アセンションへの道程 〜ある外科医のスピリチュアル〜

アセンションを目指したある1外科勤務医のヘミシンク体験とスピリチュアルおよびその周辺事項への探求をご紹介します

カテゴリ:スピリチュアル一般事項 の記事一覧

潜在意識の記憶によるブロック 〜 ある母子の場合 〜


 人間には潜在意識と顕在意識があります。潜在意識の「記憶」があるために顕在意識において物事に対して「思い」を持つとされます。快い記憶であれば明るい思いに繋がりますが、不快な記憶は時として「感情のしこり」を生み出します。心理カウンセリングの世界では「ブロック block」と呼ばれ、これは「障害物」、「一時的に思考が停止した状態」を差します。
 例えば、潜在意識に報われない悲しい記憶があると、努力してもダメなことを考えてしまいますし、失敗した時の悲しさが増幅されます。その結果、失敗を顧みずに努力できない、あるいは、失敗は大きなダメージを生むこととなります。愛情に飢えた記憶がある人は、本当は愛情に飢えているのに、愛情を表現したり、上手に作り出すことが苦手でだったりします。
 潜在意識の記憶が顕在意識の思いに影響を及ぼし、それが個人の行動を阻む障害となるのであればそれはブロックなのです。

 ある、高校生の息子さんがいる主婦の方から相談を受けました。その、母子のやりとりに、双方共に潜在意識にある種の記憶があって、それに伴うブロックが生じているものと思われました。


◇ 母親からの相談

 高校生二年生の息子を持つ普通の主婦の方からの相談です。ご自身も高校の英語教師をしておりますが、息子さんとは違う学校とのことです。少し、脚色してご紹介しますと以下の通りです。

 *****

 私は反抗期になった長男とすぐぶつかってしまいます。成績優秀でスポーツマンで、とても自慢の子供なのですが、家では全く勉強をしません。ゲームばかりやっています。それなのに成績が良いのは学校の授業と週1回の塾でしっかり勉強しているからだと思いますが、あまりにも机に向かわないので心配になるのです。
 もうすぐ三年生で大学受験もちらついてくる時期、読書や音楽鑑賞ならまだしも、家ではゲーム漬けの日々に、見るに見かねて声を荒げてしまいます。「家でももっと勉強しないと成績が落ちて大学受験で苦労するよ!」と。すると、長男の逆ギレが始まります。「お母さんがそいう言うから勉強したくなくなるんだ!」と大声をあげたりもします。
 子供の頃は実に素直に言うことをきく子だったのに、最近は全然ダメです。特に私の言うことには耳をかさないようになってしまいました。高校教師として、家での勉強は大事だと思うんですが、私が叱れば叱るほど意固地になるようで、今は長男が一番の悩みなんです。

 *****


 なんてことはない、どこにでもあるような、あるいは誰でも経験するような、母と子供の関係ですが、家で勉強しなくとも成績優秀と言うところが珍しいと思いました。内面で起こっている出来事を母親と長男の双方から考えて見ました。


◇ 母親の記憶とそれに基づく思い

 とりあえず成績が優秀なら様子見で良いのではないかと、他人事のように思いますが、あんまりゲームばかりでは不安になるのは解ります。親として当然の発想でしょう。ましてや高校教師ですので、大学受験の厳しさを知っていて、学校と塾だけではない、自宅での勉強の重要さは言うまでもありません。至って正論であり、母親として当然の意識でありますが、現実には、その思いがうまく回らず、長男を歪めてしまっています。

 母親の潜在意識に、自宅で勉強することの美徳に加えて、ゲームへの嫌悪、と言った記憶があります。40代後半のこの女性は、高校時代に自宅でゲームをした経験はなく、また、教師としても、スポーツは健全なもの、読書や音楽鑑賞は芸術的に優れたこと、そう言った価値観が確立している可能性は高いと感じました。

【母親の潜在意識における記憶】
  自宅での勉強        ○
  健全なスポーツ       ○
  芸術的な読書や音楽鑑賞   ○
  ゲーム           ×

 ゲームは良くないものとの潜在意識における記憶は、家では勉強をしないでゲームばかりやっている長男に対して、ゲームに対する嫌悪感と、それを止めさせたい思いが顕在意識に芽生えます、成績は優秀なのにです。結果として、成績優秀であることを褒めることも、家でゲームをしていることに寛容になることもできない、いわゆるブロックがかかった状態となっております。これはもう、勉強をしないでゲームばかりやっている長男の問題ではなく、母親の内面の問題なんです。


◇ 記憶に基づいて母親に反発する長男の思い

 こちらは母親よりももっと一般的で解りやすいです。大きく二つの可能性があると思います。一つは人間に備わった生来の「記憶」で、今ひとつは子供の頃の経験で作り出された後天性の「記憶」です。子供の時の経験に基づくものを「インナー・チャイルド」とも言いますが、それは別の機会に勉強したいとおもいます。

1.束縛や不自由に対して不快な記憶

 人間誰でも備わっている生来の記憶として「束縛や不自由に対する不快感」はあります。勉強すれば好成績を維持できる、もっと上を目指せる、大学受験にも勉強が必要なこと、それらを長男が知らないわけはありません。ゲームは目に良くないですし、学校や塾ばかりでなく家での勉強が大切なことも、、、。ではなぜ家では勉強しないのか?、本人は言っています、

 「お母さんがそいう言うから勉強したくなくなるんだ!」

と。その理由には勉強もゲームもありません。ただ束縛や不自由に対する不快な記憶がブロックとして働いているのです。

2.子供の時からの記憶

 別の考え方として、母親からの言葉にヒントが隠されています。

 「子供の頃は実に素直に言うことをきく子だったのに」
 
 母親は学校の教師ですし、初めての子供に対して、「歯を磨いて!」、「顔洗って!」、「ハンカチ持って!」、「もう寝なさい!」、と普通の家庭でも当たり前のしつけがあったと思われます。それ自体は責められるものではありませんが、長男が長い時間の中で、母親から色々言われ続けて来たことに対し、「母親からの命令に服従することへの不快感」を記憶として持った可能性はあります。
 受験を控えて、当然のごとく母親は勉強について言ってくる、それを予知した段階で、潜在意識の母親からの命令に服従することへの不快感の記憶が、母親がまだ叱っていない段階で、家での勉強にブロックをかけた可能性です。

  「特に私の言うことには耳をかさない」

 これは「母親個人に対する」感情、記憶であるところがミソです。他の人、ご主人とか?、学校の先生?、まだ現れていない誰かが言うとすんなり聞き入れることがあります。特定の人物の言うことには従わないのに、他の人だと素直に聞く、と言うのは、その人物の言い方が悪いのではなく、その相手との間にできた個別の記憶のためなんです。生来の記憶と異なり、子供の頃の記憶の場合は、誰かを特定して反応することがよくあるんですね。


◇ 指導と雑感

 お母さんに申し上げました。息子さんを叱るのを止めることです。嫌な顔をするのも、できれば嫌な思いをすることもやめましょう。大学受験を控えた高校生は家でも勉強するべき、ゲームは良くないとする、いかにも当たり前で正当な考えを消しましょう、と。むしろ、あんなに家では遊んでいるのに成績優秀な息子はすごい!、あれだけ家で遊んでいるからむしろ学校や塾の授業に集中できるんだろう、くらいに考えたらどうでしょうとも申し上げました。

 人間の顕在意識の人生における役割は潜在意識の記憶を浄化あるいはクリーニングすることだと、様々な宗教や教えで説いてます。それは、自分の潜在意識に記憶があることを知ることが第一歩だと私的には思っています。その記憶が生来のものなのか、前世なのか、あるいは子どもの時のものなのかは人それぞれですね。

スポンサーサイト

過去における出来事は記憶の中ですべて「幻(まぼろし)」


 半世紀も生きて参りますと、過去における様々な局面の記憶が蓄積して参りますし、こうした年齢になると様々なかたちの同窓会が催され、小、中、高、大学の学生時代に加えて、浪人時代、あるいは米国留学時代の同窓会に参加して、その時代その時代の出来事を、記憶の中から探り出して思い返す、そんな機会が多いこの数年であります。
 例えば、傷を負った記憶は「痛かった!」と言う記憶でしかありませんし、「寒かった」、「眠かった」あるいは「美味しかった!」もしかり、体感として得たものは、その時にそうであったと言うだけのことですが、心に響く出来事の記憶は、思い返す度にまたその当時と同じくらいに心に響くことがあります。辛かったこと、悔しかったこと、裏切られた気持ち、怒り、悲しみ、そうした記憶は、今、思い返しても胸を突き刺す憤りとして蘇ってくることはあり、逆に、嬉しかったこと、心からの感謝や感動、達成感、充実感を得た出来事の記憶は、時空を超えて、今もなお胸をじんと熱くし得ます。
 こうした今なお心に響く過去の出来事の記憶について、総じて思うことは、修正ができない、今となっては取り返しのつかない、失われた時間であり、もう一度、それを経験することも実感することもできない、言うなれば「幻(まぼろし)」のような感覚です。
 100人いれば100通り、1000人ならば1000通りの人生が有りそれぞれに出来事があって、そして記憶があるのですが、なるべく一般論としていろんな方面の出来事について「幻」となり得る事象を論じたいと思いました。


◇ 日常の情動から

 上でも申し上げた、喜怒哀楽の感情群=「情動」は、特別な出来事がなくとも、ふとした瞬間に人間の心に湧き上がって来ます。テレビやラジオ、読書、インターネットなどのメディアに接しただけで心が動かされたり、ちょっとした日常会話から不快感を覚えることもあれば豊かな気持ちにもなります。ちょっとした感動、興味、喜び、口惜しさ、悲しみ、憐れみなどがそれです。
 これらの情動のどれくらいの割合を記憶しているかは人それぞれだと思いますが、ある過去の瞬間における日常の情動が思い出されることはあって、これに対して、同じような感情を抱くこともあれば、今とってはなんとも思わない、「なぜあの時、あのように感じたのだろう?」と疑問に思うこともあります。過去の日常におけるつまらない情動であっても、その記憶は今更どうにもならない「幻」と思えます。


◇ スポーツにおいて

 プロとまではいかなくとも、多くの方が学生時代に部活動としてスポーツに打ち込んだ経験があると思います。学生時代の若くて純粋な心は、大いなる向上心を生み、それとは裏腹のプレッシャーもあるでしょう。成功や失敗に対して心は大きく揺れ動くものです。
 眼をつぶれば、瞼(まぶた)に焼き付いている光景があります。チームが勝利した瞬間、負けた時、己が思わぬ好プレーができた、あるいは大きな失敗を犯した、スポーツは筋書きのないものでありますから、様々な局面には、上でも触れた情動が後からついて来て、そして今、記憶を紐解いた時、また新たな感動が蘇ります。勝利による誇りや達成感、ホッとした気持ち、敗北による悲哀と挫折感しかり、細かい部分においても「なぜあのプレーができたのか?」の不思議、「なんであんな失敗をしてしまったのか?」との後悔など、スポーツにおける過去の記憶は、やはりこれも、動かしがたい「幻」であります。


◇ 勉学や仕事において

 現代の社会において、全く感情を入れず勉学や仕事をこなす人は少ないと思います。現行の学力社会の制度では、勉学の先には成績、試験の合否があり、今の社会は仕事の成否が業績や収入に影響を与えます。そうした環境において、やはり勉学、仕事の達成度が心の中の情動に置き換わって参ります。
 やはりここでも、過去の頑張った、あるいは逆に頑張ることができなかった、それが結果に繋がった、そうした記憶が蘇ってきた時、今から変更することはできない、そしてもう一度、あの頃の、情熱や達成感、あるいは逆に焦りや挫折を味合うことはできない、やはり「幻」を感じることはあります。


◇ 人間関係、恋愛と友情と

 過去のものが、今となっては動かしがたい、取り戻すことが困難である、記憶が「幻」と思える最たるものに人間関係があります。恋愛と友情を一緒に語るのは難しいかも知れませんが、死別、別離、心のすれ違いから、もう再び会うことのない人間関係、恋愛でも友情でもそれは同じ、誰でも少なからずあろうかと存じます。
 もう会えないわけではない人間関係であっても、過去のふれあいが、今ではもう失われた感情となってしまうことはしばしばです。「あの時は心が一つになっていた」、「お互いを大切に思っていた」、「意気投合した時があった」、これらはやはり過去の「幻」であり、今とっては取り返せないものであります。
 ビートルズのレノン・マッカートニー作(実際は ポール・マッカートニー 氏)の“Yesterday”と言う有名な曲の核心の部分を以下に挙げます。

 *****

 Why she had to go I don't know, she wouldn't say.
 I said something wrong, now I long for yesterday.


 なぜ彼女は行かなければならなかったのか、私にはわからない、彼女は何も言おうとしなかった。
 私は何か(彼女を傷つける)悪いことを言ってしまったんだ。昨日が悔やまれてならない。
 (自己訳)

 *****

 この主人公も、失われた恋人を想い、自分の犯してしまったことを憂いつつ、過去の記憶に「幻」を追っているのだと思います。


◇ あとがき

 最近は記事にしていませんが、私は、今なお、瞑想によるトランス状態のエクササイズを行っております。それは、過去の、あの時の自分に戻りたい、もう一度、あの時に直面したい、そんな気持ちから、過去の「幻」を追う作業であるとも言えますね。


ツインソウル twin soul、ツインフレイム twin flames


 ツインソウル(twin soul)またはツインフレイム(twin flames)は片割れまたは同じグループの魂と言う考え方で、ソウルメイトと同義語と扱われることがありますが、はっきり別の概念とする意見も多数あります。本項では、呼び名を「ツインソウル(twin soul)」で統一し、ソウルメイトと独立した考え方としてご紹介いたします。


◇ ツインソウルの概念

 ツインソウル、それはスピリチュアルにおける運命の人、ソウルメイトよりも圧倒的に特殊な関係とされます。「ツイン」とあるように「対」になっている関係で「ソウル(魂)」が繋がっている、まさに宇宙でたった1人の運命の相手とされます。ソウルメイトよりも、元々は同一の存在であったのが分離したとの観念が強いため、他にはいない唯一の存在であります。

ツインソウル01
ツインソウルは魂の双子のような存在

 資料によっては、ツインソウルは男女で1セット、従って相手は異性がほとんどで、稀に同性もある、また、世の中に3人いると説明されているものもあります。また、ツインソウルとツインフレイムを分けて説明しているものもあります。ツインソウルは上述の如く、魂を分かつ分身のような存在ですが、ツインフレイムは魂の炎が酷似している存在とされます。諸説の詳細は別に譲ります。

ツインソウル0図2
ツインソウルは魂を分かつ分身のような存在

ツインフレーム0図3
ツインフレイムは魂の炎が酷似する相手


◇ ツインソウルの特徴

 ツインソウルに出会った時の特徴的な出来事、ツインソウル同士の特徴的な事象を列挙いたします。

1.日常がガラリと変わる感覚になる

 ツインソウルに出会うと、驚くほどに日常が今までと違って見えてきて、異次元に来てしまったかのような感覚になると言います。それほど衝撃がある、スピリチュアル的な出会いと言うことです。ツインソウルの相手を好きになると言うことは、「ソウル」つまり「魂」を愛してしまうということです。本人は魂を愛しているという認識はないかもしれませんが、通常の恋愛とは感覚が全然違います。ツインソウルを好きになるとこの世にいるとは思えないような衝撃に襲われます。

2.初めて会っても懐かしさを感じる

 ツインソウルと出会うと、血が繋がっていなくても、初めて会うときから穏やかかつ懐かしい感じさえあるとされます。ツインソウルに会うと、「やっと会えた!」というイメージが浮かんでくるそうです。

3.全く同じ部分、正反対な部分がある

 スピリチュアルにおけるツインソウルは、元々は1つの存在です。しかるに、全く同じ部分があるのです。もはやこれは偶然ではなく必然かもしれません。住んでいた場所、誕生日、通っていた学校、などと言うものに思わぬ偶然の一致があるそうです。

 逆に、正反対な事柄もあるとされます。これは、元々一つだったツインソウルが二つに別れた時に起こる現象と言われます。全く違う部分があったとしても、運命や安らぎも感じるという、とても不思議でスピリチュアルな関係なのです。服や食事の好み、性格、などです。

4.身体のパーツが酷似している

 ツインソウルの手がかりとして有名なのが「手」だそうです。ツインソウル同士はどこかの身体のパーツが酷似していることが良くあります。特に手や指の形、その中でも爪が全く同じと言っていいほど似ていることが多いです。

5.「お互い」が運命の相手だと確信している

 ツインソウルは元々一つの存在で、その二人が出会ったら何とも言えない一体感を感じ、「この人がそうだ」と確信するとされます。ただ、こちら側で「これは運命かも!」と思ったとしても、相手がそう感じていなかったら、それはツインソウルではないそうです。

6.考えが一致する

 元々は1つの存在だったので、自分と相手の考えが一致する事が多いとされます。また、一緒にいるとお互いのオーラが共鳴し、同じ気持ちになることができます。感覚的にいつでも一体感があるのです。


◇ ソウルメイトとの相違点

 「ソウルメイトよりも圧倒的に特殊な関係」、「他にはいない唯一の存在」と申しましたが、これは、ソウルメイトが魂レベルでの深い繋がりを指すのに対して、ツインソウルは元々1つだった魂が2つに分離したことに基づいております。ここでは両者の明確な違いをご説明します。ツインソウルと先述のツインフレイム、そしてソウルメイトの関係を示す図を以下に掲載します。

ツインソウルとソウルメイト

1.初対面からみたツインソウルとソウルメイトの違い

 どちらの属性も運命めいた気持ちや衝撃的な感覚を感じることがあるため、 見極めるのは少し困難かもとされます。上述の如く、ツインソウルはお互いが初対面だとしても、どこか懐かしさに似た感覚や、 初対面特有の緊張感などが無く、逆に旧知の仲の安心感のような感覚を覚えることが多いのに対して、ソウルメイトはそういうような感覚はあまり見られず、 どちらかと言えば、少し年月が経って感じ始めることが多いようです。

2.心身的にみたツインソウルとソウルメイトの違い

 ツインソウルは魂が元々1つだったので、自らの半身ともいえるほど、自分と似通っている一面があります。魂の同一性を感じる関係だと思います。ソウルメイトは相手と意志がリンクしており、通じ合い、理解ができ、許しあえるような一面があります。懐かしい同一の存在であるツインソウルと異なり、自分と同じ道を歩み続ける良き戦友、理解者と言った感覚のようです。


◇ ツインソウルに出会う条件

 基本的には、そうそうツインソウルの相手には出会えないとされます。全宇宙にたった1人(3人)の存在であるツインソウルが、同じ場所、同じ時代に存在する事が滅多にないでしょう。それでも、出会う可能性を模索するための条件があるようです。

 ツインソウルと出会うにはある条件クリアが必要

 ツインソウルと出会えるのは自分の使命を見つけてからとされます。元々1つだったツインソウルがこの世に生まれて来た時にわざわざ分けられた理由は、それぞれの魂を成長させるためで、自分に与えられた使命に気付いてオーラを増幅させていく途中で、ツインソウルのお互いの魂が相手に干渉して不思議な感覚を感じ取ることができるとされます。

 1)ツインソウルの双方が自分の使命に気付く
 2)ツインソウルが出会う


 こうした過程を経てツインソウルと出会うようです。ただ出会うだけでも奇跡ですが、その前に自分の使命を発見しないといけないため、かなりハードルは高いです。そのため、ツインソウルに出会うためにスピリチュアルな力を持つ媒体を介することもあるようです。


◇ ツインソウルに出会った後の7つのステージ(段階)

 極めて可能性の低いツインソウルが地上で出会ったところで、さらに、ある7つのステージ(段階)を経験するとされております。気の遠くなるような次元の話ですが、これは、我々の魂や宇宙にプログラムされているもので、ほぼ例外なく訪れるであろうと言われており、簡単に触れてまいります。

第1段階:認識(出会い)
 
 出会ってすぐにお互いを魂レベルで認識し、以前にもどこかで会った事があるように感じます。シンクロニシティな出来事が起こります。ハートチャクラは開き、両者は一時的に霊的な目覚めを経験します。それぞれの魂を目覚めさせ、お互いの意識をより高いレベルに引き上げます。
 男性側が一目惚れするケースが多いようですが、可愛いとか好みのタイプというよりも、出会った瞬間愛おしく思えるような不思議な感覚であるようです。生まれ故郷に帰ってきたような、とても懐かしく心地の良いものです。一時的に天国を垣間見る時期でもあります。

第2段階:テスト

 初期の一時的なスピリチュアルな目覚めは消え、エゴは再び現れ始めます。ツインソウルの一方または両方は、過去の恋愛経験を元に考え行動します。ここで、様々な葛藤が生じるようになります。それまで信じていた知識や過去の恋愛から得た概念にしがみつき、「こうあるべきだ」と間違った思い込みに当て嵌めると、次第に不安や混乱が生じるようになります。やがて、一方もしくは両者は、批判的になったり相手のことを疑うようになっていきます。

第3段階:危機

 ツインソウルの危機は、彼らの恋愛関係についての思い込みやエゴを捨てなければならないこと、もしくは相手を拒絶しなければならないことから起こります。今までの恋愛経験から得た概念やエゴにしがみつくと相手を失う恐れや不安に繋がり、非常に強い痛みを感じます。恐れはたくさんの痛みや様々な情緒的不安定さを引き起こします。不安にも関わらず二人はお互いへの愛の為に会い続けます。これは、二人が結合するには無条件の愛のレベルにまで意識を高めなくてはならない為に、今までの古い恋愛パターンの間違い(条件付きの愛)を引き出し気付かせる為のプロセスです。

第4段階:ランナーとチェイサー(分離)

 人間のエゴは消滅を恐れ、蓄積されたすべての否定性が表面化し、感情や精神面に様々な抵抗が起こります。ツインソウルの一方もしくは両方は感情的になり、恐れや怒りや罪の意識などが溢れ出し、耐え難い程の痛みを感じます。魂レベルの強い痛みに耐えきれず、ツインソウルの一方は通信を遮断し相手から逃げ出そうとします。この逃げ出した一方はランナーと呼ばれています。
 もう一方は関係を修復しようと試み、ランナーを追おうとしますが上手くいきません。こちらはチェイサーと呼ばれています。チェイサーはランナーの予期せぬ行動に深く傷付き、その理由を知る為に出来る限りの事をします。これは、チェイサーの霊的な目覚めに繋がります。
 エゴとの戦いは非常に困難なので、多くのツインソウルがなかなか次の段階へ進むことが出来ません。やがて二人はそれぞれの道を歩む中で、そこから多くの事を学んでいきます。離れていても、相手を想う気持ちは潜在意識を通して伝わり、お互いの心を強く支え合うでしょう。

第5段階:手放す(浄化)

 二人の関係の方向性や結果は神に明け渡されます。また、この関係が神の保護の下にあり、最終的に結ばれる運命である事を理解します。(最終的に結ばれる為には、両者は霊的に目覚めなくてはなりません。)ランナーは自分のペースで進化する時間と自由が与えられています。この段階では、自らの心を取り戻し自分自身を維持します。
 残されたチェイサーも、完全なる霊的覚醒への道を探究する中でランナーへの無条件の愛を感じます。これは、無条件の愛を周囲の人達や趣味や仕事などに向ける時間でもあります。
 各魂が自我を手放す為には、神との定期的なコミュニケーションを行い、神は最も良い時に最良の事をなさるであろうと完全に信頼することです。

第6段階:目覚め

 エゴは消滅し、身体は神聖なエネルギーに満たされます。これは、完全に霊的に目覚め、神の本質を理解することに繋がります。このステージは、ロマンチックな愛を求めるというよりも無条件の愛を放つ段階です。この段階で、チェイサーの感情や心、霊的な目覚めは完全なものになります。新しい創造と癒しのエネルギーが起こります。そして、それは周囲の人達を助けることに向けられるようになります。この段階の目的は、自らの体と行動を通して無条件の愛を周囲へ向けることを確立し、人間性をより高いレベルに振動させることです。

第7段階:調和(再会)

 この段階によって、ツインソウルの両者は完全に霊的に目覚めます。二人は関係の本質や神聖さを理解し、すべてを悟ります。彼らは、無条件の愛を与え合う為に物理的に再会し一緒になります。(多くのツインソウルはここで結婚しますが、極稀にそうならないよう設定しているケースもあります。)二人の新しく進化したエネルギーは、他の人達を支援する事に向けられるようになります。
 神と天使達の祝福を受け、二人に必要な全てのものが与えられます。真の幸福を手にした二人は、まるで楽園にいるように感じられることでしょう。但し、ここは地上ですので全く問題がなくなるということではなく、生きている限り様々な出来事はあります。しかし、双方が無条件の愛を与えつつ、他の人達にもそれを向けて生きていくようになっていきます。


 極めて低い確率でツインソウルと出会ったところから、さらなる段階を経るそうですが、これは、魂が生まれ変わり、死に変わり転生を繰り返すのはツインソウルと出会うため、と説明されております。ツインソウルと出会う(再会する)ことで、地球における最後の生涯が終わり、魂が本来の姿に戻る為の最終調整に入るとされます。ここから、さらに完全に霊的に目覚めなくてはなりません。輪廻の輪から脱出するには完全なる霊的覚醒(悟り)は必須条件なのです。そこに用意されたのが7つのステージ(段階)なのです。神がデザインされたものとのことです。

ソウルメイト soul mate


 つい最近、「ツインソウル」と言う聞き慣れない言葉を耳にして、何かと思って調べました。運命的な魂の伴侶とされる「ソウルメイト」よりも、さらに強い、圧倒的に特殊な関係を指すとのことでした。本項ではスピリチュアルの記事として、この、よく聞くソウルメイトとツインソウルをまとめてみました。

 ソウルメイト (soul mate) とは、soul「魂」とmate「仲間、友達、伴侶」を組み合わせた英語の造語であり、必ずしも異性の恋人や結婚相手(伴侶)に限ったものではないようです。


◇ ソウルメイトの概念

 ソウルメイトについて一般的に言われている性格を以下に示します。順番に深い意味はありませんが、日常的、一般的な表現の順に列挙いたしました。それぞれの文章の最後に付ける単語として、「人」でも「友達」でも、「家族(父や母、子)」、「仲間」、「同僚」、「部下」、「上司」、「パートナー」、「恋人」、「伴侶」でも、どんな対象でもソウルメイトになり得ますし、複数のソウルメイトを持つ人物もいるようです。

 ・気性が合う
 ・相思相愛の
 ・共通の好みを持つ
 ・共通の価値観を持つ
 ・特別な存在である
 ・深い親和性のある
 ・深い縁を持つ
 ・運命的な繋がりがある
 ・深い精神的な繋がりを感じる
 ・魂を磨き合う関係の


 単に「気が合う」とか、「仲が良い」と言った良好な人間関係と言うよりも、もう少しスピリチュアル的な発想で使われる言葉のようです。すなわち、(輪廻)転生説に基づいて、過去世から何らかの縁があると考えられる相手、あるいは精神世界の存在から、同じ魂のグループ(類魂)に属すると思われる相手を「ソウルメイト」と呼ばれることが多いようです。

 過去世から何らかの縁があると考えられる相手
 同じ魂のグループ(類魂)に属すると思われる相手


ソウルメイト図


◇ ソウルメイトの起源

1.プラトンの「人間球体論」

 ソウルメイトの概念は、古代ギリシャの哲学者プラトン(BC427-347)による「人間球体論」に由来すると考えられています。これは、人間はもともと、2つの頭と4本の手足を持っており、男でも女でもあると同時に男でも女でもない完全に平等なこの存在が極めて高慢であったため、神、ゼウスが2つに切り裂いてしまったとする神話に基づいております。2つに切られた各々は、もう一方の分身を求め続けており、完全無欠な愛が成立するのは、この分身同士が出会った時なのだされております。

プラトンとイメージ
プラトン(左)と「人間球体論」のイメージ(右)

2.「ソウルメイト」の言葉の由来とその伝播

 「ソウルメイト」という言葉は、“Soul-mate”と言う単語で、近世イギリスのロマン派詩人、批評家、哲学者であるサミュエル・テイラー・コールリッジ(1772-1834年)が、以下の如き若い女性への手紙で使ったのが最初とされております。

To be happy in Married Life,,,. In order not to be miserable, you must have a Soul-mate as well as a House or a Yoke-mate. “Letters, Conversations, and Recollections of S.T. Coleridge.” (1822)

 「結婚生活の中で幸福になるには、、、。不幸にならないためには、家族や配偶者のような『ソウルメイト』を持たなければなりません。」S.T.コールリッジ(1822年)

 これは、彼自身の不幸な結婚生活から生まれたと考えられております。コールリッジは結婚生活が破綻した後、親交のあった詩人ワーズワースの義妹セアラに報われない恋を捧げたとされ、その際に上の文章を添えた手紙を書いております。

 その後、精神科医で心理学者であるカール・グスタフ・ユング(1875-1961年)が著書、「元型と集合的無意識」(1980年)の中で、人間がどこか高次の世界に持つ存在としてのソウルメイトに言及し、また、ニューエイジ思想やロマンティック・コメディを介してその概念が広まったとされます。


◇ 諸氏の見解

1.エドガー・ケイシーのカルマ説

 心霊治療家、エドガー・ケイシー(1877-1945年)は、全ての人は繰り返す転生の中で片割れを探しており、霊的成長、霊的進化を達成しカルマという負債を全て解消すれば、ソウルメイトと融合し根源に還るとしています。

2.シャーリー・マクレーンのビッグバン時のペアとする説

 米国のニューエイジの旗手と言われる女優、シャーリー・マクレーン(1934年 -)は著書、「アウト・オン・ア・リム」の中で、ソウルメイトとは、ビッグバンの時に互いに属するペアとして作られた存在で、その電磁波数は全く同一である、と説明しています。

ユング、ケイシー、シャーリー
左からユング、ケーシー、マクレーン

3.前世療法 ブライアン・ワイス氏とソウルメイト

 前世療法の開拓者ブライアン・ワイス氏(1944年 -)は、著書、“Only Love is Real: A Story of Soulmates Reunited”(「ソウルメイト 魂の伴侶―傷ついた人生をいやす生まれ変わりの旅」1996年)の中で、運命の相手との出会いを目指す転生論を主題としました。

ソウルメイト 魂の伴侶―傷ついた人生をいやす生まれ変わりの旅

 同書の翻訳者である山川 紘矢、亜希子夫妻は、ワイスがこの本を出版した理由は、ソウルメイトというロマンチックな物語が、輪廻転生や前世を人々に理解してもらうことに役立つと考えたためであり、この本の流行で「ソウルメイトと出会いたい」、「ソウルメイトと結婚したい」という女性がたくさん出てきたと述べております。

4.山川 紘矢、亜希子夫妻の指摘

 先述の山川夫妻は、ソウルメイトであるか否かに固執したり、目の前の人をおろそかにする人がいるけれど、霊的に進化したときにソウルメイトの存在に気付くことが多いので、まず目の前の人を大切にすべきであると述べています。
 ちなみに、スピリチュアルな世界では、人間には霊的なレベル、魂のレベルの高低があるとされることがあり、ソウルメイトと出会うために霊的成長、「魂のレベル」を上げる必要があるということがしばしば言われております。


◇ 現代におけるソウルメイトの認知度

 日本ではあまり意識されていない概念でありますが、欧米ではごく当たり前のことのように認知されております。20歳から29歳の独身を対象とした米国の調査では、94%がソウルメイトを信じており、特別な人であり、ここではないどこかで自分を待っていると考えており、ヨーロッパの若年層にも同様の傾向があります。従って、ソウルメイトの概念は、西洋文学やハリウッド映画にもしばしば登場して来ます。

「嘘」について


 私事ですが、職場によく嘘をつく人間がいます。同僚の医者ですので、時々は診療にも支障を来します。患者が合併症に苦しんでいても「経過良好です」って嘘をつくわけです。ほとんど諦めて、あまり気にしないようにしていますが、不快に思っている人は多く、なぜそんなに簡単に、すぐに偽りと分かる嘘をつくのだろうか?、時々、不思議になります。少し、「嘘」について勉強してみました。


◇「嘘」の定義、起源、正常・異常の一般論

1.定義

 今更、定義を申し上げるほどのことではありませんが、「嘘」(以下、「」は外します)とは事実に反する事柄の表明であり、勘違いや、間違いによるものではなく、故意に表明されたものであります。「偽り」とも言います。

2.人類の最初の嘘?

