その「思い」は皿なら豊かで愛情あふれるものを引き寄せるのです。

小さなことに感謝 図


03. 夢を信じ自分を信じる

 コヴィ博士の「7つの習慣」の中に、「第二の習慣:目的を持って始める」がありましたように、夢をみること、未来にビジョンを持つことは大事です。そして、その夢や未来を信じ、またそれに向かう自分を信じることが最初の一歩です。「原因と結果の法則」の中で、アレン氏が「人間を目標に向かわせるパワーは、「自分はそれを達成できる」という信念から生まれます。疑いや恐れは、その信念にとって最大の敵です。」とも述べている、まさにそれです。

ポジティブシンキング


04. 直感に頼る

 これには若干の条件が必要でしょう。アレン氏は正しい「思い」と謝った「思い」を対比させて、そのあり方の功罪を述べております。当然のごとく、正しい「思い」を持って、03の「夢を信じ自分を信じる」と言う心境において、自分の直感に頼ることが推奨されるのです。誤った「思い」で浮かんでくる「直感」は誤った判断に繋がる可能性があります。

直感の図02


05. 自分の気持ちに嘘はつかない

 「引き寄せの法則」は、自分の気持ちに素直になることからはじまりとされます。これも正しい「思い」に基づくものだと思いますが、基本となる正しい「思い」やそれに伴う「直感」があるのに、自分を偽るのは成功をつかむうえではマイナスです。

自分の気持ちに正直に


06. 人生はあっという間 やりたいことはすぐにやる

 「時は金なり」と昔から言います。コヴィー 博士の「7つの習慣」では「第三の習慣:重要事項を優先する」として、限りある時間を有効に利用することを説いています。

TIME IS MONEY


07. 相手の痛みは自分の痛み 思いやりの心を

 これは「引き寄せの法則」に限ったものではなく、いわゆる道徳的な発想ではありますが、コヴィー 博士の「7つの習慣」の「第四の習慣:Win-Winを考える」に近い発想でしょうか。

思いやり写真


08. 旅をして新しい視点を持つ

 旅を通じて、これまで知らなかった価値観や考え方、出会ったことのない人物、知らなかった文化、そうしたものに触れることにより、より洗練された新しい視点を持地、目的を修正できると考えます。

人生は旅だCM


09. 時間は自分で作り出すもの

 人は、忙しいと、つい「時間がない」と口にしてしまいがちで、その結果、最優先としたいことが後回しになり、極めて不快になったりもします。上でも述べた「第三の習慣:重要事項を優先する」精神を忘れずに、自分で時間を作る習慣は必要です。

時間がない


10.「でも」「だって」「できない」を口にしない

 これらの言葉は、結果を出せない人の口癖です。「でも」は否定の接続詞、「だって」は言い訳の接続詞、「できない」は不可能を意味する言葉で、いずれもネガティブな「思い」を作り出します。結果としてネガティブなものを引き寄せるキー・ワードなんです。

「できない」写真


11. 逃げずに「正直」であろう

 物事に向き合い、逃げずに、全てに対して「正直」であることを推奨しています。どういう物事に対するものか?、それは自分自身であったり、周りの環境、対人関係など様々であります。「思い」が人格を作り、環境を左右する「原因と結果の法則」も、「インサイドアウト」と唱え、「影響を受ける」よりも「影響を与える」ことを推奨する「7つの習慣」も、まずは物事に向き合い、「正直」であるところからスタートするものです。

自分の気持ちに正直に


12. まわりを巻き込もう

 コヴィー 博士の「7つの習慣」に「2.公的成功」として「第四の習慣:Win-Winを考える」と「第六の習慣:相乗効果を発揮する」があります。双方が成功を収め、また全体として、個々人の「私的成功」の合計以上の成功を収めることを勧めております。「まわりを巻き込む」ために必要なことはこの「Win-Win」と「相乗効果」が不可欠かと存じます。

周りを巻き込む図


13. 夢をかなえた自分の姿を想像する

 これは有名です。「引き寄せの法則」における創造のプロセスは「お願いする」、「信じる」、「受け取る」であります。お願いしたり祈ったり、信じたり、それだけではなく「受け取る」姿を想像することです。そして感謝も忘れてはなりません。

受け取る手


14. 心が弾んだり熱中できることを探す

 これは人生の目標としての話ではないようです。時間を忘れるほどに熱中して心が弾むものに出会うことで、精神が活性化して、その心理状態が引き寄せを起こしやすくなると言うことです。

熱中する写真


15. 失敗は存在しない そこには学びがある

 ここでもアレン氏の「原因と結果の法則」の文章を引用しましょう。「目標の達成にくり返し失敗したとしても(弱さが克服されるまでは、それが必然です)、それを通じて身につけることのできる心の強さは、真の成功の確かな礎として機能することになります。個々の失敗は、それぞれが輝かしい未来に向けた新しい出発点にほかならないのです。」 失敗ばかりで成功しないことはあるでしょうけれど、失敗することなく成功するのは大したものではなく、成功のための失敗は必要不可欠なものと思って、失敗を恐れない姿勢です。

失敗は成功のもと英語


16. ありのままを受け止めよう

 「11. 逃げずに『正直』であろう」と同じです。「7つの習慣」の「インサイドアウト」の概念は、「影響を受ける」よりも「影響を与える」ことを推奨するものであり、物事に対して、そのありのままを受け止めて、それをどう解釈するかに主体性が現れます。

受け止める図03


17. 起こることはすべて必然 小さなサインを見逃さない

 「引き寄せの法則」では、自分の周りに起こることは自分自身の投影であるとされます。そのことは、どんな小さな出来事であろうとも、周囲に起こることは自分にとっては必然であり、何がしかのサインであるとの考え方です。

全て必然


18. 人のせいにしない 自分の行動を大切に

 他人に期待しすぎない、と説明されています。この世で100%、思った通りに行動してくれるのは、自分だけであります。他人が悪いと非難するのではなく「自分のせい」と考えることで納得がいき、次への対策が練れます。

自分の責任


19. 毎日が奇跡

 「毎日が奇跡」と思って大切に過ごすことで、小さな変化、その日の重要性が見えてきます。

毎日が奇跡 写真


20. オープンマインドになる

 偏見を持たず、1つの枠に縛られない考え方をすれば、多くの人や物事を理解できるはずです。広い心を持って世の中に目を向ける週間で居れば、多くのチャンスを引き寄せられます。

オープンマインド


21. 常に勉強し続ける

 これは「7つの習慣」の「第七の習慣:刃を砥ぐ」と同じです。勉強(知性)だけではありません。肉体、精神、社会、情緒の分野においても、鍛錬を続けることが、大きなものを引き寄せるために必要とされます。

登り続ける


22. 全ての人が「先生」

 相手のことを自分にプラスになるならないって考えることはあります。学ぶところが多い人、そうでもない人はいるでしょう。でも、同じように人生を歩んで来た道程がある人間ならば、何か教わることがあるものです。「全ての人が先生」、その認識を持って人と接することは決して悪くはないものです。

人から学ぶ 図


23.「100点満点」は求めない 相手の良いところを見つける

 相手に対して100点満点から減点してくのではなく、相手の良いところを見つけて、0から加点していく考え方です。そうすると、相手の悪いところではなく、良いところを見るようになります。

相手の良いところを見つける


24. 自由な心が豊かさを生む

 地位とか財産にとらわれるばかりではなく、欲するものを広く自由に考えると多くの豊かさを得ることができます。それこそ、物欲からの解放すなわち自由であります。

自由な心


25.「必要なもの」と「欲しいもの」を切り分ける

 必ずしも買い物ばかりではありませんが、日常生活において、「必要なもの」はできるだけ早くに手に入れて、日常生活を円滑なものにすることが推奨されますが、「欲しいもの」は手に入れてしまうとそれっきりになりかねません。何か手に入れる対象が発生した時に、「必要なもの」と「欲しいもの」を切り分ける考え方は大切です。

必要/欲しい


26. 目に見えないことこそ大切に

 物質やお金よりも、情愛や情熱、幸せなど、本当に大切なことは、目に見えないものであると心の片隅にでも認識しておくことはいいことです。

目に見えない物 写真


27. なんでも改善の余地があると知っている

 この世に完璧な人やものはありません。「なんでも改善の余地がある」との認識を推奨しています。

改善の余地 写真


28. あきらめなければ次につながる

 あきらめるのは簡単ですが、絶対にあきらめない、やり遂げれば次につながります。あきらめたら、一生勝ちにはたどり着けません。

諦めない


29. 時には時間がかかることもある

 目標があっても、すぐに達成できることはめったにありません。近道を探そうとしても、見つからないどころか思わぬ落とし穴にはまることだってあります。ゴールに向かって時間をかけることも大切なのです。

時間をかける


30. 情熱を伝染させる

 情熱があるのにそれを他人には見せない人が多いです。努力する様を見られると失敗した時に恥ずかしいとの感覚はあるかも知れません。しかし、周囲の人に、自分が夢に向かって進んでいる姿を見せることの効果は絶大です。自分の情熱や勇気が、周囲のモチベーションになり、必ず同志が誕生します。少なくとも周囲からの支援は発生するでしょう。情熱を大っぴらにひけらかすことはないですが、隠すものでもなく、周囲に伝染させるのが肝要です。

情熱を伝染させる

コヴィー 博士 の「7つの習慣(The 7 Habits of Highly Effective People)」

 当ブログの1つの大きなテーマである自己啓発、具現化(引き寄せ)のカテゴリーとして、今回、「原因と結果の法則」あるいは「引き寄せの法則」をベースに、さらに具体的な実践法を説いた「7つの習慣(The 7 Habits of Highly Effective People)」を勉強いたしました。これは、スティーブン・R・コヴィー 博士 によって書かれた人生を幸福に導く成功哲学です。著作権に抵触しないよう、なるべく本書に書かれた文章の引用は避けて、要約して参りたいと存じます。

7つの習慣 表紙


◇ インサイド・アウト(内から外へ)

 「7つの習慣」のベースにはインサイド・アウト(内から外へ)という考え方があります。これは、「原因と結果の法則」で言うところの「思い」が「人格」を作り、それが己の「環境」にも働きかけるとする発想に基づいたものです。真の成功と幸福に導くものは優れた人格を持つことであり、自分自身の内面(インサイド)から外(アウト)に働きかけることであると説いています。「影響を受ける」より、「影響を与える」を推奨しています。人生の扉は、中から開くことしか出来ないのです。


◇「7つの習慣」の概要

 「7つの習慣」は上述の「インサイド・アウト」の考え方から派生した、成功の鍵を握る「7つの習慣」が示されます。これらは独立して存在するものでなく、それぞれが深く関連しています。「7つの習慣」は3つに分類されています。

1.私的成功

   第一の習慣:主体性を発揮する
   第二の習慣:目的を持って始める
   第三の習慣:重要事項を優先する

2.公的成功

   第四の習慣:Win-Winを考える
   第五の習慣:理解してから理解される
   第六の習慣:相乗効果を発揮する

3.再新再生

   第七の習慣:刃を砥ぐ


 これらが「習慣」とされている理由は、本書の中で引用されている、以下の、アリストテレスの言葉に従っております。

 人格は繰り返す行動の総計である
 それゆえに優秀さは単発的な行動にあらず、習慣である


7つの習慣模式図


◇ 私的成功

 第一の習慣~第三の習慣までは、「私的成功」を達成するものとして位置づけられています。これらは依存から自立への成長を促すものです。

第一の習慣:主体性を発揮する

 出発点となる第一の習慣は「主体性を発揮する」です。人は誰でも「思い」のあり方によって自分の反応を選択する能力を持つと言うことです。例えば、起こったこと、他人の行動や発言に対して、不快になることも、許すことも、そして感謝することもできます。外界に対してどう反応するかを自分で選択しているのです。この自らの反応のしかたを主体的にコントロールし、周りの状況に左右されることなく、率先的に状況を改善する行動を起こすこと。それがまずもって求められる能力です。

第二の習慣:目的を持って始める

 これは、人生の最後の姿を思い描いて、自分自身をどう創り上げるかを決めることです。ここでは“ミッション・ステートメント”と呼ばれる、個人的な決まりごと、あるいは信条を書き上げることが勧められています。自分の目標、行動の基礎となる価値観や原則を文章化するのです。そしてこの“ミッション・ステートメント”をあらゆるものごとを計る「ものさし」として使うのです。

第三の習慣:重要事項を優先する

 目標が決まれば、次はそれをどのように実現するかが大切になってきます。それが第三の習慣「重要事項を優先する」です。“ミッション・ステートメント”に照らし合わせて「重要なこと」を優先する姿勢です。電話や会議や接待などの単に「緊急なこと」に振り回されることなく、また、遊びやテレビや待ち時間などの「重要でないこと」に流されることなく、「重要なこと」を優先するのです。


◇ 公的成功

 第四の習慣~第六の習慣は、「公的成功」を達成するものに位置付けられています。これは信頼を元手に人と協力体制を築き、より大きな成果の達成を目指すことです。

第四の習慣:Win-Winを考える

 “ Win-Win”とは「自分も勝ち、相手も勝つ」という考え方です。当事者全員が望ましい結果を得て、満足できる状態を目指すことです。「最後に笑うのは誰か?」という“ Win-Lose”の考え方や、「ご主人様の仰せのままに」という“ Lose-Win”の考え方とは対称的な発想です。自分だけが利益を得たり、犠牲になると言う考え方は、多くの場合、万民の賛同は得られません。双方ともに、参加者全員が利益を得る発想が人の心をつかむのです。そしてもし、万が一、双方の “ Win-Win”を実現できないときには、勇気を持って“ No Deal”(取引しない)を選択すべきと説いています。

第五の習慣:理解してから理解される

 “ Win-Win”の発想を持って、高度な信頼関係を築いて行く最初の一歩は、お互いを理解しあうことから始まります。本当の意味で理解しあうために必要な習慣は、自分のことを理解してもらう前に、相手のことを理解しようとする習慣です。相手を評価したり、探ったり、助言しようとしたり、解釈しようとしたりしようとせず、相手に感情移入し、相手の目を通して人生を見つめるのです。そのために最も効果的な方法は、相手以上に相手の立場をうまく説明することです。

第六の習慣:相乗効果を発揮する

 公的成功の最後は「相乗効果」についてです。これは、本書では「全体の合計が各部分の和よりも大きくなること」としており、1+1を2よりも大きくする創造的な協力体制を目指すものです。相乗効果的な人間関係は、多くの場合、防衛的な本能が働き、実現は稀です。全ての当事者が「私的成功」を備え、第四~第五の習慣を実践し、不安や不満に打ち勝って相手との相違点を尊ぶことができたとき、初めて発揮できる能力です。


◇ 再新再生

第七の習慣:刃を砥ぐ

 最後は他の全ての習慣を支える、人生の基本的な4つの側面の維持について説かれております。以下4つの側面についてバランス良く取り組むことで、「自分自身」という最も大切な資源を維持するのです。

 ・肉体
 ・精神
 ・知性
 ・社会・情緒


 肉体とは、食事と休養と運動に取り組み、主体性を発揮できる高いエネルギーを手に入れることです。精神は揺るぎのない穏やかで明朗な心を持つ事です。知性は、読書などから先人たちの知恵や知識や思考法を学び、適切なアウトプットによって知的側面の刃を砥ぐことです。社会・情緒とは、社会における良好な人間関係を築くことで情緒的な安定を得ることです。対外的な安定は情緒的な安定と深く結びついているのです。


◇ あとがき

 コヴィー 博士 の「7つの習慣」はビジネス・ライクに考えられがちですが、人生や実生活のいろんな局面に役に立つ考え方です。本書を何度も読むのは困難ですが、各タイトルを理解して心の片隅に置いておくことで、必ずや未来が開ける、そんな成功哲学の一つかと存じます。


自分の「楽しみをもつこと」


 ゴールデン・ウィークに入り、多くの方が楽しい時間をお過ごしと思います。久しぶりの記事となりますが、月が変わったところで、「楽しみをもつこと」について考えてみました。

 私事ですが、自分の中に大きく変わりゆくものを感じるこの数年です。具体的には当ブログは始めた3年前あたりからでしょうか?、いや、今年になってそれがまさに現実となって参りました。歳のせいなのか?、悟りを開いたのか?、スピリチュアリズムに目醒めつつあるのか?、つまらないこと、単純なことなんですが、それは、「自分の『楽しみをもつこと』を実感すること」であります。

 自分の「楽しみを持つこと」を実感

 以前には「楽しみ」が無かったか?、と言うと、ゲームや漫画などの娯楽、ギャンブル、テレビや映画を観ることも、旅行だって行きました。でも、それらが自分の「楽しみをもつこと」に繋がらなかった、実感されていなかったように思います。このあたり、微妙な感覚ではありますが、「メンタル・ヘルス」=「内面の健康」を維持する上での、自分の「楽しみをもつこと」の意義を考えたいと思います。


◇ 直近の「楽しみ」一覧

 まずは、まさに私事ですが、「自分の『楽しみをもつこと』を実感する」ようになって来たと申した、この2ヶ月の、3月、4月における私個人の「楽しみ」をご紹介します。

 【2016年03月】
  ・旅行:沖縄 久高島ツアー(2泊3日)
  ・グルメ:ふぐ料理
  ・プロ野球観戦:横浜スタジアム 横浜DeNA vs 楽天 戦
  ・ゴルフ:水戸レイクス・カントリー・クラブ

久高島の道

テッサ写真

水戸レイクスCC

 【2016年04月】
  ・グルメ:フレンチ
  ・プロ野球観戦:横浜スタジアム 横浜DeNA vs 阪神 戦
  ・ゴルフ:千葉カントリー・クラブ・梅郷コース(コンペ)
  ・プロ野球観戦:横浜スタジアム 横浜DeNA vs ヤクルト 戦
  ・旅行:大阪 出張(2泊3日)
  ・ゴルフ:水戸ゴルフ・クラブ
  ・プロ野球観戦:横浜スタジアム 横浜DeNA vs 中日 戦

ホテル大阪ベイタワーの夜景

横浜スタジアム写真

水戸GC

 旅行を2回、ゴルフと野球観戦とグルメと、けっこうこの2ヶ月は楽しく過ごしましたが、このペースは5月も6月も予定しております。自分の遊びぶりをひけらかして羨ましがらせよう、と言うわけではありません。自分の楽しみを友人に知らせる手段はFaceBookやTwitterなど、他にもありますが、そちらには何も書いていません。


◇ 以前の「楽しみをもつこと」のあり方

 これも私事ですが、以前は、学生時代の勉学や、実験や臨床検討などの学問としての研究と、仕事としての臨床医、外科医が私の心と生活の大部分を占めていました。常に前向きな姿勢、向上心、努力と言うものはけっして悪いことではありませんし、年齢的にそうあるべきであったと思います。
 そういう生活を送っていると、たまにある旅行や、贅沢な食事、パチンコやテレビ、映画などの娯楽に対して、心のどこかに罪の意識、罪悪感がありました。よく聞かれる、、、

 「遊びを前にしっかり仕事しなきゃ!」
 「すっかり遊んでしまったから仕事に打ち込む!」
 「非生産的な自堕落な生活をしている」
 「無駄な時間を過ごしてしまった」


 こうした言動は間違いではありませんが、勉学や仕事をすること、「勤勉」が「善」であり、遊び、すなわち「楽しみをもつこと」が「悪」と言う小さな発想が心のなかに潜んでいた、と思われます。

 「勤勉」=「善」、「楽しみをもつこと」=「悪」との小さな発想

 こういう発想は私だけではないと思います。民族として「勤勉」とされる日本人には多かれすくなかれ心のなかに刻まれた考え方かと思います。日本人のみならず、華僑として海外に出た中国人の勤勉さはしばしば驚かされることがあり、そうした中国人はあまり娯楽をしようとはしません、とりわけお金のかかるものは、、、。


◇ 罪悪感なく自分の「楽しみをもつこと」

 あらためて、自分の「楽しみをもつこと」を考えますが、「罪悪感なしに」と言う条件つきです。そんなの当たり前なこと、そんなことは誰でも知っていることとされるかも知れません。

 「楽しみをもつこと」は、その前にそれを楽しみに生活する時間があります。実際に「楽しみ」な時間が来れば、その最中には十分に楽しめるでしょう。そして「楽しみ」が終わった後もその記憶が心を豊かにします。1回の「楽しみをもつこと」でその時もその前後も「楽しみ」があるのです。
 ここで申し上げたいのは、以前の私と違って、罪の意識や罪悪感なく、心からいろんなイベント、娯楽、遊びを楽しむことの大切さです。繰り返しますが、予定された「楽しみ」を前にワクワクしながら待つ心境、「楽しみ」の最中は、心からこれを楽しんで、そして「楽しみ」が終わった後も、それを思い返しては豊かな気持ちになると言うことです。

 「楽しみ」(イベント、娯楽、遊び)に罪悪感なし
 「楽しみ」を前にワクワクしながら待つ心境
 「楽しみ」の最中は心からこれを楽しむ
 「楽しみ」の後もそれを思い返して豊かな気持ち


いろんなイベントで「楽しみをもつこと」以上に、「思い」の持ちようでその「楽しみ」がもっと大きな「楽しみをもつこと」になると言うことです。当然の如く、メンタル・ヘルスを向上、維持するうえで、こうした「思い」がプラスに働くことは言うまでもありません。


◇「楽しみをもつこと」の多大な効果

 自分の「楽しみをもつこと」が勉学や仕事にマイナスになるでしょうか? 人生において、わき目も振らずに目標に向かうことが求められる時期はありますから、そんな時には自分の「楽しみをもつこと」は控えるべきかと思います。でも、安定期に入った、人生においてもっと大きな割合を占める時間において、自分の「楽しみをもつこと」は、同時に勉学や仕事にもプラスになります。その根拠を列挙いたします。

 ・リラックスは集中力と抱き合わせのものである
 ・「楽しみ」があるから頑張る力が生まれる
 ・豊かな内面がさらなる向上心、良い仕事につながる


 と、こんなところでしょうか? 例えば、勉学も仕事もしないで、日々、「楽しみ」だけを追い求める人が、本当の意味での「楽しみをもつ」と言えるでしょうか? 本当の「楽しみ」がないから、勉学も仕事もできないでいるのでしょう。

 生活の中に、自分の「楽しみをもつこと」は非常に大切なことであり、それに対して罪悪感などもっての他、一つの「楽しみ」を何倍もの「楽しみ」にして、「楽しみ」ばかりの「思い」をもつことが成功への道につながるかも知れませんし、少なくともメンタル・ヘルスの維持にはなりますね。


恋愛上手な女性だけが知っている、失敗しないための「7つのツボ」


 身近の、お年頃の女性で、恋愛に悩むヒトがいて、当然、私なんかが問題解決に役立つわけはありませんが、そんなところで、思わぬ恋愛に関する自己啓発の記事を見つけましたので、つたないコメントを添えてご紹介いたします。このところ重い内容の記事が続きましたし、九州で大きな地震があった夜ではありますが、今回は軽い内容です。

恋愛の記事 TABI LABO


◇ 01. 相手のどこが好き? 説明できない方が長続きする

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 その人と一緒にいると、緊張して逃げ出したくなるのが「憧れの感情」。楽しいと思えるのが「恋愛感情」というもの。好きになった人といつも付き合えないというのは、相手に対する「憧れ」の思いを、好きだという「感情」と誤って認識している場合が多いからなんです。
 まずは、好きだという感情をしっかり認識し、一度払拭してみること。すると、好きという感情の先入観がなくなり、好きという気持ちがわからなくなります。実は好きという感情はよくわからないのが正解なんです。よくわからない感情だからこそ末永く続くものなんです。

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相手のどこが好き? 説明できない

 「相手のどこが好き? 説明できない方が長続きする」とのタイトルには、まさにそうだと思います。なぜなら出会いの段階で相手の全てを知ることはできませんし、人にはいろんな面がありますので、「この人のこう言うところが好き!」って思っても、簡単にそれは覆り(くつがえり)ます。「実は好きという感情はよくわからない」の方が末長く続くと言うのは言い得て妙、そういう夫婦がすごく多いように思います。


◇ 02. 顔や性格で選んだ相手は「本当に好きな人」とは言えない

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 恋愛をする上で、相手の「顔」と「性格」どちらを重視するべきか。といった質問をいただくことがあります。答えは簡単。顔で選ぶと顔で、性格で選ぶと性格で別れることになります。顔や性格で好きになれる人を選ぶと、この先広がるであろう人間関係の中から、必ずやそれを上回る人が出てきます。その度に気移りして、気もそぞろな落ち着かない恋愛になってしまうのです。
 繰り返しになりますが、「なんで好きになってしまったのか意味がわからない人」の方が、結果的に長くお付き合いできます。ですから、顔か性格かで悩んでいる時点で、その相手は「本当は好きになった人」ではなく、幸せな恋愛ができる相手とは程遠い可能性が高いんですね。

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顔や性格で選んだ相手

 相手の「顔」と「性格」で恋愛が始まり、「必ずやそれを上回る人が出てきて」恋愛が続かなくなるなんて、極めて魅力的な恋多き女性のような気がしますが、01と同じ、明確な好きな理由がない相手との方が長続きするとの考え方は支持します。


◇ 03. 同じ“環境”での恋愛は難易度が高い

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 もともと、同じ環境内での恋愛は難易度が高いんです。同じ学校、同じサークル、同じ社内…。相手と同じ環境にいるということは、四六時中顔を合わせていなければいけません。恋愛において重要なのは、どちらかといえば「一緒にいない時間」なんですよね。
 一緒にいない時間に相手のことをどう思えるのかが恋愛の肝であり、そこから信頼が生じてくるものだと思うんです。その信頼を受けて、お互いがその信頼に値する人に育っていく部分が恋愛には大きくあると思うんですよ。
 その信頼を育む空白の時間作りが、同じ環境内だと難しくなってしまうわけですね。いつもいつも一緒にいると、どうしても見えてしまうじゃないですか。その見えてしまっているもの以上の信頼は、なかなかできづらいもの。すると必然的に、お互いがお互いの信頼で成長し難い関係になってしまうんです。

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同じ“環境”での恋愛

 同じ環境、例えば学校や職場での恋愛が難しいのは、他人の目や噂、嫉妬など、狭い社会で反応や感情があるからと思っておりましたが、「一緒にいない時間に相手のことをどう思えるのかが恋愛の肝」と言う発想には、私的には新鮮です。


◇ 04.「好きで好きでたまらない」は、自分の弱さを隠すため

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 嫉妬してしまうのは好きすぎるから?疑ってしまうのは好きすぎるから?依存してしまうのは好きすぎるから? 違います!じつは「好きすぎる」という理由をくっつけることで自分の弱さを肯定しているだけなんですよ。正確には「好きすぎる」のではなく「弱すぎる」だけ。この気持ちは「好きになってしまったのは相手のせい」と考える、人を好きになることへの責任感の欠如から生じる弱さ。本来、愛情は穏やかな感情。「好きすぎる」というような激しく感情を左右されるものではないので悪しからず。

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好きで好きでたまらない

 恋愛は、「フィフティ:フィフティの関係」、「WIN-WINの関係」、あるいは「双方が足りない部分を補い合う関係」の方が長続きする、そんな印象はあります。どちらかがどちらかに依存したり、どちらかがより大きな感情がある場合は、対等な人間関係とは言えません。そういう立場の「弱さ」のみならず、著者は精神的な「弱さ」を指摘しています。


◇ 05.「頑張る恋愛」は報われない

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 恋愛において「頑張る」ということは決して良いことばかりではないんですよね。むしろマイナスに作用してしまうことが多いんです。「頑張る」のは「愛されたい」という欲求が膨らむから。だから、頑張れば頑張るほど、自分がイヤになってしまったりするわけです。そうするとどんどん悪循環に陥り、ただただ消耗していくだけの、報われない「悲恋」になってしまいがちなんです。

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頑張る恋愛

 これは昔から言われていますし、身の回りで見かけた関係です。いわゆる「尽くす」かたちので恋愛ですので、上述の「フィフティ:フィフティの関係」ではありません。「頑張れば頑張るほど、自分がイヤになってしまう」、まさにその通りだと思います。


◇ 06. 理想の人を求めない方が恋愛は上手くいく

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 あなたの「理想の人」という、勝手な幻影で「運命の人」という虚像を恋人に押し付ければ、その枠からはみ出すことを許さない窮屈な恋愛になってしまいます。
 理想の人という幻影を求めなければ「理想」という呪縛から解き放たれ、「何で好きになったのかよくわからない」という理解不能な恋愛ができるようになります。それこそが「運命の人」に出逢えるようになる恋愛です。理想というのは想像の範疇の中にあるもの。運命というものは想像の範疇の外にあるものなんですよ。

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理想の男性

 上記01、02の繰り返しです。「好み」や「理想」に沿った恋愛には限界があるとの考え方です。「理想は想像の範疇の中にあるもの、運命は想像の範疇の外にあるもの」との言葉は、恋愛のみならず、様々な分野に通用する発想と思います。


◇ 07.「お一人さま」は、次の恋愛までの充電期間

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 とっかえひっかえすぐに恋人ができる人というのは、独り身では充実できない寂しさを持っている人なんです。恋人がほしいわけではなく、ただ充実した時間がほしいだけなんですね。素敵だと思える女性ほど、実は独り身の期間というものは案外長いものでして。でもそれは恋人ができないのではなく、恋人が必要ないほど充実しているだけなんですね。

 結論を言うと、ただモテることだけを目的にするのなら、上っ面だけ小綺麗にして「寂しいアピール」をしていれば、わりと簡単なんですよ。

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お一人さま

 恋人がいないのを寂しいと思わないくらいに充実した生活を送っている人(男性も女性も)の方が魅力的な人間であることはあります。一つの恋が終わりを告げた時に、「寂しさ」で次の人を求める前に、一歩、踏み止まるのは一案です。


「原因と結果の法則」(ジェームズ・アレン著)の概要


 先週の、ブログのページが「リダイレクトされる現象」で途切れてしまいましたが、先日、「思い」が周囲を変えられること、職場を転々と変える原因にある種の「思い」があることを取り上げました。人間は主観的な存在であり、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、やれることやれないことがあり、時として運/不運が降りかかってきて、周囲の環境が自分に影響を及ぼしている、とそう考えがちです。視点を変えて、客観的に自分を見る目を持つと、自分の内面に秘める「思い」こそが好き嫌いを感じさせ、行動の原点となり、幸も不幸をも引き寄せて、周囲の環境にも影響することに気づきます。この考え方は、これまで、以下の如く何度か取り上げてきた「引き寄せの法則」に基づくものであります。

 引き寄せの法則: 理想や願望の実現(2013/10/30)

 「引き寄せの法則」の起源:ヘルメス文書 〜 Kybalion 〜 The Meta Secret / 宇宙の「7つの法則」のご紹介(2014/02/10)

 今回は、ヘルメス文章ほどには古くなく、恐らくは、現代のマイケル・ロオジエ氏、エスター・ヒックス氏、ロンダ・バーン氏らが、自分たちの主張の礎(いしずえ)としている哲学書、1世紀以上にわたるロング・セラー、ジェームズ・アレン(James Allen)著、坂本貫一 訳「原因と結果の法則(As a Man Thineth)」をご紹介します。