 欧米では嘘の歴史を語る時、旧約聖書に登場する、人類最初の殺人者となったカインが弟アベルを殺した際に、アベルの行方を問われたカインが「知りません。私は永遠に弟の監視者なのですか?」と答えたとされ、これが「人類の最初の嘘」などと言われております。

カインとアベル絵
アベルを殺すカインの絵

3.良い・悪い、正常・異常の一般論

 一般論として、嘘をつかず、本当のことだけを話してもコミュニケーションは可能ではありますが、まったく嘘をつかない、という制約があると、人間関係はむしろ難しくなるとされます。また、大多数の人間は、ある程度の言い訳や責任転嫁などの嘘は、多少なりとも、無意識的、日常的に行っており、こうした行為は道徳的あるいは精神医学的に正常の範囲内と思われます。
 これに対して、自己正当化や悪意のある嘘が頻繁に語られるようなら、嘘をつかれた人は疑心暗鬼になり、人間関係は悪化させ、道徳的に問題な域と入って来ますし、常識の範囲を超えた習慣的な嘘に対しては、心理学・精神医学的には「虚言癖」や「作話症」に分類されることもあります。
 嘘は、その動機や方法、技術、事実との関係などによって、正負、両方の効果を及ぼし、良いも悪いも、正常・異常も変わってくるものとされます。


◇ 悪い嘘

 多くの文化に於いて、基本的に、嘘は悪いこと、とされ、嘘をつくことは信用、信頼を失いますが、その許容範囲は文化によって異なるとされております。どこの文化でも、我欲や虚栄心によってつく嘘は悪いものとされております。いくつか固有名詞になっている悪い嘘、犯罪的な嘘を列挙します。

1.法螺(ほら)話

 大げさに言い立てられた作り話のことで「法螺」とは法螺貝の意味であります。多くの場合、おとぎ話やフィクションの中で、大きく誇張された奇想天外な内容や、そうした話で人を楽しませるほら吹きが活躍する話など、人々に親しまれるものでありますが、一方で、日常生活において繰り返す法螺は、信用を失う、正しい会話とは言えないものとなります。

2.サバ読み

 多くの場合、利益を得る目的で数字を誤魔化す、とりわけ大きく見積もることを「サバを読む」と言います。

3.年齢詐称

 自分の年齢について嘘を言うことです。少なく言うことで若く思われようとする場合と、年配であるように見せかけて利益を得る場合とあります。

4.粉飾決算

 財務諸表に嘘の数字を記載することで、最近では東芝など、しばしば見かけるものとして、株価を維持する目的に、企業業績を良好に見積もった報告をする場合があります。

5.詐欺

 他人を、嘘を用いて欺き錯誤に陥れることを「詐欺」と言い、「オレオレ詐欺」のように親族になりすまして金銭をだまし取ろうとする場合や、悪徳マルチ商法や悪徳キャッチセールスなどの詐欺、交通事故の被害者を装って賠償金を求める当たり屋も詐欺であり、いずれも犯罪であります。

6.偽証

 法廷で宣誓した証人が虚偽の陳述をした場合を偽証(罪)と言います。


◇ 許される嘘、良い嘘、必要な嘘

 日常において許される嘘、むしろ良好な人間関係のために良いと考えられる嘘、そして、人を救うため、人を傷つけないためにつく、必要な嘘があります。こちらも箇条書きにしてみました。

1.お世辞

 相手の機嫌を取る、喜ばせる目的で、あるいは相手に気に入られるために、自分が本当に思っているよりも相手を良いと思っているかのように言うことであります。多くの世界でお世辞を許容する文化があ李ますが、そういうことは極力言うべきではない、とする文化もあります。また、日常生活において、お世辞によって良好な人間関係が生まれる場合もあれば、かえって「口ばっかり!」と信頼を損ねる場合もあります。

2.「嘘も方便」

 大乗仏教では、人を救うため、人を悟りへと導くために当面の嘘をつく、という方法があります。大乗仏教国である日本では「嘘も方便」ということわざもあり、人を救うためということならばおおらかに許そうとするものであります。

3.“White lie”

 英国において相手を喜ばせるため、傷つけないための嘘を“White lie”と呼んで、「悪気のない嘘」、「良い嘘」とされます。一方、“Black lie”と言う言葉はありません。

4.冗句(joke)

 洋の東西を問わず、聞き手が聞いたとたんに明らかに本当ではないと判ること、つまり明らかな嘘を聞かせて、それが嘘だと互いに十分に知っていることを確認しあって楽しむことがあります。一緒に笑うために、ユーモアとして嘘を話すもので、日本よりは欧米で多い話し方です。


◇ 自己決定権とがんの告知

 医療の世界では、良いとも悪いともつかない嘘が、日々行われて来ましたし、現在も、未来においても、多かれ少なかれ嘘は残ると思います。
 がんの告知について、1960年代の米国ではがん告知率は12%であり、日本でも1990年代まではほとんどんぼケースで医師から患者へ嘘の病名が告知されておりました。具体的にはがんなのにがんではないと言う嘘であります。また、がんが再発していても、それを隠すこともありました。
 ところが、世界的に、一人一人の人間が、自分自身の生き方を選ぶ権利(残された時間をどのようにつかうか選ぶ権利、自分が思うように生きる権利)、すなわち自己決定権が重視されるようになり、また政治運動や訴訟の増加に伴い告知率は向上しており、本邦でのがん告知率は2009年の段階で90%を超えてきているとされております。
 では、全くすべてを話しているかと言えば、予後不良の状態を包み隠さず申しあげるのは躊躇することがしばしばです。「大丈夫でしょうか?」と聞かれて「大丈夫ですよ!」と言う言葉が嘘のこともあります。また、今でも患者の家族より、本人には言わないで欲しいと要望が出されることもあります。


◇ 嘘つきのパラドックス(矛盾)

 嘘にまつわる論理の展開、パラドックス(矛盾)を1つご紹介します。新約聖書第1章12-15節に「テトスへの手紙」と言う項があり、その中で、クレタ島出身(クレタ人)の伝説的哲学者、エピメニデスは「クレタ人はいつも嘘をつく」と言ったとされております。もしこの言葉が正しいのであれば、クレタ人であるエピメニデスもまた嘘をついているのであり、つまりこの「クレタ人はいつも嘘をつく」と言う言葉も嘘である、と言うパラドックス(矛盾)であります。

Crete_location_map.png

 同様に、人間だれしも多少は嘘をつくものであり、嘘をつかない人間などいない、という判断があります。ですから、「私は嘘をついたことがない」と誰かが言ったとすれば、それは最大の嘘であると言うパラドックスが発生いたします。


◇ 嘘にまつわることわざ

 上で「嘘は方便」をご紹介しましたが、それ以外にも嘘にまつわることわざが幾つかありますのでご紹介いたします。

1.「嘘から出た誠」

 嘘だったはずのことが真実になってしまったことを現すことわざであリます。

2.「嘘つきは泥棒の始まり」

 悪いと思わないで嘘をつく人は、泥棒をするのも平気になるということです。

3.「嘘も追従(ついしょう)も世渡り」

 「嘘も方便」と同義です。世を渡るに当たって、従うことも、嘘をつくも必要であるとのことです。

4.「嘘も誠も話の手管(てくだ)」

 手管とは、人を騙して操る手際の意であり、虚実をおりまぜて話すのが、うまい話術であるということを指すことわざです。

5.「嘘をつかねば仏になれぬ」

 「嘘も方便」と同義です。仏様とて苦しむ人を救う時に嘘をつくのだ、と言うことです。


◇ 終わりに

 先日、2010年と2015年を追加して出来事の一覧を更新、掲載いたしました。お目を煩わして恐縮いたしますが、その全ては、ネットに掲載されているマスコミの記事を拾い上げたものであり、私個人が取材したものではありません。そうしたまとめを作るにあたり、「これらの出来事のいくらかは嘘なんだろうか?」としばしば思いました。
 職場の嘘つきな人間も、人間社会に蔓延る嘘も、小さなものから大きなものまで、一つの人間の文化かも知れないと思えて参ります。かの、ナチスドイツの、アドルフ・ヒトラーは「大衆は小さな嘘より、大きな嘘の犠牲になりやすい」と述べてユダヤ人大虐殺を指揮しました。

 良い嘘は奨励して、悪い嘘には強い姿勢でいる、そうした柔軟な態度が求められると思う次第です。


「中高年をどう生きるか?」 ある認知症の解説書より


 今回、アルツハイマー型認知症の勉強をして、ある認知症について書かれた一般向けの文庫本に出会いました。その最後の章に「中高年をどう生きるか?」と題して、人生における中高年〜老年期の生き方、その方法論から、その年代の意味までが論じられておりました。認知症の予防のみならず、人生観にも通ずる内容を、スピリチュアルのカテゴリで、全文の引用でご紹介いたします。出典は敢えて伏せておきます。

 *****

中高年をどう生きるか? 〜 あとがきに代えて 〜

 「生きがい」とは

 人間は生きる喜びがなくては生きられません。朝目が覚めたとき、今日も一日何か楽しいことがある、何かしたいことがある、と心を燃やすことがたいせつです。
 健康に恵まれ、経済的にも心配がなく、周りとの人間関係がよければそれも幸福だといえましょう。しかし「生きがい」というのは明日に向かって希望を抱いて生きることであり、前向きに生きていこうという喜びだと思うのです。
 敬老の日のある新聞に、総務庁の「高齢者の健康に関する意識調査」が掲載されていました。それは六〇歳以上の三〇〇〇人の男女を対象としたアンケート調査ですが、それによると、「生きがいを感じている人」が七八・六パーセント、「生きがいを感じていない人」が一七・六パーセントというのです。
 生きがいを感じるのは、男性では仕事をトップにあげている人が多いのに対して、女性で仕事と答えた人は六番目でした。そのように、「生きがい」を感じる対象にも男女の差があるようです。
 今日では女性の就業率も高く、男女ともに仕事やつき合いで苦労する場面が多くなっています。その苦労を生かして、人生にプラスにしていくような心がけがたいせつです。適度のストレスは「生活のスパイス」だと思います。人生のさまざまな苦労も、それに打ち勝つことによって将来への生きる喜びになり、生きがいに転化できるのです。

 どんな生き方がよいのか?

 老後の生活をどうするか、それは四〇代後半から考えはじめたほうがいいでしょう。老化は四〇代から始まり、小さな字を読むのにメガネがほしくなる人もいます。「度忘れ」を自覚するのも四〇代前半です。このころから、少なくとも以下の三項目を念頭において生きることをお勧めします。その一つ一つを考えていきましょう。

 【中高年の生きる心得】
  1)自分のことは自分ですること
  2)趣味を持つこと
  3)人間関係をたいせつにすること

 自分のことは自分ですること

 よく世間では、出勤する男性に奥さんか母親がハンカチや靴下、ネクタイなどを差し出して世話をしている家庭がありますが、自分の身の回りのことは自分でするように心がけないと、あとでいちばん困るのは自分なのです。親や配偶者が病気になったり死別することになれば、物質的にも精神的にも、とたんに困ることになります。
 妻が亡くなったあと、半年から一年くらいの短い間にあとを追うようにして夫が亡くなることがあります。そのようなとき、世間では「あの夫婦は仲がよかったんだ」などとはやされることがありますが、実は夫が生活上自立しておらず、なんでも妻に頼っていた家庭だったというケースも少なくありません。妻が亡くなったあと、掃除、洗濯、炊事など何ひとつできないで途方に暮れた生活を送るうちに、ボケたり病気になって命を失うことになる場合がよくあるのです。
 逆に夫が亡くなった場合は、経済的な問題はあるかもしれませんが、妻のほうは日々の暮らしに支障はないわけですから、むしろ開放的になり、元気はつらつと社会的に活動しはじめる女性もよく見かけます。
 男性が自分で生活上のことを処理する習慣が身についていないと気づいたら、中年になってからでも遅くはありませんから、自立するように努力すべきです。

 趣味を持つこと

 趣味は若いころから持つように心がけることです。暇になったらやろうというのでは遅すぎます。やりたいことが思いついたらそれをメモしておき、休日などに一定の時間をとって、少しずつでも始めるとよいでしょう。そうすれば、定年になってもそのまま続けられます。
 ある老人学級での趣味についてのアンケートによると、盆栽や花作りなどの園芸が第一位でもっとも多く、次いで編み物、和裁、生け花などの手芸、カラオケ、詩吟、踊り、ダンス、音楽鑑賞、俳句・和歌などの順になっています。
 スポーツは自分ではやらなくても、テレビでプロ野球や相撲を見て楽しむ人はたくさんいるようです。
 趣味を持つことは、感性を豊かに保ち、生活にリズムをつけ、それを通して友だちができることなど、人生におおいにプラスになり、心身の老化を防ぐのに必要なことです。

 人間関係をたいせつにすること

 よく、「老後の生きがいは周りの人との人間関係の中にある」とまでいわれますが、友人、隣人、家族などとのつき合いは、人間の生きがいとして必要なものです。
 老後の話し相手が妻だけ、夫だけというのではいけません。男性なら仕事が思うようにはかどらないとイライラして落ち着かなくなり、黙り込んで気がふさぎがちになります。そんなとき、友だちに打ち明けて話を聞いてもらうことで、気持ちが晴ればれとすることがあります。
 女性なら子育てが終わり、子どもが手もとから離れるころ、孤独で憂うつな気分になります。このような心境を「空の巣症候群」と呼んでいます。それに女性は更年期を迎えますので、四〇代後半から五〇代前半にかかる前に将来の生活設計を考え、新しい生きがいを模索すべきでしょう。
 五〇代になると体の動きも鈍くなり、気分もむらになって感情でものごとを考えがちになります。不平やグチも出やすい年代です。文句やグチばかりこぼしていると、若さと美しさを失いますから要注意です。
 「夫在宅ストレス症候群」といわれる症状があります。夫が退職後毎日家にいると、妻のほうがイライラしてくるのです。とくに、夫が日々の暮らしの中で自立していなかったとか、趣味がないという人の場合に多いようです。定年後に持ち上がる離婚話には、この手の原因もあるのでしょう。
 夫婦でも、それぞれが独立した生活の部分を持っていることがたいせつです。好みも趣味も友人関係も違うわけですから、お互いに干渉し合わない生活の部分を持つことです。必要なときは相互に助け合う姿勢があればいいのです。そのように考えることができれば、「夫在宅ストレス症候群」などというのは解消されるでしょう。

 人間の完熟と尊厳とは?

 老人の生き方を思うとき、よく脳裏に浮かぶのはヘミングウェイの『老人と海』です。この小説は彼の最後の作品ですが、映画にもなりました。
 キューバの漁村に住むスペンサー・トレーシー扮する漁夫サンチャゴは、深いしわのある老いた顔をしていても、目にだけは希望と自信とがあふれていました。そのサンチャゴが小舟に乗ってメキシコ湾にこぎだしたところ、それまで八四日間のシケ続きで一匹の魚も釣れなかったのに、とうとう舟より長いマカジキがかかりました。そして三日間にわたる死闘の末、サンチャゴは巨大な魚にモリを打ち込んで、ようやくしとめたのです。
 サンチャゴは魚に向かって独り言のようにつぶやきます。
 「俺は、人間ってものがどんなことをやってのけられるかを、わからせてやるんだ。人間が耐えていかねばならないものを教えてやるんだ」(福田恒存訳)
 これはまさに、人間の尊厳とは何かを誇示しているのです。彼は巨大なマカジキを舟に縛りつけて港に向かうのですが、血のにおいをかぎつけてやってきたサメの群れと、再び壮絶な戦いをすることになります。そして疲労困憊してやっと港に着いたサンチャゴは、小屋に倒れ込んで寝入ります。
 この老人に親しみを持っているのは、近くに住むひとりの少年と沖の飛び魚たちだけです。
 「歳をとってひとりでいるのはよくない。話し相手がいるというのはどんなに楽しいことか」
 サンチャゴがそうつぶやきます。
 この映画では、孤独な老人の力強い意志と、生きようとする力をまざまざと見せつけられます。ヘミングウェイは強く豪快に生き抜くことを信条として老人の生きる理想像を描いたのですが、この小説の発表を最後に、突然愛用の猟銃で自殺してしまいました。どのように強い意志を持っていても、人間は最後には、一人でいる寂しさに耐えられないのかもしれません。

 もうひとつ、老人を取り上げた映画で強く印象に残っているものがあります。それはオーストラリアの『ある老女の物語』という題の映画です。
 主人公のマーサは七八歳になる女性で、ガンに冒されて体は老いても心は若々しく自立した生活をしています。訪問看護婦のアンナは毎日彼女を訪れ、ふたりの間は温かい友情で結ばれています。マーサは部屋に思い出の品々を飾り、植木を愛し、自室で生活したいと思うため、施設や病院に入ることを拒んでいます。
 優しくてユーモラスなマーサは、隣の部屋に住む孤独な男性の独居老人ビリーを見舞い、なにかと世話を焼きます。また、恋人が自殺して絶望的になり、「命の電話」をしてきた女性と相談員のやりとりをラジオで聞いて、ラジオ局にコールして、自分が肩代わりしてその女性を説得します。
 「私は病気の老人だけど、人生が好き、若い人も大好きよ…。世の中にはあなたと同じ不幸な人がたくさんいるわ…でも世の中には常に愛があり、いつか、きっと、あなたもめぐり合えるわ…」(清水馨訳)
 マーサはガンが進行して医師から一、二か月の余命しかないことを告知され、アンナとともに自室で最期を迎えようとします。そして生の終わりに臨んで、マーサはアンナにこう語りかけます。
 「全ては美しい、人生はとても美しいわ、忘れないで、愛をいつまでも大切に」
 人間は人に何かを与えようとして生き、いかにして誇りをもって豊かに最後まで生きるかということを感動的に教えられた映画です。人に与えるものがあると、自己の存在感が確かめられ、生きがいを持つことができるのです。

 映画二題を引用して、それぞれの主人公である老男女の生きざまを紹介しました。いずれも生き方の違いはあっても、老いを感じさせない心の若さがあることは確かです。ヘルマン・ヘッセは老年と死をテーマにしたエッセイの中で、「完熟するにつれて人はますます若くなる」と書いています。
 老年期は人生のゴールデンタイムであり、余生ではなくて、完熟を目指す年代です。そこで人生の意味をゆっくりと考え、かみしめるべきなのではないでしょうか。それは創造的な生活であり、その中でこそ人間の尊厳が確立されると思うのです。

 一九九八年九月吉日

 *****


 認知症に関する解説書ですので、認知症予防のための文章のように思われがちですが、そうではなくて、認知症とは別に、人生における老年期の位置付けを語った文章のように思います。老年期は「人生のゴールデンタイム」、「余生ではなく」、「完熟を目指す年代」、そして「人間の尊厳が確立」するときと、これは一つの哲学のように思えます。

国際ジャーナリスト 中丸 薫 女史の「光のパワー」を検証する


 スピリチュアリズムの世界に身を置く人、裏社会に詳しい人、そしてもっと普通に、国際社会に精通している人など、恐らくは幅広い分野の人に認知されているであろう 中丸 薫 女史(以下、中丸氏)について、まずはスピリチュアルのカテゴリで取り上げることとします。「まずは」と申しましたのは、彼女の日々の活動の中で最も大きな部分を占めるのがアセンションへ向けた浄化を勧める布教でありますし、また裏社会についても多くの著書を執筆しております。そして、彼女自身が過去世を見る能力を持ち、ガイドとの交信をし、手から霊気を出すことができるとされます。今後、様々なカテゴリで中丸氏に登場いただくことになろうかと思われ、「まずは」彼女のもつスピリチュアリズムを中心にご紹介したいと思います。

中丸 薫 近影


◇ ある講演会でのエピソード

 中丸氏の略歴をご紹介する前に、女史に内在する優れた能力を示すエピソードをご紹介します。これはネットや文献に記載されたものではなく、実際に現場で見た知り合いより聞かされた話です。普通の信頼できる人物の話ですので、私は実際にあったこととして信じております。

 10年以上前のことだと思います。中丸氏の過去世とカルマの浄化に関する講演会に私の知り合いは出席しました。講演と質疑応答が終わって閉会となったところで、壇上から帰ろうとする中丸氏のところにある女性が近寄って行き、なにやら会話が始まりました。私の知り合いが2人に近寄ると、どうやら女性は自分の過去世について尋ねています。かなり思いつめた表情だったとのこと、、、。
 中丸氏は「それでは光を入れますね」と言って手のひらを女性の胸の前に翳(かざ)したところで、「うん!」と頷いて、「貴女は秦国の宮廷で歌と踊りで仕えていたのよ」と言いました。そして、「貴女の過去世における魂を呼び出してあげましょう」とも言います。女性は「お願いします」と言って目を瞑りました。またも中丸氏は手のひらをじ〜っと彼女の胸に翳します。

 「それでは光を入れますね」
 「貴女は秦国の宮廷で歌と踊りで仕えていたのよ」


 その時、とんでもないことが起こりました。「秦国で仕えていた」と言われた女性は、突然、踊りながら歌を歌い始めました。それも、恐らくは中国語、日本の言葉ではない、でも素晴らしい歌声と、体を何回も回転させる常人にはできないような踊りです。講演会に参加して帰りかけていたお客さんも足を止めて見入ります。たった数十秒の歌と踊りでしたが、場内は凍りついたように静まり返り、女性のパフォーマンスが注目の的となりました。

 中国語の歌を歌い、舞いを舞う普通の女性

 歌と踊りが終わったところで、女性はびっくりした表情でありました。私の知り合いが尋ねたところ、自分で歌った歌も踊りも、全く経験のない、もちろん観たことも聴いたこともないものだったとのことです。中丸氏が彼女の過去世における彼女自身を引き出したとしか思えない出来事でした。

 歌も舞いも女性には全く経験、知識のないものであった

 どうしても、ともすると「胡散臭く」感じてしまう、数々の中丸氏の主義、主張なのですが、最初にこのエピソードをご紹介したこの講演会で起こったことは種も仕掛けもない、実際に起こった霊的な出来事だと思われます。


◇ 中丸 薫 氏の略歴

 ここでは、中丸 薫 氏の略歴について、幅広い調査と、氏のオフィシャル・サイトの記載を尊重してご紹介いたします。事実と異なる内容があればご容赦下さい。

中丸 薫氏 紹介文付き


1.出生〜学生時代

 中丸氏は1937年5月23日、日本赤十字の看護師として大陸に渡り、満洲事変から日中戦争時期に抗日兵士の帰順工作を行ったという中島成子と言う女性の娘として中国で生まれました。父親は明治天皇の隠し子と噂される堀川辰吉郎であり、従って中丸氏は非公式ながら明治天皇の孫と言うことになります。中丸氏の生後45日で盧溝橋事件が起こり、中島成子は関東軍の依頼により日中間の交渉を担うことになったため、氏は松村正之北京大学教授夫妻に預けられました。6歳の時、松村夫妻の故郷である山梨県甲府市に移住、1950年には山梨英和女学院中等部に進んでおります。

2.才能を開花させた高校時代

 山梨英和女学院中等部で英語を学んだことがきっかけとなり、東京へ行くことを決意、猛勉強の末、親戚が住んでいた文京区の東京都立小石川高等学校に進学しました。中丸氏は2年生のときに生徒会長に選ばれ、卒業するまで務めたとされます。また、英語研究会のリーダーを務め、第五福竜丸事件など当時の社会情勢に強い関心を持ち、友人らとカール・マルクスの「資本論」を読む勉強会を開いたりしていました。

3.二つの大学を卒業して国際ジャーナリストへ

 バーナード大学を経て、コロンビア大学政治学部に入学し、東アジア研究所で国際政治学を専攻しました。このコロンビア大学在学中よりロックフェラー一族や、各国国王、大統領、首相、財界人やVIP、映画監督や芸術家などへのインタビュー活動を開始し、卒業後も国際政治評論家として講演、執筆、テレビで活動しました。米Newsweek誌から「インタビュアー世界No.1」、ワシントンポスト紙から「国際感覚にすぐれた世界でも稀有な女性」と評価されております。

4.各国要人との数々の会談

 その後も、自らがプロデューサー、ディレクター、インタビュアーを務める対談番組を日米両国で持ち、また、世界の紛争、戦争地帯に足を運び、当事国の国家元首たちと積極的に会談しました。その中には、リビアのカダフィ大佐やイラクのサッダーム・フセインなど、西側諸国から敵視されていた人物もいます。中丸氏は、イラン・イラク戦争の最前線でも取材を行い、そのVTRをフセイン大統領に見せて戦争をただちにやめるよう進言しました。また、カダフィ大佐に「あなたは本当にテロリストか」と問いただす姿がテレビで放映されました。

フセイン大統領と会談する中丸薫
フセイン大統領と会談する中丸氏

5.「国際問題研究所」と「太陽の会」

 1985年に「国際問題研究所」(The International Affairs Institute for World Peace)をニューヨークで、また1991年には平和を願う人々の会、「太陽の会」(Following the Sun Association)を設立しています。国際問題研究所には、各国の実業家、学者、政治家、国王、アスリート、芸術家、俳優などから、その活動に賛同する署名がなされています。これらの会の立ち上げにより、武力と緊張を礎とする「力の道」による「ワン・ワールド」ではなく、相互理解と信頼を礎とした「命の道」による「ワン・ワールド」の実現を啓蒙する活動を開始しています。中丸氏がインタビュアーとして活躍していた頃からこれまでに訪問した国は186カ国にのぼると言います。


◇ 中丸氏の説く「カルマの浄化」から、、、

 ブログの中で何回か取り上げて来ました輪廻転生のお話になりますが、中丸氏は、人間には「過去世」と言うものが必ずあって、自らもクレオパトラ7世や推古天皇の生まれ代わりであると称しております。ここでは、中丸氏の説く「カルマの浄化」について、彼女の文章を引用いたします。

 *****

 私は、あの世に行くときにはカルマは自然と浄化されるのではないかと思っていたのだが、それは大きな間違いだということもわかった。
 カルマというものは、この世でしか外せない。人生を生きて、心を浄化して、そうすることでしかとることができないのだ。それは私自身がこれまで、何人かの魂を天上界に上げるという体験を通じてよくわかったことだ。
 たとえ何千年前の出来事・事件でも、関係者の魂にはしこりのように残っている。霊になってもそれは心に黒い曇りとなって留まりつづけ、しかもそれが、生きている人に災いを及ぼすのだ。

 (中 略)

 こんなご夫婦がいた。
 ご主人は一見、とてもおとなしそうな方なのだが、何か気に入らないことがあると、手当たり次第にものを投げたりして暴れるという。
「先生、彼はもう、 2件目の家を建てられるくらい、ものを壊しました」
 と奥さんがいうので、いったいどういうことかと霊的な部分を見てみると…どうも原因は性格だとか相性だとかの、この世だけのことではないらしい、ということがわかってきた。
 そこでさらに光を入れてみると、とんでもない事実が判明したのだ。
 もう4000年も昔のこと、彼の過去世における魂が、エジプトのファラオの側近だったときのことだ。
 「彼」はその当時もずいぶんと優秀な人物だったらしく、ファラオに直接進言することができるような立場にいたようだ。こうして活躍していたのだが、あまりにも目立ちすぎたのか、同僚たちの妬みを買い、告げ口や妨害を受けたのだという。
 そして最終的にはファラオの逆鱗に触れ、追放されてしまったというのだ。

 (中 略)

 ファラオのためによかれと思い、あれほど尽くしてきたのにこんな仕打ちを受けるとは…彼の心は、恨みの炎で燃えあがっていたことだろう。
 こうして、魂に刻まれたひとつの大きな恨みの気持ちだけが残った。
 「彼」は、次に日本に生まれてきた。
 そのときの名前は、千利休といった。
 そしてここでもまた、前世と同じような理不尽な目にあってしまったのだ。
 ときの権力者である豊臣秀吉から、まったく身に覚えのないことで切腹を命じられたのである。こうしてこのときもまた、「あの成り上がり者め!」と、秀吉に対するものすごい怒りを抱きながら死んでいったのである。

 (中 略)

 彼の心の奥、魂のひだには、過去世においてたまりにたまった恨みの念 – カルマ – の炎がぶすぶすとくすぶっていたのだ。
 彼の暴力的な行動の原因は、そこにあった。数千年前、あるいは数百年前に受けた仕打ちに対する恨み、情念が、こんな無関係ともいえるところでぶすぶすとくすぶり、小さな炎をあげつづけていたのだから、これは大変なことなのだ。
 そんな「彼」の魂に、私が光を入れたことで変化が現れた。過去に受けたふたつの大きな恨みの思いが、すーっと消えていったのである。すると。この男性は「あ、みぞおちのあたりがすごく温かくなってきました。今まではものすごく冷たい感じがしていたのに、なぜかしこりも消えています…」と驚いていた。
 そしてそれからは、そういう暴力的な行動はいっさいとらなくなったのである。

 *****


 中丸氏は上述の略歴のごとく、国際的に認められた人物であります。それを裏打ちする能力、人物像として、卓越した語学力のみならず優れた国際感覚や人間感覚、平和を愛する信念なんかがあると思われます。そういう人物が「自らはクレオパトラ7世や推古天皇の生まれ代わり」であると自称して、また、何かの偶然で出会った男性が千利休の生まれ代わりであると断言します。輪廻転生や前世から背負って来たカルマの浄化の話は中丸氏より以前の、インド、バラモン教に端を発する仏教思想であります。それを受け継いでいるとしても、中丸氏自身は「どこまで本当で?、…」って、思い切り思わせる存在です。


◇ 中丸氏出生についての疑惑

 冒頭でご紹介したエピソードや略歴に見る人物像など、中丸氏を肯定する要素は多いのですが、ここでは否定的になるいくつかの事例をご紹介します。まずは、以下の著書のタイトルにある「明治天皇の孫が語る」とは中丸氏自身のことであります。

中丸氏著書 明治天皇の孫

 実は中丸氏が明治天皇の隠し子を父親とすることは、中丸氏だけが言っていることであり、それを証明するものは何もありません。少なくとも天皇家で生活したことも、記録すらもありませんので、「明治天皇の孫が語る」と言っても、それは天皇家の内部から見たものではありません、もしも仮に孫だったとしてもです。ここに中丸氏出生についての疑惑を申し上げます。