◇ ジェームズ・アレン James Allen 氏とその著書

 ジェームズ・アレン(James Allen、1864年11月28日-1912年)氏は、自己啓発書で有名なイギリスの作家、哲学者であります。イングランド中央のレスターと言う町に生まれ、生家は小さな事業をしていたが破産し、父親は米国にて事業を再開するが強盗に襲われ死亡、当時は学生であったアレン氏は退学してイギリスの製造工場で働き家族を支えたとされます。その後、大企業の秘書となりましたが、38歳より著作を始め、9年間で19冊の本を書き、同時に雑誌The Light of Reasonを発行しました。

ジェームズアレン写真

 2冊目の著書で代表作であるAs a Man Thinketh(『「原因」と「結果」の法則』)は自己啓発書の原点であり、デール・カーネギー、アール・ナイチンゲールなどに大きな影響を与えたとされます。同書は約1世紀前の1902年に書かれたものですが、現在も世界中で売れ続けており、聖書に次ぐロングセラーの一つと言われ、日本でも50万部を超えるベストセラーであります。

「原因と結果の法則」写真

 同書の推薦の言葉として「何かあって落ち込んだりしたときに読んでごらんなさい。人生なんて、とても単純なものなのよね」があります。なお、アレン氏は、より多くの人に読んでもらいたいとの願いからイギリス以外での著作権を放棄しております。

 以下、各章を原文和訳の題名に沿って解説して参りますが、まずは本書の冒頭に記されたアレン氏の文章をご紹介します。

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 私たちの人生は、ある確かな法則に従って創られています。私たちがどんなに策略を用いようと、その法則を変えることはできません。「原因と結果の法則」は、目に見える物質の世界においても、目に見えない心の世界においても、つねに絶対であり、ゆらぐことはないのです。

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◇ 思いと人格

 「人格(personality)」とは、個人の心理面での特性、人柄、または人間の人としての主体をなすものとされ、「人格形成」と言う言葉がある通り、一般的には、幼少時から成人にかけて長い年月で創り上げられるものと考えられております。「優れた人格者」、「人格を疑う」と言った言葉があるように、人間の善悪を例える言葉として使われることが多く、なかなか変えられない普遍のものと捉えがちであります。これに対して、アレン氏は、「人格」は「思い」によって創り出されていると述べております。

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 「人は誰も、内面で考えているとおりの人間である」という古来からの金言は、私たちの人格のみならず、人生全般にあてはまる言葉です。人格は、私たちがめぐらしているあらゆる思いの、完璧な総和です。

 私たちの誰もが内心では手にしたいと考えている、気高い神のような人格は、神からの贈り物でもなければ、偶然の産物でもありません。それは、繰り返しめぐらせれつづけた、気高く、正しい思いの、自然な結果です。そして、卑しい獣のような人格は、卑しく、誤った思いの、やはり自然な結果です。

 私たちは、自分自身の思いによって、自分をすばらしい人間に創りあげることもできれば、破壊してしまうこともできます。

 正しい思いをめぐらしつづけることで、私たちは気高い、崇高な人間へと上昇することができます。と同時に、誤った思いを選んでめぐらしつづけることで、獣のような人間へと落下することもできるのです。そして、その両極端のあいだにはさまざまなレベルの人格があり、人間はまた、それらの創り手でもあり、主人でもあります。

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 アレン氏が、「人格」を人間の善悪を計るものとして捉えているのは一般論と同様と存じますが、その「人格」が、生い立ち、育ち、周囲の環境、経験や教えに基づくと思われがちであるのに対して、個人の「思い」こそが「人格」を創り上げているとしています。
 なかなか人には表の顔と裏の顔があって、「優れた人格者」として思いつく人物が本当にそうかは不明なことも多いのですし、逆に「人格を疑う」人物が常に人格がおかしいかと言うと、そうでもないように思います。よほど極悪非道な犯罪者でない限り、一般の人間には、いろんな場におけるいろんな顔がありますので、「人格は移りゆく」と言うのが正しいように思います。すると、その時その時の「思い」によって「人格」が変わるのは頷けることです。

 「優れた人格者」は常にそうではない
 「人格を疑う」人物もいつもそうではない
 「人格は移りゆく」= その時その時の「思い」によって「人格」が変わる


人格の図

 確かに、自分に当てはめて思い返してみますと、高い志を持って目標に向かって邁進した時、豊かな気持ちで愛情に溢れる「思い」で人に接した時、逆に、自暴自棄になったり、目標を失っている時、意地悪な気持ちが心を占めている時など、いろんな心の状態が思い出されます。「思い」と「人格」の結びつきを意識することは、常に自分の「思い」に目を向けることに繋がります。


◇ 思いと環境

 世の中には、災害や戦争、悪政などによる過酷な状況に置かれて苦しむ人はいます。ごく稀に、強い「思い」から高い志を持って、そういう「環境」から成功の道を歩む人はいますが、個人の「思い」ではどうにもならない「環境」は確かにあります。しかし、そうした、どうにもならない厳しい「環境」にいなくとも、自分の幸不幸の原因に「環境」を挙げる人は少なくありません。人は、両親や兄弟姉妹と貧富と言った「家庭環境」、上司や同僚、部下がいて、仕事内容と待遇がある「職場環境」、あるいは自分の置かれた「社会環境」に大きく影響を受けていると考えてしまいます。

自分を取り巻く環境図

 先日、「ある破滅的な職場でのこと」(3月24日)、「職場を転々と変える、あるいは ひとところに落ち着く」(3月31日)と題して「職場環境」に対する考え方を述べました。上司や部下に恵まれない、人間関係や待遇に我慢ができないと言った個人の「思い」が自らの行動を左右していると言う結論に至りました。
 アレン氏は、「環境」は「思い」から生まれる、と言う概念を基本として、「環境」に屈するのではなく、「環境」の改善を望むのでもなく、自分自身の「思い」を変えることで「環境」を変えることを説いています。そして、「環境」を変えるためには自分の「思い」を変えなければならず、それは時として自己犠牲を払うことにもなるとしております。

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 思いと人格はひとつです。そして、人格は環境を通じて、それ自身を表現しています。よって、私たちの環境は、私たちの内側の状態とつねに調和しています。

 自分の心をしっかりと管理し、人格の向上に努めている人たちは、「環境は思いから生まれ出るものである」ということを熟知しています。なぜならば、すでにかれらは、環境の変化と心の状態の変化が、つねに連動していることに気づいているからです。
 
 心は、それ自身が密かに抱いているものを引き寄せます。それは、それ自身が本当に愛しているもの、あるいは恐れているものを引き寄せるのです。心は、清らかな熱望の高みにいたりもすれば、けがれた欲望の底にまで落ちもします。そして環境は、心がそれ自身と同種のものを受け取るための媒体です。

 私たちは、自分を環境の産物だと信じているかぎり、環境によって打ちのめされる運命にあります。しかし、「自分は想像のパワーそのものであり、環境を育むための土壌と種(心と思い)を自由に管理できる」ということを認識したときから、自分自身の賢い主人として生きられるようになります。

 人々の多くは、環境を改善することには、とても意欲的ですが、自分自身を改善することには、ひどく消極的です。かれらがいつになっても環境を改善できないでいる理由が、ここにあります。

 自分自身を改善するということは、真の意味での自己犠牲を払うということにほかなりません。真の自己犠牲とは、心の中からあらゆる悪いものを取り払い、そこを良いものだけで満たそうとする作業です。

 私たちに苦悩をもたらす環境は、私たち自身の精神的混乱の結果です。私たちに喜びをもたらす環境は、私たち自身の精神的調和の結果です。喜びは正しい思いの結果であり、苦悩は誤った思いの結果なのです。

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 冒頭に申した通り、人は環境に左右される存在との認識が強いです。口では「自分が悪いんです」と心にもないことを言うことはあっても、結局は「この環境では苦しいね」、「今の状況が変わることを祈るよ」と、環境に責任転嫁する発想が浮かんで来ます。環境が自分に影響を及ぼすことに目が行きがちで、自らの「思い」で環境を変えると言うことに、気付いていない、あるいは実践できないでいるのが現実でしょう。

 人は環境に左右される存在との認識が強い
 環境が自分に影響を及ぼすことに目が行きがち


 一方、昨今の「引き寄せの法則」では、「思い」が現実になることを説いてはいるものの、「望みが叶う」、「大きな富を得る」と言った成功を勝ち得た体験ばかりが語られており、上手くいかないこと、劣悪な環境、失敗、害悪、そして犯罪と言った良からぬもににはあまり触れない傾向にあります。

 昨今の「引き寄せの法則」は成功体験に目を向けたものが多い

 アレン氏は「原因と結果の法則」の中で、「環境」は「思い」の産物であることを述べて、「思い」によって「環境」が劣悪にも良好にもなり得ることを、ほぼ同等な重きを持って解いており、環境を改善するための、自分の「思い」を変える自己犠牲の必要性にまで言及しております。

 良くも悪くも「思い」が「環境」を創る

 ここで、アレン氏が例として挙げた、悪い「思い」が悪い「環境」を創りあげている場合と、良い「思い」が良い「環境」を創りあげている場合を箇条書きで列挙いたします。

【悪い「思い」が悪い「環境」を創りあげる例】

 ・(理性の効かない)動物的な「思い」
   → 自制のない肉体的生き方、活力の欠いた、混乱した生き方
   → 苦難に満ちた、不愉快な「環境」

 ・(社会や他人に対する)恐怖や疑いに満ちた「思い」
   → 優柔不断で臆病な生き方、他人を信用できない人間関係
   → 失敗や困難、信頼感のない孤独な「環境」

 ・ 敵意に満ちた意地悪で利己的な「思い」
   → 常に他人を非難して、身勝手な生活
   → 不安と恐怖に満ちた、敵ばかりに囲まれた「環境」

【良い「思い」が良い「環境」を創りあげる例】

・ 気高い、清らかな「思い」
   → 自制の利いた穏やかで、慈愛と思いやりに満ちた生き方
   → 平和に溢れ、明るい快適な「環境」

 ・ 勇気と信念に満ちて、活気に溢れる「思い」
   → 速やかな決断と行動、前向きで積極的な生き方
   → 自由と成功と豊かさ、喜びに溢れた「環境」

 ・ 好意的で寛容、愛に満ちた「思い」
   → 優しさに溢れた、他人への奉仕を厭わぬ生き方
   → 安全と安心、永続的な繁栄と真の富に満ちた「環境」

 自分の「環境」に目を向けて、それが自分にとって良くないものだと思えた時、あるいは自分にとって素晴らしい「環境」を実感した時、その「結果」に対する「原因」として、どのような悪いまたは良い「思い」が自分の中に巡らされているか?、それを考える習慣を持つのは一案かも知れません。


◇ 思いと健康

 昔から「病(やまい)は気から」と言う言葉はありますし、「笑う門に福きたる」などと、「笑い」の「健康」への有効性は科学的にも証明されており、「思い」の「健康」への影響は否定できないところであります。
 しかしながら、健全で高い志を持った人物でも病気になりますし、邪悪な「思い」を巡らす人間がいつまでも元気に世にのさばっていることもしばしばです。疾病に対する予防、診断、治療が、本書が出版された100年前と今とで大きく異なって来て平均寿命の延長が著しく、一方で、食品添加物や環境の劣化などの悪い要素もあって、現代における「健康」に影響を及ぼす「思い」の占める割合は少なくなっているかも知れません。
 それにしても、豊かな「思い」が「健康」を創りあげるとの発想は、規則正しい生活、バランスの良い食生活、健康への関心、不健康や肉体の酷使の排除、優れた精神衛生に繋がるものであることはな違いありません。

思いと健康 図

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 人間は、けがれた思いをめぐらしつづけているかぎり、けがれた血液を手にしつづけることになります。きれいな心からは、きれいな人生ときれいな肉体が創られ、けがれた心からは、けがれた人生とけがれた肉体が創られます。

 もしあなたが自分の肉体を完璧な状態にしたいのなら、自分の心を守ることです。肉体を再生したいのなら、心を美しくすることです。悪意、羨望、怒り、不安、失望は、肉体から健康と美しさを奪い去ります。憂鬱な顔は偶然の産物ではありません。それは憂鬱な心によって創られます。醜い皺は、愚かな思い、理性を欠いた思い、高慢な思いによって刻まれます。

 あなたの家を明るく快適な住処とするには、そこを空気と日の光で満たさなければなりません。同様に、強い肉体と明るく穏やかで幸せな顔つきは、喜びと善意と穏やかさによって、心が十分に満たされることによってのみ創られます。

 楽しい思いは、どんな医師よりも上手に、肉体から病気を一掃します。善意は、どんな癒し人よりも速やかに、嘆きと悲しみの影を霧散させます。

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◇ 思いと目標

 「思い」が「人格」、「環境」、「健康」を創り出すと説いて来て、ここでは、「原因と結果の法則」に基づく「引き寄せ」の方法論が解説されております。大切なこと、まず最初の第一歩は「目標」を持つことであり、それを達成できると言う信念の重要性を彼は強調しております。

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 目標をもたないために人生の海原を漂流している人たちが、驚くほどたくさんいます。目標をもたないことの弊害は、あまりにも大きいと言わざるをえません。人生のなかでの漂流は、誰にとっても、もしそのなかで遭難したくないならば、絶対にやめなければならないことです。

 人間は、理にかなった人生の目標を心に抱き、その達成をめざすべきです。その目標に、自分の思いを集中して向けつづけるべきです。

 その目標の達成にくり返し失敗したとしても(弱さが克服されるまでは、それが必然です)、それを通じて身につけることのできる心の強さは、真の成功の確かな礎として機能することになります。個々の失敗は、それぞれが輝かしい未来に向けた新しい出発点にほかならないのです。

 人生の漂流者であることをやめ、目標の達成に思いを集中しはじめることは、失敗を成功にいたる通過点だと信じる人たち、あらゆる状況を自分のために機能させる人たち、力強く考え、果敢に挑み、価値ある物事をみごとに達成する人たちの仲間に加わることです。

 人間を目標に向かわせるパワーは、「自分はそれを達成できる」という信念から生まれます。疑いや恐れは、その信念にとって最大の敵です。

 疑いや恐れは、いかなる達成にも役立ちません。それらは、私たちをつねに失敗へと導こうとします。目標、活力、行動力、およびあらゆる種類の力強い思いが、疑いや恐れの侵入とともに、本来の機能を停止します。

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 ここでも、「思い」がなんでも希望するものを引き寄せるとする、昨今の「引き寄せの法則」とは異なる、厳しい中立の立場としての「原因と結果の法則」が語られております。要約しますと、、、

 目標をもたない人生の漂流者が実に多い
 人生において目標を持つことの重要性
 失敗は未来に向けた新しい出発点
 人間が目標に向かうパワーは「それを達成できる」という信念
 疑いや恐れは達成への信念の敵


 「思い」が「環境」を創りあげるとした項では、環境を改善するための、自分の「思い」を変える自己犠牲の必要性が紹介されておりました。「目標」を達成するために、失敗があろうとも疑いや恐れを心にもたない、強い「思い」の重要性がここでも語られております。

目標 図

 余談ですが、「疑いや恐れは、いかなる達成にも役立ちません。それらは、私たちをつねに失敗へと導こうとします。」との言葉は、とりわけアスリートにはまさに当てはまることのように思えます。練習では何度も成功させていたトリプル・アクセルを本番では失敗してしまう浅田真央選手が、来季は(自分が達成することへの)「疑い」や(失敗への)「恐れ」を是非とも払拭させて欲しいと思います。


◇ 思いと成功

 一般的に、「目標達成」、「成功」をつかむためには、多くのものを「犠牲」にすることは言うまでもないことです。貧困に耐えるとか、厳しい鍛錬を継続するとか、苦しい労働もあるでしょう。「思い」と言う観点から考えた時、そこで犠牲となるのは、「目標」に向かうのに必要のない「欲望」であります。「目標」を持つこと、達成への「信念」を持つこと、「疑いや恐れ」を思いから消し去ることに加えて、「犠牲」の精神です。

成功 図

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 私たちは、自分の心を高めることによってのみ上昇し、克服し、達成します。そしてその努力を怠ることによってのみ、弱さ、絶望、苦悩の中に留まりつづけるのです。

 人間は、価値ある物事を達成するためには、たとえそれが、どんなに世俗的な物事の達成であっても、身勝手な欲望のなかから抜け出さなくてはなりません。人間は、もし成功をめざすのならば、自分の欲望の(すべては無理でも)かなりの部分を犠牲にしなくてはならないのです。

 私たちは、犠牲を払うことなくしては、いかなる進歩も成功も望めません。私たちの成功は、私たちがその達成をどれだけ強く決意し、その計画の上にいかに心を固定するかに加えて、自分の欲望をどれだけ犠牲にできるかにかかっています。

 宇宙は、たとえ表面的にはどのように見えようと、貪欲な人間、不正直な人間、不道徳な人間を、決して援助することがありません。宇宙は慎み深い人間、正直な人間、清らかな人間のみを支え、援助するのです。

 精神的達成は、神聖な熱望の果実です。身勝手な欲望を放棄し、けがれのない美しい思いのみをめぐらそうと努めつづける人間は、太陽が天に昇り、月が満ちるのと全く変わらぬ確かさで気高い人格を手にし、人々に大きな影響をおよぼすとともに、かれらからの大きな敬意を手にしうる地位へと上昇することになります。

 人間は、この世界におけるすばらしい成功へ、さらには、精神世界内の気高い地位へとさえ上昇したあとで、身勝手な思い、けがれた思いなどにふたたび身を任せることで、弱さと卑しさのなかにふたたび降下することもできます。成功を維持するためには、警戒が不可欠です。

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◇ ビジョン

 ここでアレン氏は、歴史上の理想家たちに感謝の気持ちと敬意を払って、人間が「思い」のなかに「ビジョン」、「理想」を抱くことの重要性を説いております。彼は、「ビジョン」を達成させたことにより人類に光をもたらした例えとして以下を挙げております。

 ・釈迦:汚れのない美しさと完璧に平和な精神世界のビジョンを抱いてその中に侵入
 ・コロンブス:道の世界へのビジョンを抱いて米国大陸を発見
 ・コペルニクス:無数の世界とより広い宇宙へのビジョンを抱いて地動説を証明


ビジョン図

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 理想を抱くことです。ビジョンを見つづけることです。あなたの心を最高にワクワクさせるもの、あなたの心に美しく響くもの、あなたが心から愛することのできるものを、しっかりと胸に抱くことです。そのなかから、あらゆる喜びに満ちた状況、あらゆる天国のような環境が生まれてきます。もしあなたがそのビジョンを見つづけたならば、あなたの世界は、やがてその上に築かれることになります。

 人間は誰しも、願望を抱き、その達成をめざします。しかし、身勝手な願望を達成したとき、人間は真の喜びを手にできるでしょうか。また、清らかな願望の達成をめざしている人が、生活に困ったりすることがあるでしょうか。いや、そんなことは絶対にありえません。

 あなたが心の中で賛美するビジョン・・・あなたが心の中の王座につけるあなたの理想・・・それにしたがって、あなたの人生は作られます。それこそが、あなたがやがてなるものなのです。

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 高い「ビジョン」を持って長年の努力でそれを達成した人物に対して、「幸運」とか「恵まれている」と言う人は少なからずいます。そういう人間であればあるほど、自分に「ビジョン」を持っていないのだろうと思います。文章中でアレンしは「人間が達成するあらゆる成功が努力の結果です」とも述べております。高い「ビジョン」を持ち、達成への強い「信念」と身勝手な欲望を「思い」の中から排除して、弛まぬ努力の末に成功を導く、そこには「幸運」も「恵まれている」もない、との立場です。確たる「原因」があるから「結果」が生じているとの法則だけなのです。


◇ 穏やかな心

 最後の項です。「目標」、「ビジョン」と「成功」とは少し離れたところで、「思い」の持ちよう、「穏やかな心」に触れて本は完結しております。この項は、成功哲学と言うよりも、精神状態のあり方が述べられております。

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 (世の中には)自分の人生を苦悩で満たしている人たちが、なんと多いことでしょう。感情を高ぶらせることで、美しいものは愛すべきもののすべてをだいなしにしている人たち、身勝手な思いによって自分の人格的バランスを壊してしまっている人たちの、なんて多いことでしょう。

 穏やかな心は、この上なく美しい知恵の宝石です。人間は穏やかになればなるほど、より大きな成功、より大きな影響力、より大きな権威を手にできます。

 人間は、自分が思いによって創られた存在であることを理解すればするほど、より穏やかになります。なぜならば、その知識は、自分以外のすべての人たちも同じようにして創られた存在であるという認識を、自然にうながすことになるからです。思いと人格ひいては人生との関係を理解し、原因と結果の観点から、あらゆる現象ををより正しく眺められるようになることで、人間は、不平を言い、苛立ち、悩み、悲しむことをやめ、より落ち着いた、より安定した、より穏やかな心の状態を保てるようになります。

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 精神が不安定な人はいます。自分だって心当たりはあります。怒りっぽくて、イライラいしたり、悩んだり、不安がつのったり、弱気になったり、やる気が起きない、そういうことは誰にでもあることだと思います。そうした精神状態はすなわち「思い」でありますので、それが「人格」にも、「環境」にも、「健康」にも、そして「成功」にも影響してくるのですから、「穏やかな心」は豊かな生活には不可欠であ流と言えるでしょう。「原因と結果の法則」は日常における慢性的な「思い」のあり方にもアドバイスを与えてくれているのですね。

穏やかな心 図


◇ あとがき

 イギリスで生まれた本書が、100年以上もの間、印刷、発刊され続け、今なお着実に売れ続けている驚異的なロングセラーである理由を考えました。
 まず第一に、「言われてみればその通りだ!」と言うような、誰もが納得する普遍の法則であるのに、誰もが忘れている教えだからだと思います。個々の人間の「思い」が、個々の人間の「人格」、「環境」、「健康」、そして「成功」を創り上げる、至って単純な発想に、本書の文章に反論の余地はなく、高い説得力がありますが、そのことを理解して生活している人は極めて少ないと思われます。

 誰もが納得する普遍の法則を誰もが忘れている

 第二に、上でも何度か触れました、昨今の「引き寄せの法則」と違って、あくまでも起こっている「結果」に対する「原因と結果の法則」ですので、良いこと悪いことも同等に扱っているところです。いわゆる一般的な「自己啓発」、「成功哲学」の教えでは、「自分を変えることは簡単だ!」、「成功はすぐにも手に入る!」、と言った安易な方法論を語るものが多いです。こうしたものには、楽観主義とコマーシャリズムもあると思います。現実はそんなに甘くはないことを本書は語っており、人生がうまく回っていない人に対して、「原因と結果の法則」は「思い」を修正する教えを説いています。

 「原因と結果の法則」では良いこと悪いことも同等に扱っている
 人生に失敗している人に「思い」を修正する教え


 「原因と結果の法則」、一度は読んでおいて、何かの折りに、いつでもチラとでも、開いて読める、それくらい手元に置きたい、そんな本です。


職場を転々と変える、あるいは ひとところに落ち着く、その「思い」は?


 「思い」についての続きです。季節柄、職場には入職して「来る人」、退職して「去る人」、様々に出入りする人がいます。ある、退職する人に話を聞いたところ、大学卒業後10年で次の職場は6個目とのこと、辞める理由を詳しくは聞きませんでした。それなりの資格があって、人材が不足しているために需要が多い職種ならではなのですが、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいます。職場を変えるあるいは落ち着く、その両者に見られる「思い」に触れてみます。


◇ 職場を変える理由

 はじめに申し上げておきますが、私は職場を転々と変えることを悪いことと申し上げるつもりはありません。様々な個人の理由がありますし、女性の場合は、結婚や出産、ご主人の移動、引越しなど、人生の転機に伴う場合は少なくなく、また、親の介護や身内の病気、あるいは自身の身体状況に伴うやむをえない場合もあります。別の勉強をしたい、今の職場にはないものを別に求めたい、とするポジティブ・シンキングもあろうかと存じます。以下に、思いつく限りの「職場を変える理由」を列挙してみました。

【職場を変える理由】
 ・結婚、出産など生活環境の変化
 ・配偶者の転勤、転職などに伴う家族の移動
 ・家族、親族の病気や、介護の必要性
 ・資格や技術など今の職場にないものを他に求めて
 ・脱サラや学校への入学など別の職種を求めて
 ・気分転換、猶予期間を求めて
 ・給与や福利厚生、仕事の内容など、より良い待遇を求めて
 ・今の職場に対する失望
 ・上司の移動や友人に誘われて
 ・人間関係、上手くいかない上司や同僚からの逃避

 思いつくままに列挙しましたので順番には意味はありませんし、もっと別にも理由があるかと思います。「職場を変える理由」の割合は、男女でも職種でも違いがあるのは言うまでもないことです。ただし、タイトルにあるように「職場を転々と変える」となるとその理由は限られており、結婚や配偶者、親族と言った家庭の理由で「職場を転々と変える」のはあんまりないと思われます。「職場を転々と変える」と言うケースに限って考えるなら、その理由として人間関係の問題、待遇の悪さ、職場への不満が多いかと存じます。

 「職場を転々と変える」理由は人間関係の問題、待遇の悪さ、職場への不満

 しかし、冒頭にも申し上げた通り、同じような職場であっても、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいて、そこにはある「思い」が関与していると考える次第です。


◇ 職場を転々と変える「思い」

 職場を転々と変える理由に良くない人間関係、待遇、職場そのものを挙げました。それぞれに細かい事情があって一緒くた(いっしょくた;まとめて一緒にすること)にすることはできませんが、それらの根底にある「思い」は類似しているように考えます。嫌なものは嫌、どうしても我慢ができなくなってしまう「思い」です。

1.悪い人間関係を引き寄せる「思い」

 上司であったり、同僚でも、尊敬できない、言動ややり方が気に入らない、人間性を疑う、あるいはセクハラ、パワハラ、嫌がらせなど、自分に対して害を及ぼす存在がいて、それから逃避したくなる気持ちは解ります。必ずしもそうした気持ちを持つ人物が悪いわけではありません。

 尊敬できない
 言動ややり方が気に入らない
 人間性を疑う
 セクハラ、パワハラ、嫌がらせ


 しかし、世の中には嫌な人はいくらでもおります。職場を転々と変える理由に人間関係がある人にはどうしても人間関係に敏感になってしまうのだろうと思います。例えば過去における人間関係の不調から嫌な記憶がトラウマのように残っていて、それが自分の心にブロックをかけている場合はあるでしょう。過去の記憶により、また新しい悪い人間関係を作ってしまう可能性はあります。どうしても嫌な人と一緒に仕事をしたくない、嫌な人から離れたい、我慢がならない、そうした「思い」は、たとえ職場を変えても、「この人は嫌な人ではないか?」と言う猜疑心に満ちた「思い」が、またも嫌な人を引き寄せてしまう可能性もあると思います。

 人間関係における過去の悪い記憶が新しい悪い人間関係を作ってしまう可能性
 人間関係に対する猜疑心に満ちた「思い」が嫌な人を引き寄せてしまう可能性


 つまり、職場を転々と変える理由に人間関係がある人には、その方面におけるある種の「思い」がその人に同じことを何度も繰りかえさせてしまうと言う考えかたです。自分の周りの人間は、どの職場に行っても大体は同じです。良い人も悪い人も、嫌な人もいます。そうした環境のせいではなく、個人の「思い」が悪い人間関係を作ってしまう可能性はあります。

2.悪い待遇や仕事内容を引き寄せる「思い」

 給与や仕事の内容などの待遇について、どこへ行ってもそんなには変わリハしないのに、常に不満に持つ「思い」でいる人はいます。今の状態に満足しないことと、ハングリー精神は必ずしも同義ではないのですが、どうしても今に満足できない、もっと別に良い待遇の場所があるのでは?、とする「思い」があって、それが職場を転々とさせている場合があります。また、常に待遇や仕事内容に不満を持つ「思い」はどこへ行っても悪い待遇や仕事内容が目についてしまい、実は「思い」によってそうしたものを引き寄せている可能性はあります。

 今に満足できない「思い」が職場を転々とさせる
 常に待遇や仕事内容に不満を持つ「思い」がそうした待遇、仕事内容を引き寄せる


 多くの職場に長所短所はあるわけで、仕事が楽だけれども給与が安いとか、ハードな職場で高収入と言うのはよくある話です。人間関係と同じで、そうした環境がある人物に作用して職場を転々と変えさせるのではなく、その個人の今に満足できない「思い」が職場を変えさせているのです。職場そのものに対する不満も同じです。


◇ ひとところに落ち着く「思い」

 奴隷や強制労働キャンプのように、明らかに不当で劣悪な労働環境なら、それが可能であれば、次から次へと働く人は変わるでしょうが、同じ職種でほぼ同様な職場環境ならば、そこにいる人材も、その職場の待遇やシステムに大きな違いはないと思われます。同じ職場であっても、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいます。そこに、職場を転々と変える「思い」と同様に、ひとところに落ち着く「思い」があると考える次第です。

1.良い人間関係を引き寄せる「思い」

 誰にでも長所短所はあるんだから、人の良い部分に目を向ける、あるいは、どんな職場にも必ず嫌な人はいるものだから、嫌な人を嫌と思わず、良い人がいたらそのことに喜びを感じ、良い人を見つける、そうした人間関係に対する「思い」の人がひとところに落ち着くのではないかと考えます。

 人の良い部分に目を向ける「思い」
 嫌な人を嫌と思わない「思い」
 良い人がいることに喜び、良い人を見つける姿勢


 人間関係と言う、ある意味では人にとって最も重要な環境ではありますが、実は個人の「思い」でそれを良いものに変えられるし、「思い」によって良い人間関係を引き寄せる可能性は多いにあると思います。

2.良い待遇や仕事内容を引き寄せる「思い」

 金銭への欲望や仕事における向上心と言うもの否定するわけではありません。誰だって好待遇で、充実感がある、やりやすい仕事を望みます。でも、それは、上で申した、「常に待遇や仕事内容に不満を持つ思い」とは違います。
 まず待遇について、自分に対する今の労働対価はこんなもの、どこへ行ってもそんなに変わるものではない、好待遇を望む気持ちを不満には持って行かずに、自らの努力で手に入れる「思い」、仕事内容において理想とするものがあるのなら、まずはどうしたらそれを改善できるのかを考え、実践する、不満を持つよりも自らが向上する「思い」、そうした「思い」があるならば、職場での苦痛はなく、ひとところに落ち着くことができます。

 好待遇を望むなら不満を持田鶴に、自らの努力で手に入れる「思い」
 良い仕事内容を自ら作り出す「思い」


 そして、こうした自らの向上を「思い」に掲げておれば、自然と良い待遇や仕事内容を引き寄せるものであり、さらにひとところに落ち着くことになるでしょう。


◇ おわりに

 職場を変えることに良い悪いはありません。個人個人に事情があってのことですし、新しい職場に移ったら人が変わったように良い仕事ができるようになり、収入も上がり、とそんな恵まれたケースもあるかと思います。しかし、人間関係や待遇、仕事内容と言った職場環境に対して不満があって、逃げ出すかたちの、言わばネガティブな発想に基づく転職であれば、それは繰り返されるかも知れません。同じような職場であっても、職場を転々と変える人がいれば、ひとところに落ち着いている人もいる、それは「思い」の違いに寄るところが大きいのだ!、と言う話でした。

ある破滅的な職場でのこと;「思い」は周囲を変えられる!?