1.中丸氏の自称

 中丸氏は著書「対米外交・対中外交」(1971年)のp.186以来、明治天皇の孫を自称し始め、英文のプロフィールでは「Princess Kaoru Nakamaru(中丸薫王女)」を名乗っています。中丸氏が「文藝春秋」1974年9月号に載せた手記「明治天皇の落胤 ―側室千草任子がひそかに生んだ子こそ」によると、彼女が実父と主張する堀川辰吉郎の父親は明治天皇で、母親は女官の「千草任子(ちくさことこ)」であり、任子は大奥の争いに敗れて宮廷を追われ、京都の堀川御所で辰吉郎を産み、堀川辰吉郎が20歳の折に病没したとされます。
 中丸氏は、「父は出生してすぐに天皇家から外に出されたので、記録は残っていません。でも、私が明治天皇の孫であることは世界186ヵ国、200人以上のリーダーの方々が知っていることですから、、、。今の宮内庁は官僚が取り仕切っていて、深い事情を知る人もいなくなりました。私は今でも亡くなって天界にいる父とコミュニケーションしていますが、父も皇室のことを心配していますよ」と発言しています(週刊新潮 2004年9月2日号)。

2.千種任子の親族からの異論

 確かに「千種任子」という女官は実在したものの、任子の甥の娘である慧子と栄子は、以下のごとく異論を唱えています。

 ・正確な苗字は「千草」でなく「千種」である
 ・任子は1925年、69歳になるまで宮仕えをした
 ・任子は京都の堀川御所でなく東京都新宿区市谷砂土原町に大邸宅を建て晩年を過ごした
 ・堀川辰吉郎が20歳時に死んだとされた任子は1944年に89歳で没した
 ・任子は生活に困ったこともなく借金したこともないこと

 千種任子の親族は、中丸氏の手記に見える多数の間違いを指摘し、面識もない者にこんなことを書かれて困惑している旨を表明しております。

3.宮内庁は否定

 1976年頃、クウェート大使館から中丸氏の身元について「アラブの王族に対し、天皇の子孫であるというような自己紹介をしているが本当か」と照会を受け、宮内庁宮務課長の小川省三氏は「そのような事実はない」と否定しています。

4.皇室ジャーナリストの見解

 皇室ジャーナリストの河原敏明氏は、「堀川氏は孫文を助けたこともある右翼の壮士だった人。明治天皇の落胤との噂もあるが、一般的にいえば、大陸浪人とか右翼の壮士といわれる人の話は、割引きして聞かねばならない。中丸薫さんの出生そのものが判然としないし、また堀川氏がご落凰というのも噂にすぎない。もちろん宮内庁では相手にしていない。こうなると、中丸さんが明治天皇の孫だという確率はゼロにも等しいわけである」と述べています。


◇ フォトンベルトについての中丸氏の主張から

1.中丸氏の著書から

 フォトンベルトについて中丸氏はかなりの思い入れを持って説明されております。またも氏の著書から引用させていただきます。

 *****

 フォトンベルト突入

 2012年に向けて重要なのは、太陽活動の活発化以外に、もうひとつ大きな物理的変化が地球を含む太陽系に起こるということだ。
 それがフォトンベルトへの突入だ。
 簡単にいうとそれは、地球を含む太陽系が、宇宙のなかの「フォトンベルト」と呼ばれる領域に突入する、ということである。
 フォトンベルトはフォトン(光子)の巨大な帯で、太陽系は1万1000年で周期で遭遇し、ベルトを通過するのには2000年かかるといわれている(フォトンベルト自体を1周するのには2万2000年かかる)。

 (中 略:フォトンベルト発見の話だが、そうした事実は公表されていない)

 フォトンというのは光子にことだが、さらに詳しく説明すると、陽子(反電子)と電子の衝突によって、光粒子に変換される高次元の電磁的エネルギーをいう。つまりこのエネルギーは「光子=フォトン」であり、光エネルギーなのだ。
 では、この光エネルギーの巨大ベルトに地球を含む太陽系が突入したとき、この地球上ではいったい何が起こるのか?
 実のところ、まだだれもわからないのである。
 当然、そのとき、フォトンのエネルギーは激しく地球上に注がれるだろうが、はたして地球がどうなるのか、今はまだ、さまざまな説が飛び交っている状態なのだ。
 ただ、心の浄化が進んでいれば、細胞レベルまで変えられる、ということまでは知られているようだ。
 また、火山活動や地震などにも影響が現れ、地球規模で気候の大変動が起こる、と主張する人もいる。
 ただ、ひとつだけはっきりしていることは、いずれにしてもそこで、劇的な変化が起こることは間違いないということだけなのだ。

 フォトンベルトからアセンションへ

 そこで現在、私が得ている情報やインスピレーションによって推測すると、フォトンベルトへの突入によって起こる劇的な変化とは、どうやら光の5次元世界への「次元上昇=アセンション」となるようだ。
 21012年12月22日は、活発化した太陽エネルギーとフォトンベルトから降りそそぐフォトンの相乗作用によって、このアセンションの動きが助長される。

 *****


 みなさんはいかがでしたでしょうか? この2012年12月22日は土曜日でしたが、私は手帳を見ても、PCのカレンダーを見ても、なにもイベントはなく、普通通りに生活しました。以前まとめた、出来事のページを見ても、この12月に大きな出来事はありませんでした。

2.著書で使用されている写真に問題

 その著書のなかで「銀河系を取り囲むフォトンベルト」と題して写真が使用されております。以下のものでありますが、これは白黒にして少しぼやかしを入れているように見えますけれども、以前、ご紹介した「フォトンベルト」として紹介されることが多い銀河NGC4650Aと同一のものであることが、星の配置から明白であります。

中丸氏の紹介するフォトンベルト
中丸氏が紹介する「銀河系を取り囲むフォトンベルト」

フォトンベルト写真
「フォトンベルト」として紹介されることが多い銀河NGC4650A

3.写真の改ざんは論文捏造と同義

 文庫本であれば少々フィクションを入れても良いのでしょう。たとえお金を払って買う人がいたとしても、そういったおとぎ話が含まれることを、ある程度は容認しているのだと思います。自然科学の論文のように厳しい査読があって、人類の進歩につながるものとは異なるのだと言えるのでしょう。しかし、著者が社会的に地位と知名度、さらには発言権が高い人物の場合、自分で自分の首を締めるような行為だと思います。以下に論文捏造で有名なSTAP細胞について、決定的な、改ざんされた写真を供覧します。

STAP細胞で改ざんされた写真

 科学論文において、数字のデータの統計処理した結果と異なり、写真には客観性に乏しく、その論文を下支えするスパイスのような役割であることがしばしばあります。しかしながら、別の論文で既存の「ES細胞」を撮影した写真を、カラー調節を加えて今度は「STAP細胞」として使ったとすれば、それは明らかに確信犯的な捏造であり、「STAP細胞」の存在を確認していない証拠となります。
 私は中丸氏が間違った写真を使っている点で、フォトンベルトに関する彼女の記述には、かなりの部分で作り話のように思いますし、話の内容が人類の存亡に関わるものなので、ある意味では「STAP細胞」よりも大きな嘘のようにも思えます。


◇ 中丸氏の膨大な著書から見えてくること

 以下、年代順に中丸氏の膨大な著書を列挙いたします。これだけの文筆活動ができるのですから、中丸氏と言う人物の才覚を感じざるを得ません。もちろん、著書を残すのみならず、多くの座談会やインタビュー、講演会活動も行っており、素晴らしいバイタリティだと思います。アセンション関連で年号が書かれた主な著書については表紙の写真を付けました。

「対米外交、対中外交」(サイマル出版会)1972年
「太陽を追って~中丸薫半生記」(文藝春秋)1975年
「世界の素顔~中丸薫のヒューマンインタビュー」(時事通信社)1980年
「人間として、指導者として(日本実業出版社)1987年
「“闇”の世界権力構造と人類の針路」(文芸社)1997年
「明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ」(文芸社)1998年
「日本が闇の権力に支配される日は近い」(文芸社)1998年
「人間の使命とは何か」(三五館)1999年
「真実のともし火を消してはならない」(サンマーク出版)2002年
「国際テロを操る闇の権力者たち」(文芸社)2003年
「アメリカに巣くう闇の世界権力はこう動く」(徳間書店)2003年
「世界はなぜ破滅へ向うのか~『国際情勢の闇』早わかり30のポイント」(文芸社)2003年
「闇の権力をくつがえす日本人の力」(徳間書店)2004年
「古代天皇家と日本正史 現人神と万世一系の超秘密」(徳間書店)2004年
「この地球を支配する闇権力のパラダイム」(徳間書店)2006年
「気高き日本人と闇の権力者たち」(文芸社)2006年
「美しい人の美しい生き方」(徳間書店)2007年
「2012年の奇蹟―愛の光でアセンション」(あ・うん)2007年

2012年の奇蹟―愛の光でアセンション

「『闇の世界権力』レポート」(徳間書店)2007年
「2012年の奇蹟〈2〉光の五次元世界にアセンション」(あ・うん)2007年
「アセンション・リーダーズ―光の翼をもつ人々」(学習研究社)2007年
「中丸薫という生き方」(徳間書店)2008年
「見えない世界の摩訶不思議―生きることの素晴らしさを伝えたい」(あ・うん)2008年
「この国を変える力―『日本の時代』がはじまる」(PHP研究所)2008年
「天と地と―光そして愛のメッセージ」(あ・うん)2008年
「中丸薫 魂の旅―2012年の奇蹟にむかって!」(あ・うん)2008年

中丸薫 魂の旅―2012年の奇蹟にむかって!

「自然と人生―宇宙・地球・人間を結ぶもの」(あ・うん)2008年
「空洞地球2012バージョン&アセンション」(徳間書店)2008年

空洞地球2012バージョンアセンション

「日本は闇を亡ぼす光の国になる」(KKベストセラーズ)2008年
「ドル消滅の仕組み」(青志社)2009年
「開戦前夜-2012年以降、世界をリードするのは日本」(KKベストセラーズ)2009年
「UFOと地底人―ついに明かされた異星人と空洞地球の真実」(Gakken)2009年
「いよいよ2012年 さあ、こんな世の中にしよう」(徳間書店)2009年

いよいよ2012年 さあ、こんな世の中にしよう

「『闇の世界権力』最後の謀略2010-2012 オバマ大統領への緊急親書」(講談社)2009年
「世界金融危機と闇の権力者たち」(文芸社)2009年
「UFOとアセンション 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言」(学研)2010年

UFOとアセンション 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言

「大予測!神の世直し立て直し」(あ・うん)2010年
「2013年、アセンション後の地球」(青志社)2010年

2013年、アセンション後の地球

「霊地巡礼 今こそ、心揺さぶる場所へ!」(竹書房)2010年
「アジア発・世界平和は日本が興す 闇の権力の逆襲に抗して」(KKベストセラーズ)2010年
「2013年、地球最終戦争から生き残る道」(青志社)2011年

2013年、地球最終戦争から生き残る道

「2013年、『地球』大再編の仕組み」(青志社)2011年

2013年、『地球』大再編の仕組み

「五次元世界の奇蹟 愛の光でアセンション」(あ・うん)2011年
「UFOと月のミステリー 月面に存在する異星人の基地と女神からのメッセージ」(学研)2011年
「地球維新2012 アセンションへの讃歌が聞こえる」(あ・うん)2011年
「地球大維新 2012年、世界次元上昇までどう生きるか」(ベストセラーズ)2011年

地球大維新 2012年、世界次元上昇までどう生きるか

「闇の権力フリーメイソンの大分裂 2012年へのカウントダウン」(ベストセラーズ)2011年

闇の権力フリーメイソンの大分裂 2012年へのカウントダウン

「UFOとフリーメーソン 世界支配を目論む世界最大の秘密結社と異星人の知られざる関係」(学研)2012年
「かくのごとくあなたの生命・財産はいとも簡単に略奪される! = YOUR LIFE AND PROPERTY ARE EASILY PLUNDERED IN THIS WAY」(あ・うん)2012年
「神の星優良地球へ 2012年、ヴァチカン改革から甦る世界宗教」(ベストセラーズ)2012年

神の星優良地球へ 2012年、ヴァチカン改革から甦る世界宗教

「原発と闇の権力と霊性の復権」(文芸社)2012年
「2013年、カルマからの脱出 アセンション後に人類は再生する!」(ベストセラーズ)2012年
「2014年に備えなさい」(青志社)2012年

2014年に備えなさい

「M9.0東京直撃の日 日本列島激震マップ」(あ・うん)2012年
「闇の世界は終わり、光の世界が始まる」(徳間書店)2012年
「アセンションと生まれ変わりの秘密 死後の世界を知るためのスピリチュアル・メッセージ」(学研)2013年
「2015年に来る真の危機から脱出せよ!」(青志社)2013年

2015年に来る真の危機から脱出せよ!

「私が出会った『世界権力者&超VIP』50人真実の素顔」(イースト・プレス)2013年

 中丸氏がアセンションに言及したのは、少なくとも記録に残っている著書の中では 「2012年の奇蹟―愛の光でアセンション」(あ・うん)2007年が最初でありました。2007年以前に、ある種の啓示を受けて、それを人類に伝える動きを始めたものと思われます。以後、2008年にも「空洞地球2012バージョン&アセンション」(徳間書店)と空洞地球との仮説に絡めてアセンションを語っています。2009年には「開戦前夜-2012年以降、世界をリードするのは日本」(KKベストセラーズ)と題して、2012年以降の日本の役割に言及しています。2010年には2012年アセンションにおける地球の激変とUFOの関係、(実際には週末思想に言及していないとされる)ホピ族の予言について「UFOとアセンション 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言」(学研)と題して著書を残しています。
 さて、2010年頃より趣(おもむき)が変わってまいりました。そろそろネタ切れでしょうか?、アセンション後の地球の説明に移ります、2013年について、「2013年、アセンション後の地球」(青志社)。2011年には「2013年、地球最終戦争から生き残る道」(青志社)、「2013年、『地球』大再編の仕組み」(青志社)などと題して、2013年の地球最終戦争を心配をされています。ちょっと気になるのは、2011年と言えば東日本大震災がありました。アセンションに関する啓示は受けられて、アセンション後の日本のあり方までもご教示いただいておりますが、、残念ながら、その日本において死者・行方不明者が1万8470人に及んだ大災害については言及されることはありませんでした。

 東日本大震災には一度も言及せず

 2011年、駆け込みで出版された著書もありました。「地球維新2012 アセンションへの讃歌が聞こえる」(あ・うん)、「地球大維新 2012年、世界次元上昇までどう生きるか」(ベストセラーズ)、「闇の権力フリーメイソンの大分裂 2012年へのカウントダウン」(ベストセラーズ)の3冊です。大地震が起こった後でも淡々と、翌年に起こるアセンションについての著作を続けています。これは2012年初頭になってからも続きます、「神の星優良地球へ 2012年、ヴァチカン改革から甦る世界宗教」(ベストセラーズ)2012年。
 さて、いよいよ2012年になって、現実的にアセンションが起こるかどうか解らなくなって来ました。そこで、2012年以降に関する著作が始まりました。「2013年、カルマからの脱出 アセンション後に人類は再生する!」(ベストセラーズ)2012年、「2014年に備えなさい」(青志社)2012年、「M9.0東京直撃の日 日本列島激震マップ」(あ・うん)2012年などですが、2013年や2014年の出来事についてのみならず、あろうことか大地震の予測にまで言及しています。東日本大震災にはまったく触れなかった中丸氏です。

 東日本大震災には言及しなかったが首都直下型地震を予言

 「2015年に来る真の危機から脱出せよ!」(青志社)2013年、はいっ!、ついに2015年、今年の危機を予言しています。あくまでも、私の知る限り2012年も2013年も2014年も、何も起きませんでした。今年も中国のバブル崩壊などの懸念から世界同時株安や、洪水などの深刻な自然災害はありますが、はっきりとこの年に滅亡と言う状況ではありません。

 ついに2012〜2014年までなにも起きなかった
 2015年もあと3ヶ月、「真の危機」は?


 Most probably!、かなり高い確率で2016年以降に関する予言が出ます。これは中丸氏に限ったことではなく、そこかしこからですね。
 

◇ おわりに

 中丸 薫 氏には普通の人には無い才覚と、もしかしたら霊的な能力が備わっていると思います。氏の言うことすべてを否定するものではありませんし、実は核心に近い立場の人物なのかも知れません。しかし、多くのスピリチュアルや裏社会についての語り部に共通することとして、その言葉のすべてに責任が取れない、かなり間違った内容が含まれていることです。知らないものは知らないと言えばいいのに、自分としてあやふやな部分までも断言する傾向にあります。そういうところに、信じたくとも信じられない部分を感じるのは私だけではないと思います。


スピリチュアリズムの法則

 本年の初頭、「運気、自己啓発、具現化」のカテゴリーで、「引き寄せの法則」の起源として、「ヘルメス文書 〜 Kybalion 〜 The Meta Secret」 / 宇宙の「7つの法則」をご紹介いたしました(2014年02月10日)。「なるほどね〜!」と思わされるところはありましたが、世の中、現世、あるいは宇宙の真理を探究するにあたり、法則性を見出してそれを唱えるやり方は無数にあります。
 スピリチュアル、精神世界にも法則があると、つい最近知りまして、ちょっとマニアックな内容ですが「スピリチュアリズムの法則」、簡単なご紹介です。出典はスピリチュアル・カウンセラー 江原 啓之 氏とスピリチュアル・メッセンジャー 美鈴 Misuzu さんのHPからです。江原氏は「スピリチュアリズムの8つの法則」としており、美鈴 Misuzu 女史は7つと言っていますが、ほぼ似たような内容ですので、両者の言われることを要約して以下に列挙します。

江原氏と美鈴さん
江原 啓之 氏(左)と美鈴 Misuzu 女史(右)


◇ 霊魂の法則

 私たちは肉体と霊魂(=魂 たましい)(霊、幽体)が重なり合って生きている存在、あるいは「霊的な存在」であり、肉体はこの世を生きている間だけの乗り物にすぎないとされます。誰もが霊魂の未熟な部分を浄化しようと、自分に必要な課題(宿命)を決めて生まれてきます。霊魂は、肉体の死とともに体から離れてあの世に戻って永遠に生き続けます。ですから、肉体の死は不幸ではないと分かり、死を嘆き悲しむこともなくなります。また、あの世に持ち帰るものはお金でも家でも物でもなく、この世で得た経験と感動だけとされます。苦難苦労を乗り越え、たくさんの学びを得ることで魂は磨かれていくのです。このため、霊魂に戻ると、必要以上に物的な豊かさを求めたり、それによる争いを起こすことはなくなります。

 霊魂の法則 = 基本的な人間の本来の姿を説明
 人間の本来の姿は霊魂であり肉体はこの世にいる間の乗り物


霊魂の法則の図


◇ カルマ(因果)の法則

 カルマ(因果)とは、私たちの行い、想い、言葉によって発生するエネルギーのことで、カルマ(因果)の法則とは、良いことも悪いことも行った分だけ自分に返ってくるというもので、どんな人にも平等に働くとされます。何かが起これば必ずその原因となるものが存在するという法則はスピリチュアリズムでは完璧に存在するとされ、これは「因果律」と呼ばれます。寸分の違いなく、自らまいた種は自ら刈り取ることになるので、良い種をまけば良いことが返ってきて、悪い種をまけば悪いことが返ってきます。自分が良いことをすればその分だけ人間性が向上して幸せになり、悪いことをすればその分だけ人間性が低下して不幸になるということです。すべての人間が自分の行いに責任があり、その結果生じた出来事の責任を自分自身が引き受けるのですから、「自己責任」という発想も込められております。

 因果律:起こった出来事には必ず原因がある
 自己責任:自分の行いは必ず自分の身に降りかかってくる


 魂はこの「カルマ(因果)の法則」を十分に理解しているのですが、私たちは肉体をまとい、物質世界で生きていると、幸せになりたい気持ちばかりが先にたったり、自分に都合の良いことばかりを望んでしまいます。もちろん、この世だけで考えれば、正しい行いをしている人でも必ずしも報われることのない人もいらっしゃいますし、悪い行いをしても誰にも咎められることなく暮らしている人もいます。しかし、あの世では、正しい行いをして報われなかったこと、悪い行いをしても逃れることのできた苦しみが寸分違わず必ず自分に返ってくることになります。

 現世での行いがあの世での幸・不幸に影響することも

 相手の幸せを祈り、相手に親切を施し、相手のためになる想い、言葉、行動を持つ人、自分の幸せを犠牲にして苦しんでいる人のために貢献した人は、必ずこの世でなくともあの世では幸せになります。逆に、感謝や思いやりをおろそかにして、利己主義に走り、自分の物欲だけを優先し、多くの人を不幸のどん底へと突き落として、この世において一時的にも幸せになったとしても、必ずやその先に不幸が待っています。


◇ 霊界・階層の法則

 人間の体は、内側から肉体、幽体、霊体、そして最も外側の本体から出来ています。人は死ぬ時、まずは肉体を捨てて幽体で幽現界に行きます。四十九日くらいしたところで、霊界に行くのですが、その際に自分の人間性に応じた幽界の階層に行く、とする法則であります。
 霊界の階層とは、光で例えるなら、明るいトーンから暗いトーンまで魂の浄化レベルに応じて、何層もの光に分かれているとされます。私たちは寿命を迎えると、現世で培った魂の成長レベルと同じ光の階層に向かいます。そこでは、生前の地位や名誉、物質的な豊かさなどは一切関係なく、どれだけ霊性向上できて輝いているかどうかだけが価値判断となります。あの世は神様のように完璧に近い霊のいる極楽のような階層から極悪非道な霊のいる地獄のような階層まで無限につながっているとされます。さらに向上すると幽体を捨てて霊体で霊界へ行き、それよりさらに向上すると霊体を捨てて本体で神界へ行く、と言われます。

 現世で培った魂の成長レベルで霊界での階層が決まる

霊体の階層の法則 図


◇ 守護の法則

 現世で生きるすべての人に見守ってくださる背後霊が存在します。常に、見守っている人の霊的成長と魂の浄化を一番に考え、必死にサポートしてくださる存在で、以下の3種類です。陰ながら支えてくれる、まさに両親のような存在であり、こうした背後霊に対する感謝の気持ちを忘れてはなりません。

1.守護霊

 危機から守ってくださるだけでなく、ときには、私たちの魂の成長を願って厳しい試練を与えてくださり、大きな愛で見守っておられることもあります。人間1人につき1人の守護霊がついております。

2.指導霊

 自分の得意分野で、人間が才能を発揮できるように手助けしてくださいます。人間の成長度に応じて入れ替わり、また、指導霊の数は決まっていません。

3.補助霊

 指導霊を補助する立場の存在で、こちらも数は決まっていません。


※ 背後霊の援助を得るために必要なこと

1)奉仕の精神と人間性の向上

 宇宙には波長の法則(類は友を呼ぶ、似たもの同士が引き寄せられるという法則)があるため、純粋に人の役に立ちたいという気持ちを持って努力をすれば、人間性が向上し、その波長に見合う高い階層の指導霊、補助霊の援助が得られ、才能を大きく伸ばして世の中に貢献できます。

2)心の修養

 波長の法則により、おだやかで明るく、自信に満ちた状態を保つことで背後霊と波長が合い、いいアイデアが浮かぶようになります。逆に、心配や不安の念などを心に宿すことによって波長が下がり、背後霊の援助が受けられなくなります。

3)精神統一(瞑想)

 精神統一により背後霊が働きかけやすくなり絆が強化されます。いわゆる直感やチャネリングは背後霊とのコミュニケーションであり、魂を浄化に役立つ現象であります。


◇ 類魂の法則

 あの世には、この世の家族以上に深い絆で結ばれた魂の家族を持っています。自分の魂の成長が、類魂全体の進化につながるのです。逆を言えば、類魂全体の進化のため、魂の向上のためにこの世に生まれて、また死に変わり、そしてまた生まれるのです。これを輪廻転生と言います。

【輪廻転生と類魂の進化の仕組み】

輪廻転生の仕組み図

 1)地上生活で意識できない大きな自分の意識の一部が地上に誕生する①
 2)この世とあの世で経験を積み大きな自分を成長させる②
 3)大きな自分の意識の他の部分が地上に誕生(再生)する③
 4)これを繰り返し、大きな自分の意識を成長させていく


◇ 波長の法則

 人の心の持ち方は目には見えませんが、心に想うことはすべて「想念」と言う霊的エネルギーを生み出します。これを「波長」と呼びます。この「想念」なり「波長」なりによって、同じレベルの魂を持った者同士が引き寄せ合うことになるのです。つまり、周囲の人々は自分を映し出す鏡そのもの、周囲の人々の姿を見れば、自分の波長も解ります。「良い行動」「良い想い」「良い言葉」を発する人はそうした良い波長の人を引き寄せますし、逆に悪い波長は悪い波長の人を引き寄せるのです。

 「想念」「波長」により人を引き寄せる

 恋愛・結婚でも、友達でも、仕事でも、宝とも言うべき相手、ベストパートナーに出会ったら、それは自分「想念」なり「波長」なりが優れていたと言う自負を持って良いと思います。一方、自分にとってマイナスな人物、悪い道に導くような人物が近づいて来たら、その人を恨むのではなく、己の波長を省みる姿勢が求められるところです。


◇ 感謝の法則

 感謝を忘れずに生きると言うことは魂の浄化につながると言う法則です。ご先祖、今は亡き最愛の人、亡くなったペットなどには感謝を伝え、心配をかけないような生き方をすることが本当の供養です。いつまでも悲しみ暮れているのではなく、相手の立場に立って考えてあげることも、残された私たちが故人に対してできる思いやりです。
 また、神社やお寺、サンクチュアリなどでは、目に見えない存在を敬う気持ちで感謝を伝えましょう。


◇ 運命の法則

 自分の人生は、生まれる前に自分の成長に最も適した条件を自分で選んできているのです。その与えられた条件の中で、自分の自由意志で、自分の人生をつくりあげることができるのです。いわゆる「宿命」とは自分が決めてきた人生の課題であり、これはどんなことがあっても変えられないものです。一方、「運命」とはいかようにも変えられるもの、「宿命」をどのように解消するのか、その実践の場が「運命」であります。ときにはいばらの道を選んでしまうこともありますが、より多くの試練を乗り越えることで魂は磨かれるのです。私たちの人生は、私たち自身が造るものです。幸福も不幸も自分で築き上げた結果なのです。


◇ 幸福の法則

 「スピリチュアリズムの法則」は、人間の魂が経験と感動によって浄化され、神と一つになるため、本当の幸せを得るために働いています。人生の本当の意味を知り、人間は死とともに無に帰する儚い存在ではないことが分かり、真の意味で生きる希望を与えてくれます。


◇ 私見

 以前、チャネリングの1つ、アセンション関連のカテゴリーとして「シルバーバーチ Silver Birch の霊訓」をご紹介しました(2014年06月23日)。上で記述させていただいた「スピリチュアリズムの法則」はシルバーバーチも似たようなことを説いていました。シルバーバーチのみならず、人間が霊的存在であること、人にはカルマ(業)が備わっていること、輪廻の発想、そして守護霊(ガイド)の存在、原因と結果の法則、人間の気(= オーラ)が自分と波長の合うもの・人を引き寄せると言う考え方、、、。これらは、世界中のそこかしこで生まれてきた発想であり、理念であり、概念だと思います。これを1つのところから伝搬したと考えるのも一案ですが、同じ現象を別々の社会で確認したものとの見方もできると思います。
 今、インターネットが普及して、情報化社会はいよいよプラトーに達しようとしています。多くの「語り部」たちが、自由な発言をしており、中にはインチキもあると思いますが、このスピリチュアリズムの分野においては、新しいようで極めて古くからの経験が込められており、中には真理に限りなく近づいている人物もいるのだろうと思う次第です。今後とも機会があれば触れて参りたく存じます。



http://ameblo.jp/silverbirch3/entry-11307039323.html
http://misuzu-message.com/modules/tinyd0/index.php?id=39

シャーマニズム チャネリングとは異なる、民族、宗教に基づく確かな信仰

 霊能者にお会いする機会を得て、久しぶりに、少しそちらの分野の予備知識をまとめてみたいと思いました。「そちらの」と申したのは、スピリチュアルの中でも、「霊、神、死者、宇宙人、未来人などとの交信(コミュニケーション)」を行う能力についてであり、古くからの民俗学者や人類学者ならば「シャーマニズム」という用語で分類されてきたものです。また、「久しぶりに」と申したのは、6月に「チャネリング Channeling(= 交信)」の概念をご紹介し(6月23日)、続いて以下の記事を掲載しました。

 「シルバーバーチ Silver Birch の霊訓」(6月23日)
 「ホワイト・イーグル White Eagle の霊示」(6月25日)
 「バシャール BASHAR からのメッセージ」(6月29日)


 さらに続けて「冥王星のオコツト:半田 広宣(ヌース理論)」の勉強をしようとネットのみならず本まで入手したのですが(下図)、だいぶ現実離れした世界なので、力尽きておりました。

おごつこの本と半田広宣氏

 さて、上述の如く、「シャーマニズム(Shamanism)」と言うと、古くからの民俗学者や人類学者が用いた民俗の習慣や宗教現象に当るスピリチュアルな言葉であり、アセンションには該当しないと思います。一方、「チャネリング (channeling, channelling)」 となると、1980年代のニューエイジ思想が起こって以来、米国で盛んに使われるようになった新しい用語であります。私は、昨今のチャネラーの急激な増加や、ヘミシンクその他の瞑想を用いたチャネリング・エクササイズのブームなどから、この「チャネリング」と言う現象をアセンションの1つの形態と考えており、カテゴリも「アセンション関連」とさせていただいております。
 しかしながら、その内容を客観的に評価いたしますと、「チャネリング」と「シャーマニズム」はほぼ同等な現象のように思えます。同じ現象が別々の言い方で呼称されることは良くありますが、古くからあった「シャーマニズム」が、人類にアセンションが訪れるにあたり、より多くの人間に一般化されたのが「チャネリング」と言えるかも知れません。
 本ブログにおきましては「シャーマニズム」を「スピリチュアル一般」として扱い、「チャネリング」は「アセンション関連」のカテゴリといたします。


◇ シャーマニズムの定義

 シャーマニズムとは、超自然的存在(霊、神霊、精霊、死霊など)と直接に接触、交流し、託宣、予言、病気の治療を行う宗教的職能者であるシャーマン(shaman)、日本では祈祷師、巫師(ふし)、巫覡(ふげき)、巫(ふ;女性)、巫女(ふじょ;女性)、神子(みこ;女性)、覡(げき,男性)と呼ばれる人物を中心とした信仰のことと定義されます。シャーマニズムという用語で、上記の現象自体に加えて、その現象に基づく思想を呼ぶこともあり、広義には地域を問わず同様の宗教、現象、思想を総合してシャーマニズムと呼びます。


◇ シャーマンの交信の形態

 シャーマンが神や霊魂と接触、交流するのは、いずれもトランス状態、すなわち通常とは異なった意識状態(変性意識状態)に入ってとされますが、その形態には、「憑依(ひょうい、possession)」と「脱魂(だつこん、ecstasy)」の2種類が考えられておりますが、地域、研究者によりそのどちらかであるかは不定であります。日本では憑依型が多いと言われております。

1.憑依(ひょうい、憑霊、possession)

 霊などが乗り移ること、憑(つ)くことです。憑霊、神降ろし、神懸り、神宿り、憑き物とも言います。外在する神や霊魂がシャーマンの身体に入り込み、シャーマンの口を借りてメッセージを伝えるなど、行動を支配する状態とされます。憑依されたシャーマンは、その間のことを正気に返った時にまるで覚えていない場合が少なくない、とされます。

2.脱魂(だつこん、ecstasy)

 シャーマンの霊魂が肉体から脱け出て、霊界や天界で神や霊魂と接触、交流するというものです。外見上は、意識水準が低下して主体的な意志による行動の自由を失い、忘我状態となるか、苦悶、歓喜、憂愁などの気分を伴う恍惚状態に見えます。憑依とは異なり、脱魂したシャーマンは、その間、超自然的存在と交流していて、後にその事情を報告する場合が多いです。

【シャーマンの交信における3つの要素】
 ・トランス状態(変性意識状態)
 ・憑依(ひょうい、憑霊、possession)
 ・脱魂(だつこん、ecstasy)


憑依と脱魂のイメージ
憑依(左)と脱魂(右)のイメージ


◇ シャーマンの分類

 ジェームズ・フレイザーは、シャーマンを霊媒(medium)、予言者(prophet)、見者(seer)、呪師(sorcerer)と言う名称で分類し、佐々木 宏幹 は、上述の憑依、脱魂の要素を加えて以下の如く5つに分類しています。

1.脱魂型

 霊魂が身体を離脱して霊界に赴き、諸精霊を使役してもろもろの役割を果たす、広義の精霊統御者型の一種。狩猟・採集社会、南北アメリカ先住民社会に多い。男性が多い。

2.精霊統御者型

 補助霊を駆使してもろもろの役割を果たす。

3.霊媒型・憑霊型

 シャーマンが神霊、精霊を自らの身体に憑依させ、人格変換が行われ、シャーマンは神霊自身として一人称で語る型。旧世界の農耕・牧畜社会に多い。女性が多い。

4.予言者型・霊感型

 シャーマンは神霊・精霊と直接交信し、その意思を三人称で語る型で、シャーマン自身の個人的意志がある。

5.見者型

 神霊の姿が見え、或いは声が聞こえ、神霊の意思を三人称で語る型。

 日本の場合、これらのうち複数の役割を1人で兼ねている場合が多いとされます。また若い頃は「霊媒」であったが、年を重ねるにつれて「予言者」→「見者」へと変わっていったと述懐する例が多いとされます。


◇ シャーマンとなる過程

 人がシャーマンと認められる過程にはいくつかの種類があり、社会、文化、宗教によっても異なるとされます。以下、シャーマンとなる過程をいくつかの型に分類したものを示します。

1.召命型

 ある日突然心身の異状(巫病)として現れ、神霊によって選ばれたものと見なされる型。選ばれようと願っていてもなれるものではないが、選ばれてしまったら本人の意志で拒絶することは困難。沖縄県周辺の「ウマレユタ」など。

2.世襲型

 血統により選ばれる。霊的資質、人格が継承されると考えられる。沖縄県周辺の「ノロ」など。

3.修行型

 身体的理由(特に盲目)や経済的事情等からシャーマンになるための修行・学習を積む。沖縄県周辺の「ナライユタ」、日本の東北の「イタコ」など。


◇ 日本における憑依する主体の分類

 日本における憑依する主体にはいくつかの種類があります。霊を自分に降霊(憑依)させて、霊の代わりにその意志などを語ることができるとされる術、またはそれを行う人のことを口寄せ(くちよせ)と呼び以下の如く分類されております。

 死口(しにくち) :葬儀が終わった死者に対しての口寄せ
 仏口(ほとけくち):死者の言葉を伝えるもの
  新口(しんくち)、新ホトケ
  古口(ふるくち)、古ボトケ
 生口(いきくち) :生存者や葬儀前の死者の霊に対するもの
 神口(かみくち) :神霊に伺いをたてるもの



◇ 世界各地のシャーマニズム

 シャーマニズムは世界の至る所に存在し、地方の共同体の重要な構成要素として存在したとされます。諸処における名称は、魔法医、治癒師、呪師、巫女、賢者、魔女などと呼ばれるが、その本質は同じと考えられております。

1.オロチョン族

 オロチョン族(Orochon,Oroqin)はアルタイ諸語のツングース系の言葉を話す民族(ツングース系民族)で、主に北東アジアの興安嶺山脈周辺で中国領内の内モンゴル自治区、その近隣のロシア領内に居住します。人口は約7千人ほどで、もともとは狩猟をしながら移動していましたが、現在は定住化が進んでいます。古くからシャーマニズムを信仰しています。

オロチョン族のシャーマン

2.ネイティブ・アメリカン

 ネイティブ・アメリカン(インディアン)の宗教的指導者は、英語では一般に「メディスンマン」と呼ばれており、人類学上はシャーマンの一種に分類されます。また北西海岸部には、女性シャーマンの習俗が多く見られ、深い森を幾日もさまようことで啓示を得るとされます。

ネイティブアメリカン写真

3.マヤ文明

 古代からマヤ文明にもシャーマニズムがあり、ここでは医者あるいは祈祷師としての存在だったようです。紀元1524年、ユカタン半島のラマナイ遺跡がスペインにより征服されたのを最後に文明は滅びましたが、今なおマヤ族は残っておりシャーマンの儀式は行われているとのことです(下図)。

マヤ族のシャーマンの儀式

4.南米アマゾン先住民族

 古来、南米のアマゾン西部の先住民族にはシャーマニズムがあり、アヤワスカ(Ayahuasca、Ayawaska、下図)という、当地に自生するキントラノオ科のつる植物バニステリオプシス・カーピをシャーマンの儀式に用いていたとされています。シャーマンはアヤワスカの幻覚効果を通じて、はるか彼方の惑星を見たり、遠方に住む親戚の健康状態を知ったり、紛失した物の在処や、配偶者の浮気相手、患者を病気にした呪術師の身元をつきとめたりするとされます。

アヤワスカ写真

5.アフリカの狩猟民族

 アフリカの大地を少人数の部族で移動する狩猟民族、サン(ブッシュマン)は部族の半数の男性がシャーマンであるとされ、恍惚の踊りにより治癒の力を得るとされます。男たちが焚き火を囲んで座る女たちの周りを一晩中踊り続け、男たちは一人一人、恍惚状態に入って行き、神霊のエネルギーがお腹のなかで高まり、地下を通って天界に赴くとされる「脱魂型」のようです。

ブッシュマン 写真

6.朝鮮の巫俗(フゾク)

 朝鮮半島においてシャーマニズムは土着の信仰として古代から現代に至るまで続いています。巫堂(ムーダン)というシャーマンがクッという神を憑依させお告げを受ける祭儀を行います。戦後、古い迷信として衰退しましたが、近年の国家主義的価値観とも連動し、巫俗こそが朝鮮固有の宗教であるという思想が生まれ、今なお、表舞台にしばしば取り上げられることとなっております。

韓国の巫俗

7.日本古来の巫女(ふじょ)から現代まで

 古来、「巫女(ふじょ)」と呼ばれる職能者が政治や軍事などの諸領域で活躍したことはよく知られています。「三国志」魏書東夷伝、いわゆる「魏志倭人伝」に記述された邪馬台国女王の卑弥呼が用いたという「鬼道」もシャーマニズムと言われています。また、神代巻のアマテラス、崇神紀のヤマトトトヒモモソヒメ、仲哀紀の神功皇后などもシャーマンの例として挙げられます。

卑弥呼の画像

 現代でも、アイヌの「トゥスクル」、下北半島の恐山におけるイタコ、沖縄県周辺のユタやノロなど、各地域にシャーマンに当てはまる事例があります。

イタコ写真

 小口 偉一 氏は、日本の宗教信仰の基底にシャーニズム的傾向があり、新宗教の集団の形成や基盤も同様であるとしました。新宗教の教祖らの中には召命型シャーマンの系統に属すると思われるような人がいます。


◇ 結語

 現代のチャネリングの前身と言って良いか?、「シャーマニズム」について、その定義、交信の形態と分類、世界各地の例をご紹介しました。不勉強な部分はあろうかと思いますが、現代のコマーシャリズムや、ともするとお金を得るための活動の匂いがするチャネリングに比べて、古代からの「シャーマニズム」には真に神の声を聞くためのスピリチュアルな目的意識があり、民族や信仰を考えるうえでの立派な学問であると考えられました。


http://ja.wikipedia.org/wiki/シャーマニズム

霊能者のお姉さまとの出会い

 とある居酒屋、「霊能者のお姉さま」にお会いする機会に恵まれました。「霊能者」の定義は、「霊的存在や霊的世界と接触・交流する能力(霊能力)を持つとされる人物のこと」とされますので、「超自然的存在(霊的存在)と人間とを直接に媒介することが可能な人物」と定義される「霊媒(師)」よりも広義の能力の持ち主であり、お会いした人物は「霊能者」とした方が適切かと思われました。なかなか、何から聞いたら良いのか解らず、とりあえず瞑想のお話を伺いました。

居酒屋霊湖


◇ 浄化いただいたアズライト

 そのうちこの場でもご紹介しようと思っていましたが、とあるところでアズライトに巡り会い、ちょっと値が張るものでしたが購入して、以来、ヘミシンクのお供に利用しておりました。さすがはエドガー・ケーシー氏に「20世紀の人類にはまだ早いが21世紀にはこの石の力が必要だ」として紹介された神秘の石だけあって、ヘミシンクでの瞑想の完成度が上がってきて嬉しく思っておりました。ところが、このひと月ばかりパワーが薄れているように思えて来て、体調の変化とか、マンネリズムかと思っておりました。
 霊能者のお姉さまにお見せしたところ、一目見て「力が弱ってますよ!」とご指摘を受け、特にクリスタル(水晶)を手に取って見られて、「この水晶はもう役目を終わりましたよ」とのこと、、、。「浄化は無理ですから土に返してあげなさい」とのご指示をいただきました。さらにお姉さまは、私が持参した上述のアズライトとタイガーズアイのブレスレットと、スギライトの原石を自分の手のひらに乗せ、私の手を上から被せて呪文を唱えました。暖かい霊気(?)を感じた後に、「はい!、これで浄化されたわ!」と言って手を開いたところ、心なしかアズライトもスギライトもその紫色が輝きを増しておりました。

浄化されたストーンず
霊能者のお姉さまに浄化いただいたストーン

 たいへん、感謝感激しましたが、「そういう石や音に頼ってはいけません」とも言われました。誰にでもある能力なのだから、ちょっとした気付きで目が開けるもの、だそうです。


◇ 学童期より自覚しており一時期は失われた能力

 パワー・ストーンに続いて、何を聞こうかと思いましたが、とりあえずいつからその能力に気付きましたか?、と尋ねたところ、小学校の頃に近所のご老人なりの亡くなるのが事前に解ったのでそれを予知していて、「そういう事を言うものではありません」と、しばしば両親から注意されたそうです。どういう訳か、近所のご老人の顔が目に浮かんで来て、その人物がもうすぐ死ぬと解ったそうでした。その後、青春期から結婚、出産くらいまでは、一時的にそうした能力を忘れたのか?、失われたのか?、全く使わない時代があったとのことです。

 どのような能力なのか?、全てを聞く事はできませんでしたが、先日は月の裏側に行って来たそうで、また自分も他人も前世を見る事ができるとのことでした。また取材を重ねてご報告する機会があれば幸いです。


http://ja.wikipedia.org/wiki/霊能者
http://ja.wikipedia.org/wiki/霊媒

目を開けたまま息を引き取るということ

 以前、突然の心停止を来す一連の疾患で起こる現象であるアダムス・ストーク症候群の患者の経験をお話しました。最近になって、題名を「臨死体験/死後の世界;アダムス・ストーク症候群では起こらない?」(昨年8月14日)と変え、カテゴリーも「スピリチュアル」の範疇に変更しましたが、同記事で紹介したような致死的不整脈で命を落とされる患者は私にとっては極めて稀です。消化器外科医ですので癌の末期となり看取るケースがほとんどです。
 これまでの25年間、多い時には月に3-5件、無い時は数ヶ月も機会がないこともあり、正確な数は知りませんが、年間20件なら計500件ほど、患者を看取って参りました。多くの患者は、血圧低下、代謝性アシドーシス(血液が酸性になる)、腎不全や循環不全を伴う多臓器不全から、昏睡状態での死でありましたが、これまでの3例ほど目を開けたまま息を引きとった患者がおりました。たいへん印象的であったのでご紹介いたします。時期や地域については言及いたしません。


◇ 娘の後ろ姿を目で追った30代胃癌女性

 30代中盤の女性、離婚して母子家庭とのこと。食欲不振、嘔吐で来院し、胃カメラを行ったところ、胃の出口が閉塞を来した進行胃癌でした。腹部CTでは、腹腔動脈を巻き込んで腫大したリンパ節が、胃腫瘍と、背側では膵、後腹膜と一塊となっており、しかも大量の腹水貯留が認められました。即座に切除不能と判断しましたが、食事摂取が可能となるように、胃と腸をつなぐバイパス術を行いました。術後経過は良好で、4病日には流動食を開始し、10日目で全粥となりました。
 化学療法を提案しましたが、まずは娘と2人暮らしの自宅に帰りたいとの希望があり、退院となりましたものの、10日ほどで再入院、腹水貯留が増加しており、疼痛を伴っておりました。補液と利尿剤の増量、緩和治療を開始して、小康を得ましたが、確実に全身状態は弱っていきました。
 再入院から10日ほどしたある日曜日のお昼、10代の1人娘が来ていて、「冷たいお茶が飲みたい」、母の言葉に、自動販売機へと娘は部屋を出ました。その直後に心電図モニターがフラットとなり、回診後、たまたま、まだ病棟に残っていた私は個室のドアを開けました。娘が出て行った後をしっかりと開いた目で追いながら患者は息を引き取りました。


◇ 孫の顔を凝視しながら逝ったご老人

 珍しい十二指腸癌で手術して5年目を迎えた80代女性が末期癌状態で入院して来ました。過去のカルテを閲覧すると癌細胞が腹膜に播種した状態(原発の腸管内に留まらず拡がった状態)でしたから、5年も生存したのは幸運と言える患者でした。ずいぶんと気丈な方で、遠くからたくさんの親戚が見舞いに来て、病室はいつもにぎやかでしたが、1人だけ気になる孫がいて、まだ来れないでいると言っていました。
 そろそろ今日、明日か?、と言う状況が続いたある夜中、その、気になる孫が到着しました。20代の青年だったと思いますが、患者であるご老人は、多数のご家族に囲まれて、そのお孫さんの首に両手をかけて、じっと彼の顔を凝視していました。わずかに震える面持ちで目をカッと開いて孫の顔を観るご老人には、あの世までけっして忘れないと言う強い意志が感じられました。やがて、孫を捉える腕が力なく落ちて、息を引き取ってまらも両目は開眼したままでありました。


◇ 妻の心に「ありがとう」と唱えた男性

 60代後半の男性、スキルスと呼ばれる進行胃癌で胃全摘術後、抗癌剤を受けましたが、約1年で腹膜再発、腹水貯留が著明で、いよいよ終末期を迎えました。背中に広くTATTOOがあって、「先生〜!、ぜんぜん良くならねえよ!」とべらんめい調の言葉、ずいぶんと苦労されたのではないか?、気が強そうな顔付きの奥さんが印象的でした。
 もうそろそろかな?、と思っていたある休日の朝、病室を訪れて「どう?」って声をかけると、仰向けで腕組みした彼はこくっと頷きました。安定しているようだったのでそのまま部屋を後にしました。奥さんが椅子に座っていました。
 その約10分後、ナースコールが鳴って、駆けつけると奥さんが号泣していて、患者はご臨終でありました。「どうしたの?」と問うと、奥さんは泣きながら説明しました。奥さんはいつも通りの雑談をしていたのですが、ふと感じるものがあって、椅子に座って患者と目を合わせたそうです。全く無言であった患者が、突然、ポロっと涙を流して、その時、奥さんの心の中に「ありがとう」との言葉が飛び込んで来て、見つめ合ったまま、患者は呼吸が止まったと、、、。もちろん、私が駆けつけた時も目は開いたままでした。


◇ 事故、外傷とは異なる死線期

 目を見開いたままで死に至るのは、映画やテレビドラマなどで、事故、外傷による即死の際によく見られます。交通事故で頭部を強打した場合や、鉄砲に打たれて即死状態、首を絞められての窒息死などで、目を見開いた、本当にそういう死に方をするのかどうか?、あまり現実には見たことがないので解りません。しかし、直前まで循環動態が安定した健康体で、不測の事態から死線期に及び、目を閉じる間もなく死に至ったことは想像できます。
 病死、とりわけ癌死における死線期は、全身状態が不安定で、多くは意識消失が起こるほどに血圧が低下しています。そんな状況でも目を開けたままでその時を迎える患者は、事故、外傷と異なる死線期であり、それは、ずっと予見していた己の死が今、この時、訪れると意識した状態であります。死への意識から、最後まで現世の何か大切なものを見つめて、それが血圧の低下とともに薄れて行く、そして死出の旅立ち、そんな瞬間なのだろうと思います。

立山連峰001

立山連峰002

立山連峰003


◇ 臨死体験/死後の世界との関わり

 臨死体験において、病室のベッドで仰向けの自分の姿を見た経験などが話されております。死後の精神世界があるとの考え方から、死線期において早くも体から離れた意識が己の姿を見ているとの発想であります。私が経験した症例は、全身状態が極めて不良な、末期癌の状態でありながら、死線期においても己の肉体に留まり、現実の映像を見つめ続けた患者たちでありました。
 死後の世界があるのかどうか、本当のところは解りませんが、こうした経験から言えるのは、人の死には様々な形態があるように考える次第です。


 患者さま達には、貴重な経験をご教示いただいた感謝の気持ちとともに、ご冥福を今なおお祈りしております。

科学?/非科学? 心臓移植で記憶や人格も移植?

 先日、自殺者からの心臓を移植された男性が、人格が変わったうえに自殺した、と言う話を聞きました。私の専門は心臓ではなく肝臓移植でありますが、「移植臓器に心が宿る」と言う話はチラッと聞いたことがある程度でありました。久しぶりに「科学?/非科学?」のシリーズで、スピリチャル関連記事として、「心臓移植で記憶や人格も移植?」を取り上げてみます。まずは、冒頭に申し上げた自殺者からの心臓を移植された男性の話から紹介いたします。


◇ 自殺者からの心臓を移植された男性の話

 2008年4月1日、ジョージア州在住の69歳男性、ソニー・グラハム氏と言う人物が自殺しました。彼は1995年、心臓移植を受けており、その心臓を提供したドナーも、同様に頭部を銃で撃って自殺したテリー・コトルという33歳の男性のものでありました。
 心臓の提供を受けたソニー・グラハム氏は移植手術後、心臓提供者の家族に感謝の手紙を書き、それが縁で故テリー・コトル氏の妻シェリルと出会いました。20歳以上も歳が離れた2人ですが、お互いになぜか心が引かれて恋に落ちました。グラハム氏は彼女との出会いを「ずっと昔から彼女を知っている様に感じた。とにかく彼女から目を離すことが出来なかった」と語っています。
 彼らは結婚して、6人の子供と6人の孫を得て幸せに暮らしていましたが、シェリルは不思議なことに気付いていたとされます。それは、再婚した夫、グラハム氏はウインナー・サンドでビールをよく飲んでおり、これは自殺した前夫である故テリー・コトル氏の大好物でありましたが、実は、グラハム氏は、結婚前には特に好きな食べ物ではなかったとのことでした。
 手術から12年後、グラハム氏は銃で自身の喉を撃ち、自宅の倉庫で自殺しました。シェリルや友人らによると、グラハム氏には特に自殺する動機はなく、アメリカのマスコミにより、移植された心臓の記憶が自殺の原因ではないかと騒がれたのでありました。

 臓器移植術を受けた患者の性格や趣向が変化するケースは米国において多数報告されていて、それが臓器提供者に一致するものもあり、多くは心臓移植後とのことです。いくつか調べてみましたので供覧いたします。


◇「記憶する心臓 ある心臓移植患者の手記」

 バレーダンサーのクレア・シルヴィアは、1988年に心肺同時移植術を受けましたが、その直後から心身の不可解な変化を体験し、“A Change of Heart”「記憶する心臓 ある心臓移植患者の手記」(邦題)と言う本を執筆しています。

記憶する心臓の本01

 移植後の彼女は、それまでに感じたことのない食の嗜好、ビールとグリーンペッパー、そしてチキンナゲットに対して、彼女いわく「理解し難い」食欲を示したと言います。彼女はバレーダンサーという職業柄、手術前まではそうした食べ物を軽蔑さえしていたそうであります。それ以外にも大嫌いだったピーマンが好きになりました。性格は男性的になり、まるでフットボールの選手のように男っぽく肩で風を切るように歩き、同性愛の傾向は全くなかったのに、ブロンドのオランダ人女性をナンパしたこともあったそうです。
 ある夜、シルヴィアは夢の中で心臓を提供した男性と出会い、その男性がティムという名前であることを知ります。ドナーが誰であるかは秘密とされており、医師も看護婦も一度もドナーの名前を発していないのに、ドナーの名前が知ることとなりました。その後、故ティム氏の家族と会ったシルヴィアは、故ティム氏の好物がビールとピーマンとチキンナゲットだったこと、自分の人格の変化も故ティム氏のものであることを知りました。


◇ 同じく趣味嗜好が変化した28歳女性

 「サッカー、バスケットボールが大好きなんです。声をかけられたら、いつだって参加してますね。それにメキシコ料理も今では私の大のお気に入りなんです」、そう語るのは28歳女性、ハイメ・シャーマンであります。以前の彼女は、運動することを嫌い、またメキシコ料理は何よりも苦手で、彼女の好みはもっぱらイタリア料理、特にパスタが大好きだったそうです。しかし3年前、心臓移植の手術を受けて以来、彼女の趣味嗜好は一変しました。
 ある日、彼女は心臓のドナー(提供者)の家族に会うことができました。その時、初めてシャーマンの顔を見たドナーの家族は余りの驚きにただじっと彼女の顔を見つめました。ドナーである息子にシャーマンはそっくりであったとのことでした。彼女、シャーマンに心臓を提供したのはスコット・フィリップスという名の青年でした。スコットは大の運動好きでカンザス大学時代はいくつものスポーツチームを掛け持ちしていた程だったと言います。しかし29歳のある日、スコットは町のバーで起きたケンカに巻き込まれ、頭を打って死亡、そしてその心臓はシャーマンへと受け継がれたのであります。シャーマンの趣味嗜好の変化、運動嫌いから運動好きへ、あるいはイタリア料理からメキシコ料理へ、これらはいずれも心臓移植の直後であります。言うまでもなくこの趣味嗜好はドナーとなった青年のものでありました。
 シャーマンはごく最近、夢の中でスコットに会ったと言います。「彼に会ってお礼を言いました。そしたら彼が言うんです。『君のために力になれて、僕も本当にうれしいよ』と。彼の存在をとても身近に感じました。彼は素敵な人だった、私には解ります」。そして自らの心身に起こったこの不思議な変化「ドナーから受領者への特性の転移」を、彼女は自然のこととして受け入れたと言います。


◇ 記憶転移が殺人事件解決に!

 ある医学誌に掲載された8歳、少女の場合は心臓移植による「記憶転移」を思わせるケースであります。彼女は幼くして命を落とした10歳の少年からその心臓を提供されましたが、移植後まもなくより、不気味な悪夢を見るようになりました。彼女の夢の中には見知らぬ男性の顔がはっきりと現れ、夜中に悲鳴を上げることもしばしばでした。彼女は夢に出て来る男性の似顔絵を書き、その絵が決め手となって、恐るべきことが明らかになりました。彼女が心臓を譲り受けた少年は、殺人事件の犠牲者でありました。彼女が話した特徴をもとに容疑者は逮捕され、彼女が提供した証拠が決め手となって、その男の犯行だと断定されました。犯行時刻、凶器、場所、犯人の着ていた衣服、被害者が殺されるときに言ったことなど、少女の証言はすべて正確だったとのことです。


◇ 医療サイドにおける賛否両論

 さて、上でご紹介したような、心臓移植によってドナーの人格や記憶が受け継がれたケースは米国だけで70件以上も報告されているそうです。ネットで検索すると、日本語になっているものも多数見られます。いずれも、人間が死んだ後も、肉体にはその人のエネルギーが残り、それが臓器と一緒に移植されると、臓器提供者の想念、記憶、嗜好、行動パターンが移植される可能性を示唆するものであります。
 これに対して、私も含め(?)、多くの移植医は否定的な立場を取りながらも、ある種の「可能性」に触れる意見であります。いくつか医療サイドの見解をご紹介します。

1.健康を獲得する前後の変化との考え方

 「これは非常に難しい問題ですが、私自身、臓器を通じて記憶転移が行われている可能性を完全に否定することは出来ません」、アリゾナ州立大学医学部心胸科チーフのジャック・G・コープランド博士はそう語っています。氏は上述の28歳女性、シャーマンを含め、過去25年間で700件以上の心臓移植手術を行っているベテランであります。
 コープランド博士はこれらの現象はあたかも「医学的なジョーク」のようであるとしながらも、確かに無視できない現象であることを認めています。「いかなる臓器移植であろうと、移植される際にはその臓器に含まれるDNAが同時に移植されることになります。その中には移植される臓器だけに関連したわけではない、別の部位、例えば脳に関連する遺伝子も含まれているわけです。こうしたことが引き金となって、心身の変化が訪れることは、可能性として完全に否定することはできません」と、、、。
 しかし、同時に、コープランド博士は、こうした心臓移植の場合、いずれにしても受領者には大きな心身の変化が訪れることを指摘しています。「心臓移植を受けた人々はそれまでの心臓病患者という立場から、ある日突然健常者になるわけです。これまでに見てきた心臓受領者には様々な変化があることを、我々は実際に確認しています。それは例えば移植を機にアスリートになったり、離婚したり、あるいは結婚したり、子供を産んだり、というような変化です。こうした人々は新たに得た健全な身体で、人生を再びフルに楽しもうとする傾向は確かにあります。従って、これらの現象が単にそうした一般的な移植後の変化なのか、あるいは実際にそうした現象が存在するのか、我々にも分からない、としか今は言えません」。

2.周術期の情報入手や薬理作用の可能性

 ある科学者は、「病院内の噂話」にその理由があると推測しています。麻酔をかけられて移植を待つ患者が、医師らが口にするドナーについての情報を不意に耳にするというものであります。確かに、移植臓器の質的善し悪しは手術の成否に関わるため、移植術中にドナーについての情報は伝達されます。しかし、ドナーの人格や趣味、趣向までは話題にはなりません。
 また、ある科学者は、例えばステロイドのような抗拒絶剤を受領者が用いることが原因であるとし、あるいは麻酔そのものの副作用であると推測し、あるいはただ単なる偶然であると推測する者もいます。
 スタンフォード大学にて心臓移植を専門とする心臓病学者ジョン・シュロエダー博士はこうした現象について次のように語っています。「移植後の免疫抑制剤、そして移植前の精神的プレッシャーの重圧からなるコンビネーションは、確かに患者心身にとって非常に大きな脅威となりえます。いつもよりも感情的になりますし、例えば非常に涙もろくなります。あるいは何かの声を聞く人さえいます。従って、私自身は実際にはそうしたドナーの特性や人格が受領者の中に現れるということはまずあり得ないと思っています」と、、、。

3.細胞記憶理論/組織的記憶理論

 現在、最も物議をかもしているのに「細胞記憶理論」、「組織的記憶理論」があります。これらは即ち、細胞や原子、さらには分子それ自体が生体の記憶やエネルギーを保持し、この場合においては心臓移植によってその情報が臓器と共にドナーから受領者に転移するというものであります。これらの理論を唱えるアリゾナ大学ヒューマン・エネルギー研究所長の心理学者ゲイリー・シュワルツ博士は、かつて心臓移植を受け、移植後に不可解な変化を体験した10人の患者を調査しています。その中には例えば、女性から心臓の提供を受け、移植後に突然ピンク色が好きになり、香水に興味を抱いた男性患者などがいたとされます。「これらの患者に起こった変化は、単に人格的なものだけではありません。非常に特定的な人格変化が起こっています。薬物投与や、精神的ストレス、単なる偶然によって、そうしたドナーの人格にマッチした特定的な変化が受領者に及ぶことは考えられません」。この博士の主張を裏付けるように、確かにこれらの変化を体験した受領者全員が、移植前後、ドナーについて何ら情報は得ていなかったとされます。


◇ スピリチュアルな見解

 ここでは、伊勢ー白山 道 氏のブログに「霊体の磁気の蓄積」および「憑依」の可能性を述べた文章がありましたので供覧いたします。

 *****

(心臓移植で記憶や人格も移植された記事に触れ、、、)

 この話に脚色がされたとしても、霊的には有り得る話だと感じます。学者は、臓器に記憶は無いと言いますが、臓器には故人の霊体の磁気が蓄積(帯電)しています。この霊体磁気は、臓器だけの磁気では無く、霊体の全体の情報を保有しています。霊的磁気は、DVDのように「リピート再生」をするものなのです。霊体磁気が再生されれば、肉体は無意識下で必ず影響を受けます。そして現実的な行動に表れます。

 もう1つは、憑依(ひょうい)の視点です。提供を受けた臓器が、故人の霊の「ヨリシロ」と成るのです。故人が成仏をせずに未練を残している場合、この世に残って自分の思いを実行しようとします。この時に、自分の臓器を持つ人物がいれば、その人に憑依をするのは容易だと感じます。むしろ、憑依の意志が故人に無くても、自分の臓器を持つ人の所に磁石のように引き寄せられると思います。
 日本仏教では、戒名(かいみょう)を付けるのは、名前さえも捨てさせて現実界を忘れさせるためです。私が故人の写真の常設を反対するのは、故人のためなのです。あの世に行こうとしても、自分が元気な時の姿を見ますと、辛く感じる心境の故人もいるからです。この世に残りたく成るのです。しかし、臓器が残存しますと、磁気の観点から強制的に残ることに成りやすいのです。
 過去に何度も臓器移植の是非を読者から聞かれました。その時の返答の神示は、「提供を受けた人が存命する間は、故人は成仏できずに待機する状態に成りやすい」、というものでした。そしてこれは、故人には悪いことでも無く、成仏が遅れるだけであるとのことでした。もちろん、生きている時の故人の心境により、臓器提供をした影響を受けずに、昇華に進む魂もおられます。

 (中 略)

 この世の先行きは白紙です。だからこそ、自分がアノ世で予定して来た人生をまっとうするためにも、日々のヨリシロによる先祖供養が大切なのです。上記の土地でも、ヨリシロ(霊位の有る短冊や位牌)による先祖供養がされていれば、ヨリシロが身代わりとなり、先祖霊が精霊・エンジェル(国の霊域の影響で呼称は変わります)として働き、憑依から逃れられます。人生が変わっているのです。自分の夢を実現させるためにも、毎日のヨリシロによる先祖供養は大切です。

 生かして頂いて ありがとう御座位ます。

 *****



◇ 自殺者の心臓の持つ意味

 心臓移植によってドナーの記憶や人格が受け継がれる可能性は、まだまだ議論の余地がある、そうした現象は否定できないのが現状かと思われますが、その中にあって、冒頭でご紹介した、臓器提供を受けた患者がドナーと同じ道を歩んで自殺にまで及ぶケースは極めて稀であると言えます。

 ドナーと同じ自殺にまで及ぶのは極めて稀

 本件の場合は、性格や趣向のみならず、「自殺」と言う形でドナーの最期を繰り返してしまいました。これについて、あるオカルトの関係者は、「自殺者はこの世に思いを残したまま亡くなられる方が多く、その思いが残された肉体の一部(移植臓器)に残るのではないか? 生きている間に自分で選択した事だけども肉体を失ってから、後悔しきれない程に後悔するため、魂が成仏するのに時間がかかるか、成仏しない場合もある様に、その後悔の思いが残った肉体に残されたため」と指摘しています。
 「自殺者」の臓器に思いが残った、あるいはもっと踏み込んで言うならば、「魂が憑依した」ことについてはこのお話で十分に説明がつくように思います。


◇ なぜ心臓移植だけに記憶や人格が転移する?