 知人から聞いたある破滅的な職場にヒントを得て、人間の「思い」が自身のみならず、周囲をも変え得ると言う一つの例えに思い至りました。これは、「4つの癒しの言葉」を唱えて自らのクリーニングを行う「ホ・オポノポノ」や、望むものは何でも手に入る「引き寄せの法則」にも通ずるものかも知れないと考えております。


◇ ある職場の決まり事

 知人がいる職場は、従業員が5、6人の、広告やポスターのデザインと、プリント、印刷、製造を担う会社の支店だそうです。個人や会社が特定されないよう、時間と空間には言及いたしませんし、フィクションも加えております。その支店には、上位に本社があり、注文を受けて本社に商品を発注し、完成品を顧客に提供する業務のようです。
 私の知人は正社員であり、自分たちの商品を売り込む営業活動や、顧客からの依頼を受けて訪問し、契約を結び、商品化まで関わる仕事に従事しています。就業時間は9-5時ですが、当然のごとく時間外に仕事が延長する事はあります。営業活動や顧客と折衝する「外回り」で支店に戻るのが遅くなる事も、職場におけるデスクワークが長引く事もあります。
 この時間外労働に対して、会社は一律、19時以降しか認めないそうで、これはあらゆる支店でそう決まっているようです。つまり、知人を含む職員は、17時までの就業時間でありますが、タイムカードに記録する時間に基づき、19時を過ぎてからの15分単位でいくらと言う時間外手当が支給されるようです。

 時間外労働は19時以降から承認

 多くの職場が就業時間を過ぎればすぐに時間外となるのに対して、この職場は、営業などの「時間外」が多く、個人の裁量に任される部分が多いため、時間外労働を制限することで人件費をコントロールしているようです。


◇ 支店長

 まずは、支店長について詳しく話を聞きました。50歳くらいの長身で、写真を見せてもらいましたが、すごく陰険な表情の人物でした。
 極めて特徴的なのは、日々、嘘ばかりつくそうです。誰もが解る私的な外出なのに「本社に行って来た」と嘘を言います。しっかり確認したことであっても、支店長自身のミスに、自分に非があることを認めないために、「その話は聞いていない」とよくある「言った言わない問答」は絶えません。部下に命じて支店の売り上げを少しずつ水増しして本社に報告していて、数字が合わないことを指摘されると、「部下のミスでした」と、これも嘘。そもそもプライベートで、バツイチの経験があって、子供は別にいるそうですが、それについて触れないどころか、再婚相手との子供が初めての子供であると、自ら嘘を話します。

 嘘で塗り固められた人格

 職員に対しては、「自分の下には有能な人材はいない」との発想から、愛情のかけらもなく、要求ばかり高くて、努力に対する労い(ねぎらい)や感謝の言葉は聞いたことがないとのことです。常に業績を上げること、多くの注文を取り付けることに心が行っていて、ある時、体調不良を訴えた職員に対して、「今、手がけている仕事を終えてから休むように」と指示しました。注文を受ける数、注文を受けてから発注までの期間、少しでも割り増しした値段での契約などと、いろんな営業数字を出しては個々の職員に優劣をつけています。入職希望の人が来ると、「仕事は楽だし、手厚い待遇で、社員は快く仕事をしています」と得意の嘘に、「話が違う」と早期に退職する新人が後を絶ちません。

 「自分の下には有能な人材はいない」
 職員に対する愛情も労いも感謝もなし


 なんとかして人件費を削減して本社にいい顔をしたい支店長は、ボーナスの査定は常に最低ラインとしています。昇給は何年もなく、昨年から支店におけるティッシュペーパーやお茶などの消耗品費を職員の給料から天引きするようになったとのことです。
 さらなる人件費削減を目論む支店長が目をつけたのは労働内容でした。「外回り」に対しては、訪問先のみならずどう言うルートで現地へ到達したか?、面談した相手の名前、面談時間を報告させており、職員には内緒で、無駄な時間を費やしたと判断した場合は、給料の天引きをしていました。余計な時間外手当に対して極めて敏感で、「外回り」での労働を常に怪しんでいました。ついに支店長は、時間外手当を21時以降から認める決定をしました。

 人件費の削減に躍起となる支店長
 「外回り」の労働内容に懐疑的で、内緒で給料天引き
 ついには時間外手当を21時以降と決定


 「あんな支店長の下では仕事をしたくない」、「できることなら辞めたい」との声が日々挙がっている、そんな職場の上司だとのことです。


◇ 知人がしていること

 多くの社会人がそうかも知れませんが、私の知人は職場に不満を持っています。元々の基本給が少ない上に、夕方5時から7時までは「タダ働き」、と言う時間外手当のシステムに矛盾を感じております。そして何より上述の如く、支店長は本社からの雇われで、自分の業績だけに頭が行っており、職員に対する愛情や感謝の気持ちが全くない、人望が全く欠落した人物であります。
 そんな折、先輩が外回りの終わりにお茶をして時間を潰し、職場にゆっくりと戻って、報告書をまとめたり、発注をかけたりのデスクワークで、19時以降まで就業することで時間外手当を得ているのを知ってしまいました。
 知人が言うには、「あんなにスタッフのモチベーションを下げる職場には未来はない」と言いました。一生懸命、働いても19時までの労働は労働として認めない姿勢は、雇用者側が労働者の労働に疑いをかけている現れであり、収益をあげるよりも人件費を抑える発想には付き合いきれない、とのことでした。時間外手当のシステムには、知人が言う意味合いが十二分に込められており、また支店長の人格が知人の言う通りだとしたならば、彼の言うことには賛同せざるを得ませんでした。

 雇われの支店長は人望が全く欠落した人物
 あんなにスタッフのモチベーションを下げる職場には未来はない
 雇用者側が労働者の労働に疑いをかけている
 収益をあげるよりも人件費を抑える発想に付き合いきれない


 しかし、その知人がとっている行動には感心しません。17-19時までが「タダ働き」ならば、その時間帯は仕事をせずに、買い物したり、食事をするなりして時間を潰し、19時以降に職場に戻って残業をする毎日を繰り返し、外回り業務も、昼食やお茶と言った無駄な時間を過ごして、時には夕食までも外回りの時間帯で済まして、結果として溜まりに溜まったデスクワークを夜間にこなす、そんな労働姿勢のようです。今は21時以降が時間外となったのでどうしているかは知りませんが、、、。

 わざと時間外手当をもらう労働姿勢

 会社のシステムにはちょっと問題を感じますが、この知人には性根が腐っているようにも思えました。「貧すれば鈍する」と言う言葉が、会社側にも職員側にもあるような、そんな印象を受けました。


◇ そんな職場に未来はあるのか?

 私はこれまで、社会人としては、病院にしか勤務したことがありません。出身大学の医局、関連病院時代には、極めて尊敬できる、人望が厚い上司であり、教授であり、そして院長に恵まれました。今、そうした過去の良い経験に基づいて、後輩、部下に接するよう心がけております。また、もしもそうした上司に恵まれなかったとしても、医療の現場ですので、「患者のために!」と言う発想は大いなるモチベーションに繋がり、サービス残業を厭わず、労働が賃金に反映されないことなどあまり気にはならない職場でもあります。

 一方、知人の職場は極めて醜い状態だと思います。完全に支店長と職員は、供に業績を上げて、盛り上げて行こうとする同志ではなく、給与をめぐる完全に敵対する関係です。

 「そんな職場に未来はあるのか?」

 と問えば、「危ない」と思います。支店長には職員にやる気を出させる資質がなく、職員は支店長に尊敬も感謝も服従する根拠は何もなく、モチベーションを大きく下げている状態と拝察いたします。仕事に専心できない職員が時間外手当を目当てに画策し、リーダーシップのない支店長は職員を信じることができずに賃金を下げることに熱心では、業績不振は火を見るより明らかです。
 業績不振となれば保身に走る支店長が職員のリストラで人件費削減を図り、本社の方で問題ありと判断すれば支店長の首を換えることになるでしょうし、あまりにも採算が合わないようならその支店そのものを閉鎖することも、、、。

 リストラで人件費削減
 支店長のクビ
 支店の閉鎖


 結局、誰も幸せになれない職場です。


◇ 支店長の「思い」が変われば!?

 ここからは支店長と職員と、全く空想の話です。まずは支店長側からですが、性根の腐った支店長が変わるかどうかは解りませんが、もしも「思い」が変わるか、あるいは別の「思い」を持つ支店長が来たとして、その「思い」とは、職員に対する感謝と労い、信頼、少しでも給料を上げて、皆が喜ぶ職場を作る「思い」です。
 まずは「ありがとう」、「ご苦労様」の言葉を、日々、心から伝えます。仕事が上手く行かないことに対して親身になって相談し、自らも責任を持つ姿勢です。職員の仕事ぶりに深い理解と、信頼を寄せ、本社の規定とは別に、時間外労働他、自分の裁量でできる限りの手当をつけて職員の給料を引き上げます。

 職員に対する感謝と労い、信頼、待遇改善の「思い」を持つ支店長

 そうするとどうなるか?、「この店長を裏切ることはできない」、「この店長を盛り立てて良い職場にしていこう!」、「良い仕事をしよう!」と言う発想が職員に芽生えます。外回りで無駄な時間を潰したり、誤魔化して時間外手当を取ろうなどとする職員はいなくなります。当然のごとく、業績は良好となり、誰もがやりがいのある職場に生まれ変わるでしょう。

 職員の意識が変わり
 業績は改善


 支店長の「思い」が変わるだけで誰もが幸せになれるのです。


◇ 職員の「思い」が変われば!?

 今度は、私の知人をはじめ、職員の側の「思い」についてです。支店長がどんな人物であろうと、「自分は真面目に良い仕事をするのだ!」と言う意識を持って、不正に近い行為から時間外手当を取ろうなどと言う恥ずかしいことはしない、なるべく時間内に仕事を終わらせて、職場の収益に貢献する意思を持つ「思い」です。

 職員の側で真面目に仕事に打ち込む「思い」を持つと

 仮に1人の職員がそういう「思い」になったとして、それは周囲に伝わる可能性は高いでしょう。職員がそうした「思い」になった時、支店長は、その職員たちの心意気に感化され、支店長の「思い」も変わります。真面目な職員に支店長が応えて、職員に対する感謝と労い、待遇の改善が生まれるかたちです。

 真面目な職員に支店長が応える姿勢

 こうして、1職員の「思い」が変わるだけでもその職場が変わり、誰もが幸せになれるのです。


◇「思い」は周囲を変えられる!

 多くの人は、自分は周囲の状況に左右されると思っています。無能な部下に囲まれて、職場に活気がない、人望のない上司、給料が少ないから生活が苦しい、業績が上がらないから本社より責められる、等々、それぞれに言い分があって、どうにもならない様々な周囲の環境が自分に大きく影響していると思っております。
 でも、上で申し上げた通り、支店長の「思い」の変化は職員を引っ張るかたちを生み出しますし、職員の側の「思い」が支店長を変えることもできます。つまり、とかく周囲に影響を受ける存在である人間の「思い」は周囲を変えられる可能性があると考える次第です。

記憶によるブロックからの解放、記憶の消去で未来は開ける!


 先日、内輪の会で、あるフリー・ジャーナリスト、高山さん(仮名)の講演を聞きました。内容は、マスメディアは本当のことを報道していず、ともすると民衆を洗脳する道具である、とする最近はやりのものでありましたが、その中で、「本題からは逸れますが、最近、私個人に起こった出来事で、是非とも聞いていただきたいことがあります」と切り出して、30分ほど両親、幼馴染の同級生との和解の話をされました。個人の事情ですし、100%正確な情報ではありませんので、個人の特定を避け、若干のフィクションを加えることを予め申し上げ、その話をご紹介します。


◇ これまでの人生は両親と幼馴染が原因

 フリー・ジャーナリストを自称する高山さん(仮名)と言う人物は、必ずしも順風満帆の人生ではなく、本人曰く「負け組」に含まれる、そんな道のりを歩いて来たとのです。高校受験も大学受験も、両親に反発して、あるいは力不足でありました。大学卒業後は、普通に就職したものの、うまく行かず退職してしまい、アルバイト生活に転じて、概ね人間関係が下手で、異性ともうまくいかない、50歳を過ぎて無職、独身とのことでした。

 うまく行かない人生、50歳を過ぎて無職、独身

 こうした己を振り返り、恵まれない人生は、自分の周りにいた3人の人間、父、母、幼馴染の同級生の男性のせいであると、ずっと頑なに信じてきたとのことです。当然の如く、この3人の人物を恨んでも恨みきれない心境が常にあったと言います。


◇ 学童時から青春時代にかけて

 高山さんは北陸地方の郡部に生まれ育ち、姉が2人いる3人姉弟の長男とのことです。彼の父は、不動産事業に成功して財を成したのですが、時には法に触れるスレスレの行為もあったようで、つい最近になって、高山さん自身が実の父親を脱税で告発したりもしました。その、高山さんの父は、高山さんに対して子供の頃からとても厳しく接したとのことです。とにかく、娯楽を否定して、テレビや漫画はもちろん、外で友達と遊ぶことすら許しません。二言目には学問を強要し、ほとんど毎日のように、夕方、テレビを見ていた高山さんは、父親が帰宅する玄関先の足音を聞いて、二階の自室へと逃げ上がったとのことです。おそらくは、1人しかいない息子をエリートに育て上げ、自分のような成功者にしたかったのかと思われますが、高山さんには、「親の心、子知らず」だったのかも知れません。
 高山さんの母親と言う人は、いわゆる昔の良妻賢母だったようで、高山さんの父、ご主人の教育方針に従順に従い、子供時代の高山さんが勝手に外出すること、友達と遊ぶことを厳しく禁じたと言います。厳しい父から守ってくれるとか、慰めてくれることはなく、高山さんにとっては父の手先となって、高山さんを苦しめる存在でありました。

 厳格な父、父の味方である母

 今から40年ほど前の北国の小さな村、同級生の男子は数人しかいない環境でした。そんな状況で、お金持ちの親が厳格で、友達同士でなかなか遊べない、そんな子供はいじめの対象となり、とりわけその村にいた在日朝鮮人の同級生から数え切れないほどの意地悪をされ、時には暴力も受けたそうです。それなりに上位の成績であった高山さんですが、その在日の同級生と離れたくて、また両親への反発もあって、両親が勧める受験校には進学せず、遠く離れた商業高校に入学しました。

 北国の小さな村で数少ない同級生からのいじめ

 学問に厳しかった両親に反発して、子供の頃からいじめられた在日の同級生が近くの受験校に通うのを尻目に、雪国で1時間も歩いて通う高校時代、高山さんは強いコンプレックスと対人関係の支障が植え付けられたと言います。それは、地元の国立大学に進むことは叶わず、関東の私大へ進学してからも変わりがなかったとのことでした。


◇ 社会人になって

 大学卒業後、都内の報道関係の会社に就職した高山さんは、そこで些細な理不尽なことに我慢がならなかったようです。現在のライフ・ワークとなっているようですが、報道の自由がない、大企業や、時には政府によって報道が規制されてしまう、そんな風潮に嫌気がさしたと言っております。元々、コンプレックスの塊から人間関係が上手ではなく、上司に従うことは両親に束縛された過去を惹起してしまい、安易に退職、脱サラしてしまいました。

 せっかく就職しても安易に退職、脱サラ

 ところが、自分に合った職業に有り付き、自分がやりたいことをやれるほど世の中は甘くはなく、もちろん故郷に帰る気持ちはなく、コンビニのアルバイトをしながら、コピー・ライターをやったりもしていたとのことです。そして、そんな彼の心には、常に父と母と在日の同級生が浮かんで来ては消え、この3人のせいで今の自分がある、自分の人生を狂わせた、父と、母と、同級生と、憎んでも憎みきれない存在と思い続けていました。

 今の自分があるのは父と母と在日の同級生のせい!
 自分の人生を狂わせた、父と、母と、在日の同級生を憎む心


 北国から上京してうまく行かなかった青年が、どこか心に傷を負っており、それが人生をも狂わす構図が伝わって来ました。人の道とは、かくも脆く壊れやすい、いかにも容易に曲がりやすいものであることを感じます。


◇ 少しずつ芽が出て来たつい最近、和解へ

 子供の頃から机に向かわされた高山さんには、様々な調査をしたり、文章を書く能力が備わっていたようです。コピー・ライターの仕事をしながら、ブログを執筆し、さらには単行本を出したりして、主として世のジャーナリズムに対して異論を唱えております。
 取り上げている題材や論評の内容はともかく、つい最近になって、少しずつ芽が出て来たところで、ある人に自分の人生について語る機会を得たそうです。様々なコンプレックスや打ちひしがれた感情、人間関係に上手ではない彼が、ほとんど初めて、苦しい気持ちを打ち明けたとのこと、、、。
 彼が身の上を話した相手は、親身になって彼の話を聞いてくれて、涙も流してくれたそうです。そして、その人が言ったのは「憎むのを止めるべきだ!、和解したらどうだろ?」とのことでした。高山さんは、そういうアドバイスを求めていたのかも知れませんが、とても戸惑い、迷いましたと言っております。

 「憎むのを止めるべきだ!、和解したらどうだろ?」との助言を受け

 果たして、彼は北陸の故郷に実に久しぶりに帰りました。そして、父と母に会って、これまでのトラウマやコンプレックス、人生にうまく行かなかったこと、自分の感情、そして今、少しずつ芽が出てきていることを告げて、まずは謝罪したそうです。そうしたら、父の方から「いや俺の方こそ悪かった!」と頭を下げ、また母も「私も貴方を苦しめてしまって!」と言って、3人で抱き合って泣きました。

 両親と抱き合って泣いて和解

 40年来の憎しみを持っていた両親との和解を果たした彼は、小中学校時代にいじめられた在日朝鮮人の同級生には、会うことはせず電話をしました。久しぶりに故郷に帰ったこと、両親と和解したこと、このまま東京に帰ることを告げて電話を切った彼のもとに、同級生から折り返しの電話が入り、是非とも送らせて欲しいと申し出がありました。30年ぶりに再会したところで、在日の同級生から「あの頃は悪かった」と、謝罪の言葉が出て、2人は高山さんが上京する駅のホームで抱き合って泣いたとのことです。

 いじめられた在日の同級生とも和解

 高山さんは、講演の中で、つい最近のこととして上のエピソードを紹介しましたが、実はある女性が独身である彼に接近しており、もしかしたら上手に交際が始まるかも知れないと言っていました。過去の辛い記憶を振り払うことによって、遅まきながら人生が開けてきているのを今、実感しているとのことでした。


◇ 子供の頃の記憶によるブロックの存在

 スピリチュアルズムの世界では、前世から引き継いだカルマ(業)を払拭するために今世があって、浄化し得なかったものは来世に引き継がれるように言われます。これは魂の継続性と言う考え方に立脚したものだと思います。
 これに対して、子供の頃に受けた記憶がその後の人生におけるある種のブロックとして作用するとの考え方があります。私はこれを「インナー・チャイルド」と言う言葉で表すことが多いのですが、これに対する異論反論はあるようです。何れにしても、人間形成において、最も大きな存在は、普通の場合は親であり、幼少時の家庭環境であります。必ずしも両親や家庭環境のみならず、子供の頃にインプットされた記憶が、その後の人生に生かされる場合とブロックとなって障害となる場合があります。ブロックとして障害となる場合とは、具体的には幼い頃のネガティブな体験が記憶の中からよみがえり、それを実生活で再度、実現してしまうことであります。

 こうした記憶に伴う実生活におけるブロックから解放されるための自己啓発の発想は、河合 政実 氏の「幸せを呼ぶ 自愛メソッド」にわかりやすく記載されておりますので、ここでご紹介いたします。

自愛メソッド表紙 図

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生き方が変わる!

幸せを呼ぶ 自愛メソッド

河合 政実


第四章.自分を愛する

記憶のCDを消去する

 わたしたちの持つ様々なデータが再生することが問題発生の原因となっていますが、わたしたちは言わば「パターン化した記憶のCD」のようなものを持っていると考えると、説明がよりわかりやすいかもしれません。
 子どもの時代のネガティブな体験を元にCDがプレスされて作成されたと考えてみてください。
 たとえば、子どもの時代に親からDVを経験したことがヘビメタ「鉄拳天国」と言うCDを作り、両親の不幸な結婚生活を見てきたことが演歌「悲しい恋の物語」というCDを作り、母親がいつもお金で苦労していたことがジャズ「貧乏人のブルース」というCDを作ったということにいたしましょう。
 これらのCDは、普段は海馬という脳のなかのハードディスクに保存されているのですが、何らかのきっかけで無意識のうちにプレイボタンを押してしまい、再生されるのです。
 ほとんどの場合は、CDの内容が連想されることが起きると、気づかぬうちに再生ボタンを押してしまうのですが、海馬のなかには膨大なデータが保存されているので、何が原因で再生ボタンが押されたのかまったく見当もつかないことも多々あります。
 再生ボタンが押されてしまうと、後は、自動的なメカニズムが働きます。
 たとえば、そこでヘビメタ「鉄拳天国」という曲が自動的に流れるのです。するとあなたはパートナーから怒鳴られ、殴られてしまうのです。
 あるいはそこで、演歌「悲しい恋の物語」という曲が流れるのです。するとあなたは結婚しているにもかかわらず、異性と恋に落ち、辛い思いを日々するのです。
 あるいはそこで、ジャズ「貧乏人のブルース」という曲が流れるのです。するとあなたは収入が激減し、日々の生活に困るようになり、借金に追われるようになるのです。
 ですから、原因は、あなたの暴力的な夫にあるのではありません。あるいは、優しくしてくれないパートナーのせいでもないのです。あるいは、世の中が不景気なせいでもありません。
 無意識のうちにそれらのCDの再生ボタンを押してしまうことに原因があるのです。あなたの “そと“ には原因は何もないのです。
 では、どうしたらいいのでしょう。
 答えは簡単です。
 その「記憶のCD」を消去してしまえばいいのです。
 「記憶のCD」に対して、心の中で「愛しています」と言うことで消去することができるのです。

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 この考え方の根底には、自分の周りに起きるすべてのことは、実は自分自身によって引き起こされているとする「引き寄せの法則」と、自分の中の「記憶」を消去することによって周囲の状況も未来も一変する「ホ・オポノポノ」の思想が流れております。



   Merry Christmas!

人生を思いっきり楽しんでいる人の「10のコツ」


 以前にも紹介したコラムのサイト、TABI LABOに「人生を思いっきり楽しんでいる人の『10のコツ』。他人を変える努力なんてしない」とのタイトルの文章がありました。人気ライターのPaul Hudson氏がElite Dailyにまとめたものを引用しています。「人生を楽しむ」ための1つの方法論、自己啓発術としてご紹介、若干の解説をお付けします。「人生を楽しむ」ためですので、逆を言えば「こうしていると楽しめない」と言うことの裏返し、逆の発想に立っているのが感じられます。

人生を思い切り楽しむ人のコツ HP

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 驚くべきことに、「自分の人生が好き」と言える人がそう言えない人とまったく違う生き方をしていることが分かりました。人生、いろいろあります。でも、好きと言えるかどうかは自分次第なのです。幸せは、物事をどう捉えるかによって大きく変わります。そして、人生では自分が望んではいないことも起こります。でも、いま自分がいる状況は、これまでに自分が決断し、行動してきたことの積み重ねと言えますよね。「我が人生に悔いなし!」と言える人になるためには、これから説明する10のことを心がけてみましょう。

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◇ 01. 周りの視線を意識せず自分の判断で行動!

 言うまでもなく、周りの視線を意識して行動することが求められる時はあります。正しい判断力に欠ける人ならばなおさらです。しかし、周りの目を気にすることで己の行動が制限されたり、躊躇することがあるならば、それはつまらない束縛です。つまり、周りの目など気にせずに自分の判断で行動することは束縛からの解放です。

他人の目を気にすればするほど損


◇ 02.“義務感”でやるのではなく、やりたいからやる

 「義務感」と「したい気持ち(欲求)」とでは、同じ行動だとしても動機付けとしては正反対です。その結果として、義務感によるマイナス・サイクルに陥ることがあり、逆に、したい気持ちに従って行動することによるプラス・サイクルを生み出すことがあります。

義務としたいのサイクル

 自分の人生を楽しんでいる人は、すべてにおいて自分主導です。何かをするのも、どこかへ行くのも、それらはすべて彼らが望んでやっていることです。「やらされている」と思うのを、「自分から希望している」と心を転換することでプラスを生み出し、人生を楽しめると言うことです。


◇ 03. 大切に想うからこそ、友達には頼らない

 友達を頼ると言うことは、その友達にとって頼られることによる義務感が生じます。つまり、02で取り上げた通り、友達は義務感で行動する、「人生を楽しむ」のに反する行動となります。大切に想う友達には人生を楽しんでもらいたい、そのためには頼りにしないことが肝要です。これは友達との距離感にもつながるものでしょう。

友達の図002


◇ 04. 肩書きなど気にせず、どう生きるかを重要視

 世の中には「肩書き」が溢れております。「どう言う仕事をしていますか?」とか「これまでのご経験は?」と言う質問に対して、「私は部長です」と答える人はいません。「肩書き」がその人間の資質を示す場合を否定しませんが、それよりなにより、どのような生き方をしているか?、こそが重要だと言う考え方です。「肩書き」に惑わされたり、「肩書き」によって肩に力が入ったり、「肩書き」に慢心したり卑屈になったり、自分にとって損なことも多いのが自他の「肩書き」です。そんなものを気にせずに、生き方に目を向けることで「人生を楽しむ」ことができるのです。

肩書きの数々 図


◇ 05. 地球を自分の家にする!

 ひとところに永住することを否定するものではありません。しかし世界は広く、人間は地球上の多くのところに生息できます。人生を楽しむ1つのコツとして、自分の生活空間を限ることなく、「地球は自分の家!」と思えるくらい、いろんなところに出歩くことを勧めています。 

地球を持つ図


◇ 06. 自分の哲学を生み出す

 「この本に影響を受けた」、「あの人に人生を教わった」、そんな言葉を聞くことはありますし、そうした形で哲学を身につけることは悪いことではありません。でも、自分の生き方を他に依存してばかりいると、複数の異なる考え方に出会った時に困ります。自分独自の哲学を持つことは、他の哲学からの自由、解放を意味します。

古代ギリシャの図


◇ 07. いつ死んでも後悔しないよう日々を全力で生きる

 人間はいつか死にます。どのような人生を送っていたとしても、最期は必ずやってきます。「人生を楽しむ」人々は、時間が有限だと知っているので、時間を大切にしていると言います。死を避けることはできません。それならば、その現実を受け入れることが大切であり、いつ死ぬかをコントロールすることはできないけれど、どのように生きるかはコントロールすることができます。

今日の無駄な1日は昨日死んだ人の明日


◇ 08. 自分が体験したことのみを事実とする

 他人の体験談を聞いて、それを事実と認識することは普通にあることです。でも、今、自分が生きている環境は、自分の価値観や感性で作り上げたものです。いろんな経験をすることで、自分の目で見たもの、自分が感じたものを事実として受け入れる機会が多いほど、自分の周りの環境を自分で作り出しており、「人生を楽しんでいる」と言えるでしょう。

自分で体験すること


◇ 09. 将来を見据えた目標を持つ

 過去は過ぎ去った時間であり、未来は未だ来ない時間です。過去ばかりに縛られていても先へは進みませんし、ただ待っていても明るい未来は来ません。今を大事に生きると言うことは、未来に期待し、夢を持ち、目標を掲げることから始まります。「将来を見据えた目標を持つ」ことは「人生を楽しむ」ための基本であります。

目標に向かう長い道


◇ 10. 他人を変える努力をするより“どう付き合うか”を考える

 「どう付き合うか」と言うと、それは友達であったり、恋人、夫婦間、上司と部下など身近な人間関係から、中韓や米国など国家間の場合にも使われる言葉です。誰かを自分に合うように変えることは、簡単なようでいて難しいもの、国家間なんてまさにそうです。ですから、そのために時間を費やすのは無駄な時間です。相手に嫌なところを見てしまった時、それを改めさせようとすると、それはしばしば苦痛を伴います。「他人を変える努力」なんかしなければ、むしろ苦痛はありませんし、心は穏やかなことも多いでしょう。また、どうしても嫌なところに耐えられない場合には「サヨナラ」も一案です。

どう付き合うか 図

絶対に「No!」と言うべき31のこと 〜 幸せに生きるために 〜


ゼッタイに「NO」の記事 写真

 時々覗いているコラムのサイト、TABI LABOで「ゼッタイに『NO』と言うべき31のこと。幸せに生きるために」と題した文章に目が止まりました。「The Voice of Generation Y(Y世代の声)」というキャッチコピー、その「Y世代」とは「1975〜1989年(あるいはミレニアル世代:1980年代から1990年代)までに生まれた世代」のことで、2012年に設立されたメディア、ELITE DAILYの女性ライター、Gigi Engle氏の言葉です。運気を上げる自己啓発、具現化に通ずるものと思われ、自分なりの解釈を付けて引用します。

Elite Daily ページ
ELITE DAILYのホーム・ページTHE SCIENCE OF YOU

 Gigi Engle写真
Gigi Engle氏

 「No!」と言うのは簡単そうに見えて、意外と難しいことです。なんとなく受け入れてしまったり、雰囲気に流されたり、断りきれずに了解して痛い目にあうことも、、、。人生で、「No!」と言うべき時は必ずあります。きちんと意思を表明しなければ相手の都合のいいように物事が運ばれて、自分の人生に失敗してしまうこともあるでしょう。

「No!」の写真

 不本意な仕事をさせられたり、これも、本意ではない恋愛関係をだらだらと続けたり、、、。もっと単純な、実生活において、「No!」が言えなかったが故の、無駄な時間、不快な思い、後悔の念、そして大きな失敗、逆を言えば、咄嗟の判断で「No!」とすることにより、運気を引き寄せること、自分の人生を確りと掴むことは、少なくないと思います。以下、Gigi Engle氏が言う「No!」を箇条書きにしました。


◇ 01. 興味のない仕事 に「No!」

 最初に「仕事」をもってくるところにGigi Engle氏の力強さを感じます。現代のサラリーマン、非サラリーマンの成人で、「興味のない仕事」に対して「No」と言える人がどれだけいるか?、現代人に対する挑戦ともとれる発言だと思います。「興味のない仕事」に対して「No!」と言える、「そんな人間になりなさい!」、と言う若者に対する提言です。

できない理由に興味がない!


◇ 02. 先の見えない恋愛関係 に「No!」

 「自分を犠牲にするような恋愛関係はやめて次の人を探しましょう。」と注釈があります。現代において「先の見えない恋愛関係」は男女ともにあり得ることです。著者が女性であるGigi Engle氏だからと言って女性だけに該当する考え方ではないと思います。当ブログでも取り上げましたストーカー行為は圧倒的に男性の方が多いのが現状です。自分が「先の見えない恋愛関係」にあると自覚したら、それに「No!」を突きつける教えであります。

恋愛したことがある相手 グラフ


◇ 03. 型にはまった生き方 に「No!」

 ある、「型にはまった生き方」があるから、大学医学部から医師を目指す、法学部を出て司法試験をパスして法律家、あるいは企業への就職、と言った道があります。こうした人生を完全に否定してしまったら現代の社会は成り立たないでしょう。しかし、個々の職種の枠の中において、前人からの「型にはまった生き方」を踏襲したならば、これは、変わりゆく世の中への対応を放棄した生き方であります。どうした人生を選ぼうとも、可動性良好な、フレキシブルな生き方はあるべき姿でしょう。


◇ 04. 両親からの期待 に「No!」

 子供に期待しない親は、殆ど、いません。「両親からの期待」に対する「No!」とするのは、その期待に応えることへの否定ではなく、「両親からの期待」に縛られることへの「No!」であります。

合格発表 親の期待


◇ 05. 周りからの意見 に「No!」

 Gigi Engle氏が極端に独善的な人間とは思いませんが、ここにも強い意思を感じます。これは01の「興味のない仕事」に対する「No!」と同じで、「周りからの意見」に左右されない、強い自分を持った大人であるべき、との考え方かと存じます。

周りからの声にうんざり


◇ 06. 足を引っ張ろうとする人 に「No!」

 やっと万人に伝わる言葉が出てきましたが、実はこれも難しいのが実際です。まず、自分の「足を引っ張ろうとする人」かどうかの判別が難しい場合があります。また、明らかに「足を引っ張ろうとする人」であっても、情に流されたり、切りたくとも切れない人間関係はあります。

足を引っ張る人


◇ 07. 社会が求めること に「No!」

 「社会が求めること」を実践することは、その社会に大きく貢献することであり美徳とされます。これに対しても「No!」としてしまうのは、やはりこれまでの流れの通り、「自分らしい生き方を貫く」と言う強い意志だと思います。もちろん反社会的行為ではありません。社会が求めるままに犠牲的精神で行動することを否定しているのです。


◇ 08. 貴重な時間をムダにすること に「No!」

 これも簡単のようでいて難しいです。日常生活において、ついつい無駄な時間を過ごしてしまいます。下手すると、まる1日、無意味な時間なんてことはしばしばです。自分でそうした時間を作ろうとしているのではなく、社会において、不本意にも無駄な時間に巻き込まれることも多いでしょうか?

時間の無駄な会議の図


◇ 09. 他の人のために待つ時間 に「No!」

 「他人のことは待たない!」って断言してしまえば、社会的に、人間関係においても、問題かと存じますが、「待ってるね!」ってするよりも「先に行ってるね!」とすることは可能でしょう。意図的に「他の人のために待つ時間」を作らないことは可能です。そうした心がけを促しているものと思います。


◇ 10. 過剰な食事制限 に「No!」

 ダイエットのため、健康のため、ファスティングは密かな流行りでありますが、過剰な食事制限はリバウンドがあり、また必要なビタミン、ミネラルが欠乏する恐れがあります。計画性をもって、無理のない、理に叶った食事制限が求められるところです。

食事制限 写真


◇ 11. 最低の上司 に「No!」

 言うまでもありません、こんなものはいりません。でも、自分にとって「最低の上司」を作らないことはできます。自分に害がないよう、関わりを持たないとか、矢面に立たない接し方はあるかも知れません。どんな社会でもダメな人間はいて、自分に災いを及ぼす上司はあり得ます。いちいち、そうした存在に「No!」として反発したり、職を変えていれば、うまい生き方ではありません。やはり、自分にとって「最低の上司」を作らないことでしょう。

最低の上司 図


◇ 12. 最後の1杯 に「No!」

 これはお酒のことのようです。周りから「最後の1杯!」って言われても、飲みたくないのであればきちんと「No!」と言いましょう。


◇ 13. 直感的にしたくないこと に「No!」

 理屈や理論を重視して、直感を大切にしない人が多い昨今ですが、直感的に嫌なこと、したくないことに遭遇した時に、その「直感」を重視する習慣をもつことは大切です。

直感的にしたくない 図


◇ 14. 自分を甘やかすこと に「No!」

 自分を憐れみ悲しみにくれるよりも、今よりも良い方向へと向かうように頑張るべきです。悲観的な思いに「No!」を突きつけましょう。


◇ 15. 逃げ続ける人生 に「No!」

 無駄な戦いを避けて、敵を作らず、上手に立ち回る生き方はありだと思いますが、困難なことにも、逃げずに立ち向かわなければない時はあります。

人生の9割は逃げていい 図


◇ 16. 誰かの意見に従い続けること に「No!」

 よっぽど優れた師匠でもない限りは、誰か他人の意見に従い続けることは自分の固有の人生にはなりません。必ず、自分の中でオリジナリティを持つべきです。


◇ 17. 沈んだ気持ち に「No!」

 悲しみや沈む気持ちは人間ならでは当たり前に訪れる感覚ですが、いいかげん、悲しみに浸るのはやめて外に出ましょう。きっと、楽しいことが待っているはず、と言うことです。

沈んだ気持ち 写真


◇ 18. 夢を諦めること に「No!」

 まず、夢を持つことが第一、そして、その夢を諦めないことが大事です。夢を持ち続けることが人間の原動力であるべきです。

夢を諦める理由はない


◇ 19. 惰性で動くこと に「No!」

 「夢を諦めること」に似ています。夢も目的もなく、惰性で働くことは避けましょう。

惰性の図 01


◇ 20. 自分の弱さを正当化すること に「No!」

 欠点を補う強みを持つことは大事ですが、欠点=自分の弱さを正当化ではなく、克服することで人間に成長があります。


◇ 21. 無理なダイエット に「No!」

 女性らしい発想ですが、「10. 過剰な食事制限」と同じです。

ダイエット 写真


◇ 22. 自分を過度に守ること に「No!」

 このコラムでは、概ね、自分の気持ちや直感、夢、自主性を守る姿勢を説いておりますが、必要以上に「自分を守ること」にも「No!」としています。時には傷つくことも厭わない生き方を言っているのdしょう。


◇ 23. 簡単に諦めてしまうこと に「No!」

 「18. 夢を諦めること」と同じです。「夢」のような大げさなことでなくとも、日常生活で簡単に諦める習慣に対しては「No!」です。


◇ 24. あなたのために時間を使わない友だち に「No!」

 本当の友だちなら、スケジュールを調整してあなたのために時間を割いてくれるはずです。「あなたのために時間を使わない友だち」は本当の友だちではありませんから「No!」と言うことです。


◇ 25. まわりからのプレッシャー に「No!」

 序盤の「04. 両親からの期待」、「05. 周りからの意見」、「07. 社会が求めること」にも通じることです。まわりからの圧力に縛られない生き方が求められます。

まわりからのプレッシャー 図


◇ 26. 人生に迷うこと に「No!」

 人生に迷うことはしばしばあります。それ自体を否定するのではありません。方向性を失った時、それは冒険の始まりです。迷いに「No!」を突きつけ、挑戦しましょう。

迷う瞬間 写真


◇ 27. 人の犠牲になること に「No!」

 「05. 周りからの意見」、「06. 足を引っ張ろうとする人」、「07. 社会が求めること」、「11. 最低の上司」、こうしたものに「No!」とすることで、「人の犠牲になること」が避けられます。

戦争犠牲者 記事


◇ 28. 目に見えない境界線 に「No!」

 人生において、どこかの段階を「境界線」のように思ってしまうことはあります。未来は限りなく広がっていることを忘れてはいけません。知らない間に「目に見えない境界線」にぶちあたり、これに気付いたら速やかに「No!」としましょう。

境界線 の図


◇ 29. 単調な日々 に「No!」

 「18. 夢を諦めること」、「19. 惰性で動くこと」に通ずるものです。「単調な日々」を過ごせるほどに私たちの人生は長くはありません。

平凡な日常からの脱出 図


◇ 30. 流されてしまう性格 に「No!」

 楽な方へと流されてしまう自分、社会の求めるところに流される自分、他人の意見に流される自分、そうした「流されてしまう性格」に決別しましょう。

考えてるつもり 本


◇ 31. ソーシャルメディアに依存すること に「No!」

 今はモバイルですぐになんでも調べられ、それを簡単に鵜呑みにします。自分の目で確かめ、自分で取材して、確固たる知識を積み上げる努力が必要です。ソーシャルメディアが正しいばかりではないことを知るべきです。

ソシャルメデアのNo!

「直感(instinct, intuition)」を鍛えて磨く、そして自由に利用する!


 「直感」がその通りになった2日間のパチンコを紹介しましたが、以前にも似た様なことがあったのを想い出しました。「年末ジャンボ宝くじ」です。まずはこちらのご紹介から、、、。


◇「直感」に従い当選した年末ジャンボ宝くじ

 2年ちょっと前の2012年の年末、11月ころでしたか?、なんとなく日常を送っておりましたが、突然、「絶対に勝つから宝くじを買いなさい!」との声?、観念?が心に響いて来ました。何度も繰り返される「お告げ(?)」、やっぱり「直感」の言葉がしっくりしますが、これのために、すっかり宝くじが当たる気持ちになりました。
 「年末ジャンボ宝くじ」、10万ほど購入したところ、、、もちろん何億も当たったわけではありませんし、もしそうならこんなところで言及しませんが、1等組違い(10万円)が1つと、4等(5万円)が2つ、5等(数千円?)に当たり前の6等(300円)がいくつか、合計で10万ちょっとの利益となりました。
 これを「当選」と呼ぶのは大げさかも知れませんが、これまでのところ、宝くじでは最高の利益でありました。翌年も、「柳の下の二匹目のどじょうを狙う」ではありませんが、「年末ジャンボ宝くじ」に再チャレンジ、その時はなんの「直感」もなく、当選は最小限でありました。

「年末ジャンボ宝くじ」写真

 言うまでもなく、ここでの話題は「年末ジャンボ宝くじ」ではなくて、「直感」であります。改めて申しますが、「直感」を磨き、「直感」を自分の味方に付けて、「直感」を自分の能力として自在に操れれば、日々の判断に役立ち、先を誤らず、人生における大きな力となることでしょう。


◇「直感(instinct, intuition)」の概念

 辞書によると「直感」とは「推理・考察など論理的思考によらず,感覚的に物事の真相を瞬時に感じとること」であります。起こった現象をそのまま言葉にすれば辞書の通りで良いのでしょうけれど、その機序、メカニズムを正確に考察されていないのが現状で、様々な仮説が観られます。

直感を得る瞬間

1.「直感」を過去の経験に基づく選択との発想

 極めて一般的な考え方です。「なんとなく」や「気がする」、「気が進む(まない)」、「~の予感がする」ということは、単なる偶然の出来事ではなく、経験してきた過去を対象に、脳が一瞬で検索をかけ、その場に適した最もよいであろう選択に脳が反応していると言うものです。この場合、過去の経験に基づいた脳の反応ですので、「直感」は「偶然」ではなく、むしろ「必然」であると考えられます。

 「直感」は過去の経験に基づいているため「偶然」ではなく「必然」

 「直感」の正体は個人の過去の記憶であり、経験したものを脳が整理した結果の能力とする考え方ですので、経験豊富な人間、いわゆるベテランには「直感力」が備わっていると言えるでしょう。確かに経験に裏打ちされた「勘」みたいなものはよく言われます。これこそ記憶や経験に基づく「直感」なのでしょう。

2.「直感」が生来のものとの考え方

 「直感」が経験に基づくもの、記憶そのものとの考え方とは正反対の発想です。生まれながらの記憶、言うなれば前世からの記憶に基づく脳の反応と言うものです。輪廻の発想は、人は何度も転生し、過去世における業(カルマ)を背負って生まれ変わります。

 「直感」は生まれながらの記憶、前世からの記憶に基づく脳の反応

 前世の記憶が潜在意識にあって、これが顕在意識に現れてくるのが「直感」であるとの考え方であります。例えば、なんの人生経験もない赤ん坊であっても、宙に浮く物体を目で追う現象が観られます。これは、非日常的なものとして認識する能力が赤ん坊に備わっているためであり、その「宙に浮く物体」が珍しいものであるとの記憶があるためとされます。

 赤ん坊の興味に生来の記憶の可能性

 さらに言えば、輪廻の発想と出処が同じか違うか解りませんが、古代からハワイにて伝承されて来た「癒しの方法」、「問題解決法」である「ホ・オポノポノ(Ho’O Ponopono)」では、潜在意識である「ウニヒピリ(Unihipili)」の持つ「記憶」が人に不幸をもたらすのであり、これをクリーニングすることを説いております(2013年11月8日「幸せになるハワイの教え 『ホ・オポノポノ』」)。

意識の構造と記憶

3.体外離脱による「既視感」に基づくもの

 人間は睡眠中に魂が体外離脱して時空を超えて移動するとの考え方があります。臨死体験で見てきた過去や未来のものを告げる人がいるように、睡眠中の経験を夢見として体験したものが、現実に起こる感覚、これが「既視感(déjà-vu)」であるとの考え方があります。体外離脱で未来を見てきたからこそ、日常生活における未来に対する予感のような「直感」が出現すると言うものです。

体外離脱 写真 02

4.「直感」をチャネリングの一環とする考え方

 咄嗟に脳裏によぎる観念、「なんとなく」や「気がする」、「気が進む(まない)」、「~の予感がする」は、自分の意識に現れるようでいて、実は自分と繋がる別の存在からのメッセージであるとの考え方で、その別の存在を「ガイド」、「ハイヤーセルフ」などと、そうしたメッセージを受け取ることを「チャネリング」と言います。危険やチャンスを知らせる自分と繋がる別の存在からのメッセージが「直感」であるとの考え方であります。

ハイヤーセルフの図02


◇「直感(instinct, intuition)」を鍛えて磨く術

 パチンコを意識した時に得た「直感」、宝くじを買うきっかけとなった「直感」、これを自由に扱うことができれば、これはまたとない能力だと思います。ここでは「直感(instinct, intuition)」を磨く方法論を様々考えてみました。

1.いつも同じ行動を取らず「直感」に従う余地をもった生活

 ちょっと恥を話しますと、私が通うフィットネスがあるららぽーとに宝くじの店があり、ある時期、行くたびにロト6を買っていました。「毎回ルーチンで買っていけばいつかは当たるかも!?」なんて間抜けな発想でした。毎回買えばいつか当たるなら、誰でもみんなそうします。理系の人間でありながら、確率論など何も考えていませんでした。なにより、ルーチンで買っておれば「直感」の入り込む余地はありません。同じように「何曜日はパチンコ!」と決めて通うようにすれば、勝ったり負けたりで、それをコントロールすることはできません。

 何かをルーチンで行っておれば「直感」の入り込む余地なし

 運動や鍛錬と言った、己を磨くことをルーチンワークにすることは良いとして、ギャンブル性のあるものにルーチン化することはナンセンスだと思います。そこに「直感」に従う余地を持たすことによって、「直感」を経験し、「直感」を磨き、「直感」の有用性を理解できるようになると考えます。

2.「直感」に自問自答する習慣

 己の生活に、いつも同じ行動を取らず「直感」に従う余地をもたすことにより、行動の基準に「直感」の占める割合が増えます。例えば職場やモールなどの駐車場の入り口、いつも同じとしないで、2、3通りの選択肢から「直感」に従うようにするのです。建物に最短の駐車スペースを得られる選択を「直感」に委ねます。上で申したパチンコや宝くじも、「なんとなく」ではなく、「今日はどうする?」って「直感」に自問自答する習慣を持つことです。

 「直感」に従う余地をもたしてそれを実践

 人生の大きな選択や他人に影響するような事柄を「直感」に頼るのは危険性を伴いますが、日常のちょっとしたことに対して「直感」に自問自答して、「直感」に身を委ねる生活態度は「直感」そのものを高度なレベルに引き上げる可能性が高いでしょう。

3.自分の「直感」を信じる

 「直感」を偶然の出来事としてやり過ごしておれば「直感」を磨くことはできません。上で申した通り、重要なことを全て「直感」に頼るのは危険性があるとしても、日常生活のある一定の部分を「直感」に従う習慣をもち、そこで得た自分の「直感」を信じる習慣が「直感」を鍛え、磨くことに繋がると考えます。

4.「直感」から「潜在意識」を知る

 「直感」が過去の記憶に基づくものにせよ、生来の記憶にせよ、その局在は「潜在意識」であります。ある「直感」を得た際に「潜在意識」に目を向ける習慣も、「直感」と「潜在意識」を理解するきっかけになるでしょう。


◇ おわりに

 ちょっとした日常生活における出来事(パチンコの勝敗)から「直感」について考えるきっかけを得ました。人間社会は情報化社会であり、道徳やモラル、教育体系が備わっており、様々な要素に従って行動を起こす存在であります。そういう観点から考えると、動物よりもむしろ「直感」に従って行動しない生き物かも知れません。しかしながら、地上における生きとし生けるものの中で最も知力が発達しているのは、まぎれもなく、人間であります。動物として、もしかしたら、「直感」が退化しているかも知れません人間ですが、これを鍛えて磨き、そして自由に利用することは可能かと思います。

「直感」を受けて、明暗分かれた2日間のパチンコ


 私の中で「直感」が訪れ、それに従わなかった昨日と、その「直感」に身を投じた本日と、不思議な経験をしましたのでご報告です。いずれもパチンコの話です。実は、1月ほど前に、約半年ぶりくらいでパチンコをやったら、1万円投入したところで大当たり、4、5連チャンしたところで止めて、2万ちょっと換金しました。つまり1万円ちょっとの儲けでした。それが伏線であったことは確かだと思いますが、昨日もパチンコ店へと足を運びました。ちなみにこの数年の私は「CRエヴァンゲリオン」一筋です。


◇ CR エヴァンゲリオン9

 CRのエヴァシリーズ、いつの間にか9まで来ました。ちょうど10年前の2004年12月、ビスティ社より発売されたデジパチ機「CR新世紀エヴァンゲリオン」の大ヒットからシリーズ化され、最短で4ケ月、最長では1年7ヶ月の間隔を開けて新しいものが作られ続けております。

CRエヴァンゲリオン9 正面 写真

【CR エヴァンゲリオン9のスペック】
 大当たり確率(通常時) 1/390.1
 大当たり確率(確変中) 1/62.6
 確変割合        100%(ST100回転)
 ラウンド数       REGULAR BONUS 4R, BIG BONUS 8R,
             SUPER BIG BONUS 15R
 賞球数         3&2&10&15
 カウント数       9カウント
             

◇「絶対に負ける」との「直感」を受けて負けた昨日

 最近のパターンとして、早い時間に仕事が終わった場合には、ゴルフの練習場かフィットネスに行くことが多いのですが、上述のごとく、先月、1万円ちょっと儲けたのが頭をよぎり、昨日は2件の手術があって、肉体的に疲れていたのもあって、仕事が終わったところで心はパチンコに傾いて行きました。ところが、「絶対に負ける!」との声、と言うか「直感」が頭をよぎりました。「今日はパチンコで時間を潰そう!」と思う本心とは違う自分が「絶対に負ける!」と呼びかけているような不思議な感覚でした。そして、その気持ちがいよいよ強くなり、自分でも負けるだろうと思うようになりましたが、なんとなく流されるように「パチンコ やすだ」に吸い込まれて行きました。

 「絶対に負ける!」との「直感」に抗いパチンコ屋へ

 あっと言う間でありました。1時間もたなかったと思いますが、1度も「大当たり」することなく2万円が機械に吸い込まれて行きました。でも、心は冷静でした。「直感」で「絶対に負ける!」と感じていたのですから、予想が当たって納得、のような感覚もありました。


◇「今日は絶対に勝つ!」に従って大勝の本日

 今日は昼までが仕事です。昼食を摂って職場を後にしたところで、選択肢は、いつもの通り、1)ゴルフの練習場、2)フィットネス、3)すんなり帰宅、でありました。昨日、1度も大当たりせずに2万も負けたパチンコは、普通は、選択肢に入って来ないところです。ところが、愛車を走らす私の心に「今日は絶対に勝つ!」との「直感」が響いて来ました。もちろん、パチンコのことだとすぐに解りました。

 昨日2万も負けたパチンコは選択肢にないところ
 「今日は絶対に勝つ!」との「直感」


 昨日は「絶対に負ける!」との「直感」に抗いパチンコ屋に参りましたが、今日は「絶対に勝つ!」との「直感」に従ってパチンコ屋へと吸い込まれました。結果は驚きです。ちょうど5千円投入で「大当たり」、その後は21連チャンで、その大半がSUPER BIG BONUS 15Rでありました。出玉合計は23,601玉、4円当価ですので94,200円でありました。5千円の投資ですので89,200円の儲けです。

 5千円で「大当たり」から21連チャン、89,200円の儲け

 もう、20連チャンに近づいて来ると、「大当たり」の形式も変わって来て、数字が揃うことなく、碇シンジによって命を救われた綾波レイが笑顔を見せる感動シーンや、渚カヲルくんが碇シンジを迎えに来るシーンが現れ、ベートーヴェンの第九合唱が流れたりしました。

綾波レイ 笑顔

CRヱヴァンゲリヲン9カヲル 写真

 パチンコ自慢は良いとして、、、。私は2ヶ月に1回もパチンコに行きません。ですから年に4、5回と言ったところです。そんな頻度の人間が21連チャンなんて、パチンコを知る人なら解るでしょう。極めて稀なことです。ちなみに、過去において「ジョーズ」と言う機種で26連チャンしたことがあり、CR機とし自分自身、人生2番目の快挙でありましした。


◇ 大きな意味を持つ「直感」

 パチンコはギャンブルであります。相手がいて勝負する麻雀やカードゲーム、知識と経験が大きく関与する競馬や競輪と異なり、異論はあるかも知れませんが、現代において、CR機種は釘の調整や直近の「大当たり」履歴はほとんど関係がない、コンピューターレベルにおけるパチンコ店の裏操作はあるのでしょうが、客にとってはただの「運」に過ぎません。昨日も今日も、私はただ空いている席があったので座っただけで、なにも考えずに玉を打ち始めました。
 昨日は「絶対に負ける!」との「直感」があって2万の負け、今日は「絶対に勝つ!」との「直感」を受けて89,200円の儲けを得ました。私の中では、いずれも「直感」があったので、負けるべくして負けたし、勝って当然の勝ちであった、そんな感覚でした。

 「直感」に基づく当然の勝ち負け

 この際、勝ち負けなどどうでも良く、問題は「直感」です。これがいわゆる「予知能力」なのか?、勝ちや負けの「引き寄せ」なのかは判りません。ただ、言えることは、私自身、昨日と今日と、パチンコ店に入る前からその結果を「直感」で知っていた、と言うことです。

 パチンコ店に入る前から結果を「直感」で知っていた

 これは、身につけて、利用しない手はない!、「直感」を鍛える重要性は言うまでもないところです。個人に備わった予知能力かも知れませんし、もしかしたらガイドやハイヤーセルフからのメッセージなのかも知れません、精神正解への次元上昇:アセンションの始まりかも知れません。

 「直感」を鍛える重要性

 お金を得たことよりも、貴重な体験をした気持ちでおります。カテゴリを「スピリチュアル」とするのも「アセンション」とするのも大げさな気がして、「運気、自己啓発、具現化」として扱うことといたしました。

お金に対するある種の記憶がある種の行動様式を作り出す!?

 先の記事で、給与明細書から遅刻・早退に伴う控除がなされていたことを知り、それに対する不快な感情、つまらないことでお金を失うことを不幸に思う記憶が私の中に生じ、それがスピード違反を犯し、さらなる捕まってしまう不運を引き寄せ、そして罰金と言う不幸を繰り返してしまった私事をご紹介しました。
 引き寄せの法則が「心に思うことをなんでも引き寄せる」と説いており、欲しいものを強く念じて引き寄せるのであればそれは素晴らしいことですが、自分が知らないうちに心に生じてしまった感情や、自分が気づいていない潜在意識の記憶といったものが、良いこと悪いこと、己の行動様式を作り出している可能性はあるかも知れません。最近の経験同様、お金についての、引き続き「運気、自己啓発、具現化」カテゴリの記事です。


◇ 一代で富を築いた人物の二代目は?

 江戸時代、みかん船伝説で有名な紀伊國屋文左衛門は、若い頃に紀州みかんや塩鮭で財産を得、江戸に出てからは上野寛永寺根本中堂の造営で巨額の富を築きましたが、家督を継いだ二代目は凡庸な人物で、紀伊国屋は衰退したとされます。詳しい事情は解りませんが、ある程度の推測はできるでしょうか?

紀伊国屋の画像

1.お金に厳しい父親の記憶が二代目に影響?

 一代で財を成すほどの人物ですから、(現代の通貨で)1円の単位から厳しかったかも知れません。そういう父親の姿勢を見て育った二代目がケチとか貯蓄と言ったものに抵抗があったかも知れません。そうした記憶がお金を持つことができない行動様式を作り上げた可能性はあるかと思います。

2.お金を動かせない二代目となった可能性

 一代目紀伊國屋文左衛門は、江戸幕府の側用人柳沢吉保や勘定奉行の荻原重秀、老中の阿部正武らに賄賂を贈り接近したとされます。そういう巧みなお金の使い方を見て育った二代目が、そうしたクリーンではない行為に反発を持った可能性はあるかと思います。つまり、お金を上手に動かしてさらなる富を得ることができなかったかも知れないと言うことです。


◇ 財産に関する日米の感じ方の違い

 巨額の富を築くことについて、日本人と米国人では若干異なるように感じています。しっかり断定するものではありません。なんとなく、感じ方の違い程度の話です。

1.アメリカン・ドリーム

 米国には「アメリカン・ドリーム」と言う言葉があります。必ずしもお金持ちになることを意味するものではありませんが、他国からの移民であったり、ネイティブであっても恵まれない生活から努力して地位と名声を得た成功者に対してしばしば使われる言葉かと思います。私たちがよく名前を聞く人達にプロ・スポーツの選手達がいます。昨年のオフ、楽天の 田中 将大 投手はヤンキースへ年俸22億円で入団しましたが、彼はメジャーリーグでは12、13番目くらいのようです。ザック・グレインキーと言うロサンゼルス・ドジャースの31歳の投手がメジャーリーグにおける現在の年俸第1位で26億円だそうです。

グレインキー写真

 こうした選手達にも「アメリカン・ドリーム」と言う言葉は当てはまろうかと存じますが、そんな高額年俸の選手をゴロゴロと抱える球団のトップの人はもっともっとお金持ちでしょう。「世界の長者番付」のページを見つけましたので貼り付けます。

世界一のお金持ち 記事タイトル

世界一のお金持ち 記事の写真

 上位3位まで、カルロス・スリム・ヘル氏は6兆7890億円、ビル・ゲイツ氏、この方は知っています、6兆2310億円、アマンシオ・オルテガと言う方はZARAの創業者とのことで、5兆3010億円の資産をそれぞれ保有とのことです。こう言った人々は、召使を何人も雇って豪邸に住み、運転手つきの大きな車に乗って、海外の別荘でバカンスを楽しみ、小型ジェット機を所有して、などと、おおよそ自身がいくら財産を持っているのか知らないほどのお金持ちかも知れません。
 上で挙げた3人のうち米国人はビル・ゲイツ氏だけですが、彼もまさに「アメリカン・ドリーム」でしょう。本当のところは知りませんので、憶測でモノを言うのをお許しいただきたいのですが、彼のことを悪く言う米国人は少ないように思います。

 「アメリカン・ドリーム」から何を言いたいかと言うと、努力と才能で巨額の富を得ることを米国人は賞賛に値する感覚があるように思う次第です。

2.越後屋と 孫 正義 氏に対する日本人の感覚

 「越後屋」やら「越前屋」やら、大岡越前や水戸黄門、銭形平次、暴れん坊将軍でも、日本の時代劇に出てくるお金持ちは大概が悪い人です。陰で悪事を働き、金にモノを言わせて、社会を動かしたり、などなど、日本のお茶の間ではテレビから巨額の富を築く人間は「悪」であるとのイメージが定着しています。

大岡越前画像

 ソフトバンクの創業者である 孫 正義 氏は在日韓国人の二世ですが、日本に生まれ育った日本人であります。彼も米国なら「アメリカン・ドリーム」と言われてもおかしくない人物です。彼については、今でこそイメージは改善していると思いますけれど、以前は、企業の買収、これは今も盛んにやってますが、株の買い占めなどで会社を大きくしたダーティーな印象があって、良く言わない日本人は少なからずいると思います。

孫正義氏 画像

 テレビに出てくる巨額の富を持つ人物や、実際の日本のお金持ちに対して、日本人はその地位を得るまでの努力や才能を賞賛するよりも、「汚いことをやっている」と言う「悪」の認識を持ち易い気がします。

3.「武士は喰わねど高楊枝」など

 日本のことわざです。名誉を重んじる武士は、貧しくて食事がとれない時でも満腹を装って爪楊枝を使う、と言うことです。見栄を張っているとも捉えられますが、日本人は貧乏であることを気にしない、そんなことは大した問題ではない、ともとれます。別の言葉で、「お金なんかなくても!」とか、「お金では買えないもの」、「ささやかな生活を!」なんて、よくドラマや実在の人物の言葉として耳にします。

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 米国人が巨額の富を得ることを素直に賞賛して「アメリカン・ドリーム」と呼んだりもするのに対して、日本人はお金に執着しないようでいて、実は、日本人こそお金に対する悪しき感情あるいは記憶が潜在意識にあって、だから日本人はお金持ちを「悪」に思ってしまうのかも知れないと言うことです。


◇ おわりに

 己の最近の経験から、「お金」についての感情、記憶について考えてみました。実際に財産を食い潰した二代目の行動様式に関する推論と、日米のお金持ちに対する感情の違いについて私見を述べました。

 私個人は?、と言うと株式投資が大好きですので「お金は天下の回りもの!」、「お金に仕事をしてもらいましょう!」、と言うのが一番ピッタリな感覚です。失礼しました。

不幸な記憶が不運を引き寄せ、不幸を繰り返す 最近の自らの体験から

 つい先月のことですが、思わぬ不運に見舞われ、しかしそれは紛れもなく自分の心の問題であることに気づきました。以前、「『運気の流れ』その下降を食い止める『不幸の消去』」(本年6月2日)と題して、「不幸」な感情(不幸感)が実際の「不幸」を引き寄せると言う観念から、「運気の流れ」の下降線を食い止める「不幸の消去」を提案しました。その例えとして、自分が不幸に思った出来事を何度も反芻(はんすう)して「不幸(感)」を甦らせることの弊害と、起こった出来事を自分にとっての「幸福(=幸運)」に解釈する感情が「運気の流れ」を向上することを申し上げました。

 不幸な感情(不幸感)が実際の不幸を引き寄せる
 不幸感を何度も反芻して甦らせることの弊害
 起こった出来事を幸福(幸運)と解釈して運気の流れを向上


 自分では分かっているつもりでも、なかなかコントロールは難しいものです。まずは、先月の出来事から、、、。


◇ 給与明細がスピード違反を引き寄せた!?