 臓器移植後の記憶や人格の転移は、実はほとんどが心臓移植後であります。臓器移植には、心臓以外に、骨髄、角膜(目)、腎臓、肝臓、肺、膵臓、小腸などがあり、多臓器同時移植も行われております。心臓以外の臓器における現象もごく僅かに報告があるようですが、ほとんどが心臓移植後であります。心臓以外の臓器では起こらない現象と言っても過言ではありません。このことは、上記、「◇ 医療サイドにおける賛否両論」の項目における「1.健康を獲得する前後の変化との考え方」や「2.周術期の情報入手や薬理作用の可能性」を否定するものであります。なぜなら、心臓以外の臓器でも移植によって健康を獲得するわけですし、免疫抑制剤などの薬剤は同じように投与されるわけです。
 同じく、「3.細胞記憶理論/組織的記憶理論」についても、確かにすべての細胞にはDNAが存在することから考えられなくはないが、なぜ他の臓器移植では起きずに心臓移植だけに起きるのかが説明できません。

 心臓移植だけに生ずる現象であることが多くの医学的説明を否定

 現代の医学において、心や意識、記憶、人格は脳の活動である、とされていることは言うまでもありません。心臓は腸管(平滑筋)と異なり、骨格筋と同じ横紋筋でできている、脳や肝臓に比較すると極めて単純なポンプの働きをする臓器だと考えられております。その心臓に「心や意識、記憶、人格」が蓄積されているとは考えづらいところです。
 しかし、非科学的な考え方に立脚したとき、「魂」(あるいは「霊体」?)と言う、「心や意識、記憶、人格」とは異なる霊的な存在はあるかも知れません(心、意識はこれに含まれるかも知れませんが)。そしてそれが、何処に存在するのか?、心臓に存在すると言う考え方はあるかも知れません。

 「魂(霊体、心、意識?)」は心臓に存在?

 例えば、従来通り、脳だけに魂(あるいは心や意識、記憶、人格)があると仮定します。すると心臓移植の場合は、脳にあるレシピエントの意識が、心臓のドナーの記憶を読み取っていることになります。心臓のDNAの記憶を脳が読み取ったとして、そのDNAはなぜ心臓だけに特異的にあって、他の臓器に無いのか?、また殺人のような瞬時の出来事を心臓のDNAに記憶させることが可能なのだろうか?、ちょっと説明が難しいように思います。
 心臓に魂(あるいは心や意識、記憶、人格)があるとすると、全ての説明がつくわけではありませんが、心臓以外の臓器移植では起こらない現象であることは理解できます。脳の記憶とは異なるところで、魂に記録された記憶や、魂から派生する人格が心臓とともに移植されるのも頷けるところであります。

 いささかスピリチュアルに過ぎる話でありますが、スピリチュアルついでに申しますと、先日来、(またも)お目を煩わせたチャネリングの例としてホワイト・イーグルをご紹介しましたが、その中に「魂が心臓にある」と言う思想がありました。以下、本文より抜粋して供覧いたします。

 *****

ホワイトイーグル霊示

ホワイト・イーグルの霊示

「霊性進化の道」

グレース・クック
桑原 啓善 訳

第七章 心臓にある心・再生の記憶

 通常、人は頭でものを考える。いまも脳で貴方は本を読むように吾々の言葉を受け取っている。たから、人は信頼できる真理の判断は知性でするものだと、間違った考えをもちがちだ。実際に脳は、人間の霊的成長の上で、大事な役割をうけもっている。しかしながら、心が心臓にあることを忘れてはいけない。心臓というものは、今日の医学ではなお分からない、多くの秘密をもった驚くべき器官なのである。心臓にはエーテル心臓がある、これは身体の成長、生と死に重大なかかわりをもっている。また心臓には霊的心臓がある、これを吾々は心臓チャクラ、心臓中枢と呼んでいる。これこそ神霊の光、宝石である。

 (中 略)

 人間ひとりひとりは、それじしん、一個の宇宙である。その宇宙の中心すなわち太陽とは、心臓である。脳ではない。太陽系の中心が太陽であるように、貴方の宇宙の中心は貴方の心臓なのである。太陽の中の霊に当るものがキリスト神光である。キリスト神光が心臓で目覚める時、心は生き生きと活動を始める。太陽が天体全体を統御しているように、キリスト神光は太陽と心臓を統御しており、各人の運命を、全人類の運命を支配している。

 *****


 魂(あるいは心や意識、記憶、人格)が心臓にあるとの考え方に、科学的な検証はかなり未来のこととなろうかと存じます。ただ、人間には霊的な要素はあり、肉体が滅んだ後の存在や、ある種の状態における体外に離脱するものがある考え方はあります。そうした「魂(=霊体?)」の局在が必ずしも脳である必要はありません。もしかしたら、脳死ドナーからの臓器移植のような、特殊な環境において、心臓とともに転移するものなのかも知れません。


http://news4.seesaa.net/article/92816391.html
http://x51.org/x/05/03/0202.php
http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/48d1b2bcd0abc5ac49bc117cc2f0c0b4

チャクラ chakra、ヘミシンクにもパワーストーンにも応用されるその概念

 スピリチュアルの勉強をしていると、時々、全く分野、空間、歴史の異なる文化において、共通する概念に出会うことがあります。以前、少し触れた輪廻の考え方(インド)とホ・オポノポノ(ハワイ)はそうでした。「チャクラ chakra」という考え方もその一つです。本来はインドのヒンドゥー教、神秘的身体論における、ある種の中枢、エネルギー論としての概念であり、気功や瞑想の要素としてなら理解できますが、本ブログを始めたきっかけであるヘミシンクでも肯定されていますし、先日、ご紹介したパワーストーンの話でもそこかしこに見かけます。ヘミシンクは前世紀における米国のモンロー研究所で始まった学問ですし、パワーストーンは古来からの世界中の様々な民族に起源があります。アーリア人の移動に伴いインドの学問が世界に伝搬したのか?、近年になって、都合の良い考え方として融合したものなのか?、その仕組みは存じ上げませんが、スピリチュアルを勉強するにあたり避けては通れないものとして、この「チャクラ chakra」をまとめてみました。

チャクラ00


◇ チャクラ(chakra)とは?

 チャクラは、サンスクリット語で「車輪、円」を意味し、インド起源の神秘的身体論における、物質的な身体と非物質的な身体に共通する複数の中枢とされます。ヒンドゥー教のヨーガにおいて、人体の頭部、胸部、腹部で、輪または回転する車輪のように光って感じられる6〜7箇所(一般的には7箇所)の部位をさします。各チャクラについて、ヒンドゥー教の教えに基づくものと、現代のスピリチュアルの概念に基づくものと併せてご説明いたします。


◇ #1 ムーラダーラ/ルート チャクラ

01チャクラ

 第1のチャクラは、ムーラーダーラ チャクラと呼ばれ、脊柱の基底にあたる会陰(肛門と性器の間)にあります。「ムーラ・アーダーラ」とは「根を支えるもの」を意味します。ヒンドゥー・ヨーガの伝統的なチャクラの図では、赤の四花弁をもち、地の元素を表象する黄色い四角形とヨーニ(女性器)を象徴する逆三角形が描かれており、三角形の中には蛇の姿をした女神クンダリニーが眠っているとされます。

【第1チャクラのテーマ】
 ・物質、地と繋がる
 ・基本的生命のエネルギー
 ・個に宿る生のエネルギーを現実的に体験
 ・行動力、サバイバル力、現実感覚


 スピリチュアル的には一般にルート チャクラと呼ばれ、物質世界との繋がり、地に足をつけて生きるための地球のエネルギーがあります。このエネルギーは、上へ上へと上昇し流れ、第2、第3、、、と各チャクラのエネルギーと繋がり、 肉体を通して個人が生きる上で大きな活力となります。それは、人間の自我が芽生えるよりもっと前に生物としての生命のエネルギー、あるいは食事や睡眠など基本的な欲求でもあります。

 機能としては、生命力の基本、生きるための力強い意志、活力、物質つまり大地と大地から与えられるもの全てに関係します。生存、肉体的欲求、物理的エネルギーの量、生きる意志、身体の位置感覚、運動感覚、触覚に関連しています。

 第1チャクラに障害があると、 何事に対してもやる気がなかったり、ふわふわとしていて現実感がなかったりします。また、何をして良いかわからず動けないていたり、 理想ややりたいことがあっても考えてばかりいてなかなか行動できず、 さまざまなことが実現されずに時ばかりが過ぎ去ってしまうかも知れません。だから「私」を生きることに対して、このチャクラのエネルギーは目覚めのエネルギーとも言えます。第1チャクラが十分に機能すると、 自分の中の自然なエネルギーとともに自然と体が動くようになります。


◇ #2 スワーディシュターナ/セイクラル チャクラ

02チャクラ

 サンスクリット語ではスワーディシュターナ チャクラ、現代、一般的にはセイクラル チャクラと呼ばれ、丹田、お臍の数cm下、陰部にあります。「スヴァ・アディシュターナ」は「自らの住処」を意味し、朱の六花弁を有し、水の元素のシンボルである三日月が描かれています。

【第2チャクラのテーマ】
 ・根源と繋がっているという深い信頼感
 ・存在そのものとしての深い安心感
 ・豊かさ、創造性、充足感
 ・セクシュアリティの開花


 第1チャクラで物質世界と繋がり地に足をつけた後、スピリットは自分という存在に気づいてゆきます。第2チャクラは、自分の存在に気づき、存在として他人との関わりを感じてゆくエネルギーです。また、自分という存在を認識し、深く自分と繋がることで自分らしい創造性と出会い、その喜びを感じてゆくチャクラでもあります。自分という存在に関わる他の存在に気付き、認める体験をし、人との繋がり、信頼関係、そして愛と性を学んでいく基盤となります。
 このチャクラの作用により、異性と触れあうことに幸せを感じ、お互いを慈しみ合う性の喜びを感じることができます。それにより、男性は男性らしさ、女性は女性らしさを洗練され、 男性であること、女性であることをより開花させて人生の喜びを深めてくれます。

 機能としては、人間が持っている異性への愛の質を司り、物理的、精神的、霊的快感を与えたり受け取ったりします。性的肉体的快感を与えたり、受けたりするのを促進し、性交を楽しみ、オルガスムを感じます(完全なオルガスムではすべてのチャクラが開きます)。

 このチャクラの障害では、性的な力や潜在力はすべて弱まり、淡白となり、性衝動を持たず、セックスを避け、その重要性と快感を放棄するようになり、結局はその領域で栄養不良になります。オルガスムは肉体を生命エネルギーに浸すので、肉体はこの方法からは活力を得られず、他との親交や肉体的接触による心理的エネルギーを受け取れなくなります。


◇ #3 マニプーラ/ソーラープレクサス チャクラ

03チャクラ

 第3のチャクラはマニプーラ/ソーラープレクサス チャクラと呼ばれ、腹部の臍のあたりにあります。サンスクリット語の「マニプーラ」とは「宝珠の都市」という意味で、青い10葉の花弁をもち、火の元素を表す赤い三角形があるとされます。

【第3チャクラのテーマ】
 ・自分らしさ
 ・好奇心
 ・個性を楽しむ喜び

  
 生きる力に目覚め、自分という存在を認識した後、自分らしさを楽しみはじめます。第3チャクラは、好奇心と共に自分らしい個性を花開き、楽しむエネルギーです。自我が芽生えてくると、わたしたちは好奇心とともに周りにあるさまざまなものに触れるようになります。「自分なりの触れあい方」、「自分なりの見方、聞き方、感じ方」、「自分なりの受け取り方」が芽生えてきます。これが、「楽しい」、「興味」、「好き」、「夢中」に繋がり、自分の世界を広げることにもなります。

 このチャクラの機能は、その人の個性と宇宙の内側に結びついた深い認識からくる大きな喜び、直感にも関与します。 宇宙の中の自分の姿や、自分がどのように他人とつながっているか、そしてどのように自己をケアしているかを司ります。 宇宙の中の自分の姿や、自分がどのように他人とつながっているか、そしてどのように自己にケアを施しているかを判断し、個人の力、意志、信頼へと発展して行きます。

 このチャクラにブロックがあったり、弱かったりすると、 自分の言動に自信を持てず、人目を気にしたりします。また、自分の内側にある不安を頭の中で解決しようとするため考え過ぎてストレスを溜めやすかったりします。頑なに自分の考え方を守ろうとしたり、我慢しすぎてしまうかもしれません。


◇ #4アナーハタ/ハート チャクラ

04チャクラ

 第4チャクラは胸にあり、サンスクリット語でアナーハタ、一般的にはハート チャクラと呼ばれます。12葉の金色の花弁をもつ赤い蓮華として描かれ、中に六芒星があります。風の元素に関係する。「アナーハタ」とは「二物が触れ合うことなくして発せられる神秘的な音」の意味です。

【第4チャクラのテーマ】
 ・ハート
 ・ゆるし、受容
 ・あるがままを受け取る
 ・今この瞬間を感じる


 肉体と関わりの深い第1チャクラから第3チャクラ、そして高次の領域と関わりあう第5から第7チャクラの中間に位置する第4チャクラは、「わたし」という個としての意識の世界と、個の視点から離れた大いなる意識の世界を調和させる場所です。
 嬉しい、楽しい、悲しい、苦しい、腹立たしいなど、わたしたちは日々さまざまなことを感じて生きています。今この瞬間をどのように受け取っているかという味わいです。自分が体験していることを感じる場所がハートです。きれいな景色を見て、はぁ~と感動する、好きな人を見かけてドキドキしたり嬉しくなったりする、物事が思うようにいかなくてイライラする、第4チャクラは感じる場所です。思考の世界から出て今この瞬間を味わうことをサポートするとも云われます。

 第4 のチャクラの機能は、自他の意志の調和、愛、人間関係、悲しみ、怒り、希望、生命の寛大さ、全てのものと結びつきを感じることであります。自我の意志、あるいは外的世界に対する意志、自分の意志と全てのものの意志を調和の中に経験することでもあります。

 このチャクラに障害があると、閉ざした心が自分を頑なにし、人と心を通わすことに不安を感じます。人に弱みを見せまいと防御姿勢が強くなったり、これ以上は踏み込まれたくないという壁をつくり、 偏った人間関係やひとりよがりな恋愛や自分を傷つけるような恋愛を繰り返したりします。また、物事を理論的にしか考えられなかったり、自分の考えでばかり理解しようとして、 他人を受け入れることができなかったり、その場を表面的にしか捉えられなかったりします。それでは、本来の自由な感性に気づけず、そこから広がる豊かな人生を閉ざし、 頭の判断によって物事を捉える彩りの少ない人生になってしまいます。


◇ #5 ヴィシュッダ/スロート チャクラ

05チャクラ

 第5のチャクラは喉にあり、ヴィシュッダ/スロート チャクラと呼ばれます。くすんだ紫色をした16の花弁をもちます。虚空(アーカーシャ)の元素と関係があり、「ヴィシュッダ・チャクラ」は「清浄なる輪」を意味します。

【第5チャクラのテーマ】
 ・創造的なコミュニケーション
 ・自己表現
 ・自由、素直
 ・創造性の開花


 喉に位置する第5チャクラはコミュニケーション、自己表現を司るチャクラです。自分らしさを受け入れ本当の自分の思いに素直になり、表現することを楽しむためのエネルギーです。アイデア生み出し表現したり、他人に伝えたりするエネルギーです。

 コミュニケーション、自己表現、創造力、決断力、与えることと受け取ること、そして真実を語る機能を持ちます。

 第5チャクラにブロックがあったり、成長していなかったりすると、 自分への信頼感が育っていないため、権威に弱かったり、 自分を厳しくコントロールしている分、他人にも厳しくなったり、批判的になります。自分の想定を超えていくことに不安を感じたり、 正しくあろうと自分に枠をつくり、それにがんじがらめになっていたりします。


◇ #6 アージュナー/ブラウ チャクラ

06チャクラ

 眉間、額と頭の後ろに位置し、先端部は頭の中心にある第6のチャクラをアージュナー/ブラウ チャクラと呼びます。インド人はこの部位にビンディをつけます。2枚の花弁の白い蓮華の形に描かれ、「アージュニャー」は「教令、教勅」を意味し、「意」(マナス)と関係があります。

【第6チャクラのテーマ】
 ・二元性を超えた視点
 ・知性と直感の統合、バランス
 ・クリアな視点、洞察
 ・思考を超えた気づき
 ・本質への目覚め
 ・霊性の目覚め


 第6チャクラは、判断を超えた気づきの意識に目覚め、二元性を超えた本質への扉を開くクリアな視点を司っています。人間が観ている世界は、あるかないか、正しいか間違っているか、良いか悪いかなど、今まで得た情報によって判断される二元性の世界です。第3の目に位置する第6チャクラは、判断をし続けながら表面的に世界を捉えているわたしたちに全く新しい視点をもたらしてくれます。それは判断を超えた視点、全てを統合した視点、そして本質からの視点で、 わたしたちを肉眼で捉えている世界よりもっと深みに気づかせ、新しい次元へと導いてくれるのです。第6チャクラが開いてくると、判断を超えた気づきの意識が目覚めてきます。それにより、思考により偏っていた男性的な見方をしている右目を司る左脳と 女性的な見方をしている左目を司る右脳がバランスし、その機能が発揮されるようになります。
 気づきの意識の目覚めは、今までの価値観を壊し、全く新しい視点、新しい世界をもたらします。新しい時代を迎えています。このチャクラが開くことにより、本当に自分の望む人生への扉は開かれようとしています。

 第6チャクラの機能は、直感、知恵、経験から学ぶ力、と言った目覚め、視野の広がり、気付きであります。


◇ #7 サハスラーラ、クラウン チャクラ

07チャクラ

 サハスラーラあるいはクラウン チャクラと呼ばれる第7着らは頭頂にあります。一説に千手観音の千手千眼はこのチャクラのことという。他の6チャクラとは異なり身体次元を超越しているとも考えられ、チャクラの内に数え入れられないこともあります。その場合、サハスラーラはチャクラに含まれず、チャクラは6輪あることになる。

【第7チャクラのテーマ】
 ・大自然や宇宙との調和
 ・ひとつであるということ
 ・感謝と至福

  
 第7チャクラを流れるのは、天からのエネルギーです。頭頂のチャクラを通り、他のチャクラのエネルギーと繋がりながら、下へ下へと降りてゆく宇宙からのエネルギーは、わたしたちが大自然とひとつである、調和しているということを教えてくれます。個の意識に対して大いなる意志、深い瞑想の中で感じるような、ひとつである感覚、感謝と至福のエネルギーです。
 肉体を持つ人間は、「私」、「貴方」のように個を意識して生きています。しかし、本当は私たちは宇宙や大自然と調和した一体となった存在であり、根は繋がっているとの考え方です。


◇ ヘミシンクによるチャクラへの働きかけ

 ヘミシンクのシリーズには「Hemi-Syncによるチャクラ瞑想」日本語版(Chakra Meditation)と言うのがあり、エルヴ作、朗読のこの音声ガイダンス・ヘミシンク・エクササイズでは、イルカの声と音楽が組み合わさり、7つの主要なチャクラのつながりとバランスを助けるとされます。
 体の中心線上にあるチャクラは、人間の生命力エネルギーを、肉体・精神体・感情体・霊体へと放射します。恐怖、怒り、罪悪感など、感情のわだかまりを感じる際は、エネルギーの流れが滞り、詰まってしまうこともあります。このCDに入っている「アファメーション(あなたを肯定する言葉)」が、それぞれのチャクラの働きを最大限に引き出し、あなたに全体的な幸福感を与えてくれると解説されております。

「Hemi-Syncによるチャクラ瞑想」日本語版(Chakra Meditation)


◇ パワーストーンのチャクラへの作用

 各チャクラには、それぞれ対応する色があり、それに対応したパワーストーンが、チャクラを活性化する(開く)と言われています。

○ 第1チャクラ = 赤、黒
  : ヘマタイト、タイガーアイ、オブシディアン、ブラックトルマリン 等
  → 物質的に必要な物を求める力、物質的欲求、生きる力、安心感

○ 第2チャクラ = 橙色、赤
  : アラゴナイト、カーネリアン、サンストーン、アンバー 等
  → 性的な欲求バランス、現実的なレベルでの創造性、倫理観、
    尊厳、集団の中でのバランス

○ 第3チャクラ = 黄
  : シトリン、ルチルクォーツ、レモンクォーツ、タイガーアイ
  → 意志と責任、自尊の念、自信、感情の力とコントロール、信頼

○ 第4チャクラ = 緑・ピンク
  : ローズクォーツ、インカローズ、ピンクオパール、ピンクカルセドニ、
    クンツァイト、モルガナイト、フローライト、アベンチュリン、
    アマゾナイト、エメラルド、マラカイト、ペリドット 等
  → 愛と憎しみ、許し、慈しみの心、希望、慈悲と博愛、情緒性

○ 第5チャクラ = 青
  : ターコイズ、アクアマリン、アパタイト、ブルートパーズ、
    ブルーカルセドニ、ブルーレースアゲート 等
  → コミュニケーション、強い意志、積極性

○ 第6チャクラ = 藍
  : ラブラドライト、ソーダライト、カイヤナイト、ラピスラズリ、
    サファイア、アパタイト、アジュライト、アクアオーラ 等
  → 直感、集中力、アイデア

○ 第7チャクラ = 紫
  : アメジスト、チャロアイト、スギライト 等
  → 宇宙との繋がり、高い精神性

 *****

http://ja.wikipedia.org/wiki/チャクラ
http://akioiwai.com/wp-content/uploads/2013/05/ea34eccc9a1e015e1343b4372001cd0d.pdf#search='スワーディシュターナ・チャクラ+セイクラルチャクラ'
http://www.ishi-imi.com/2013/07/チャクラとパワーストーンの関係.html

22年ぶりのある会話

 さて私事、ゲートウェイ・エクスペリエンスのCDを用いたヘミシンクの瞑想を始めたのが昨年の3月6日、もちろん、まだアセンションは起こっておりませんし、あんまり進歩はありませんが、現在も継続しております。当ブログを開設したのも昨年3月の21日、こちらも細々と続けており、ここまで123件ですので、最近はスローペースですが、3日に1件のペースで来ております。3月がにわかに特別な月となりました。

 にわかに特別な月となった3月

 なによりも、3年前の今日、この日、2011年(平成23年)3月11日は東日本大震災がありました。死者、行方不明者が2 万人を超え、日本中が強い衝撃と悲しみに襲われ、今なお傷跡が残っております。
 実は、ふたたび私事ですが、一昨年の3月、私の父が他界しました。近々、三回忌の法要を予定しております。今日、震災から3年目のこの日、我が身に起こった小さなスピリチュアルな出来事をご報告いたします。

 *****

「22年ぶりのある会話」

 父が他界したのは一昨年の3月2日の夜でした。享年80歳でありました。父は昭和30年卒の精神科医でありました。若い頃に事故に遭い足が不自由であったため、難聴になりながらも作曲家として名を残したベートーヴェンに共感、楽曲をこよなく愛しておりました。
 父の病気は十二指腸乳頭部癌でした。平成18年には胆嚢癌を発病し、私が執刀、根治手術を行いましたが、こちらはそれほど進行したものではなく無再発で経過したものの、皮肉なことに胆嚢摘出と併せて行った肝外胆管切除術(胆道変更術)が乳頭部癌の発見を遅らせることとなりました。乳頭部癌は胆管が十二指腸に開口する部位に発生する癌なため多くの場合は黄疸や肝機能障害で発症しますが、胆道変更術後であれば進行するまで発見が遅れることは後になってから納得するものでありました。それにしても、己の父親が胆嚢癌の後に十二指腸乳頭部癌に罹患するとは、大学で肝胆膵外科を専門とした私に対する何かの挑戦のような感覚を持たせる出来事でした。

 実は、私の家族には過去にも大きな不幸がありました。平成2年、3歳年下の妹を自動車事故で亡くしました。私の医師免許証が大学の医局に届いた5月16日の2週間後、5月30日の夜中に訃報を聞き、翌朝、妹が大学に通っていた神奈川県の厚木に飛びました。実家で一連の葬儀が終わって落ち着いたところで父が不意に言いました。「僕の葬儀は音楽葬にしてもらい、ベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』の第2楽章をメインでかけてほしいな」と。「英雄」の第2楽章はしばしばドラマの死のシーンで使われる一般の耳に馴染んでいる曲ですが、暗く絶望的で、いかにもナポレオンが囚われとなり失意のまま死ぬ情景が想起されるものであります。これに対して私は「ベートーヴェンなら交響曲第7番第2楽章の方が、同じ死者を送る曲でも暖かい音色が随所にあって、第3の第2楽章よりも愛情を感じますよ」と申し上げました、そのとき父は「そうか」と言ったのみで会話はそれっきりでありました。

 話しを戻して、一昨年の年が明け、腹水貯留と浮腫で入退院を繰り返す父を見て、いよいよ最期の時を予感し、元々の希望から、経を読んで焼香する宗教葬ではなく、音楽を流して献花する音楽葬をイメージしておりました。父の容態が急変したのは2月29日のことで翌3月1日には両眼が上転したほとんど昏睡状態に陥りました。いよいよ厳しいことを告げたところ、母が父の遺体を運び込む部屋の掃除をしたいと言い出し一緒に実家に行きました。そこで、ポータブルCDプレーヤーと数多くのクラッシックCDを見つけ、22年前、妹が亡くなった直後にかわした会話を想い出し、今こそ葬儀で流す曲を決める時とひらめきました。
 CDプレーヤーを持って病室に戻った私は、父に向かって「以前の会話を憶えていますか?」と問い、ヘッドホンでベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」第2楽章と交響曲第7番第2楽章を相次いで聴かせました。葬儀などと余計なことは申さずに「第3の第2楽章と第7の第2楽章、どちらが良いですか?、第3ですか?、第7ですか?」と問いかけました。その時、第3 と訊いた際に首を横に振り、第7では?と訊いたらはっきり首を縦にしました。二度ほど繰り返し確認し「それでは、僕が勧めた第7の第2楽章にしますね」と申し上げた、それが父とかわした最後の会話となりました。

 仕事柄、多くの癌患者に接し、多くの死に遭遇いたします。本人、家族ともに納得する死などなかなか無いものですが、父の葬儀に流す曲を、「22年ぶりのある会話」をもって、死の直前、本人に確認できた、この小さな出来事に僅かばかりの救いを感じました。

 *****

【ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」 第2楽章】

 1804年の作品、フランス革命後の世界情勢の中、ベートーヴェンのナポレオン・ボナパルトへの共感から、ナポレオンを讃える曲として作曲されました。しかし、完成後まもなくナポレオンが皇帝に即位し、その知らせに激怒したベートーヴェンはナポレオンへの献辞の書かれた表紙を破り捨てた、という逸話が知られています。第2楽章は葬送行進曲、ナポレオンが捕われの身となって処刑された情景を思い浮かべる曲です。You Tubeより演奏を貼付けました。クリックいただけば楽曲が聴けます↓。

ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」 第2楽章

【ベートーヴェン 交響曲第7番 第2楽章】

1811年から1812年にかけて作曲され、初演は、1813年12月8日、ウィーンにてベートーヴェン自身の指揮で行われました。ベートーヴェンの交響曲中では最もリズミカルな作品で、「精神病」、「酔っぱらい」などとも評されました。その中にあって、初演にてアンコールを求められた第2楽章は、 極めて評価が高く、シューマンはこの主題を基に変奏曲を遺し、ワーグナーはこの楽章をさして「不滅のアレグレット」と呼んでおります。同じくYou Tubeより演奏を貼付けました。クリックいただけば楽曲が聴けます↓。

ベートーヴェン 交響曲第7番 第2楽章

 なお、ベートーヴェンが全聾(ぜんろう)となったのは1810年、40歳頃とされており、少なくとも交響曲第7番を作曲していた1811年当時には完全に耳が聞こえなかったと思われますね(笑)。


 もう一つ、本日、レスリングの吉田沙保里さんのお父さんが急逝されました。謹んで、心からお悔やみを申し上げます。

死生観 「計画的心停止後ドナー」と「おくりびと」

 年末に米国における脳死全肝移植の実際を少しご紹介いたしました。医療の話は、デリケートであり、とりわけ人の死に関わる事柄となりますと、誤解の無いよう、ありのまま客観的にお伝えすることが求められるでしょう。私の専門分野ではあるものの、全くそちらの方面に触れないのも一案ですが、「死生観」のようなスピリチュアルに関わるものであれば、逆に経験に基づいた私ならではの議論ができるかも知れないと考える次第です。
 今回、取り上げる内容は、私が経験したcontrolled(計画的)心停止後ドナーと、日本における遺体に対する対応に日米の「死生観」を探るヒントになるかもしれないと考えたものであります。もちろん、「死生観」、この分野が一介の1外科医が簡単に論ずることができるほど簡単な問題ではなく、太古の昔から多くの人が探求して来た、人間にとって永遠のテーマであることは言うまでもありません。的外れかも知れない、また重箱の隅をつつくだけの小さな事かも知れない、今回の内容を、己が死生観を考える最初の一歩として「スピリチュアル」のカテゴリーとして取り上げます。

 さて、年末に話題としたのは心停止後ドナーからのダメージを受けた肝臓の移植を受けた状態の良いレシピエントの話でしたが、この「心停止後ドナー」には二通りあって、年末申し上げた症例、uncontrolled(偶発的)に対して、controlled(計画的)と言うのがあります。以下の論文は、私がおりました米国の大学移植外科で行われた8例の心停止後ドナーからの肝移植をまとめたもので、uncontrolled(偶発的)4例とcontrolled(計画的)4例が含まれます。

NHBD論文

 実は、このcontrolled(計画的)心停止後ドナー、すなわち生命維持装置を外すことにより心停止を誘発した後にドナーとして臓器摘出を行う方法は、15年前の学会発表に際して、諸家よりずいぶんと厳しい言葉をいただきました。米国での医療をご紹介したに過ぎず、私が計画して執刀したわけではもちろんないのですが、「安楽死」、あるいは「死の誘発」、はっきり「殺人では?」と言う意見もありました。詳しいマニュアル、適応については文献を引用いたしますので、そちらを参考にしていただくとして、簡単な概要、手順を示します。


◇ Controlled(計画的)心停止後ドナー

 私は、4例のControlled(計画的)心停止後ドナーの手術に参加しましたが、とても鮮烈な印象を受けた初めてのケースを取り上げます。

 1998年初頭、患者は31歳男性、頭部外傷で蘇生不能と診断されました。頭頸部の挫滅が著しく、恐らくは鼓膜も破損しているため、聴性脳幹反射など、日本の厳密な脳死の診断基準を満たしていない可能性はありましたが、詳細は不明です。年齢が若く、出血がコントロールされているためか、循環動態は安定しておりました。