 先月、ふとしたことで、これまでほとんど見たことがなかった給与明細書を真面目に見ました。どうせ、税金ばかり引かれて不快な思いをするだけ!と、机の引き出しにバサバサと突っ込んでおいたものです。
 基本給、調整給、時間外手当、日勤手当などなどと支給額があって、控除額の欄には案の定、所得税、住民税、雇用保険、健康保険、厚生年金保険料など、ずいぶん引かれているものです。その一覧の支給額の中に「遅刻・早退」と言う欄があるのを見つけました。先々月のその欄に「2423」と書かれていて、明細書の右下にも「遅刻・早退時間」と言う欄があって「0.25」と書かれてあります。

 支給額 遅刻・早退 2423
 遅刻・早退時間   0.25


 今のところは勤めて5年以上経ちますが、恥ずかしながら初めて知りました、遅刻・早退がカウントされ、給与から引かれていたことを、、、。社会人としておかしいと思われるかも知れませんが、弁解までに申しますと、大学病院からスタートした私の社会人生活で、大学医局の関連病院や留学した米国の病院、関東圏に出てきてから以前務めた病院も、タイムカードで出勤と帰宅を記録するシステムはありませんでした。ですから、記録される遅刻も早退もありませんでした(出張や病欠は連絡しますので欠勤はカウントされたと思いますが)。今の職場になって初めてタイムカードを使うシステムを知り、それに従ってやってきました。
 記録されたものを素直に考えれば、先月は0.25時間(15分)の遅刻または早退があって、2,423円を給与から控除したのでしょう。でも、遅刻はなかったですし、15分もの早退も記憶にありません。なんと!、聞けば1分の早退でも15分としてカウントしているとか!(怒)。そう言えば、「仕事、終わったので今日は先に失礼するね」と言って終業時間の5分ばかり早くタイムカードを記録したことがあったように思い出されます。たったそれだけで、0.25時間の早退、2,423円の、言うなれば、「罰金」です(怒、怒)。普段から術後の患者がおれば遅くまで病院に残り、日曜祭日でも病棟を見に行き、サービス残業は山ほどやっているのに、ちょっと早く帰ったらこの有様です。しかも、支給額の欄にこっそり「 -(マイナス)」を付けることなく小さく記載、巧妙な手口です!!呆れと同時に怒りがこみ上げて、もう二度と遅刻・早退はすまい!と思いました。

 そんなことがあった週末の日曜、当番の日直にあてられており、9時からの外来に間に合うよう車を走らせていたところ、「遅刻・早退」から「罰金」のことが頭をよぎりました。「絶対に9時までには病院に着いて、9時までにタイムカードを記録しなければ!」、そんな感情が車のアクセルを踏み込ませます。
 突然、目の前に左折するようにとの旗を振る人々が現れ、減速して左折しますと、そこにはパトカーが数台、停車したところに警察官が近寄って「スピード違反ですよ」とのこと、、、。私にとっては人生初のスピード違反です(駐車違反はありましたが)。それにしても、、、

 29 km/h オーバー/罰金18,000円/減点3

 、、、とのこと、目が飛び出て、唖然、呆然と言ったところでした。そんなことがあってもその日は遅刻にはなりませんでしたが、力が抜けた、気が抜けた、その先に、一つの悟りを持ちました。


◇ 引き寄せの法則とホ・オポノポノを実感

 私は、職場における「遅刻・早退」による「罰金」2,423円を知り、それを悔やみ、恨みして、その不幸な感覚が心の中に残っていて、さらなる不運を引き寄せ、18,000円ものさらに高額な「罰金」と言う不幸を繰り返してしまったのです。そして、思い返せば、「ちょっと早めに」と5分早く帰ったのは「自分」です。それを早退として控除されたのも「自分」、その「罰金」を不快に思ったのも「自分」、その感情が元で、車のスピードを上げたのも「自分」、スピード違反で御用!となってさらに多額な罰金を請求されたのも「自分」であります。

 不幸な記憶が不運を引き寄せ不幸を繰り返す
 全ての出来事が「自分」に起因して「自分」に起こる


 確かに「引き寄せの法則」ではなんでも願うものが手に入ることを説いてますが、同時に、心に思う嫌な感情が不幸を引き寄せることにも言及されております。また、ホ・オポノポノでは自分の潜在意識の中の不快な記憶をクリーニング(消去)することで問題を解決することを教えています。やはり冒頭でも申し上げたことに加えて、、、

 不幸な感情(不幸感)が実際の不幸を引き寄せる
 不幸感を何度も反芻して甦らせることの弊害
 起こった出来事を幸福(幸運)と解釈して運気の流れを向上

  そして

 不幸な記憶のクリーニングの重要性


 身を持って実感いたしました。今は、「たった5分の早退をカウントされ、控除を受けたことにより、安全運転を改めて心がけ、人身事故を防いでもらったのだ」と、仙人のような心境です。

 極めてお恥ずかしい、私事で失礼いたしました。

「運気の流れ」を導く「気 ≒ オーラ」 〜 輝く「オーラ」が望むものを引き寄せると言うこと 〜

 先日、「運気の流れと成功哲学」のカテゴリーの記事で、「『運気の流れ』に影響を及ぼす因子、その割合は?」(7月25日)と題して、己の運気に影響する因子を挙げて解説、それらがどれくらいの割合で関わっているのか考えました。もちろん、列挙した因子、「自分」、「人間関係」、「環境」、「風水とその類似物」、「占術」、「その他」の割合は個人によって異なりますので、一応、3通りほど円グラフを作りましたが、まだまだ他のパターンもあるかも知れません。あるいは、自分では気付いていない別の因子の関わりがあるかも知れません。
 さてこの記事の中で、「自分」の要素として、「気 = オーラ」の認識を挙げました。私個人はこの因子をたいへん重要な位置づけと考えており、ここで再度、「運気の流れ」を導く「気 = オーラ」を考えてみたいと思います。

 最初に申し上げておきます。私の解釈が正しいかどうか分かりませんが、厳密には「気 =(イコール)オーラ」ではありません。辞書で調べても全く同じものと扱うには無理があると思います。「気」は内面の状態を指し、「オーラ」はその「気」が表面に現れた表現形式、とそんなふうに捉えております。だから、気の状態がそのままオーラに現れる、

 「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」

と考える次第です。


◇「気」の概念

 「気」(き,KI,Qi)とは、中国思想や道教や中医学(漢方医学)などの用語の一つですが、同様な概念は世界中にあり、英語ではmind(マインド)、spirit(スピリッツ)、heart(ハート)など、ラテン語は spiritus(スピリトゥス)、ギリシア語 psyche(プシュケー)、pneuma(プネウマ)、ヘブライ語 ruah(ルーアハ)、そしてサンスクリット語の prana(プラーナ)が該当します。一般的には不可視であり、流動的で運動し、作用を起こすとされ、生命力や聖なるものとして捉えられます。霊的・生命的概念から、いわゆる気体である「空気」とは違う意味の、思想上の概念としての「気」であります。「気」とは、人間の深層心理、無意識あるいは意識下の心の状態と言って過言ではないと思いますが、これは無意識に作られる場合と意識的に改善あるいは悪化させることができると思います。
 宋学で、「理」が万有を支配する原理であるのに対して,万物を形成する元素を「気」と言います。「心(こころ)」という語が精神活動を行う本体的なものを指すのに対して、「気」はその「心」の状態・反応など現象的な面をいう傾向が強いとも言えます。「気は心」という言葉も、表面的な「気」のはたらきは本体としての「心」の表れであるという考え方に基づいているようです。「気」の状態を表す言葉(句)および二文字の漢字は以下の如くあります。

【気を使った言葉(句)】
気が合う ・ 気がある ・ 気がいい ・ 気が多い ・ 気が大きい ・ 気が置けない ・ 気が重い ・ 気が勝つ ・ 気が利く ・ 気が気でない ・ 気が腐る ・ 気が差す ・ 気が知れない ・ 気が進まない ・ 気が済む ・ 気がする ・ 気が急く ・ 気がそがれる ・ 気が立つ ・ 気が小さい ・ 気が散る ・ 気が尽きる ・ 気が付く ・ 気が詰まる ・ 気が遠くなる ・ 気が咎める ・ 気が無い ・ 気が長い ・ 気が抜ける ・ 気が乗る ・ 気が早い ・ 気が張る ・ 気が晴れる ・ 気が引ける ・ 気が触れる ・ 気が減る ・ 気が紛れる ・ 気が回る ・ 気が短い ・ 気が向く ・ 気が揉める ・ 気が若い ・ 気に入る ・ 気に掛かる ・ 気に掛ける ・ 気に食わない ・ 気に障る ・ 気にする ・ 気に留める ・ 気になる ・ 気に病む ・ 気の所為 ・ 気の無い ・ 気の病 ・ 気は心 ・ 気は世を蓋う ・ 気もそぞろ ・ 気を入れる ・ 気を失う ・ 気を落とす ・ 気を兼ねる ・ 気を利かせる ・ 気を砕く ・ 気を配る ・ 気を遣う ・ 気を尽くす ・ 気を付け ・ 気を付ける ・ 気を取られる ・ 気を取り直す ・ 気を抜く ・ 気を吞まれる ・ 気を吐く ・ 気を張る ・ 気を引く ・ 気を紛らす ・ 気を回す ・ 気を持たせる ・ 気を揉む ・ 気を許す ・ 気を良くする ・ 気を悪くする

【気を用いた二文字の漢字】
安気、意気、活気、元気、根気、才気、強気、本気、陽気、色気、勘気、景気、悪気、荒気、陰気、浮気、鬼気、嫌気、損気、短気、稚気、病気、弱気、乱気
気安、気鋭、気炎、気概、気楽、危局、気軽、気骨、気根、気丈、気勢、気長、気合、気位、気韻、気宇、気運、気格、気気、気功、気魂、気質、気性、気情、気色、気心、気随、気先、気前、気組、気早、気層、気立、気妻、気転、気配、気迫、気品、気稟、気風、気分、気儘、気味、気脈、気持、気力、気悪、気鬱、気負、気落、気死、気弱、気障、気絶、気短、気抜、


◇ オーラの概念

 オーラ(aura) とは、人体から発散される霊的なエネルギーのこと、転じて、ある人物や物体が発する、一種の独得な霊的な雰囲気も指します。「息」を意味するギリシア語「アウラー (aura)」に由来し、英語としてはやや文語的な表現とされます。 漢字表記では「奥拉」となります。
 これまでの「オーラ」の概念の説明には個人差があります。テッド・アンドリューズは、「人間のオーラというのは肉体を取り巻くエネルギーフィールド」で「人間をすっぽりと包み込む立体的なもの」「健康な人の場合、オーラはからだのまわりを楕円形、あるいは卵型に包んでいる」、「平均的な人で、身体のまわり2.5~3mにわたって包んでいる」と解説しています。ジェーン・ストラザーズは、オーラというのは人を取り巻く「『気』の場」だとし、人の健康、気分、エネルギーレベルを表現したものと説明しています。ウィリアム・アトキンソンは、オーラとは実在する力であり、「念体」としています。

 肉体を取り巻くエネルギーフィールド
 人を取り巻く「気」の場
 人の健康、気分、エネルギーを表現したもの

 
 この他、「オーラ」の色や、「エーテル体」、「アストラル体」と言った神智学による分類などの説明がなされておりますが、詳しくは他に譲ります。


◇ 「気」と「オーラ」の関係

 冒頭に申し上げた通り、至って単純ですが「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」と言う構図がしっくり行くように思います。図で表すと以下の通りでしょうか。

内在する「気」と表面に現れる「オーラ」

 内在する「気」があって、それが人間の表面に現れており、「オーラ」として感じられます。当然の如く「気」が弱ければ「オーラ」も弱く、曇ります。「気」が充実(活性化)しておれば「オーラ」は強く輝きます。

気とオーラの強弱
「気」と「オーラ」の強弱(左は弱く、右は強い)


◇ 身近で「オーラ」が輝く人気者

 「オーラ」が輝く人の例えとして、真っ先に身近の何処にでもいる「人気者」を挙げます。飲み会とかである人物を囲んで輪ができる光景をよく見ます。もちろん話術がおもしろい、知識が豊富、あかるい話題など、「オーラ」とは関係ない場合は多いでしょうけれど、中には輝く「オーラ」に人々が惹き付けられるケースもあります。「この人と話しているとパワーをもらえる!」、「なんとも言えない魅力がある」、そんな人物です。特に話に魅力があるわけでもないのですが、内在する「気」の充実が「オーラ」として外に滲み出ており、それが時として人の心を動かします。逆を言えば、「気」が落ち目であり、「オーラ」が澱んだ人からはネガティブな雰囲気が感じられ、あまり人々は集まりません。


◇「オーラ」が輝く瞬間

 誰にでも内面における「気」が充実してそれが「オーラ」の輝きとして表面に出る瞬間はあると思います。元々の気質と言うよりも、あるターニングポイントであったり、大きな出来事、スタートライン、達成に伴う、「気」の盛り上がりが「オーラ」を一気に輝かす瞬間でしょう。でも、それが持続するかどうかはその人次第でありますし、大きなプラスとなる出来事があっても「オーラ」に変化が見られない人は問題があるとも言えるでしょう。

1.受験や仕事における成功

 高校でも大学でも、受験を経験する人は少なくありませんし、受験を経たほとんどの学生さんが進学します。でも、自分の成績からランクを下げての受験や、希望校には入れずいわゆる「すべり止め」に進学する場合、元々、進学することにあまり思い入れがなくなんとなく受験した場合など、人それぞれでしょう。最近は推薦入学も一般的であります。
 そんな中、非常に狭き門である難関校に努力の末、合格する学生もいます。受験勉強で努力している時から「気」が充実して、合格を引き寄せる「オーラ」に輝いていたとも言えるかと思います。そして合格!、達成感がさらに「気」を充実させて「オーラ」の輝きは頂点に達する瞬間しょう。

 受験と同様、社会人にも難題を乗り越えて成功することはしばしばあります。夢のプロジェクトを立案、企画して、多くの人から協力を得て、途中のひらめきもあるでしょう、高いモチベーションは「オーラ」を磨きます。そして成功!、同じです。達成感がさらに「気」を充実させて「オーラ」の輝きは頂点に達する瞬間です。

 成功と言う意味では、スポーツなどの勝負事での勝利、芸術作品などのクリエーティブな仕事における作品の完成、長年のの努力が報われ表彰される瞬間なども、「気」と「オーラ」は向上する瞬間だと思います。

2.結婚式の新郎新婦

 結婚式における新郎新婦は100人を超える人々が集まった集会の主役です。親戚、友人、知人から祝福されて、家庭を築く第一歩を踏み出す時、否が応でも「気」は高まり、美しい「オーラ」を身体の周囲に纏(まと)います。式が豪勢か否か?、お金をかけたかどうか?、招待客の人数、そういうのに左右されるものではないと思います。「気」と「オーラ」の状態は、パートナーへの愛情、家庭を築くことへの気概や責任感、そうしてものがどの程度であるかによるものでしょう。


◇ 石原慎太郎 氏「日本よ」より

 東京都知事から政界に戻られた石原慎太郎 氏が産經新聞に連載した随筆をまとめた「日本よ」と言う単行本があります。その中に、氏が強く感じた「オーラ」を述べた文章があり(氏は「オーラ」と言う言葉を使っておりませんが、、、)、ここに一部をご紹介いたします。

「日本よ」

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政治家の視線と面構え

 台湾の新総統の就任式に出席してさまざま感じるところがあった。何よりも強い印象を得たのは、一国を預かってきて去る人、これから預かるべく来たる人ともどもに、その顔つきが日本のそんな立場にある政治家たちと比べていかにも違うということだった。去る人も含めて、彼等が等しく厳しい「戦い」の場にあるということをその表情は明かしていた。顔つきがまったく違うのだ。
 総統府での新総統の宣誓式を終え、それによって国家の最高責任者としてのすべての責務を終えた李登輝前総統が式場から退席していく時の、あのさわやかな表情を私は忘れられない。あれはまさしく侍の顔、心ゆくまでの戦いを終えた侍の澄みきった、清明な表情だった。あの瞬間の李登輝氏の顔にたたえられていたものをある人は満足ともいい、ある人は自負ともいい、またある人は新たな決意ともいうだろう。その解釈は今回の台湾の新しい最高指導者を選ぶ選挙に関して李氏が実は何を思い何を志し、それ故に実は何を行ったのかのさまざまな憶測、解釈にも繋がるだろう。しかしなお、李前総統の外面、内面に何が輻湊(ふくそう)してあろうと、氏が志したものはすなおに、一途に、ただ「愛国」であったことは間違いない。退任を終えてその場を去り行く政治家のあれほど晴ればれした面持ちを、私はこの国において見たことがない。

季登輝写真

 中 略

 思えば私たちはこの国の過去にも、ああしたさわやかでなお鋭い視線を備え、ああして優しく懐かしいのどの顔つきの政治の指導者をもってきたはずだ。たとえば、テレビの回想番組などで時折目にする、強烈なシニシスムで多くの低劣なメディアを軽蔑無視し、宰相としての意思を強烈に通した吉田茂や、沖縄返還に一途に政治生命を懸けた佐藤栄作、安保の改訂に国運を懸けた岸信介、近くはメディアを駆使した優れたコミュニケイターとして、テレビに映しだされるサミットで国威を背負って臆面なく他に割りこんでアメリカ代表の隣で中央を占め続けた中曽根康弘といった指導者たちがいたものだった。

吉田茂写真001

佐藤栄作写真001

岸信介写真001

中曽根康弘写真001

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 石原氏が言われるところの「視線と面構え」は内面における高い志に基づく顔の現れた表現に他ならず、これは充実した「気」に裏打ちされた輝く「オーラ」と言い換えることができるかと存じます。


◇ 輝く「オーラ」が「運気の流れ」を好転する

 さて、まとめに入りまして、「『運気の流れ』に影響を及ぼす因子」としての 「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」を考えてまいりました。ここで、断言いたしますが、「運気の流れ」が良い方向に向いているから「気」が充実して、「オーラ」が輝くのではありません。不遇を囲っても、不運に見舞われても、高い意識から鋭い目線で未来を切り開いた人物を私たちは沢山、知っております。一方で、豊かな環境、幸運に恵まれても、凡庸な「気」から淀んだ「オーラ」で衰退した人物もです。

 豊かな「運気」が「気 ≒ オーラ」を高めるのではない
 
 あくまでも、己の「気」に心を配り、その「気」を高め、「気」を充実させた時に、「オーラ」は磨かれ、「オーラ」の澱みが取り除かれ、「オーラ」が輝く、そうしたときに「引き寄せ」が起こるのであります。

 「気」の充実、「オーラ」の輝きが「引き寄せ」を起こす

 ですから、「運気の流れ」を好転させる「引き寄せ」を起こすには、なによりも自分の中の「気」を意識し、自分の「オーラ」に目を配ることです。今現在の自分の「気」はどれくらい?、「オーラ」はどの程度?、そうした意識の持ち方が「自分」の要素で「運気の流れ」をコントロールする第一歩かと存じます。

 まずは自分の「気」、「オーラ」への意識から

 「引き寄せの法則」は概念としては解りますが、それをいかに実践するかが難しいところだと思います。「気(内面の状態) ≒ オーラ(表現形式)」への配慮はその問題を解決する鍵のように思う次第です。

「運気の流れ」に影響を及ぼす因子、その割合は?

 久々ですが「運気の流れ」に影響する因子を考察いたします。ここに、一生における「運気の流れ」として極端な例を二つ挙げます。以前、考案した「運気の流れ」を示す座標を利用いたします。

運気が常に良い人
生涯に渡り高い運気を保つ人

運気が常に悪い人
生涯に渡り運気が低迷する人

 生誕と死の瞬間を、運気プラスマイナスゼロラインから始まり、またゼロラインに戻ると仮定して、その間の生涯の運気を示しましたが、上図の如く、高い運気を保って、大きな仕事、大きな成功、富と幸福、満足できる人生を歩む人はいると思います。一方、下図のように、若いうちから運気は低迷し、浮上することができずに寂しい人生に終わることも可能性としてあろうかと存じます。
 「生涯に渡り高い運気を保つ人」、高い運気を維持できる人には「何か?」そうした能力、隠れた力が存在し、「生涯に渡り運気が低迷する人」、運気を上げられない人には、自分ではどうにもならない「何か?」、「厄」みたいなものがあるのかも知れません。

 こうした「運気の流れ」に影響する「何か?」がなんであるのかを考えたとき、自分の「運気の流れ」を下げるのも上げるのも「自分」であり、「自分」こそが己の「運気の流れ」を左右するのである!、と考える人が多いかも知れません。しかし、自分にはどうにもならない他からの影響を感じることもあるでしょう。家族や友人など「人間関係」に基づく良い、悪い影響を受けることはあるでしょう。己のいる世界、国家、地域社会、会社、学校などの「環境」も少なからず「運気の流れ」に影響するかと存じます。その他、「風水とその類似物」、「占術」に示された運勢、あるいは「その他」、特発的なものもあろうかと存じます。
 ここでは、各要素について考察した後に、それぞれの要素が「運気の流れ」にどれくらいの割合で関与しているかを考えたみたいと存じます。なかなか、幅広い母集団にアンケートをとって統計を出すことが出来ないので、想像の域を出ない議論であることをご容赦ください。


◇「運気の流れ」に影響する「自分」の要素

 多くの方が「自分」自身と言う要素を肯定するでしょう。「気の持ちよう」、「未来を切り開く信念」、「強い意志」と言った発想は当たり前のように言われております。ここでは、「運気の流れ」を向上し得る、「自分」に内在する要素を列挙いたします。

1.内在する引き寄せる力

 本ブログでも「引き寄せの法則」は何回か取り上げております。「思う事は何でも引き寄せる」、なんてあまりにも都合の良い話しですが、その理論そのものは理解できます。問題は、その方法論が難しい、「どうやったら引き寄せられるのか?」、と言うことかと存じます。

 「引き寄せの法則」の実践

 上で例えとして挙げました「生涯に渡り高い運気を保つ人」は、トントン拍子に成功に次ぐ成功を重ねるような人物であり、「引き寄せの法則」を意識あるいは無意識的に理解、実践している人物かと存じます。「思う事は何でも引き寄せる」と知っているから、成功は当然であり、努力はその途中の過程であると思える人だと思います。
 昨年10月30日、「ヘミシンクで「引き寄せの法則」を実践; 理想や願望の実現」と題した記事の中で、東大に入学した友達の話、病気を引き寄せた患者の話など例を挙げました。強い情念が思うものを引き寄せる事例は身近に多数あろうかと存じます。

2.「気 = オーラ」の認識

 「生涯に渡り高い運気を保つ人」って、不思議に人を引きつける、「気」が充実した人、「オーラ」が輝いている人と言う印象があります。「この人に会えば元気をもらえる!」と思わせる人物です。そういう人って、人間に備わる「気 = オーラ」の存在を知っていて、「気」を充実させること、「オーラ」を磨くことを意識している、そしてそのことが己の「運気の流れ」を向上することを理解している人物だと思います。

 人間に備わる「気 = オーラ」の認識
 充実した「気」、輝く「オーラ」が運気を上げる


 「運気の流れ」が向上しているから「気」を充実して輝く「オーラ」を発しているのか?、と言う考え方もあろうかと思いますが、大切なことは、常に自分の「気 = オーラ」が今、どんな状態にあるかを顧みる習慣かと思います。

3.「不幸」を引き寄せない、「不幸」の消去

 先日、6月2日、「『運気の流れ』その下降を食い止める『不幸の消去』」と題して論じました。人には、大なり小なり心に受けた傷があり、何度でも心に思い返され、強い憤りとして蘇ります。「不幸」な出来事を繰り返して念じることより更なる「不幸」を引き寄せる、そうして「運気の流れ」を低下せしめることをしないことは大事だと思います。加えて、「起きた事自体は幸不幸の性格を持ってない、幸不幸の性格付けをするのは私達人間」であることを知り、起こった出来事を自分にとってどう受け止めるか?、「不幸」を「不幸」としない、「不幸」の消去ができる「自分」であることも大事な要素でしょう。

 「不幸」を蘇らさない
 起こった出来事を「不幸」として受け止めない


 「不幸」がなくなれば「幸福」になると言う消去法的な発想のみならず、「不幸」が心を支配していると良いものを引き寄せる効果が減弱するとの考え方です。

4.「不幸」な記憶のクリーニング

 昨年11月8日に取り上げました「幸せになるハワイの教え『ホ・オポノポノ』」を知っていいようと知らなかろうと実践している人物です。深層心理に内在する、もしかしたら、前世からカルマ(業)として引きずってきたものを、(悟りの境地をもって?)消去(クリーニング)できるなら、心は穏やかで「不幸」を引き寄せる余地はないと考えます。

 ホ・オポノポノの精神

 ヒューレン博士の著書によりますと、氏が重大な犯罪を犯した精神異常の犯罪者が収容されているハワイ州立病院で自らにクリーニングを行ったところ、患者たちはみるみる落ち着きを取り戻し、暴力事件は激減、隔離病棟には誰もいなくなり、平均収容期間が7年から4−5ヶ月に短縮されたとのことです。一個人のクリーニングがその社会にまで影響した不思議な事例です。

5.民族の思想・信仰

 「運気の流れ」に影響する因子としての「自分」が、物事に対してどのように考えるか、受け止めるかと言う発想に基づいて上記を挙げて参りましたが、これらの考え方に影響するより基本的な部分に、「自分」の中にある民族の思想や信仰もあろうかと思います。


◇「運気の流れ」に影響する「人間関係」

 親子関係や知人、友人、師弟関係、恋人、パートナーが「運気の流れ」に影響することは言うまでもありません。子供のころは別として、そういうものに左右されない、「自分は自分である」とする人、他人に心を許さない人、独身主義な人はいますが、逆に「人間関係」、「人と人とのしがらみ」に人生が左右される人はいると思います。

1.多くの人生で最初の人間関係は家族

 両親の接し方が人間形成に影響することは言うまでもないことです。子供の頃に受けた教育、豊かな生活、愛情、逆に、目を背けることができない体罰、虐待が、善かれ悪しかれ「運気の流れ」に影響することはあり得る話です。「インナーチャイルド」は、子供時代の頃の記憶や心情、感傷の事を指しますが、多くの場合はトラウマとして捉えられております。でも、もっと広い意味で、子供の頃に家庭の中で得た感覚を良い方向で繰り返し蘇らせて「運気の流れ」を高く維持している人はいると思います。

 子供の頃の両親からの影響
 インナーチャイルド


 昨年の10月3日、「解離性同一性障害(多重人格障害)覚え書き」とした記事の中で、
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1988-1989年)における宮崎勤死刑囚(2008年6月17日執行)に身体障害による幼児期の心的外傷の既往があったことに触れました。彼の人生がおかしな方向に進んでしまった、言うなれば「運気の流れ」が負の方向に傾いたのは、幼児期のトラウマが関係している可能性はあります。

2.家族以外の人間関係

 必ずしも結婚相手が「運気の流れ」に関与するとは限りません。知人、友人、師弟関係こそが影響する部分が多い様に思います。「良い友達(仲間達)」、「悪い友達(仲間達)」は、自分の意志とは別に現れるものです。自分にプラスとなる相手を大切にできず、自分にはマイナスな存在であっても、時としてその人物に関わらざるを得ないことは、物理的にあるいは心情的にあるでしょう。

 結婚相手、知人、友人、師弟関係

 自分の人生、「運気の流れ」に大きな影響を及ぼした人物、それを家族以外に思い起こす人は少なくないと思います。

3.シンクロニシティとしての出逢い

 これも「引き寄せの法則」に内在する概念でありますが、強い願望、高貴な気概を持っている者同士が、必ず自分の未来が開ける人物に会うとされます。シンクロニシティ(synchronicity)とは辞書では「同時性、同時発生、共時性」と言う意味ですが、似た者同士が引き寄せ合った結果の「偶然性」と言う意味です。

 出逢いのシンクロニシティ

 良い出逢いのみならず、悪い方も忘れてはなりません。良くない行い、邪悪な考えを持っていると、同じように悪い人物を引き寄せます。若いうちから、ただの不良が不良グループとなっていき、成人してもよからぬ組織に身を寄せてしまう、そんな構図です。人生の転機において、良くも悪くも、重要な人物に出会って、そこで「運気の流れ」に大きな変化が来ることはあり得る話です。


◇「運気の流れ」に影響する「環境」

 環境因子についてはあまり説明を必要としないと思いますが、以下に例を挙げます。一つは本年3月のアフリカ難民が飢餓で死亡した記事、今ひとつは中国における癌が多発する地域「癌症村」の分布を供覧いたします。

難民飢餓死亡記事

中国癌症村地図

 己の住む国家、地域における環境因子には、地震、津波、洪水などの自然災害と、紛争、戦争、難民、飢饉、環境汚染などの人災とあろうかと存じます。こうした「環境」は、「自分」や周囲の「人間関係」ではどうにもならず、また個人がそこから抜け出すことも多くの場合は不可能な因子だと思います。一方、もう少し小さな「環境」として地域社会、会社や学校と言うものもあろうかと存じますが、こちらは、己が希望すれば他の「環境」に移動することも可能であり、そこで「運気の流れ」を向上せしめることはできます。


◇「運気の流れ」に影響する「風水とその類似物」

 厳密には、いわゆる古典風水あるいは正統風水と呼ばれるものは、6000年前に新石器時代の中国人が最初に持つようになった古代の慣わしの一つであり、唐の時代(618-907年)に磨かれた伝統とされます。都市、住居、建物、墓などの位置の吉凶禍福を決定するために用いられ、気の流れを物の位置で制御する思想です。極めて簡単に言えば、家の向く方位によって幸せや富がやってくる、ような学問であります。「類似物」としたのは厳密な正統風水には含まれないものの、現代において同列に語られている、パワーストーンやパワースポットを考えました。

 正統風水 + パワーストーン、パワースポット

 こうしたものは、知らなければなにも影響しないのに、もしやと思って調べてみたら、例えば家の方角が悪かったとか、玄関を改善するべきであった、などと言うことが発覚し、それを改善したら運が向いて来たりするようです。パワーストーンやパワースポットには、なにか目に見えない力、気が存在するようで、それによって意識や気持ちに変化が生じるようですが、科学的には証明されていないのが現状です。


◇「運気の流れ」に影響する「占術」

 いわゆる占いですが、世の中にはずいぶんと多くの「占術」があります。その多くが「運勢 = 幸不幸の巡ってくる具合、運命の勢い」を知るためのものとなっております。個々の説明は別に譲るとしていくつか列挙いたしますが、大きく分けて、生年月日で決まってくるものと、その他の要素から占うものとあります。生年月日からの占いに対して、同じ日に生まれた人は同じ運勢なのか?、とする疑問や異議は常にあります。

【生年月日で占うもの】
 ・12、13星座占い
 ・六星占術、0学占術
 ・天中殺算命占術
 ・鬼谷算命学
 ・数秘術
 ・マヤ暦      など

【生年月日を使用しないもの】
 ・御神籤
 ・タロット占い
 ・占い師による占い など

六星占術、0学占術
六星占術(左)と0学占術(右)


◇「運気の流れ」に影響する「その他」

 「その他」として「偶然の出来事」、「あるきっかけ」などを考えました。例えば宝くじに当ることを、元々「運気の流れ」が向上しているから、と考えればそうかも知れませんが、偶然、たまたま宝くじで大金を得て、そこで人生が変わる人はいるでしょう。「運気の流れ」が低迷していた人が、それを好転させて、豊かな人生を取り戻した時、「あの時、偶然にも得たラッキーな出来事で運気が変わった!」と後から振り返ることはあると思います。もちろん、大金を得て価値観が変わり、「運気の流れ」を低下させてしまう人もいるでしょう。

ジャンボ宝くじ

ロト6札

 宝くじ以外に、見た目はほとんど価値が無いもの、ともすると一見、不幸な出来事であっても、「運気の流れ」を変えるのに大きな役割をもつ偶然はあります。例えば、つまらない拾い物、思わぬトラブル、事故や怪我、病気、そうしたものが後から考えると「運気の流れ」を変化させるきっかけとなった事例はあると思います。


◇「運気の流れ」に影響を与える因子の割合

 「運気の流れ」に影響する因子を列挙して参りました。他にもあるかも知れません。さて、自分にとってどれくらいの割合でこれらの因子が関わっているか?、と言う事は恐らく個人々々で大きく異なると思います。あるリオの踊り手をされる女性は、「『運気の流れ』に影響するのは120%『自分』です」と言われました。「100%のうち何%ですか?」と再確認しましたが「だから120%です!、あと家族が20%」とのことでした。
 なかなか、こうしたインタビューを重ねて統計をとるのは、やってみてもいいですが、ちょっと難しいので、ここからが激しく憶測の域を出ない話になります。以下の如くまとめてみました。

1.一般的な割合(?)

 私自身の感覚ですので、これを一般的とするのには語弊があるかも知れません。「運気の流れ」に影響する因子の割合として、「自分」を60%、「人間関係」と「環境」が10数%、「風水」、「占術」を数%、「その他」を8%としました。

運気の流れを左右する因子01

2.「自分」よりも周囲に影響されるタイプ

 「運気の流れ」に「自分」は25%程度しか関わらず、同じくらいの割合で「人間関係」と「環境」が影響していると考える人です。自分では人生を決められない、育った環境によって運命が決められているような、すごく裕福か、すごく不幸な人生に見られるかも知れません。

運気の流れを左右する因子02

3.「自分」こそが「運気の流れ」を決める人

 「自分」要素が70%、「人間関係」15%、「環境」10%で、「風水」や「占術」の影響は0%、その他を5%としました。「自分の未来は自分で切り開く」、資本主義社会において、こう言う考え方の人は多いように思います。

運気の流れを左右する因子03


 皆さんはどのようにお考えになりますでしょうか?

「運気の流れ」その下降を食い止める「不幸の消去」

 ちょっと間が空きましたが、引き続き「運気の流れ」に関する考察です。遠い昔の記憶を辿って漫画のシーンを見つけてきました。

 前の項では、全ての人間に備わっている(と仮定した)「運気の流れ」について、座標を用いて具体例を挙げ、自己コントロールの重要性を申し上げました。西田 敏行 氏とASKA氏が具体例として適切であったかどうかは解りませんが、「運気の流れ」を向上せしめる、あるいは下降を食い止める術はよく言われております。風水学もその一つかと思われます。
 人生において高い「運気の流れ」を獲得、維持する術は別の機会に考えるとして、ここではもっと身近なところで、「運気の流れ」が下降線を辿った時にそれを食い止める術として「不幸の消去」を提案します。これは、いささか精神論的なものでありますが、簡単にできるように見えて、案外、実践が難しいものと思います。言うまでもなく、「運気の流れ」の下降を食い止めることは、その転落を予防して高い「運気」を維持する術にもなるものであります。

 「運気の流れ」の下降線を食い止める「不幸の消去」

 種を明かしますと、これは「引き寄せの法則」に基づく考え方であります。人間はとかく「不幸」なこと、「不快」なことを想い出しがちであり、また未来においても「不幸」、「不快」、あるいは「失敗」を恐れがちであり、そうした感情が実際に「不幸」、「不快」、「失敗」を引き寄せるのである、とする考え方であります。

 「不幸」な感情(不幸感)が実際の「不幸」を引き寄せる

 生きていればいろんなことが起こります。起こった出来事が自分にとってどのような位置づけ、すなわち、幸福か不幸かの感じ方によって次の出来事が決まってくると考えられております。


◇ 「運気の流れ」が下降線を辿る時

 タイトルで、「『運気の流れ』その下降を食い止める『不幸の消去』」といたしました。本投稿の趣旨は、人間に備わる「不幸(感)」が「運気の流れ」を下げるとする考え方であります。ここで、座標を用いて、ある「運気の流れ」の例を挙げます。私自身に心当たりのある、ある時期であります。

ある運気001

 上の座標をご覧いただきますと、少しずつ運気を上げて行ったのに、プラトーに達して跳ね返されて、またプラトーまで達したけどそれを維持できず、ついには下落の道を辿り、精神的にもがいているところでさらに大きく運気の低下が起こる様が見られるかと存じます。この「運気の流れ」を解説して精神状態を加えたのが以下の5枚の座標です。

ある運気002

ある運気003

ある運気004

ある運気005

ある運気006

 2回のプラトーからの低下を肌で感じており、しかし、そもそもはプラスに振れている運気であることを自覚してはいず、「自分は不運だ!」と思ってしまい、そこから「運気の流れ」が下降線を辿ったのでありました。下図の如く、2度目の運気低下の際に余計なことを考えなければ、運気の再上昇、高め安定の可能性だってあったと思います。

ある運気007

 ここで申し上げているのは、「幸福」、「不幸」な出来事が起こる、起こらないではなく、あくまでも個々の人間に備わる「自然現象としての運勢」=「運気」、その得体の知れないものに客観性を持たせた座標軸上の変動であります。「運気の流れ」が下降線を辿る時、ヒトは「不幸(感)」を感じているのであるとする考え方です。


◇ 人間は不幸を反芻(はんすう)する?

 「人間は『不幸』を繰り返し思い返す」とすると、「いや!、私は幸せなことだけを思い出すようにしています」と反論する人はいます。実際に、あらゆる人間の心の中を観てくることは出来ませんし、アンケートをとったとしても、それは自分に対する主観が混じっていて正確さに欠けるかと存じます。恐らくは、「不幸」な記憶を繰り返す度合い、不幸を反芻(はんすう)するか否かは、人によってまちまちであり、幅があると思います。
 ここで、2件の漫画のシーンをご紹介します。1つはヤングマガジンに1980年から連載された「P.S.元気です、俊平」(柴門ふみ 作)、今1つは週刊マーガレットに1973-75年、1978-80年に連載された「エースをねらえ!」(山本鈴美香 作)です。いずれもドラマやアニメになった名作ですが、ストーリーの詳細については別に譲ります。

【不幸を繰り返す「P.S.元気です俊平」の桃子さん】

元気です俊平000

 主人公の俊平に恋心を抱く年上の桃子が、過去の俊平の裏切りを蒸し返した時の会話です。

 *****

元気です俊平001

元気です俊平002

 俊 平:何で今さらそんなことむし返さなきゃいけない!?
 桃 子:あの時いったでしょ
     「このウラミ一生忘れない」って・・・
 テレビ:では次の話題・・・
     作家が役をおろされた役者に刺された事件です
     「この傷の痛みは俺の心の痛みと思え」といったそうですねえ
 桃 子:今までいちばん痛かったのは小学校のとき
     鉄棒で額うって5針縫ったとき・・・
     だけど そんな肉体的外傷も 今残っている記憶は
     「痛かった」という言葉だけよ
     でも 精神的外傷は違う
     いつでも あの状況を思い出しては同じ憤りがよみがえってくる
     ナイフの痛みと心の痛みは全然別のものよ
     そんなセリフしかはけない役者なら降ろされて当然よね

 *****


 桃子さんの言う「精神的外傷」を思い出しての「同じ憤り」、誰でも経験があろうかと思います。「悔しい思い」、「強い怒り」、「裏切られた気持ち」、「恥ずかしい思い」、「絶望感」、「激しい後悔の念」など、年月が経つに連れて薄らいでは来るものの、起こってからの期間が短いうちは、何度でも心に思い返され、胸が熱くなったり高鳴ったり、赤面したり、同じ憤りが甦ってきます。心の外傷が強い場合に心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder, PTSD)が問題となり、また幼少時のトラウマが問題となる場合は「インナーチャイルド」と呼ばれます。
 こうして、過去の不幸を思い返しては憤る時、人間は不幸な気持ちになります。思い出さなければ良いものを、思い出してしまうだけで、簡単にヒトは「不幸(感)」を味わえるのです。大袈裟な言い方をすれば、、、

 不幸は1回なのに不幸を感じるのは無数回

 、、、と言えるでしょう。人間は獣(けもの)と異なり、自分を傷つける出来事の記憶のみならず、それが心的外傷であった場合、同じ感情を味わうことができてしまい、その都度、「不幸(感)」に見舞われるのです。そして、過去の出来事に捕われ、「不幸(感)」を繰り返す時、それは「運気の流れ」が下降線を辿る時でもあります。


【不幸を昇華できる「エースをねらえ!」の岡ひろみ】

エースをねらえ!000

 硬式テニス高校女子チャンピオンとなった西高、岡ひろみにジャッキー・ビントと言う世界ランキングプレーヤーからダブルスのペアを組みたいとの申し出がありました。そのジャッキーにはジョージィ・ビントと言う妹がおり、彼女は姉とのダブルスを夢見ておりました。そんな折、第一回 高校生招待試合が開催され、岡ひろみに対する敵愾心(てきがいしん)に燃えるジョージィ・ビントが来日しました。初めての国際試合、慣れない大観衆の前でのプレーに、猛特訓を重ねて試合に臨む岡ひろみとジョージィ・ビントの試合、その後のシーンです。

 *****

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エースをねらえ!002

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 (試合後の姉、ジャッキーと妹、ジョージィの会話から)

 ジョージィ:でてって!!、ひとりにして!!
 ジャッキー:あいかわらず感情がコントロールできないようね
 ジョージィ:ほっといてよ 生まれつきなんだから!!
       ああ もういちどやりたい!
       もういちどやりたい!!
 ジャッキー:チャンスはあるでしょ
       でもいまのままでは結果はおなじだと思うわ
 ジョージィ:(キッと振り返る)
 ジャッキー:あなた わたしがひろみとくんだこと
       そのひろみに負けたこと
       どちらもじぶんにとって不幸だと思ってるんでしょう
       ふたりきりの姉妹
       力にもなるしアドバイスもするけれど
       それとペアをくむことはべつだと思うわ
       生きていればジョージィまい日なにかがおきるのよ
       けれどそのおきたこと自体は幸不幸の性格をもってないのよ
       幸不幸の性格づけをするのはわたしたち人間よ
       ひろみを見なさい
       あなたいくつのときからテニスをはじめたの?
       ひろみがテニスをはじめてどれくらいたつと思うの?
       この短期間になぜあなたに勝つまでになったと思うの?
 ジョージィ:おきたことすべてをハッピーになるように
       うけとってきたってわけ?
 ジャッキー:そのとおり
 ジョージィ:あたしはそんなオメデタイ人間じゃないわ!!

  +++ 中 略 +++

 ジャッキー:そして見てなさい
       この大会でいずれひろみは負ける
       そのときのひろみの態度をよく見てなさい
       やぶれたあとの態度で
       失敗をどう生かすかでその人間の器がわかるのよ

 *****


 ジャッキーの言葉に「起きた事自体は幸不幸の性格を持ってない、幸不幸の性格付けをするのは私達人間よ」とあります。自分にとって都合の悪い出来事を「不幸」と捉えてそれを嘆き悲しみ、恨めしくしていると、更なる「不幸」を引き寄せてしまう、「幸せ」を目指す自分の「運気の流れ」を低下せしめてしまう、と説いています。更にジャッキーは、自らがペアを組むと決めた岡ひろみは、いずれこの大会で負けるが、その敗戦をさらに良く生かすことができることを予測し、それが岡ひろみのプレーヤーとしての伸びしろ、すなわち「運気の流れ」を高く維持する能力を評価しています。
 実は、あくまでも漫画の中での話ですが、この後、岡ひろみ選手は宗方 仁コーチと死別します。強い絆で結ばれたコーチの死後、慟哭から立ち直りウィンブルドンを目指す岡ひろみを描いた原作者、山本鈴美香先生は、「引き寄せの法則」あるいは「原因と結果の法則」を熟知していたのでは?、と思わされます。

 起こった出来事に対する感じ方によって「運気の流れ」を上げも下げもすると言う例えとして古い漫画を引用させていただきました。


◇ 「不幸の消去」は「ホ・オポノポノ」と同義!?

 さて、「不幸」な感情(不幸感)が実際の「不幸」を引き寄せると言う観念から、「運気の流れ」の下降線を食い止める「不幸の消去」を提案しました。その例えとして、自分が不幸に思った出来事をなんども反芻(はんすう)して「不幸(感)」を甦らせることの弊害と、起こった出来事を自分にとっての「幸福(=幸運)」に解釈する感情が「運気の流れ」を向上することを申し上げました。

 不幸(感)を繰り返さない、あるいは、これまでならば不幸と感じたものを不幸と感じないこと、すなわち総じて「不幸の消去」によって「運気の流れ」を向上する考え方は、以前にも触れました「ホ・オポノポノ」(昨年11月8日掲載、「幸せになるハワイの教え 『ホ・オポノポノ』」他)に近いものと考えます。

http://hemitotsy.blog.fc2.com/blog-entry-92.html

 「ホ・オポノポノ」は「ありがとう」、「ごめんなさい」、「私を許してください」、「愛してます」の言葉を唱えることで、ヒトが感じる「不満」や「怒り」、「不安」などの不快な感情、潜在意識に既にある過去の記憶を消去する、すなわちクリーニングによって自らを浄化して幸福を手に入れられると言う教えであります。

 「不幸の消去」=「ホ・オポノポノ」?
  →「運気の流れ」の向上


 古代からハワイにて伝承された「癒しの方法」、「問題解決法」である「ホ・オポノポノ」は実は「引き寄せの法則」で言われるところの「不幸の引き寄せ」を防止する手段と言えるかも知れません。

癒しの言葉
  ホ・オポノポノにおける4つの癒しの言葉


http://ja.wikipedia.org/wiki/P.S._元気です、俊平
http://ja.wikipedia.org/wiki/エースをねらえ!

「運気の流れ」 具体例に見る自己コントロールの重要性

 人間には「運」とか「運気」と言うものがあり、それを科学的に証明することは不可能でも、目に見えない「何か」が個々の人間の未来を左右している、多くの人がそれを感じている、知っている、確信しているから、占いやお神籤、風水の概念などが存在することを申し上げました。そして、その目に見えない、非科学的な得体の知れないものを、「運気の流れ」として座標(あるはグラフとも言いますか)にすることを考案しました。
 ただ、この「運気の流れ」を自分についてリアルに読むことは難しいかも知れません。感情(の高揚)はあっても「運気」がついて行かない場合はあるでしょう。「運気」が上がっていても、気力、集中力や、それまでの努力が足りずに思うような成功が得られないこともあるでしょう。誰でも、自分のことを客観的に評価するのは難しいものです。
 しかしながら、自らの「運気の流れ」を読むことが出来れば、自己コントロール、何がしかの対処ができるかもしれません。あるいは、自分で「運気の流れ」を好転することができるのであれば、高い「運気」を維持して大きな幸福を手に入れられるでしょう。

 「運気」を読む事が出来るなら!
 「運気」を自己コントロールできるなら!


 ここでは、有名人の人生を顧みて、その「運気の流れ」の座標を試みて、そこから考えられる「運気の流れ」を自己コントロールするヒントを考えてみたいと思います。なお、ここで取り上げる二人の人物について、その人生を、下世話な言い方では「運が良い、悪い」、「ツイてる、ツイてない」と言うことは、当人にとっては、ややもすると失礼なことかも知れません。また客観的評価とは言え、ネットやニュース、文献で得た表面的な事象に基づいたものであり、真実とは異なる、不本当な評価となるかも知れません。あくまでも「運気の流れ」を考える例えであることをご理解いただきたく存じます。


◇ 俳優 西田 敏行 氏が維持し得た高い「運気」

 本年1月10日の記事「西田 敏行 氏の 口笛に込められた情感」の中で、俳優 西田 敏行 氏の芸能活動をご紹介しました。ここでも前回掲載したものをコピー/ペーストさせていただき、彼の「運気の流れ」を考えてみたいと思います。

【西田 敏行 氏 略歴】
 西田敏行氏(1947年 – 、現在66歳)は福島県郡山市の出身で、明治大学付属中野高等学校卒業、明治大学農学部中退、身長166cm、体重80kg超、主演の映画「釣りバカ日誌」は1988年から2009年まで22作続いた代表作であります。以下、2014年1月までの主な芸能活動を列挙いたします。

西田敏行

・1967年(20歳) ドラマ「渥美清の泣いてたまるか」(TBS)でテレビ俳優としてデビューするも、しばらくは役者として不遇の日々
・1976年(29歳) レギュラー出演した「いごこち満点」、「三男三女婿一匹」(共にTBS)で注目を集め、個性的な演技、愛嬌のある顔立ちや体型で人気を獲得
・1977年(30歳) NHK大河ドラマ「花神」に出演(山縣有朋 役)
・1977年(30歳) ドラマ「特捜最前線」(テレビ朝日)に出演
・1978年(31歳) ドラマ「西遊記」(日本テレビ)に出演(猪八戒 役)
・1980年(33歳) ドラマ「池中玄太80キロ」(日本テレビ)で主演
・1981年(34歳) NHK大河ドラマ「おんな太閤記」に出演(豊臣秀吉 役)
・1981年(34歳) ドラマ「池中玄太80キロ」第2シリーズ主演、この時の挿入歌「もしもピアノが弾けたなら」が大ヒット、年末にはNHK紅白歌合戦に出場
・1984年(37歳) NHK大河ドラマ「山河燃ゆ」に出演(天羽忠 役)
・1986年(39歳) ドラマ「泣いてたまるか」(TBS)リメイクの主役
・1986年(39歳) 映画「植村直己物語」に主演、モンブラン(フランス)、エベレスト(ネパール)、マッキンリー、北極など植村の足跡を追う5大陸ロケを敢行
・1988年(41歳) NHK大河ドラマ「武田信玄」に出演(山本勘助 役)
・1988年(41歳) 映画「敦煌」主演
・1988年(41歳) 映画「釣りバカ日誌」1作目に主演、以後、89, 90, 91, 92, 93, 94, 94, 96, 97, 98, 98, 00, 01, 02, 03, 04, 05, 06, 07, 08, 09年の計22作
・1990年(43歳) NHK大河ドラマ「翔ぶが如く」で主演(西郷隆盛 役)
・1993年(46歳) 映画「学校」で主演
・1993年(46歳) 映画「男はつらいよ 寅次郎の縁談」に出演
・1994年(47歳) 東宝ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」で森繁久彌、上條恒彦に次ぐ3代目テヴィエ役に抜擢、その後7年にわたり出演
・1995年(48歳) NHK大河ドラマ「八代将軍吉宗」で主演
・1996年(49歳) 映画「学校II」で主演
・1996年(49歳) 映画「虹をつかむ男」で主演
・1997年(50歳) 映画「虹をつかむ男 南国奮斗篇」で主演
・2000年(53歳) NHK大河ドラマ「葵 徳川三代」に出演(徳川秀忠 役)
・2001年(54歳) 頸椎性脊髄症を患い入院、神経圧迫部位を除去する手術施行
・2002年(55歳) 映画「陽はまた昇る」に主演
・2003年(56歳) NHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」に出演(内山半兵衛 役)
・2003年(56歳) 映画「ゲロッパ」に主演
・2003年(56歳) 自宅にて心筋梗塞を発症、吉永小百合の手紙に従い禁煙
・2006年(59歳) NHK大河ドラマ「功名が辻」に出演(徳川家康 役)
・2006年(59歳) 映画「椿山課長の七日間」に主演
・2008年(61歳) 長年にわたる演劇界での業績が認められ、紫綬褒章を受章
・2009年(62歳) 日本俳優連合理事長に就任
・2010年(63歳) 「釣りバカ日誌」シリーズの22年間の功績が讃えられ三國連太郎氏と共に第33回日本アカデミー賞会長功労賞を受賞
・2012年(65歳) 社団法人日本喜劇人協会主催の喜劇人大賞を受賞
・2013年(66歳) NHK大河ドラマ「八重の桜」に出演(西郷頼母 役)
・2013年(66歳) ドラマ「ドクターX〜外科医・大門未知子〜 第2シリーズ」(テレビ朝日)に出演

 その他、多数の映画、ドラマに出演され、ご紹介しませんでしたが、テレビのバラエティー番組、ラジオにまでも活動範囲を拡げております。ご紹介に取りこぼしがあればご容赦ください。

 必ずしもイケメンではない、個性派とされる、西田氏はいわゆる叩き上げの俳優だと思います。30歳前後より頭角を現し、大河ドラマの主役を何度も勤めるに至りました。しかし、赤字で示した2003年の56歳時、自宅で心筋梗塞で倒れ、57、58歳の2年間は仕事を自重されたようでありました。当時の記事で、倒れる以前の西田氏が暴飲暴食とヘビースモーカーであったことが報じられたのを憶えております。女優の吉永小百合さんの手紙に従い喫煙を止めたと言う事も知られています。

 さて、前置きが長くなりましたが、この西田氏の「運気の流れ」を座標にしますと、以下のようになろうかと思います。上でも申しましたが、私生活はまったく知りませんので、あくまでも表面的な部分を観て、私の独断と偏見で作ったものであることをご容赦ください。
 西田氏が努力の積み重ねの末、「池中弦太80kg」と言うドラマで一気にその運気を上げたのは間違いないと思います。しかし、順風満帆の芸能生活が一変したのは上でも申し上げた心筋梗塞でありました。「運気の流れ」は最高から最低へと転落したものと推察いたします。ともすると命に関わる疾病に、ご本人はさぞ己の生活、仕事のやり過ぎによる過労、暴飲暴食、喫煙、などを恨んだことかと思います。
 しかし、西田氏は「運気の流れ」をもとに戻す事に成功しました。禁煙のみならず、自らの健康を顧みる努力があったことでしょう。発病から10年、以前ほどには仕事三昧でなくなったようですが、元気な姿をテレビ、その他で観るにつけ、「運気の流れ」の自己コントロールができた人物と考えております。

西田氏の運気の流れ座標


◇ 運気を取り戻してほしい ASKA 氏

 現在、新聞紙上やニュース、バラエティー番組を賑わしている事件、CHAGE and ASKAのASKA(本名 宮崎 重明 氏、56歳)が薬物使用で逮捕されました。

チャゲ&アスカ
CHAGE and ASKAのCHAGE(左)とASKA(右)

 まだ捜査の段階ですし、本論には関係ありませんので、今回の事件の詳細および彼の略歴については他に譲りますが、紛れも無く彼にも「運気の流れ」が大きくあって、1991年の「SAY YES」や1993年「YAH YAH YAH / 夢の番人」が大ヒットを飛ばしたころは最高の運気だったと思います。
 なにがあったのかは存じ上げませんが、2009年、ソロ活動を優先したいとの理由でCHAGE and ASKAのデュオの活動を停止したとされ、2013年に計画した復活ライブはASKA氏の体調不良(一過性脳虚血発作)でキャンセルされたと聞き及びます。もしかしたら、デュオの活動を停止したあたりから、ASKA氏の「運気の流れ」が急速に下降線を辿ったのではないかと思います。復活ライブを計画したのはASKA氏をそれこそ「復活」させるためだったかも知れません。しかし、このイベントの直前にCHAGE氏との間で、薬物の是非を巡って口論になったとも報道されています。

アスカ運気の流れ座標

 ASKA氏、下図の如く、「運気の流れ」がマイナスに転じたけれども、最悪の状態に至る前の段階で運気を引き上げることはできたと思います。「運気の流れ」の一方通行の下降線を、自覚してかつ、自己コントロール、引き留まる気持ちがあったなら、一人の優れたミュージシャンは、またこれからも感動を我々に届けてくれたものと思います。

アスカ運気のコントロール点

 ASKA氏、今からでも、厳しい道かも知れませんが、「運気の流れ」を取り戻してほしいと応援いたします。ASKA氏は、今、俳優 西田 敏行 氏が心筋梗塞で倒れたのと同じ、56歳なんですね。頑張ってほしいです。

「運(気)」その意義と存在の有無、「運気の流れ」その座標を考案

 ふと観たYahoo!ニュースから、「浅田麻央、来期休養を表明」ではありません。元楽天監督の野村克也氏(78)が、教え子であるニューヨーク・ヤンキース、田中将大投手に対してぼやいた記事であります。

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ノムさん、マー君にぼやき記事

 元楽天監督の野村克也氏(78)が、教え子のヤンキース・田中にぼやいた。

 18日に都内で自著「理は変革の中に在り」(KKベストセラーズ)の発売記念イベントに出席した同氏は「野球頭脳、感性はまだダルビッシュのレベルには届いてない。マー君は外角低めを狙って内に入ったら次もまた失敗するけど、ダルは修正できる」と分析。日本時代からレギュラーシーズン34連勝中については「それは神の子だからじゃん。ツイててるんだよ」と話した。

野村克也氏サイン会

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 最後の一文、野村氏ほどに技術論を語る優れた指導者にして、「(34連勝中)それは神の子だからじゃん。ツイててるんだよ」との発言、「神に見守られてツキ(=運)がある」との考え方は、ある意味、幾多の勝負を経験して来たからこその真実かと思います。スポーツの世界であれば、どんなに身体能力があろうとも、努力家で練習を重ねようとも、選手の持つ「ツキ=運」みたいなものが成績やプレーヤーとしての生涯を左右することはある、と言うものでしょうか。
 スポーツ選手に限らず、誰にでも「運気の流れ」と言うものが存在し、常に高い運気を維持できる人がいれば、運気の上り下がりが激しい人、運気の低迷が著しい人がいるように思います。先日来、ブログを汚して来ましたパワースポットやパワーストーン、いわゆる風水は、結局のところ、「気を引き寄せる」、「オーラを輝かせる」と言ったことを目的としたものが多く、つまりそれは運気を上げることを目的としていると言えるかと思います。

 風水とは別の、運気を上げるスピリチュアルの側面を考えるにあたり、「運気(の流れ)」そのものをまずは理解しようと思います。


◇ 「運」〜「運気」とは?

 辞書からの引用では、「運」から「運気」までの間には「運命」と「運勢」と言う言葉が存在します。すなわち、「運」とは「人知では測り知れない身の上の成り行き、巡り合わせ」、「運命」は「 超自然的な力(天運)に支配され人の上に訪れる運」、「運勢」とは「幸不幸の巡ってくる具合、運命の勢い」、そして「運気」とは「自然現象に現れる人の運勢」、とされます。

 運 :人知では測り知れない身の上の成り行き、巡り合わせ
 運命:超自然的な力(天運)に支配され人の上に訪れる運
 運勢:幸不幸の巡ってくる具合、運命の勢い
 運気:自然現象に現れる人の運勢


 言葉のニュアンスとして、個人的には、「運」は日々、時間と共に変化する軽い印象で、「運命」となると、病気や出逢いのように人生の大きな出来事、行き着く先のような動かせない天命のような言い回しのように感じます。「運勢」と言うと、お神籤(みくじ)や占いのように未来の運の程度を明文化したもののように思えます。「運気」は、今まさに現在の、個人に現れるオーラのような運の程度を示すもののような印象ですね。

 さて、「運が良い(幸運、好運)」とは、本人にとって好ましいことであるものの、到底実現しそうもないことを偶然実現させてしまうことなどを指します。「運が悪い(不運、悲運)」とは、普通なら問題なく実現することが、偶然の出来事などで実現不可能となり、本人にとってマイナスあるいは災いとなることであります。

 運が良い:本人にとって好ましい実現不可能なことが実現
 運が悪い:本来は実現可能なことが不可能となる


言葉の使い方として、勝負事で運が良いことを「ツキがある」、「ツイている」などと言いますが、これは「運」とほぼ同義で良いように思います。また、「運」には、「運が良かった」などと過去の状況説明として用いられる場合と、「運の強い男」など個人の特性を説明するために用いる場合があります。さらには、「運」を用いた形容が妥当な時と好ましくない時があります。例えば、努力の末、勝ち取ったものに対して、本人が「運が良かった」と謙遜することがあっても、他人はそうは表現しません。また、努力したのにダメであったことに対して「運が無かった」と慰める言い方はよく使われます。

 未来の「運」あるいは現在の「運気」を予言または評価する力があると考えられるものに、占術や、神社・寺院のお神籤(みくじ)、そしてチャネリングがあります。「運(気)」を向上させると言われるものに、パワースポットやパワーストーンを含む風水や、個人的にもっているジンクス、そして考え方、精神性があろうかと存じます。


◇ 「運」や「運気」は本当にあるのか?

 さて、「運」や「運気」と言うものは本当にあるのでしょうか? 「運(気)」の有る無しについて科学的の証明した話を聞いたことがありません。日常生活においては、上で申した通り、「運」、「不運」を語る際に、成功したら「努力の賜物」、失敗すれば「不運」と言ったり、その逆であったりしますし、「運も実力のうち」との言葉もあります。

 成功すれば「努力の賜物」、失敗すれば「不運」
 成功は「幸運だった」、失敗は「努力が足りなかった」

 
 確率論で考えた時、例えば病気について言えば、高齢化もあって日本人の生涯における癌の罹患率はもう50%にまでなっており、癌に罹ったら不運とも罹らなければ幸運とも言えないと思われます。宝くじの当選確率に個人差があるかと言えば、一等賞は大量のくじを購入した人に当たる傾向が言われております。当選確率が一定だからこそ、くじの購入数がチャンスを拡げるのは明らかです。そもそも、宝くじのように人生で何度も何度も当選することがないものについて、「運(気)」を測るのは困難かと存じます。

 「運」も「不運」も無い、日本人の癌の罹患率は50%
 当選確率が一定の宝くじは購入くじ数でチャンス拡大


 最も単純に「運(気)」を測るものとして、ギャンブルがありますが、ここには「運(気)」とは異なる個人的な能力が要素として含まれていると思います。競馬や競輪、ボートレースなどは事前の調査や経験値に寄るところが大きいかと存じます。ブラックジャックやポーカーなどのカードや麻雀は、ランダムに配られ、あるいは自ら引くカードや牌の質に左右されますので運気が影響する部分は大きく思えますが、これらは対戦相手がいるものであり、戦略や読心術、(もしかして)あるいはイカサマと言った技術的要素が大きく関与しています。この手のギャンブル(賭博)で勝ちが多い人を「運がある」、「運気が強い」とは言わないでしょう。

 対戦相手のあるギャンブル(賭博)には技術的要素

 それでは人間には「運」や「運気」と言うものは無いのでしょうか?、これらは幻想なのでしょうか? 私は、医者であり、科学者でもありましたし、医療の現場では確率論を考えざるを得ない立場にあります。患者に対してインスピレーションを語って説明することも、起こった結果について「運」、「不運」を述べることも、多くの場合は許されません。しかし、そういう立場にあるからこそ感じているものとして、、、

 紛れも無く人間には「運」も「運気」もある

、、、と言う事です。それこそ「科学?/非科学?」の領域ではありますが、目に見えない「何か」が個々の人間の未来を左右しているように思えます。医者である私のみならず、そのように感じている人がかなりの割り合いでいることは、占いやお神籤、風水の概念の存在からも明らかであります。これも立派な、人間ならではの、スピリチュアルの分野かと存じます。


◇ 「運気の流れ」を示す座標の考案

 人間には「運」も「運気」もあるとの前提で、ひとつ「運気の流れ」を示す座標を考案いたしました。こんなことは、私に始まったことではなく、誰もが心で描いたことがあるものかと存じますが、今後の「運気」に関する議論に使用していくアイテムとしてご紹介いたします。

運気の座標
「運気の流れ」を示す座標

 なんてことは無いただのグラフです。普通の運気の人、語弊はありますが、平凡な人生を送る人はほぼ「プラスマイナス0」のx軸を境に小きざみに運気が上下しているものと思います。

普通の運気曲線
普通の運気を持つ人:運気のレベルを示す曲線は「プラスマイナス0」のラインを挟んで細かく変動しています

 科学的に証明されてはいず、その絶対値を表す単位すら存在しない「運気」を客観的に示す座標を考案いたしました。「運(気)」を考える時、今後も利用して参る所存であります。

自分の幸せに気付いていない日本人が多い?