1.患者および麻酔科医の入室

 救急救命室の病床より患者が手術室に入室しました。バックを押して気管チューブに酸素を送り込むドクターがついて来ましたが、そのまま麻酔器の装着、麻酔管理を続けたため、救急のドクターではなく麻酔科医だと思われました。心電図と血圧のモニターが装着され、外回りの看護師は一人でした。


2.手術室の外部からの遮断

 私たち、ドナー手術を行う(ドナー)チームは手術室に入ることは許されず、手洗い後、術着を着て、隣の部屋で待機していました。手術室は、カーテンで窓が閉ざされ、扉の窓も暗幕で遮断、外からは覗けない状態でした。私はカーテンの隙間から中の状況をこっそり観察しておりました。私の「のぞき」を、ドナーチームのメンバーや看護師、移植コーディネーターまでも解っていましたが、誰も私に注意、制止する者はいませんでした。


3.患者家族および牧師の入室
 
 牧師と思しき人物を先頭に、患者の家族、白人の大人の男女5人ばかりが沈痛な面持ちで手術室に入室して来ました。ご老人は祖父、中年の男女は両親、他は兄妹と思われ、患者の手や顔に触れて、涙を流している者もおりました。風貌および患者の氏名からはユダヤ人ではなく、一般的な米国人だと思われました。なお、マニュアルによると、この段階で既に抗凝固剤であるヘパリンが投与されているはずです。


4.聖書の朗読とお祈り

 牧師が聖書と思われる書物を開いて何かを朗読しましたが、これは手術室の外には聞こえません。家族は黙って聞いていました。それほど長い朗読ではなく、牧師はほどなく右腕で十字を切って、礼をしました。家族も十字を切っていたように記憶しています。


5.気管チューブの抜管

 家族、一人一人が患者にお別れのような仕草をしたところで、牧師が家族に確認、麻酔科医に合図をしました。麻酔科医は一礼した後、気管内に留置したチューブを抜きました。家族は黙ってそれを見ており、特に動揺する様子はありませんでした。マニュアルによるとこの段階でも抗凝固剤、ヘパリンが投与されます。


6.低下する血圧と脈拍

 気管チューブを抜去し、人工呼吸器を停止しますと、患者は脳死あるいは脳死に準ずる状態であるため呼吸はしておりません。心臓の働きを示す心電図と血圧(動脈圧)のモニターは作動しており、気管チューブ抜管後も心臓は拍動しておりました。15分くらいの間で、血圧は徐々に低下し、脈拍の間隔が延長して来ました。この15分間に、手術室にいる、患者はもちろん、麻酔科医と看護師各1名、牧師とご家族5人、誰も一言も口をきかなかったと記憶しております。


7.心停止

 ついに心電図モニターがフラット、アラームが鳴り、麻酔科医が何かを告げました。心停止の宣告だろうと思われます。家族に大きな動揺はありませんでしたが、母親と思しきご夫人は声をあげて泣き、全員が牧師の先導で手術室より退室されました。完全に扉が閉じられたところで、麻酔科医の合図で我々、ドナーチームが入室し、速やかにドナー手術が始まりました。

 *****

 以上が、生命維持装置を外すことにより誘発した心停止、Controlled(計画的)心停止後に行われたドナーの手術であります。脳死が確定していないものの、蘇生不能として臓器移植のドナーとなる場合や、家族より心停止後の臓器提供の希望があった場合などが適応となるようです。

 果たして、Controlled(計画的)心停止後ドナーの紹介が、タイトルの如く死生観の話題に繋げることに適切かどうかは正直に申して解りません。ただ、日本において上で申し上げたような手術が成立するかと言うと、法律や規制の面はともかくとしても、心情的に日本人には難しいような印象を持ちます。家族のみんなの意志で、患者の心停止を誘発し、死が確定したところで手術を受けて、胸腹部から臓器の摘出がなされる、そうしたことを多くの日本人が良しとすると思えないところです。
 一方、私が知る限りのキリスト教文化においては、死は命の終わりではなく、神のもとに帰る入り口、キリスト教における葬儀は、死者への供養ではなく、神への崇める信仰であり、故人を礼拝の対象とはしませんので、日本人のように遺体に向かって手を合わせたり拝んだりするようなことはないようです。つまり、牧師により聖書が朗読され、別れを告げた故人との最後の儀式の直後に身体にメスを入れることをキリスト教文化では抵抗が無いと言えるかも知れません。


◇ 欧米より後れる脳死ドナーからの臓器移植

日本の脳死ドナー
本邦における脳死ドナー件数

 そもそも、Controlled(計画的)心停止後ドナーどころか、診断基準に合致する脳死者からの臓器移植からして、日本は大きく欧米諸国に立ち後れております。私が米国の移植医療を日本への紹介を始めたのが1998年でありますが、その前年の1997年(平成9年)に「臓器の移植に関する法律」が制定されたものの、法律制定後初の脳死ドナーは1999年まで発生しませんでした。年間10件程度しか発生しない脳死ドナーに対して、2009年(平成21年)、法律の改正がなされ、翌年より脳死ドナーは著増、現在は年間40件を越えて参りました。それにしても国全体として年間40-50件、まだまだ欧米、とりわけ米国に比べたら未発達であるであると言わざるを得ません。

臓器移植の国際比較
国別の臓器移植の件数

 脳死ドナーは、法律改定後に増えはしましたものの、欧米諸国に比べるとその絶対数は大きく劣ります。その理由に、今なお、ドナーカードなどシステムの不備、医療や保険制度の違い、医療経済の問題、不十分な救急救命医療、銃が無い社会によるドナー不足などが挙げられておりますが、身内が脳死あるいはそれに準ずる状態になった時に、ドナーとして臓器を提供することに賛同できるか?、身内の死をどのように捉えるか?、そこに、日本人固有の死生観があるように思える次第です。


◇ 火葬と土葬に見る死生観に疑問

 いわゆる「日本人の死生観」について、多くの文献やサイトに出会いましたが、まだ、勉強は途上であります。そんな最中、埋葬方法、具体的には火葬と土葬に見る日本人とキリスト教徒を比較する文章を見つけましたので、一部を引用供覧いたします。しかし、ここでの記述については極めて懐疑的な感覚でおります。

 *****

日本人の死生観と他界感

 死者をどのように埋葬するかは、民族の死生観や他界観にかかわることであり、その民族の文化の根本をなすものである。肉の復活の思想を根底に置くキリスト教文化においては、遺体は丁寧に飾られて、来るべき復活に備える。遺体を損傷するなど許されざるタブーである。一方、輪廻転生のなかで魂の実体を信ずるインド文化においては、遺体そのものは重大な関心事にならない。

 肉体の復活の思想を根底に置くキリスト教文化では
 遺体は丁寧に飾られて遺体を損傷は許されざるタブー


 遺体の扱いという点では、土葬と火葬は両極端に位置する。したがって、この両者が同一の文化の中で共存することは、通常は考えがたいことである。しかし、日本においては何故か矛盾、対立を伴わずに共存してきた。先稿で述べたように、日本の長い歴史の中では、土葬が主流であったといえるのだが、それでも、火葬が忌むべきものとして、排除されたことはなかったのである。

 これには、日本人が古来抱いてきた死生観や、その背後にある霊魂と肉体との関係についての見方が、背景にあったものと思われる。

 日本人本来の宗教意識の中では、魂というものは、肉体とは別の、それ自体が実体をともなったものであった。魂は、肉体を仮の宿りとして、この、あるいは、あの、具体の人として現れるが、肉体が朽ち果てた後でも、なお実体として生き続け、時にはこの世にある人々に対して、守り神にもなり、また、厄病神にもなった。しかして究極においては、ご先祖様として、神々の座に列することともなるのであった。

 日本人にとって魂は肉体とは別の実体であり
 肉体を仮の宿とし、肉体が朽ち果てた後も生き続ける


 古来、日本人にとっては、人の死とは、霊魂が仮の宿りたる肉体を離れて、二度と戻らない状態を意味した。霊魂はまた、一時的に肉体を離れることもある。であるから、人が失神したときには、必死になって霊魂を呼び戻そうとした。近年まで各地で広範囲に行われていた、魂よばいといわれる一連の儀式は、日本の葬式文化の特徴をなすものであったが、それはこのような霊魂観に裏付けられていたのである。皇室において、「もがりの宮」という儀式が伝統的に催されてきたが、これも、魂よばいの洗練された形態と考えられるのである。

 霊魂がなかなか戻らず、遺体が形を崩し始めると、人々はいよいよ死というものを受け入れざるをえなくなった。こうなると、残された亡骸は、生きていたときのその人の、今の姿なのであるとは感じられず、たんなる魂の抜け殻に過ぎなくなる。抜け殻になってしまった遺体は、一刻も早く埋葬する必要がある。そうでないと、悪霊が乗り移って、災厄をもたらさないとも限らないのである。

 日本人にとって死体はたんなる魂の抜け殻

 日本人は、どうも死者の遺体に無頓着なところがあるといわれ、それがまた火葬が普及したひとつの背景ともなっているのだが、その理由の大半は、以上のような霊魂観にある。

 日本人は死者の遺体に無頓着(?)

 (以下、略)

 *****


 確かに、日本人には輪廻の発想が伝わっており、霊魂が生まれ代わり死に代わり、肉体は一時の宿であり、死によって霊魂が離れると言う考え方はあると思います。しかし、だから日本人が遺体に対して雑な扱いをするか?、逆に、キリスト教では復活があり得るので日本人よりも遺体を大切に扱うか?、と言うことについては疑問に思います。

 キリスト教では日本人よりも遺体を大切に扱う?

 いずれの文化においても遺体に対して丁寧な扱いをするとは思いますが、日本人は遺体に対して傷を付けることを嫌がる特性を感じます。私が申すところの脳死ドナーのみならず、剖検(病理医により遺体を解剖して病態を調べること)の件数は日本より欧米の方が圧倒的に多いです。日本における日常の医療において、亡くなられた患者に対する病理解剖の話をしても、「死んでまでも痛い思いをさせたくない」、「これ以上、身体に傷を付けたくない」と言われるご家族は少なからずいます。
 脳死ドナーにしろ剖検にしろ、遺体に傷を付けると言う意味では、日本よりも欧米諸国、キリスト教文化の方が寛容であり、肉体を仮の宿、死体をたんなる魂の抜け殻とする日本人が遺体を傷つけることに無頓着で、肉体の復活の思想を根底に置くキリスト教文化では遺体を損傷することはダブーである、こういう考え方には限界を感じます。

 剖検や脳死ドナーで日本人には遺体に傷を付けることに抵抗

 脳死ドナーが日本に少ないこと、ましてやControlled(計画的)心停止後ドナーが日本の医療に定着しないであろうことを、一概に「死生観」だけで考えることはできないと思いますが、「死生観」と言えるかどうか?、一方で一つの考えるヒントとなるかどうか?、遺体に対する日本人の対応について、過去の作品を二つばかりご紹介します。昭和の時代の小説とつい最近の映画であります。


◇ 渡辺 淳一 氏の「死化粧」

 私が医学生であった30年前の医学部の学生の多くは渡辺淳一さんの小説を読んでいたと思います。私も当時のものは概ね読みました。その中に短編ではありますが、昭和40年(第54回)芥川賞候補となった「死化粧」(しにげしょう)と言うものがありました。

死化粧小説

 青年医師が自らの母の、切除不能である小脳橋角腫瘍の手術に参加して、現代医療の限界と手術所見から、母の死を確信するに至りますが、彼以外の家族全てが母親の回復を信じていました。彼は、自分と他の家族たちとの心の隔たりを感じながら、ついに母の命の終わりに接して、さらなる衝撃を受けました。以下、本文からの引用です。

 *****

 「死化粧するから化粧品を持ってこい」と叔父が姉に言ったが、私はそれがどういう事なのか私にはわからなかった。

 (中略)

 「たった一度の死出の旅だからきれいにしてやらねばならない、奇麗になって極楽往生して呉れよ」自分に言いきかせるように言いながら、叔父は無骨な手で乳液を母の顔へ撫でつけた。父と兄は一心に手足を湯タオルで拭き清めていた。残った人達は母の屍体を囲んで輪になり、美しくなっていく母の顔を見上げては、南無阿弥陀仏を幾度も唱え続けた。

 (中略)

 一体此処にいる人達は何のために屍体に群がっているのだろうか、母を生きかえらせようとしているのだろうか、今、どう施しても死者は死者に変わりない筈だ。彼等は今、何か目にみえぬ物の怪にでも憑かれているのではないだろうか。彼等は正気なのだろうか、ひょっとして私は狂人の輪の中にいるのではないだろうか。死者と私だけが彼等とかけ離れていると思った。

 *****


 医者である主人公が母親の死を常に医学的見地から客観的に見て来た現実と、残された家族、日本人の死に対する「死出の旅」との認識に大きな違いが浮き彫りとなって、日本人の死生観を垣間見る小説であったと思います。


◇ 映画「おくりびと」

 2009年(平成21年)の、米国のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した日本映画「おくりびと」で、日本における死者の弔い方を世界に紹介し、日本人の死生観として、「人間の生と死はつながっている」、「死は死後の世界への門であり死出の旅立ちの出発点」であることを示しています。以下、同映画について極めて的確な描写がされているページを見つけましたので、少し長いですが引用します。
 最後に、同映画の中の主人公で、屍体に手を加える仕事に抵抗を持っていた、元プロのチェロ奏者 小林大悟(本木雅弘)が、実際の納棺師の作業を見て、心を打たれる、日本固有の儀式に己の身を投ずる決意につながるシーンを動画で供覧いたします。


おくりびと

おくりびとポスター

 監   督   滝田洋二郎
 脚   本   小山 薫堂
 製   作   中沢 敏明、渡井 敏久
 製作総指揮   間瀬 泰宏
 出   演   本木 雅弘、広末 涼子、峰岸  徹、余貴 美子、
         吉行 和子、笹野 高史、山崎  努
 音   楽   久石  譲
 撮   影   浜田  毅
 編   集   川島 章正
 配   給   松竹

 *****

おくりびと紹介ページ

 2月22日、米国のアカデミー賞外国語映画賞の発表が行われ、日本映画「おくりびと」が受賞しました。日本独特の葬式の習慣を描いたこの映画が、アメリカ人にも認められ、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したことは、死者の弔い方についての日本の習慣がある程度普遍的な共感と理解を得ることができたのではないかということで、日本でも大変大きなニュースとして報道されました。私もこの映画を見たので、この映画を紹介しながら、日本人の死生観について論じたいと思います。


1.映画「おくりびと」について

 「おくりびと」というのは、「死んだ人を『あの世』(死後の世界)に送るひと」という意味です。必ずしも一般的に使われる日本語ではなく、この映画によって知られるようになった表現です。この映画の英語名は「Departures」となっています。この映画(滝田洋二郎監督。2008年完成)は、日本で遺体を棺に収める仕事をする男性(「納棺師」とよばれます)を描いたもので、日本でも異色の映画といえます。2008年9月に日本で公開されてから、12月までで興行収入が30億円とヒットとなっているそうです。(お葬式関連では、伊丹十三監督の「お葬式」(1984年)という大変面白い映画もありました。)
 米国アカデミー賞の外国語映画賞が独立部門として創設されたのは1956年ですが、それ以後、日本の映画がこの賞を受賞するのは今回が初めてです。(有名な中国人監督アン・リー氏は、2000年「グリーン・デスティニー」で外国語映画賞を受賞しています。)「おくりびと」は、日本の映画の賞である「日本アカデミー賞」でも10部門で受賞しており、またモントリオール世界映画祭でもグランプリを受賞しています。米アカデミー賞を受賞する前から、既に、米国、カナダ、フランス、オーストラリアなど36カ国での劇場公開が決まっていたそうです(2月24日付日本経済新聞報道)。

 邦画としては初の米国アカデミー賞外国語映画賞

 映画の主人公は元チェロ奏者で、オーケストラが解散したため、ふるさとの山形県に帰り、遺体を棺に収める仕事に就きます。いろいろ戸惑いながら仕事をしながら、だんだんと尊敬の念をもって死者を送り出すことを覚え、この仕事の意義を理解していく様子が映画では描かれています。主人公を演じた俳優の本木雅弘氏は、15年前にインドのガンジス川で死体が流れているのを見てから死生観について深く考えるようになったということです。そして、納棺師の青木新門氏が書いた本「納棺夫日記」を読んで、納棺を題材に、日本人にとっての死について正面から取り上げた映画を作りたいと考えたそうです。

 主人公を演じた本木雅弘氏の依頼で映画が作製された

 米国の映画業界紙『ハリウッド・リポーター』は、この映画を「死に対する畏敬の念を通して生を称える感動作」と評したそうです。日本の映画評論家の品田雄吉氏は、「日本のしきたりや日本人の気持ちを描いた作品が、世界に認められたのは意義深い。」と述べています(2月23日付朝日新聞報道)。米ロサンゼルス在住のアニメーション作家のラウル・ガルシア氏は、「ここ何年かの間に私が見た中で最高の映画だ。日本にこんな儀式があるとは全く知らなかったが、愛する者を送る気持ちは普遍的でよくわかった」と述べています(2月24日付毎日新聞報道)。米国人がこの映画を高く評価した背景には、「9.11」以降の状況も関係あるとの評論も出ています。


2.「納棺師」とは何か?

 日本では普通は人が死ぬと、遺族は葬儀屋にお通夜、葬式、火葬場の手配などの準備を依頼します。葬儀屋は多種多様な仕事をこなしますが、仕事の一つは、遺体を清め、「旅立ち」の衣装を着せ、男性は髭を剃り、女性は化粧を施して生前のまなざしをよみがえらせることもあります。この仕事を特に取り出して専門に行うのが「納棺師」の仕事です。納棺の前に一時間ほどかけて遺族とともに儀式を行うそうです。日本で「納棺師」とよばれる専門家は必ずしも多くはないようです。札幌市に本社があり、全国展開している納棺専門業者の方が日本の新聞のインタビューで以下を答えています。(2月25日付東京新聞)

 納棺師の仕事
  :遺体を清め、「旅立ち」の衣装を着せ、男性は髭を剃り、
   女性は化粧を施して生前のまなざしをよみがえらせる


 ―納棺の専門の会社をつくったのは1969年。きっかけとなったのは、1954年に青森と函館を結ぶ連絡船が台風のために沈み、1400人以上が亡くなった際、損傷のはげしい遺体を清めて遺族に引き渡すのを手伝ったのがきっかけとなった。
 ―同社は、日本でおそらく唯一全国展開している会社である。約130名の納棺師がいる。一人当たり年間数百人の遺体に向かう。


3.日本人の死生観

 この映画の原作を書いた青木新門氏は、「『生と死はつながっている』という死生観と命の尊さや人とのつながりが描かれた作品自体のおもしろさが絶妙なバランスを生んだ」と述べています。そして完成したこの映画では、「単に死体の処理ではなく、亡き人を送り出す厳粛で重みのある姿勢」が示されたと評価されています(2月24日付日本経済新聞)。

 この映画から感じられるメッセージは、まず生きている人はいずれ死ぬ、ということです。また遺体を扱う仕事に対する偏見に対しては、死者を敬意をもって送り出すことの意味を対峙させています。また死に対して、家族のつながりを対峙させています。「もともと遺体を生前の姿に修復する技術エンバーミングは、アメリカで発達したものだ」(2月25日付東京新聞)ということですが、日本では特に遺体を丁寧に扱い、死者への敬意を表します。日本では、日本語では「死体」といえば物体を指す表現ですが、「ご遺体」に対しては、いわば人格を有しているものとして、敬意と配慮をもって扱わないといけないとされます。

 遺体を扱う仕事に対する偏見に対して死者を敬意をもって送り出すことの意味を対峙させている
 死者を敬意をもって送り出す、「ご遺体」に対して人格を有しているものとした配慮をもって扱う姿勢


 青木新門氏は、『生と死はつながっている』と述べています。映画の中でも、死を通過する「門」としてとらえている表現が出てきます。日本人の死生観の特徴は、死後の世界(あの世)があると信じる人が多いことです。中国でも死者のために紙銭を焼いたりすることは聞いています。中国人の友人に聞くと、中国人は死後の世界を信じていないと言われます。現代の中国人が死後の世界の存在を信じているのかいないのか、私にはよく分からないので、調査などがあれば是非教えて頂きたいと思います。

 生と死はつながっている
 死を通過する「門」


 日本人に対して行われたあるアンケート調査で、「死後の世界(あの世)があると思いますか?」という問いに対して、「あると思う」と「ないと思う」と答えた人がともに29.5%、「あると思いたい」と答えた人が40%もあったそうです。しかも死後の世界の存在を信じるのは、年輩者には少なく、むしろ若い人に多いという傾向が見られたそうです。また、「死者の霊(魂)(の存在)を信じますか?」という問いに対しては、「信じる」と答えた人は54.0%、「信じない」は13.4%、「どちらとも言えない」は32.0%でした。「生と死の世界は断絶か、それとも連環していると思いますか?」という問いに対しては、「断絶している」が17.4%なのに対して、「どこかで連環している」は64.6%、「わからない」が18.0%だったそうです。(以上、立川昭二著『日本人の死生観』1998年、筑摩書房。以下の記述も同書より引用)。

 哲学者の梅原猛氏は、仏教移入以前から持っていたと思われる原「あの世」観について、次のような説をたてているということです(『日本人の「あの世」観』)。

(1) あの世はこの世と全くアベコベの世界であるが、この世とあまり変わりない。
(2) 死ぬと魂は肉体を離れてあの世に行って神になり、先祖と一緒に暮らす。
(3) すべての生きるものには魂があり、死ねば魂は肉体を離れてあの世に行ける。

(以下略)

 立川氏は、以下のように述べています。「(日本人にとっては、)生と死の世界ははっきり断絶しているのではなく、どこかで連環しているという考えに通ずる。」、「じつは『死生観』という語も、日本語独自のものである。生死という時、それは生と死をはっきり切り離すのではなく、生から死へ、死から生への連続的なつながりを考え、生と死の間にはっきりとした断絶を考えない。」

 日本人にとって生と死の世界ははっきり断絶しているのではなく、どこかで連環している

 日本人の葬式のやり方、また死後、死者を弔うやり方はいろいろなものがあります。死んでから一週間後、四十九日、百ケ日、1年後、2年後(三回忌)(ここまでは中国の習慣です。それより後の法要は日本で追加されたそうです)、6年後(七回忌)、12年後(十三回忌)、16年後(十七回忌)、22年後(二十三回忌)、32年後(三十三回忌)、49年後(五十回忌)と遺族らが集まって弔います。お墓参りも、一年の間に何度も行きます(なくなった命日、お彼岸、お盆など。)これらの習慣は中国といろいろ異なると思いますが、それを理解するためには、日本人の死生観を理解する必要があると思います。日本では大災害で被害を受け、身近な人を喪った人に対して、「心のケア」「癒し」ということが言われます。これは日本人の死生観を暗黙のうちに前提として行われるものであるのかもしれません。

 「おくりびと」が米国のアカデミー賞外国映画賞を受賞したということは、死者を弔うための日本人の習慣や感性が、米国人から一定の共感を得たということだと思います。四川大地震の際に日本の救助隊が中国人のご遺体に敬礼をした写真が中国国内で配信され、中国人から大きな共感と反響を得たことも思い出されます。この映画を見た在日中国人の友人は、感想として、以下を私に述べてくれました。

 ―納棺の儀式については、最初はすこし違和感があったが、亡くなった人に対する敬意を示すものとして美しいとも感じた。
 ―映画で共感できるところは、家族への愛を描いているところ。
 ―日本人の死生観に関してあまりよく知らなかったが、このような死者とお別れする納棺の儀式は必要ではないかと感じた。将来、同じような儀式をするビジネスが、中国でも誕生するかもしれない。
 (井出敬二 前在中国日本大使館広報文化センター所長)

 *****


[広告] VPS

映画「おくりびと」ワンシーン

【主人公(本木 雅弘)の言葉】
 冷たくなった人間を甦らせ永遠の美を授ける。
 それは冷静であり、正確であり、そしてなにより優しい愛情に満ちている。
 別れの場に立ち会い故人を送る、静謐(せいひつ)で、
 すべての行いがとても美しいものに思えた。


◇ まとめ

 死生観とは、死あるいは生死に対する考え方、それに基づいた人生観と言えるかと存じます。生死観(しょうじかん)とも言うことがあるようですが、具体的な型には以下の要素が含まれます。

 1.人が死んだらどうなるか?どこへ行くのか?
 2.死後や死者をどう捉えるか?
 3.生についての人々の考え方や理解の仕方
 3.生きることとは何か?死ぬこととは何か?

 個人の考え方でありますから、国家、宗教や文化によって大きく影響を受け、又はその人の人生における経験や、人生そのものが成功だったか失敗だったかによっても異なってきます。

 今回、米国の大学病院、移植外科にて行われたControlled(計画的)心停止後ドナーと言う、極めて希であり、世界的に一般的ではない医療を取り上げ、これが日本に導入可能かどうかを思い起こした時、脳死ドナーさえもなかなか出現しない本邦において、遺体に傷をつけることを日本人は良しとしない民族である可能性に行き当たりました。
 これに反して、キリスト教文化では死後の肉体の復活を思想の根底におくために遺体を傷つけることはタブーであり、土葬の習慣もこれに基づくものとし、一方、日本人にとって魂と肉体は別の実体であり、遺体に傷をつけることに抵抗はなく、火葬も容易に普及したとする考え方に出会いました。死後の世界の捉え方が日本人とキリスト教文化で異なることに異論はありませんが、遺体に対する扱い方がどうであるか?、と考えた時に、日本人が遺体に対して無頓着とは言えない事例が思い当たりました。それが「死化粧」であり納棺師による遺体への仕事であります。
 キリスト教文化との違いを明確にするにはまだまだ勉強が必要でありますが、少なくとも渡辺淳一氏の小説や映画「おくりびと」の中で描かれている日本人の死の捉え方は、生と死と死後は連続しており、死は死後の世界への旅立ちの出発点、門であるとしており、その旅立ちに向けて遺体を清め、衣装を着せ、化粧をし、生前のまなざしをよみがえらせることに大きな意義、使命感を持っていることがうかがわれます。

 まだまだ、死生観については奥が深く、様々な説、考え方があります。若干、稚拙ではありましたが、遺体に対する日本人の考え方、死生観を考えて行く最初の一歩と考えております。



http://www6.plala.or.jp/brainx/beating_NHBD.htm
http://jme.bmj.com/content/29/3/182.full
http://japanese.hix05.com/Folklore/Burial/burial03.death.html
http://www.osoushiki-plaza.com/anoyo/shukyo/christ.html
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/OJ6/kudo.pdf#search='死生観+脳死ドナー+欧米+日本'
http://ja.wikipedia.org/wiki/おくりびと

野生児に観る幼児教育のスピリッツ

 個人的な話し、最近、小学校の同窓会がありまして、約40年前、当時の 四ノ宮 晟 校長先生が朝礼で狼に育てられた少女の話しをスライドでご紹介いただいたことが話題となりました。いくつかある事例のうちどのケースだったのか(アマラとカマラでよかったのか?)、どういう主旨のお話しだったのか?、今となっては想像するしかないのですが、今回は「野生児」を取り上げてみました。ちょうど、スピリチュアルの話題として、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、解離性同一性障害(DID)、そしてストーカーと、いずれも過去におけるなんらかの誘因・素因があって発生する病的精神状態についての話しが続きましたが、幼児期に人間社会から孤立して、あるいは動物に育てられて成長した人間がどのようになるか?、と言う点は非常に興味深く思います。

◇ 野生児の概念・分類

 野生児とは、某かの原因で人間社会から隔離されて育った子供のことを言い、以下の三通りに分類されております。

1.動物化した子ども

 獣が人間の赤ん坊をさらったり、遺棄された子供を拾ったりして、そのまま動物によって育てられたものです。育てていた動物としては、狼・熊・豹・豚・羊・猿・ダチョウといった事例が報告されております。育て親の動物は地域によって特徴があり、東欧では熊、アフリカでは猿、インドでは狼の報告が多くあります。当記事では、この動物に育てられた幼児を三例以下に取り上げました。

feralchildren1.jpg

2.孤独な子ども

 ある程度は成長した子供が森林などで遭難したり捨てられたりして、他の人間とほとんど接触することなく生存していた場合で、絶対的野生児とも言われます。代表例はアヴェロンの野生児があります。

3.放置された子ども

 幼少の頃に適切な養育を受けることなく、長期間にわたって幽閉されていたり放置されていたケースで、擬似野生児とも言われます。野生で育ったわけではないですが、幼少期に十分な人間社会との接触が得られなかったという意味で野生児と同等に扱われます。代表例はカスパー・ハウザーです。


◇ 動物に育てられた事例に考慮すべき点

 まずはじめに、過去における野生児の報告を見聞きするにあたり、予備知識として持っておくべきなのは、動物に育てられたケースを考える際に、人間の幼児がその動物の運動能力について行けない可能性と、その人間が乳児だった場合、子供が動物の乳を消化吸収するのは科学的に否定されていることです。

 動物の身体能力について行けない人間の幼児
 動物の乳を人間の幼児は消化吸収できない


 一方の可能性として、発育障害、乳児より発症する神経疾患(レット症候群など)があって捨てられた「孤独な子ども」を動物に育てられたと創作話の場合が多いことも忘れてはなりません。

※レット症候群(Rett Syndrome)
 性染色体致死遺伝で、ほとんど女児に起こる進行性の神経疾患、知能や言語、運動能力が遅れ、小さな手足や、常に手をもむような動作、手を叩いたり、手を口に入れる動作を繰り返すのが特徴とされます。生後半年から1年半に発症しますが、それまでの周産期や出産前後は一見正常とのことです。遺伝子変異によって引き起こされる症候群であるため、根本的な治療はなく、日本では小児慢性特定疾患に指定されております。


◇ 動物に育てられた子どもの特徴

 「野生人」という概念は生物学者、カール・フォン・リンネが著書「自然の体系」において初めて科学的に扱っており、彼およびその後の学者により、野生児の特徴として以下を挙げております。

 01.四つ足であり直立二足歩行はしない
 02.育てられた動物の鳴き声のみ、人間の言葉を話さない
 03.毛で覆われている(これは妥当でないとされている)
 04.暑さや寒さなど皮膚感覚機能が低下している
 05.視覚、嗅覚、聴覚は発達している
 06.情緒が乏しく人間社会を避ける
 07.羞恥心が無く衣服を着用しようとしない
 08.相応の年齢になっても性的欲求が発現しにくい
 09.性的欲求が発現しても適切な対象と結び付けられない
 10.生肉・臓物など調理されていない食品を好む
 11.発見・救出された際は共通して痴愚的な状態である

 この中で、野生児が救出時に共通して痴愚的な状態であったことから、野生児たちはもともと知的障害児あるいは自閉症児であり、だからこそ親に捨てられて野生化したのだと考える人もいます。実際、野生児として捕獲された者には先天的な白痴だった事例もあります。一方、救出されたのちにほぼ完全に知的に回復した野生児の事例も存在することから、乳幼児であっても野生で生き延びるために、周囲に動物に合わせ、手段、技量を自力で開発する能力が認められるケースがあり、全てが知的障害とは出来ないとの意見もあります。