 最近、世間を騒がせた、あるいは騒がせている、事件から、、、。千葉県柏市の通り魔事件犯人は24歳、「社会に報復したかった」とコメントしたそうで、だからと言って人の命を奪って良いわけはなく、最近では秋葉原でもありました、時々ある無差別殺人事件であります。
 一方、歴史的な事件となりそうなのが、「アンネの日記」の関連書物が破られる事件です。東京都杉並区と中野区では、これまでに少なくとも167冊の本のページが破られ、その大半は「アンネの日記」とされます。被害はこの2区に留まらず、本年1月から都内の31の図書館で、少なくとも265冊の「アンネの日記」関連の本が破られていと報道されております。こちらの犯人はまだ捕まっておりません。もしかしたら日本人ではないのかも知れませんが、イスラエルをはじめ世界から注目されつつあり、早期の解決を望むものであります。

柏通り魔と破られたアンネ
柏通り魔殺人事件犯人と破られた「アンネの日記」

 間違いなく幸せを感じていない人の行為

 「通り魔」と特定の書籍に対する猟奇的損壊行為、特になんの関連もないのですが、最近の話題となったどちらの犯人も、「幸せではない」と断言できると思います。少なくとも自分が幸せであることに気付いている人が、こうした事件を起こすはずはありません。


◇ 世界幸福度報告書で日本は43位

 そんな折、国連による「世界幸福度報告書 2013」の存在を知りました。2011年7月に国連で決議され、国連加盟国に幸福度の調査を行い、結果を公共政策に活かすことを呼びかけたものとのことです。2012年4月にブータン首相が議長になっての国連ハイレベル会合が実現し、最初の世界幸福度報告書(World Happiness Report)が発表されました。2013年からは毎年3月20日が国連が定めた国際幸福デー(International Day of Happiness)となり、2013年3月20日には、全世界でハッピーデーが祝われました。日本ではHAPPY DAY TOKYO 2013が開催され1万人が東京都の日比谷公園に集まり、2014年も開催が予定されています。昨年9月9日には、世界幸福度報告書2013が発表されております。

WORLD HAPPINESS REPORT 2013

【世界幸福度報告書ランキング上位45位】
幸福度ランキング

 GDP世界1位のアメリカ合衆国は幸福度ランキング17位、GDP 3位の日本は43位であり、GDP 2位の中国は93位だそうです。2012年に経済危機が発生したスペインが39位と低迷してはおりますが、必ずしもGDPが高い国が幸福度が高い結果になっておりません。トップのデンマークをはじめ、北欧諸国が上位に目立ち、スペイン、チェコ、イタリア以外のヨーロッパ諸国、オーストラリア、豊かなアラブ諸国と南北アメリカ大陸の各国が続いておりますでしょうか? 東アジアでは、30位のシンガポール、36位がタイ、41〜43位が大韓民国、台湾、日本の順であります。

 もちろん国家、民族、あるいは宗教によって、「幸せ」についての考え方、感じ方が異なるため、こうした統計は国民感情を繁栄させることはあっても、国家の豊かさや力とは同義ではありません。物質的に豊かで、治安が良く、東京オリンピック招致活動で大きな売りとした部分がある日本が43位と下位にランキングされているのは、日本国の問題ではなく、日本国民の感じ方の現れであります。


◇ 「幸せ」の定義に照らしてみると

 日本国民の感じ方を考えるため、「幸せ」の定義をいろいろ観てみましたが、最も文章が短いニコニコ大百科を引用します。ウィキペディアをはじめ、他にもの定義があります。

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ニコニコ大百科タイトル

幸せ(しあわせ)とは、現状に満足しもうこれ以上の上を目指さなくなることである。

概要
「幸せ」の定義とは、お金持ちになることではない。
「幸せ」の定義とは、可愛い彼女や彼氏を持つことではない。
「幸せ」に定義とは、ご馳走や美味しい物をたらふく食べることではない。

 幸せの定義とは、現状に満足しもうこれ以上の上を目指さなくなることである。つまり、別にお金持ちならなくても、彼女や彼氏がいなくても、高価で美味しい物なんか食べなくても、幸せだと感じている事がいるということ。言い換ればお金持ちになっても、彼氏や彼女がいても、高価で美味しいものが食べれても、現状に満足できてない状態は不幸と表現されていること。
 つまり幸せだと思うのも、不幸だと感じるのも周囲ではなく「自分の気の持ちよう」ということである。「自分は不幸だ」と思い込む前に、「自分がどうすれば自分は満足しこれ以上の上を目指さなくなるか」を考えよう。

 あなたにとって何をすれば現状に満足し上を目指さなくなりますか?その現状に満足し上を目指さなくなった状態が「あなたの幸せの定義」です。

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 「幸せ」の定義は、「現状に満足しもうこれ以上の上を目指さなくなること」とのことです。ウィキペディアでは冒頭に「心が満ち足りていること」と記載されておりました。もしかしたら、日本人は、「向上心」、「ハングリー精神」や「貪欲」と言ったものに価値を見いだす傾向がありますから、「上を目指さない」、「満ち足りた」と言う感情には抵抗があるのかも知れません。

 でも、自分が幸せであると思えないことは、悲しいこと、あまり良いことではないと思います。本当にはある自分の幸せに気付かないで、不幸ばかりを感じている日本人(自分も含めて)が多い、閉塞感が漂う社会、そんな昨今のように感じます。


http://www.huffingtonpost.jp/kenji-sekine/post_6096_b_4237432.html
http://dic.nicovideo.jp/a/幸せ
http://ja.wikipedia.org/wiki/幸福

「引き寄せの法則」の起源:ヘルメス文書 〜 Kybalion 〜 The Meta Secret / 宇宙の「7つの法則」のご紹介

 昨年末、「引き寄せの法則 = THE SECRET」をご紹介し、その方法論として、ヘミシンク(などの瞑想)を用いた具現化(10月30日)、ビジョンボードの利用(11月4日)、「感謝の気持ち」の重要性(11月21日)などに触れて参りました。
 この「引き寄せの法則」の起源とされる、宇宙の原理、原則を明らかにした「ヘルメスの法則」と呼ばれるものがあります。ギリシア神話で、ゼウスとマイアの子とされるヘルメス神と、エジプト神話のトート神がヘレニズム時代(アレクサンダー大王治世 [在位紀336-323年] 〜プトレマイオス朝エジプトの滅亡 [紀元前30年] )に融合し、それらの威光を継ぐ人物としての錬金術師ヘルメスが同一視されて、ヘルメス・トリスメギストス(Hermes Trismegistus)と称されるようになりました。ギザの大ピラミッドの内部にあったヘルメス・トリスメギストスの墓より発見されたエメラルド・タブレット(Emerald Tablet)は、錬金術の基本思想(奥義)が記されているとされ、そこに「ヘルメスの法則」として、宇宙の「7つの法則」が秘密文書として記されております。

ヘルメス
紀元前1世紀後半から紀元2世紀初頭のローマのヘルメース像(左)とシエナ大聖堂舗床にあるヘルメス・メルクリウス・トリスメギストスのモザイク画(右)

 1908年、エメラルド・タブレットが発見され、最初、スリーイニシエイツ(三人の賢者)というペンネームで、ウィリアム・W・アトキンソン(1862-1932年)によって翻訳、「キバリオン」(The Kybalion)と言う著書が世に出されました。

キバリオン著書

 さらに、この「ヘルメスの法則」= 宇宙の「7つの法則」を現代的に体系化したものが「ザ・メタ・シークレット(THE META SECRET)」であります。これらは、「引き寄せの法則」をより深く解説したものであり、人間の夢や目標を引き寄せ、具現化するために知るべき具体的な法則を示しています。以下、Dr.メル・ギル監修の「THE META SECRET」の冒頭の寄せ書きをご紹介いたします。

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あなたは見えない力を信じますか?

夢や願望を実現し、
本当に豊かな人生を手に入れた人たちは、
見えない力の存在に気づき、
その力を活用してきました。

その力を信じて使うことで、

・こじれていた関係が良好になったり
・取り組んでいる仕事が円滑に進み出したり
・経済的な問題がなくなり豊かな富を手に入れたり
・毎日を健康に生き生きと過ごせたり
・一緒にいるだけで幸福な最高のパートナーが現れたり

した人がいます。

他にもさまざまな人生の問題を解決し、
望むとおりの結果を手に入れることができるでしょう。

もし、見えない力を、誰でも簡単に使う方法があるとしたら、、、

使ってみたいとは思いませんか?


メタシークレット本、DVD

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 本スピリチュアル記事では、THE META SECRETで示される「ヘルメスの法則」= 宇宙の「7つの法則」を一つ一つご紹介いたします。また、難解な文章ではありますが、「キバリオン」(The Kybalion)からもウィリアム・W・アトキンソンの原文を添付いたします。


◇ I. 思考(Mentalism)の法則

 夢や目標を思考することで具現化(現実化)

 99%の人は外の世界が内なる世界を支配するようにプログラムされています。しかし、欲しいものを手に入れるには内なる世界に外の世界を支配させる、そうした発想の転換が求められます。「人間の『思考』や『感情』にはつねに『引き寄せの法則』が働いており、望む、望まないかにかかわらず、考えていることが引き寄せられて来て実現する」と言うのが「引き寄せの法則」であります。このことをしかと認識するために、最初の法則として「思考の法則 Law of Mentalism」が紹介されています。
 人間が作り出したものはすべて、誰かの思考が具現化(現実化)したものであります。この世界で起きていることも全て私たちの意識が作り出しています。思考は純粋なエネルギーの一種ですので、このエネルギーを上手に利用することによって、最も効率よく、確実に夢や目標を叶えることができます。

 近年、人類は精神世界への関心が高まっており、四次元からスピリチュアルの次元(五次元)への次元上昇(アセンション)が起こりつつあることが噂されております。このことは、以前にも増して思考が具現化するスピードが速まっているとも考えられます。「思考の法則」は夢や目標を引き寄せる基本的法則であります。

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【The Kybalionから】

 〜 全ては心なり 宇宙は精神的である 〜


 我々の知覚の外部には何物も存在し得ない。我々は日々、何かを創造し、それが真であるかの如く理解しようとする。これは本来人類に備わった「心的創造」の偉大なる能力の結果である。魔術師は幻想と混沌の世界の中に己が生み出し、あるいは伝達された無数のイメージを見る。神々、精霊、楽園、神話、それらは皆、心のスクリーンないし水面に映ったイメージである。我々は心を持ってしか世界を知覚・分析・理解できない。故に我々の宇宙もまた心なのである。遍在する「全」の外側には何物も存在せず、宇宙は「霊」に充たされている。

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◇ II. 投影(Correspondence)の法則

 この世界の全ては自分の映し鏡である

 「投影の法則 Law of Correspondence」は「他人はもちろん、世界の全ては自分自身を映している鏡である」と伝えています。1つの現実、事実を見ても、その捉え方、解釈は人それぞれであります。「人の数だけこの世界が存在する」とも言えるでしょうし、目の前の現実をどのように感じるかは私たち自身が決めているのです。
 人は、自分を取り巻く環境、世界により影響を受ける存在と思われがちで、そうした周囲の状況のほうを変えようとしますが、そのことは悪いことではないものの、自分自身の意識が変化しないと根本的に世界を変えることはできません。再び似たような現実に苦しむことになります。
 この世界が今の自分にとってどのように見え、どのように感じられるかをしっかり認識すれば、おのずと自分自身の意識の中に、どのような世界があるのかを知ることができるのです。

 余談ですが、この法則は、昨年11月8日に紹介した「幸せになるハワイの教え 『ホ・オポノポノ』」の考え方に似ています。世の中で起こった事柄に対する不快な記憶をクリーニングして消し去ることにより不快な感情が無くなり幸せになると言う発想です。

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【The Kybalionから】

 〜 上なるものの如く下も、その逆もまた真なり 〜


 大宇宙と小宇宙は相互に依存し、時に共鳴する。ひとつのものは別のひとつのものの反射あるいは反応である。「ケテルはマルクトの中にあり、マルクトもまたケテルの中にある」。照応の原理は見えざる宇宙の力動的な流れを把握し利用することを可能にする。如何なる存在も他者とまったく独立して存在しているわけではない。その鍵を紐解き解析することによって魔術師は儀式を構築し、神々を召喚するのである。

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◇ III. バイヴレーション(Vibration)の法則

 類似した振動を持つ物同士が引き寄せ合う

 この世界のあらゆるものは振動(バイヴレーション, Vibration)しており、類似した振動を持つ者同士は共鳴し合い、引き寄せ合う、と言うのが「バイヴレーションの法則 Lau of Vibration」です。「類は友をよぶ」と言う諺があるように、私たちは人生の中で、居心地のよい人たちと友好関係を築きます。お金持ち同士、同じ趣味仲間、同じ芸能人のファンなど、私たちは自然に似たようなバイヴレーションを持つ人たちと人生を共に過ごしているのです。
 もし自分の人生を変えたいのなら、自分が放ってしるバイヴレーションの質を変化させることが必要です。お金持ちと同じバイヴレーションを放つようになれば周囲にお金持ちが集まってきますし、愛情あふれる人生を希望するならばたくさんの愛を放つ人と同じバイヴレーションになる必要があります。
 人間はつねにバイヴレーションを放ち、何かを引き寄せています。つまり、今の現実は、自分が放ったバイヴレーションによって招かれたものなのとされます。

 アセンションが起こって来るとシンクロニシティ(Synchronicity)に気付くようになるとよく言われます。直訳は「共時性(きょうじせい)」で「意味のある偶然の一致」と言う意味ですが、自分が必要とする、あるいは欲している人物と偶然に出会うとか、連絡が入ると言うことが起こります。これもバイヴレーションの結果と考えられます。逆を言えば、自分にとって意味のある出逢いがあっても、それに気付かずにいればチャンスを逃すことになりますので、「バイヴレーションの法則 Lau of Vibration」からシンクロニシティ(Synchronicity)と言う原理を理解していることは大切です。

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【The Kybalionから】

 〜 停止はあらず、全ては移動し、全ては振動している 〜


 今日の物理学の常識はまた古代のヘルメス学にとっても常識であった。あなたが覗いているこのコンピューターもあるいは腰掛けている椅子も、常に運動している。階層的な振動の差異は、様々なエネルギーと形態を生む。音、色彩、諸エネルギーもすべて振動しており、それ故にある特定の効果を生じさせる為に共鳴の技法と振動の増幅を利用することが可能となる。また錬金術とは物質の振動数を高める技法でもある。

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◇ IV. 極性(Polarity)の法則

 対極は存在せず同じ性質の程度の差に過ぎない

 物の見方、評価の仕方についての考え方を正す法則です。人間は、この世界で起きていることを2つの極(対極)に分けたがります。白と黒、善と悪、光と影、陰と陽、裕福と貧困、幸せと不幸など、一見すると全く違うようにある2つですが、実は同じものの延長線上あって、その程度の違いを区別するために「対極」を作りたがるのです。
 しかし、いくら極を求めても、実はこの「対極」は存在しません。大切なのは、その程度の違いによって起きる幅を、どれだけ広く自分の人生の中に取り入れられるかです。許容範囲が広がれば、人生において揺るぎない安心を手に入れることができます。
 人間は、人生の中でポジティブとネガティブのバランスを取っていますが、「対極」と言うものはなく、程度の差に過ぎない、常に幅を拡げる道があって、ですからどんなネガティブな出来事にも、必ず解決策がある、それが「極性の法則 Law of Polarity」であります。

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【The Kybalionから】

 〜 すべての存在は二重性を有す、また極を有し、
   相反する対を持つ 〜


 現象の両極。夜は昼という概念抜きには語れず、右は左の対であり、「大きい」は「小さい」と比較されなければ意味をなさない。異なる概念の相違とは実の所なんなのか? 魔術における二面性とは何なのか? 全ての真実にはその裏側にもう一つの真実を隠している。

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◇ V. リズム(Rhythm)の法則

 運気の流れをつかむ意識

 「リズムの法則 Law of Rhythm」は、この世界にはリズムがあり、流れがあることを教えています。潮には満ち引きがあり、季節は変化し、人生にも調子の良い時や悪い時が存在します。
 調子の良し悪しは「運気」と言う言葉が当てはまりますが、そうした流れが存在すること認識した時、「運気」に沿った行動をすることを覚えます。人生の調子が悪い時に無理矢理自分の力で前に進もうとすると余計にうまく行かないことがあります。「運気」が落ちている時は、それなりの行動で先に進むことが求められます。
 また、「リズムの法則 Law of Rhythm」では「偏った状態の時には調和を取ろうとして相反する方向に動き出す」と言う宇宙の力を伝えています。やはり、運気の流れをつかむ意識が人生で成功する秘訣であると言えます。

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【The Kybalionから】

 〜 すべては内へ外へと流れる。あらゆるものは流転し、
究極に達しやがて減退する 〜


 自然の本質。魔術の世界では一般的に時の潮流の四つの節目を祝う。即ち春秋分点、夏至と冬至である。ひとつのエネルギーは永遠に一定の状態を保ち続けるわけではなく、変化し、また循環する。自然はあらゆるリズムを生み出し、それによって変化し続ける。これは小宇宙である我々人間の感情や意識、肉体にもあてはまることは云うまでもない。

 *****



◇ VI. 両性(Gender)の法則

 男性性と女性性エネルギーのバラン

 「両性の法則 Law of Gender」は、あらゆるものには2つの姓が存在することを伝えています。1つは「男性性」であり、もう1つは「女性性」であります。「極性の法則 Law of Polarity」で「両極」は存在せず、あらゆるものは同じ性質の程度の違いにすぎないことを謳って(うたって)いますが、この「両性の法則 Law of Gender」に関して言えば2つの異なるエネルギーを明確にしております。
 男性性エネルギーは「与える」ことに特化したエネルギーで、物事に変革をもたらしたり創造したりすることに長けています。
 女性性エネルギーは男性性エネルギーと相反する力を持っています。それは感じたり、許したり、受け入れていく、「受け取る」ことに特化したエネルギーです。女性性エネルギーが開いていると、今、ここ、あるがままを、常に感じることができます。

 男性性エネルギー:与える、変革、創造
 女性性エネルギー:感じる、許す、受け取る


 これら2つの異なるエネルギーをいかに高い次元でバランス良く保っていくかが、人生であらゆるものを成し、いつも幸せを感じられるポイントなのです。

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【The Kybalionから】

 〜 性(別)はすべてに存在する。
   すべてのものは男性原理と女性原理を有す。
   性(別)はあらゆる階層に顕現する 〜


 カバラにおいては二番目のセフィラ、コクマーと3番目のセフィラ、ビナーによって表象される。ただし、これは実際の肉体的な男女のことを指すわけでは勿論ない。また、ユング心理学におけるアニマ・アニムスの理論もこの原理を支持するものとなるだろう。これは実の所、自然の本質であり、統合の径、一なるものへの帰還の前提でもある。

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◇ VII. 原因と結果(Cause and Effect)の法則

 出来事には全て原因がある

 この世界に起きていることに偶然は1つもないことを「原因と結果の法則 Law of Cause and Effect」で教えています。人生で起きていることは全て、何がしかの原因があって起きていると言う発想です。物事を良し悪し、善悪で語り、喜んだり悲しんだりするのではなく、必ず起こったことには原因があると認識すれば、「人生で起こることをきちんと見ることにより人生から多くのことを学べる」ことが理解できます。
 自分の人生で望む結果を作り出したければ、その結果に繋がる原因も自分で作り出す必要があります。「他人任せではいけない」と言う至極当然の意味ですが、逆を言えば自分一人の力でも原因と出来事の関係に目を向けることにより、「望む結果の原因さえ作り出せば人生はうまくいく」、と言う教えであります。
 一方で、起きた出来事を周りの人や環境のせいにすると、結果的に自分の人生の幸不幸を回るに委ねることになってしまいます。自分自身のどの選択がその出来事を作り出した要因の1つとなっているかを見いだせば、うまく行かなかったことは二度と繰り返さず、うまく行ったことを何度でも自分で作り出すことができます。
 
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【The Kybalionから】

 〜 すべての原因は結果をもたらす。
   すべての結果はその原因に起因する 〜


 たとえ、他者によってもたらされたかに見える災厄や不幸であっても、その根本の原因を追求すれば、自分自身にも原因が見つかるものである。魔術師は正しい結果をもたらす為には、正しい動機と正しい方法が不可欠であることを自覚すべきである。この理由から「真の意志」の獲得はカルマからの解放をもたらすのである。

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◇ 各々が関わり合う 宇宙の「7つの法則」

 以上、ご紹介した「7つの法則」は、一つ一つに注目しても、あまり深い意味を感じません。「ああ、そうですか!」程度の、「一つの考え方」あるいは「当たり前のこと」と言う感覚のものもあります。しかし、現実の出来事において各々の法則は関わり合っており、日常で常に「7つの法則」の全てを念頭においた生活を送った場合に、「成功」へのヒントが見えて来るかも知れません。「ヘルメスの法則」/ 宇宙の「7つの法則」を理解してもすぐに今から目の前が開けると言うものではないと思いますが、心に余裕をもって日々の出来事にあたり、希望と目標を心に思考する習慣をつける、そのことが人生を好転させるのは間違いないと思います。

7法則図



http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘルメス・トリスメギストス
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヘルメス文書
http://ja.wikipedia.org/wiki/エメラルド・タブレット
http://tabinootomo.com/kibalion/

「感謝」の気持ちで運命を変える!

 「引き寄せの法則」とホ・オポノポノについてご紹介しました。いずれも人間(己の)の内面を変化させること、考え方を変えることにより、人生を有意義なものとする手段として捉えております。もちろん、願ったものは必ず手に入る(引き寄せる)とか、「ありがとう」「ごめんなさい」などを言葉で現すだけで問題が解決すると言う、「アラジンと魔法のランプ」などのおとぎ話しのような、ちょっと科学で証明できるものではありません。
 アルベールビルオリンピックにおける伊藤みどり選手のトリプルアクセルを「自らが引き寄せた」としましたが、私の申し上げることは裏付けとなる根拠がない憶測に過ぎず、では伊藤みどりさん個人に聞いたところで、「あれは偶然です」、「神様がいました」と言った答えしか返ってこないかも知れません。既に起こった事象について後から理由付けをするのは簡単ですが、精神世界における新しい理論を、ランドマイズドして前向き研究を行うことはほぼ不可能なことであります。
 結局のところ、医者として、科学者としてはやや不本意ではありますが、科学で証明し得ないことでも、一つの考え方として受け入れ、まずは実践するしかない、と言う結論に達します。

 長い前置きになりましたが、「引き寄せの法則」を実践するうえで最強のツールとされる「感謝の気持ち」について考えてみました。ホ・オポノポノで唱える「ありがとう」、「愛しています」をそのまま「感謝の気持ち」と解釈するのは語弊があるかも知れませんが、心理状態は類似していると考えます。
 現代の「引き寄せの法則」の基礎となっているのは、過去の識者の残した言葉の蓄積で成り立っております。この過去の識者が「感謝の気持ち」について述べたものをご紹介します。

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釈迦(BC7-5C)
「怒りを抱くということは、誰かにそれを投げつけるつもりで熱い石炭を持っているのと同じことです。やけどをするのはあなたです」

ウォレス・ワトルズ(1860-1911)
「感謝の気持ちを持たなければ、他の面での生き方は正しくても、いつまでも貧しいままでいるでしょう」

ウォレス・ワトルズ(1860-1911)
「日々感謝することが、あなたに富をもたらす泉となります」

ウォレス・ワトルズ(1860-1911)
「感謝すると自分の思いと宇宙の想像エネルギーを密接に調和する、と考えたことがありますか? もしなければ、そのことをよく考えてみましょう。するとそれが真実であることが解るでしょう」

クリスチャン・ラーソン(1866-1954)
「人は自分を変える事ができます。そして、自分の運命を支配する事ができます。これは正しく考える力に目覚めた人なら誰もが下す結論です」 

ネヴィル・ゴダード(1905-1972)
「気持ちを変えることは運命を変えることです」 

釈迦、ワトルズ、ネビル
左から釈迦、ウォレス・ワトルズ、ネヴィル・ゴダード

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 人は不平不満を言う方が簡単です。100%の生活なんてあり得ないのですから、何か足りないところに目をつけて不満を漏らし、「もう少し庭が広ければ」、「車の燃費がいまいちで」、「彼女(彼氏、あるいは妻、夫)のこういうところが嫌だ」、「今の仕事に満足はしていない」と、そんな感じでしょうか。「今の自分に満足することはこの先に進歩がない」との観念が今の自分に不満を漏らすことに繋がっているように思えます。「ハングリー精神」や「貪欲」と言う言葉が美化されて、「満足」は「怠惰」に繋がり「衰退」を呼び込むとの考え方もあろうかと存じます。

 「貪欲」さが現在の自分への「不満」に繋がる?
 「満足」は「怠惰」に繋がり「衰退」を呼び込む?


 でも、「満足」と「感謝」は微妙に違います。「引き寄せの法則」における「感謝」とは、日常の「満足いくサービスを受けて感謝します」、とか、「満足いく収益に感謝します」と言う、よくある会話の「感謝」とはちょっと違うようです。何か得るものがあって「感謝」とか、利益を受けての「感謝」ではなく、ただ漫然と、今の自分の存在、日常そのものに対する「感謝」とのことです。

 今の自分の存在、日常そのものに対する「感謝」

 例えば、今こうしてインターネットに向かえるのは科学技術の進歩、そうした媒体を自宅に置ける社会や家庭であり、キーボードを打てる指、画面を見る目が健康であるからで、これに対する「感謝」の気持ちを持ちます。朝起きた時に、「今日も嫌な仕事だ」、とりわけそれが月曜日なら「これから長い一週間だ」と思う代わりに、「今朝も明るい朝を迎えられた」、「未来に向けた一歩をまた踏み出す」などと、朝から「感謝」の気持ちを持ちます。
 こうした心理状態が、明るく前向きな姿勢に繋がり、不平、不満に基づくマイナスの波動を減少せしめます。今の自分に感謝することで、それは必ずしも慢心ではなく、さらなるプラスの波動から、もっと良いものを引き寄せると識者達は述べています。

 「感謝」の気持ちが更なる良いものを引き寄せる

 別の考えかたとして、ある一個人が今ここにあるのは、これまでの意志によって引き寄せたものの集合体であり、自分を作っているのは自分自身の意志である、との考え方があります。と言う事は、自分に対する不平不満を持つことは、過去の己の意志そのものを否定する考えでもあるのです。自分の意志で出来上がったものであることを知れば、己に対する愛おしさを感じ、過去の自分の意志に対する「感謝」の気持ちを持てます。そして、「感謝」の気持ちを持つことで、さらに自分に良いものを引き寄せて、自分自身を磨いていくのです。

 自分は自分の意志により引き寄せたものの集合体
 自分に対して愛おしく思い「感謝」の気持ちを持つ


 と、言うことが、「引き寄せの法則」、「ザ・シークレット」などに述べられており、多くのスピリチュアルなホームページに掲載されています。一つだけ、確かなことは、最近、「感謝」の気持ちを言葉にするようにしています。朝起きた時に意味も無く「ありがとう」、ちょっとしたことで家族と会話したときに「ありがとう」と、、、。豊かな気持ちになりますね。これだけは確かなことです。ネヴィル・ゴダード氏が言う、「気持ちを変えることは運命を変えることです」とは、もう今からでも実践できることだと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/釈迦
http://ja.wikipedia.org/wiki/ウォレス・ワトルズ
http://en.wikipedia.org/wiki/Neville_Goddard

引き寄せの法則だったのか? 伊藤みどりのトリプルアクセル

 女子フィギュアスケートのトリプルアクセルなどと、スピリチュアルとはかけ離れた記事でした。「スピリチュアルの周辺」のカテゴリーといたしましたが、ちょっとこのカテゴリー分類、近日中に見直そうかとは思います。手前の話しではありますが、、、。

 それにしても、伊藤みどりさんのオリンピックにおけるトリプルアクセルにはやはりスピリッツを感じます。なぜなら、私も経験がありますが、スポーツは厳しい修練の後に修得する技術には違いありませんが、本番の試合において、最高のプレーが出来るかどうかは、本人の努力や意志だけではどうにもならない、運不運みたいな、神の領域のようなところはあると思います。「勝利の女神」と言う文句は、そういう理屈抜きの偶然性に向けて発せられた言葉だと思います。

 スポーツの成否:「勝利の女神」と言ったスピリチュアルな領域

 アルベールビルのおける伊藤みどり選手のトリプルアクセルを「引き寄せの法則」に照らし合わせて考えてみました。
 彼女は、まだトリプルアクセルを飛ぶ前、カルガリーオリンピック以前の段階でもNHK杯などの国際大会で優勝を経験した世界のトップスケーターの一人でした。その彼女が、フリーの演技でスタンディング・オベーションの祝福を受けたカルガリーオリンピックで、惜しくもメダルに届かずに終わり(5位)、4年後のアルベールビルに強い意志を持ち、そこからトリプルアクセルの修得が始まりました。

 「オリンピックでトリプルアクセルを飛んでメダル」

 伊藤みどりさんにとって、88年から92年の4年間は「オリンピックでトリプルアクセルを飛んでメダル」を常に念じた日々だったと思います。

 先の記事でも述べましたが、いよいよアルベールビルオリンピックにおいて、伊藤みどり選手は精神的な緊張から大不調であったとされます。「失敗するのではないか?」、「トリプルアクセル、着氷できないのでは?」、その結果として「メダルに手が届かないのではないか?」という、ネガティブな発想が意識に現れ、これが波動となって、現地入りしてからの不調やと、ショートおよびフリーの冒頭におけるジャンプの失敗に繋がったのかも知れません。

 「失敗するのではないか?」
 「着氷できないのでは?」
 「メダルに手が届かないのではないか?」
  → 負の発想が不調とフリーでの転倒を引き寄せ?


 しかし、フリーのトリプルアクセル転倒後の、伊藤みどり選手の表情には、なにか吹っ切れたような印象を受けます。その後のプレーに硬さが取れて、そして予定外のトリプルアクセルを演技後半の残り1分で挑戦しました。オリンピックでの最後の1分ですから、肉体疲労は頂点に達していたと思います。そんな時間帯に男子の4回転や、女子トリプルアクセルを入れる選手はいません。浅田真央選手も経験ないと思います。でも、彼女はオリンピックでトリプルアクセルを飛ばないわけにはいかなかった。「絶対に飛ぶ!」と言う鋼(はがね)のような強い意志があったと思います。それをプレー中に想い出したのではないでしょうか? それがトリプルアクセルの成功と銀メダルを引き寄せたのではないか?、と考える次第です。

 想い出した強い意志 → トリプルアクセル成功とメダルの引き寄せ

 私は、リアルに観た、伊藤みどり選手のオリンピック、トリプルアクセルには何かスピリチュアルなものを感じておりました。20年以上経った現在、あれも「引き寄せの法則」であったのでは?、と思います。

 バンクーバーオリンピックで悔し涙の銀メダルであった浅田真央選手がソチオリンピックでどれほど大きなものを引き寄せるか?、期待を寄せる次第です。

幸せになるハワイの教え 「ホ・オポノポノ」

 「引き寄せの法則」は、この法則を理解してネガティブな発想ではなく前向きに自分の理想や希望を明確にすることでそれらを引き寄せる、実現させると言うものでありました。その方法論としてヘミシンクやビジョンボードの作成などご紹介させていただきました。一方、「引き寄せの法則」と同じではないですが、似たよう方法で、気持ちの持ちよう、発想の転換によって幸せな気持ちが得られる教えがあります。以前にも少しだけ触れました「ホ・オポノポノ」についてまとめてみました。

ホ・オポノポノの本


◇ ホ・オポノポノの概要

 ホ・オポノポノ(Ho’o ponopono)は古代からハワイにて伝承されて来た「癒しの方法」、「問題解決法」とされております。ヒトが感じる「不満」や「怒り」、「不安」などの不快な感情は、潜在意識に既にある過去の記憶に基づくものであり、この記憶を消去すること(クリーニング)で自らを浄化して幸福を手に入れられると言う教えであります。

 不快な発想は過去の記憶に基づくもの
 記憶の消去 = クリーニング → 幸せをもたらす


 この記憶とは、「地球の誕生から現在まで、陸・海・空に存在するすべての動植物を含む生命体から鉄のような無機物までが体験した、すべての記憶」とされており、このあたり、仏教の基本概念である業(ごう、カルマ)は死によっても失われず、輪廻転生に伴って前世から来世へと引き継がれるとの発想に極めて類似していると思われます。

 記憶 = 業(ごう、カルマ)?
 輪廻転生の発想?


 ホ・オポノポノの教えで面白いのは、ヒトに不快を与える記憶を消去する過程において世の中の不快な出来事はまず自分に責任があるとの発想、「全責任を負う」ことを原理としており、自分と関係ないところで起こっている不幸に対しても、責任を負って記憶の消去に努めれば不幸は無くなるとされるところです。例えば、他人の病気、会社の経営不振、世の中の犯罪や飢えとか戦争、自分と関係ないものに対しても「自分の責任である」との発想からスタートします。なかなか理解の域を超えておりますが、追々、ご説明いたします。


◇ ホ・オポノポノの歴史、伝承者たち

1.古代からの言い伝え

 ホ・オポノポノはネイティブハワイアンの伝統的な「問題解決法」として古代から言い伝えられ、「祈り・議論・告白・後悔・互いの補償・許し」を各々が遂行するものとされます。その実践方法が文献として最初に記載されたのは1958年のマリー・カウェナ・プクイ(Mary Kawena Pukui、1913-1992年)による著作とされます。プクイは、ホ・オポノポノについて「大家族が壊れた家族関係を正しいものにするために集まること」と記述しています。

 古代ネイティブハワイアンの伝統的な「問題解決法」

 なお、ハワイ語で、ホ・オ ポノポノ(Ho’o ponopono)の「ホ・オ」(Ho’o)は「目標」の意味で、「ポノポノ」(ponopono)は「完璧」、「ゼロ」を意味し、併せて「完璧(ゼロ)を目標に修正する方法」と訳されております。


2.シメオナによるホ・オポノポノ

 ハワイ伝統医療のスペシャリストでハワイの人間州宝である、故モーナ・ナラマク・シメオナ女史(Morrnah Nalamaku Simeona, 1913-1992年)が、伝統的ホ・オポノポノを現代社会で活用できるようアレンジしたのがセルフアイデンティティ スルー ホ・オポノポノ(Self Identity through Hoʻoponopono, SITH)=「ホ・オポノポノによる自己同一性」です。

 Self Identity through Hoʻoponopono, SITH

 モーナは、「ある人が人生の一切について責任を取るとは、彼が見、聞き、味わい、触れるすべてのことの責任を取ることである。そしてあらゆる経験は、彼の人生に存在するが故に、その人の責任が伴う」と教えています。また、「全責任とは、万物が人間の内面からの投影として存在し、問題は外部世界の現実にあるのではなく、我々自身と共にあり、現実を変えるためには、我々はまず自らを変えねばならない」とも説いております。モーナによるホ・オポノポノは、14段階のプロセスを踏むことで精神をカルマの呪縛から解放することを目指しておりますが、このプロセスには現行の特定の言葉を唱えることは含まれていないとのことです。


3.カマイリ・ラファエロヴィッチ(KR)女史

 カマイリ・ラファエロヴィッチ(Kamaile Rafaelovich, KR)女史、上述の故モーナ女史の一番弟子であり、19歳の頃から現在まで、およそ40年間にわたってホ・オポノポノを実践し続けています。現存する「SITHトレーナー」の中では、一番長くクリーニングをし、モーナ女史から直接指導を受けた数少ないトレーナーの一人とされます。現在は、ハワイにて不動産業を営み、経営者やコンサルタントとしての一面も持っており、クライアントとして数多くの著名人が訪れています。


4.イハレアカラ・ヒューレン博士

 KR女史と同様にモーナの教えを継承し、世界各地で伝承しているのがイハレアカラ・ヒューレン(Ihaleakala Hew Len)博士であります。ヒューレン氏によるホ・オポノポノは自らの記憶に向けて、「どの記憶が問題を引き起こしているのだろうか」と問いかけた後、「ありがとう」「ごめんなさい」「許して下さい」「愛しています」の言葉を繰り返すことで実践される、まさに現行のホ・オポノポノを説いております。

伝承者達
左からマリー・カウェナ・プクイ女史、モーナ・ナラマク・シメオナ女史、そして現代の伝承者、カマイリ・ラファエロヴィッチ(KR)女史(左)とイハレアカラ・ヒューレン博士(右)


◇ ホ・オポノポノにおける意識の構造

 まず始めに、ホ・オポノポノで考えられている人間の意識(Self identity)の構造についてご説明します。下図のごとく、上位に神聖なる存在があって、これは神とか創造主、あるいは宇宙、自然と言ってもいいでしょう。このあたりホ・オポノポノでは上位の存在を明確にしないところが宗教とはちょっと違う印象を受けます。どちらかと言うと生命の原理を追求したスピリチュアルの学問かも知れません。
 人間には神聖なる存在と繋がる超意識がありこれをアウマクアと呼びます。個人の意識には違いないのですが、いわゆる顕在意識(普通の意識)とは異なる神聖なる存在に近い領域です。顕在意識はウハネ、潜在意識をウニヒピリと言います。言葉の意味は一般的な日本語の「顕在/潜在 意識」と同じで良いかと存じます。

意識の構造


◇ 記憶の局在とそれに対する認識

1.意識における記憶の局在と作用

 さて、ここからがホ・オポノポノのユミークな発想になりますが、意識の構造で申し上げた超意識=アウマクア、顕在意識=ウハネ、潜在意識=ウニヒピリを各々、お父さん、お母さん、子供に例えられております。せっかくですから、ユニークついでに、意識の構造のお父さん、お母さん、子供を「野原家」で例えてみました。すなわち、、、、

 超意識  = アウマクア = 父親 = ひろし
 顕在意識 = ウハネ   = 母親 = みさえ
 潜在意識 = ウニヒピリ = 子供 = しんのすけ


意識の構造と記憶

 概要で申しました通り、本来の人間に備わった「記憶」は地球の誕生から現在まで蓄積した全ての記憶とされ、潜在意識において常に再生されており、これによって子供であるウニヒピリは記憶の黒い雲の向こう側にいます。顕在意識、お母さんであるウハネ(みさえ)は潜在意識より発生する「記憶」によって生み出された不幸な体験に翻弄され、ウニヒピリ(しんのすけ)の存在に気付きません。

 報われない記憶   → 「頑張ったのに失敗して悔しい!」
 貧しいさの記憶   → 「お金が苦しくて辛い!」
 人生を悲観する記憶 → 「楽しいことは何1つない!」


 私たち人間が問題、不幸と感じるものは全て、ウニヒピリが再生する記憶に基づく感情であります。冒頭でも触れましたが、輪廻転生で受け継がれた「記憶」=「業(ごう、カルマ)」が生まれながらにして人間には備わっており、これがヒトの感情を時として不快な気持ちにさせる仕組みになっているわけです。


2.顕在意識(ウハネ)の役目

 仏教でも人間は生まれながらにして持っている「業(ごう、カルマ)」を人生において浄化しながら生きることが教えられます。ホ・オポノポノにおいても、顕在意識であるウハネは常に愛する子供、ウニヒピリである潜在意識に心を向けて、発せられた「記憶」をクリーニングしなければなりません。ホ・オポノポノにおいて、ウニヒピリは全人類、全存在の記憶を管理しており、子供のような存在で、実際の子供と同じように無邪気で、怖がりで、愛されたいと願っている、とそのように教えています。1人の人間におけるいわゆる「本音」の感情は、ウニヒピリの声であり、ウハネの役目は、まさに愛する自分の子供に接するかのように、このウニヒピリの声にできるだけ耳を傾けてあげること、ウニヒピリに愛情を注いであげることです。こうしたホ・オポノポノの教えには、堅苦しい宗教と異なる、人間に対する愛情あふれる発想が垣間見えるところです。

※ ウニヒピリがインナーチャイルドとは異なる点
 ウニヒピリはハワイ語で「内なる子供」と言う意味ですが、幼児期のトラウマ的な体験を指す「インナーチャイルド」とは意味が違います。以下に、「インナーチャイルド」を描写した文章を掲載いたしますので比較いただければ幸いです。あくまでも、ウニヒピリが持つ記憶とは、「地球の誕生から現在まで、陸・海・空に存在するすべての動植物を含む生命体から鉄のような無機物までが体験した、全人類、全存在の記憶」であります。

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インナーチャイルドとは?

 「インナーチャイルド」とは、「内なる子供」と訳されますが、具体的には子供時代の頃の記憶や心情、感傷の事を指します。子供時代の経験が、大人になった自分に多くの影響を与えていることはご存知でしょうか? 性格というのは、もちろん持って生まれた素質によるものというものもありますが、他にとても大事な要素が環境です。そう、人の人生は環境によって大きく左右されます。そこでこのインナーチャイルドが関係してきます。
 例えば、同じ兄弟でも、兄はいつも誉められ弟はいつも認められず叱られてばかり、というような環境だったとします。いつも誉められて育った兄は、自分に自信を持って堂々とやれる人生を歩くことができます。認められずに育った弟は子供時代の劣等感が抜けずそれが、社会に出てもその誰にも認められないという思い込みがその人の人生に大きく影響してくるのです。何をしても満たされない、というような欠乏感が常につきまとう人生。小さい頃の些細な出来事によってとても傷つき、その傷ついた心を守ろうとどんどん本来の自分から外れた生き方をしていく、ということが多いようです。

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 このように、私たちは大人になってからもほとんどの人が傷ついた子供の頃の自分と同居したまま日常生活を送っています。子供時代の記憶というのは、はっきりと思い出せなくても、自分の心の奥底にずっと残っているものです。多くの場合、子供の頃の出来事によって傷ついた、怖い思いをした、孤独感を感じたなどのマイナスな感情を抑圧していることが多いと言われています。このインナーチャイルドの存在に気付き、その心の傷を癒すことは決して容易なことではないしすぐに解決することではありません。時間がかかります。だけど、少しずつ自分の中の傷ついた部分を認め受け入れることができることによって、今現在の自分を癒すことに必ず繋がります。少しずつ自分が変化していくのを感じることができるはずです。
 傷ついた自分を癒し、まずは自分を愛することからはじめてみませんか。そうすることで、あなたの人生はもっと輝きをもったものになるでしょう。

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◇ クリーニング

 ヒトが感じる「不満」や「怒り」、「不安」などの不快な感情は、潜在意識に既にある過去の記憶に基づくものであり、この記憶を消去する、すなわちクリーニングによって自らを浄化して幸福を手に入れられると言う教えがホ・オポノポノであります。実際、私たちが不幸な出来事に遭遇した時、例えば、失敗、喪失、別離、疾病などで不快に思った時に、その起こった出来事は「100%自分に責任がある」と念じたうえでクリーニングを実践するのです。ここではクリーニングの方法をご紹介いたします。

1.「4つの癒しの言葉」

 実は極めて単純です。KR女史とヒューレン博士の教えによりますと、クリーニングの対象を心に浮かべて「4つの癒しの言葉」をつぶやくことが最も簡単にできることとされます。「心を込めて?」とか、「何回言えば?」と深く考える必要はなく、ただ唱えれば良いとのことです。大切なことは、何時でも何処でも、内なるウニヒピリの言葉を感じて、クリーニングをしてあげることです。以下の「4つの癒しの言葉」をプリントして自宅やオフィスの壁に貼るとか、財布で持ち歩くことで、意識づけすることをヒューレン博士は推奨しています。

癒しの言葉


2.クリーニングツール

 上記「4つの癒しの言葉」は絶対的なクリーニング法でありますが、それに加えて、「虹色のクリスタルの水」、「水色の布のイメージ」、「HA呼吸法」などあります。詳しくは専門書に譲るとして、ここでも最も簡単に実践できる「ブルーソーラーウォーター」を紹介いたします。ボトルは楽天市場などで簡単に手に入り、私は主としてウィスキーの水割りで使用しております。

ブルーソーラーウォーターびん


3.クリーニングで記憶消去のメカニズム

 再び、ホ・オポノポノにおける意識の構造に戻りまして、顕在意識で、すなわち私たちが自分の意識で、クリーニングを開始すると何が起こるのかを順を追ってご説明します。

 1)顕在意識(母)であるウハネ(下図ではみさえ)がクリーニング開始
 2)潜在意識のウニヒピリ(しんのすけ)がクリーニングしたい記憶を特定
 3)超意識(父)であるアウマクア(ひろし)が神聖なる存在に伝える
 4)神聖なる存在にて原因となる記憶の消去

神聖〜ウニ

 こうした流れで人間に苦悩をもたらす記憶がクリーニングされ、1つ1つ人間は幸せになっていく、そんな教えであります。


◇ クリーニングが進んだその先には?

 クリーニングによって記憶がどんどん消去されますと、私たちは「無」、「ゼロ」の状態に近づいていきます。最終的に記憶が全くない状態になりますと、そこには仏教で言うところの「空(くう)」が開けていると言います。これこそが本来の自分です。過去や感情、生まれながら人間に備わった業(ごう、カルマ)を払拭した、完全に自由な自分に戻ります。「無」、「ゼロ」、「空」となった人間はもともとは完璧な存在とされます。

 クリーニングによる記憶の完全消去
  → 「無」、「ゼロ」、「空」な 完璧な 存在


 クリーニングにより「無」、「ゼロ」、「空」を獲得した人間には、神聖なる存在より光とインスピレーションがもたらされ、その人間(ウハネ)にとって、もっともふさわしいことが完璧なタイミングで与えられ、また同時にウニヒピリは記憶から解放されて自由になります。これが人間のあるべき姿、とるべき道、幸せになる術と、ホ・オポノポノは教えているのです。

インスピレーション


◇ ホ・オポノポノの成功例

 詳しくは専門書あるいはホームページなどで閲覧いただきたく存じますが、ホ・オポノポノの実践で問題を解決した、不幸から抜け出した、幸せを掴んだとの報告をいくつか列挙したします。

1.ヒューレン博士の起こした奇跡

 30数年前、ヒューレン博士が、重大な犯罪を犯した精神異常の犯罪者が収容されているハワイ州立病院でクリーニングを行ったところ、患者たちはみるみる落ち着きを取り戻し、暴力事件は激減、隔離病棟には誰もいなくなり、平均収容期間が7年から4−5ヶ月に短縮されたとのことです。

2.精神科医として患者への対応

 新逗子クリニック理事長 石川眞樹夫 医師は治療困難な心の病いにクリーニングを行うことで成績をあげているとのことです。

3.成人T細胞白血病による死の淵から生還

 兵庫県の50歳代主婦は成人T細胞白血病で余命2日と言われたところで夫婦でクリーニングを開始、なんとか命を取り留めたところで化学療法が奏功して、現在は平和に暮らしているとのことです。

4.会社経営が好転

 50歳代の会社経営者がクリーニングを始めたところ、会社の売り上げが上向き、社内の雰囲気も好転したと報告しています。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ホ・オポノポノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/業
http://innerchild.money-pop.com/index.html

「引き寄せの法則」を実現するツール ビジョン ボード

 「引き寄せの法則」と「ヘミシンクによる具現化」を合体させた、理想や願望を実現する方法論を申し上げました。短期間ですが、取り急ぎ追加です。ロンダ・バーン氏の「THE SECRET」の中にビジョン ボード(Vision board;「理想の掲示板」)と言う、「引き寄せの法則」を起動して、やはり理想や願望を実現するツールが紹介されておりました。これなら誰でも簡単にできるし、日々修正も可能と思われ、手短かにご紹介いたします。まずは、先の記事中でもコメントをご紹介したジョン・アサラフ氏(実業家)の供述から、、、。


◇ ジョン・アサラフ氏(実業家)の経験

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「引き寄せの法則」を知った時、実際にどんなことが起きるのか試してみる事にしました。1995年、私はビジョンボードと言うものを作り始めました。達成したい目標や手に入れたいものなど、例えば車や時計やパートナーの理想像の絵や写真を大きなボードに貼付けたのです。毎日オフィスでそのボードを眺めて想像しているうちに、それを既に持っているかのような気分になりました。

arasafu写真01

あるとき引っ越す事になり、荷物を倉庫に入れる事になりました。5年間で3回引っ越しましたが、最終敵にカリフォルニアに落ち着いたとき、この家を買って一年かけてリフォームし、5年前に住んでいた家から荷物を全部運んだのです。

ある日の朝7時半ころ、息子のキーナンがオフィスに入って来て、5年前に梱包した荷物の上に座りました。そして足をブラブラさせて箱を蹴り始めたので言いました。
「箱を蹴るのはやめなさい。」
「中に何が入っているの?」
「ビジョンボードと言う物が入っているんだ」
「ビジョンボードって?」
「パパの目標を集めたものさ。人生で成し遂げたい絵や写真を切り取って貼ってあるんだ」
5歳半の子供には理解できませんから、
「見せてあげるよ、そうしたらどんなものか分かるだろう。」
私は箱を開けてビジョンボードを取り出しました。

arasafu写真02

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するとそこには5年前に夢に描いた家の写真がありました。驚いたのは自分が今、その家に住んでいることでした。似ている家ではありません。私は無意識に夢の家を買っていたのです。胸がいっぱいになり、涙があふれてきました。
「どうしたの?」
私は言いました。
「やっと分かったよ!、『引き寄せの法則』の効果と想像することの威力をね、本で読んだことや行って来た事を全て理解できた。パパの人生にも事業にもこの家にもその法則が働いていたんだよ」

アインシュタインの言葉

 *****



◇ 創造の3段階をカバーするビジョンボード

 「引き寄せの法則」に基づき理想や願望を創造するには以下の3つの段階があるとされます。ただ願いを持つだけでは不十分であると説明されております。

 ・第一段階 : 願うこと
 ・第二段階 : 信じること
 ・第三段階 : 受け取ること


 第二段階は、願いを込めれば必ず願望は現実となると信じる気持ちです。強く信じることが宇宙への波動として強く伝わります。次いで、第三段階は、まだ手に入れていない段階から受け取った時のことを想像して、喜びを噛み締めることとされます。理想や願望が現実となった時の達成感、充実感、そして感謝の気持ちを想像することでさらに波動を送り、引き寄せを起動させるとのことです。
 ビジョンボードは、自分の理想や願望を明確にするのみならず、それが必ず手に入ると信じること、そしてボードを観ることで受け取った時を想像するのに役に立ちます。思えば、願い事を書いて笹の葉にくくり付けるなど、昔から日本でもビジョンボードのようなことはされて来ました。

 以下に、付け焼き刃で作った私のビジョンボードを掲載します。願望が俗物的で、想像が貧困で恥ずかしくなりますが、これを次々と更新して行くことも個人の自由であります。

Vision Board

引き寄せの法則: 理想や願望の実現

 先日、「HEMI-SYNC RECORD:Wave IV:Adventure CD1」としたゲートウェイ・イクスペリエンスのエクササイズをご紹介した記事の中で、「CD1 #1 One Year Patterning: F12で1年分の己の理想をイメージ」の項目で、自分の理想とすることを実現することを「具現化」と言い、その一つの方法がヘミシンクである、根拠となる理論に「引き寄せの法則」があると申しました。最初の頃、まだ「引き寄せの法則」を知る前の段階で、具現化関連のヘミシンクを行った頃は、その目的や効果が解らず、なんとなくナレーションに沿ってやっていたのが本当のところです。しかし、「引き寄せの法則」を理解した後に実践してみますと、未来が開けるような、大袈裟に言えば世界観が変わるような気持ちを持ちます。本記事では「引き寄せの法則」をご紹介いたします。


◇ 「引き寄せの法則」=「THE SECRET」

引き寄せの本

 マイケル・ロオジエ氏、エスター・ヒックス氏、ロンダ・バーン氏(「THE SECRET」)など多数の著者がヒットを飛ばしておりますのでご存知の方は多いと思いますが、「人間の『思考』や『感情』にはつねに『引き寄せの法則』が働いており、望む、望まないかにかかわらず、考えていることが引き寄せられて来て実現する」と言う理論です。

 人間の思考や感情に引き寄せが起こり実現

 「ずっと必要だと思っているものが偶然、手に入った」、「あるヒトのことを思っていたら道でばったり会った」、などと、願望や期待が実現する場合や、逆に「自分に災難が来るような気がしていたら本当にそうなった」、「いつも人間関係に恵まれず、その事を悩んでいたら、またも同じような事が起こってしまった」、「ビジネスでもプライベートでもいつも同じパターンの失敗を繰り返す」、と言った不運や不幸が向こうからやって来る、こうした、目に見えない個々の人間の周りに起こる出来事について、、、

自分が注意と意識とエネルギーを向けるものは、
良いものも悪いものもすべて、自分の人生に引き寄せられる


、、、と理論付けたのが「引き寄せの法則」であり、別の呼び方として「THE SECRET(秘密)」もすでに一般化された単語と言っていいかと存じます。以下、多くの著述者が「引き寄せの法則」についての言葉を述べておりますのでご紹介します。

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賢人と呼ばれる人たちはSECRET(=「引き寄せの法則」)のことを常に知っていました。それは古代バビロニアにまで遡ることができます。彼らは宇宙の法則を理解しうまく応用したので歴史的に最も裕福な人種の1つになりました。
(ボブ・プロクター氏)

なぜ世界の1%の人が世界の96%の富を握っているのだと思いますか? それは偶然だと思いますか? 彼らはSECRET(=「引き寄せの法則」)を知っており理解しているのです。
(ボブ・プロクター氏)

 古代から知られた宇宙の原理「引き寄せの法則」
 この法則を応用して富を得る世界の1%の人々


「引き寄せの法則」を見方に付ければあなたの人生は変わります。欲しいものが手に入り、欲しくないものとな縁遠くなります。
(マイケル・ロオジエ氏)

似た者同士と言う言葉があるように自分に似たものが引き寄せられます。
(エスター・ヒックス氏)

あなたは思考、感情、心象、そして言葉によって外に発散させているものを、自らの人生に引き寄せているのです。
(キャサリン・ポンダー氏)

この最も強力な法則により、あなたの考えていることが現実になります。あなたの思考が現実のものになるのです。
(マイク・ドゥーリー氏)

思いは磁石のようなもので周波数のある波動を放射しています。考えるとその思いが宇宙に放射されます。それはまるで磁石のように似た周波数のものを引き寄せます。発信したもの全てが発信源に戻ってくるのです。そして、その源がまさに「あなた」なのです。
(ジョー・ビタリー氏)

 宇宙へ波動を放射することで欲しいものを引き寄せる

「引き寄せの法則」には引力の法則と同様にうっかりミスはありません。たとえば、豚に引力の法則が適用されず空中に浮揚しているのを見た事はないでしょう。同様に、「引き寄せの法則」にも例外はありません。あなたに何かが起きたのであれば、それはあなたが持ち続けた思考によってあなた自身が引き寄せた結果なのです。
(リーサ・ニコルズ)

人々が自分の欲しいものを手に入れていない理由は、欲しいものよりも、むしろ、欲しくないものを考えている時間が長いからです。
(ジョン・アサラフ氏)

あなたが何か欲しいものに意識を持続的に集中させると、宇宙はその最大の力で、その欲しいものを呼び寄せます。残念なことに、否定形かどうかまで「引き寄せの法則」は判断できません。否定形の表現をしても、それを引き寄せてしまうのです。
(リーサ・ニコルズ氏)

 否定形の判断は「引き寄せの法則」ではできない
 思考してしまうと欲しくないものも引き寄せてしまう


人は誰しもプラスかマイナスの波動を放ちます。もっとはっきり言えば、つねに波動を送っているのです。「引き寄せの法則」は単純にあなたの波動に反応し、同じものをあなたに送ります。
(マイケル・ロオジエ氏)

イヤなことから望むことへと考えを移せば言葉が変わり、言葉が変わると波動が変わる。
(マイケル・ロオジエ氏)

創造のプロセスの第一段階は願うことです。それを習慣化してください。
(ボブ・プロクター氏)

宇宙がまるであなたのカタログになった様なものです。あなたはそのカタログをめくりながら「この経験がしたい、あの商品が欲しい、あのような人が欲しい!」と言うようなものです。あなたが自分の注文を宇宙に対して出すのです。
(ジョー・ビタリー氏)

第二段階は信じることです。(宇宙に注文を出したら)それを既に手に入れたと信じましょう。
(リーサ・ニコルズ)

第三段階は受け取ることです。まだ手に入れていなくともそれを受け取ったと信じ、気分を良くしていると、実際にそれを受け取れます。
(マイケル・ベルナルド・ベックウィッズ氏)

 創造のプロセスは「お願いする」「信じる」「受け取る」

あなたの今の人生は、あなたが今までに抱いてきた思考の結果です。ですから、あなたの人生の全てはあなたが考え方や感情を変えれば、完全に変えることができます。
(ジョー・ビタリー氏)

人生を好転させるために、あなたは今、この瞬間になにができるでしょうか。真っ先にできることは心から感謝できることの一覧表を作ることです。そうすると、エネルギーや思考を転換することができます。
(ジョー・ビタリー氏)

自分が思っていること、感謝していることを私たちは引き寄せます。
(ジョン・ディマティーニ氏)

 感謝する気持ちがさらなる引き寄せを生む

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 個人が願ったことが引き寄せられるように実現すると言う理論、果たして「科学的にどうか?」と問われれば、少なくとも科学に証明されたものではないと答えるしかないと思います。
 例えば勝負事で、スポーツにおいて、優勝を目指して大会や、プロならばリーグ戦などに臨むアスリート達が「勝利」を思考や感情に置かないわけはなく、でも全員に勝利の女神が微笑むことはありません。「勝利」にこだわったその意識の強さが「勝利」を呼び込んだとの解説を聞く事はありますが、いわゆる勝因は、戦力や戦略と言った、意識とは別のところにあることは間違いありません。
 宝くじもそうです。お金に対する欲求、意識が高ければ宝くじが当たると言うものではないことを誰でも知っています。もしそれが心理なら、宝くじを買う際に座禅を組んで祈るヒトが後を絶たないでしょう。

 しかしながら、現実の世界の身近な出来事に目を向けて、この「引き寄せの法則」を否定するつもりはさらさらありません。「引き寄せの法則」をよくよく読み返しますと、ネガティブな発想についても「引き寄せ」が起こることが示されております。ブログのカテゴリーなんてどうでも良いですが、「スピリチュアルの周辺記事」の扱いで「科学?/非科学? ・・・」として非科学的と評価するのはあまりにも安易である、私個人の少ない経験からも、スピリチュアルな要素が大きい概念であると思う次第です。


◇「引き寄せの法則」を実感?する過去の事象

 私個人が、「自分が注意と意識とエネルギーを向けるものは、良いものも悪いものもすべて、自分の人生に引き寄せられる」と説明される「引き寄せの法則」を、大学受験と医療の現場で体感したケースをいくつか紹介します。


1.東大〜弁護士志望の浪人時代の2人の友人

 私は恥ずかしながら駿台予備校で浪人生活を送った時期があり、その際に、理系の私とは全く畑違いの文系で、東大文一志望、将来は弁護士と言う2人の友人と行動を共にしていました。もう30年前のことです。あの頃、私はまた医学部に落ちたらどこへ行こう?、医者以外の学問、その先の職業を考えざるを得ない時がありましたが、東大文系志望の彼らは、宮崎と仙台からやって来て、「自分は東大に入る、弁護士になる」と強い意識を持っていました。自分にいい聞かせるを通り超して、彼らが信じて疑わない未来を、日々、口にしていました。数年に一度は会う彼らは18,19歳にして、無意識的に「引き寄せの法則」を実践した人々だったと思います。もちろん2人とも東大文一に合格してストレートで司法試験にも合格、現在は個人で弁護士事務所を開業しています。

駿台予備校
駿台予備校


2.自分の胃癌を意識したある女性

 私が医者になった前後に親しくさせていただいたある民間病院の看護師長さんが30代でスキルス胃癌に罹ったとき、私の先輩である主治医の外科医が、「おまえさん、自分が胃癌になるって変に考えていたことないかい?」って聞いたところ「何年も前に、自分は胃癌にかかる気がしていました」と言っていました。印鑑細胞癌のスキルス胃癌に胃全摘を行っても、すでに腹膜播腫があれば結果は明らかでありました。若い女性のスキルス胃癌は珍しくはないですが、30代女性が「自分が胃癌になる」って意識した末の出来事に、今から思えば「引き寄せの法則」が働いたのか?と思わせるケースでした。

3.「父親が膵癌なので自分も!」と思い続けた男性

 これもだいぶ前、50代の男性、父親が膵癌であったので自分にも遺伝する可能性を意識に持っておりました。実際には膵癌の遺伝性は指摘されておりません。腹痛があって、私の外来にいらっしゃる半年前にも内科に受信され、その時のCTが下図左であり、少し怪しい影がありますが、放射線科の読影も対応した内科医も異常なしと判断しました。半年後に私の外来に受信された時にはもう進行癌でありました(下図右)。なんとか門脈合併切除で膵頭十二指腸切除術を行いました。「父親が膵癌なので自分も!」と言う気持ちが本当に膵癌を引き寄せたように思える症例でした。

膵がんCT


4.イメージトレーニングによる癌治療

 アメリカの精神腫瘍学者、カール・サイモントン氏は、悪性腫瘍の患者に癌撲滅の様子をスケッチするなどのイメージトレーニングで腫瘍が完全に消滅したケースを見いだしました。癌治療に患者の精神面が与える影響が大きいと認識から、癌患者の精神面をサポートする療法の研究を行い、1973年までにサイモントン療法の実践的・系統的体系の基礎を確立しました。いわゆる「病いは気から」の逆を行く治療で、積極的に癌を治す強い意思が、免疫担当細胞の活性化など、自然治癒力を高めるものかも知れません。癌診療に携わっておりますと、たまにこうしたケースを経験することはあります。これも、癌治療を思考することで自然治癒を引き寄せたとも言えるかも知れません。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ザ・シークレット
http://ja.wikipedia.org/wiki/カール・サイモントン
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