◇ 古い逸話および報告例

 動物に育てられた子どもの話は神話・伝説の中にも見受けられ、例えばローマ神話においてロムルスとレムスは狼によって育てられたとされます。社会心理学者のルシアン・マルソンは、1344年発見のヘッセンの狼少年から1961年発見のテヘランのサル少年まで53のケースをまとめており、人類学者のロバート・ジングも35のケースについて解説を行っている他、31人について各々の野生児の特徴をまとめた総括表も作成しております。

ローマのロムルスとレムスを育てたオオカミ
ローマのロムルスとレムスと彼らを育てたオオカミ

 しかし、古い事例では信頼性ある詳細な記録が残っていず、ロバート・ジングは、ミドナプールの野生児(アマラとカマラ)が、1942年頃までに蓄積された記録のうち科学的資料として認められる唯一の例だとしています。ただし、次にご紹介しますこの、「アマラとカマラ」についてもその真実性には議論があります。


◇ アマラとカマラ

1.概要

 アマラ(Amala、1919年?〜1921年9月21日)とカマラ(Kamala、1912年?〜1929年11月14日)は、1920年、インド、現在の西ベンガル州ミドナプール付近で発見され、孤児院を運営するキリスト教伝道師ジョセフ・シングによって保護、養育とされ、シング氏の著書に、「オオカミに育てられた少女」として2人の詳細が記録されております。文明から切り離されて育てられた野生児の事例として有名な逸話となりましたが、その信憑性について多く議論がなされております。

2.シング氏の手記より

 シング氏の手記によりますと、彼は伝道旅行の途中に、ミドナプールとモーバニの境にあるゴダムリ村で、牛小屋に泊めてもらい、その際、現地のチュナレムという男に、近くのジャングルに恐ろしい化け物がいるから追い払って欲しいと依頼されます。1920年10月17日、現地に行きますと、白蟻塚でオオカミと暮らす2人の少女を発見、保護しました。彼は11月4日にミドナプールにある自分の孤児院に2人を連れて来たとされます。発見当時の2人の年齢は不明ですが、シング氏は年少の子が約1歳6ヶ月、年長の子が8歳と推定し、年長の子を「カマラ」、年少の子を「アマラ」と名づけました。
 アマラとカマラはともにオオカミのような振る舞いを示し、ひざや腰の関節はかたく、立ち上がったり歩いたりすることはできず、四つ足で移動したとされます。食事は生肉と牛乳を好み、食べるときは手を使わず地面に置かれた皿に顔を近づけてなめるようにして口に入れました。暑さや寒さにもほとんど反応しない反面、聴覚、嗅覚は鋭く、70m離れたところで捨てられた鳥の内臓を察知し、その方向に四つ足で走っていった、真夜中に遠吠えのような声をたてる以外は音声を出さず、目は暗闇でぎらぎらと光り、暗くても目が利くが、そのかわり日中は物がよく見えていないようだったそうです。

kamara.jpg
 
 シング氏は、彼女らを人間社会に融和させようと試みますが、1921年9月、2人は病気が重くなり、寄生虫の除去がなされましたが、アマラは9月21日に腎臓炎で死去したとされます。アマラの死を理解するとカマラは両目から涙を流し、アマラの亡骸のもとを離れようとせず、以後、11月半ばまで意気消沈としていたと記録されております。
 その後、カマラは直立二足歩行のための訓練を受け始め、1923年6月10日(推定11歳時)、初めて2本足で立つことに成功、少しずつではあるが言葉をしゃべるようになり、1926年(推定14歳時)までに30ほどの単語を覚え、1927年に入ると短い簡単な文を口にすることができたとされます。1928年頃からカマラの体調は悪くなり、1929年9月26日に発病、11月14日の朝4時頃、推定17歳で尿毒症により死亡したとされます。

3.アマラとカマラの真実性を疑う意見

 ヒトがオオカミに育てられるのは生態上困難であることなどから、現在は、多くの研究者により彼女たちは野性児ではなく自閉症もしくは精神障害の孤児だったと考えられております。また、シング氏の話にはかなり創作が含まれているとの推測があります。真偽は解りませんが、アマラとカマラの真実性を疑う科学的根拠のみを挙げますと、、、

 ・狼のメスは積極的に乳を与えず、人間の乳児も乳首求めないため、
  狼のメスと人間の乳児の間で授乳が成立しない
 ・ヒトと狼では母乳の成分が違うためヒトには消化できない
 ・狼は餌を求めて時速50kmで移動し人間の幼児にはついて行けない
 ・暗闇で目が光り犬歯が異常に発達との記述は生物学的にあり得ない
 
 この他、シング氏の日記に対する、矛盾を指摘する意見、状況証拠としての否定的意見がある一方、実際に目撃したとの情報もあり、本当のところは今なお不明のようです。少なくとも、乳幼児期に発見されたアマラに関しては先天的障害を持った精神遅滞(レット症候群疑い)であったであろうとの見解が強いようです。


◇ 狼に育てられたジュマ

 1957年4月、旧ソビエト連邦内、トルクメニスタンのある森の中、地質学者たちが地下を流れる水脈の調査を行っていたところ、複数の狼が洞穴から出て来るのに遭遇し、その中に4〜5歳くらい、全裸で四つん這いの人間の男の子がいました。狼に育てられた子どもの逸話は既に周知されておりましたので、学者達は軍に子どもの救出を依頼しました。軍は5匹の狼を射殺して少年を捕らえ、クラスノボドスク市にある精神病院に送還、ジュマイフ・ジュマ・ジュマイビッチと名付けられたとされます。
 少年、ジュマは言葉をしゃべれず理解も出来ず、手のひらとヒザには硬いタコが出来ており、普段から四つんばいで歩いていたのは確かでありました。彼は、衣服、風呂を嫌い、食べ物は動物のように口だけで食べ、手は使わず、便をした後には臭いをかぐ、夜になると月に向かって吠えるなど、その生態はまるでオオカミそのものだったとされます。この施設では、ジュマを人間らしく教育することはほとんど行われず、また、その逆に、ジュマに対して何かを強制することもなかったとされます。
 ジュマはここで3年ほど過ごした後、グルジカヤという町の精神病院に移されました。ここでは、ジュマが土に穴を掘ってそこで寝ても部屋に連れ戻したりせず、月に向かって吠えていてもそれを止めさせたりはしませんでしたが、一方で、人間らしい教育も少しずつ行われ、服を着ること、手を使って食べること、言葉や数字、文字などが根気よく教えられたとされます。ジュマはここで7年近くを過ごし、森で保護されてからすでに10年近くが経っていました。推定年齢で15~16歳にはなっていましたが、ようやく挨拶程度の言葉や10までの数字を覚えることが出来、3回の食事のうち1回は手で食べるようになったものの、まだナイフやフォークが使えるというようなレベルではなかったそうです。人間社会で暮らすようになって10年が経ち、ようやく3~4歳のことが出来るようになったようです。
 その後のジュマは、施設を転々と変わり、一時は愛情に接して人間に心を開きかけた時があったとされますが、移り住んだある施設では、周囲の厳しい目やいじめに会うこととなり、その結果、彼は人間に開きかけていた心を再び閉ざします。唸ったり敵意を剥き出しにしたり施設の外で穴を掘って寝るようになったり、どんどんとオオカミの生活に逆戻りしていったとされます。

140juma.jpg

 ジュマは1998年の時点で推定年齢46歳、ある程度の言葉は話せるようになっており、人間として最低限の生活も出来るようにはなったものの、知能的にはとても年齢相応とは言えず、保護されて40年以上も経つのに依然として狼の習性は抜けていないとされます。


◇ 犬に育てられた少女オクサナ・マラヤ

 現在、ウクライナに住む、オクサナ・マラヤ(20代女性)は、1986年当時の3歳時より、アルコール中毒の両親によって、家の外へ置き去りにされました。幼い彼女は生きるため、飢えや寒さを凌ぐため、犬小屋の中へと這って行き、以来、自分を受け入れてくれる犬の群れへと紛れ込んだとされます。彼女は、それまでに覚えた人間の言葉を失い、そのかわりに犬の鳴き声、そして生肉の食べ方を学んだとのこと、、、。

oxana0.jpg

 それから5年後の1991年、近隣の住民が動物と暮らしている彼女を発見、当局へ通報しました。そのときの彼女は8歳、もはや人間の言葉は失われ、四本足で犬と共に草むらを走り回っていました。マラヤが保護されたところで撮影された映像を以下に添付します。お見苦しい点はご容赦いただければ幸いです。

[広告] VPS


 彼女は現在、施設の牧場で牛の世話をしているとされ、通常の6歳児程度の知能レベルにあることが確認されております。彼女は数を数えることは出来ますが、足し算は出来ず、また文字を読んだり、名前を正確に書くことも出来ません。お気に入りの大きな腕時計を人に自慢こそするが、時計を読むことはできないそうです。しかしこうした学習障害の傾向こそあれ、多くの野生児に見られる自閉症的傾向はないとのことです。


◇ 野生児に観る幼児教育の重要性

 動物に育てられた子ども達、真偽のほどは別として、いくつかご紹介しました。カマラが推定8歳、ジュマが4〜5歳、マラヤは8歳で保護されました。個人差はありますが、いずれも本来の人間の知能、生活は獲得できませんでした。このことは、人間にとって、生まれてから幼児期までの6年くらいの間が人間形成として極めて重要な時期であることを示唆しております。
 心理学者の富田たかし氏によると、「人間は人間の環境に育つから人間になるのであって、脳が人間でも動物に育てられれば動物になる」とされます。野生児の彼らは、元々は人間であるから潜在能力として人間らしくなるという可能性はあったものの、幼少時の環境が知能を人間レベルに引き上げることを阻み、この時期を逃してしまうと、非可逆的な知能低下が生ずることが考えられます。

 野生児、動物に育てられた子ども、その病態はヒトで実験的に作ることはできませんし、大小の動物実験で再現することも困難であります。偶然、発見された事例より推定するしかありませんが、多くは精神病院や施設に預けられ、詳細な記録が残らず、また明確な治療がなされていないようです。これまでの経験、報告例に基づいて考えますと、いわゆる「人間らしさ」を獲得する時期は出生から6歳くらいであり、それも環境に寄るところが大きいと思われます。

 いわゆる「人間らしさ」の獲得は6歳くらいまで?

 このことは、ますます人間の文化が高度化する現代において、それとは逆行するように母親の育児ノイローゼや、幼児に対する虐待、放置などが散見されており、人格形成の段階から、人間の個体としての格差の可能性が示唆され、幼児教育の重要性が改めて考えさせされるところであります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/野生児
http://ja.wikipedia.org/wiki/アマラとカマラ
http://ameblo.jp/gototsubaki/entry-11580529157.html
http://www.youtube.com/watch?v=UkX47t2QaRs

ユダヤ教における神秘主義思想 カバラ Kabbala

 2020年 東京オリンピックが決まりました。実際の開催に先立つ原発事故問題の早期解決と、インフラ整備その他による経済効果が幅広く国民に享受されること、もちろんオリンピックそのものの成功に大きく期待いたします。また、スポーツを通じた国家間の友好、世界平和を世界のリーダー的立場から担ってもらいたいと思います。
 さて、「中東/アラブ/イスラムの歴史的背景」、「古代におけるユダヤ人最初の迫害から中東問題まで」と題して、図らずも今回のオリンピック開催地候補、イスタンブールの周辺事情に触れて参りました。トルコ国内の反政府デモや経済問題から、投票では三番手かと思われましたので、マドリッドに勝って東京との決選投票には意外でありました。世界中の人々の、ユダヤ、パレスチナ、ペルシアも含む、中東、アラブ、イスラムにおける平和を望む気持ちの現れかも知れません。

 *****

 堅苦しい長文が続いて恐縮しておりますが、せっかくユダヤに触れましたので、ユダヤ教の教義の一部であるカバラと、そこから派生したとされるカバラ数秘術まで、スピリチュアルの範疇として足を延ばしてみようと思います。いつもながら、浅い内容に留めますので詳しくは清書を参考にしていただければ幸いです。カバラについてはかなり理解の域を超える内容ですね(汗)。


◇ カバラ(Kabbala)とは?

 カバラ(Kabbala)とは、ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想とされます。独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教の神秘思想である密教との類似性が言われます。

 ユダヤ教の創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想

 伝説では、ノアの洪水後に神による人類救済の出発点として選ばれた最初の預言者「信仰の父」、アブラハムが神より伝授され、エジプトに移り住んだ後、モーセに伝授されます。モーセがシナイ山で「神」から授かった「十戒」こそは、カバラの叡智とする説と、モーセが律法(トーラー)に記し切れなかった部分を口伝として後世に伝えたとする説があります。モーセの死後はカバラの奥義にもっとも達したといわれるダビデとソロモンへ伝授されていきました。

 神 → アブラハム → モーセ → ダビデ、ソロモン王

 「カバラ」とはヘブライ語で「受け取られたもの」または「伝授されたもの」を意味し、個人が独自に体得した神秘思想というよりも、神から伝授された知恵、あるいは師が弟子に伝承した神秘という意味で用いられています。

 「カバラ」は伝承の意

 本来のカバラは、預言者や信徒の正しい伝承から、ユダヤ教の律法を遵守すること、あるいは神から律法の真意を学ぶことを目的としており、必ずしも秘教的な神秘思想とは言えません。しかし、キリスト教その他の神秘家に採り入れられるようになると、ユダヤ教の伝統からは乖離して、個人的な神秘体験の追究の手段、近代西洋魔術の理論的根拠として用いられました。

カバラ生命の木
カバラに記されている生命の樹


◇ 生命の樹(セフィロト、Sephiroth)

 最初に神は「セフィロト」(Sephiroth)という光輝を放射し、この宇宙を創造されたと言われます。この後「セフィロト」は、3つの柱に分かれ「生命の樹」に発展させました。3つの柱は、左が「峻厳(しゅんげん、厳しいこと)の柱」、右は「慈悲の柱」、中央は「均衡の柱」から成り立っています。この生命の樹 セフィロトには、10個の放射点 セフィラがあり、一つ一つに直観的な意味が含まれます。また、各3つのセフィラで形成される三通りの三角形が含まれます。私たち探究者は、自己を実現するためには、自らの内に10個のセフィラとの叡智を具現化していかなければならない、とされます。

 生命の樹(セフィロト)
  :十個のセフィラで構成された三本の柱


 なお、この「生命の樹(Tree of Life)」は、旧約聖書の創世記2章9節以降にエデンの園の中央に植えられた木であり、命の木とも訳されます。生命の樹の実を食べると、神に等しき永遠の命を得るとされます。

【生命の樹 三本の柱】
 ・峻厳の柱:ビナー、ゲブラー、ホド
 ・慈悲の柱:コクマー、ケセド、ネツァク
 ・均衡の柱:ケテル、ティファレト、イェソド、マルクト

【セフィラで創られる3つの三角】
 ・至高の三角形(ロゴスの三角形):ケテル、コクマー、ビナー
 ・倫理的三角形:ケセド、ゲブラー、ティファレト
 ・星幽的三角形(魔術的三角形):ネツァク、ホド、イェソド

生命の樹
生命の樹(セフィロト、Sephiroth)

 上図の天頂の白丸のセフィラ(ケテル)から右下の灰色丸(コクマー)、左の黒丸(ビナー)、右下の青丸(ケセド)、左の赤丸(ゲブラー)、右下の黄丸(全体の中央でティフェレト)、右下の緑丸(ネツァク)、左の橙丸(ホド)、右下の紫丸(イェソド)を経て、いわゆる、ジグザグに進み、最終の虹色丸(マルクト)のセフィラへと至る。なお、第3から第4のセフィラの間に隠されたダアト(上図では点線丸)というセフィラがある。

 第3、4間に隠されたセフィラ:ダアト

ダアト(Daath、知識)
 隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。惑星は天王星を象徴し、知識と訳される。他のセフィラとは次元が異なる。ダアトは生命の樹の深淵の上に存在する。隠された意味は悟り、気づき、神が普遍的な物に隠し賢い者は試練として見つけようとした「神の真意」という意味である。


◇ 各セフィラの直観的な意味

第01のセフィラ. ケテル Kether:王冠

 思考や創造を司ります。数字は1、色は白、宝石はダイアモンドを象徴します。惑星は海王星を象徴し、王の横顔で表されます。神名はエヘイエー、守護天使はメタトロンです。同時に最後の剣として称されるマルクトと通じ合っています。

第02のセフィラ. コクマー Cochma:知恵

 単なる智慧よりもさらに高く深いレベルの叡智です。数字は2、色は灰色、宝石はトルコ石を象徴します。惑星は天王星を象徴し、至高の父と呼ばれ、男性原理を象徴します。神名はヨッド、守護天使はラツィエルです。

第03のセフィラ. ビナー Binah:理解
 
 創造が始まる基礎となる理解です。数字は3、色は黒、宝石は真珠、金属は鉛、惑星は土星を象徴します。至高の母と呼ばれ、女性原理を象徴し、成熟した女性で表されます。神名はエロヒム。守護天使はザフキエルです。

第04のセフィラ. ケセド Chesed:慈悲

 愛や許しを含む慈悲の意味です。ケセドはゲドゥラーとも呼ばれます。数字は4、色は青、金属は錫、図形は正四面体、宝石はサファイア、惑星は木星を象徴します。王座に座った王で表され、神名はエル、守護天使はザドキエルです。

第05のセフィラ. ゲブラー Geburah:峻厳

 普遍的な正義の意味があります。数字は5、色は赤、図形は五角形、金属は鉄、宝石はルビー、惑星は火星を象徴します。天空の外科医と呼ばれることもあります。神名はエロヒム・ギボール、守護天使はカマエルです。

第06のセフィラ. ティファレト Tiphereth:美

 生命の樹の中心に位置しています。数字は6、色は黄、金属は金、惑星は太陽(太陽も惑星と見なす)を象徴します。神名はエロハ、守護天使はミカエルです。

第07のセフィラ. ネツァク Netzach:勝利

 勝利と感情の意味があります。数字は7、色は緑、金属は銅、宝石はエメラルド、惑星は金星を象徴します。全裸の女性で表され、神名はアドナイ・ツァバオト、守護天使はハニエルです。

第08のセフィラ. ホド Hod:栄光

 栄光、思考、拡張の意味があります。数字は8、色は橙色、金属は水銀、惑星は水星を象徴します。神名はエロヒム・ツァバオト、守護天使はラファエルです。

第09のセフィラ. イエソド Yesod:基礎

 アストラル界を表します。数字は9、色は紫、金属は銀、惑星は月(月も惑星と見なす)を象徴します。裸の男性で表され、神名はシャダイ・エル・カイ、守護天使はガブリエルです。

第10のセフィラ. マルクト Malchut:王国

 物質的世界を表します。数字は10、色はレモン色・オリーブ色・小豆色・黒の四色、宝石は水晶、惑星は地球を象徴します。王座に座った若い女性で表され、神名はアドナイ・メレク、守護天使はサンダルフォンとされますが、シェキナ(メタトロンと対をなす神の女性的顕現)であるとする意見もあります。


◇ 「十戒」に見る生命の樹(セフィロト)

 モーセがシナイ山で「神」から授かった十戒こそが、カバラの叡智であり、私達人間に限りない可能性をもたらしてくれるものとされます。モーセの「十戒」はセフィロトに基づいて作られ、戒律・行為・献身・考察などを示しながら、「神」への深い感謝と畏敬の念を持って祈り・行為する“献身の道”を顕わしています。

【モーセの十戒】
 01. ケテル    汝我面の前に我の外何をも神とすべからず
 02. コクマー   汝自己のために何の偶像をも刻むべからず
 03. ビナー    イエホヴァーの名を妄りに口にあぐべからず
 04. ケセド    安息日を憶えてこれを聖潔すべし
 05. ゲブラー   汝の父母を敬へ
 06. ティファレト 汝殺すなかれ(霊的成長の希望を殺してはならない)
 07. ネツァク   汝姦淫するなかれ(霊的生活を穢してはならない)
 08. ホド     汝盗むなかれ(知識を乱用し不正な利益を得てはいけない)
 09. イエソド   汝その隣人に対して虚妄の証をたつるなかれ
 10. マルクト   汝その隣人の家を貪るなかれ(執着や貪りを戒める)


◇ カバラの教え

 カバラの説明書きによると、その教えは、世界の創造を、神エイン・ソフからの10段階(1〜10のセフィラ)にわたる流出の過程と考え、その最終的な形が現存する物質世界である、とそう説明されています。この過程を上述の生命の樹(セフィロト)で示され、その部分部分に神の属性が反映されているとのことです。そう考えると、ユダヤ教だるカバラは一神教でありながら、多神教や汎神論に近い世界観を持っていると言えます。

 世界の創造から物質世界までの10段階がカバラ

 別の文献では「カバラとは、人類がこの地に現れた時よりともにあり、大いなるものと自分との距離をはかり、いづれはその元へ帰るための道しるべ」とされます。自分について、「なぜ生まれて来たのか?」、「どう生きるべきか?」、「人生の意味は?」、「死後の世界は?」、そうした疑問にぶつかった時に、生命の樹(セフィロト、Sephiroth)に立ち返り、第01〜10のセフィラの順で思い浮かべると問題を解く鍵にであうとされています。カバラを自分の人生に活かしていくとこにより、この道筋に光をともし、迷うことなく帰るべき場所にたどり着くことができるとも言われています。

 カバラとは人生の道しるべ

http://ja.wikipedia.org/wiki/カバラ
http://ja.wikipedia.org/wiki/生命の樹


人気ブログランキングへ

臨死体験/死後の世界;アダムス・ストーク症候群では起こらない?

 医者になって一年目の、もう四半世紀も前のある日、忘れられない患者の死に出逢いました。「忘れられない」と申したのは心情的にと言う意味ではなく、経過が一瞬で衝撃的であった、との意味です。

◇ アダムス・ストーク症候群症例の経験から

 先に種明かしをしますとあれはアダムス・ストーク症候群(Adams-Stokes syndrome)だったのだろうと確信しております。

 ある勤務先の病院の暇な午後、医局に急ぎの電話連絡、療養型病棟のあるお婆さんが、隣の患者と話していて、突然、意識を失い、心肺停止状態とのことでした。急いで階段を駆け上がってみると、ベッドの上で仰向けに動かなくなったお婆さんに看護師が心臓マッサージをやっています。直ぐにマスクで酸素を送り込みながら用意してもらった心電図を見ると波形はフラット(平坦)で紛れも無く心停止状態です。
 DCカウンターなど間に合わないので、取りあえず一発、胸部をゲンコツで力の限り強打しましたところ、彼女の脈拍も呼吸も蘇りました。それだけなら、まあ「めでたし!」となるのですが、驚いたことに、お婆さんは意識を失う直前の会話をし始めました。確か花屋さんの話しだったと思いますが、「、、、あそこのお花がとっても良くてさ〜、、、」だったか?、ニコニコしています。もちろん、私のみならず、お婆さんと話していた隣のベッドの患者はびっくりして目を丸くしています。「そうそう、街(まつ)のお花屋さんの話すさ、してたのさ〜!」とのことでした。話しをしていて「うっ!」と胸を押さえて仰向けに倒れてから、心肺蘇生まで5分未満であったろうとのことでした。

 前胸部強打で心肺蘇生、直前の会話を継続
 
 元通り座って話しを再開したお婆さんに「とにかく横になって安静にしましょう!」と申し上げたのも束の間、またお婆さんは「うっ!」と言って意識を失い倒れてしまいました。この段階で恐らくは脳の異常ではなく、心臓、それも危険な不整脈だろうとは思いましたが、目の前で再度起こった心肺停止に対しては同じことを繰り返すしか術はなく、改めて、「ままよ!」、とばかりに全胸部強打、果たしてお婆さんはまたも意識が戻りました。「あすこは絶対に行かなきゃまいね!、ははは!」などと、意識消失前から全く矛盾しない連続した会話、「今、意識を失ったのですよ!」とお話しても「なんも、大丈夫だね」と、全く訴えなくケロッとしています。

 再度の蘇生後も継続した会話、症状訴えなし

 「とにかくお休み下さい」、と横にして点滴と12誘導の心電図を指示したところ、非常に残念な結末が、、、。集まってきた他の患者も看護師も私もが見ている前で、お婆さんは3度目の心肺停止、意識消失に陥りました。みなさんの期待の眼差しを受けながら、私はまたも前胸部強打、、、。今度は反応無しでした。繰り返しますが脈拍は戻りません。気道を確保して強制呼吸をしながら心臓マッサージ、DCカウンターショック、薬物の投与など、やれることは全てやりましたが、蘇ることはありませんでした。

 *****

【アダムス・ストーク症候群(Adams-Stokes syndrome)】
 急に発生した極端な徐脈、心停止、頻脈のために、心臓から脳への血液の供給が大きく低下したり停止して、脳の酸素低下を来した場合をいいます。その結果、めまい・失神・けいれんが現れて死に至ることもある危険な状態です。
 洞不全症候群・房室ブロックによる心停止か、心室頻拍・心室細動のような心拍数の極めて速い心室性頻脈(図)に分けられます。本症候群の原因の50~60%は房室ブロック、30~40%が洞不全症候群とされます。残りは、心室頻拍(多形性心室頻拍トルサードポワンツを含む)・心室細動です。まれですが、心房粗動や心房細動でも心房から心室の伝導が過剰に亢進すると高度頻脈となり、脳の虚血に陥ります。
 通常、脳の虚血症状が突然に現れます。症状の程度は、徐脈では心臓が停止している時間の長短に、頻脈では脈拍数と頻脈持続時間によって決まります。そのほかに、脳の虚血が原因で起こる全身けいれんや、二次的な頭部外傷がしばしばみられます。症状が消失した時点では神経学的な異常はみられないのが特徴です。

060502000_03_s.jpg
図.種々の心電図波形

 *****


 さて、私はこの体験から、臨死体験と言うものは数分の間では起こらないのではないか?、と身をもって感じておりました。つまり、心停止に伴い脳は虚血に陥って精神活動が停止する、その瞬間から霊体が離脱し始めて、例えば自分の身体を揺さぶったり、泣き崩れる家族を天井あたりから観る、と言うことは無いのではないか?、と言う事です。

 アダムス・ストーク症候群で臨死体験は見られない

 上で申し上げたお婆さんは、少なくとも5分以内の心停止であれば、蘇生後の脳の活動はストップする直前からの再スタートでありました。本人の申告では臨死体験と思えるものは何も聞き出せませんでした。貼付けた資料でも、「症状が消失した時点では神経学的な異常はみられないのが特徴」とのことで、私の経験と一致しております。

◇ 米科学アカデミーの研究発表

 なぜ、突然、臨死体験についての話題を持って来たかと言えば、昨日の記事で、米科学アカデミーより「臨死体験の科学的解明に前進、心停止後に『脳が活発化』 米研究」との記事がありました。要約しますと以下の通りです。

 *****

 米ミシガン大学にて、実験用ラットに麻酔薬を投与して心停止を誘発させ、脳波を記録、その結果、心臓が停止してから30秒間にわたり脳の活動が急増し、精神状態が非常に高揚していることが分かった。研究に参加した同大学麻酔学・神経外科学 ジョージ・マシャワー教授は、「脳の活動レベルが高いことに驚いた。臨死状態では、意識がある状態を示す電気信号の多くが覚醒状態のレベルを上回っていたことが分かった。これは、臨床死の初期段階において、脳が系統立った電気活動を行うことが可能であることを示唆している」とコメント。同様の結果は、窒息状態のラットの脳活動にもみられたという。論文の主著者、ジモ・ボルジギン氏は、「心停止中の酸素の減少、または酸素とブドウ糖の減少によって、意識的過程の特徴である脳活動が刺激される可能性がこの研究で示された。また、心停止を経験した多くの患者が語る臨死体験を説明するための、初めての科学的枠組みが提供できた」と話す。

ルーマニア

 *****


◇ 臨死体験

 これに対して臨死体験集と言うのが掲載されてましたので、こちらもコピーを載せます。「これらの体験が死後の世界を垣間見ているものなのか、それとも夢や幻覚の類なのかは議論が分かれる。体験者らが暗いトンネル、光の洪水、自身の死の認識、死者との再会などを「死後の世界への入口」に違いないとする一方、科学的説明が可能だという研究者も多い。」とコメントされてもいます。

 *****

○メアリー・ジョー・ラピニさんのケース
動脈瘤を患い倒れた際、「戻りなさい」という神の声が聞こえたかと思うと、突然ピンク色の光に飲み込まれた。夢のようなぼんやりした感じはなく、全てがはっきりしていた。
 
○ボブ・ウッドラフさんのケース
記者のウッドラフさんは2006年にイラクで取材時、乗っていた車が爆撃され大怪我を負った。意識不明の間にまぶしい白色の光に包まれ、下方に自分自身がフワフワ浮かんでいるのが見えた。
 
○ドン・パイパー司祭のケース
大型車と正面衝突する交通事故を起こし、乗っていた車が大破。心肺停止の間、荘厳な音楽が流れ、嗅いだことのない香りに包まれた。死んだ祖父と、何人もの故人たちが巨大な門の前で点滅する光を提げて立っているのを見た。
 
○ジェーン・シーモアさんのケース
アレルギー反応でアナフィラキシーショックを起こし、生死の境をさまよっている時に閃光を見た。無宗教のシーモアさんだが、「人知を超越した存在」の力を感じた。

imgp5187.jpg

 *****


◇ 虚血に対する脳の反応=臨死体験 には?

 記事になった実験について、脳が酸欠状態に陥った際に、そこから免れるため、危機から脱却する為に、脳自身の活動を活性化させることは、ある意味、ホメオスターシスとして生命維持の為の1つの機構として理解できます。ですから、上でご紹介した実験がそのまま臨死体験に関わるのかどうかは不明です。また、私が経験したアダムス・ストーク症候群を顧みますと、数分くらいの間で臨死体験が発生するとの考え方には否定的であり、そこから「死後の世界」にまで話しが及ぶのは飛躍が過ぎる印象でおります。

 もし仮に、死線期を彷徨う不安定な循環動態における脳の活動が「臨死体験」として記憶に残るものだとしても、「死後の世界」は身体の一部としての脳の精神活動ではなく、もっと霊的な次元であることは言うまでもありません。なぜなら、肉体が滅んだ後の段階でありますから。「臨死体験」と「死後の世界」を同列に語るのはちょっと違うのではないか?、別次元として扱うべきではないか?、と思う次第です。

http://www.qlife.jp/dictionary/item/i_060504000/
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130813-00000025-jij_afp-sctch
http://rocketnews24.com/2011/08/09/119970/


人気ブログランキングへ

マヤ暦 その精密な暦の実際

 マヤ暦で記された「第五の太陽の時代」の終わり、2012年12月23日(日本時間では12月21日)を人類滅亡とする考え方と、これをアセンションの始まりとする説があり(まったく関連がないとする向きもありますが)、その期日(昨年12月)はとうに過ぎてしまったものの、何かが起こり始めている、あるいは地球がその存在を危ぶまれている、そうした考え方には何ら変わりはないのように思います。ここでは、言うなれば「火付け役」となったマヤ暦についてその基本的事項を多くの文献、HPを参考にまとめてみました。

275px-Tikal_Giaguaro.jpg
マヤ Tikal(ティカル)遺跡

◇ 基本的なマヤ暦の種類

 マヤ暦は基本的かつ最もよく知られたところで、Tzolkin(ツォルキン)暦とHaab(ハアブ)暦、それらを組み合わせたRueda calendárica(カレンダーラウンド)、さらにはCuenta larga(長期暦)があります。それぞれの暦日と用途は以下の通りです。

 1.Tzolkin(ツォルキン)暦
   ・13 x 20 = 260日が1単位の祭祀暦
   ・各日をKINで表記し時間の流れに意味を持たす
   ・生誕日のKINから人間の資質をも判定
 2.Haab(ハアブ)暦
   ・18 x 20 + 5 = 365日を1年とした太陽暦
 3.Rueda calendárica(カレンダーラウンド)
   ・Tzolkin(ツォルキン)暦とHaab(ハアブ)暦の組み合わせ
   ・Tzolkin 260日とHaab 365日の最小公倍数18980日 = 52年
 4.Cuenta larga(長期暦)
   ・西暦と同様に起点を持つ直線的な暦
   ・紀元前3114年8月11日が起点
   ・5桁の20進法で合計5200年で1周期

◇ Tzolkin(ツォルキン)暦

 それでは一つずつ解説して参ります。まずはTzolkin(ツォルキン)暦です。Tzolkin(ツォルキン)暦は以下に示す20の「太陽の紋章」に13の数字(下図)を掛け合わせて20 x 13 = 260日を1周期とする暦です。

太陽の紋章一覧
太陽の紋章

マヤの数字 のコピー
マヤの数字

 これは20の「太陽の紋章」を刻んだ左の歯車と13のマヤ数字を刻んだ右の歯車の噛み合わせで考えると判りやすいです。20の「太陽の紋章」は時計回り、13のマヤ数字は反時計回りで、1 imix (1イミシュ)から始まり、2 ik (2イク)、3 akbal(3アクバル)と進み、13 ben(13ベン)の次は 数字が1となり ix と 組み合わさって1 ix(1イシュ)、2 men(2メン)…、13と20の最小公倍数の260日目に 13 aháu (13 アハウ)が来て260日の1周期が完了、再び1 imix に戻ります。

ツォルキン暦
Tzolkin(ツォルキン)暦の歯車

◇ Haab(ハアブ)暦

 Haab(ハアブ)暦は1年が 365日の暦で、0から19までの20日間と名前のついた18の月:pop(ポプ), uo(ウオ), zip(シブ), zot(ソッツ), tzec(ツェク), xul(シュル), yaxkin(ヤシュキン), mol(モル), chen(チェン), yax(ヤシュ), zac(サク), ceh(ケフ), mac(マク), kankin(カンキン), muan(ムアン), pax(パシュ), kayab(カヤブ), cumuku(クムク)の組み合わせで360日、更に1年の最後の不吉な日とされるuaybe(ワイェブ)5日間を加えた1年 365日で構成します。正確な太陽暦では1年が 365.2422日で閏年調整を行いますが、Haab(ハアブ)暦ではこの調整がない為、おおよその1年、ヴェイグ・イアー (año vago) とも呼ばれ、大体正確に季節感を表していると言えます。

ハアブ暦jpg
Haab(ハアブ)暦

◇ カレンダーラウンド Rueda calendárica

 Tzolkin(ツォルキン)暦とHaab(ハアブ)暦、それぞれ 260日と 365日で 1年を構成するこの二つの暦を組合わせる事によって、18980通りの異なる日を特定でき (260と365の最小公倍数)、ハアブ暦換算で52年を1周期としています。Rueda calendárica(カレンダーラウンド)も歯車で示すことができます。Tzolkin(ツォルキン)暦260日(左歯車)とHaab(ハアブ)暦365日(右歯車)を噛み合わせることにより18980日の暦を創りだせます。

マヤカレンダーレウダ
Tzolkin暦とHaab暦の組み合わせによるRueda calendárica

◇ Cuenta larga(長期暦)

 Cuenta larga(長期暦)は以上の循環的な暦とは異なり、西暦と同様に起点を持つ直線的な暦です。西暦ではキリストの生誕が起点で紀元前後とされておりますが、マヤ暦においてはトンプソン説が最も信じられており、それによると西暦における紀元前3114年8月11日が起点とされます。
 Cuenta larga(長期暦)の仕組みは、これまた複雑で以下の如く、最小単位であるkin(キン、日)よりuinal(ウィナル、月), tun(トゥン、年), katun(カトゥン、20年), baktun(バクトゥン、400年)と桁が上がって行き、最大単位であるbaktun(バクトゥン、400年)が13で終了となるため、。400 x 13 = 5200年で長期暦の1周期であります。なお、1年が360日としての5200年ですから、1年を365.2422日で計算すると西暦の5125.3661年分に当たります。

長期暦
Cuenta larga(長期暦)の桁の繰り上がり

 以上、Tzolkin(ツォルキン)暦、Haab(ハアブ)暦、それらを組み合わせたRueda calendárica(カレンダーラウンド)、Cuenta larga(長期暦)について、そのごくごく表面的な仕組みをご説明しました。これ以外にもserie inicial(イニシャル・シリーズ)、cuenta corta(短期暦)と言うのもありますが詳しくは他に譲ります。もうお気づきかも知れませんが、長期暦の起点とされる紀元前3114年8月11日にその周期である5125.3661年を足すと2012年12月23日になるわけです。また、マヤ暦の凄いところは、Tzolkin(ツォルキン)暦でご紹介した「太陽の紋章」の一つ一つに意味があり、これによって、時間の流れに意味を持たし、また生誕日のKINから人間の資質をも判定するところです。これについてはまた後日、触れるといたしましょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/マヤ文明
古代マヤ暦の暗号 メムノシスJr著 2007年 ぶんか社
http://ja.wikipedia.org/wiki/ツォルキン
http://ja.wikipedia.org/wiki/ハアブ 
http://ja.wikipedia.org/wiki/長期暦

アカシックレコード(アカシャ年代記)

 スピリチュアルを討論する際にしばしば出現する「アカシックレコード」(英: Akashic Records)と言うのを聞いたことがありますでしょうか? 「アカシャ年代記」とも呼ばれ、人類の魂の活動の記録の概念、アーカーシャに映る業(カルマ)の投影像などとされます。難しい言い回しの前に、極めて簡単な説明をするならば、アカシックレコードとは、「過去と未来の出来事とそれに対する人々の反応の記録さえも網羅されたデータベース」とのことです。

 アカシックレコードとは過去と未来のデータベース

 エドガー・ケーシー、レオナルド・ダヴィンチ、ジャンヌ・ダルク、そして当ブログでも触れましたミシェル・ド・ノストラダムスらが未来の情報を得るのに用いたと言われております。現代ではゲリー・ボーネル氏(Gary Bonnel、心理学者、哲学博士、米、1948年〜)がもっとも有名で、いずれは当ブログでも取り上げたいと思います。アカシックレコード、別名 アカシャ年代記 についてまとめてみました。

 アカシックレコードは、人間(あるいは全ての動植物)が放出するオーラ(生命エネルギー)が身体の周囲を取り巻いており、1-7層まで存在する、その最も外側の第7層 ケセリック体(またはキリスト体)に存在し、ここにアクセスすることによって情報をリーディング(読み出す)ことが可能とされます。
 また、地球に関する情報は、地上から130-300 kmくらいにある電離層(大気の上層部にあって、分子や原子が宇宙線により分離した領域)にアカシックレコードとして保存されていると言われます。

 個人の記録は個体を取り巻くオーラの第7層 ケセリック体に存在
 地球の記録は地上130-300 kmの電離層に存在


 *****

 アカシックレコードと言う概念を世界で初めて紹介したのはヘレナ・P・ブラヴァツキー夫人(Helena Petrovna Blavatsky、旧ロシア帝国、1831年8月12日 – 1891年5月8日)であり、その著作「シークレット・ドクトリン」の中の「生命(いのち)の書」(the Book of Life)に示されています。この「生命の書」では、アカシックレコードとは「七大天使の子である言葉、声、霊から創造された『リピカ』(記録者)が綴るアストラル光 (Astrsral light)で構成される見えざるキャンバス」などと説明されております。別の説明では、「アーカーシャ」と言うところに壮大な画廊が形成されており、人間の行動(カルマ)を記録するとともに、この記録に対する応報の法則として、縁起(ニダーナ)や幻影(マーヤー)を通じて因果律として機能し、すべての人はこの記録をたどるとしています。アカシックレコードとして閲覧できるのは、アーカーシャに映るアストラル光の幻影(マーヤー)である、とも言われております。

 ブラヴァツキー夫人「シークレット・ドクトリン」より
  記録者リピカが綴るアストラル光で構成するキャンバス
  人間の行動 カルマ、縁起 ニダーナ、幻影 マーヤーを記録
  アーカーシャに映るアストラル光の幻影 マーヤーを閲覧

 このアカシックレコードの存在を確立したのが、「シュタイナー教育」で知られるルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner, オーストリア、1861年2月27日 - 1925年3月30日)と言うオカルト哲学者です。彼は、上述のブラヴァツキー夫人の神智学の世界観(「太陽系七界」という宇宙観,宇宙サイクル,宇宙サブサイクルなど)の影響を受け、「アカシャ年代記より」という著書のなかで、霊的存在、神智学者によりアカシックレコードの閲覧が可能であることを主張、アカシックレコードを読むことに基づいて宇宙論、人間進化論、キリスト論やその他の理論体系を創りました。また、彼は宇宙エーテル(cosmic aether)に刻印された古代の出来事を読む事によって時間を溯り視る事ができるとも主張しています。

 シュタイナー「アカシャ年代記より」
  霊的存在、神智学者によりアカシックレコードの閲覧が可能

 アカシックレコードによる予言および病気の治療で代表的なのはエドガー・ケイシー(Edgar Cayce、米、1877年3月18日 - 1945年1月3日)、支持者からは「20世紀最大の奇跡の人」と称される人物であります。

 アカシックレコードを医療に用いたエドガー・ケーシー

Cayce1910.jpg

 彼はリーディングと呼ばれる催眠状態における情報の引き出しが有名で、相談内容の多くが速記により記載されました。彼は他者による催眠状態において第三者からの質問により、主としてアカシックレコードから情報を引き出す方式をとりました。すなわち、個人の疾患に関する質問に対して、体を神経の状態や各臓器の状態または体の状態なども透かして視て、個人毎の病気の治療法を考案したというわけです。彼の方法で筋萎縮性側索硬化症(確認の取れているのは2名)、リウマチ、多発性硬化症、パーキンソン病、がんなど難病を治癒したと宣言したヒトはいるそうですが、効果が全くないという方も多数いるとのことです。

 *****

 以上、アカシックレコードについて文献に基づいてご紹介いたしました。確かに何かはあるのかな?、と感じる次第ですが、非科学的な匂いは強いですね。あるいは、アカシックレコードのリーディングとは、チャネラーと呼ばれる人々がガイド、ハイヤーセルフからのメッセージを受けるのと酷似した状態なのかも知れないと考えます。

 現代のスピリチュアルの本流からはやや外れた存在か?

 上述のシュタイナーにしろケーシーにしろ、その予言は的中率が必ずしも高くはなく、現在21世紀のスピリチュアル的な観点から見るとアカシックレコードは最も信頼できるものではないと断言する向きもあります。もう少し注目して参りたいとは思いますが、、、。

http://ja.wikipedia.org/wiki/アカシックレコード
http://ja.wikipedia.org/wiki/ブラヴァツキー夫人
http://ja.wikipedia.org/wiki/シークレット・ドクトリン
http://ja.wikipedia.org/wiki/ルドルフ・シュタイナー
http://ja.wikipedia.org/wiki/エドガー・ケイシー
http://teruterulog.jugem.jp/?eid=649

現代における終末思想・滅亡論の起源? ノストラダムス

  アセンションを終末論的に捉えた考え方によく遭遇いたします。その代表的存在がドロレス・キャノンと言う人物でしょう。彼女は環境問題や資本主義の崩壊を指摘し、「地球のアセンション(次元上昇)」を説明しています。彼女についてはまたの機会に致しますが、この現代における終末思想、人類滅亡論の起源はノストラダムスにあるのでは?、と個人的には思っております。

 さて、唐突ですが、村上もとか氏原作の漫画でTBS 日曜劇場で放映されたドラマ「JIN-仁-」と言う作品をご存知でしょうか? 主人公の脳外科医が幕末の世界にタイムスリップしてしまい、開頭術を行い、コレラの治療に従事し、ペニシリンの製造、最後には坂本龍馬の治療にも携わるお話でした。これは現代人が過去の世界で展開した設定でのフィクションでありますが、これと極めて酷似したことが現実に400年以上前の南フランスで起こったと伝えられております。

 未来の予言からペストの街を救ったノストラダムス
 
 ペスト(法定伝染病の一種、ペスト菌をネズミが媒介、現代でも死亡率10-20%)が猛威をふるっていたサロンと言う小さな街に現れたノストラダムス(Michel de Nostredame, 1503.12.14-1566.7.2)は、「300年後にはこうしてペストを撲滅するだろう」などと言って、まずネズミを駆除して、土葬された病死人を掘り起こして火葬、見事に街をペストから救ったことが伝えられております。

200px-Nostradamus_by_Cesar.jpg

 ノストラダムスが遺した未来の予言書「諸世期」を日本人に幅広く紹介したのが「ノストラダムスの大予言 迫り来る1999年7の月人類滅亡の日」(五島 勉 1973年)であることは言うまでもありません。当時の大ベストセラーとなり、ちょっとした社会現象、映画も作られました。
 このノストラダムス著「諸世紀」は、概ね年代別にきちんと整理された詩集であり、内容は未来を予言したものが主体でありました。今から読んでも背筋が寒くなるような内容のものが多数あり、これなら人類滅亡の予言も頷けると思います。いくつか解りやすいものを列挙いたします。

 *****

『ナチスドイツ〜第二次大戦〜イタリアの敗戦』

  その日はビーナスの近くにいずれ来なければならない
  アジアとアフリカのもっとも巨大なもの
  それらはラインとヒスターから来たものと呼ばれるだろう
  叫びと涙はマルタをおおい、そしてリキュストの海辺をおおうことだろう

  多くの軍が長いあいだ空で戦う
  都の真ん中に木が落ち
  かさぶたの顔には虫と剣と焼けた棒
  アドリアの君主が倒されるときはそうだ 

『第二次世界大戦の終盤から日本の終戦まで』

  数年ののち戦いはフランスで終わる
  カスティリアの領土のコースをこえて
  勝利は確定しないが三人の巨人は冠を受ける
  ワシとニワトリと月とライオンは、
  目標の中に太陽だけを取り残す

  弓形のなかで、金銀をも溶けるような光がきらめく
  とらわれた人は一方が他を食うだろう
  その最大の都市はまったく荒廃し
  艦隊も沈むので泳がねばならない

『戦後の人口増、旅行、原発、汚染、ロケット』
  
  大戦争がすぎ去ったあと、世界はせまくなる
  陸地には人間があふれる
  人々は空や大陸や海を越えて旅をする
  そのあいだに、いくつかの新しい戦争が起こるだろう

  人類は莫大な消費ののち、さらに莫大な消費に向う
  そして巨大なモーターが時代を一変する
  雨・血・ミルク・飢饉・兵器・疫病
  空には長い炎を吹き出すものが飛びまわるようになる

『人類滅亡の詩』

  1999年、7の月
  空から恐怖の大王が降ってくる
  アンゴルモアの大王を復活させるために
  その前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配に乗りだすだろう

 *****


 有名どころばかりですので詳しい解説は他に委ねます。ヒトラーを「ヒスター」と呼んだもの、「アドリアの君主」はムッソリーニのこと、「ワシとニワトリと月とライオン」は米、仏、中、英であり、「太陽」は日本、「弓形のなかで金銀をも溶けるような光」はもちろん日本に投下された原爆のことでしょう。

 ノストラダムスの予言にある史実を言い当てた説得力 

 こうして史実に照らし合わせてみますとノストラダムスの予言がいかに確からしいものだったことが解ります。1999年だけがまだ実現していません。元々はキリスト教でも仏教でも、マヤ暦においても、終末思想や滅亡論はありましたが、ノストラダムスの場合は戦争や大気汚染、疫病、新兵器と言った具体的な事例を挙げて膨張し過ぎた世界の破滅を予見してきたわけです。ノストラダムスの予言の説得力は、五島勉氏の1973年に出された最初の単行本の巻末に記された文章からも伺われます。

 >>>>>

私が住んでいるのは、東京の中では、わりとおだやかな街のほうだが、それでも、今日もそこには大量の排気ガスがまき散らされ、光化学スモッグ警報のサイレンが不気味に鳴りわたり、ラジオからは新しい公害と、軍備の増強と、物資不足と、大企業のエゴと、海底火山の地震の続発を伝えるニュースが無感情に流れ出している。ノストラダムスの予言を信じるにせよ、信じないにせよ、また私のこれまでの解説にミスがあったにせよ、なかったにせよ、現在の人類の文明がこのままではもう保ちそうもない、ということだけは、どうみてもたしかなようである。

 >>>>>


 今、アセンションを終末思想あるいは人類滅亡論的に捉えているヒトたちが、何を根拠にそれを唱えているのかいささか解りかねる部分があります。話しが太陽系や銀河系に及んだり、遠い過去の宇宙人の飛来、地球を使った実験の話しが出て来ます。追々、ご紹介して行きたいとは思います。ノストラダムスの予言は、1999年に関しては実現しませんでしたが、体系立って世界の変遷を予言したものだった、だから世界中の人の心を掴んだと言っても過言はないと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=XRUSVgUnzS0
http://ja.wikipedia.org/wiki/JIN-仁-
http://ja.wikipedia.org/wiki/ノストラダムス
http://ja.wikipedia.org/wiki/ノストラダムスの大予言
http://ja.wikipedia.org/wiki/終末論
http://ja.wikipedia.org/wiki/2012年人類滅亡説

スピリチュアル(信仰)の弊害:崇教真光(すうきょうまひかり)

 宗教は時として生命や疾病に及ぼす力を示したり、輸血などの治療行為に関する規制を儲けたりします。しばしば、信仰の医療に及ぼす弊害に行き当たることはあります。先日、大学の同門による症例検討会があり北国に赴きました際、まさに信仰により治療に難渋した症例を見聞きして、激しい憤りを覚えましたのでご報告します。以下、症例報告調での記述と致します。

 *****
 
 症例は40代女性、中学、高校の男女2人の子持ちで離婚歴がある3人暮らし。宗教上の理由から両親とは断絶状態で唯一の親族は妹ただ一人。4年前より左乳房に腫瘤を触知していたが放置、昨年7月より全身倦怠感と左肩痛、咳が出現して9月に外来受診した。
 触診にて左乳房C領域(外側上側)に約5cmの腫瘍が認められ、腋窩および鎖骨上リンパ節の多数腫大あり、胸腹部CTにて両肺に多数の結節性病変が認められ、一部は無気肺を呈するほど、また肝にも多数の腫瘤が散在。激痛を訴える左肩甲骨はXp上、骨折しており、骨シンチグラフィーでは頭蓋骨、肋骨、骨盤、下肢にまで及ぶ全身の骨に集積像が認められ、以上から、左乳癌からの多発性肝、肺、骨、リンパ節転移の診断が得られた。

 崇教真光の業で病気が治ると信じて病院には受信せず

 崇教真光を信仰し、真光の業で病気が治ると信じて病院を受診しなかった。医師より病名を告げられ治療方針が話されても信じることはせず、治療を拒み、何度説明しても理解を拒否し続けた。キーパーソンである実の妹の説得でやっと免疫療法は開始し得たものの、信仰に基づきモルヒネ(麻薬)投与は絶対に拒否、せめてもの痛み軽減目的に放射線治療は行うもほとんど無効であった。
 9月受診時に入院してから10月下旬に至るまで激しい苦痛に苦しみ続け、ついにはモルヒネ投与を受け入れたところ、別の苦痛が彼女を苛むこととなった。それは「スピリチュアルの痛み」と呼ばれるもので、これまで信じてきたもの、深い信仰心に対する懺悔の気持ち、信ずるものを失った絶望感であった。局所の痛みは軽減しても彼女の苦痛が癒えることはなく、11月2日、狂気のまま永眠された。

 *****


300px-Sukyo_Mahikari_Headquarter_01.jpg

 崇教真光(すうきょうまひかり)とは、「地球は元一つ、世界は元一つ、人類は元一つ、万教の元又一つ」との基本理念があり、利他愛、すなわち人々に与え、悩み苦しむ人々を救い真の幸福へと導くことを良しとしています。真の幸福を「健:無病化・すこやか・狂いのない、和:無争無対立・愛和の想念、富:脱貧・経済的不安の無い」としておりますが、とりわけ、病などの不幸からの脱却については独特の教えがあるようです。
 教団の教義によれば、この世の人間のあらゆる不幸現象のうち、80%が他の霊魂の憑依によるもの、信徒が行なう真光の業(まひかりのわざ)、つまり 手かざし によって霊魂を浄めることで不幸現象を少なくできるとのことです。病気や傷が治り、壊れた機械が動く、人間の性格が良くなる、酒が止められる、大事が小事で済むなど、「お浄め(おきよめ)」と呼ぶこの業は、かつてはイエス・キリストなどの一部の聖者のみが許されたが、誰でも修得できる時代が来たとされています。

 自然科学の前に立ちはだかるスピリチュアルの脅威

 エホバの証人の輸血拒否など、宗教が医療に影響することはしばしばありますが、本症例は自然科学の前に立ちはだかるスピリチュアルの脅威を感じる最たる一例であったと思います。病気の早期発見、早期治療を妨害し、麻薬による緩和ケアをも阻ませ、さらには麻薬使用が始まった時に、別の「スピリチュアルの痛み」で患者は別次元の苦痛を味わうことになった、はっきりスピリチュアルの大きな弊害と思わざるを得ない症例でした。

 この症例について、ある方から以下のようなお話を聞きました。もしかしたら世界の宗教を敵にまわす発想かも知れませんが、すっきりした感覚を得た、そんなお話です。

 >>>>>

 信仰とは一切のこだわりを捨て、本当の自由を得るところに目的があるとすれば、「豚肉を食べてはいけない」、「輸血をしてはいけない」、(今回は「麻薬の使用は禁止」)などという教義は本当はどうでもいいことではないか? だいたい教典などというものは教祖の教えを弟子が書いたものなので、完全ではないんです。きっと仏陀もキリストもアッラーもそんな教えは説いていないと思う。また真理に対して言葉というものは不完全なため、文字や文章にすると正しく伝わらないということもある。不完全な人間が教祖ぶって不完全な考えを弱い人たちに押し付けるのが最近の宗教だと思う。だいたい、信仰とはそれぞれ自分の内側にむかって行なう行為なので、団体で行なう事自体間違ってる。

 >>>>>


 いわゆる宗教と、アセンションやホ・オポノポノなどのスピリチュアルの世界は全く同じではありませんが、重なるところは多いと思います。例えばゲートウェイのヘミシンクにも、大病を治すかのごときナレーションがあります。人間として正しい判断基準を失わない姿勢は忘れてはならないと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/崇教真光

輪廻とホ・オポノポノ

 アセンションを「精神世界=五次元 への入り口」として捉えた場合にどうしても避けては通れない概念が「輪廻」だと思います。精神世界に踏み込んだ人々はしばしば己の前世体験に触れており、いわゆるチャネラーと呼ばれる多くの人が前世や来世を当然のことのように捉えているようです。

 「輪廻(サンスクリット)」とはインドのヴェーダ、仏典などに見られ、人は何度も転生し、動物なども含めた生類に生まれ変わると言う思想であり、漢字の輪廻は生命が無限に転生を繰り返すさまを、輪を描いて元に戻る車輪の軌跡に喩えたことから来ています。仏教においても、伝統的に輪廻が教義の前提となっており、輪廻を苦と捉え、輪廻から解脱することを目的とします。ただ、仏教においては永遠不変の魂を想定していず(これを無我と言う)、輪廻における主体に永遠不滅の「我」(アートマン)を想定する他のインドの宗教と異なっています。

 インドからギリシャ、欧州にまで及ぶ輪廻の思想

 古代ギリシアにも輪廻の発想があったとされ、欧米のキリスト教文化圏でもReincarnation(リインカネーション)という霊魂の生まれ変わりないしは転生の概念は存在したようです。ちなみに、「りんねてんしょう」と「リインカネーション」では発音が酷似しており、シルクロードを通ってどちらかが影響を受けたようにも思われます(恐らくはインド→欧州)。
 宗派により若干の違いはあるようですが、人は生まれ変わり死に変わることにより、前世過去世での悪い行い、悪因悪果の因果応報であるカルマ(業)を背負って新たな生を受けるとされています。

 さて、近年、ホ・オポノポノというネイティブ・ハワイアンに伝わる伝統的な問題解決技法が主として主婦の間でブームとなっています。正式名称は Self Identity Through Ho'oponopono (SITH) と言い、古くから伝わるホ・オポノポノを元に、故モナ・ナラマク・シメナオ女史が現代社会で活用できるように発展させ、ヒューレン博士によって継承、世界各地で教えられています。ホ・オポノポノの理念は以下の通りです。

 世の出来事は自分の潜在意識の中の記憶の再生

 世の中に起こる様々な問題は、すべて自分の潜在意識の中の情報(過去の記憶)の再生であり、記憶をクリーニングすれば「神聖なる存在 Divinity」からのインスピレーションを得て、それによって問題は解決されます。クリーニングの方法は、「ごめんなさい」、「許してください」、「ありがとう」、「愛しています」の4つの言葉をを唱えるだけ、それによて潜在意識の中にある情報は浄化され、本来的な「ゼロ(空)」の状態に限りなく近づいて行くとされております。

 ホ・オポノポノと輪廻は同じ思想

 さて、シメナオ女史が現代社会で活用できるように発展させる以前のネイティブ・ハワイアンに伝わっていたホ・オポノポノにはもっと深い思想が込められているようです。上記呪文を唱えて苦痛を取り除く「クリーニング」、これはカルマ(業)を背負った人間がこれを乗り越えることと大変よく似た発想です。元祖ハワイにおけるホ・オポノポノの言い伝えではやはり人間は生まれ変わり死に変わることを前提としており、現存する今(現)の生は、生まれながらにして背負ったカルマ(業)をクリーニングするためにあるとの考え方です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/輪廻
http://ja.wikipedia.org/wiki/ホ・オポノポノ

霊魂が見える看護師

 過去に勤めた病院ですが比較的最近の話です。こちらも20代の女性の看護師でした。交際している男性がいて、ごく普通の女性でありましたが、彼女は霊魂が見えると言います。

 嫌でも霊魂が見えてしまう

 「The Sixth Sense」と言う映画のコールと言う少年は死者が見えてしまう「第六感(霊感)」がありました。まさに、それと同じ、彼女は霊魂(地縛霊?)が見えてしまうとのことでした。怖いし、誰に言っても信じてもらえないし、日々、苦しそうでした。「ほら、そこにいるじゃない!、あっ!、あそこにも」などと言っていました。病院には亡くなられた患者さまを安置する霊安室と言うのがありますが、その裏手にある機材置き場には常に無数の霊魂がいるのだそうです。

 彼女には見えるけれど私には見えないものを「見えないものは信じられない」としたならば、スピリチュアルの世界で確認されたものが自然科学の分野で証明できないから「エビデンスの無いものは認められない」とすることと同じですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/霊視
http://ja.wikipedia.org/wiki/シックス・センス

己の死を伝えに来たオモチャ屋さんのご主人

 これも20年以上前、ある病院で喉頭癌多発肺転移の、まだ40代と若い男性、街のオモチャ屋さんのご主人が終末期医療で入院されておりました。もう血圧が低下傾向で尿量も少なくなって来ていましたが、なによりも問題は呼吸苦であり、多数の肺転移巣で気管支が圧迫され、痰がむせており、咳に苦しめられます。多くの癌疼痛に対してモルヒネなどの麻薬製剤が有効なのですが、気道の狭窄に伴う咳、呼吸苦に対しては鎮咳剤も無力であり、低酸素脳症から幻覚が見えるようで、ある夜中、咳と恐怖にのたうち回っているとのことで病院に呼ばれました。
 中年の看護師さんと咳止めの注射をしたり、吸入をかけたり、背中をなでて去痰を促して、、、。でも患者さまは「だめだ〜、殺してくれ〜」と声にもならない声を発して、ひたすら咳き込んで苦しんでおりました。癌の末期の状態ですので人工呼吸器の適応はなく、そういう説明が主治医よりなされておりましたが、それにしてもこの苦痛は和らげなければならないと確信いたしました。
 30代かと思われます奥さまに「鎮咳剤や吸入だけではこの苦痛は取れません。あるいは鎮静剤で意識を絶てば苦しい思いはしないで済むかも知れません。ただ、その場合に呼吸が抑制されて、状態を悪化させることも考えられます」と告げました。はっきり「安楽死」のようなことを申したわけではありませんが、奥さまは私の申すニュアンスを理解したようで、「少し時間を下さい」とのことでした。

 鎮静剤を希望した妻の涙

 1時間後、夜中の2時を回っていたと思いますが、奥さまよりナースコールがあり、どうにも見ていられない、本人も苦痛を和らげて欲しいと言っている、と涙ながらの申し出がありました。「それでは、少ない量からやりましょう」と申し上げて、生理食塩水20mlにホリゾン1/2Aを混ぜて静脈注射をしました。すると、注射した5分後には眠りだして、浅いながらも呼吸は穏やかとなりました。しばらく看護師さんと背中をさすって、酸素マスクを固定し直してナースステーションに戻りました。

 ナースステーションのカーテンを揺らして

 4時過ぎだったと思います。十分急変はあろうかと、ナースステーションで仮眠をしておりますと、まず先ほどの看護師が「あっ」と言いました。私もなにか気配がして頭を上げましたところ、ナースステーションのカーテンがサラサラサラと揺れました。看護師と目を見合わせて「来たね!」と言った瞬間、ナースコールが鳴り、駆けつけてみるとオモチャ屋さんのご主人は呼吸が止まっておりました。奥さまと我々にわずかながら感謝しているかのような安らかな死に顔でありました。

 肉体が滅んだ後に霊体が遊離して、我々に己の死を伝えに来たのだと解釈できますが、自然科学に身を置いておりますと、そうしたものには目を瞑っている自分がおりました。

患者の最期を予見する看護師

 過去における私自身のスピリチュアルな体験はせいぜい霊体離脱、カード占い(と既視感)くらいですが、病院と言うところは一般の職場とちょっと違って、ヒトが亡くなるところです。それに伴うスピリチュアルな出来事あるいはそういう人に出逢うことはしばしばです。

 もう20年以上前のことですが、アルバイトに行っていた病院にいた20代のおっとりして物静かな女性の看護師さんは、もうすぐ亡くなる患者さまのその永眠される日が見えてくると言ってました。手順があって、患者さまのことを念じてカレンダーに目を向ける、そうするとある日の数字が浮き立って見えるそうで、見えない時は翌月のカレンダーに浮き立つ日が見つけられるんだそうです。

 患者の死の予見は百発百中

 とても怖いことなので、なるべくやらないようにしていて、同僚にも話していないとのことでしたが、ある時、実際にやってもらったことがあります。癌の末期の患者さまについてその最期の日を聞いたところ、私が当直のバイトをする日でありました。そして果たして、その日の夜、患者さまは永眠されました。

 キツネにつままれたような出来事でしたが、後日、その看護師さんにそのことを話したら、「そうですか」と顔色ひとつ変えず、当たり前のような受け答えでありました。誰かに言っても信じてもらえないけれど、自分の中ではそういうものと納得しているヒトは多いかも知れません。